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 ふと見上げた空は、とても高く遠くにあって、浮かぶ雲は流れが速かった。思わず、目の前を行く相手の肩を掴もうとしたが、目測を誤ってしまい、長い黒髪を掴んでしまった。

「あ、すまん」

 痛いと声をあげた相手に、慌てて謝罪の言葉を吐くが、けれど掴んだ髪は放さぬまま、握り締めた。おかげで、当初の思惑とは少しずれたものの、相手はそこに立ち止まり、自分の方へと近寄ってくれた。
 それを感謝しながらも、髪を握り締めたままだから、相手の表情が訝しげなものになる。『どうしたんだ?』と訊ねられて、改めてどう答えようかと迷った。

(お前が遠くにいってしまいそうで、置いていかれるのが怖くて、その身体をここへ止めた)

 といえば、彼は怒り出すような気がする。それとも自分の杞憂を笑い飛ばしてくれるだろうか。どちらにしろ、それは自分の求めるものではなかった。
 互いの身体が別ってから、数年の時を経て、痛感することが数多くある。その中の最たるものは、シンタローが遠くなったということだろう。いつでも傍にいた相手が、目を放せば遠くへといってしまう。それを実感したとたん恐怖に駆られてしまった。
 離れることを望んだ事もあったのに、今は、彼が自分の傍から離れることが恐ろしくてたまらないのだ。
 だから、こうやって繋ぎとめたくなる―――――自分の元へ。
 それは、彼の自由を束縛することであり、かつて自分が施されていたことにも似通っているにもかかわらず、それでも、そうしたくなる自分の心の醜さに嫌気がさす。
 だが、それほどまでに、彼が好きなのだ。
 愛している―――――そういう感情があることを教えられた。この想いに形をつけ、認識できた時点で、もう後戻りはできなくなっていた。
 ここにいる相手を手放せなくなったのである。自分を置いて行こうとすれば、それを引き止める。

「お前は、俺のものか?」

 思わずそう告げれば、きょとんとした表情を浮かべられた。当たり前だろう。自分の言葉は唐突過ぎる。それでも、その答えが今欲しかった。
 初めてではない、問いかけ。
 決まった答えが返ってくることを信じて、その唇から告げられる言葉を求める。

「俺は、お前の全てが欲しい」

 もしもそれを与えられるなら、自分のもの全てをお前に捧げることを再度誓うように、掴んだ髪へ、頭を下げて、口付けを落とした。
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「待たせて……悪かったな……」
 どこか歯切れ悪く零れる言葉。
 そんな言葉一つで相手が許してくれるとは思っていない。待たせすぎだと、自分でも感じているのだ。連絡もほとんどいれずに、時間だけが無慈悲にも大量に流れ去っていた。その間、相手がどんな思いで過ごしていたかなど、どんな気持ちで自分を待っていたかなど、分からない。
 それでも……。
「すまなかった」
 謝りたいほどの気持ちは生まれる。
 頭を下げることなど大嫌いな自分だが、意識せず、僅かだったが頭が下へと落ちた。
 だが、それは無意味に近かった。
 相手は、自分に背中を向けたままだったからだ。
 ずっと、自分が彼に会った時から、その状況は変わらない。無言のまま、全てを拒絶するように。
 そのまま、自分から離れ去ってしまうこともありえるような状態で、らしくなく焦っていた。 
 けれど、無理やりこちらへ振り向かせることも出来なかった。腕を伸ばして肩を掴み、こちらへと向かせることは、可能だけれど、ここで、また嫌われてしまったら……と思うだけで、自分には似つかわしくないのだが、可愛らしくも尻込みしているのである。

「シンタロー……」

 名を呼んでみる。
 随分と久しぶりに、愛しい人の名を口にする。それでもその名を忘れたことなど、一度たりともなかった。いや、思い出さない時はなかった。ただ、そこにいない彼の名を呼ぶには切なすぎて、口をつぐんだままだった。
 それゆえに、一度名を呼んでしまえば、愛しさが増す。
 何よりも、ずっと触れたいと思っていた相手が、すぐ傍にいるのだ―――こちらに背中を向けているけれど。
 それでも背中だけでも、変わらぬ姿に、自分でも呆れるぐらいに、ほっとする。
 けれど、その背中に、髪に、顔に、唇に、早く 触れたかった。
 何よりも、欲しい言葉があった。

「待たせて本当に悪かったな、シンタロー」

 この身体が自由になって、すぐさま向かったのは、彼の元で。嘘偽りなく、寄り道も、酒も飲まずに、彼のところへと戻ってきたのだ。
 でも、遅くなったのは事実で――だからこそ、いくらでも謝ることはできるけれど、そろそろそれも辛くなってきた。
 ようやく、ここへ戻って来れたのだ。
 その証が欲しかった。
 それは、ただひとつの言葉で得られるもの。
 それを引き出す言葉を口に出して、得られるかどうかはわからないけれど――それで得られねば、かなりのダメージを受けそうだが――覚悟を決めて、その言葉を告げた。

「―――ただいま」


(俺はここに帰ってきたから、お前の元に帰ってきたから、どうか言って欲しい。俺を迎えてくれる、あの言葉を―――誰よりも愛しているお前に………)
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「チョコ? んなの、用意してねぇよ」
 キシッと軋むほど、椅子の背もたれに身体を預けたシンタローは、身体をほぐすために、万歳をするようにして両腕を伸ばしながら、そう答えた。ようやく仕事もきりがつき、本日の業務は終了までこぎつける。後は、全て目を通しサインをし終わった書類の束を、目の前にいる自分の補佐に、手渡すだけだ。
 もっともすでに時刻は11時半を回っていた。日付が変わる前に仕事が終えたのも久しぶりのことである。
「お前は用意しているのかよ」
 先ほどの質問のお返しとばかりにそう尋ねれば、相手は、こちらからの書類を受け取りながら、当然とばかりに頷いた。
「もちろん、当たり前だろう。日頃お世話になっている相手に渡すために、ちゃんと用意している。お前の分もあるぞ、シンタロー」
「それはどうも」
 まだもらっていないが、一応礼は言っておく。
 そう言えば、数日前に、グンマと一緒に買い物に出かけていたようだが、たぶんそれが、明日のために買ってきた品なのだろう。
 ガンマ団には、当然ながら女性はいない。だから、女性から男性へ、チョコを送るという日本の風習は根付くはずもなく、空しいかな、男性同士のチョコレート交換というのが、ずっと昔から密やかにあった。
 もっとも、外国では、親しい者同士が贈り物を交換することもあるのだから、一概におかしなこととは決め付けられないし、日頃の感謝の気持ちを込めて、というのならば、お中元やお歳暮よりもお手軽でいいことだろう。だが、その半分は、本気交じりの告白が入っているという状況であるが、それはとりあえず今は関係ない。
「俺も、なんか用意しねぇと悪ぃな」
 ここのところ、ずっと忙しくてそういう準備も出来なかった。誰かに頼めば調達してくれるが、こういう贈り物ならば、やはり手ずからというものがいい。
 今から用意しても間に合いそうにないから、来月のホワイトデーに、頂いた分だけ返した方が楽かもしれない。そう思っていれば、先ほど自分が処理した書類のチェックをしていたキンタローの手が止まり、意外そうな顔を向けられた。
「そうなのか? それじゃあ、叔父貴達の誕生日プレゼントも?」
 自分がバレンタインデー用に、何も用意してないことに驚いたようである。
 けれど、それとは別に、2月14日は、もうひとつ意味がある。自分達の叔父にあたる、サービスとハーレムの誕生日でもあるのだ。
 しかし、バレンタインデーのチョコと叔父の誕生日プレゼントは、まったく違うことだ。
「いや、サービス叔父さんの誕生日は、準備したぜ。っていうか、昨日あった時に、もう渡しちまった」
 大好きな美貌の叔父へのプレゼントを、もちろん自分が忘れるはずがなかった。以前から目をつけていたアクセサリーを購入し、それを渡したのだ。叔父も、喜んでくれていたし、渡したこちらとしては大満足である。
「随分と早いな」
「ん~~。当日会えないかもしれないからな」
 本当ならば、誕生日当日にあげるのが一番いいのは分かっている。けれど、その当日に、手渡せるかといえば、今の予定では難しいこともあり、早めにプレゼントを渡したのだ。
「そうなのか? だが、お前の方は、明日は休みだろ? いつでも渡せるではないか」
 すでに半年以上前から、2月14日は、休みを取ると宣言していたのである。キンタローは、てっきり、このイベントに参加するためのものかと思っていた。
 去年も午前中で仕事を止め、午後からは甘ったるい匂いを調理場からさせていたのだ。いくつ作ったかしらないが、そのおこぼれをキンタローももらっていたのである。
「うッ……いや、それは…あれだ……」
 しかし、それを指摘したとたん、なぜかシンタローは、歯切れの悪い口調になった。しかも、見る見るうちに、顔が火照るように、真っ赤に染まっていく。
「どうしたんだ? 行き成り顔が赤くなったが、もしや、何か病気にでも……」
 熱でも出たのではないかと不審に思い、その額に手を伸ばしてみるが、それはあっさりと拒否された。
「な、なんでもない。気にするな」
 こちらの手を逃れ、ぶんぶんと大きく首を振り、平素を装うとしているが、明らかに挙動不審である。
 いったい何が原因なのだろうか。見当もつかず眉根を寄せていれば、後方から、バンッ! と大きな音が響いた。
 それに振り向くよりも先に、豪快な声が響き渡った。
「よぉ! もうすぐ日付変わるけど、準備は出来てるだろうな」
「ハーレム叔父貴」
 ドアを蹴破るようにして入って来たのは、もう間もなく誕生日を迎える叔父のひとりである。いったいいくつになるのか、と疑ってしまうほど、礼儀も遠慮もなく、ずかずかと執務室に乗り込んできた相手は、当たり前のような顔をして、シンタローの前を陣取っている机の上に腰を下ろした。
「ハ、ハーレム。なんでここに…」
 なぜか、叔父の登場に、シンタローの顔は、とたんに蒼ざめたものに変わっている。しかし、それを慨さないように、ハーレムは、ねめつけるように、シンタローに視線を向けた。
「お前が、まだここにいるって聞いたからに決まってるだろうが。ったく、いつまで仕事やってんだよ」
 机の上から、シンタローの顔を覗き込む。そこで、なにやらこそり、と互いにしか聞き取れないような言葉を告げると、蒼ざめていたシンタローの顔が、再び赤く染まりだした。
 いったい何を言われたのか、明らかに焦った表情をして、こちらへ視線を走らせていた。たぶん、今の会話が聞こえたのではないかと危惧しているのだろう。あいにく、何の言葉も聞き取れなかったために、素直に、首を横へと振って見せれば、安心したように小さく溜息をつき、それから、顔を思い切り顰めて、手を上げた。
「いいから、てめぇは部屋に戻っておけよ。こっちは、もうすぐ終わるから」
 シッシッと犬猫を追い出すような手つきをすれば、それが気に食わなかったのか、ハーレムは机から降り、立ち上がった。
「んだとぉ? 俺がわざわざ迎えに来てやった、つーのに、なんだ、その言い草は」
「んな、余計なことするなッ!」
 怒鳴る相手に、シンタローも怒鳴り返す。
「迎え?」
 しかし、キンタローとしては、その一言が気になるものだった。『迎え』というのは、どういう意味を持つのだろうか。
 だが、その疑問に答えてくれる気は、シンタローにはないらしく、手のひらが、こちらに向かって突き出された。
「ああ、もうッ! キンタロー。お前は、もういいから帰れ」
「行き成り何を言うんだ?」
 仕事は、あと少しだが残っているのである。ハーレム叔父のおかげで中断しているが、手早く終わらせたいところだ。それに、このくらいなら、残して帰るほどでもない。
「いいから、後は俺がする」
「ふざけんなッ! お前はこれから俺と――」
「あああああああああ~~。何も言うなてめぇは!」
 行き成り大声を上げ、ハーレムの言葉を遮る。いつにない狼狽ぶりをシンタローは披露していた。
(いったいなんだろうか?)
 その意味がまったく分からず、キンタローは、どう対処すべきかと思案していれば、不意に時計が目にはいった。
 チッチッチッチッ…。
 騒いでいるうちにも時は過ぎていく。そして、時計の針は、長針、短針ともに真っ直ぐに上を貫いた。
「12時か。何があるか知らんが、こちらを早く終わらせよう」
 二人の間に何があるのかわからない、もう0時を過ぎたとなれば、いつまでもぐずぐずしてないで、寝るべきであろう。残った仕事を片付けるぞ、とシンタローに声をかけたつもりだが、その言葉に、まってましたと言わんばかりに動いたのは、ハーレムの方だった。
「14日になったってことだな。んじゃ、約束どおりもらうぜ」
 そう言うと、行き成りひょいっとシンタローの身体を抱き上げた。先ほどから口での応酬ばかりで、油断していたのか、あっさりとハーレムの肩に担がれたシンタローは、慌てて、手足をばたつかせる。
「なっ、テメッ、何しやがるッ。キンタローの前で」
「うるせぇ! 約束だろうが」
 それを黙らせようと、ハーレムが怒鳴りつけるが、逆効果である。さらにシンタローは、肩の上で暴れだし、それを押さえ込もうとハーレムも四苦八苦していた。
「約束とはなんだ?」
 どうやら、先ほどの応酬は、この『約束』が元になったようである。その質問に、シンタローは口を閉ざしたが、ハーレムの方が教えてくれた。
「ああ。俺の誕生日の14日に、自分の一日をプレゼントすると、去年約束したからな。それをもらいに来たんだよ」
 約束したのは、ちょうど一年前。自分の誕生日にだ。しっかりチョコレートとプレゼントを渡しに来てくれたのは嬉しかったが、それも日付が変わる直前だった。それまで、夕方まで作っていたチョコの配達に追われていて、一番最後と決めていたハーレムの元までたどりつくのに、思った以上の時間がかかったのである。
 蔑ろにされて、ご立腹したハーレムを宥めるために取り決められたのが、今年の約束だった。
 つまり『誕生日プレゼントもバレンタインチョコレートももらわない代わりに、シンタローの一日を貰い受ける』ということなのである。
 にやにやと笑いを零しながら、ハーレムは、抱えているシンタローに視線を向けた。そこには、暴れたせいではなく、真っ赤な顔してこちらから顔をそらしているシンタローの姿がある。
「なるほど。それで、シンタローは休みをもらっていたのだな」
 律儀にも、その約束を果たそうとしていたのだ。
(それで、今日はいつも以上に仕事をこなしていたのだな)
 12時前には、全ての仕事を終わらせるために、シンタローは朝から張り切っていたのだ。てっきり、明日の休みをゆっくり取るために頑張っていたと思ったが、頑張る目的は、どうやら違っていたようだった。
「……約束だからな」
 シンタローは、ぼそぼそと呟いて、同意を示す。
 キンタローにも、ようやくこの騒ぎの全貌が見えてきた。
「つーわけで、じゃあな」
 甥っ子に向かって、ハーレムは、そう言うと、よいしょっと掛け声とともに、シンタローを再度しっかりと担ぎあげた。それから、蹴り飛ばし開いたままのドアへと向かう。
 約束どおり、これから24時間、ハーレムはシンタローを自由にさせてもらうつもりなのだ。
「こらッ、離せおっさん! まだ仕事が―――」
 その肩の上で、再びシンタローは抵抗を続けていたものの、もちろんそれは先ほどまでと同様効果などまったくないものだった。
 
 バタン。

 ハーレムは、出て行く時に、ちゃんとドアを閉めてくれた。
 おかげで部屋の中は、先ほどの騒動が嘘のように、シンと静まりかえってしまった。ひとり取り残されたキンタローは、その場で、小さく肩を竦めた。
「……なるほど。だからチョコもプレゼントも用意の必要はなかったわけか」
 好きな人への贈り物が自分とは、随分奮発したものである。どういう手を使ったかわからぬが、羨ましいことである。
「―――俺の誕生日にも、それをしてもらえないだろうか」
 なかなかのいい案である。
 明日戻って来た時に、交渉してみよう。
 そう考えつつ、キンタローは、残りの仕事の片付けにかかった。










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「おまっ………」
 ぱっくりと開いた口を閉じられぬまま、ハーレムはそれを指差していた。真っ青な瞳は、ただ一点だけを見つめている。ソファーにもたれていた背は、その衝撃を表すように、浮き上がっていた。
 わずかな沈黙。
 先にそれを破ったのは、不本意ながらも指を指された方だった。
「なんだよ、その反応は。俺がここにいたら、いけねぇって言うのかよ」
 その驚愕に満ちた表情がすこぶる気に入りませんと言わんばかりの、不貞腐れたような顔がこちらに向けられる。
 それでようやく開いたままの口が閉じられ深呼吸を何度か繰り返せば、ハーレムは、再び言葉を取り戻せた。
「つーか、お前。こんなとこに来れるはずがねぇだろ?」
 つい最近、ガンマ団総帥という地位についた甥っ子。その多忙さは、兄の背中を見て育った自分がよく知っている。それなのにガンマ団本部から遠く離れた辺境の地に、彼が存在していることが信じられなかった。忙しくて全然ヒマがないと、通信機越しに愚痴っていたのは、確か一昨日のはずである。
「……来れただろ」
 ぶすっとした表情のまま呟かれた言葉。
 確かにそれに偽りは無い。ここにいることが紛れもなく事実だ。
 けれど、問題にすべきことは、なぜここに来れたかなのだが―――ハーレムは、獅子の鬣のような自分の髪をくしゃくしゃに掻き混ぜた。その後に、はぁと大仰な溜息ひとつが零れ出る。
(なんでここにいるかって?)
 喉の奥からでかかったその疑問を、ハーレムは飲み込んだ。
 聞かずとも想像できる。
(どうせ、キンタロー辺りが時間を作ってやったんだろう。でなければ、こんなところに来れるはずがない)
 視察だと、ここへ来て開口一番に告げてくれた。だが、それにあっさりと納得できるほど、自分もバカではない。それは単なる名目にしか過ぎない。大体総帥ひとり、供もなくこの艦に乗り込んでいる時点で、それがただの口実であることは確定しているのだ。
 ちらりと視線を向ければ、相変わらず唇を軽く尖らせ視線を落としたまま。不貞腐れていると思ったが、どちらかといえば、バツが悪いといった表情なのかもしれない。
 どうやらシンタロー自身もここに自分がいることに、居心地の悪さを感じているのだろう。正直な理由も言えずにここに来たのなら当然だ。
(しかし、どうすっかな)
 最初に一瞥した時から気付いていた。
 目の周りの隈。時折見せる疲れた表情。ここへ来るために、無理をしたのがよくわかる。それでも仕事が残っているのだろう。ちらりと時計に何度も視線を向けていた。
 早めに返すのが、やはり正解というところだろうが――。
(って、それで返せりゃ世話はねぇってか?)
 帰れといったところで、素直に帰るとは思えない。どれほど時間を得ているのかは分からないが、帰る気があるならそのまま回れ右をしているはずである。
 第一まだ―――触れてもいない。
 こんなに近くにいるにも関わらず、まだ相手の肌に触れられもしない。
(チッ…うざってぇな)
 誰もいないならば、遠慮なくベタベタと触っていたかもしれないが、背後には部下3名が控えている。こっちは全然気にしないのだが、あっちは多いに気にするのだ。
 むやみに手を出さないのは、一度経験済みのためである。
 部下のいる前でそれをやった後、互いにガンマ団本部内にいるにもかかわらず、一週間もおさわり禁止は、さすがにかなりの肉体的&精神的ダメージを与えてくれたのだ。
「ハーレム隊長」
「あん?」
 背後からの声。その声は、マーカーのものだった。大人しく後ろに控えていたのだが、一歩前に足を出し、こちらへと声をかける。なんだと、首だけそちらへ回してみせれば、マーカーは口を開いた。
「私たちは、そろそろ食料調達に出かけてもよろしいでしょうか。ここには、そのために立ち寄ったのですが、早く行かなければ、朝市が終わってしまいます。新鮮な食材確保のためにも、行かせてもらいたいのですが、どうでしょうか?」
 こちらの思いを見越したように、伺いを立ててきたマーカーに、ハーレムは言われて思い出したことを示すように、ポンと右の拳で左の手のひらを叩いた。
「そういやぁ、そうだったな」
 大概は空の上を漂っているこの艦だが、永遠にそこにいられるわけではない。時折栄養補給をしなければ、こちらも飢え死にである。4人とも食事の量は半端ではないのだ。
 ガンマ団もきちんと食料支給はしてくれるのだが、もちろん保存食ばかりである。そんなもので我慢できるはずがなかった。それゆえに、自給できるものはやるのが、特戦部隊の慣わしとなっていた。ちなみに、余った保存食は別の場所で売っぱらって、金に換えているのは内緒である。
 肉は、山に入って獣を狩れば手に入る。だが、それだけでは偏る栄養を補充するため、安い朝市などの情報を集めては、野菜や魚などを大量に買ってくるのである。
 ここに着陸したのも、それが目当てだった。
「シンタロー総帥。そう言うことなので、退出をお許し願いますでしょうか」
 この場でもっとも地位が上であるシンタローにも、丁寧に許可を伺うマーカーに、シンタローは慌てたように頷いて見せた。
「あ、ああ。悪い。そんな事情知らなくて。行ってくれ」
 その言葉に、ハーレムも乗る。
「ということだ。お前ら、とっとと行ってこい。んでもって……そうだな、2時間は絶対に帰ってくるなよ」
「分かりました」
 その言葉に、マーカーは、表情ひとつ変えることなくハーレムに向かって、頷いて見せた。その前方で、「ぶッ!?」となにやら吹きだした者がいたが、それを追求するような愚かな真似はしない。マーカーは、ガンマ団総帥と直属の上司の許しを得、再び一歩下がると、その後ろにいた同僚たちへと振り返った。
「行くぞ、G。ロッド」
「……うむ」
「え~、俺は残って総帥の接待を――できればこの後のことにも混ざり…」
 ゴスッ。
 だが、ロッドはその言葉を最後まで言えなかった。
 鳩尾に見事に決まったマーカーの拳。強烈なそれに思わずよろけたロッドの身体は、Gがしっかりと小脇に抱え、引きずるようにし、マーカーの後へ続く形となり、3人は退出していった。
 これで部屋に残ったのは、シンタローとハーレムの二人となった。
「ハーレム…てめぇ~、なに言ってんだよ」
 3人の気配が遠のくと、とたんにシンタローは、真っ赤な顔を向けてきた。先ほど思わず吹き出してしまったのも、シンタローである。
「なにがだ?」
 怒鳴られる意味がわからないと言う表情のハーレムに、他に人がいなくなったためか、さらにハーレムの前に近づいたシンタローが至近距離で見上げた。
「二時間ってなんだよッ、二時間は帰ってくるなって!!」
「それ以上は、お前を拘束できねぇだろ。まだ仕事がたんまり残ってるだろうし」
 なるほど怒る理由はそれか。だが、二時間という時間に不満を持っているのはこっちである。できれば、最低半日ぐらいはこの状況でいて欲しかったのだが、そうもいかないだろう。
「そうじゃなくてッ!!」
 わざわざ時間指定をされれば、その間、何かあるのだろうかと勘ぐられるのが嫌だと言っているのである。
 もっともそんなことは今更だった。部下達も心得ているからこそ、何も言わずに――いいかけた奴が一名いたが――退出してくれたのである。それが分からないはずではないのだが、故意に見ない振りをしているのか、本当にわからないのかは難しいところである。
「ああ。わーってるって。けど、あいつらもお前がここに来た時点で、それぐらい察してるんだし、今更ぎゃーぎゃーと小娘のように騒ぐな」
 もう気にする相手はいないことだし――気にしていたのはシンタローだけだが――躊躇うことなくハーレムは、手を伸ばし、その身体に触れると、腕を巻くようにして抱き込んだ。すっぽりと入り込む甥っ子の身体。そのまま見下ろしたハーレムは、怒りで頬を染めたシンタローに向かって口を開いた。
「大体それが嫌なら、ひとりで来るんじゃねぇよ」
 そうでなかったらもう少し上手い嘘を考えてくればいい。こっちが何も言わずとも、二時間ぐらい二人っきりになれる方法を。もっとも、そんなことをすぐに考え付くような器用な頭はしてないことは分かっているが。
「…………」
 思ったように押し黙った相手に、ハーレムは止めとばかりに告げた。
「けど、お前がここに来たのは、俺に抱かれに来るため―――それに間違いねぇだろうが」
 その言葉に、すでに桜色に染まっていた頬がさらに朱を帯びていく。
 図星なのだ。
 その表情に、ハーレムは満足そうに笑った。これで自惚れた発言ではないと証明されたからである。
「でも……ハーレムは、そうじゃないんだろ?」
 恨みがましさを含んだ目が、じぃっと向けられたかと思うと、ふいっと反らされた。唇が軽く尖ったかと思うと、頭が下がり、そこからぶつぶつと声が漏れる。こつんと肩に触れた額のせいで、それ以上の表情は見えなかった。
「会いに来たのは、結局俺だし…俺だけ会いたいと思ってたみたいだし……」
 最後に肌を合わせてから二ヶ月もたった。自分が決めたこととはいえ、特戦に与えた任務は過酷なもので、三ヶ月は最低限必要とする日数だった。しかもそれは、辺境の地。簡単に会える距離ではなかった。
 会話は時折、特別回路でつなげられた通信機でのみ。しかも会話は数分だけで、交わす言葉も他愛のないものばかりだ。一番言いたい、『会いたい』という言葉は、喉から出そうになるたびに飲み込んでいた。
 相手も同じ気持ちならいいと思っていた。けれど、たった二ヶ月で耐え切れずに従兄弟に無理をいって時間を作ってもらい、ここまで来たのは、自分なのだ。
 けれど、シンタローのそんな思いを否定するように、ハーレムは、自分の肩に乗っていた頭を引き離すように、相手との距離を開いた。空けられた距離から、相手の顔がよく見える。覗き込むようにその顔を見つめ、ハーレムは言い含めるようい言い放った。
「あのなぁ。言っておくが、俺の与えられた任務は明日で終わりなんだよ」
 前髪にかかっていた髪をうざったげにかき上げ、ハーレムは苛立たしげな表情を浮かべた。
 わかっていないのは、そっちの方である。
「えっ?」
「………誰のためにこんなに早くやりあげたと思ってるんだ」
 明日で、自分達の役目は終わりだった。後の細かい処理は他の団員達に任せ、自分らは、一足先に本部へと帰還する予定だったのだ。
「んなの聞いてない」
 ハーレムに腕をつかまれた状態でいるシンタローは、小さく頭を横へと振った。そこには一番最初に、シンタローを見たハーレムのように、ぽかんとした表情が浮んでいた。
「昨日連絡したんだがな。行き違いだろ」
 途中経過は、面倒くさがって詳しくしなかったせいで、どれほど早まっていたのかも知らなかったのだろう。その上で、今日のために時間を工面していれば、それを聞き漏らした可能性も高い。
「そっか―――じゃあ、俺帰る」
 そう言うと、行き成りくるりとシンタローの身体が回転した。
「はッ?」
 なんでそうなるんだ?
 その声を漏らすよりも先に、シンタローの腕が手から外れる。
 油断した。
 シンタローを掴んでいたのは片手だけだ。しかも、あまり力を込めて握っていなかったために、その手からなんなく温もりが遠ざかる。
「マテッ! なんで帰るんだ」
 これからがお楽しみのはずである。
 出口へと向かうその体をつなぎとめようと手を伸ばすが、それはさらりと交わされた。その代わりに、向けられたのは笑顔。
「ハーレムが明後日帰ってくるなら、それぐらいなら待てるから」
 今日、こうして触れたし、言葉を交わしたし、後二日ぐらいなら我慢できる。
(今から帰って仕事して、明後日はオフになるようにキンタローに調整してもらって……)
 ここでの二時間を我慢すれば、明後日は一日中傍にいられるかもしれない。
 その予定はかなり魅力的だった。
 そうと決まれば、グズグズ出来ない。来た時の躊躇うような足取りとは違い、跳ねるように地面から足が浮く。
「んじゃな。明後日会おうぜ!」
 弾むような声と共にこちらに向かって振られる手。そうして相手はドアへとたどり着く。
「お前ッ!! ―――それは生殺しだろ?」
 その疑問を投げかけようにも、すでに相手は視界から消えていた。
(そんなのアリか?)
 その場に、ハーレムは座り込んだ。幸いそこにはソファーがある。どっかりと腰が落ち着けられ、そのまま身体が崩れそうになるのだけは、どうにか耐えた。それでも、肩は落ち込んだままである。
(おいおい…どうするんだ)
 あっちは納得できたかもしれないが、こっちは納得できてはいない。
 やる気満々だったこの気持ちをどう消化しろというのだろうか。二時間は帰ってくるなと指定してしまった以上、ここには八つ当たりする部下はいないし、自棄酒しようにも、その酒も昨晩呑みつくしてしまっている。
 この悶々とした思いは、もしかして明後日までお預けということだろうか。
 ハーレムは、獅子のように髪を逆立てるほど高ぶる気持ちとともに、凶悪な笑みをひとつ浮かべた。
「……帰ったら覚悟しとけよ」
 


 ―――――この恨み晴らさずにおくべきかってやつだろ? なあ。












skg
 忘れかけていた思い出の箱。

 見つけたのは偶然で。
 開いたのは当然で。
 触れたのは必然で。
 
 その思い出を懐かしむ。



「ん?」
 奥の段ボール箱を開いたとたん目に付いたそれに、キンタローは訝しげな表情と共に、それを手に取った。
 随分と昔にシンタローが仕舞い込んだまま、忘れ去られた品物を発掘するための手伝いとして、物置を大捜索中だったキンタローだったが、そのさいに妙なものを発見したのだ。
(なんでこんなものが…?)
 物置といっても、他の部屋と大差ないほどの広さを持つそこである。たった一つのものを探し出すのも容易ではない。あちらこちら手分けをして、奮闘していたのだが、それのおかげで手が止まってしまった。
 透明なプラスチック容器に入れられたそれは大切そうに保管されている。しかし、ここにあるにはちょっと似つかわしくないその品に、首をひねらせ、キンタローはこの物置の主であるシンタローに声をかけた。
「おい。これはなんだ?」
 その声に、別の場所でダンボール箱を開いていたシンタローが振り返る。白いタオルでねじり鉢巻をして、捜索活動に勤しんでいたシンタローだったが、その漆黒の瞳がキンタローの掲げていたものを貫く。とたんにそれに釘付けとなり、そして次の瞬間、弾ける様に笑った。
「おおッ。なんか、すッげぇ懐かしいものが出てきたな」
「ああッ! それって、あれじゃないの? シンちゃん!」
 その声にかぶさるようにして叫んだのは、キンタロー同様シンタローの物置で探査の手伝いをしているグンマだった。すぐさま自分の持ち場を離れると、ぱたぱたとキンタローの元へと駆け寄ったグンマは、キンタローの手にしていたそれを手にとって、頭の上に持ち上げたり、ひっくり返したりと、久しぶりのご対面を味わう。
 どうやらグンマにとっても、それは思い出の品らしい。
 ひとしきり手の中で弄繰り回した後、グンマはそれを胸に、シンタローの方へ振り返った。
「懐かしいね。これ、とってたんだ」
「そっ。だって捨てるのもったいねぇだろ? ま、でも二度と被ることはなかったけどさ」
「それじゃあ、持ってても意味ないじゃない」
「いいんだよ、それで」
 シンタローも懐かしいその品へと近づくと、「はいv」とグンマからそれを手渡される。少しばかりグンマの手にあるそれを眺めてから、手に取った。一応大切にしまっておいたためか、それの痛みは少ない。
 さらりと手にかかる冷たい感触に、シンタローは眼を細めた。
 昔の記憶が脳裏をよぎっていく。それは、かなり昔のもので、それゆえに口元に浮ぶものは、もう笑みしかない。
「馬鹿だったよなぁ。あの時の俺って」
「ん~、でも仕方なかったでしょ? あの時は……」
 事情を知っているグンマは、先ほどまでの笑みを顰め、歯切れ悪く言いよどんだ。
「そうだけどさ」
 二人して、その品に視線を落とす。
 なにやらお互い共通の記憶を分かりあっているからいいのだが、一人蚊帳の外におかれたのはキンタローだった。
「あの時とはなんだ?」
「えっとね。シンちゃんの十才の誕生日が過ぎたちょっと後の頃かな。覚えてない?」
 グンマがくるんと振り返り、キンタローに向かって、ことりと首を傾げてみせる。
 当然キンタローが、その場に存在しているはずがない。それでも、シンタローの中にはいたのである。その目を通してキンタローが見知っていることは数多くあった。
 しかし、その言葉に、キンタローは首を横へと振った。
「いいや。思い当たるような記憶はないな」
 シンタローの目を通し、世界を見ることができたキンタローだが、全てを共有しているわけではなかった。
 意識はキンタローの自身のものである。見たくないものは見なかったし、大概は寝ている時の方が多かった。そうでなければ、まともな精神など持ち得なかっただろう。自分の意思とは反対に動く身体。そこから受ける感情は、ジレンマでしかなく、そのままでは、そのストレスで精神をやられていた可能性が高いのだ。
 だからこそ、自分の興味を引くこと――学術方面等で――それ以外には、意識を向けることはあまりなかった。結果、シンタローの日常的な生活は頭の中にはそれほど残っていない。
 知らないと告げるキンタローに、シンタローは苦い笑いを浮かべつつ、手にもっていたそれを弄ぶようにくるくると回してみせた。
「ま、別にたいしたことじゃねぇよ。―――あの頃の俺は、お前やグンマのような金髪に憧れてたってだけ」
 手の中にあるのは、そんな憧れの金色の髪。天井の光を受けて、キラキラと輝く様は、まさにあの頃、自分が得たいと思っていたものだった。
 自分の父親や叔父達が持つものと同じ色だ。
「それで、お前はそれを手に入れたのか?」
 キンタローは、じっと金髪のカツラに視線を定める。複雑な表情が顔によぎる。
 それを発掘した時、まさかシンタローのものとは思ってみなかった。きっと他の誰かの私物が混ざっていたのだろうと思っていたのだ。
 誰が手にしていても構わない。けれど、シンタローにだけは、その金色カツラは持って欲しくなかったのである。
 けれど、それはまさしくシンタローの私物だった。
「そっ♪ 馬鹿だろ?」
「馬鹿というか………」
 なんと言えばいいのか分からず、困惑する。
 馬鹿と一言で言い切るにはあまりにも軽率すぎる、深い思いがその金髪のカツラの中に宿っている気がするのだ。
 シンタローの日常的なことはほとんど覚えていない。それでも、共に同じ体にいたのである。そこから感じるその金色の髪へ対する、深い羨望と嫉妬の感情は、自分のことのように感じていた。
 それを象徴させるものに、どういう想いを抱けばいいのか、迷ってしまう。
「いいんだよ。馬鹿で―――俺だって、こいつを被った後にそう思ったし」
 手の中で回され続けていたカツラは、ポンッと放り投げられ、シンタローの頭に落ちた。きちんと被っていないそれは、漆黒の髪の上から、金色のペンキを頭にぶちまけたような奇妙な格好になっている。
 その様子を眉間に皺を寄せてみているキンタローの横で、グンマは天真爛漫に笑ってみせる。
「うん。そうだよね。僕もそう思ってたよ♪」
 全っっ然! 似合ってなかったからね。
 と、わざわざ握りこぶしまで作って力を込めて言ってくれる。
「んだとッ! グンマ。てめぇ、そんなこと思ってたのかよ!!!」
「なんだよぉ。シンちゃんだってさっき自分でそう言ってたくせに。それに本当に、すっっーーーーっごく似合わなかったじゃないか。それ!」
 行き成りこぶしを振り上げてきた兄弟に頭を庇うように、グンマは腕を交差させる。そのバッテンの丁度交差点に、シンタローはドンと拳を置いた。もちろん本気ではない。すぐにそれをどけてやり、ふんと鼻息荒く鳴らした。
「うっせぇよ! いいんだよ、似合わなくて。似合ってたら嫌だろうが」
 自分には、まったく不釣合いの金髪のカツラ。
 凄く憧れていて、望んでいて、擬似的だとわかっていても、金色を手に入れて嬉しくて被ってみたのに、けれどそれはあまりにも違和感を感じさせ、すぐに脱いでしまった。
 その後、結局二度と被ることのなかったそれは、苦い苦い思い出とともに封印されたまま、すっかり忘れ去られてしまっていたのである。
「うん、そうだね♪」
 それにグンマも賛成する。
 似合わないからこそ、幸せだった。
 そう気付けるまで随分と時間がかかってしまったけれど、そこまでたどり着く道のりは遠かったけれど、それでもよかったと思えて、笑える日を迎えられた。
 そんな二人の間で、深刻な顔をしたままのキンタローは、重々しい口調で呟いた。
「俺は、お前が黒髪だろうと金髪だろうと愛しているぞ」
 たとえどんな髪の色をしてようが、お前はお前だ。いいか、俺は全然構わないからな。
 行き成り真剣な顔のまま告ってくれた従兄弟に、シンタローは、不恰好に金髪のカツラを被ったまま、頬を膨らませた。
「ぷっ」
 そこから勢いよく空気が漏れ出て、その反動のように腰を折り曲げ、笑いを飛ばした。
「くくくっ………そうかよ。ありがとさん」
 腰が折れたそのとたん、上手く乗ってなかったカツラが滑り落ち、ただの漆黒の髪へと戻ってしまう。それを拾い上げることなく笑い続ける。
「あはははっ。そうだよねぇ、キンちゃん。シンちゃんはシンちゃんだし」
 その横で、金色の髪を持つ兄弟も釣られて笑い出す。
「だから、俺は――」
 笑い転げる従兄弟たちを前に、着いて行きそびれたキンタローは、むくれた様子で、さらに言葉を紡ごうとする。
 だが、それをシンタローは、手を差し出して、塞いだ。
 目の前にいるのは、かつて漆黒の髪を持っていた自分の身体だった。けれど、今は違う。その髪は、昔々渇望していた金色の髪になって、そこにある。だが、それを見ても、羨むことも妬むこともない。
 ただそこに在る存在を愛するだけ。
「それ以上の言葉はいらねぇよ。悪いが、俺は一生このまま――黒髪だからな」
 もう金色の髪は必要ない。
 そんな言葉はもう必要ない。
「だから、黒髪の俺を愛してなって」
 OK?
 こくりと素直に頷く従兄弟にニヤッと笑いかけ、シンタローは、ポンと足元に落ちていたカツラを放り投げてやった。

 十数年の時を経て、新しい空気を吸い込んだそれは、その後再び丁寧に直されて、押入れの片隅に、また眠りにつく。また十数年後取り出され、笑い合う日まで。




 ―――――その時は一緒に笑ってくれるだろ?










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