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 夏は暑いものと決まっているけれど。
 暑すぎるのは困りもの。
 涼しさ得るのは水浴び…怪談…冷たい食べ物?
 いえいえやっぱりここは当然ッ!――クーラーでしょう!!
 


「あっちぃ」
 地の底を這うような声を出しながら、シンタローは、バタバタと手にもっているものを盛大に仰いでいた。
 だが、汗だらけの顔に生ぬるい風を送ったところで、焼け石に水程度しかならない。茹だる暑さにむかつき、しかめっ面にされていた顔は、さらに凶悪さを増していた。
「ちッくしょう!……誰だよ、こんな暑苦しい服を総帥服にした馬鹿はッ」
 ついには着ている服まで八つ当たりである。
 見た目も暑い真っ赤なそれは、襟ぐりが大きく開いているとはいえ、当然長袖のために、その腕にびっしりと汗を噴出させている。腕まくりはすでにされているが、それでも布で覆われている部分は、どうしようもない。
「うがあぁぁあ!!!」
 手にもっていたうちわをこれでもか、というほど上下動かすが、生ぬるい風は僅かな涼を与えてくれるだけだ。その上、疲れて手を止めれば、反動とばかりにどっと汗が噴出してくる。堂々巡りで暑さは変わらない。
「あ~~~エアコンまだ直んないのかよぉ」
 こもる熱でうろんになりがちの視線を、朝から沈黙したままの機械に向ける。けれど、ぼやいたところでそれが動く気配はなかった。空調設備は全て停止したままなのだ。それも自家発電を稼動中の研究棟以外、ガンマ団本部のほとんどがである。
 夏も真っ盛りというのに、これは痛手だった。
 ちなみに停止の原因は、例によって例のごとく、あの馬鹿博士である。
「ここには、扇風機もないのか!」
 誰もいない部屋で、ひとり怒鳴るものの、そんなものがあれば、すでにお目見えしているはずである。
 冷暖房完備な本部内では、そんなものを使われたことはなく、よって、扇風機などもちろん存在してはいなかった。
 あるのは昨年ガンマ団盆祭り大会で配布された団扇だけである。現在それは、団員に無料配布中だ。しかし、すでに文明の利器の恩恵に浸り続けていたために、この程度の涼で満足できるものなど誰もいない。むしろ、僅かしかえられぬ涼に、苛立ちが募るばかりだ。
 逃れられない暑さに、仕事が進むわけがなく、机の上に突っ伏して茹だっていれば、目の前の扉が開いた。むあっとした空気が部屋になだれ込む。
「シンタローはん、入りますえ」
「ど~ぞ」
 すでにやる気ありません、といわんばかりの声に促され、部屋へ足を踏み入れたのは、アラシヤマだった。
 書類らしきものを片手にもったアラシヤマに、シンタローは視線を向け、一瞥する。そのとたん眉をひそめた。
「お前、暑くねぇのか?」
「はあ、あつうおますな」
 こちらの疑問に当たり前のように返事を返してきたアラシヤマだが、シンタローの目から見れば、全然そうには見えなかった。
「嘘だろ?」
「なして疑うんどす?」
「だって…なぁ」
 相手は、きっちりと襟元までボタンを留めた隊服を着込み、さらに鬱陶しげな前髪が右目を覆っている。それでダラダラと汗をかいていればわかるのだが、見たところ、額の方が少しばかり汗ばんでいるか? と思うぐらいだ。
 すでにぐったりするほどの大量の汗を流しているシンタローにとっては信じられない姿だった。
「………お前、不感症か?」
 思わず零れた言葉に、けれど敏感にアラシヤマは反応した。ぴくんとアラシヤマの眉が跳ね上がる。
「何言うとりますのん。わてがそうじゃないことは、あんさんがよーっくしっておりますやろ?」
 にーっこり微笑んで見せる相手に、シンタローは瞬時にサッと顔を引きつらせた。
(墓穴を掘ったか?)
 その作り物めいたにこやかな笑みを向けられたとたんに、汗が引き、変わりにたらりと冷や汗が背中を落ちていく。
 どうやら、自分はヤバイ発言をしたようである。
「シンタローはん♪」 
 なにやらはずむ声が聞こえたと思えば、アラシヤマは机を挟んで、自分のすぐ前に移動していた。瞬きほどの動揺の合間に、詰め寄られてしまっていたのだ。相手は、こちらにひたりと視線を定めたまま、机の上に腰をのせてくる。さらに縮まる距離にとっさに引いた顎を、相手の指先が触れた。あの暑苦しい特異体質のくせに、ひんやりと冷たい指に、思わず逃げることを忘れていれば、汗ばんだ顎の裏をくすぐるように撫でられた。
「随分と汗をかいとりますなぁ。シャワーでも浴びたらどうどす?」
 間近に迫っていた顔にある愉悦を含んだ瞳が、ゆっくりと細められる。そのまま顔が傾いて、耳元へと唇が寄せられた。
「わてもお供いたしますえ」
「ッ!」
 耳の奥へと息を吹きかけるように告げられた言葉に、ビクリと身体が反応する。だが、それに流されるわけにはいかなかった。
 さらに自分を絡めようと伸ばされる腕を避けるために、座っていた椅子のまま後方に退き、距離をあける。
「え、遠慮いたします」
 そのまま腕を伸ばし手を広げると、キッパリとお断りの言葉を告げた。
 汗でベタベタになった身体に、シャワーは魅力的だが、目の前の相手と一緒に入るなどという無謀なことはできない。そんなことをすれば、あの密室とも言える中で何をされるかわかったもんじゃない―――否、分かりきってしまって怖い。
「そうどすか? わてもあんさんとならもっと汗をかいてもええと思うとりますんやで?」
「却下いたします。―――つーか、これ以上暑くなったら、俺が死ぬ。絶対イヤだからな」
 ただでさえ、暑さで頭が朦朧としているというのに、これ以上運動をして熱があがってしまえば、ぶっ倒れるそうである。赤くなったり青くなったりと目まぐるしく顔の色を変えながらも、必死の拒絶をする相手に、アラシヤマは、物分りよく頷いてみせた。
「わかりましたわ」
「わかってくれたか!」
 素直に引いてくれた相手につい喜びの笑みを浮かべてしまう。が、引いて押すのが恋の駆け引きというもので、そう簡単に相手が引き下がるはずもなかった。
「その代わり―――今晩、あんさんの部屋に行きますよって、部屋をしっかり冷やしておいておくれやす」
 告げられた言葉は、すでに実行予定と言わんばかりのもので、さらにさらに、それを告げた相手の視線は、獲物を逃さぬ獣のそれ。
「えっ…と」
 それはもう確定ですか?
 と、尋ねたいが、どうせ返事は『是』で間違いないだろう。
(嘘だろ…)
 後悔してももう遅い。今晩の予定は決められた。
 思い切って今の約束をすっぽかしてもいいのだが、その後の報復が怖い。経験済みのために分かってしまう。逃れることは絶対不可能。
「そうそう。これは、さっきグンマはんから頼まれた現段階での空調に関する状況説明と修理終了時間の目安どすえ。夕刻には終わるようどすから、宜しゅう頼みますわ」
 やはり暑さを感じていないだろう、と思うほど涼やかな表情でそう告げると、相手はそのまま去っていく。
 一人取り残されたシンタローは、当然の呟きを口にした。
「…………何を宜しくしろと?」

 

 ――――――いっそ風邪ひくほどの部屋を冷やしておくべきか?











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 栗花落―――ついりの季節。
 出会った雨に足を止めていた。




「濡れるぞ」
「もう濡れてる」
 耳朶に触れた言葉に身体が反応する。
 振り返る時に揺れる髪は、すでにしっとりと水気を含んでいて、重たく小さく跳ねた。軽く上向いた顔に、柔らかな水滴がいくつも降り注ぎ、肌に弾かれる。
 雨が降る前にそこにいた。雨が降り始めてからもここにいる。動けなかったわけではなくて、動きたくなかっただけで、そうしていれば、いつのまにか全身が水気を帯びていた。
「風邪をひくぞ」
 近づいたその人影は、眼前にまでやってくる。
「そうかもな」
 それはわかっていたのだけれど、思わぬ気持ちよさに、ずっとこの状態を保ってしまっていた。
 それもここまでで、近づいてきた人物に、身体は動く。頷いた自分は、そっと視線を持ち上げた。重たく垂れ下がる前髪の隙間から、その姿を覗く。声を聞いただけで、それが誰なのかはわかっていたけれど、その姿を目に映せば、自然と顔が綻んでいた。
 自分を気遣うその言葉が嬉しい。
 自分を想うその気持ちが愛しい。
 けれど自分以外を映すその瞳が少し切ない。
 こちらを見てくれていると思えば、空を仰いで漏らされていて、それに軽く吐息がもれた。
 その溜息に気付いたのか、雨を受けていた顔が垂れ、
「中へ入らないのか?」
 大きく傾けられる首。
 こちらを覗き込む視線に、みっともなく濡れそぼった自分の姿が映り込む。それでも、口元に浮ぶのは笑みで、単純な自分の構造に、さらに笑いがこみ上げそうになる。
 ゆっくりと振られる首は横で、視線は相手に定めたまま、下瞼を持ち上げるように笑みを作る。
「ああ。もう少し…気持ちいいから」
 翳す手に落ちる雨が手首を伝う。
 そのくすぐるような感触が心地よい。
 全ての穢れが洗い流されるような、そんな錯覚を与えてくれる。
 身体にまとわりつく、凝った想いも雨とともに、流れ落ちる。
 洗い清められるようなそれに、離れ難い想いを抱いていた。
 それに、久しぶりだったのだ。こうして雨を身体で受けるのも。
 子供の時は、濡れるのも構わずに外に出て遊んでいたけれど、大人になってからは、雨が降れば、それを厭うように避けてきた。こうして自分から雨を打たれることなど、どれほどぶりなのかも分からない。
「ならば、俺も付き合おう」
「やめとけ。風邪、ひくぜ」
「そうなったら、お前が看病してくれるだろ?」
「できるわけねぇだろ。だったら、俺も一緒に風邪ひいてるって」
 それよりも自分の方が雨に打たれていた時間が長いのなから、風邪をひく確率が高いだろうに。それとも、自分は馬鹿だから風邪をひかないとでもいいたいのだろうか。
 そんなはずはないと思うが、つい勘ぐってしまう。ねめつけるような視線を送るものの、相手はさらりとそれを受け止めた。
「それは困るな」
 言われた言葉に他意は見えずに、仕方がないので、そのまま頷いた。
「そうだな」
 けれど、総帥とその補佐が共に倒れてしまえば大騒ぎだけではすまないだろう。立ち行かないことはないが、混乱は必須。あまり賢明な行動ではない。
 それなのに、相手は動かない。
 その優秀な頭で、この程度の予想がつかないわけではないのに。
 自分と同じように、雨の中を立ち尽くす。
 白糸のように降り注ぐ柔らかな雨の中で、その金糸に絡まる雫がぽとりと零れ落ちた。自分と同じように、濡れ鼠と変わっていく。なのに、動かない。
「――あのさ、もしかして待ってるわけ?」
「ああ」
 ひょっとして、と思い漏らした言葉に、即座に返される。
 その素早さに、眉を顰めてしまったが、そう言われてしまえば、こちらもそれなりの対応をしなければいけなかった。
「はあ。気持ちよかったんだけどな…」
 たまには、雨に打たれるのもいい。
 雨に溶け込むのも気持ちがいい。
 しとしとと想いが雨に滲み込み、流れ落ちるのを感じるのも、好きだと思えたけれど―――。
「戻るぜ、キンタロー」
 そんな好きよりも、もっと大事で大切な好きがあれば、仕方ない。
 頑固な相手に、風邪をひかせたくないと思うならば、自分が動くしかないだろう。
 自分と共にではなければ、ここから離れらないと決めているのだから。
「あぁあ。本当に気持ちよかったんだけどな」
 名残惜しげな声をあげ、泣きっぱなしの天を仰ぐ。随分とここにいたために、びしょ濡れになり黒ずむような色合いとなった真っ赤な総帥服は、べったりと身体に張り付いていて、着心地はいいとは言えないけれど、それでも気持ち良さは、肌からではなく、心から感じられていた。
 だが、それももうお終い。
 未練がましい視線を空に向けてから、恨みがましい視線へと変えて相手を見れば、あちらは心得たように頷いていた。
「わかった。この後は、俺が責任もってお前を気持ちよくさせてやろう」
「―――本当か?」
 そこに含む意味がわからぬほど、自分は初心くはない。
「嘘か真かは、確かめてみるがいい」
「そうだな。それが一番確かだ」
 くすくすくす…と笑みが喉を鳴らし、零れ落ちてくる。
「なら、雨宿りをしますか」
 この気持ちよさに勝るとも劣らぬものを与えてくれるというのならば、それを受けてみよう。
 肌を伝う雨水を振り払い、至極真面目に応える相手の腕に濡れた腕を絡めて、頭にかかる雨のヴェール脱ぐために、屋根のある場所へとシンタローは足を進めた。




 ――――――雨とどっちが気持ちよかったかは内緒にしとこうな?











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貴方のために。
貴方を想って。

そんな言葉を重ねて見せるけれど、本当のことは知っている。
それはたんなる自分の我が侭。
でも、それのどこが悪い?




「ハーレムッ!」
 それを見たとたん、シンタローはずかずかと相手に近寄り、今しがた口に咥えたばかりのそれを取り上げた。
「なにしやがるっ」
 とたんに、どっかりとソファーに背をあずけるようにそこに座っていた男だが、その行動に動いた。
 即座に抗議の声をあげ、浮き上がらせた腰に、だが、シンタローはそれを押さえつけるように、上から見下ろし、ギッと相手を睨みつけた。腰は手に、顔だけを相手に詰め寄らせた状態で口を開く。
「何しやがるじゃねぇよ。俺は、タバコをやめろって何度も言ってるだろうが」
 奪い取ったそれを火がついているにもかかわらず、器用に握りつぶしたシンタローは、腰に当てていた右手を前に突き出し、人差し指を一本まっすぐに上に伸ばすと、メッと幼い子をしかるように振ってやった。
(まったく、一体何度言えばわかるんだよ。身体に悪いから、タバコはやめてくれって言ってやってるのに)
 別に自分のためにしているわけではない。これは、相手の―――ハーレムを思っての行動なのだ。
 しかし、だからといって、素直に納得してくれる相手でもない。
「やめねぇって言ってるだろうが、俺は」
 握りつぶされてしまっては、取り戻してもしょうがないと思ったのか、またポケットからタバコを取り出す。さらに、こりずに咥えようとした相手に、シンタローは、すかさず手をのばした。
 ガシッ。
 だが、タバコまでにはそれは届いてなかった。
「……離しやがれ、おっさん」
「やだね、ガキ」
 シンタローの伸ばした手は、ハーレムの手に捕まれ、進行を止められていた。
 タバコは、依然としてハーレムの口の中。火はつけられていないが、放っておけば、先ほどと同じことをするのは確実である。
 やめようと手を伸ばす。だが、それ以上は進めない。
 力の拮抗。
 いや、それよりも相手の方が上か。
(くっそ~、おっさんのくせに力だけはつえーからな) 
「どうした、総帥。こんくらいの力しか出せねぇのか、なっさえねぇな」 
「馬鹿力めぇ~」
 握られた手は、動きを完全に封じ込められている。
 押してもだめなら引いてみろ、と思い実行してみるが、それを察したのか、今度は逆の力を加えられた。すなわち、押すのではなく、逆に引っ張っているのだ。
「うがぁ~~~~~!」
「甘ぇよ」
 してやったりとばかりに口の端を持ち上げられる。
 抵抗しても無意味にさせられるのが、心底悔しくてたまらない。しかも、そんなことをしていれば、背後から、ハーレムの部下達の声が聞こえてきた。
「何やっているんですか、あの二人は」
「ああ、いつものじゃれあいでしょ」
「……………仲がいい」
 マーカ、ロッド、Gの声である。
(これで、仲がいいわけあるかっ!)
 そう突っ込みたいのだが、目の前のことで文字通り手一杯である。
 そのせいか、後ろの会話は止まらない。
「隊長のタバコをやめさせるなんて、無理なことでしょうに」
「でも、やめてくれた方が、シンタロー様にしたら嬉しいだろぜ」
「なぜだ?」
「愚問だぜ、マーカー。タバコをすわねぇ人間なら、ニコチン味のキスなんかされても美味くねぇからだろ」
 チッチッチッと、舌打ちする音とともに、当然といわんばかりの声がこちらまで届いた。
 ギクッ。
 そのロッドの言葉に、思わず反応してしまえば、その手の先に繋がっている相手が、ニヤッと意地悪げな笑みを浮かべてみせた。
 気付かれたのだ。
(くっそぉ~、絶対に気付かれたくなかったのに)
 だからこそ、強気で相手に向かっていったのである。それなのに、先ほどの一瞬の動揺でパァだ。
「なるほどねぇ。それで、俺にタバコをやめさせたいわけか」
 可愛いじゃねぇか。
 ニタニタとしか形容ができない笑いを口元に浮かべる相手に、こちらはといえば、顔をあわせ辛くて、視線をそらすしかない。
「………わかったんならやめろよ」
 たぶん、顔は真っ赤になっているだろ。 
 ロッドの言葉は図星だ。
 けれどそんなこと、自分の口から言えるわけがなくて、健康のため、と言い張って、タバコをやめるように言っていたのである。しかし、こうなってしまっては、もうその言い訳も通用しないだろ。
(どうせ、俺の我が侭だよ)
 それでも、キスするならばたっぷり味わいたいと思うのは、当然のことで、それなのに滑り込んでくる苦味に邪魔されるのは、ムカつくだろ?
 だから、やめて欲しいと願っているのだけれど、相手は自分の我が侭を受け止めるだけの度量はあるだろうか。
「そうだな…。やめてもいいが、けど、口寂しいんだよな、タバコをやめると」
「それなら、ガムでも噛んでいればいいだろうが」
 今度はガムの味で文句をつけそうな気もするけれど、とりあえず一番の目的はタバコをやめさせるということなのだから、妥協案を出してみる。しかし、相手は渋い顔をするだけだった。
「まあ、それでもいいがな」
 顎をさらりと手で撫ぜてから、ぺっと口の端に噛んでいたままだった未使用のタバコを吐き捨てた。それから意味ありげな視線をこちらに送る。
「………あんだよ」
 その視線がなにやら嫌な予感を与える。警戒してみるが、どこまで警戒すればいいかを図りそこねていれば、あっさりと捕まっていた。
 いまだに捕まれた手を引かれ、あっさりと相手の胸の中に自ら飛び込む形となる。
「それよりは、タバコや代わりに、お前の舌でも口に入れておけば問題解決だろ」
「んなわけあるかぁ~~~~~~~~!」
 そう叫ぶ声は、あっさりとふさがれて、有言実行されるはめになるのだった。


「ハーレム隊長が、タバコをやめると思うか?」
「シンタロー様が、いっつも口塞いでやってれば、やめると思うぜ、俺は」
「………無理だな」
「そうだな。無理な話だ」
「つーかさ、気付いてないでしょ? あん人は。隊長がタバコ吸いまくるのって、シンタロー様を襲うのを控えるためだって」 
 結局、その後も変わらぬ状況が続いたのは、言うまでもなかった。  
 



 ―――――――どうせ聞き届けられないなら、我が侭言ってもいいだろ?











as
 朝になれば葉の上に小さな雫が生まれるように、これは自然の営みで、止められるものではなくて。
 それがただの言い訳だと分かっていても、生まれるこの雫を受け止めて欲しい。
 これは、決して涙ではないのだから。



「そうか」
 部下からの報告を受け、シンタローは一言そう告げると、手を振り上げジェスチャーで彼を下がらせた。
 パタン。
 ドアが閉められると広い部屋の中、一人きりになる。シンタローは、椅子から立ち上がった。身体を捻り、背後にある窓に身体をよせ、透明なガラスに手のひらを押し付ける。高層に建てられた本部の一室にある総帥室は、最上階に近い部分に置かれているために見晴らしがいい。
 遠く高い空。
 青くどこまでも澄み渡る空。
 全ての地を包み込む空。
 けれど、ここにいれば、そんな空に近づけた気がして、そこに向かって手をのばせば、触れられるような、そんな思いに駆られる。実際に、空をつかめたことなど一度たりともないけれど。
 シンタローは、ガラスに押し付けていた手を握りしめた。
 その手に空はない。
 その手の中は空(から)だ。
「――悪かったな」
 呟く声。
 思い浮かぶのは、先ほど報告を受けた書類の中にいた人物。けれど、この手の中のもののように、存在していなかった。少なくてもこの世には、もういない。あの世に旅立ってしまっている。
 先日、任務先で亡くなったのだ。
「……ご苦労様」
 彼の死は、望んだものではなかったが、それでも任務は滞りなく予定通りにすんだという。そう報告を受けた。亡くなった団員については、いつもどおり事務的に処理されるだろう。
 そう。こんなことは初めてではない。
 それでも、報告を受けるたびに湧き上がる感情は変わらない。
「ふっ………くっ」
 ぼろっ、と目から零れ落ちる雫。
 声を押し殺し、ただ涙という名の露が生まれては落ちる。
 ただ、それだけは今は許して欲しかった。
「それでも、俺は………」
 自分の部下が任務でなくなったことに負い目を感じるな、とキンタローには言われた。
 泣くことなど許さない、と。
 確かにそうだ。その任務を命じたのは自分なのだから、おためこぼしの涙など必要ない。自分が泣くのはおかしい。
 それでも――それでも、目から雫は生まれ、勝手に零れ落ちるのだから仕方ないだろ。
 止められない。
 自然の営みから生まれてくるこの雫を。
 自分は、ただ零し続けていくだけだ。
 いつかは、この雫も枯れはて、零れ落ちることを忘れるだろう。
 人には、慣れというものがある。
 だが、それまで――生まれるそれを否定したくはなかった。
 パサリ。
 不意に頭の上から何かが降ってきた。
「あっ?」
 振り返れば、意外な人物がそこにいた。
「アラ…シヤマ…?」
 いつ部屋に入ってきたのだろうか。気付かなかった。
 顔をあげれば、投げつけられたものがずるりと顔にかかるように下がった。よく見れば、それはガンマ団が支給している制服の上着で、たぶんそれはアラシヤマのものだった。
「泣くのはかまいまへんが、泣き顔だけは、他の部下にはみせんといてくだはれ。あんさんは、これでも総帥でっしゃろ」
「俺……泣いてるのか?」
 泣いているに決まっている。
 けれど、泣くつもりはなかった。泣きたいと思って泣いているわけではなかった。
 ただ、自然にこみ上げてきた感情の発露が涙という形になって現れたわけで―――それは、単なる言い訳ではないのだけれど、それでもそんな馬鹿なことを尋ねてみれば、呆れたような溜息を大仰に漏らされた。
「はあ。ま、わてはどうでもええんどすが。泣いてないと思うなら、その目から零れ落ちてるもんをさっさと拭って、この書類に目を通しなされ。けど―――」
 アラシヤマの手が伸びた。
 それは、こちらの隙をついた素早いもので、あっさりと引き寄せられて、相手の肩に顔を押し付けるような格好になってしまった。
「まだ泣きたらんのやったら、わての肩を貸ますえ」
 唐突なそれに、驚いてしまったが、自分の目から零れるものは、勢いよくアラシヤマの服を濡らし始めていた。突き放すことは出来なかった。それは、あまりにもそこが居心地よかったため。背中に回るぬくもりが、余計に露を零させるのだけれど、同時に胸を塞ぐ思いもまた外へ逃げていくのを感じた。
「泣いてねぇよ」
 それでも、肩に目を押し付けたまま言い張ってみせた。
 それだけは、認めるわけにはいかない。
 いくら肩を借りている状態だとはいえ、事実でないことは否定しなければならない。
「そうどすか?」
 それに対する、相手の怪訝な声なのだけれど、そこだけは譲らない。
「そうだ。これは、ただの目から生まれる露だ」
 涙などではない。
 自分はこんなことでは泣かない。泣いてはいけないのだから。
 ただこれは、自然に生まれ零れ落ちる露である。
「そうどすか」
「だから――ちょっと止まるまで、そこにいろ」
 傲慢な命令に、相手がどう思ったか知らない。ただ、一言だけ、
「了解どすわ」
 そうして、身体を小さく身じろぎさせ、頷いたのがわかった。
 肩を貸し続けるアラシヤマが、何を感じているかわからない。それでも、離れることのないその肩に、シンタローは、目を押し続ける。
 いつか、それが乾くまで。



 ―――――それでもこれは涙じゃないと分かってるか?












ks
 春眠暁を覚えず  処処啼鳥を聞く
 夜来風雨の声   花落つること知る多少 
                 孟浩然『春暁』


「春だよな~」
「それとこれとの関係は」
 明後日の方向を向く寝坊人間に、未処理の書類の束を突きつける。
 朝一番に提出しなければいけないそれは、恐ろしいことに、まだ手付かずの状態だった。
 昨日はあまり仕事が詰まってなかったために、早めに寝て、朝早くにこれを仕上げる予定だった。だが、こちらが別の仕事を片付けて、様子を見にいけば、まだぐっすり睡眠中のガンマ団総帥を見つけてしまったのである。
 即座に叩き起こして、今、ようやく総帥席に着かせたところだった。
「10分後には提出なんだぞ。何を悠長に寝ていたんだ」
 時間は刻々と迫ってきている。
「春眠暁を覚えず、という言葉をしらねぇのかよ」
「TPOでやってくれ」
「……んなのできたら、そんな言葉、存在しねぇよ」
 じとりと不満げな視線を向けてくれるが、だからと言って、納得できるはずはない。
 そのおかげで、現在かなりピンチな状況なのである。
 だからといって、そこで長々と説教することはできなかった。
 別に、相手の監視を怠ったことに対しての負い目があるわけではない。
 本当に切羽詰っているのである。
(ああ、後8分)
 バサリ。
 書類の束を何も置かれていないデスクの上に置いた。
 あちらこちらと忙しなく動いていた相手の視線も、それに視線が向けられる。
 引き攣った顔は、お互い様。
 ようやく動きだした総帥の前で、会議が始まる時間をどれだけ延ばせるかを頭の端で演算する。
(間に合ってくれ)
 すでに神頼みまで行きそうなギリギリ具合が、胃をキリキリさせる。嫌な感じだ。
 朝の柔らかい陽気が東向きの窓から、ふわふわと漂っているような空間の中で、ぴりりとした空気が流れ込む。というか、辺りを覆わせる。春の陽気など、今は一切必要ない。
「「とにかく、やるぞ」」
 二人の声が合わさる。
 それ以外言うべき言葉はなし。


 ――――――そう言えばこんなことは、もう何回目だ?(いい加減にしてくれ…)










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