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「……なーにやってんだよ」
「ん? わかんないのか」
 四肢をたくみに押さえつけ、自分の上に乗っかっているジャンは、邪気のない笑顔を向ける。
 が、それでシンタローが、黙っていられるはずがなかった。
「わかんねぇから聞いているんだ!」
 この状況から早く脱したいと切実に思うのだが、残念ながらそれはまだ叶ってはいない。
 いくらもがいても、ジャンの戒めは、強固な上にポイントを押さえるのが上手い。
 背後から声をかけてきたジャンに、振り返り答えようとした一瞬の隙を狙われ、あっさりと床に倒れ込まされてしまったのだが、それが失敗だった。その時点で、逃げ道はふさがれたようなものだ。
 しかし、そうされる理由が分からない。
 一体何事かと、漆黒の瞳をきつく絞り相手を睨みあげるが、睨まれた相手は、平素と変わらぬ陽気を振りまいてくれる。
「お前を襲っているんだよ♪」
 その答えに、さっとシンタローは顔色を蒼ざめさせた。
「なぁに!同じ顔の奴を襲っているんだ、この馬鹿がっ!!!」
 確かに、シンタローとジャンは髪の長さなど細かい部分は違えども、元の作りは同じである。
 その同じ顔同士で、組敷かれ、組み敷いている状況というのは、笑うに笑えないものがあった。
 しかし、逃げようにも逃げられない。さすがに、無駄には長く生きていないというべきか、シンタローの体術よりも、ジャンの方が遥かに巧みだった。
「くそぉ。なんなんだよ、いったい」
 悔しげに、愚痴って見せれば、それほど労せずにシンタローを押さえ込んでいるように見えるジャンは、無邪気な笑顔で、答えた。
「いやー。サービスがさ、お前が可愛いかったっていうんだよ」
「はぁ?」
 こんな状況で世間話のように気軽にはなしかけるジャンに対応が遅れがちのシンタローだが、相手はまったく気にはしていなかった。
「でさ。おんなじ顔してるはずなのにさ、俺は、サービスに可愛いって言われたことがないわけ。だからさ。どこら辺が可愛いのか、ちょっと試してみようと思ってね」
 そういいつつ、彼の手は、プチプチとシンタローの服のボタンをはずしていく。
「…………それでどうしてこうなるんだ?」
 自分の頭の中では、彼の言葉と行動がまったくつながってはいない。
 しかし、相手は親切にも教えてくれた。
「んっ? そりゃあ、サービスがお前のことを『可愛い』って称したのが、ヤってる最中だったからに決まってるだろ?」
「うわぁあああああああああああああああ」
 その言葉に理解したとたんシンタローは力一杯暴れまくった。が、無駄だった。
「煩いよ、お前」
 そんな抵抗もあっさりとふさがれる。
「じゃあかぁーしぃ!!」 
 涙が膨大に溢れてくる。
 なんで、こんな言葉を聞かなくてはいけないのだろうかと我が身の不運に、呪いたくもある。
 確かに一度だけ……一度だけだが、自分の美貌の叔父とそう言う関係をもったことはある。あるが、その感想を同じ顔をしているとはいえ、この目の前の男に吐かないで欲しかった。
 とはいえ、大好きな叔父を恨むことなんてできはしないが。
「へぇ…やっぱり同じ身体でも鍛え方のせいか微妙に違うよな」
 その代わり、目の前の男には、恨みつらみが沸いてくる。
 さわさわと遠慮なく直接肌に触るジャンには、殺意すら覚えた。
「てめぇ…やめろっ」
「やめろといわれてやめるぐらいなら、やんないって」
 それはもっともだが、だからといってこちらもそれに同意してはいられない。
「ちっ…くしょぉ~」
 悔しげに拳を握り込むが、ぶち当てる隙ができない。
 さすがは、あのサービスや高松とナンバーワンを争ったことがあるというべきか。だが、関心している場合ではなかった。このままでは、貞操のピンチである。
「ま、諦めなよっ♪ 気持ち良くしてやるし」
「ふざけるなっ!」
 それで納得できるはずがない。
(誰か!)
 そう切実な願いを飛ばした刹那。その声は、聞こえてきた。
「そうだな。おふざけはここまでにしやがれ。眼魔砲っっ!!」

 ドゴォーーーーーーン!!!

 第三者の声に、直後に響き渡った爆発音。
「げほっ」
 建物も一部崩壊したのか、もうもうと湧き上がった煙に咳き込みながら、シンタローは立ち上がった。
 あの爆発音と同時に戒めが解けたのだ。
「大丈夫か、シンタロー」
「えっ………あ、ハーレム」
 立ち上る煙を掻き分け現れたのは、自分の叔父にあたるハーレムだった。
「て、大丈夫というわけでもなかったようだな」
「あぁ~、でも未遂だし」
 じろじろと前を肌蹴たままの自分の姿を見られ、赤面していれば、額を指先ではじかれた。
「ったく、あんな奴に、いいようにやれてんじゃねぇよ」 
「うっ……」
 その言葉に、シンタローは、喉を詰まらせる。
 反論などできはしない。
 ハーレムの言うとおり、ほとんど自分は、ジャンになすがままだったのだ。
 一応経験の差はあるが、体力筋力の面では大差はにはずである。それでも、何もできなかったのだ。
 それはやはり恥じ入るべきものであろう。
(情けねぇ~)
 肌蹴た前を片手で掴み合わせ、俯いていれば、ばさりとその背中にジャケットがかけられた。
 顔を上げれば、仕方がねぇな、といいたげなハーレムの顔がある。
「てめぇは、俺のものだろうが。勝手に、肌さらしてんじゃねぇ」
 同時に、くしゃと髪を掻き混ぜるように撫でられた。その暖かさに、なぜだかほっとして、同時に余裕が生まれたのか、頬を膨らませて、反論を口にした。
「別に俺は、好きでさらしたわけじゃねぇよ。ジャンの奴が行き成り…」
(そうでなければ、誰が好きでもない相手の前で肌をさらすか)
 むぅと唇を尖らせて、それでもバツが悪いから、視線をそらしておけば、ふたたびぴしっとデコぴんをされた。
「お前に隙があったんだろうが。――――まあ、元凶は奴に間違いないよだが。そうだな。あいつを、もう一回ほどぶち殺しとかねぇといけないな」
 そう言ってハーレムは、辺りをぐるりと見渡すが、
「って、やっぱいねぇし」
 そこには、ジャンの姿はどこにもいなかった。
「眼魔砲で、ぶっ飛ばされたとか?」
「あいつが、そんなヘマやるわけねぇだろ。俺が放つ前に、俺の存在にも勘付いていたみたいだしな」
 それなら、眼魔砲に当たる前に素早く逃げ去ったというわけだ。
 こういう時の要領は、さすがにいい。
 

「じゃあ。行くか」
 ふわっと身体が浮き上がる感触に驚くよりも先に、ハーレムの声が間近で聞こえた。あっさりと背後から抱きかかえられ、そのまま見事に方向転換され、抱きかかえらていたのだ。 
「えっ? どこへだ」
 ぐらつく体をおさえるために、ハーレムの首に腕をまきつけたシンタローだが、軽く小首を傾げて、そう尋ねれば、決まりきったことをとばかりにハーレムは言い放った。
「俺の部屋にだ。ジャンの奴がお前をどこまで触ったか、調べないといけないからな」
「えっ……ちょっと、まて…それは」
 つまり、ジャンにやられかけたことを、今度は、ハーレムの手で続行ということだろう。
 だが、自分には総帥としての仕事がまだ残っているのだ。ジャンに声をかけられたのは、わずかな休憩時間の時。息抜き代わりに、部屋から出たところでだった。
「煩ぇ! 俺は、結構怒ってたりするんだぞ」
「あっ…ごめん」
 ハーレムという恋人がいるのに、抵抗もろくに出来ないまま、危うく別の男に犯られそうになったのである。シュンと萎れる表情を見せれば、ハーレムの鋭い視線が、シンタローに向けられた。
「ああ? お前が悪いわけじゃねぇだろうが。ま、ちょっと無防備すぎるかもしれねぇけどな。お仕置きは、身体検査の次だ。覚悟しとけ」
「はーい……」
 これからのことを想像すると、ちょっぴりブルーな気持ちが入るのだけれど、
「けど、ハーレムならいいや」
 大好きな人に抱かれるならば平気。むしろそう言ってくれるのは、自分のことを好きだからと言うのと変わらないことでもあるし、もちろんそれは、嬉しいから。
 照れくささも混じって、ぎゅっとハーレムの首に抱きついて、シンタローはそう零した。
 そのとたん、ハーレムの表情が、苦しいような困ったような微妙な表情に変化して、
「お前…この場で、ヤりたくなるようなことを言うな」
 ぼそっと言われた言葉は、あんまりな言葉で、
「そ、そそそれは、ダメだからなっ!!」
 当然ながら、それだけは精一杯反対した。












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「おい、花火やるぞ、花火」
 行き成り後ろ首を掴まれて引きずられたシンタローは、窮屈な状況で無理やり上を見上げ、ようやく総帥室から自分を拉致った相手を見ることができた。
「ハーレム」
 そこにいたのは、美貌の叔父の双子の兄にあたるハーレムである。
「おう。何だ?」
 名前を呼ばれたことで、こちらを振り向いてくれたハーレムに、シンタローは、自分の首元に手をあてた。
「く…る、しい」
 思い切り引っ張られているために、喉が絞められているのだ。
 声もろくに出ずにジェスチャーでそれを示せば、ハーレムはその太い黒眉を持ち上げ、頷いた。
「おお、悪い。これならいいか」
「うわあ」
 そう言うと、立ち止まったハーレムは、行き成りシンタローを抱き上げた。
 首を掴まれて引きずられるのも辛いが、こうして男にお姫様だっこをされるのも痛すぎる。
「やめろ、お前。下ろせ!!」
 ここはまだガンマ団本部内である。どこに部下の目があるともしれないのに、この状況は総帥としての立場がまずい。
 どうにかして降りようとバタバタと両手両足を動かしてみるものの、がっちりと抱きこまれており、あまり効果はなかった。
 その上、余裕顔のハーレムは、真っ赤な顔をして暴れているシンタローを見ると、ニヤリと笑って言い放つ。
「煩い。あんまり騒ぐとその口をふさぐぞ」
 何で口をふさぐかは言わなかったが、そんなことは言わずもがなという奴である。バッと自分の口を両手で隠し、大人しくなったシンタローをかかえて、ハーレムは上機嫌に外へと出て行った。




「花火をやるんじゃなかったのか?」
「そうだが」
 ぶすっとした顔でその場に座り込んでいるシンタローに向かって、ハーレムはニヤニヤと笑いかける。
 その笑みが気に食わなくて、ふいっと首を横にふってそらすと、シンタローは改めて目に入るその状況に溜息をついた。
「それならなんで飛行船に乗っているんだよ」
 そう。ここはハーレムが常に利用している飛行船の中である。
 しかし、現在はハーレムと二人っきりの状況だった。部下達は追い出したらしい。オートで運転可能な飛行船だから二人っきりだとはいえ心配ないが、けれど、まさか飛行船の中に連れ込まれるとは思わなかった。
「花火は普通外でするもんだろう」
 ハーレムは、花火をやるぞ、と言ってシンタローを連れ出したのだ。
 けれど、こんな狭い飛行船の中では、やれたとしてもせいぜい線香花火程度である。
 もっともそんなものをやるぐらいなら、素直に外でやった方が気分的にも気持ちいい。
 ぶつぶつと文句を言っているとハーレムが近づいてきて、額を小突かれた。。
「頭かてえな、総帥様は。ほら、見てみろ」
 よっこらしょ、とまたもや抱きあげられてしまったシンタローは、誰もいない飛行船ということもあり、すでに抵抗もする気もなく、素直に抱き上げられたハーレムの首に腕を巻きつかせると、連れて行かれた窓から外を覗いた。
「なんだよ」
 闇夜を飛んでいる飛行船。当然下も、まったくの闇だった。
 遠くに街の明かりが見えるが、下は闇しかない。丁度山の上か、海の上かを飛んでいるのだろうが、ガンマ団本部からそう離れていないことを頭にいれ、地形を描けば、たぶん海の上というのが正解のような気がするが。
 そう思っていると、行き成り眼下がぱっと明るくなった。
「うわっ」
 驚いて、思わずハーレムの首にしっかりと抱きついてしまったシンタローに、ハーレムは嬉しそうに笑いつつ、
「また、来るぞ」
 そう告げる。
「えっ?」
 その言葉どおり、さらにそれは続いた。
 ドンッ。
 という音が、少し遅れて飛行船の中まで響き渉る。
「花火だ」
 目の前に散っているのは大輪の花を模したような色とりどりの火の粉。
 それは、紛れも無く打ち上げ花火であった。
 それが、次々と連続して飛行船の真下あたりで打ち上げられる。
「でも、花火をするんだろう?」
 花火大会を見学するとは思わなかった。
「してるだろう。俺の部下達が」
「えっ…この花火ってもしかして」
「ああ、ロッドたちが打ち上げているんだよ」
 言われてみれば、確かに近隣で花火大会をするという報告は、シンタローは受けてなかった。
 そんなお祭りのようなものはガンマ団には関係ないような気がするが、花火の音は下手をすれば大砲と勘違いされ、いらぬ災難を生む場合があるため、ガンマ団に音が届く範囲の地域では、いつ、どこどこで、何時に花火大会をするという報告が入ってくるのだ。
 それを総帥であるシンタローが知らないはずがない。
 個人的な打ち上げ花火とはいえ、これもまた報告義務のあるものだ。
 だが、シンタローは知らなかった。
「おい、いいのか?」
「何がだ?」
「ガンマ団本部に、敵襲と勘違いされて撃たれたらどうするんだよ」
 その可能性もなくはない。
 だが、ハーレムにその質問はどうやら愚問のようだった。
「そん時は、そん時だろう。それで死ぬような部下は、いらん」
「………相変わらずだな」 
 あっさり言い切られればそれ以上何も言えはしない。
 こんな上司の下で働くのは憐れなことだが、それでも本気で他の部署に移動したいと申し出るものがいないのだから、以外に上手くいっているのかもしれない。
 もっとも、逆らうのが恐ろしくて言い出せないという可能性もあるのだが。
「でも、どうして花火を打ち上げようと思ったんだ?」
 花火一つ作るのにも結構金がかかるはずだ。ケチなハーレムがたった一瞬の享楽のために、金を出したとは思えなかった。
「ただで、手にいれたからだ」
「オイッ」
「いいじゃねえか。どうせ放っておけば、分解されて武器に変えられていたもんだ。こうやって本来の使い方をしてやった方が、喜ばれるだろう」
 その言葉から察するに、どうやらこの間命じた任務先の国でかっぱらって来たようだった。
「だが………」
「お前は気にしなくていいんだよ」
 ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられて、首をぐいっと窓に押し付けられる。
 イタタタッと声をあげればすぐに離されたが乱暴なものだ。
「花火を見てろ。折角お前のために、とってきたんだ。堪能しないと損だぞ」
「えっ……俺のため?」 
 意外な言葉に、素直に驚いて見せれば、照れ臭かったのか、その顔がそらされ、あさっての方向をむいたまま、呟かれた。
「見たいっていってただろう。花火が」
 確かに、そういわれて見ればそんな会話をした記憶がある。
 夏が近づいてきたな、という話をしていた中で、小さい頃親父と見に行った花火大会がまた見たいと呟いたのも覚えている。
 そんな他愛もない言葉を覚えておいてくれたのだろうか。
 覚えてくれていたのだ。だからこうして、自分に花火を見せてくれた。
 嬉しさに顔がほころんでくる。
 そらされたままのその顔を、伺い見ようとすれば、再び首を窓へと捻じ曲げられた。
「だから、俺じゃなくて花火を見ろって。俺に見蕩れるのはわかるが、俺ならあとからいくらでも見せてやるから、とりあず今は花火を見れ」
「別に、そう言うわけじゃないが……」
 時折見蕩れることは、確かにあるのだが、今はそう言う意味でハーレムを見たわけではない。が、確かに、彼の言うとおり、もったいないのかもしれなかった。
 こんなにも近場での見学者は、たぶん打ち上げている本人達を除けば、自分とハーレムの二人っきりだけなのだ。
「綺麗だろ」
「ああ、綺麗だな。――――上から見下ろすのもいいな」
 一体何発かっぱらってきたのかしらないが、花火は立て続けに打ち放たれる。
「こうやってみれば、首が疲れなくてすむな」
「それもあるけどな」
 情緒はないが実際問題否定できないその言葉に、苦笑しつつ、シンタローは闇に広がる大輪の花を眺める。
 色とりどりの花火は、真っ暗な闇に咲いては散っていく。
「こうして見ていると、空を見下ろしている気分がして気持ちがいいよ」
 普段では味わえない角度からの花火見学だ。
 ハーレムの心意気に感謝しつつ、シンタローはそれを堪能した。

「ああ、終わったな」
「これでお仕舞いなんだ…」
 ハーレムの言葉は、ひときわ大きな大輪の花を咲かせた花火が闇の中に溶けていくのと同時に耳に届いた。
「んじゃ、次は、もっと気持ちいいことでもやるか」
「はっ?」
 明るく元気にそう言われたその言葉の内容がわからず、ぼんやりしていれば、抱っこ状態だったのが、そのまま床に下ろされた。
 それだけならまだしもそのまま、押し倒されるように窓に背中を押し付けられ、ハーレムの身体が近づいてくれば、これから何が始まるのか、予想する前にわかるというものである。
「ちょ、ちょっとまて」
 慌てて目の前に両手を突っ張らせれば、
「なんだ」
 不思議そうな顔で、こちらを見られる。
 だが、本人としては、そんなに悠長な余裕はない。
「こ、ここでやるのか?」
 ぐるりと見回すそこは、普通の家ならばリビングにあたる皆が集う場所だ。
「今からどこかに降りてやるのも面倒だろうが」
 当然のように言い放ったハーレムに、シンタローは思いっきりきっぱりと言い放った。
「お前の部屋があるだろうがっ!」
 飛行船内は決して広くはないが、それでも一応居住スペースは各自用意されている。
 当然ながら、ハーレムももってあり、一番広く快適に作られているのだ。
 しかし、シンタローのその発言に、ハーレムはにやぁと嬉しげな笑みを浮かべて見せた。
「ほおう。お前も俺を誘うようになったか」
 その言葉に、かぁと頬が火照るのがわかる。
 もちろんシンタローは、そう言うつもりで言ったわけではなかった。
「ちがっ………でも、こんなとこよりは………」
 ここは、ハーレムの部下達も集まる場所だ。こんなところで、やられた日には、恥ずかしくて二度と彼らがいる時には、ここにはこれない。
 嫌だ嫌だと拒絶し続けると、
「わかった」
 大きく頷いてくれたハーレムに、ほっと安堵の息をついたとたん、シンタローは、即効に後ろにあったソファーの上に投げられた。
「やっぱり、ここでやろう」
 すかさず四肢を固定されて、逃げられないようにすると、満面の笑みでそう告げてくれたハーレムに、シンタローはと言えば、蒼白になりつつ叫ぶしかなかった。
「ちょっとまてぇ~~~~~~!!」
 
 もっとも数秒後、完全にその口がふさがれてしまったのは、当然の結果である。











asq



 ひらり…。
 揺れるように落ちてきたそれが視界に入り込んだ。
「火の粉?」
 にしては、少し大きすぎる火の塊は、手を伸ばし触れる手前で跡形もなく霧散する。どこから落ちてきたのかと、頭上を見上げれば、真後ろに立つ大樹の上に人影が見えた。太い幹にもたれかかるようにして、空を見上げる形で、どこか遠くを見据えたまま、小さな炎を生み出している。
 それは、よく見れば、蝶々の形をして見えた。
 どうやら、自分の元に落ちてくる最中に、形が崩れてしまったらしい。
 どれほど心を現から飛ばしているのか、こちらなど気付きもせずに、炎の蝶を飛ばしては空へ放ち、あるいは握りつぶし、またあるものは放り出したとたん崩れ落ちていた。
 一体何をしているのだろうか。
 こちらの存在には気付かぬまま、それは繰り返されていた。
 声をかけようかと、迷いが生まれた。
 いつもならば、こちらが彼に気付かない時から、激しい自己主張とともに、近寄ってくるのを、そのままそ知らぬ顔で通り過ぎたりしていた。こちらから声をかけたことは、そう言えばほとんどなかった。
 そうしなくても、彼が自分の姿を見つけた瞬間、声をかけてくるからだ。
 けれど、今は違っていた。
 自分がこんなにも彼に近づいているのに、あちらは気付いていないのか、気付いても無視しているのか、声をかけてくることはなかった。
(…なんだよ)
 自分を見ないアラシヤマに、ほんのかすかだが、もやもやとした例えようのない気持ちが生まれてしまう。
 何をしているのか――気になる。
 それでも、声をかけるまでには至らなかった。
 いつもならば、声どころか容赦のなく眼魔砲を撃つこともありえるというのに、なぜ、自分はただ黙って、彼の姿を見ていなければいけないのだろうか。
 何よりも、気に食わないのが、彼が未だに自分の存在に気付いてくれないということだろう。
 蝶は、アラシヤマの周りを舞う。それでも、無限に羽ばたくことは出来ないようで、空に放たれ、周りを回っていたものも、少しずつ、形を失い落下していった。目の前に落ちてきた炎の蝶へ、そっと手を伸ばしてみた。
「ッ!」
 やはり炎は炎だったようで、軽く触れた瞬間、指先を軽く焼けどしてしまった。その指を庇うように包み込みながら、上を見上げれば、やはり自分には気付かないまま、自分が生んだ蝶をはべらせていた。
 消えた蝶の変わりは、また新たな蝶で補われている。
 本当に何をしているのかわからない。
 わからないから、気になって、気になるから、動けなかった。
 堂々巡りのそれに、立ち尽くしたままという愚かな行動から抜け出せないでいた。
 ほんの一声、発することができれば、彼の意識が、こちらに向けられれば、変わるのだろうけれど、なぜか、今のアラシヤマには声をかけられない。声をかけてしまえば、今までの何かが変わってしまうような、そんな予感がするのだ。
 それが、ただの杞憂だと笑い飛ばしてしまえば、簡単なことだけれど、それすらも出来なかった。
 こくりとツバを飲み込む。意外に大きく自分の体の中に響いてしまい、それが相手に聞こえなかったかと、慌てて様子を伺ってしまった。けれど、彼の視線は相変わらずこちらにはない。ずっとずっと遠くへあり、すぐ近くにある自分の姿など欠片も映していなかった。
 自分の存在など元々なかったかのように―――。
 自分の存在など忘却の果てに流してしまったかのように――。
 彼には、自分の存在など必要なくなったのだろうか。
 じりじり…焼け付くのは、先ほど触れた炎に焦げた指先か、それとも――。
「アラシヤマッ!」
 気付いた時には、自分は彼の名前を叫んでいた。叫んだ瞬間、思い切り後悔してしまったが、もう遅い。
 相手の顔がゆるゆると向けられる。濃密な闇を含む宵の瞳が自分を姿を映しこむ。
 ドクリと大きく心臓が脈打った。
「シンタローはん」
 はんなりと笑みを浮かべ、名前を告げられたとたん、自分は捕らわれた。相手は、手を伸ばしても自分には触れられる位置にはいないにもかかわらず、その名を呼ぶことで、自分を縛したのだ。
 しまったと思った時には遅かった。
 ひらり…。
 アラシヤマの手で生み出されたばかりの炎の蝶が、アラシヤマが伸ばした手の中に舞い戻り、その手によって握りつぶされる。瞬間に、あれは自分だ、と思った。
 アラシヤマによって燃やされた炎が、当然のごとくアラシヤマの中へと吸い込まれる。胸の内に燃やされた炎もまた、アラシヤマに引き寄せられる。
 ひらり…。
 目の前にアラシヤマが舞い落ちる。炎を握りつぶした手が差し出される。何も告げない。告げる必要もない。
 もう全ては決まってしまった。
 その手に握り締められた瞬間、蝶と同じ運命を辿った。 
 
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「……ひ、久しぶりやから、緊張しはりますなあ」
 アラシヤマは、目の前に立ちふさがる扉を見上げつつ、ドキドキと高鳴る胸を押さえた。 
 この扉の向こうには、愛しい人がいるのである。
 だが、その愛しい人と会うのは、実に一ヶ月ぶりだった。
 アラシヤマは、胸に押し当てていた手を目の前で絡めるように組み合わせ、ぎゅっと祈りを捧げるポーズをとる。そして、感慨ぶかげに目を閉じた。
「長かったどす……ほんまに、シンタローはんのためだとわかりはってても、こんなに長く離れ離れになるなんて……ああ、思いだしただけでまた涙が」
 閉じた目から、ほろほろと涙がこぼれる。それを指先でそっとぬぐった。
 アラシヤマにとって、これまでの一ヶ月間は、辛い辛いものでしかなかった。
「次の任務は、まだ決まってないようですし、今回は、長くここにおれたらよろしいどすが…」
 もうここ一年以上、ゆっくりと愛しい人と過ごした記憶が、アラシヤマにはない。
 なぜだか知らないが、常に、辺境のしかもお仕置きなどと甘ったるいことが通用しなさそうな激戦区ばかりに送られるアラシヤマにとって、愛しい人と会う時間は極端に短かったのである。
 一応長期任務を終えると、同時に長期休暇も与えてもらえてはいるのだが、その半分以上が、過酷な任務で負ってしまった怪我の治療に使われるのである。そうして、ようやく治ったと思ったら、また、飛ばさるという繰り返し。
 だが、今回の任務は、調査ミスだったのか、事前に与えられていた資料よりもずっと簡単に事が運び、さらに、ほとんど無傷で帰還できた。
 そのため、任務結果の報告と称して、真っ先に愛しい人に会うために、ここにきたのである。
「ふふふっ。でも、シンタローはんに頼られるというのも辛うおますなあ」
 毎回遠くに飛ばされるたびに、泣きながら別れを惜しむアラシヤマだが、それでも、こうして任務を遂行してくるのは、愛しい人に、「お前しか出来ない任務なんだ。頼む」と直接頼まれるからだ。
 そこまで言われれば、男アラシヤマ。「まかせなはれっ」といわないわけにはいかないだろう。
 実際、毎回毎回そう言って旅立っているのだ。
「今回も、ちょっとばかり死にそうな目にあわはったけど、無事に、あんさんのために、わて帰ってきましたえ」
 そう言うと、ようやくアラシヤマは、決意を決めたように、扉の横に設置されているインターホンを押した。
 総帥室へ入るドアは、常に厳重にロックされており、中に入るにはシンタローに開けてもらわなければいけないのだ。
(ああ、ドキドキどす)
 久しぶりのせいか舞い上がってしまっている自分を抑えられずにいるアラシヤマに、その声は聞こえてきた。
『誰だ?』
(シンタローはんの声!!)
 それは紛れもなく、アラシヤマにとって誰よりも何よりも大切で愛しい人の声だった。
 感激で喉が詰まる。
『あん? 悪戯か』
 沈黙が10秒も続けば向こう側から不機嫌そうな声が聞こえてくる。
(はっ! わてときたら)
 感激に浸りすぎである。
 久しぶりの愛しいお方の声の余韻に浸ってしまったアラシヤマだが、ようやく口を動かした。 
 だが、あまりの感激のあまりに、そこから零れた言葉は、まことに正直な言葉だった。 
「わ、わてどすっ。アラシヤマどす。シンタローはん愛してますぅぅぅ!」

 プツゥ―。

「はうっ…ちょ、ちょっとまってくれなはれ。シンタローはん。シンタローはん!」
 行き成り、勢いに乗って愛の告白をしてしまったアラシヤマに、無情にも通話が切れる。
 慌てて、何度もボタンを押せば、たっぷり数分後。不機嫌そうな声が返ってきた。
『あのなあ。お前、誰がいるかもわからないところで、そんな馬鹿なこと言うなよ』
「すんまへん。すんまへん。もういいまへんから、ここを開けてくれはりませんか」
 まだ、姿も見てないのに、ここで帰ることなど、出来るはずがない。
 涙声で必至に懇願すると、大きな溜息が一つ聞こえてきた。
「入れよ」
 シュンと、軽い機械音がして、扉が左右に開く。その奥には、重厚感漂う執務机があり、そこには一人の青年が座っていた。
「シンタローはん!」
 その姿を見たとたん、アラシヤマは飛びつくように中へ入っていった。
「眼魔砲」
 ドゴォン!
 だが、同時に凄まじい熱球がこちらに向けられ、アラシヤマはとっさに床に伏せた。
 部屋がビリビリと震える。
 床に伏せたままのアラシヤマは、そっと背後を振り返り、頬を引き攣らせた。
 壁の一部が、一メートルほどの半径をもって赤くなっている。
 確か、総帥室は、眼魔砲でも耐えられるほどの強度をもっている、ということをきいたことがある。その言葉どおり壁には穴はあいてはいない。しかし、高熱を帯、赤くなっているのである。
 これが、人に当たったことを想像すれば、ぞっとする。
「な、何しますの、シンタローはん」
「黙れ。あやしい奴が飛びかかろうとすれば、攻撃するのは当たり前だろうが」
 冷徹な表情で、そういい切られたアラシヤマは、がばりと起き上がり、抗議の声を出した。
「あやしい奴やて……そ、そんな。わてはあんさんの恋……ひっ!」
 ドゴォン!
 タメなしで放たれた眼魔砲をもう一度間一髪で再び床に倒れ、避ける。
「避けるな。俺が疲れるだろうが」
「そんなん言うても、避けな、わてが死にますやろ?」
 立ち上がるのもまずいと見たのか、匍匐前進で前に進みだすアラシヤマに、シンタローは椅子に座りなおした。
「で、用件は?」
 ギシッと椅子をきしませ、背もたれに身体を預けたシンタローは、両腕をからませ、匍匐前進中のアラシヤマに視線を向けた。
「えっ……えーっと、報告書をもってきたんどす」
 その冷ややかな視線に、アラシヤマは、慌てて立ち上がり、取り繕うように服をはたくと、シンタローの目の前に、ようやくもっていた報告書を置いた。
「ああ、ご苦労さん。今回は、お前がもってきてくれたんだな」
 片眉をもちあげ、意外そうな顔を見せたシンタローに、アラシヤマは、嬉しそうに顔をほころばした。
(やっぱり生のシンタローさんはええどすなあ。相変わらず可愛ええどすっ!)
 口にすれば、速攻でぶん殴られそうな言葉は、もちろん懸命に心の中で叫ぶだけで留めた。
「そうどす。今回の任務は、結構楽に終わったんどすよ。久しぶりにほとんど無傷でしたし」
「ふーん」
 アラシヤマの言葉をききながら、シンタローは報告書をめくる。
 そこにびっしりと書き込まれている情報に目を走らせる。
「本当に、運がよかったどす。あそこで、ジュディちゃんがおらへんかったら、また、大怪我負うところどしたわ」 
 ぴくん。
 アラシヤマの会話から固有名詞が出たとたん、シンタローは、ぴたりと視線を止めた。
「ジュディちゃん? 誰だ、それ。俺は聞いてないぞ。そんな奴がいたなんて」
 それでも、視線は紙面に向けられたままである。
「はあ。そりゃあ、ガンマ団のお方では、ないどすからな」
「………ほおう」
 ちらりと視線を向ければ、アラシヤマは、どこか遠くを見るような視線で、両手を組み合わせた。
「ジュディちゃんがいてくだはったから、わては命を救われたんどすえ。まさに、命の恩人。ええ方どすわ」
 うるうると遠い彼方にいるジュディちゃんを思い、感謝の涙で瞳を濡らすアラシヤマに、シンタローは頬を引き攣らせつつも、さりげなく書類に視線を向ける。が、すぐに耐え切れないように、顔をあげ、言い放った。
「へぇ~…………………………で、誰だよ」
「はっ? なんどすか?」
 とぼけた顔で問い返され、ぴきぴきと額の血管が引き攣るような音がする。
「……………………だから、そのジュディって奴だよ!」
「ああ。アゴヒゲトカゲのジュディちゃんのことでっか?」
「あっアゴヒゲトカゲだぁ…?」
 思っても見なかった言葉に、がくんとシンタローの顎が下がる。
 だが、それには気づかずに、アラシヤマは嬉しそうな顔で答えてくれた。
「そうどす。名前の通り喉あたりにあるアゴヒゲおような襞が特徴的な可愛いトカゲですわ。それが、丁度わての足元を通りすぎようとしはって、慌てて避けたところに敵の砲弾が飛んできたんどす。間一髪でしたわ」
「……………アホらしい」
「何言うとりまんの! ジュディちゃんがいなかったら、わては死んでたかもしれへんどすんやで。これを見なはれ。間一髪で、避けた時についた傷どす。ジュディちゃんのおかげどうすわ。ふふっ。やっぱりもつべきものは友どすなぁ」
 身体を傾け右腕を見せ付けるアラシヤマに、視線を向けたシンタローは、ケッと言い放った。
「それはよかったな。一生ジュディちゃんとやらと友達ごっこしてればいいだろう。つーか、そいつと恋人にでもなってこい」
「そんなことできるはずないでっしゃろ!」
 とんでもないことである。
 友達はたくさん欲しいが、恋人は一人で十分だ。ただ、一人。
「わての恋人は、あんさん一人どす」
 目の前に存在する彼がいればいい。
 アラシヤマは、机の横を通りぬけシンタローの傍に立つと、相手の顔に手で触れた。
「………何してる?」
 そのまま触れた手をすべられ、顎を掴んだ相手にシンタローは問いかける。ふっと目元を和らげたアラシヤマは、シンタローへと引き寄せられるように顔を寄せた。
「久々でっしゃろ? キスしまひょ♪」
 15センチの距離での会話。
 楽しげに顔を綻ばせ、そう告げるアラシヤマに、シンタローは、眼光鋭く相手をにらみつけたあと、手にもっていた書類を自分とアラシヤマの前にあった空間に割り込ませた。
「俺は仕事中だ。忘れたわけじゃないだろうが。仕事中は、こういうことは一切やらないという約束事を」
 もちろん忘れたわけではない。
 アラシヤマだってその約束は覚えている。
 だが、久々なのだ。
 一ヶ月間、彼と触れてないのである。
 書類でふさがれた視界を、手でやんわりとどける。
「せやけど、キスぐらいええでっしゃろ。あんさんは、わてのこと嫌いでっか?」
 そう告げて、相手を覗き込めば、
「約束を守らねぇ奴は嫌いだ」
 顎をつかまれたままのために、顔をそらせないが、それでも唇を尖らせ、視線を撥ね退ける。
 相手の頑固さは知っているが、こういう時に融通がきかせてくれないのは、寂しいものである。
 だが、そこで引き下がるほど、アラシヤマも物分りのいい人間ではなかった。むしろ、このままでは終わらせない勢いである。
「それなら、たった今から、休憩時間としまひょ。それならええでっしゃろ? シンタローはん」
「できないっ」
 きっぱりと拒絶する相手に、にーっこり笑みを浮かべるとアラシヤマは相手の頬をかすめるように顔を掠めると近づいた耳元に囁いた。
「愛してますえ、シンタローはん」
「っ! ……何をいって」
 一気に耳元が真っ赤に染め上げられる。
 アラシヤマは、相手がこちらを見る余裕がないのを知っていて、にまぁとしまりのない笑顔を浮かべた。
 何度も告げているにもかかわらず、こうして変わらずに初心な反応をしてくれる恋人が愛しくてたまらない。
「キスしまひょv」
 耳元ギリギリで吐息とともに囁きいれる。
 ふるりと相手の身体が震えるのがわかる。
「だから……んなこと」
 声に躊躇いが生まれてきた。もう一押しである。
「キスだけどすえ。それ以外はしまへんから。ええやろ?」
「……………」
「シンタローはん」
 相手が弱い、低く響く声音で名を呟けば、観念したように、溜息を一つついた。
「…………キスだけだからな。しかも一度だけだっ!」
「もちろん。きちんと約束は守りますわ」
 ようやく許可をもらったアラシヤマは、もう一度「愛してます」と呟くと相手に口付けを落とした。


(結局いつも流されてるよなぁ)
 なんだかんだいいつつ、最後にはアラシヤマに口付けの許可を与えてしまっていた。
 それでも、それを嫌って抵抗していたわけではない。
 自分とて、久々にアラシヤマに会えたことに喜んでいるのでる。
 恋人なのだ。
 自分だっていつでも彼に会いたいと思っている。もっと傍にいて欲しいし、こうして彼を感じていたいのだ。
 それでも、決めた自分の道を貫くためには、それもままならい。その上、なまじ実力があるために、常にアラシヤマを危険区域に送り出さなければいけないのだ。
 怪我をして帰ってくるたびに、胸を痛ませているのだけは、相手には悟られないようにしているが、どうせ、妙に気のつく男である。そんな自分の思いなど、たぶんわかっているのだろう。
 一度たりとも、仕事を断ったことはない。
「んっ」
 唇が交わる。それだけで終わるかと期待してみたが、それはあっさりと裏切られた。
 唇を舌で撫でられる。それは、口を開けという合図だ。一瞬拒絶しようかと思ったが、それでも久々のそれである。受け入れるように口を開けば、水を得た魚のごとく、素早く侵入し、口内を犯すように動き回りはじめた。
「ふっ……んく」
 くちゅりと卑猥な音が耳に入り込む。
 そのとたん、じんと背中に走る甘い痺れに、シンタローは、くらくらと眩暈がしそうになった。久しぶりのそれに、あっさりと流されていく自分がわかる。
(まずい……)
 抵抗できないまま、身体の熱が徐々に高まっていく。早く口付けが終われと祈るのに、一度だけ、と言ったのが悪かったのか、それは長すぎる。時折息継ぎに唇がずらされることはあるが、決して離れはしなかった。離れてしまえば、キス1回が終わるからだ。
「ぅん…ぁ……んん」
 どこで学んだのだか、アラシヤマはキスが上手い。いつだってこちらが翻弄されるのである。
 柔らかな舌が、凶暴さを露にし口内を侵す。キスだけでこんなに敏感に反応する自分は、どこかおかしいのだろうか、と焦ってしまうほど、どくどくと体中の熱が内側から溢れだすのがわかる。
「やぁ……ちょっ……」
 息継ぎの合間に、静止の声をあげるがもちろん相手に聞く姿勢はみられない。
(やばっ…)
 このまま行けば、キスだけでは満足できなくなる。
 そうなると仕事に支障が……。
 内心焦りまくりつつも、どうしようもなくなってきた時、転機が訪れた。
 
 シュン。

 行き成り総帥室の扉が開いたのである。
 そうして、当然のように、そこから人が入ってきた。
「総帥、書類を―――――」
「○★△■×!!!!」
 シンタローは、先ほどまで支配されていた甘い感覚を一気に消して、目を見開いた。
 そこから入ってきたのは、自分の秘書を担当してくれるティラミスである。
 もちろん、自分が相手を認識したということは、相手も同じようにこちらを見ているということで―――――当然ながら、総帥とその部下の情事をばっちりと彼は目撃したのだった。
 すぐにアラシヤマと身体を離していたが、すでに時遅しである。
 誤魔化しようがない。
 いつのまにか衣服すらも乱されていれば、決定打だ。
「あっ……のぉ…その…お邪魔で……」
 じりじりとティラミスの足が後ろへと下がる。
 シンタローは、瞼を閉じ、そして深呼吸を一つした。
「がっ…」
 深い呼吸の後、シンタローの唇から声が吐き出される。
「が?」
 それに反応したアラシヤマが、こちらを向いた。
 だが、振り返った時には、もう遅かった。
「眼魔砲~~~~~~~~~~~~~~!」
 それは閃光を放ち、目の前にいたアラシヤマに直撃した。

 



「よろしかったんですか?」
「ああ? なんだ」
 もってきた書類を処理しているシンタローに躊躇いがちにティラミスが声をかける。
「アラシヤマさんのことです」
「ああ。かまわないだろ」
 手加減はちゃんとしてやった。
 至近距離であったが、命は取り留めているはずである。
 現在集中治療室行きとなっているが、まだ、死亡したと連絡が入ってないのだから、生きているのだろう。
「すいません…間が悪い時にきてしまったようで」
 恐縮そうにするティラミスに、シンタローは、きっぱりと言い放った。
「お前は悪くない」
「はあ」
「いいから、気にすんな。あいつがあそこにいるのはいつものことだ」
 確かにいつものことかもしれない。
 だが、ガンマ団本部内で、そんな場所に入るほどの傷を負ったのは初めてのはずだった。
(すいませんでした、アラシヤマさん)
 ティラミスは、そっと心の中で謝罪する。
 直接の原因となってしまった自分としては、謝らなければ気がすまない。
(もう少し、私が遅れて入ってきていたら………もっとまずいことになっただろうか)
 もしかしたら、自分がみた場面というのが、まだキスまでだったというのは、幸いだったのかもしれない。
(けれど、仕事中ということもあるし、鍵もかけずにまさか……そこまではやらないだろう………いや、でも………)
 なんだか心中複雑になってきてしまったが、ティラミスは、とりあえず自身と相手の不幸に涙したのだった。
 
aas



「っ…………」
 唐突な突風。
 避け損なったアラシヤマは、口と目に入った砂埃に顔を顰めた。
「ペッ……まったく、難儀な場所どすな」
 唾を吐き、目を瞬かせる。
 細かな粒子だったのか、痛みを我慢していれば、滲む涙とともに流れていった。
 ぐいっと服の袖で涙をぬぐい、今度は慎重にうっすらと目を開けると、目の前の光景を睨みつけた。
 広がる大地。
 先まで見通せるそこは、地平線が円を描いているのがわかる。
 最初、それを見た時には、地球はほんまに丸いんどすなぁ、と暢気に呟いていた自分に苦笑する。それだけ見通しがいいということは、こちらの身を隠せる場所も極端に少ないということである。
「サバイバル演習言うのも名ばかりの実戦やて。……何人生き残れるでっしゃろ」
 ぽそりと吐き出された言葉は、ずしっと心に重くのしかかるものだった。
 別に、誰が死のうと生きようと自分には関係ない。
 死んだものは、それだけの実力と運がなかっただけである。
 必要なだけの知識は、これまで十分与えてもらっていたのだ。それを生かすも殺すも自分しだい。
 けれど、それが自分に降りかかるとなれば別である。
 自分はまだ死にたくはない。
 他人を犠牲にしてでも、生きるつもりだった。
 それくらいの貪欲さは、すでに自分の中で息づいていた。
 サバイバル演習―――――そう言われて自分達は、ここに送り込まれた。すでに、激戦区とされているこの国の国境間際。もちろん、前線というわけでもない。実践の乏しい学生に、前線へやっても無駄死にを増やすだけである。
 ここは、激戦区といっても一番後方の部分にあたり、よっぽどのことがないかぎり、攻撃はされない。
 そう言われて、ここにガンマ団士官学校の学生40名が配置されたのである。
 大半はガチガチに緊張していて、使いものにはならなりそうになかったのだが、今回の目的は、たぶんこのような場に慣らすためのものだったのだろう。そこで使える使えないかは、とりあえずは査定に響くことはあっても、命にかかわるものではなかった。
 各4名ずつ、10班という小さなグループで、それぞれの地点に配置され、戦況を見据えさせられる。あるいは必要とあれば自分達より少し前で戦っている部隊まで武器・食料の補給に行くのが、ここの役目だった。
 だが―――――戦地で安全という場所はない。
 その言葉どおり、攻撃されないはずのこの辺りいったいで、激しい攻撃にあったのである。
 当然のごとく、大概のものは、パニクって、面白いほどあっさりと敵の手に殺されていった。
 いったい何を学んできたのか、と怒鳴りたかったが、こっちもそれどころではない。
 事前に塹壕を掘っていたために、即座にその中に身を攻撃を交わし、だからといって、それで敵の攻撃が止むわけではない。敵が、こちらに来てしまえば、塹壕など無意味になるのだ。
 ほとんど無我夢中で、武器を手に、応戦しまくったという記憶はある。
 気づいた時は、周りにおいてあった銃の弾丸は尽きており、そして、敵からの攻撃も止んでいたのだった。
 そして、生き残っていたのは、半数も満たない17名と、未だに味方側からの応援も迎えもこないという現実だった。
 迎えについては、今日の昼頃くるはずだった。
 敵にやられたのか、それともここが戦地になったためい様子を見ているのか、とにかく日が暮れかけているというのに、迎えが来る様子もない。
「ほんまに、勘弁してくだはれ…」
 食料はともかく、武器は無我夢中で使っていたために、心もとないのである。他の者達も大差はない。このまま再び敵側から攻撃がはじまったらと思うと胃が痛くなる思いである。
 夜になれば、さらにこちらが不利だ。
 夜戦など、まったくといっていいほど経験はないのである。机上だけの経験では、十分の一も生かされないのは、すでに痛いほど悟っている。
「わては、こんなところで死ぬ気なんて、ちっともあらしまへんのやで」
 不機嫌そうにそう呟いていると、
「何、ぶつぶつ言っているんだ?」
 ぽこん、と唐突に拳らしきものに頭を殴られた。
「何しますのん!」
 戦闘後の気の高ぶりが未だに抜け切らずに、激しく反応すれば、相手は、きょとんとした顔を一瞬し、それから、苦笑を浮かべた。
「すまん。痛かったか? 飯だと呼びに来たんだよ。ほら、代われ」
 こんな状況下で信じられないほど自然に笑顔を向けてきたのは、同じようにここに演習として連れてこられていたシンタローだった。
 彼の名前は有名である。士官学校では、知らないものはいない、ガンマ団総帥の息子。
 もちろんアラシヤマも、彼のことは良く知っていた。他のものたちよりも知っているといってもいいかもしれない。優秀だと自負していた自分を全てにおいて打ち負かしている男である。目の上のたんこぶとは良く言ったもので、彼はまさにそれだった。自然、目につく彼を注意深く観察するくせが、悔しいがついている。
「しっかし、確かにこんなところで死にたくはないよなぁ。とんだ災難だぜ」
 どうやら、先ほどの自分の独り言を聞いていたようである。
 けれど、遠くを見据えるその顔には、平素と変わらぬ笑みを浮かべている。
 こんな時にへらへら笑っている気がしれない。そう思うものの、今の状況では、少しばかり頼もしく思えるのが、悔しかった。
 自分はまだ彼のようには笑えない。もともと常に笑うような人間ではないことはわかっているが、それでも自然の顔というのが覚えだせずにいた。初の実践的戦闘に、顔はまだ妙な強張りをもったままなのだ。
 それには答えずに、アラシヤマは、すっと立ち上がった。
「おおきに。ほな、少しの間ここを頼みますわ」
「ああ、任せとけ」
 歴然と見せ付けられる差に嫌悪するように、アラシヤマはそっけなくそう言い放つと彼と場所を交代した。
 彼との会話は自分を苛立たせるだけだ。
 アラシヤマは、彼を置いたまま後方にさがると、中央にある小さな明かりを目指した。そこには、すでに数人が焚き火を囲んでいた。
 生き残ったものは、ほとんどここに全て集まっている。ここにはいない人物は、3時間交代で、それぞれ周りを警戒しているのである。
 パチリ。
 火がはぜる。
 小さな火の粉が迫り来る夕闇に溶けるように消えていく。
「おお、アラシヤマか。ほれ、これがお前の飯じゃけんのぉ。しっかり食っちょけや」
 一際大柄な体格を揺らし、焚き火の向こう側から、コージがアルミの皿を渡してくれた。
 左肩の方に包帯を巻いてある。最初の攻撃で、弾が貫通したらしい。だが、たいしたことがないのか、平然とした様子で、こちらに声をかけていた。
 いつもの彼の明るさに比べれば、その笑顔も空笑に見えるが、それでもある程度落ち着いている様子だった。
 焚き火を囲んでいながらも、寒そうにガチガチと震えている人達とは大違いである。
 本当は、火を焚くという行為は、相手に自分の場所を知らせるために、不用意にやってはいけないことだと言われているが、どうせあちらは、ここの場所をしっかりと察知しているので、今更という半ばヤケクソも入っての焚き火だった。
「そうどすなぁ。しっかり食べてはりまへんと、見張りの数が少ないよって、食べる時間もあらしまへんし」
 視線をちらりと辺りに向けると、ビクリと肩を動かすものが数名。
 この襲撃に怯えて、見張りすらもできないものが、苛立つことに半数はいた。
 見張りの数は多くはない。半径50メートルほどを敵地に向けて半円を描くように、置いてある。それから、後方に一つ。
 何かあれば、大声で知らせられる距離だ。
 それでも、見張りの数が少ないというのは、頭の痛いことだった。
 小さな円で囲まれたその砦は、あまりにも脆い。自分達が作る陣営は砂上の城のように不安定なものなのである。
 敵が本気でかかれば、あっさりと崩壊していしまうものだ。
 それなのに、役にも立たない人間を守るために、危険に身をさらされながら、見張りに立つというも腹が立つことだった。
「まあ、そんなに嫌味をいうなぁーや、アラシヤマ。行き成りこんなことになって、皆疲れきっとるんじゃ」
「わてかて、疲れとりますわ………まあ、ええどす。つまらぬ議論をしる暇はあらしまへんし」
 こんな人間ばかりかと思えば、こちらも楽だ。
 必死になって、味方を守ろうという気も起きなくていい。
 誰が炊いたのか、歯ごたえ抜群の固めのご飯と、缶詰に入っていたクソ不味いコンビーフをスプーンでかき混ぜて、そそくさと胃に収めた。
「ご馳走様どす」
「もう行くんか?」
 手早く自分の食べた食器を片付けたアラシヤマに、コージの声がかかる。アラシヤマは、振り返るとその頬をゆがめるようにして、焚き火を囲む者達を見下した。
「ここよりも見張りしていた方が万が一、敵が来た場合でも、即座に対処できまっからな。焚き火の傍で、的にしてくれなんてこと、わてには出来まへんで」
 その言葉に、びくっと焚き火を囲むものたちは、反応するものの、怒りを込めてこちらを睨むほどの気概があるものは、やはりいなかった。そんな者は、ここにはいないのだ。
「アラシヤマっ! ぬしはっ」
 ただ一人、咎める声が背中から聞こえてきたが、当然それは、無視だった。
 来た時と同じ道を辿る。
 すでに足元は闇に覆われていたが、それでも間違うこともなく、先ほどと同じ見張り場にたどり着いた。
「ん? なんだ、もうメシを食い終わったのか」
 代わりに見張りに立っていたシンタローは、アラシヤマの気配に気づくと振り返った。その手には、乾パンをもっていた。
「シンタローはんは、飯は食べてはりまへんの?」
「ああ……いいんだよ、俺はこれで」
 どうやら、自分より先に飯を食べた後、小腹がすいて、乾パンをかじっているわけではないようだった。
 味気のない乾パンよりは、先ほどの暖かいご飯の方がマシなはずである、にもかかわらず、それを食べるということは…。
(なるほど。食料保持でっか) 
 確かに、助けがいつ来るかわからない状況ならば、なるべく食料は長引かせないといけない。たぶん彼は、乾パン数枚で、終わらせるつもりなのだろう。
 バツが悪そうに、残っていたそれを口に放り込み、前を向く。
 アラシヤマは、その隣に座った。
「交代しますわ」
 そう告げると相手は、前を向いたまま、首を横へと振った。
「いや、お前は休んでおけよ。もう交代の時間だったろ?」
「かまいまへん。あそこよりもここに一人でいる方が落ち着きますわ」
 それは本音だった。
 軟弱者とともに焚き火を囲んでいるよりも、この闇の中、一人でいる方が、気持ち的に楽だった。一人には、慣れているのだ。
 だが、アラシヤマのその答えに、シンタローは、意外そうな顔をした。
「怖くないのか?」
「この程度ならまだマシどす」
 修行の時には、人食い熊が出るという場所で、三日間一人で野宿を強制させられたこともある。
 まだ、上手く火も操れなかった頃だ。不安と恐怖で、ほとんど徹夜だった。
 それと比べるのは、少し場違いな気がするが、それでも、あの恐ろしさを考えると、少しだけだが、ここには安堵感がある。
 もちろん命の危機にさらされているのは、代わりはないのだが、それでも、今まで積んできた知識や経験が、それを少しはぬぐってくれているのだ。自分も成長したということだろう。
「凄いな、お前は」
 それに、感心したように呟かれ、アラシヤマは、苦く笑みを作った。
「シンタローはんの方が、怖がっていませんやろ?」
 自分よりも彼の方が、ずっと余裕あるように思える。
 こうして、皆をまとめて見張りを置いたりと対応したのは、彼である。彼という存在がいなければ、皆バラバラのまま、敵に皆殺しにされていたはずだった。
「俺は、怖がってなんていられないからな」
 なんでもないようにサラリと言われた言葉だが、アラシヤマは眉を顰めた。
 それは、どこか苦しげに呟かれたためだった。
 横を振り向けば、その顔に、笑みはない。それどころか、一瞬だけだが、泣きそうな表情を見せた。
「ここで、立ち止まるわけにもいかないし……」
 自嘲気味な笑みを零し、その視線が空へと向けられる。遠くを見据えるその視線の先に、彼の表情を歪ませる高い壁が見えるような気がして、アラシヤマは、息を呑んだ。
 自分が思っているほど、彼に余裕はないのだと、気づいてしまったからだ。
(総帥の息子というせいどすか?)
 面と向かって、それを尋ねることはできない。けれど、それはあながちはずれてはいないはずだった。
 偉大な父をもった息子の苦悩。
 そんなことは、アラシヤマは知らない。分かることもできない。ただ、想像するだけだ。
 期待が、重圧としてその肩に圧し掛かり、時に身動きすらも奪うだろう、その苦難。
 それでも彼は、ひたすら前を向き、どんな険しい道にも立ち向かっているのだ。こんな状況化で、怯えていられるほど、彼の道は、容易いものではないのである。
 ふっと無意識にもれた溜息に、なぜかアラシヤマは、自分の胸が締め付けられる想いを感じた。
 気づけば、自分は、彼を気遣う言葉を吐いていた。
「なんでもええんとちゃいまっか? こんな状況どす。なんであれ行動できたもんの勝ちどすわ。あんさんは、立派どす」
 アラシヤマの言葉に、シンタローは、驚いたように軽く目を見張らせた。
 もっともそれをしゃべったアラシヤマ自身も驚いていた。
 つい、先ほどまで、彼を慰める気などまったくなかったのである。けれど、出てきたのは、自分でも信じられないほどの相手を気遣った言葉だった。
「ありがとう」
 目元を緩ませ、相手が微笑む。
 だが、その瞬間、その目は険しく辺りに向けられ、それと同時に、アラシヤマに向かって飛び掛ってきた。
 シンタローの身体が、アラシヤマを抱きしめるようにして重なりあう。
「なっ!」
 それに、驚きの声をあげるアラシヤマは、けれどそれと共に、パンッと空気が弾けるような音を耳にした。
「うっ…」
 即座に耳元から聞こえてきた痛みをこらえるような声に、アラシヤマは、とたんに状況を悟った。
 撃たれたのだ。
 自分には、傷はない。
 当然だ。自分が受けるはずだった弾を彼が庇ってくれたのである。
 倒れる彼を素早く横にし、アラシヤマは、闇を見据え、声を張り上げた。
「敵襲やっ!」
 その怒鳴り声とともに、残っていた武器を手に塹壕から、身を乗り出す。
 ドォン!
 バリバリバリバリバリ………。
 耳に痛い爆発音や銃撃音。
 すぐに戦闘は始まった。
 味方の方がどうなっているのか、それを確かめる余裕すらない。ただただ応戦のみである。
 ピッと頬に痛みが走る。
 すれすれで銃弾が頬をかすったのだ。
 だが、それに怯むヒマなどなかった。
 足元には、横たわったシンタローがいる。手当てをしてやりたいが、そんなヒマがないのが、歯噛みするほど悔しい。
 ただ、自分ができることは、彼に言葉をかけるだけだった。
「シンタローはん……わてなんかを庇って死ぬなんてことは許しまへんからな」   
 死んだらあきまへん。
 同じような言葉を何度も叫びながら、アラシヤマは、この悪夢のような惨劇が一刻でも早く終わること祈っていた。
 
 
 


「…………おわったんどすか」
 闇を突き破る一瞬の閃光。
 それで、全ては終わっていた。
 ドォーンと地を揺らした爆音。それと同時に、大量の砂煙が立ち視界を奪っていた。
 闇の中で、何が起こったのかはわからなかった。
 ただ、呆然としているなかで、バリバリとヘリの音が聞こえ、そうしてそれはゆっくりと地上へと降りてきた。
 ヘリのマークはガンマ団のもの。
 安堵すると同時に、先ほどの光と爆音の正体がわかった。
 普通の武器ではありえない破壊力。
「あれが、ガンマ団総帥の力でっか…」
 感心するよりも呆然としてしまうのが先だ。
 眼魔砲と呼ばれる総帥の一族が使える技。中でも、総帥であるマジックの放つそれは、桁違いの威力をもつという。
 噂では聞いていたが、どれほどかを想像する時には、バズーカ砲ほどの威力ぐらいなのだと思っていた。
 だが――――。
「人間じゃあらしまへんで…あんなもん」
 目の前の光景を見せ付けられても、まだ信じられない。あれが、人間の手から出たものだとは到底思えないものだった。
 敵は、あの凄まじい威力を持つエネルギーに、一瞬にして飲み込まれたのだ。
 あれほどの苦戦していた戦いがその刹那でかたがついてしまったのである。
 いくつかのヘリがアラシヤマが張っていた陣営の中に着地してきた。
 ヘリのライトが眩しいほど点灯されており、その一つが、自分の方にも向けられたいた。
 その方向から、人がやってくる。
 アラシヤマは、息を呑んで、その人物を迎えた。
「シンタローは、怪我をしているのか」
 光を背にしたその人物の顔の表情は分からない。それでも、それが誰だか見間違えるほど、アラシヤマは耄碌していない。
 彼は―――彼こそが、ガンマ団総帥のマジックだった。
 彼は、その場にしゃがみ込むと息子であるシンタローに触れた。
 傷は、眼魔砲が放たれ、敵襲の心配がなくなった後に、アラシヤマが応急手当てをしていた。医療の知識は乏しいまでも、それでも致命傷にまでは至ってないことはわかり、安堵していた。
「はっ……あ…はい。わてを庇って」 
 正直に、そう告げれば、相手の表情が、変化した。
 愛息子を慎重に抱き上げるとマジックは、険しい表情をアラシヤマに向けた。
「お前をか?」
「はい…そうどす」
 頷くアラシヤマに、マジックの顔がまた変わる。険しい顔が、今度は蔑むものへと変化した。そうして、吐き捨てるように言葉がぶつけられた。
「無能がっ。庇われなければ生き延びられぬ程度の力しか持たないで、この子に近づくな」
「……………」
 それに、何も言い返せなかった。
 別に近づいたわけでもなう、彼がここにいたのだ、と言えばいいのかもしれないが、けれど、そうは言いたくなかった。
 それに、過程はどうあれ、総帥の言うとおり、自分の無能さが、彼に傷を負わせたは間違いないのである。
「総帥。準備が整いました」
「ああ、今行く」
 部下の言葉に返事をすると、マジックは、軽々と息子の身体を抱き上げ、立ち上がった。
 すでにアラシヤマの存在など視界に入ってはいない。これ以上かける言葉もなく、彼は、傷を負ったシンタローをアラシヤマの前から連れ去った。
 アラシヤマができたことは、ただ、専用ヘリへと向かう総帥の姿を、じっと眺めるだけだった。それ以外に、自分のすべきことはない。
「……畜生ッ」
 唇から零れるのは、負け犬の遠吠えとあまり変わらぬ情けないものだった。血が滲みでるほど拳を握り締める。
(ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう………)
 悔しくて悔しくて仕方がなかった。
 なぜなのか、分からない。
 けれど、何一つ、彼のためにできなかった自分が、憤りを感じるほど悔しかった。
 自分の弱さが憎い。
 何もできぬままに、彼を目の前から連れさらわれたことに、驚くほど自分は腹をたてているのである。
 ギッと視線を彼を乗せたヘリに向けた。
 そのヘリは、一足先に飛び立とうとしている。自分の手には、届かない場所に行ってしまう。
 今はまだ、それを見守るしかなかった。
 けれど、いつまでもそうする気はない。
「絶対に、強くなってみせますわ。あんさんを守れるほどの力を得て、今度はわてがあんさんの盾となって、全てのものから守り通して見せますわ!」
 その想いが、どういう形をとるか知らない。
 けれど、自分の中に芽生えた気持ちをアラシヤマは、しっかりと忘れぬように刻み付けた。
 
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