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「――――ここまでだな」
 そう判断するとキンタローは動き出した。
 向かう先は、先ほどから忙しなく書類にペンを走らせつつ、秘書のティラミスやチョコレートロマンスなどに話しかけているシンタローである。
 まっすぐにシンタローに向かっていったキンタローだが、相手は忙しいのか、気づいているにもかかわらず、こちらを見ようともしない。
 だが、キンタローには、それはどうでもよかった。むしろ、自分などいないと思っていてくれている方が好都合だ。
 タイミングを見計らい、そっと彼の背後へと回ったキンタローは、シンタローが丁度書類のサインをし終えるのを見計らうと、その身体を後ろから羽交い絞めするように、抱き上げた。
「うわっ! なんだよ、キンタロー」
 唐突なそれに、当然のごとく、ペンをもったまま暴れだすシンタローに、キンタローは、何も答えない。
 その代わりに、暴れるそれを上手く交わしつつ、そうして今度は、きちんと抱き上げた。
 所謂お姫様だっこという形でである。
「なっ」
 あっさりと抱かれてしまったシンタローは、じたばたと再び暴れてしまうがムダだった。
 腕力が明らかに違いすぎるのだ。
「トレーニング不足だな。まったく、仕事のやりすぎだぞ」
「何だとっ」
 しかし、暴れようとした身体から不意に力が抜ける感じがした。
「っ………」
 くらりと眩暈が覚えた頭に、眉をしかめると、それ見たことかと言わんばかりのキンタローの視線がこちらを向いていた。
「そろそろ限界だろう、お前の身体も。休め」
「何、勝手なことを、俺はまだ仕事中だ」
 もうここ数日間睡眠時間もかなり削ってデスクワークに勤しんでいたが、それでもまだ、全てが片付いたとはいえない状況なのである。
 仕事は次から次へと自分のところにやってくるのだ。こんなに早くに休むわけにはいかない。
 しかし、わめくシンタローを抱えたまま、キンタローは、動き出した。
「おいっ。ちょっとまてっ」
 止めようとするが、言葉だけで、止まるような人間ならば、そもそもこんな行動はしない。
 思ったとおり、歩みを止めることのないキンタローは、けれど背後を振り返ると、そこで黙ったまま立ち尽くしていた二人に声をかけた。
「おい、ティラミス。チョコレートロマンス、後は、まかせたぞ」
「何をっ」 
 抗議の声をあげようとしたシンタローの言葉をさえぎって、二人は、にっこりと微笑みつつキンタローに向かって頭を下げた。
「はい。お任せください」
「後はこちらで処理をします」
「お前ら……」
 すでに最初から計画されていたかのように、あっさりとそれを了承する二人に、呆然とそれを見やるシンタローに向かって、二人はもう一度頭を下げる。
「シンタロー総帥。本日はゆっくりとお休みください」
「お疲れ様でした、シンタロー総帥」
 それで決まりだった。
 本日の総帥業務は終わりである。
「なんだよ、皆して」 
 納得のいかない顔をして不貞腐れているのは、総帥だけである。 
「お前も、こんなことする奴だったとは思わなかったぜ!」
 びしっと指を突きつけて見せるが、どうにも格好はつかない。
 当然だ。自分はまだキンタローにお姫様だっこされたままである。下りたいのだが、おろしてくれないのだ。
「別に思わなくていい」
 いつもと同じ淡々とした口調と態度で、そう言うキンタローに、不満げに唇を尖らせてみるが、それが相手への抗議となるわけでもなかった。
「どこ行くんだよ」
「お前の部屋だ」
「ふぅん」
 それは予想通りの言葉で、尖らせていた唇も緩めて、普通に戻す。
 キンタローは、自分を抱いたまま止まらない。
 ここまでくれば諦めも入ってきた。
 お姫様抱っこも楽だと言えば楽なのだ。
 実際のところ、疲れていたのは事実である。さっきまでの仕事も眠気との戦いだった。
 それでも、やらなければ終わりはしないから、やめることはできなかった。
「仕事……溜まってるんだぞ」
 残っていた量を思い返して、げんなりしてくる。
 明日になれば、それがまた1.5倍は増えているだろう。
 ぶつぶつ文句を呟いていれば、少しばかり怒ったような険しい表情となったキンタローが、シンタローを睨みつけて言い放った。
「明日から俺が手伝うから、今日は大人しく寝ろ」
「ヤダっ」
 だが、シンタローは、即座にそう返す。
 寝れと言われて素直に眠れるような状況ではない。
 自分は、幼い子供でもないのだ。仕事を持っている大人である。
 口元を引き絞り、頑固な様子を見せれば、キンタローはなぜか、ふっと微笑んだ。
「無理するな、眠いんだろうが」
 その笑みはずるいと思う。
 怒りの表情を向けてくれた方が、自分も意地を張れる。だが、笑われると弱かった。
 引き締めていた口元が緩む。それがまずかった。
「…別に、眠くなんて―――――ふわぁ……あぐっ」
 そう口を開けたとたん、口から零れ出る欠伸。
 慌ててそれをかみ締めようとしたが、すでに遅かった。
 くくくっと目の前の相手に喉の奥で笑われ、カッと頬を染めたシンタローに、優しい声が降りかかる。
「ほら。ちゃんと部屋に連れてってやるから、寝ていいぞ」
 再度告げられる言葉。
 先ほどよりもずっと柔らかな、眠気を誘う声。
「んー、ヤダ」
 それでも、子供っぽいとは思ったものの、するりとそんな言葉が出てくる。
 眠くないわけではない。
 もう自分も今日は、眠ろうと決めた。
 それでも、今ここで眠りたくなかった。
 部屋に行くのにそれほど時間がかかるわけではないのだ。
 そんなことをすれば、本当に子供のようで、恥ずかしい。
「眠らない…」
 それでも、一度深く瞼を落としたら、再び目を開けるのも億劫になっていた。
 瞼が重い。
 失敗したと思った時には、もう瞼は閉じたまま。
 暖かなぬくもりが余計に眠気を誘い、あっさりと夢の世界にいざなわれた。


「まったく、素直じゃないな」
 嫌だといいつつも、腕の中で、直ぐに眠りについたシンタローにキンタローは、苦笑した。
 だが、こんな風に眠りについてしまうシンタローの心身の疲れを思うと、それほど楽観もできないのが辛いところだ。
「もっと弱音を吐いてもいいと思うがな」
 それでも、彼は決してそんな言葉は口にはしない。少なくても自分は、きいたことはない。
 素直でないと言えば簡単なのだが、その強情さには、周囲は常にヤキモキしているのを本人は分かっているのだろうか。
 今日のことも、素直に休まない総帥の身体を心配したティラミスとチョコレートロマンスが、自分に頼んできたのである。
 無理やりでもいいので、総帥を休ませてくれと。
 だから、様子を伺いながら、そろそろ限界だと思うころあいを見計らって無理やり仕事を打ち切らせた。
 ギリギリの状況を読み取るのは、24年間あいつの中にいたことで、分かっている。
 そう。だから、意地っ張りなところや頑固なところも知っているのだ、自分は。
 彼の強さも弱さも自分は見続けてきた。
 そうして、それすらもひっくるめて好きだということをあいつは知っているだろうか。
 たぶん、知らないままだろう。
 こうして自分に身を預けてくれるのは、ただ、自分のことを誰よりも知っているというその気安さからだ。
 いつも傍にいる兄に甘える弟のようなもの。
 それだけだ。
 だから、いつかは知ってもらいたいと思っている。
 自分は決して、シンタローの中にいた24年間の全てを憎んでいたわけでもなかったことを。愛しさも常に抱いていたことを。
 だが、それはまだ後でいい。
 とにかく今日は、これでおしまいである。
「お休み。お疲れさん」
 そうささやくと、良く眠りについたシンタローの額にそっと口付けた。












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mss



(最悪……)
 廊下を歩いていたシンタローは、前方十メートル先にいる人物を視界に捕えたとたん、反射的に顔を顰めた。
 このまま回れ右をして、見なかったことにしたいが、そうなると、後五分後に控えている朝の会議に間に合わない。普段なら、もう少し余裕を持って出てくるのだが、今日は、少し事情があって遅くなってしまったことが悔やまれる。そのおかげで、一番出会いたくない相手に対面しようとしているのだから、本当に最悪であった。
 何事もありませんように。
 そう願いながら、目の前からやってきた相手とすれ違う。
「おはよう、親父」
「おはよう、シンちゃん♪ 今日も可愛いねv」
 朝から、テンション高く満面の笑みで挨拶をしてくる相手をするりと避け、そのまま通り過ぎようとしたシンタローだったが、その去り際に、がっちりと腕をつかまれた。
 ビクッ。
 思わず身体が反応するのを、悔しいかな止められなかった。しかし、そこで怯むわけには行かず、キッと漆黒の瞳を光らせ、振り返った先にいる相手を睨みつけた。
「なんだよ、親父。今から会議に出なきゃいけないから、あんたの相手をする暇ねぇんだけど」
 そっけなく、そう言い放ち、ついでに握られているそれを振り払おうと渾身の力を込めたものの、向こうに予測されていたおかげで、成功はしなかった。
「会議? これから君の行く場所は、ベッドでしょv」
「なッ!」
 決定事項のように言われた言葉に、うろたえるシンタローを尻目に、マジックはその腕を掴んだまま、ずんずんと先ほどシンタローが来た道を引き返し始めた。通りすがりにつかまれたために、マジックの進行方向とは逆向きであったシンタローは、後ろ向きに歩くことになり、踏ん張ることが難しく、そのおかげで、どんどんと会議室からは遠ざかって行く。
「ちょ、ちょっと待て! 離せ、親父。俺は、仕事がッ!」
 しかし、その訴えは相手の耳にはひとつも入らないようだった。抵抗も形にならぬまま、引きずられるようにして自室に戻されたシンタローは、そのままベッドへと押し倒された。
「親父ッ!」
 すぐさま起き上がろうとしたその身体を、肩に手を置くことで押さえこまれる。身動きできずにいれば、マジックの右手が伸び、前髪をかき上げるようにして、額に触れた。
 少しひんやりとした手が、思わぬほど心地いい。つい、その冷たさを味わってしまえば、なぜか苦笑を浮かべたマジックと間近で視線があった。
「なんだよ」
 目線の近さに気恥ずかしさを感じ、ついぶっきらぼうな言い方をしたものの、相手の眼差しはいつくしむような柔らかなそれになった。
「熱がある時に無理したら駄目でしょ?」
 そうして告げられた言葉に、シンタローの眉間には皺が寄り、口元がへの字型に歪む。
「………やっぱり気付いたのかよ」
 不貞腐れた顔をすれば、当然といった笑みを浮かべたマジックは、しっかりと頷いた。
「当たり前でしょ? 一体何年、シンちゃんのパパをやってると思っているんだい? 君の顔を見て、すぐに分かったよ。熱があるなら、そう言いなさい。無理すれば、後で余計に寝込むことになるんだよ、シンちゃん」
「…………」
 たしなめるようにそう言うマジックに、シンタローの反応と言えば、押し黙ったままで、むすっとした表情を浮かべていた。自分に熱が出ていることを見抜かれたのがよほど気に食わないようだ。
 だが、かすかに潤んだ目やいつもより赤く火照った頬などから見れば、微熱などでは収まっていないのがわかる。確かに、注意深く見なければ、それとは分からないが、マジックの眼はそれを見逃さなかった。
「辛いなら素直に言えばいいのに――まったく、君は変わらないね」
 幼い頃から、そうだった。
 熱を出しても、お腹を壊しても、父親であるマジックには何も言わなかったのである。忙しい父親を心配させたくないという理由のために、体調が悪くても我慢する癖がついてしまったのだ。
 そのため、余計にシンタローの様子には気遣う癖が、こちらにもついてしまった。顔が見られれば、すぐに体調を確かめるように注意深く様子をチェックする。そうしないと安心できなかった。
 自分がいない時は、不安だったが、それは、心配なかった。淋しいが、体調が悪くなると、近しい者にすぐにそれを告げていたらしかった。父親が戻る前に、完治させるためだということはすぐに気付いたが、それでも父親としては哀しいものがあった。
 そんなふうに、シンタローの優しさは、時折そんな強がりも含んでいるから、マジックとしては、余計に過保護になってしまうのであった。もちろん、その全てが可愛いからというのは大前提だ。
 それはシンタローが大人になっても変わらない。同じ愛しさを、マジックは変わらず感じていた。
 もっとも、シンタローの方は少し違うだろう。
 今の状況は、 自分を心配させないためというよりは、こうして無理やり休まされるのを恐れるために違いなかった。
 ガンマ団総帥という地位に居続けるために、彼は今も並々ならぬ努力を続けている。多忙な総帥職を、毎日こなしていた。それでも仕事は減るわけではないから、多少の不調も、根性で押さえ込んで、仕事に励むつもりだったのだろう。しかし、そんな無理をして、さらに身体を壊せるようなことをさせる気などまったくなかった。自分が気付いた以上、体調が戻るまで、仕事は休止である。
「大人しくしておきなさい。すぐに高松を呼んでくるからね」
 言い含めるようにそう言い、額に添えていた手で前髪をすくい上げると、くしゃりとひと撫ぜしてベッドから離れた。
 すぐに起き出して、仕事に戻るだろうか、と思ったものの、幸いそんな気はなくしてくれているようで安心した。けれど、自分の姿が完全に消えてしまえば、それも危ういもので、また再び仕事に戻らないように、根回ししなければと、いそいそと内線電話へと手を伸ばした。
「………チッ」
 マジックの去ったベッドの上で、シンタローは盛大に舌打ちをした。マジックの目は、今はない。逃げ出そうと思えば、逃げ出すことは出来る。けれど、すでに諦めの気持ちが広がっていた。
 あちらが先手を打っているに違いないからだ。
 今朝、熱の所為で身体がだるく、支度をするのを手間取りながらも、会議に間に合わせようと必死になっていたのが、全てパァだ。
 おそらくもう会議は中止になっているだろうし、その後に控えていた業務も後日に回されているはずだった。その手際のよさには、感心させられると同時に悔しくなる。
 まだまだ自分は、父親には敵わないと実感させられるせいだ。
(いつか絶対に越えて見せるけどな!)
 そんなことを考えていると、向こうの部屋からひょっこりとマジックが顔を出した。何の用だと思っていれば、にっこり笑って告げられる。
「シンちゃん。後でお粥を作って持って来てあげるから、待っててねv」
 それはおそらく病気で寝込んだ時だけに食べさせてくれる、特製お粥であろう。食欲がなくても、それだけはいつもしっかりと食べていた。時には、それが食べたくて、仮病を使ったこともあった。それぐらい、美味しいお粥なのだ。
(これだけは、越えられないかもな)
 父親の味は、シンタローにとっては絶対だった。味の基準が全て父親が作ってくれた料理の味からなっている以上、それを完全に越えることは、シンタローには不可能である。だが、これはこれ。ひとつぐらい絶対に敵わないことがあってもいいだろう―――他は越えて見せるけれど。その決意は変わらない。
「はーいはいはい」
 おざなりに返事を返したシンタローだが、その顔には嬉しそう笑みを刻まれていた。
(それなら早く元気になりますか)
 特製のお粥を作ってくれる相手に報いるためにも、シンタローは、ベッドの中に潜り込むと大人しく瞼を閉じた。
 
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『彼は不老ですよ』
『不老…』
『ええ。あれ以上年を取ることはありません―――嬉しいですか?』

















 ―――なぜ、嬉しいと思う?

 愛しい人が永遠に若いままでいれば、幸か、不幸か。








「どうかしたのか?」
 その声と共にこちらを覗き込む相手に、常になく対応を遅らせ、驚いた顔を見せてしまった。
 くつろぐための柔らかなソファーの上で、溺れるように沈む身体を無様に動かすはめになる。
「あっ、いや。なんでもないよ、シンちゃん」
「……どうしたんだよ」
 その態度が、さらに相手の不信感を買ってしまい、眉間にシワを寄せられる。
 そんな顔など一時でもさせたくはないのに。
 そう思ったら、綺麗な顔に、くっきりと刻まれるシワに、手が伸びていた。
「そんなシワを作るもんじゃないよ。痕になったらどうする」
「まだ、なんねぇよ。俺は、あんたと違って、まだ若いし」
 会話ははっきりと反らされてしまって、それをむくれるように唇を尖らせることで示し、ぼふっとソファーの上に身体を埋める。
 これ以上の追求はない。
 興味がなくなったのか。
 それでよかった。




 どうして――――この子に真実という名の残酷な未来を告げられる?

 私は無敵ではない。

















『不老不死の身体なのか?』
『不老は完全に。けれど不死は当てはまりませんよ』
『そうか』
『あの身体は、人と同じ死を得られますから―――私は一度、ちゃんと死んだでしょう―――ただ、老衰だけがありえないというだけのこと。数多くある死因の中で、それ一つがなくなったとて、どうということでもないでしょうけど』
『そうか?』
『ええ。あのような地位についていて、無事平穏に人生をまっとうに送れるはずが―――顔、怖いですよ、マジック様』


















 ―――怖くもなるだろう?

 愛する者の無残な死など望まない、願わない。











「なんかあったわけ?」
 やはり動揺は顔に出てしまうらしい。いつもならば、そんなことはないのだが、この問題は、心に直接くる。取り繕うヒマをもてないほど、深く考えこむせいだ。
「いいや、何も」
 それでもやはり誤魔化してしまうのは、性分だ。
 この子には、自分の不安など背負わせたくない。親心というものだろうか。
 だが、その気持ちは、しばしばわかってはもらえない。
「ふぅ~ん」
 そういいながらも、こちらを気にしているのは、よくわかる。
 ちらりちらりと向けられる視線に確信をする。
 可愛い子だ。
 年齢をいくら重ねようとも、変わらぬ愛おしさを持ち続けられるのも、そういう幼い仕草を未だに垣間見ることができるからだろう。
 だからこそ、手放せなくなる。
 可愛くて愛しいから、傍で愛でなければ気がすまない。




 だがそれは――――いつまで出来る?

 私は永遠ではない。















『年を取らないことは、いいことなんでしょうかね』
『お前はどうだったんだ? ……ジャン』
『辛いですよ』
『笑顔で言うのだな、お前は』
『ええ。もう笑い事ですから。けど―――あいつは笑えませんよ。まだね……どうします?』
『どう…って』
『そう言う顔が出来る方が傍にいれば、あいつも大丈夫でしょう』

















 ――――馬鹿なことを。

 そうする者が私以外にどれほどいると思う。それこそこちらの嫉妬が追いつかないぐらいだ。








「こんな顔をする奴など、あれの周りにはいくらでもいるさ」
「あれ?」
 怪訝な声音は、すぐ真横から。こちらに身体を摺り寄せていた相手には、自分の小さな呟きをしっかり耳に入れていた。
「なんでもないよ。お前には関係ないことだ」
 まだ、お前の顔を曇らせることはない。
 気付かなければ、ずっとそのままで。
「なんだよ、さっきから。おかしいぜ」
「ああ、そうだな」
 おかしいのは、認めなければいけないだろう。
「……で、肯定してもなんにも言わないんだよな」
「分かっているなら、聞かないでくれ」
 これ以上は、話せない。
「ふんっ」
 疎外されたことに対する怒りも、それにむくれる顔もすべてが愛しく、大切なもので。
 怒ったのか、逃げていくそぶりを見せるそれに、離れることを恐れるように腕が伸びる。
 頬に触れる。
 するりと指先がすべる。
 手入れなどしてないのだろうが、弾力と張りは昔のままだ。
 そしてそれは一生のもの。
 何度か往復を繰り返せば、シンタローは、猫のように気持ち良さそうに目を細めた。
「父さん……」
 それから、ねだるような甘い声。
 自分だけに向けられる、羞恥を帯びた桜色に染まる頬に、誘うように僅かに開かれる唇。
 目を閉じて、首筋をそらせ、すべてを捧げられる。
 無防備な仕草。
(ああ…罪だ)
 この瞬間、その首を掻っ切ることは、いとも容易い。
 遠くない未来の情景の一片をみるような、そんな錯覚を覚えるほど。
 罪深き姿がそこにある。
 だが、揺れる視線を叱咤とともに愛しきものに留め置く。
 迷うなかれ。
 自分にすべてをゆだねるのならば、自分の意思一つでこの先の行く末は決定される。
「シンタロー」
 だが、今はまだ先のこと。
 触れた唇から漏れる息吹は、暖かい。それが途絶えるのは、まだ先。
 だから今はいつか来る時を思う。







 ねえ――――――お前をコロスのはいつがいいだろうか?

 







 私は神ではない。


ms










 こんな日常でいいのかな? 




「シ~ンちゃんv」

 甘えるような声。
 寝そべるようにしていた転がっていたソファーの端が少し凹む。
 誰が来たのかは、見なくてもわかる。
 そんな声で、自分を呼ぶのは、ただ一人。

「あん?」
 
 だから、雑誌を眺めていた視線をそのままおざなりに返事をすれば、相手は、それが不満であるように、ソファーにかけていた体重をじりじりと移動させてきた。
 鬱陶しいという感想は即座に抱くが、それもいつものことだ。慣れとは少し違うが、そのまま放置していれば、当然の権利とばかりに自分の隣にちゃっかりと腰を落ち着かせている。
 ここで初めてちらりと視線をあげれば、ナイスミドル大会優勝経験をもつマジックが堅苦しいスーツを崩しながら、こちらを見ていた。
 視線がぶつかる。

「あのねv パパ仕事が終わったんだよ」

「そりゃ、お疲れさん」

 労わりの言葉は一応与えてやる。
 目の前の相手から、総帥の地位を譲られてきた後は、隠居生活―――などさせてはおらず、元総帥という肩書きも有効活用させてもらっているのだ。
 それくらいの労いはしてあげられる。
 もっともこちらもお疲れ様であることは変わらない、今日一日分の業務を終えたのは、つい一時間ほど前の出来事だ。
 再び雑誌に視線を向ければ、すかさずマジックの抗議の声が聞こえてきた。

「冷たいよ、シンちゃん!」

「いつものことだろが」

 くすん、を鼻をすすりあげ、涙まで浮べ、器用に泣き真似してくるいい年のオヤジに、冷淡にいい放てば、相手は、出したばかりの涙をひっこめ、

「まあ、そうなんだけどねぇ~。たまには気を変えて、別のことを言ってくれないかなv とか期待するんだけど」

 肩をすくめつつ、あっさりと笑顔を作る。
 変わり身の早さは追随を許さぬ、といったところか。あれだけは、自分にはまねできない芸当だ。

「無駄なことを」

「だよねぇ。ま、いいけど」

 マジックの手が伸びる。横に座っているシンタローの頭に触れると、それを引き寄せるに動かした。
 抵抗もせずにぽすっと倒れてきてくれた息子の頭を膝に乗せ、マジックは、黒髪を一束手にとった。そこに口付けを一つ。
 いつもの儀式を終え、目を開けるマジックに、シンタローは、真上を見上げる状態で、口を開いた。

「忘れていた。おかえり」

「ただいまv で、これからヤっていい?」

 期待に満ちた顔で、尋ねるマジックに、ひくっと頬がひきつるのは、条件反射。
 こういうのは、初めてじゃないけれど、それでもいつでも顔は引き攣ってくれる。
 だからといって、それが嫌だという態度ではないことは、あちらもお見通しなのだから性質が悪い。

「いいよねv」

 すでに確定とばかりに顔を寄せてくる相手の額に手のひらを押し当て、思い切り突っぱねてあげた。

「明日、朝早い」

 明日のスケジュール頭に入れて、きっぱりと言い切れば、顔をあげたマジックは、離したばかりの黒髪を、再び手をとり、弄ぶように軽く引っ張った。つまんなそうに、くるくるとその髪を指に巻きつける。

「それじゃあ、一回だけだね」

「ヤるのかよ」
 
 心底うんざりした表情を見せるが、それで相手が諦めてくれるわけがない。
 それどころか、キッと表情を引き締め、握りこぶしまで作ってくれる。

「当然! 当たり前だよ。パパはシンちゃんとなら毎晩徹夜でヤっても構わないよ!!」

「俺はかまうわっ! ったく。ほら…」

 ぺしっと額を叩き、それから、伸ばした手を相手の首に巻きつけ、引き寄せた。

「本当に、一回だけだからな」 

「んv」

 吐息のかかる距離で、そう宣言すると、誓うように口付けを交わす。
 それでもそれは、神聖なる誓いのキスとは程遠い濃厚なもので、  

「ふっ……ぁ」

 銀の糸を引きながら離れるころには、すっかり息があがっていたりする。

「気持ちいい?」

「ん………けど、ヤるならベッドだからな」

「了解v」

 高まる熱を落ち着かせるように深呼吸して、寝そべっていた半身を起こし、立ち上がれば、相手が、すかさずその隣をキープして、エスコートするように手を回す。
 準備万全、いざ出発。

「じゃあ、行こうか♪」

 今日も親父で恋人な相手とともに、いつもの所へ。





 だって好きなんだからいいじゃないかっ!




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 それはとても寒い日でした。
 とてもとても寒く、そして今年最後の日でもありました。
 朝から雪がちらつき積もり、石畳の通りには、忙しなく道行く人たちの足跡がうっすらと形作っています。
 そんな中に、一人の少女――いえ、少年が通りの隅に立っていました。
 頭には何もかぶらず、服装といえば、薄いチャイナ服一枚。足には素足にサンダルを履いていました。
 こんな冷たく凍えるような日に、少年がそこにいたのは、マッチを売るためでした。
 少年は、ズボンのポケットにたくさんのマッチを詰め込んでいました。そのマッチは師匠から渡されたものです。パンパンに詰め込まれたマッチのひと束を少年は、手にとりながら、通りに歩く人達に向かって、差出ながら、言いました。
「マッチを…マッチを買うてくれはりまへんか。マッチはいりまへんか?」
 少年――アラシヤマは、何度も何度もその言葉を言いました。なぜなら、ポケットの中にマッチが全部売れないことには、師匠の家に帰れないからです。
 朝、アラシヤマはこのマッチを全部売って来いと師匠に命じられたのです。師匠は、怖い人です。あっさりと無慈悲に、弟子へ必殺技をかますような人です。消し炭にされたくないアラシヤマは、しぶしぶながらも師匠の言いつけどおりマッチを売ろうとしました。
「……ああ、ぎょうさん人がいらはりますわ。きっと誰ぞ親切なお方が、このマッチを買うてくだはるやろなぁ」
 灰色の重たげな空の彼方を見上げながら、夢見がちに呟くアラシヤマの目の前を、何人もの人たちが、アウト・オブ・眼中で通り過ぎていました。
「はぁ~あ。どなたか、マッチを買うてくだはりまへんかぁ?」
 どんより重苦しい雰囲気と、ねっとした視線を向けられた人達は、スッと綺麗に視線をそらし、その場から立ち去っていきました。当たり前ですが、誰も立ち止まって、アラシヤマのマッチを買ってくれる人はいません。
 日はどんどん暮れていきました。 
 寒さはどんどん厳しくなっていきます。
 吐く息は白さを増し、道行く人は、早く暖かな我が家に帰りたく、足早に歩いていきます。
 道の真ん中で、マッチを売る少年など、誰も見向きはしませんでした。
「ふふっ…やっぱり人なんて、所詮冷たい生き物なんどす。わてには、このあったかな友達……マッチのヤマモトくんらがいてくれはりましたら十分どすえ。なあ、ヤマモトくん、ヤマギシくん、ヤマナカくん、ヤマカワくん、ヤマシタくん……わては、あんさんらがいれば十分どすえ」
 道にしゃがみこみ、マッチ一本一本に向かって語りかけていくアラシヤマに、すでに道行く人たちは、一メートル以上の間隔をあけて、通り過ぎていました。
「せやけど、どないしましょ。このままだと、わては師匠のとこに戻れまへんわ」
 マッチが売れないことには、お家には帰れません。ですが、その時でした。
「うわッ! そこの奴どけッッ。邪魔―――ああッ!」
 勢いよく真正面から走ってきた少年に、思い切りぶつかられました。
「イテテテッ…」
 声をあげたのは、衝突してきた方でした。地面にしゃがみこんでいたアラシヤマの方は、背中を少し蹴られたぐらいですみんだのです。ですが、走ってきた 少年の方は、アラシヤマを避けきれず、その背中に思い切り足を引っ掛けてしまい、そのまま前に転びました。石畳にスライディング土下座をするように豪勢にこけてくれたその少年は、痛そうに顔を顰めながら起き上がりました。
「だ、大丈夫でっか?」
 アラシヤマは、すぐにその少年に駆け寄ると、自分のせいで転げさせたその少年の前に立ちました。その少年は、自分ぐらいの年齢で同じく真っ黒な 髪をしていました。その膝には、痛々しげな擦り傷がありました
「大丈夫なわけがねぇだろ! なんだってそんなところに座ってるんだよ。俺の道を塞ぐんじゃねぇ」
「はあ…えろうすんまへん」
 なにやらとっても偉そうにまくしたてる少年に、アラシヤマは、唖然としつつもぺこりと頭を下げました。それでも、相手の怒りは収まらないのか、腰に両手をあてて、ふんぞり返るような格好でアラシヤマを睨みます。ですが、アラシヤマは、ちっとも怖いとは思えませんでした。
(そない怒られてもあんまし気分悪ぅ思わんのは、その顔のせいやろか)
 その少年はとても可愛らしい姿をしていたのです。暖かそうな赤いコートに、ふわふわの真っ白なマフラ ーと手袋をしたその少年に――付け加えるなら、その姿だけをみていると少女かと間違えたぐらいである ――よく似合ってました。だから、頬を真っ赤にしていてもそんなに怖くありませんでした。それに、それも長くは続きませんでした。 アラシヤマが、おとなしく頷いていれば、ふっと心配げに表情を変え、
「ったく、なんでこんなとこにしゃがみこんでるんだよ。腹でも痛いのか? それとも怪我してたとか? 」
 と、気遣うような言葉をくれたのです。天然俺様な気質を見せた少年ですが、どうやら優しい一面もあるようでした。
 そんな優しい気遣いをされたことのないアラシヤマは、ぽぉとしつつも、相手を心配させないために、すぐに首を横に振りました。
「そんなんやありまへん。わては、このマッチを売っているんどす。せやけど、なかなか売れへんで、こ こにいるんどす。これが売れへんとわては家に帰れないんどすえ」
 正直にそのことを話すと、その少年は、思案するようにちょこっとだけ首を横に傾げ、それから手袋を とってポケットの中に手を突っ込みました。
「んじゃ、俺が買ってやる。でも、これぐらいしかお金を持ってないけど……いいか?」
 ほんの少し表情を不安げなものにしつつ、そうして差し出したのは、数枚の硬貨である。確かに、マッチ全部の御代には足りないが、けれど、マ ッチを数本買うことは十分できるお金でした。
「まいどおおきに。そなら、これ…」
 頂いた金額の分だけ、アラシヤマはマッチを差し上げました。
「ん。サンキュ」
 少年は、にっこり笑ってそのマッチを受け取りました。その刹那、アラシヤマの胸に、ポッとマッチの火が灯ったような暖かい気持ちが生まれました。
「それにしても、お前偉いな。こんな寒い中で、働いているなんて。名前、なんていうんだよ。俺は、シ ンタローだ」
 その言葉に、アラシヤマの胸はどきどきと高鳴りました。
 実を言うと、同年代の子供に触れ合ったことが一度もなかったのです。師匠のもとで、厳しい修行を繰 り返してきたアラシヤマにとって、目の前の少年は、初めて声をかけてくれた子供なのです。
「あ……わ、わての名は、アラシヤマどす」
 初めての自己紹介かもしれません。自然と高ぶる感情に、声が少し上ずっていました。けれど、相手はそんなことは気にした風には見えませんでした。
「そっか。よろしくな、アラシヤマ」
 そう言うと、シンタロー少年は、右手をアラシヤマに向かって差し出しました。いったいこれは何の手だろう、と思ったアラシヤマでしたが、すぐにこれは、お友達同士の印であることを思い出しました。
(こ、このわてと、シンタローはんがお友達に!?)
 その瞬間、カッと胸が熱くなりました。こんな気持ちは初めてです。
 ドキドキと胸の高鳴りは最高潮に達しました。
(わ、わての初めてのお友達……いや、心の友どすな)
 こんなにも素敵な笑顔をくれる人です。きっと自分とそうなりたいと思っているに違いありません。間違いないのです。
「シンタローはん…」 
 アラシヤマは、差し出された手にそっと触れました。けれど、その時です。アラシヤマの身体から炎があふれ出したのでした。
「あ゛ッぢ~~ッツ! 何すんだテメッ!!!」
「えっ」
「ヤケドしちまったじゃねーかッ。この変態野郎!!」
「あっ」
 慌ててシンタローは手を離し、そして先ほどとは打って変わって、厳しい顔つきでギッとアラシヤマを睨んできました。
「てめぇ、こっちが優しくしてやれば、ふざけたことしやがって!」
 ちょうどその時でした。道の向こう側から「シンちゃ~ん! パパだよ」という声が聞こえてきました 。その声に、シンタローは、こちらを見ずに走って行ってしまいました。
 後には、ぽつんとアラシヤマが一人、冷たい雪の中に取り残されていました。
 足元には、先ほどシンタローに売ったマッチが、やけどの衝撃で手放され、落ちていました。けれど、拾ってももう使えません。自分の炎で全て燃えきってしまっていました。生まれたばかりの暖かな光は、このマッチのようにすぐに消えてしまっていました。
「う…うう……と…友達や思うたのにィ~~~~~」
 ですが、その友達と思った人は、自分に酷い言葉を投げつけ、別の男(パパですから)の元へ行ってしまったのです。 
「わてをだましたんどすなぁ~~。恨んでやるぅシンタロー~~!!!」
 その高ぶる感情により、アラシヤマの身体は再び燃え上がり、近所に通報された消防車に鎮火させられるまで燃え続けていました。
 そうして、売り物のマッチはどうなったかといえば、ご想像通り、すっかり燃え尽きていたのでした。


 その後。
「はぁ~あ。やっぱり岩牢の中は落ち着きますわ。なぁ、光苔のトガワくん」
 帰ってきたアラシヤマは、師匠より消し炭を免れ、代わりに牢屋入りを命じられると、そこで幸せに暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。
 














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