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ms

モトネタアリ□




 ………それは、まだ。シンタローが十九歳の頃のお話。


「ねぇねぇ、シンちゃんvv」

 柔らかに春雨の降る、昼下がり。
 ヒマを持て余した、シンタローは。居間のソファで一人、読書をしていた。

「シンちゃん? シーンちゃん、シンちゃんってば!!」

 雨の為、訓練は早めに切り上げられ。家に帰ってみると。

 最愛の弟、コタローは。家政婦さんに連れられ、一年検診に出かけていて。
 シンとした家の中。他に気を紛らわせる事も無く、始めたのだけれど。

 運の悪いことに、遠征帰りのマジックに、纏わりつかれる羽目となり。

「シンちゃん、聞こえてるんでしょ、シンちゃん!!」

 幾度呼びかけても。返事どころか、顔さえ上げない息子に。
 ピクッと、額に青筋を立てて。

 マジックは、おもむろに。シンタローの手の中の文庫本を取り上げる。

「………いい加減にしなさい、シンタロー」

「………ぁんだよ?」

 シンタローは、不機嫌そうに、ギロリと睨んでみるが。
 大抵の者がビビる、鋭い眼光に。父親のマジックが、怯むことはなく。

「もう、さっきから呼んでるのに。返事ぐらいしたらどうなんだ」

 ―――態度、悪いよ? と。
 父親面して、説教をかましてくる相手に。更に視線に、圧力を込めて。

「あのな。それだョ」
 と、シンタローが、言うと。

「え? どれだい?」
 マジックは、実にクサい演技力で。キョロキョロと、周りを見回してみせ。

 ―――9割方はワザとだと解っているので、ムカつく。
 しかし。もしも、残りの一割が本気だったならば。

 ………マジで、ムカつく。

 どっちにせよ。この父親には、ムカついてばかりなんだ、と。
 どこか悟ったようなコトを思いつつ。
 シンタローは、一応、問い掛けてみた。

「アンタ。オレがイクツだと思ってんだ?」
「ヤダなぁ、パパまだ、ボケてないよぉ。シンちゃんの、19歳の誕生日は。朝まで2人っきりで、一緒にお祝いしたじゃないー♪」

 ………朝まで云々の部分に対し、突っ込んでやりたいのは、ヤマヤマだが。
 ココでそれに乗ってしまうと、話は堂々巡りでイツまでたってもループ状態。
 最終的には、完全に話題を反らされてしまう。

 そんな、マジックの手口を熟知しているだけに―――読めてしまう自分を、哀しいとは思うけれど―――敢えてそれには乗らず。

「解ってんなら。もうすぐ二十歳の息子の名に、ちゃん付けすんじゃねぇっ!!! フツーに、シンタローって呼べ!!」

「呼んでるだろう? シンタロー」

 凄まじいシンタローの剣幕に。マジックは、あっさりと返してくるが。
 コレで納得できる程、シンタローの怒りは浅くは無い。

「いつも、そう呼べ。二度と『シンちゃん』言うな」

 何せ、思春期を迎えて以来。
 『シンちゃん』と呼ぶな、という主張はずっと続けてきたのに。
 その度、何だかんだと誤魔化され。未だに、聞き入れられていない。

 切れ長の瞳を据わらせ、キッパリ、と言い切ったシンタローに。

 しばし、マジックは何か考えていたようだが―――ちなみに、こういうやりとりの後に。マジックが、ロクなコトを言った試しは無い―――やがて、ぽん、と一つ手を打った。

「じゃあ、こういうのは?」

「ぁあ?」

 どうせ、また下らない提案だろう、と。
 シンタローが、面倒くさそうに返事をすると。

「『私の愛する、天使みたいにキュートなのに、小悪魔みたいにセクシーなシンタローvv』」

 ―――シンタローの。ヘソから下の力が、一気に抜けた。

「………あのな、マジックッッ!!!!」

 それでも、何とか気を取り直して。拳を握り締め、ギッッと、詰めよると。

 マジックは、にっこりvv と。
 それはそれは可愛らしく、小首を傾げ―――十代の少女がやれば、文句無しに愛らしいその仕草も。44歳のオッサンにやられると、もはや視界の暴力でしかない―――再び、口を開く。

「何だい?『私の愛する、天使みたいにキュートなのに、小悪魔みたいにセクシーなシンタローvv』?」

 一言一句、間違わないところが、小憎たらしい………その上。
 vvと?でわざわざトーンを変えるところなど、実に無駄に芸が細かい。

 ―――天国の母さん。アンタ、こいつのドコが良くて、結婚したんですか?

 常日頃、疑問に思っている。しかし、けして答は得られないであろう、質問を抱いたまま。
 シンタローは、頭を抱え。ぐったりと、全身をソファに埋めてしまう。

「………もういい、シンちゃんでいい」

「そうかい? 私は割と、気に入ってるんだけどねぇ」

 ………まぁ、シンちゃんがそう言うなら。今まで通りで。

 いけしゃあしゃあと抜かすマジックに。

 ―――ムカつく、訂正。いつか絶対、ぶっ殺す。

 シンタローは、そんな物騒な決意を、固めつつ。
 そもそもの原因………マジックが聞こうとしていたであろう事に、答えた。

「夕食、カレーでいい。コタローには、味付け薄めにして、シチューな」







○●○コメント○●○  珍しく、ショートにまとめられました~♪ 良かった良かった。
 ハタチ近くどころか、ミソジ近くなっても『シンちゃん』呼ばわりされてますよねー(笑)
 ちなみに、ナニがモトネタアリ□かというと。
 絶対何かパクってるハズなのに、モトネタが思い出せないんですよ~~~(>_<)
 心当たりのある方、いらっしゃっいましたら、ご一報下さい。出典入れます。
 そんなカンジで卑怯臭く、UPしたSS、時々いじくってマス。前とオハナシ変わってたら、スミマセンm(_ _)m

 ………それにしても。あうー、何をパクったのかなぁっ(>_<)(←それも解らず、UPすんな)





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mms

This song is presented for you.




 某国にある、ガンマ団駐屯地において。作戦会議は、紛糾していた。

 戦況は、けして良いとは言えない。
 小競り合い程度の戦闘なら、日常茶飯事だったが。総じて、ほぼ膠着状態に陥っており。
 人間の緊張や集中力というものは、そう持続し続けられるものではない。
 本部を離れ。既に、半年以上が経過した、今。

 ―――いい加減、決着をつけねば………士気に関わる。

 今の団員達の大半は。シンタローの総帥就任後編成された、直轄の部隊である。
 昇竜の勢いたる新総帥に率いられ、勝ち戦しか経験していない―――言わば、経験の浅い者達が殆どだ。
 このまま長引いた挙句、もしもの事態が起きた時には………恐慌を起こし、自滅する危険性は、否めない。

 何とか、今年中にケリを付けたい、というのは。
 当の総帥を始め、幹部連の共通の想いであるが。

 そうは言っても。積極的に攻めるには、あまりに立地が難しかった。

 なにせ、敵の本拠地があるのは。
 罪の無い、ごくフツーの一般の市民達が暮らす、大きな街のど真ん中である。

 近くには商店街、病院、学校などの公共施設が密集していて。
 戦闘の際は、それらに被害の及ばないよう、細心の注意を払わねばならず。

 つまり、今回ばかりは。総帥の一撃必殺ガンマ砲は、完全に封じられた形である。

 更には。下手な手出しをし、逆上させてしまえば。
 こちらが、市民たちに手を出さずとも。
 長らく彼らから搾取し、虐待し続けていた敵は。
 何の躊躇も無く、これまで以上の苦難を彼らに強いるに違いなく。

 当初は、自らの力を過信しきってきた敵を挑発しては、街の外に誘い出し。
 散々に叩きのめす作戦が、有効であったが。

 しばし、ガンマ団の圧倒的勝利が続いた後………真っ向勝負では勝ち目が無い、と踏んだ相手は。
 市民の暮らしと命を盾に、本拠地に閉じこもり。
 どれほど挑発しても、本隊を動かさなくなってしまった。
 
 軽くつついた程度で、出てくるのは。せいぜい血気に逸った、下っ端戦闘員ぐらいで。
 今のところ。完全なる篭城を、決め込まれてしまっている。

 単に、こちらが諦めて去ってくれる事を、狙っているのか。
 或いは、消耗を待ちつつ、密かに兵力を補強しているのか。
 疑心暗鬼を巡らせ、攻めあぐねている内に。はや、数ヶ月が経過してしまっていて。

 ―――だから。交渉などせず、最初から部隊を全滅にしておけば良かったのだ!!
 ―――何とか、相手方の主戦力を。こちらの料理しやすい立地まで、引っ張り出せないか?
 ―――それよりも、刺客を放ち。ある程度かき回した後で、一気に集中攻撃をかけた方が良い。
 ―――それでは、市民に被害が出る。集中攻撃をかけるのであれば、包囲を固めた後だ。

 ガンマ団の方とて、今は実力で勝っていても。 所詮は、他国に攻め入っている身の上である。
 補給線が、無尽蔵のハズも無く。ソコを重点的に狙われれば、かなり厄介な事態に陥る。

 それぞれに、それぞれの根拠あっての、発言を重ねるが。
 費やした時間の割には、大した意見も出ず。誰の顔にも、焦りと疲労の色が濃い。

 激戦を重ねている時より、始末が悪いのかもしれない。

 各部隊長は、敵の動向に気を配るのみならず。
 血気に逸る部下の、士気を落とさぬよう。
 さりとて余計な暴走をさせぬよう、苦心を重ねている日々なのだから。

 時刻は、そろそろ深夜になろうとしていた。
 
 やはり、どうにも。いくら論議を重ねた所で。
 総帥抜きでは、決め手に欠ける………と。総帥側近のどん太が、こっそり溜息をついた時。

「遅くまで、ご苦労だな。ホレ、差入れ」
「あ、どーも………」

 背後から差し出された、オニギリの皿を受け取りつつ。
 どれほど本人がイヤがっても、やはり、こういう気配りは。父譲りばい、と思う。

 思えば。総帥という身分でありながら、マジック様も。
 踏ん張りどころになると、いつも。カレーやら、ハンバーグやら、サンドイッチやら。
 大変美味な、お手製の食事を、差し入れてくれたものだ。

 そして、シンタロー総帥もまた。戦況が、難しくなってくると。
 疲れた部下の為に。父親に負けないほど美味な、手製の差し入れを行ってくれる。

 ………血が、繋がっとらんばってん。やっぱあの2人ィ、親子ばい、と。
 暖かなオニギリの皿を抱きしめて、しみじみ、どん太は感動したのだが――――が。

 ………………………って。えええええぇ!?
 
「な、何で、ココにおるとですか!? シンタロー総帥!!」

 アリエナイ人物の存在に。ようやく気付いたどん太は、思わず指をつきつけて、絶叫し。
 他の全員も、慌てふためき。思わず、壁掛けカレンダーの日付を、確認してしまう。

 ―――間違いない。12月11日の次は、12月12日。
 アナログ時計であれば、針はもうすぐ頂点を差すだろう。
 そう。後、数分もすれば12日………つまりは。

 元総帥の、誕生日となるのだ。

 時差の都合上。ガンマ団本部では、既にその日付になっているはずで。
 移動時間を、考えれば。一番早い飛行船を使ったとしても。
 当然、出発していなければならないハズなのに。

 会議室の幹部連は。
 揃って、ぽかんと口を開け。マジマジと、いるはずのない、黒髪の総帥を見つめ続ける。
 会議室に姿を見せなかった、総帥は――――もちろん。
 ココを自分たちに任せ。ガンマ団本部に、帰ってくれたモノと信じ込んでいたのに。

 しかし。注目を一身に浴びている、当の本人は。
 しみじみと、呆れたような溜息をつく。

「あのなぁ。こういう状況で、司令官のオレがいる事が、不自然か? 至って自然だろーが」
「………ばってん。マジック様の誕生日は、一族全員参加が原則の、誕生日パーティが………」
「あぁ? イイ年齢して、誕生日もクソもないだろーが。大体オレは去年も出てねぇし、サービス叔父さんだって、7年もスッポかし続けてたんだぜ」

 恐る恐る呟いた、どん太の発言を。
 シンタローはきりっとした眉を寄せ、それがどうした、と言う口調で却下する。

 しかし、マジックの。
 シンタローに対する、尋常ならざる執着ぶりを知っている、周囲にとっては。
 むしろ、自らの身の安全の為にも―――是非とも、行って欲しかった。

 でなければ。確実に、最終的には。
 親子喧嘩と言う名の、痴話喧嘩に巻き込まれる、と。
 当事者の、シンタローよりも。余程に周囲の方が、把握していたりする。

「だ、だけど。マジック様は、とても楽しみに待たれとると………」
「………コレ、言いたくねぇんだけどナ。今の、ガンマ団総帥は、誰だ?」

 あの、アーパー親父を認めるのは悔しいが。

 シンタローが総帥となって、まだ一年足らず………その間。
 マジックの影響力は―――良し悪しは、ともかくとして――――相当なものであったのだ、と。
 考えざるを得ない出来事は、度々あった。

 そもそもシンタローは、当然の責任として。
 コレだけ泥沼化している、現場を放っておいてまで。
 父親の誕生日パーティになど、ノコノコ出かける気は、最初から無かったと言うのに。

 ―――夜食の用意の為、ちょっと会議に遅れただけで、この有様である。 

 やはり、団員達は。未だに、マジックのことも慕っているのだろうな、と。
 自分を卑下するワケでは、無いけれど。
 微妙に、複雑な心境で。それでも、表情だけは引き締めたまま、幹部連を睨み据えていると。
  
「………シンタロー様です」

 きっぱりと。最も信を置いている、側近のどん太が。
 真っ直ぐに、シンタローを見つめ、言い切ってくれた。

「そゆ、こと。それよか、作戦会議続けようぜ。何とか、年内に落とすぞ」

 ありがとな、と。どん太に、感謝の目配せを送り。
 シンタローは、本日のとっておき。闇ルートより入手した、敵本拠地の地図を広げた。

「さて。コイツを、どう料理してやる?」

 ニヤリと、不敵な笑いを浮かべると。
 先程までの、何となくダレてきた空気は、一蹴され―――再び、会議室は。
 心地良い緊張感に、満たされる。

 ―――焦りはしない。自分とマジックは、違う人間なのだから。
 目指す方向も、望みも、やり方も。いずれは、認めさせてみせる、と。

 ………シンタローとマジックの。総帥としての、決定的な違い。

 それは。マジックは、独善的に判断を下すことは、しばしばであったが。
 シンタローは、自分と違う部下の意見を。無下に却下する事は、無いということだ。

 例え相手が、一介の戦闘員の意見であろうと。研修中の、団員であろうと。
 意見を述べる者があれば、真剣に耳を傾ける。

 それが、マジックと違った種類のカリスマ性であり―――だからこそ。
 本当はもう、誰しもが。シンタローを総帥として認め、命を預けてくれているのだが。

 ―――だけど。

 テキパキと。皆から出てくる、忌憚無い意見を取り纏め。
 作戦の構想を練り上げつつ、頭のまったく別の場所で、シンタローは思う。
 
 まったく迷わなかった、と言えばウソになる………しかし。

 経験上、シンタローは。戦争というものが、生き物であることを知っていた。

 如何に不利であっても………逆に、優勢であっても。
 ソコに『絶対』という概念は、存在しない。
 ホンの些細なキッカケで、一瞬の内に状況が覆ることは、ままあること。

 自らが任命した幹部たちを、信じていないわけではないが。

 今。自分が、ココを離れてしまうこと。
 それこそが、キッカケになるかもしれない。

 もしも、そうなってしまえば。
 状況はガンマ団にとって、最悪の方向へと流れていくであろう、と。
 戦いに慣れた者だけが、持つことのできる。本能が、告げていたから。

 ―――離れる事など、許されない。

 それが、ガンマ団総帥として。シンタローが出した、結論だった。




******************




 会議が終わり。飛行船内に設えられた、自室に戻ったシンタローは。
 デジタル表示の置時計に、ちらりと視線を送る。

 AM1:57という表示に。スグに寝れば、5時間は睡眠が取れるな、と思いつつ。
 右手で、ガチガチに強張った肩を掴み。思い切り、首を回すと。

 ―――グリッ、ゴリッ、バキッ、バキバキバキッッ!!

 相当、ストレスが溜まっている為か。結構、凄まじい音がした。

 あいてて、と呟きつつ。幾度か、首を回す内に。
 書き物用のデスクの上。転がしたままの、携帯電話に目が止まる。

 どうせ、今日あたりは。TPOを弁えない―――そもそも、そんな概念を持っているかどうかすら怪しい、お節介なイトコから。
 仕事にならない程、大量のメールやら、着信があるだろう、と思い。
 敢えて。放り出したまま、出かけたのだが。

 見る前からウンザリしつつ、ディスプレイを覗き込むと。
 『着信アリ 568件』の文字に、絶句した。
 メールに至っては。
 メモリ容量を越えてまで、受信し続けていたらしく。今朝、総ての履歴を消したハズなのに。

 三百件残せる、その表示の総てが。
 『グンマ』の名で、埋まってしまっている………有りえねぇ。 

「………アホ、グンマ」

 げっそり、と呟くと。
 速攻で、グンマのアドレスを着信拒否・メール受取拒否リストに登録した。

 これでしばらくは、静かに過ごせるであろう………と。
 シンタローは、枕もとに携帯を放り出し。そのままベッドに、寝転がる。

 しかし、瞳を閉じても。
 身体は疲れているはずなのに、眠気が全く訪れてくれない。

 ―――気になるのなら。電話をかければいい………簡単なコトだ。

 ―――いいや、気になんてしていない。気になどならない。疲れているのだ、自分は。

 …………だけど。

 踏ん切りのつかないまま、ウダウダと。とりとめの無い思考に、身を委ねていると。


  ―――♪♪♪……♪♪♪♪♪♪……♪♪♪♪♪♪……♪♪♪………♪


 突如鳴り響いた、不意打ちの呼び出し音に。驚いて、飛び起きる。

 さては、グンマの奴が。他人のケータイを借りれば良い、という発想にたどり着いたのだろうか。
 それにしても。グンマにしては、随分早い。キンタロー、もしくはアノマッドサイエンティストが、余計な入れ知恵でもしたのだろうか………さもなければ。

 ………もしかして。

 一つの可能性を、抱えたまま。
 シンタローは、しばし。鳴り続ける携帯を、見つめていたが。
 設定を、マナーモードにしていない以上。
 相手が、諦めてくれない限り。放っておけば、このまま鳴り続けるであろう。

 ウチの一族は、シツコイ人間が多くて、ホンット困るよナ………と。
 諦めて取り上げた、ディスプレイの表示名は、予想道理で。

 ―――深呼吸のように深い、溜息の後。おもむろに、通話ボタンを押す。

「………アンタかよ」
 開口一番、不機嫌な口調で呟いてやると。そもそもの、元凶。

「こんばんは、シンちゃん。ごめんね、遅くに………もしかして、寝てたー?」

 1、2、1、2―――と。
 何だか、ツイ走り出したくなるような。
 不似合いに、健康的な日付に生まれた、英国紳士の声が弾けた。

「寝てたに決まってんだろォ。こっちは、2時回ってんだよ」
 言ってるコトと、やってることは正反対。
 さほど悪びれた様子もなく、ウキウキと聞いてくるものだから。

 思わず、カチン、ときて。咄嗟に、そんな嘘をついてしまう。

「ゴメンゴメン。でも、そっちも十二日になったんだよね。めでたく、パパのお誕生日になりましたっ♪」

 ―――パチパチパチ。拍手っっ。

 ………せがむな。そして、口で言ってる上に、拍手までするな。
 
 ともあれ、疲労困憊の本日。親切にツッコミを入れるてやるのさえ、面倒で。
 シンタローは、相変わらずの「我が道街道突っ走り、こちらの迷惑顧みない」彼の、行動及び言動を。うんざりしつつも、黙って聞き流してみる。

 それに、呆れはしているが。
 先ほどまでの、自分らしくない状態は。否が応にも、解消され―――少しだけ。

 ホッとしているのも、事実。

「その様子だと、戻れそうにも無いみたいだね」
 シンタローの冷たい反応を、どう取ったのか。
 マジックは苦笑混じりに。今度は、まともな口調で確認してくる。
 
「あー、まぁな。今日はそっちで、勝手に楽しんでくれョ………あと、バカグンマ、何とかしといてくれ」

「あはは。グンちゃんも、初めて出来た『お父さん』だからね。私の為に、何かしたいんだろう」

「ソレにしたって、程度問題なんだョ。ストーカーよりタチ悪いぜ、アイツッッ!!」

 この一ヶ月というもの。
 シンタローが、グンマから受け続けた数々の嫌がらせは。涙無しには語れない、と思う。
 今度会ったら、絶対泣かしてやる、と。固く、心に誓っているのだが。

 ………まったく。あの情熱を、マジメな研究に向けることが出来れば。
 今頃、ノーベル化学賞ぐらいは、軽く受賞できているであろうに。

「私は。子供達の自主性を、重んじるからね」

 マジックの。言っているコトだけは立派だが、その実、完全に他人事のような口ぶりに。
 キッと、シンタローの形の良い眉が吊り上がった。

「へぇ。そんなご立派な父親なら、無理矢理長男に後継ぎを押し付けた挙句、手に負えなくなった次男を、幽閉したりしねーよな? 立派な父親を持って、嬉しいぜ」

 ―――いやぁ、立派立派、ご立派だねぇー。

 嫌味ったらしい口調で、そう述べてやると………通話口の向こう、マジックは。
 思いっ切り気まずそうな咳払いを、繰り返していて。

 ………今日ぐらいは、祝いの言葉の一つでも、述べてやろうと思っていたのに。 

 でも。結局、いつだって、こうなってしまうのだ。

 嘘は言っていないし。自分が、こういう態度をとってしまう、責任の八割以上は………マジックにあると思う。

「………用事ねーんなら、もう切るぞ。疲れてるし、オレ」
 こんな不毛な会話を続けるぐらいなら、話なんか、しない方がマシだ。

 ―――そもそも、AB型のマジックと、B型の自分では。相性は、最悪なのだから。

 何だか、エラく乙女チックなコトを思いつつ。半分自己嫌悪の、吐息をつくと。

「あ。待ってよ、シンちゃん。来れないんなら、プレゼントぐらい、欲しいんだけどな」

 ………フツー、49歳にもなって、恥ずかしげも無く、誕生日プレゼントを請求するか!?

「あー、んじゃ。何か適当に、どん太にでも買いに行かせて、送ってやるョ」

 まったく。ちゃっかりした、父親だ、と。相当投げやりに、シンタローが答えると。

「………スッゴク、心が込もってないね、シンちゃん」
 通話口の向こう。ハンカチを噛みながら、しくしく泣いている相手の姿が見えた。

 別に、シンタローに。透視能力やら、遠視能力やらの超能力があるわけではないのだが。
 見えるものは、見えるのだから―――たやすく想像がつく、とも言い換えられる―――仕方ない。

「ゼータク言ってんじゃねぇ、ったく………んじゃ、何が欲しいんだヨ?」
 面倒くさそうに、後頭部を掻きつつ、問い掛けると。

「んー。動画で、シンちゃんのピ――――ッッ(自主規制しました)画像とか♪」
「コノデンワハ・ゲンザイツカワレテオリマセン・バンゴウヲオタシカメニ………」

 言いながら。
 シンタローが、切る気満々で、終話ボタンに手を掛けた瞬間。

「わ、待って待って待ってッッ!! 冗談だよ、冗談っ!!」

 本気の気配を察したのか。取り乱した様子で、マジックが叫ぶ。
  
「………マジで、オレは疲れてっからな。次に、趣味の悪ィ冗談言いやがったら、容赦無く切るぞ」
「冗談じゃ、無いんだけどね………あああっ、マジメに、マジメに答えるからっっ!!!」

 無言のままシンタローは、再度終話ボタンに手を掛け。
 これ以上の軽口が許されない事を悟った、マジックは。必死で『マジメ』なプレゼントを、リクエストした。

「じゃ、じゃあっ! シンちゃん、アレ!! アレ、やって欲しいナvv」
「アレぇ?」
 また何か、ヘンなコトを言い出したのではないだろうな、と。
 不審そうに。シンタローが鼻の頭にシワを寄せ、首を傾げていると。

「小さい頃、パパの誕生日に歌ってくれたでしょ? ハッピーバースディ、トゥーユー♪ ってヤツ」
 とてつもなく、嬉々とした、マジックの発言に。

「うぇ。アレ、かよ」
 シンタローは。酢でも飲まされたような表情で、ゲンナリとコメントする。

 多少ローンを背負うことになっても。
 金で買えるモンを、リクエストしてくれた方が、まだマシなのに。

 ――――しかしまぁ、シンタローにも。
 去年に引き続き、今年も誕生日パーティをすっぽかす、という弱みがあるものだから。

「………どーしても、アレがいいワケ? 考え直すなら、今のうちだぞ? 今なら、ポールスミスでもディオールでも、エルメスでも買ってやるぞ」
「やだなぁ、シンちゃん。そんなのパパ、いつだって自分で買えるし」

 ちなみに、庶民派の息子は、総帥となる前は。
 ○中のバーゲンで買った、黒の綿パンとランニングを、こよなく愛用していて。

 ―――こんな、ブランドオヤジなんか、キライだ。

 2人の間の、根本的なミゾは、深まるばかりのようだ。

 ………が。ともあれ、マジックはどうあっても、引く気は無いようで。
 うっすらと、頬を染め。ポリポリ、シンタローは後頭部をかく。

「………いいか? これっきり、だからな」
「うんうんvv」

 念を押すと。即座に、期待満々の頷きを返され………腹をくくるしか、無くなって。
 おもむろに、息を吸い込み。シンタローは、やや早口に歌い始める。

 ―――ハッピーバースデイ、ディア、マジッ………。

「ちっがーう!!」

 が。途中、それを遮り。リクエスト者本人より、いちゃもんがつけられた。

「はァ!? 何が違うってんだよ、テメェ!!」

 せっかく恥を忍んで、ココまで大盤振る舞いしてやった、と言うのに。
 返答次第では、ただではおかない、というシンタローの口調に。

「昔はちゃんと『ディア、パパ』って、歌ってくれたッ!」

「………はぁあ??」
 シンタローの語尾が、思わず上がる。

 ―――このオヤジ、またワケの解らん言い掛かり、つけてきやがって………。

「『はぁあ!?』じゃないよ、シンちゃん。ダメ、もう一回やり直しっ!!」
「ふざけんなっ。一回切りだって、言っただろうがっ!!」
「だって『ディア、パパ』じゃなきゃ、納得いかない」
「アホかっ、気持ちがこもってりゃ、問題無いだろーが」
「………気持ち、込めてくれたのかい?」
「んにゃ、全然」

 しばしの言い争いの末。スッパリ、と言い切ったシンタローのセリフに。 

 ――――みぃ――――ん、とした沈黙が、辺りを包み。

「ど、どうしても、イヤかい?」

 何とか気を取り直した、マジックが。再度、尋ねてみるが。

「い・や・だッッ!!」

 それに対し、シンタローは。一文字一文字、わざわざ区切って言い返す。

「………ケチ」

 ボソリ、としたマジックの呟きに。シンタローの額に、10個程青筋が浮かび。

「てめぇ、ケチって………せっかくヒトがッッ………!!」
 喚き立てながら………顔を上げると。
 ふと視界に入った、デジタル時計は。AM2:45と、表示されており。
 
 ――――一瞬にして、どっと疲れた。

 ただでさえ、ここの所。慢性的な睡眠不足に、陥っているというのに。
 その上。何が哀しくて、こんな下らない言い争いで。貴重な睡眠時間を、削られねばならないのか。

 頭に上っていた血が、一気に下がる。

「………あ、そう。んじゃもういいわ、今年のプレゼントは気持ちだけってコトで。おめでとさん、オヤスミー」

 淡々と、それだけ言うと。シンタローは、ぷつん、と。一方的に、通話を断ち切った。

 更には、携帯の電源を切り。部屋の明かりさえ、消してしまって。
 今度こそ、眠るつもりで。ばふっとベッドに、寝転がる。 

 …………パパ、だとぉ? ふざけやがって、あの、アーパー親父ッッ!!

 心の内で毒づきつつ、目を閉じてみるが。
 
 …………大体、いつもいつもいつも、しつっこいんだよ、あのアホ親父はッッ!!!

 肉体的にも、精神的にも。相当疲れているハズなのに。

 …………何が『ディア、パパ』だよ。んな二十年も前の話、覚えてるワケねーだろーがッッ!!!!

 携帯をかけるかどうか、迷っていた時より。イライラは、かえって増しており。
 
 ――――無理矢理、瞳を閉じてみても。
 訪れるのは、心地よい眠気ではなく。際限なく湧き出す、マジックへの罵りのコトバ。

「………くっそぉ~~~~っっ、眠れねぇじゃねーか、あのヤロ~~~~ッッ!!!」

 十分ほど、悶々とした挙句。
 ガバリ、とシンタローは身を起こした。
 
「別にッッ、どうだっていいんだけどっ。このまま放っておいたら、末代までたたられそうだしなっっ!!!」

 誰が聞いているワケでも無いのに、大きな声でイイワケをしてみる。
 しかし、携帯をひっつかんだものの。どうしても、かけ直す勇気は出なくて。

「あー………でも、甘やかすとつけあがるしなっ、あのアーパー親父………」

 ハハハ、と乾いた笑い声を上げ―――ふと、我に帰る。

 ………オレ、アホ? っていうか、寒い? 
 
 こんな夜中だというのに。
 一人で、ああでもない、こうでもない、と。ボソボソ呟いている、など。
 何本か線が切れた、危ない人間そのものではないか。

 だからと言って、放っておけば。ムカつきに、一睡も出来ずに夜を明かしてしまいそうな気がして。

 ―――大体、何だってあんな親父のタメに。このオレが、ココまで悩まなきゃなんねーんだよっっ!!

 そのまま、百年来の敵でも見るかの表情で。シンタローがしばし、携帯を睨みつけていると。

 ………突然。部屋の扉が、遠慮がちにノックされた。
 
 シンタローの表情は、一瞬にして引き締まる。

 ―――誰だ? こんな遅くに。まさか、何か非常事態でも起きたのか!?

 慌てて、ドアを開くと。
 ソコには。恐縮しまくった表情で、どん太が立っていた。

「何だ、オマエかよ………どうした。何か、あったのか?」

 どうやら、この様子では。緊急を要する話では、無さそうだと。
 幾分ホッとしつつ、シンタローが問い掛けると。

「シンタロー様、夜分にほんま、スマンばい………」
 蚊の泣くような声で、どん太は非礼を詫びる。

「何だよ、言ってみろ」
 どこか言い辛そうな、オドオドした態度に。再度、促してみると。
 シンタローの目の前には。どん太愛用の、某メーカーの携帯が差し出された。
 オモチャのような、可愛らしいデザインと。着歌ができて、テレビも見られるアレである。

 ―――とか。携帯分析をしている、場合ではない。

 シンタローは。決して、カンの悪い方ではないから。
 コレで、あらかたの見当はついたが。
 当っても、嬉しくも無い想像に―――敢えて、どん太の次の台詞を待ってみる。

「その…………マジック元総帥が、緊急の用て………そのぉ………」

 キリキリキリ、と。眦の吊り上っていく、シンタローの表情に。
 すっかり怯えた、どん太の声は。次第に、途切れがちになっていき。

 が。ここで、どん太にアタるのは、筋違い、というもの。
 いかにも寝起きです、という様子の、彼の瞼は腫れ上がり。
 あろうことか、この寒いのに、パジャマに素足といった格好である。

 シンタロー同様。少ない睡眠時間を、削られながら。
 マジックの舌先三寸に騙され。必死に駆けつけてくれたどん太は、立派な被害者なのだから。

 ――――落ち着け、落ち着け自分。
 シンタローは。心の内で、何度も自分に言い聞かせる。

「………貸せ」

 ―――しかし………低く、呟き。
 ひったくる勢いで、どん太から携帯をもぎ取った、彼の表情は。
 努力も虚しく、夜叉もかくや、と思えるようなシロモノだったのだが。

「てめぇっ、何の罪も無い部下巻き込んでんじゃねぇぞ、コラアッッ!!!」

 飛行船全体を震わせる程の、大音声で怒鳴った後で。
 ぶちり、と。どん太の携帯の電源も、落としてしまう。

「シ、シンタロー総帥………」

 至近距離でまともに、ガンマ砲並みの罵声をくらった、どん太は。
 衝撃に、くわんくわんしながら。両耳を押さえ、ボーゼンと立ち尽くした。

「………いや、悪かったな。あのアホ親父には、二度とするなつっとくから。部屋帰って、ゆっくり寝てくれよ」

 携帯を返してやると、念の為『今夜は、電源入れるなよ?』と忠告をし。
 シンタローの絶叫の、余波に。ふらつく足取りで去る、どん太を見送って。

 ―――ったく、と。舌打ち混じりの、溜息をつく。

 だが。こうなりゃ、意地でも寝てやる………というシンタローの決意は。
 3分と、持たなかった―――何故ならば。

「あの、すいません、ホントにすいません………」

「総帥、その、申し訳ありません………」

「シンタロー様ぁ、お許し下さいぃぃ」

 その後も。
 続々と部下たちが、携帯片手にシンタローの部屋を、訪れたからだ。
 
 その度に、同じようなやりとりを繰り返し―――ついに、被害者5人目の辺りで。
 シンタローは折れざるを得なくなった。

「だあああああっ、解った、解ったよ、オレのケータイ電源入れてやっから。頼むから、オレの部下達の貴重な睡眠時間、削るんじゃねぇぇぇッッ!!!」




******************




 もしかしなくても。
 ガンマ団員全員の携帯番号、入手してるんだろうな、あのアーパー親父。
 ………ったく、立場を悪用しやがって。

 叫び過ぎで、微かに痛み出した喉に。顔をしかめつつ、シンタローは思う。

 ―――全員に、ガンマ団支給の携帯を解約させよう。そして、個人的に借りさせて、通話分だけ払うシステムに替えよう。でもって個人情報の保護について、厳しく通達しよう。

 新しい制度の導入を検討しつつ、電源を入れた瞬間。
 待ちかねたように、携帯が鳴った。

「歌ってくれる気になったかい? シンタロー」

 してやったり、と言わんばかりの口調は。凄まじく、カンに触るのだが。
 生憎シンタローには、もう争う気力など残ってはいなかった。

「あーもう………くれてやるから。頼むから、この大事な時期に、関係のねぇ人間を巻き込むな」

 がっくりと、肩を落としたまま、ボソボソ呟くと。

「もちろんvv だって私は、シンちゃんからのプレゼントが欲しいだけなんだから」

 ―――だって。こんな機会、一年に一度しかないのに。

 もしかして、この男。
 単に、オレで遊びたいだけじゃないんだろうか―――という疑惑が、一瞬頭を掠めるが。

 だとしても、ココまでくれば。覚悟を決めて、歌うしかない。
 嫌がらせに屈するのは悔しいが、何せ相手は数千キロ彼方の空の下。
 実力行使で沈めてやる事は、不可能なのだから………今度会ったときまで、拳は取っておこう、と。
 いささか物騒な決意を固めて。

 けほん、けほんと、咳払いを二回。

 ………やはり、かなり恥ずかしい。

「ええと。あ――――」

 マジック相手に、散々喚き立ててきた為。声はやや、掠れている。
 幾度かの、逡巡の末の発生練習。
 
 ――――まぁ、聞き苦しい程でもないか。
 ハスキーで色っぽい、と言えるかも。

 ヤケクソ気味に、開き直ると。最後にもう一度だけ、軽く咳払いをし。
 シンタローは、おもむろに口を開く。

 ………Happy birthday,dear papa………Happy birthday,to you………

 それなりに『心』とやらも、込めてやり。
 今度こそ、シンタローは、歌い終え――――訪れたのは、しばしの沈黙。


 ……………………………………………………………………………………ぷちっ。


「あのなっ、ココまでやらせておいてッッ!!! アリガトウとか何とか、人間の基本的なコトぐらい言えねーのかっっ、このクソ親父はッッ!!」

 アレだけせがみ、騒ぎ立てたクセに。
 いざ、歌ってやると、ウンもスンもない。余りに無反応な、マジックに。
 居たたまれない程、恥ずかしくなってきたシンタローが、猛然とくってかかると。

「あ、ごめん。何かちょっと、感動しちゃって………ホント、ありがとうね、シンちゃん」

 更に0.5秒程、ズレたタイミングで返ってきた、マジックの声は………少し、震えていたから。

「まぁ、アレだ。イクツになっても、誕生日はめでたいモンだしな」
 ここまで感動されると………余計に、居たたまれなくなり。
 やたらに親父クサイコメントを述べ。
 
 ―――こんなコトなら。ゴネたりせずに、もっと素直に歌ってやれば良かったかな、と。
 少しだけ、後悔したが。まぁ、喜んでくれたなら、結果オーライというコトで。
 
「………シンちゃん。愛してるよ」
「アホぅ。同性愛は、非生産的なんだろーが」

 続けられた、囁きには。相変わらずの、手厳しいコメントを返してしまうが。
 内容程、彼の口調は厳しく無く。

「私たちは、親子だからね。愛し合って、全然問題ナシだよーvv」
「………余計にマズいだろォが。いいかげん己の言動に、責任持てっつーの」

 毒を喰らわば、何とやら、だ。
 ここまできたら、眠ってしまうまでは、付き合ってやるか、と。
 シンタローは、押し寄せる気だるい疲れに身を任せ。
 一仕事終えた後ような、満ち足りた思いで。ベッドに、倒れ込む。

 どうせ、通話料金は相手持ちだ―――ソツの無い父親だから。そういう事も、計算の上に違いないけれど。

「シンちゃん、いつ頃には帰ってこれそう?」
「………ぁふ、年明け、かな」

 欠伸混じりに、適当に相槌を打つ。

 ………あ。何か、すっげー、眠たくなってきた。

 戦況が膠着して以来、余り眠れていなかったのだが。
 シンタローは。久々の強い睡魔に襲われ、欠伸を繰り返す。

 強いストレスを受けている時。精神は休まらず、ヒトは眠れなくなるものだ。

 深夜にベッドに潜り込んでも。寝付くことが、出来ず―――うとうとしては。
 戦闘中の、それもとびきりの悪夢に襲われ、飛び起きる。
 その繰り返しで、いい加減………疲れ切っていた。

 ―――夢の中まで仕事するほど、勤勉なタイプじゃなかったのにな、オレ。
 苦笑して、瞳を閉じると。急速に意識は、薄れてゆき。

「パパの、大切な。綺麗で、可愛いシンちゃん――――」

 …………寒気がするから、止めろっつーの。

 呟いたハズの言葉は、声にならない。

「シンちゃん………シンタロー? 眠ってしまったのかい?」

 マジックの。耳障りの良い、低い囁きに身を委ねたまま。


 ―――今夜は。夢のない眠りを貪れそうだ、と思った。







○●○コメント○●○  予告しておりました、「Happy birthday,dear papa」の裏事情。
 メールに関するエトセトラです。
 どん太の嘘っぱち博多弁はあまり気にしないでくださいネーvv
 ちょっと、4巻読んで内容変えたくなってしまったのですが………ドコをどういじったらいいか決めかねて、結局このままアップ(^^ゞ
 その上、また恐ろしく長いです。ストーリーのシェイプアップが今後の最重要課題ですね、カケイの。
 ………え? ご期待の内容と違いますか??
 おかしいなァ………(笑)
 ともあれ、お色気息子とナイスミドルに、幸多かれ♪♪ と毎日祈ってマス。





mmm

GIFT




 朝というものは、爽やかなものである、と。
 古来より、相場は決まっている。

 ましてや今は、薫風さやかに窓辺を渡る、皐月の盛り。
 一年で最も、清清しい時期のはずなのに。
 
 今朝のガンマ団は、何やら。
 凄まじい殺気と、欲望渦巻く。不気味な、紫色のオーラにすっぽりと包まれていた。

「………ドコだべッ!?」
「ダメだっちゃ、こっちにもいないっちゃよ!?」
「あっちにも、おらんかったけんのぉ!」
「わて、向こう見てきますわ!!」

 切羽詰った形相で迷走する、伊達衆及び、一般の団員達。

「いいか、オマエら? 見つけられなきゃ、全員、今月の給料は無いと思え!!」
「―――エエッ、また今月もタダ働きッスかッ!?」
「…………(泣)」
「その代り、あの方を捕まえれば。特別ボーナスですね?」

 タダでさえ、オットダラケで。潤いに欠けるガンマ団だというのに。
 名も無き雑兵から幹部に至るまで、団員達の尽くが。
 血相を変えた挙句、猫の子一匹見逃さないという血眼で、東奔西走している光景は。
 物々しいを通り越し、暑苦しい程だ。

 ………一連の騒ぎを。
 元総帥室の、高い塔より見下ろしていた、マジックは。

 苦笑を浮かべ、窓際から離れると。
 室内の、何の変哲も無い、真白な『壁』の前に立つ。

 軽く拳を握り締め―――決められた位置を。
 決められたリズムで、決められた回数だけ、叩くと。

 カチリ、と。歯車の合わさる音がして。
 『壁』は、内側から開いた。

 ごく限られた、一部の者しか知らないが。
 対ガンマ砲設備もカンペキな、この『元総帥室』には。
 主の趣味により。隠し通路に隠し部屋、隠しカメラに隠しマイク、更にはガス噴出装置etcetc………まさに『付けられる機能はみんな付けちゃえ~♪』ばりの装備が、施されていたりする。
 
 ちなみに。この、完成した『元総帥室』を披露した際。
 代替わりした直後の息子には「いらん設備に散財すんな、忍者屋敷じゃねーんだぞッ!!」と、激しく叱られたものだったが。

 ちゃんと、今。こうして役に立っているのだから。

 ―――やっぱり、人生って。備えあれば嬉しいナ、だよねぇ♪

 微妙に間違ったコトワザを胸に抱き。『隠し部屋』の、入り口をくぐると。
 6畳程の空間に。壁と向い合わせに、デスクが一つ。

 その前を陣取る黒髪の青年は、忙しそうに書類を繰っていた。

「………どうだ?」

 こちらに背を向けたまま、短く問いかけてきた彼………シンタローに。
 マジックは、上機嫌に報告を返す。

「今の所、異常ナシだよvv あ、そうそう………」
 引き締まった背に流れる、ぬばたまの艶やかな髪に。
 思わず見惚れつつ、言葉を続けようとする、が―――。

「現金。スイス銀行、振込みで」

 ……………………しばしの、沈黙の後。

「シンちゃんッッ、聞く前から答えないでくれるっ!!??」

 相変も変わらず。とりつくシマの無い、長男の態度に。
 ハンカチを噛み締め、抗議をしてみるが。
 振り向くことなく、シンタローは。キッパリした口調で、たたみかける。

「等身大のアンタ人形はいらねぇ。もちろん、ミニマスコットもいらねぇ。ポスターなんぞ押し付けやがったら、目の前で燃やすぞ」

 デスクに向かい、書類を読んでいるせいで。
 普段ピンと張られている背筋は、前屈みの姿勢となり。
 そこから、機嫌がサイアク、というオーラが立ち昇っている。

 ―――その様子は、まるで。気が立った猫そのものである。

「でも、さぁ………やっぱり。プレゼントって、お金には代えられない、心に残る何かが良くない?」
 珍しくも、マジックは。真っ当な不満を、主張してみたのだが。
 生憎、ご機嫌斜めのシンタローの内部に、特に感銘は呼ばなかったようで。

「貰うのは、オレだ。だったら、リクエストする権利もオレにある」

 ――――ロクでも無いもの押し付けやがったら、その場で燃やしてやるという。
 確固とした、意志を示されただけに終わり―――そして。そんなヤリトリの間にも。

 カリカリと、シンタロー愛用の万年筆は、動きつづけ。
 マジックの方へ、顔を向ける素振りすら無い。

「シンちゃぁぁ~~~ん。まだ、怒ってるの~~~~???」
 マジックはついに音を上げ。非常に情けない声で、最愛の息子にお伺いを立た………その、瞬間。

 ―――ファンファンファンファン!!!!

 某アニメの「敵機来襲!!」を彷彿とさせる、けたたましい警報音が。
 秘密の小部屋に、響き渡る。

『…………来た』

 珍しくも。親子の心情が、ピッタリ重なった。

「………いいか、てめぇ。解ってるだろうな………」

 さすがにその手は、止まったものの。
 それでもまだ、デスクの書類に、目を落としたまま。
 声だけにドスを効かせ、シンタローが念を押すと。 

「だァいじょぉぶッッvv パパに任せておいてよ、シンちゃんvvv」

 ………根拠は何だろう、と疑いたくなるほど。
 マジックは、むやみに自信満々に。どんっっと、厚い胸板を叩いてくれて。

 ―――ほんっとーに、任せて大丈夫なんだろうな、コイツッッ!!??

 そのあまりに軽い態度に、却って不安が増したのだが。
 振り向くコトは、ぐっとこらえ。再び、万年筆を動かし始める、シンタローの。

 その、背中越しに。
 大丈夫だよ、と………もう一度、声を掛けて。マジックは、隠し部屋を後にした。




******************




 入り口のロックを、解除すると同時に。
 息せきって飛び込んできたのは、天使のように美しい青年。
「お父様、お父様ッ!! シンちゃん、ココにいるんだよねッッ!!?」

 甥だと信じて、疑ったことさえ無かったのに。
 何と実の息子だった、というオチがついた、グンマ博士と。

「もちろんですよ、グンマ様。この高松の頭脳にかかれば、シンタローがドコに隠れようと、一目瞭然ですともッッ!!!」
 その後ろから。
 このヤヤコシイ事態を作り上げてくれた張本人の、高松………そして、もう一人。

「―――むしろ、オレ達以外がココに押しかけていない方が、不思議なんだが」

 真実を微妙に掠った呟きと共に、肩を竦めるのは。
 ある日突然、現れて。息子かと思ったら、実は甥だったという。
 それはそれは、複雑な出生の(公然の)秘密を持つ、キンタロー。

 ―――正直、厄介だな、と。マジックは内心で顔を顰めた。
 訪れたのが、グンマと高松だけであれば。
 煙に巻くことなど容易いと、思っていたのだけれど。
 
 が、もちろん彼とて。
 伊達に長年ガンマ団総帥として、クセ者揃いの組織に君臨し続けていたワケではない。
 そんな本音など、微塵も感じさせない態度で。
 
「え? 今日は、来てないよ」

 いけしゃあしゃあと。如何にも、予想外のコトを耳にした、という態度で。
 不思議そうに、首を振って見せた。



 ―――一方、その頃のシンタローは。隠し部屋内に設えられた、モニターを通じ。

 うっすらと、冷や汗を浮かべ。祈るような、想いで。
 一連のヤリトリを、見守っていた。

『えぇ? じゃあ、お父様。何でそんなに、落ち着いてるのさ?』

 モニター越しに聞こえる、彼の疑問に。
 グンマにしては、鋭い所を付きやがる………と。思わず、舌打ちが盛れたが。

 イトコという、立場上。
 物心ついて以来、マジックのシンタローへの執着ぶりは。
 常に間近で、見せ付けられてきた、彼であるから。当然といえば、当然の疑問だ。

 ―――頼むから。こんな所で、尻尾を出すんじゃねーぞッ!!??

 シンタローの、切実な願いを知ってか知らずか。
 マジックは、動揺すること無く、むしろ至って余裕の表情で。
 あっさりと、言葉を返した。

『だって。どうせ後で、パーティで会えるだろ?』

 ―――まァvv 何て、物分りのイイ、賢い坊ちゃん………っていうか。
 アンタに限り、そのコメント、恐ろしくありえねぇッッ!!!

 対象者のシンタローでさえ、突っ込みたくなる。
 まったくもって、らしくない、マジックの台詞に。

『…………マジック様。あからさまに、怪しいですよ』

 案の定。グンマの腰巾着、高松から冷静な突っ込みが入り―――息を詰め、見守るシンタローの前。

『んん? 怪しくないよ』
 ニコニコと、マジックは。それはそれは、愛想良く微笑んで。

 ―――次の瞬間。
 凄まじい爆弾を、投下してくれた。

『だって。日付変更線越えて、今朝方まで、あの子の部屋でお祝いしてたんだもん~~~vvv』

 ―――やっぱり、こういうのは。一番最初に、オメデトウって言いたいからねぇ♪
  ちなみに、シンちゃん起こさないように、帰ってきたから。その後は、知らないんだよネvv

「…………!!!!」

 シンタローの目前が。鮮紅色に染まり。
 理性の総てを総動員し、タメ無し眼魔砲の連射を抑える。

 100%事実無根だ、と言い切れないトコロに………尚更。
 ぶつけられない、怒りが。凄まじい勢いで、内圧を高めていき。

 ギリギリギリ、と。
 歯軋りしつつ、モニターをにらみ続けていると。

『今、何か聞こえなかったか?』

 画面の向う側。キンタローが、ボソリと呟いて。

 沸点寸前だった、シンタローの頭から。一気に、血の気が引いていく。

 ………まさか。隠しカメラの存在に、気づいたのであろうか。
 一見したところで、解るような位置にはないのだが………真っ直ぐな彼の視線は。
 明らかに、コチラに焦点を据えており。

 イヤなカンジの冷や汗を掻きつつ。
 シンタローはカチンコチンに固まった。




******************




「今、何か聞こえなかったか?」
「さぁ、別に? 気のせいじゃない?」

 キンタローの問いかけに、マジックは。
 間を空ける事無く―――さりとて、不自然なほど早すぎもせず―――ごくあっさりと、答え。

 自分に気づかれていることは、解っているはずなのに。
 ………さすがだな、と。改めて見なおした。
 
 グンマと高松はまだ、巧妙に隠されたカメラの存在には、気づいていないようで。
 どうしたものか―――キンタローが、迷っていると。
 彼にだけ、解るように。マジックが、小さく目配せし。

 数秒の逡巡の後、キンタローは。
 カメラのある位置から、目を逸らして………小さく息を吐く。

 そもそも、浅からぬ因縁―――というより。
 二十四年の長きに渡り、自分は彼の内に在り続けたのだから。

 その居所も、気配も。
 幾ら巧妙に隠されたところで、解ってしまう。

 もちろん。この壁を隔てた先に、シンタローが隠れているコトなど。
 この部屋に入る前から、ちゃんと解っていた。

 そもそも。本人よりも、その気持を理解しているキンタローは。
 よりによって、今日。『この日』を邪魔するつもりは、毛頭無かったのだ。

 ―――それでなくとも。ヒトの恋路を邪魔する者は、ウマに蹴られて、死ぬらしいし。

 だが。もう一人の大切なイトコ、グンマの見解は、まるで違っていて。

「お父様とシンちゃんが結婚したら、シンちゃん、僕のお母様になるんだからッッ!! 僕はシンちゃんの特別なの~~~~~~ッッ!!!」

 男にしては高いキィの声で、涙ぐむ姿は。
 まるで………数年来の片恋の挙句。今日こそ告白する、と思い詰めた乙女のようだが………言っている意味を、理解しての発言なのだろうか。

「如何にマジック様とは言え、グンマ様を泣かせるのであれば。この高松、遠慮はしませんよ!!??」

 言いながら、懐から。うじゅるうじゅるした、紫がかったナゾのナマモノを取り出す高松は。
 自分同様、総てを解っているクセに―――どうやら、完全に悪ノリしているらしい。

 敵に回したくない伯父と、最愛の分身を取るか。可愛い従兄弟と、自分たちの保護者を取るか。
 『表』に出て。まだ、一年足らずの年月しか過ごしていない、キンタローが。
 ちょっと、自分の手には余る、と思われる問題に………葛藤を抱いた瞬間。 
 
「シンタローが、いたべッッ!!!」

 ―――中庭から、歓喜に近い絶叫が上がる。

「え、ウソ!! シンちゃん、ドコドコ!!??」

 途端に、グンマは。日頃のおっとりのんびりぶりを、かなぐりすて。
 殆ど瞬間移動のようなスピードで、窓辺に走り寄る。

 高い塔から見下ろした、彼の視界を掠めて、消えた。
 
 ―――長い黒髪を、なびかせた。
 真っ赤なジャケットとパンツの………後姿。

 後姿だけでも。
 見紛えようも無い。よく見慣れた、大好きな従兄弟の『シンちゃん』の姿。

 大きな瞳を見張ったまま、見下ろすグンマの視界の中。
 更に、後からどやどやと追いかける、伊達衆やら叔父やらの集団が通過していき。

 ――――このままでは。彼らに、シンタローを奪われてしまう。

「行くよ、高松、キンちゃんッッ!!」
「え!? ぐ、グンマ様!! お待ちください~~~~~~!!!」

 キッと顔を上げたグンマは、窓辺から身を翻すと、一目散に駆け出し。
 それに、慌てて高松も続く。
 
 怒涛の勢いで、駆け去っていった二人を、見送っていると。

「アレ? キンちゃんは、『シンちゃん』を追いかけないのかい?」

 ぬけぬけと言い放つ、マジックの表情は。
 悪戯を成功させた、少年そのものだ。

 総て、仕組んだ上で。
 それでも。キンタローだけは、見抜いていると、解っているクセに。

「………伯父貴」

 ―――つくづく性格の悪い、問いかけに。
 この男に、本気で執着されている、半身の不幸を想うと………もう。
 絶望的な溜息しか、出ないのだけれど。
 
 それでも一応、これだけは言っておこう、と。キンタローは重い口を開く。

「言うまでも、無いだろうが。茶番は、夜までにしてくれよ」
「解ってるって♪ 協力してくれるよね、キンちゃんも」
 むしろ。あわよくば共犯者に仕立てよう、という意図を。
 隠そうともしない、明るい即答に。

「………何のことだ? オレは、アイツらと『シンタロー』を、追うぞ」

 ―――努めて淡々と、言い置くと。
 キンタローは。苦手な伯父に、背を向けた。

 


******************




 壁向うの秘密の小部屋に戻った、マジックを迎えたのは。
 
「てめぇっ、いらないコトを、べらべら喋るんじゃねぇぇッッ!!!」

 仁王立ちで。腕組みの上に、柳眉を吊り上げたシンタローの姿。
 美人が本気で怒ると、大変に怖い――――しかし。
 
 マジックは。にへらっ、と頬を緩めた。

「あ。良かった、やっとこっち向いてくれた」
 ―――機嫌、直ったんだねvv

 その指摘に、シンタローは。
 今朝方立てたばかりの―――今日一日、絶対にマジックとは、視線を合わせねぇッ!!―――という固い固い誓いを。
 怒りのあまり、あっさりと破ってしまっている、ウカツな自分に気付く。

 しまった、と思うが………こうなってしまえば、後悔など役に立たずで。
 やたらに嬉しそうなアホ父親から、ほんのり頬を赤らめ、プイッと顔を反らす。

 そんな、ささやかな抵抗こそが。
 ―――もう、可愛くて、可愛くて、可愛くてッッッ!!! と。
 こっそり横を向き、鼻血を拭っている、マジックに。

「さっきの………ジャン、かよ?」
 シンタローの唇から、洩れた呟きは。問いかけではなく、確認だ。

 他のガンマ団員は、ともかく。
 長い付き合いのグンマでさえ、騙されるのも………無理はない。

 シンタローは。ジャンと寸分違わぬよう、青い秘石により、創り出された存在なのだから。
 背格好や顔立ちはもとより。気配さえもが、まったくの彼の相似形。
 故に、彼がその気で演じれば。
 逃げていく後姿だけで、そうと見抜けるものは。殆ど皆無に、違いない。
 
 ―――さすがに。
 かつてシンタローと『同じモノ』であったキンタローだけは、騙されなかったようだが。

 ………結局、オレは。何者なんだろうな。

 埒も無いことを、ふ、と思い――――慌てて、その思考を打ち消して。

「サービス叔父さんに、叱られるぞ?」
 とにかく、遅れた仕事を取り戻そうと。再度デスクに向き直ろうとした、が。
 
「ところで、シンちゃん。パパ、自惚れていい? ………今、ここにいてくれるってコトは」
 突如、話題を変えたマジックの。次の台詞は、容易に想像できて。

「パパとの時間を、選んでく………」
「んなわけ、ねェだろッ!! オレが今日、ドコに隠れた所で。てめぇだけは、地の果てまで追って来るだろーがッッ!!!」

 シンタローは、最後まで言わせる事無く。鼻息荒く、マジックに詰め寄る。

 かつて。地図に無い絶海の孤島、パプワ島にまで。
 自分を求めて、現れたように。

 この父親の、自分に対する執着は、ハンパではないと。骨の髄まで身に染みている。
 どうせ、見つかって邪魔をされるのなら。逃げ回る時間がムダだ、という合理的な(或いは、後ろ向きな)思考で。

 ―――だから、仕方なく。
 これ以上、仕事を邪魔されたくないから、ココでやってんだよッッ!!!

 まったくもって。迷惑極まりない、アーパーオヤジめ!!! と。
 シンタローは、力一杯の主張をしてやった、というのに…………。

「もちろん。パパ、その自信があるよーvv」

 ………誉めてねぇっつーの………って、ああもう。
 トロケそうな表情で表情で、コクコク頷いてんじゃねぇッッ!!!

「だぁぁ、もう!! 無駄口叩いてないで、サクサク手伝えッッ!!!」

 ―――大体。テメーの陰謀で、遅れた書類なんだヨッッ!!!
 
 先月の今頃は、まだ普通に遠征の真最中だった。
 何だか、スケジュールが操作されている? と気付いたのが、一週間前………だが。
 気付いた時には、総てが遅かった。

 その時には、シンタローの予定は。
 5月の半ばから、終盤近くまで。本部での決裁事項の処理が、きっちり詰められていて。
 
 挙句、尊敬する叔父のサービスに。

『兄さんに、幹事を任命されてね。盛大なパーティを用意して、待っているから』
 などと宣言されては、どうしてシンタローに否やを言えよう?
 
 ―――チクショウ。謀りやがって。

 もちろん、コレは。単なるマジックのワガママだけではなく。
 ただでさえ、実の息子ではない上に。
 まだまだ経験浅い自分の、地盤固めだ、という事は解っている。

 こういった。他の組織の人間等も招き、権勢を誇示するコトも。
 戦略的に、非常に重要な手段である、と。

 けれど。ココまで、お膳立てしてもらえなければ。
 解っていて………どうしても現場を、離れられなかった。

 部下の命を、預かっている間だけは。
 確かに自分が、ガンマ団総帥、シンタローだという自信を持てたから。

 自分が何者なのか、など。
 考える暇も、無かったから。

 その。複雑なシンタローの胸の内を、知ってか知らずか。

「それでね、シンちゃん。プレゼントなんだけど………」
 
 ――――だぁぁ、シッツコイっつー…………あ。

 その瞬間。大事な事を思い出した、シンタローは。
 再び、般若のような形相となり、マジックに詰め寄る。

「そうだ、テメェ!! アレ消せ、消しやがれッッ!!!」

 『アレ』とは。
 かつて、アーパー父親の誕生日に、強奪された挙句。
 着歌に登録され、団内中のサラシモノにされた、シンタローによる誕生歌のコトである。(*注「Happy birthday,dear papa」(参照))

「え? 着歌は、止めたよ」 

 突然の息子の剣幕に、戸惑ったように、瞬きを繰り返しているが。
 シンタローが、これまで彼と過ごした(振り回され続けた)、25年の年月は伊達ではない。
 『着歌は』ということは、他のナニかには使っている、というコトだ。

「今度は、何に使ってやがる、あぁん!?」 
「あああ、ホラホラ、シンちゃん? 書類終らせないと~~~♪」
 ドスを効かせた、シンタローの脅しに。
 マジックは、不自然な感じで、話題を反らそうとするが。

「誤魔化すんじゃねぇ、言えッッ!!!」

 ―――そんな単純な誤魔化しに、引っかかるハズがなかろう。ってーか、バカにしとんのか、このアホ親父わッッ!!!

 しかし。場所が場所なだけに、眼魔砲はカマせない。
 こんな狭い完全密室で、そんなモノを撃ってしまえば。
 自分も真っ黒コゲになることが解らないほど、アホではない。

 仕方なく、更に視線に圧力を込め、睨み据えていると。

「………あのね。目覚まし専用」
 観念した様子で、あっさり白状する。

「目覚ましィ?」
 思っても見なかった答えに。シンタローが、虚を付かれた表情でいると。
「だからね。携帯で使ってたら、シンちゃんが怒ったから。今は、目覚まし代わりにしてるんだ………今は部屋のベッドの脇に、置いてるんだけど」

 一度、言葉を切ると、マジックは。意味深に、首を傾げてみせる。

「どうしても、消して欲しいなら。今からベッドまで、取りに来るかい?」
「誰が行くかッ!!!」

 コンマ0.2秒を切る、シンタローの即答に。

「そう? パパなら24時間、365日体勢で、ウェルカム♪♪ なのに」
 マジックは残念そうに、肩を落とす………それは、間違いなく本音であるが故に。
 ノコノコ取りに行ったりすれば、その後の展開は、火を見るより明らかで。

 これ以上、この件について追及する事は………自らの首を締めるだけだ。
 そう悟った………というより、悟らざるを得なかった、シンタローは。

「~~~~~~~ッッッ!!! 口はいいから、手を動かしやがれッッ!!!」

 ―――チックショウ、謀りやがって、謀りやがって、謀りやがってッッッ!!!!

 キリキリ、眉と瞳を吊り上げたまま、今度こそ猛然と書類の山に立ち向かう。

 そんなシンタローに。
 マジックも、軽く肩を竦め………昔取った杵柄である、書類業務の手伝いを始めた。
  
 2人きりの、秘密の小部屋に。
 しばらくの間。ペンの走る音と、紙ズレの音だけが響き……………………………。

 ………………………………………………………………………………………………。

 ………………………………………………………………………………………………。

 ………………………………………………………………………………………………。

 ………………………………………不意に。マジックが、呟いた。

「そうそう、シンちゃん? 手を動かしてたら、口も動かしていいんだよね?」
「ンだよ」

 どうせ、また、ロクでもないことをぬかすつもりだろう、と。
 身構えたまま、横目で睨みつけると。

「公式のプレゼントは、パーティの時に渡すけど………もう一つ、ね」

 トントン、と、シンタローの決裁済みの書類を、揃えつつ。
 ニッコリ、と笑い…………おもむろに、口を開いた。


 ―――Happy birthday,to you――――


 …………やけに、シツコイと思ったら。どーしてもコレが、やりたかったワケね。
 シンタローは半ば呆れて、肩を落とす。

「………うっせーぞ」
 それでも、止めろ、とは言わない。
 父親の声は………声だけなら、割と好きなのだ。


 ―――Happy birthday,to you―――


 彼の唇から、紡がれる。
 耳に心地よい、うっとりするような、テノール。
 

「………オンチ」


 ―――Happy birthday,my dearest son.happy birthday,to you…………。


 最後のフレーズが終わると。
 シンタローの手は思わず止まり………整った彼の横顔を、マジマジと凝視していた。

 その視線に、気付いているのか、いないのか。
 マジックは、何食わぬ顔で。決裁済みの書類を纏める作業を、続けている。
 さすがに、慣れたもので。その動きは、一連の流れのように、正確で、無駄がない。

 ―――この調子ならば。期限内に、事務処理を終わらせる事が、可能かも知れない。

 今は、滅多に見られ無いその姿に。シンタローはしばし、視線を捕われ。

 ………ふ、と。
 零れるような、吐息と共に―――その肩から、力が抜ける。

「サンキュ………」

 小さな、感謝の囁きが。
 秘密の小部屋を、甘やかに満たした。









○●○コメント○●○  携帯繋がりで、ネッッvv って、いつから続き物に???
 すみません。珍しく、マジシンがネタ切れ起こしたので。
 遅れた挙句、無理矢理捻り出しました。うっわぁ、纏まりナーイ(-_-;)
 …………お、オメデトウの気持ちだけです。
 それしか、持ってないんです~~~~~(泣逃) 





mm

此処に、在れ (前)




 玄関の開く、気配がした。

「遅いベ、トットリ~!! 待ちくたびれ………」

 買出しに出たまま、中々戻ってこない親友を。
 すきっ腹を抱え、ひたすら待っていたミヤギは。
 猛ダッシュで、玄関に走り出たのだが。

「ハーイ、スペシャルゲストだっちゃわいやー♪」

「………よォ」

 ニコニコ笑う、トットリの後ろ。
 バツの悪そうな顔で立っている、予想外の客人の姿に。
 
 パチパチ、と瞬きを繰り返す。

「………シンタローでねぇか。どしたべ?」
 
「何かー。その辺で、途方に暮れて座り込んどったから、拾っ………ムグッ!!!」

 無神経と紙一重の、相も変わらない素直さで。
 ベラベラ喋り始めた、トットリの口を。
 背後から抱え込むように塞いだ、シンタローは。

「いいから。今夜、泊めろヨ」と。
 頼んでいるというより。オレ様モード全開の命令口調で、そう言い放つ。

「って………ええんだべか? しばらくは『家族水入らずで、過ごすからvv』とか、マジック様が浮かれまくっとったべ?」

 思わずミヤギが、首を傾げていると。

「イイんだヨっ。ホラよっ、差し入れッ!!」

 ミヤギの手に、グイッと、コンビニの袋を押し付け。
 返事も待たずに、さっさと上がり込んでしまう。

「むぐっ、もが~~~~ッッ!!(ミ、ミヤギくぅ~~~~んっ!!)」

 口を塞がれたままの、トットリは。
 助けを求める視線で、奥へとズルズル引きずられていき。

 残されたミヤギは。
 渡された袋の中味が、酒とツマミの類で占められているのを確認し。
 そっと、溜息をつく。

 某ネクラの京美人に。ニブイだの、顔だけだの散々罵られている、彼にさえ。
 
 ―――まぁ。
 何かあったんだろうな、という想像が、簡単につく展開。

「何やってんだよ、ミヤギ、とっとと来いッ!!」

「もがもがふが~~~~ッッ!!!(助けてぇ~~~~ッッ!!)」

 まったく、これじゃ。どっちが客だか、解らないべ、と。
 軽く肩を竦めた、ミヤギは。

 オレ様モード全開の珍客と。それに拉致された親友兼恋人の、後を追い。
 リビングへと、急いだ。




******************




「うっわー、んだよこの貧しい冷蔵庫ッッ!!」
 ―――ったく、しかも汚ねーぞ、この部屋ッッ!!

 勝手に上がり込んだ挙句、勝手な文句をつけ。
 更には勝手に、冷蔵庫まで漁り始めた、シンタローに。
 
「………シンタロー、すっごく偉そうだわいや」

 ようやく解放してもらえた、トットリが。呆れた顔で、呟くと。

「あぁん? 偉いんだよ、オレはッ」

 ホメてもいないのに、威張った様子で。
 冷蔵庫から。なけなしの食材である、キムチと卵を(やはり勝手に)取り出し。
 久しく使われていなかった、ガス台に向かい、何やら調理を始めた。

「オイ、オメーらもっ! ぼーっと突っ立ってないで、皿用意して、その辺片付けてろっ!!」

 その上。堂々とした宣言を裏付ける、偉ッそーな指示を飛ばされて。
 思わず顔を見合わせた、ミヤギとトットリは。

 どちらからともなく、つい、吹きだしてしまい………。

「………笑ってねぇで、さっさと動けヨ」
「あー、ハイハイ。っても、ナニから手ぇ付けたらいいんだべ?」
「ミヤギくん、ボク、部屋片付けるから、おツマミ並べててくれるだらぁか?」

 あの島で過ごしていた時と。変わらない、彼の様子に。
 ―――良かった、と。単純に、嬉しくなって。

 言われるままに。荒れ放題の部屋の片付けと、酒宴の準備を始める。

 そんな二人の態度に………ふん、と。
 少しだけ赤くなった頬を、隠すかのように。再びガス台に向った、シンタローの。
 
 甲斐甲斐しい―――本人に言えば、眼魔砲の洗礼を受ける事間違いなしだが―――新妻のような、その姿からは。ちょっと、想像しづらいのだが。

 一週間後に、彼は。世界最強の暗殺集団だった、ガンマ団を。
 新たな方向へと導く、新総帥となるコトが、決まっている。

 実の息子ではなかった、シンタローの就任が、正式に決定するまで。
 遠い血縁やら、先々代以来のご意見番やら。
 日頃親しくない………けれど、蔑ろにも出来ない。
 面倒な手合いと、イロイロとモメたようだが。

 最終的には、マジックの鶴の一声で。誰も文句は、言えなくなったそうだ。

 ―――島にいた頃は『仲間』であったけれど。
 戻ってきてしまえば。
 所詮は『総帥の息子』と『一介のガンマ団員』という、立場でしかなく。
 ミヤギもトットリも………アラシヤマや、コージに至るまで。 
 その間、ハラハラしながら、成り行きを見守るしか無かったので。

 そのニュースを、聞いた時は………正直。
 助かった、と。本当に胸を、撫で下ろしたのだ。

 あの島での、濃密で優しい時間を過ごした後では。
 暗殺者の稼業になど、とても戻れない。

 アラシヤマとコージは、其々の見解を持っていたようだが。

 二人は。もしシンタローが、総帥になれず。このままガンマ団が、暗殺稼業を続けるのなら。
 退団し。どちらかの田舎に引っ込んで、農業でも始めようか、と。
 半ば本気で、話し合っていたのだから。
 
 今、ココにいるシンタローを見て、実感が湧く。
 一つの時代が終って、新しい時代が始まろうとしている。

 ―――もっと、ずっと。より良くなる為に。

 傍目で見る以上に、問題は山積なのだろうけど。

 でも、大丈夫。シンタローなら、越えていける。 
 ………彼の為なら。自分達は、尽力を惜しまない。
 



 言われるままに、片付けと、テーブルセッティングを済まし。
 大人しく待っていた、二人の前に。

 とん、と皿が二つ置かれた。

「ホラよ、出来たぜ。キムチ入りオムレツと、ハムキャベのヤキソバ………ったく。あんなビンボー臭い冷蔵庫じゃ、こんなモンしか作れねぇじゃねーかっ!!」

「うわぁvv 美味しそうだっちゃねー、さすがシンタロー、天才だわいやvv」

 ………『イヤミ』というモノは。
 相手が『イヤミ』として、認識してくれなければ。何の意味も為さなくなる。

 シンタローは。パチパチ手を叩く、トットリに。
 無邪気で純粋な、尊敬の眼差しを向けられ。

 ちょっと、バツの悪そうな顔をして―――それから。

 それから、つい。
 柔らかに………少しだけ、頬を緩めてしまう。


 ホカホカ湯気を上げる、如何にも美味しそうなオカズに。
 シンタローが買ってきた、おツマミパックやら。
 家にストックしておいた、スナック菓子なんかを合わせると。
 酒肴は、ちょっとした居酒屋並みに、豪華になった。

「よーし、んじゃ、飲もうぜ♪ お疲れっ!!」
「っしゃー、新生ガンマ団に乾杯だべ!」
「いただきます、だっちゃわいや~~~♪」

 各々らしい台詞で、グラスを合わせ。  
 他愛も無い話をしつつ、飲みつづけること数時間。

 三人で。500mlのビールが5本、焼酎の紙パックが一本、冷酒が3本空いた頃には。

 ………真っ先に。トットリが、出来上がってしまっていた。

「みやぎくぅ~んvv ミヤギくんはホントーに、カッコイイだわやvv」

 愛らしい童顔を。アルコールの影響で、ほんのり桜色に染め。
 とろんと潤んだ、大きな瞳で見つめられて。
 手放しに贈られる、トットリからの賛辞に。

 照れくさくなったミヤギは、ポリポリと頭を掻く。

 彼の出身は、東北は宮城県。
 厳しい冬場の暖房と言えば、アルコール類も含まれる(??)
 物心ついた時には、父親の晩酌の相手をしていた(!? )ミヤギであるから。
 酒にはちょっと自信があって。コレだけ空けても、殆ど素面と変わらない。

 コレで、酔ってでもいれば「トットリの可愛さには、負けるべ~vv」とか。
 バカップル振りを、ご披露できたかもしれないが。

 いかんせん。今の酒の、回り具合程度では。
 とてもソコまで、バカの壁は越えられねえべ、と。

「トットリぃ、オメ、しっかりするべ」
 ―――ミヤギくぅーんvv と。
 しなだれかかってくる、トットリの体を支え、揺すってみる。

 その傍ら。一緒に飲むのなんか、初めてだべな? と。
 ちらり、シンタローの様子を伺うと。

 彼もどうやら、酒には自信があるようで。
 顔色一つ変えずに、冷酒をぐい、と飲み干したトコロだった。

 そして。とん、と盃を置き………イチャつく自分たちに―――そんなつもりは、無いのだけれど。そう見られても、まぁ、仕方が無いと思う―――流し目をくれる。

 飛んでくるのは、果たして。
 どんなイヤミか悪態か、と、身構えるミヤギに。

 ヤケにしみじみした調子で、こう言った。

「しっかしオメーら、ホンット、仲いいよナ」

 その様子が………何だか。
 まるで、羨ましがっているように、見える自分は。
 自覚は無いけれど。少しは酔いが、回ってきたのだろうか?

 らしくない、シンタローの言葉に。はて? と思う、ミヤギの前で。
 さらに、溜息混じりに、こう問い掛けてきた。

「おまえらさぁ、うざったくねぇ? いっつも、くっついてて」

 途端に、聞き捨てならない、とでも言うように。
 ガバリと姿勢を正した『完璧なる酔っ払い』トットリが。

「だってボク、ミヤギくん大好きだわいや!!」
 ―――大好きだから。何時だって、ずっとずっと一緒が、いいだっちゃ!!!

 実に堂々とした、宣言をカマす。

「シンタローも、カッコイイと思うけども。やっぱりミヤギくんが、一番だわいや~vv」

 続けて言うと―――更に。もう一度、ことん、ともたれかかってきて。
 すりすり、と、胸の辺りになつき始める。

「ばっ、オメ、離れるべ!!」

 恥ずかしくて。思わず、押し戻そうとしたけれど。
 それを咎めるかのように、トットリは。ミヤギの手を取り、きゅっと握り締め。

「ミヤギくん、ボクのこと嫌いになっただらぁか?」

 ………半泣きで、訴えてくる。

「ボクより、シンタローの方がええんだらぁか!?」

 ………しかも、内容が飛躍している。

「―――オイオーイ。何でソコで、オレが引き合いに出されんだヨっ!?」

「すまんべー、完璧に酔っちまっただべな、コイツ」

 ………イヤソレは、見たら解るけどヨ、と。
 ポリポリ、頭を掻きつつ、一気にグラスを開けるシンタローの前で。
 更には、トットリは。

 ―――捨てないで、ミヤギく~~~んッッ!! とか。
 泣きながら、縋りついてくる。

 ………ええい、この酔っ払いめ、と呆れるが。突き放すコトも出来ず。
 「捨てるワケないべ」と囁いて。
 ぽんぽん、と軽く頭を叩いてやっていると。

 黙って、その光景を見つめていた、シンタローが。
 ―――ふっ、と。
 何かを思い出したかのように、微笑した。

 笑っているのに………どこか、物憂げで。
 目を反らせなくなる、危うさをたたえたその表情。

「………トットリって、素直だよナ」

 心ココにあらずの、小さな呟きに。
 うっかり見惚れていた、自分に気づいて。

「ま、まぁ。そうだべな」

 我に帰ったミヤギが。どぎまぎしつつも、頷くと。
 シンタローは。手の内で、冷酒グラスを弄びながら。

「………グンマも、素直なんだよなぁ………」

 ぽそり、と。
 何の脈絡も無く、そんなことを呟き。 

 ―――やはり。
 少し、様子がおかしい気がして。

 ミヤギは、その端麗な横顔を、見つめながら。
「シンタロー、おめ、何か………」
「アレは素直言うよか、アホだわいや~♪」

 ミヤギの、真面目な問いかけを、遮って。

 さすがの酔っ払い。今泣いたカラスが、何とやら。
 ケロリとしたトットリが、突如会話に復帰してくる。

「アホ! そうそう、アホだよナ♪」

 シンタローも。拭ったように、先刻までの物憂い表情を消し。
 明るくトットリに、調子を合わせたが。

「………でも、アホなコ程、可愛いって言うっちゃね~?」

 その言葉に、シンタローは。
 一瞬、口元を強張らせて………震える手で、盃に注ぐと。
 煽るように、冷酒を飲み干す。

 ―――何か。イロイロと、解った気がした。

「あー、トットリ。おめ、もう大人しく寝てるべ」

 相変わらず、一人陽気に。
 「一番トットリ。中○みゆき、歌うだわいやっ!!」とか叫びだした、困った恋人を捕まえ。
 何とか床に、寝かしつけると。

 甘えるように。膝の上に、頭を乗せてくる。

 そんな、二人のヤリトリを。
 シンタローは。口元だけに微笑を刻み、見つめていたが。 

「オレもやっぱ、独身寮に戻るかなぁ?」
 
 ………唐突な、そのヒトコトに。
 は? と。ミヤギは固まってしまう。

 とってもあっさり、言ってくれたが。
 目の前の男は。これから、ガンマ団総帥になる男である。
 ガンマ団総帥が。一般団員と一緒に、寮に寝泊りなど、許されるはずがない。

 そうでなくとも『マジック総帥と血の繋がりが無い』という、事実は―――ミヤギを含め、彼と親しい誰もが、それがどうした、クソッくらえ!! と思う事実だけれど―――軽んじられる原因となるのに。

 重要なのは、それだけではない。

 もともと『高嶺の花』と呼ばれ。
 下っ端ガンマ団員総ての、憧れのマドンナだった、シンタローなのだ。
 まして、パプワ島から戻って以来。一層、男の色気を増した彼には。
 ちょっとアブない程、熱狂的なファン―――というより、殆ど狂信者―――まで出現し始めていて。

 そんなところに、シンタローが入寮すると言う事は。
 混乱の種を、放り込むようなモノに違いなく。
 
 そんな事を解らないような、シンタローではないハズだ、と思い。
 彼の方に顔を向けた、ミヤギは。

 いつの間にやら。彼の周囲に、林立していた。
 カラになった、冷酒のビンの。その尋常ではない数に、ぎょっとする。

 数えてみると。両手の指を使っても、まだ足りない。

 ―――ひょっとして。

 こくん、と。今も、淡々と。
 盃を干した姿からは、そうは見えないのだけれど。

 ………コイツも、酔ってるんでねぇべか!?

「ミヤギくぅーん? 眠いだわいや~~~~」
「あー、ハイハイ。大人しく寝るベ、トットリ」

 らしくない、シンタローの様子が気がかりで。
 トットリの寝苦情に、つい投げやりな返事を返すと。
 それが伝わったのか。ムッとしたように、唇を尖らせる。

「………オヤスミのキスは、無いだらぁか?」

「はァ!? トッ………!?」

 言いかけた、ミヤギの唇を。ちゅっ、と。
 トットリの、柔らかい―――甘い唇が、塞ぎ。
 
 『奪っちゃったわいや~vv』とか言いながら。
 ゴキゲンに、首筋に抱きついてくるトットリを、ぶら下げたまま。
 赤面し、慌ててシンタローの様子を、窺うと。
 
「なーに、恥ずかしがってんだヨ。キスぐらい、挨拶だろーが」
 あっさりと、そう言ってくれた、が。

 ―――あの。アンタ、目ぇ、据わってねぇべか?

「じゃぁ、シンタロー。お休みのチューは?」
 更に、悪いことに。トットリは、シンタローにまで、絡み出して。

 ―――オメ、何、言うとるべッ!!??
 驚いて、ぽかんと目を見開いた、ミヤギの前。

 通常であれば、ブリザードを伴った、ケーベツの眼差しで見るか。
 虫の居所でも悪ければ。眼魔砲の一発も、カマしていたに違いないだろう、シンタローは。

「おぅ♪」

 ………止めるヒマさえ、無かった。

 エラく解りにくいが。どうやら酔っぱらっているらしい、シンタローは。
 子犬にでもするかのように、ごく無造作に。
 トットリの頬に、ちゅっと、赤い唇をくっつける。

 ―――あまりの、展開に。ただただ、言葉を失い。
 唖然としている、ミヤギにまで。

「………オマエも、する? オレと」

 言いながら、シンタローは。
 危険なほどに、至近距離まで顔を近づけてきて。

 ―――酔っとる。
 絶対っ、酔っとるべ、アンタ!!!

 ………ヘビに睨まれた蛙の気分、とは。こんな心境なのだろうか。

 シンタローは『高嶺の花』だ。

 ガンマ団員なら、恋愛感情抜きにしても、誰もが憧れと尊敬を抱いている。
 ぶちゃけ。一度でいいからお願いしたい、とか不埒な想像を回したりもする。

 しかし、ちゃんと彼のコトを見ていれば。
 その心が何処に在るのか。一体、誰のものなのか、ということは。
 やはり、ガンマ団員なら―――気付かない、ハズも無く。

 ねっとりした、脂汗を浮かべ。硬直したままの、ミヤギに。

 ―――にっこりと、シンタローは。
 シラフの時にはあり得ない、極上の笑顔を披露してくれて。

 次の瞬間。くたり、と………こちらに、倒れこんできた。

「うわ、ちょ、シンタローッ!?」

 もともと、トットリにぶら下がられていたトコロに。
 更に。シンタローに、圧し掛かられる体勢になった、ミヤギは………さすがに、バランスを崩し。

 三人一緒に、床に転がってしまう。    

「………トットリ? シンタロー?」

 恐る恐る、名前を呼ぶが。

 返ってくるのは。
 右から、トットリの。左から、シンタローの。
 すやすやと、規則正しい、寝息だけ。

 二人に、押し倒されたまま。
 ………両手に花って言うんだべか? こういうの。

 右手には、可愛い現在の恋人。
 左手には、かつて憧れていた、特別な美人。

 ―――もの凄くオイシイ、シュチュエーションだ、とは思う。

 思うけれど。

 苦笑して、ミヤギは。
 何とか、二人の間から抜け出すと。

 さて、どうしたものか、と。
 つくづくと、眠る二人を見ながら、腕組みをする。

 ―――トットリだけなら。オラのベッドに、運んでやったらいいんだべが。

 しかし、シンタローを。このまま、放っておくわけにもいかない。
 ガンマ団次期新総帥に、風邪なんか引かせたら。数多のファンに半殺しにされかねない。
 だからと言って、三人で一緒に寝るなど、論外だ………自分が、眠れるハズも無い。

 しばし、悩んでいると………突然。
 真夜中の静寂を破り、玄関チャイムが、鳴り響く。

 ―――あ。やっぱ、来たべ。

 大きな安堵と………少しの、落胆。

 この場合。こんな非常識な時間の訪問者といって、真っ先に思いつくのは。
 急ぎ足で玄関に向かい、ドアを開くと。

「やぁ、こんばんは。遅くにすまないね」

 予想通り、ソコには。
 爽やかな笑顔を浮かべた、金髪の紳士が立っていた。

「………マジック総帥」

 後、少しだけの期間。自分の直属の上司である、青の一族の長。
 部下とは言え、一介のガンマ団員でしかない自分のトコロに。
 彼が来る理由と言えば、たった一つ。 

「シンタローが、お世話になってるみたいだね」

「あ、ハイ………」

 どうして、ココが解ったのだろう、と思ったが。
 愚問だったべ、と。スグにその思考を打ち消す。

 本当の所、シンタローは。
 アラシヤマのコトを笑えないぐらい、友達が少ない。
 だが、もちろん。アラシヤマのソレとは、かなり事情が異なる。

 誰をも引きつける魅力を持つ、シンタローだ。
 友達になりたがっている輩は、掃いて捨てる程、いるけれど。

 ガンマ団総帥の長男、という自分の特殊な立場を考慮してか。
 彼は敢えて、士官学校でも………ガンマ団内でも『特定の友人』というものを作らなかった。
 もちろん、誰とでも挨拶ぐらいはする。
 話し掛ければ、返事もしてくれる。気が向けば、雑談に応じてくれる。

 しかし、一定の場所で、しっかり線引きをされ。
 それ以上は、誰一人踏み込ませてもらえなかった。

 自分にしても。あの島へ、行くまでは。
 こんな風に、シンタローと家で飲む事になるなど、想像さえしたことがなかった。
 
「ええと、上がられますか? 奥で酔っ払って、潰れ………」

「コラ、ミヤギ。誰が、潰れてるっつーんだヨ?」

 背後から、唐突に声がかかり。驚いて振り向くと。
 
 ソコに。先程までの、ぐでぐでっぷりは何処へやら。
 玄関先のヤリトリを聞きつけ、目が覚めたのか。
 急に、シャキッとなったシンタローが、立っていて。
 
 ………あ、あれ?
 
 戸惑って、首を傾げるミヤギの前で。
 マジックは、ニコニコとシンタローに手を差し伸べ。

「遅いから、迎えに来たよ。シンちゃんvv」

「ヤなこった。オレは、コイツと一緒に暮らすんだよッッ!!」

 ―――――はぁぁぁぁッッ!!?? アンタ、何ば言うとっとねッッ!!??

 ミヤギは、仰天のあまり。一時的に博多弁で思考してしまう(何故?)

 ………多分、本人的には。
 先刻の『独身寮に戻ろうカナ?』の延長で、他意は無いと思う、けれど。

 ―――あまりに恐ろしい、爆弾発言である。

 マジック総帥の表情は、一応ニコヤカなままだが。
 しかし、その両の秘石眼が。いつ不吉な色に煌くのか、気が気ではない。

 どうやらシンタローは、心配性の父親の来訪に。
 条件反射で、いつも通り振舞おうとしているようだが。

 ………でもやっぱり、酔ってるんだべなぁ、と。
 しみじみ、思いつつ。

「………頼むから、大人しく帰るべさ、シンタロー」
 ――――オラとトットリの命が、危なぐなるべ。

 ミヤギは、その背後に回ると。
 シンタローの体を、マジック総帥の方へ、ぐいぐい押し出す。
 『親子喧嘩』という名の。痴話喧嘩に巻き込まれるのだけは、勘弁である。

「オイ、ミヤギ!? てめ、何………」

 普段であれば、自分よりずっと強いはずの、シンタローだが。 
 酒で、ヘロヘロになっているおかげだろう。
 ちゃんと、マジック総帥の手の届く位置に、連れて行くことが出来た。

「いーから。今日は、帰るべっっ」
「いや、ご協力ありがとう」

 来た時からまったく同じ笑顔で、礼を述べるマジックは。
 力の入っていない抵抗をする、シンタローを。しっかりと腕の中に抱え込む。

「てめ、離せって!!」
「ハイハーイ、シンちゃん。こんな時間に、他所様のお宅で騒ぐのは、非常識だよー」  
「シンタロー、ちゃんと二人で話し合いしたら、また来るベ」
 ―――そん時ゃあ、コージもアラシヤマも呼んどっから。あの島ぁ肴に、みんなで飲むべ?

 必死の、ミヤギの説得に。
 ふぅぅ、と息をついたシンタローは。

「わぁったヨ、帰るヨッ!!」

 マジックの手を振り払い、邪魔したナ、と玄関から出て行く。

 その後に続こうとした、マジックに。

「あのっ、オラには!! トットリっちゅう、恋人がお………」
 情けないけれど。引きつったまま、イイワケをしかけるが。

「ああ、そうそう。トットリに、ありがとうと伝えてくれるかい? キミにも。これからも、シンタローをよろしく頼む」

 ソレを途中で遮り、彼は。
 ニコヤカにそう言って、悠然と退去していった。


 ―――正直、相当驚いた。
 まさか、あのヒトが。そんな事を言うなんて、思ってもみなかったから。

 はぁぁ、と。大きく息を付き、ミヤギは玄関に座り込む。

 ………ちぃっと、惜しかっただべか? とか。

 シラフのトットリに聞かれたら、首を締められかねないことを。
 チラリ、と思って。

 慌てて左右に、首を振り。不埒な想いを、打ち消してみた。



此処に、在れ (後)




「シンちゃん~? 家はそっちじゃないよ、コッチだよー」

 ―――チッ、もう追いついて来やがった!!

 予想以上に早く、追いついてきた父親に。
 力一杯、舌打ちをカマし。

「引っ張ンなよッ!!」
 シンタローは、うざったそうに。
 まとわりついてくる、マジックの手を、払いのけようとするが。

「だーめ。ていうか、引っ張ってません。シンちゃんが、フラフラしてるだけ」
 ―――まったく。飲みすぎだよ?

 しっかり握られた腕は、離れる事無く。
 挙句………マジックのクセに。そんな偉そーな説教まで、カマしてくれて。
 
 ムッとは、したけれど………頭の芯が、ボーっとしていて。
 あまり、気の効いたイヤミが、思い浮かばない。

「酔ってねェよ、あれっくらいで………うぉぉをッ!?」

 それは。
 何とか振り解こうと、身を捩った瞬間の、惨事。

 ―――いわゆる、前方不注意により。
 シンタローの片足は、その辺に転がっていた(今時とっても珍しい)ブリキのバケツに。
 ズボォッ!! と。ものの見事に、ハマってしまい。

「………シンちゃーん? 大丈夫かーい??」
「何で、こんなモンが転がってんだヨッ!?」

 更に、悪いことに。
 あまりにジャストサイズに、ハマり込んだ為。
 足を振り回しても、一向に抜ける気配は無い。

「クソッ、抜けねーじゃねぇかよっ!!!」

 仕方なく、座り込み………懇親の力で、引っ張ってみても。
 溶接でもされたかのように、どうしても足から離れてくれない。

「シンタロー? パパが、手伝ってあげようか??」

 呆れたように掛けられた、マジックの言葉に。
 ピクリと反応した、シンタローは。

 ―――コイツに助けてもらうよりは、と。

 すっく、と立ち上がると………ガシャコン、ガシャコン賑やかな音を立て。
 片足をバケツに突っ込んだままの、とっても間の抜けた姿で。
 真夜中の住宅街を、再び歩き出す―――いわゆる『歩く騒音公害』である。

 どうやら。靴を脱げばいいという、ごく簡単な解決法さえ。
 思いつかない程、酔っているようだ。

「………しょうがないねぇ」

 ひょい、と。いきなり、シンタローの視界がせり上がり。
 気がつけば、マジックの腕の中。
 その身体は。父親の右肩にもたれかかるように、担ぎ上げられていた。


 ―――固まっていたのは。ほんの、数瞬。


「降ろせよっ、バカマジックッッ!!」
「あはは、シンタロー。こんな夜中に騒ぐと、ご近所に迷惑だぞ?」
「うるせぇっ、離せってッッ!!!」

 じたじたと。
 相変わらず、どこか現実感の無いままに。
 降ろせ降ろせと、騒いでいると。

「もー、シンちゃんたら。あんまり騒ぐと、お姫様抱っこに変えちゃうゾー?」

 あはははと笑う、マジックのその声に。
 正真正銘の、本気が感じられた為。

 シンタローは。思わずピタリと、固まってしまう。

 コレだけ息子が成長しても。衰えのおの字も見せない、人間離れした父親は。
 その重みを、まるで感じていないかのように。
 平然とした表情で、スタスタと歩を進める。

 ―――幼い頃。
 どこへ行くのも、こんな風に抱えて連れて行ってくれた。
 
 まるであの頃の、再現のようだ、と。奇妙な既視感に、浸っていると。

「………あのね。夢だよ、コレ」
 
 ポソッと。マジックが、そんな突拍子も無い事を言い出す。 

「はぁ? 夢なワケねぇだろっ!!」
 ―――また、何をワケの解らないコトを、と。
 シンタローは、精一杯、厳しい顔を作ろうとしたが。

 ………頭が、ボーっとする。
 ―――思考が、纏まらなくて。

 考えた端から、霧散していくこのカンジは。
 確かに、夢の中にいる時と、よく似ている。

「夢だって………痛くないから、つねってみなさい」

 その言葉に、シンタローは。
 ぎうううぅぅぅッッッッ!!! と、力一杯―――――――― 『マジック』を、つねってみた。

「………う。い、痛くないともッ!!」

 思い切り頬を、引き伸ばされて。
 結構、オモシロイ顔になった父親は。

 微妙に、涙目だけれど―――きっぱりと、言い切って。

「痛く、ねぇのか………つまんねー」

 呟いて。ぱすんと、その肩口に顔を埋める。

「だ、だからね、シンちゃん………全部、夢なんだから。何言っても、いいんだよ」

 ―――染み入る、声。優しい、声。

 随分昔に、無くしてしまった。
 大好きだった『誰か』の声。

 ―――ああ、でも。誰だったっけ…………?
 
 シンタローは、目をつむったまま、ぼんやりと。
 伝わってくる体温を『まるで現実のようだ』とも思う。

「………夢、なのか?」

 ―――しんどい。眠い。ダルイ。

 『誰か』の体温に、身体を預けたまま。
 唇だけを動かし、そう問いかける。

「そう、夢だよ。明日になったら、シンタローは、みんな忘れていいから」

 ―――コイツに弱みを見せるのだけは、死んでもイヤだ。
 でも。コイツって『誰』だっけ?

 霞んでいく頭で、ぼやぼやと思いながら。
 泣きたくなるほど、優しい囁きに。心は、揺れる。

 ………夢、だったら。
 全部。何もかも、夢だというなら。

「………何で、オレなんだ?」

 気になって、仕方なくて。
 どうしても聞けなかったコトを、聞いてみたのに。
 相手は、答えない。

 ―――不安が。むくりと、姿を現す。

「アンタの息子は、グンマだ。オレじゃねぇ」

 吐き出すように、そう続ける。

 ―――彼が、次代に譲るべく。
 努力して、築き上げてきた………その総てのものを、正当に受け継ぐべきは。







 一緒に、暮らし始めて。
 実際、今まで気が付かなかったコトが不思議なほど。
 『グンマ』と『マジック』は、良く似ていた。

 父親の末弟のハーレムは『変態以外の共通点が無い』と、笑うけれど。

 例えば。ふとした仕草や、表情。
 言葉の、僅かなアクセント。瞬きのタイミング。
 趣味の傾向や、モノの見方。
 
 相似性を見つける度に、苛立ちは募り。  

 ―――シンちゃんと一緒に暮らせて、本当に嬉しいナvv と。

 素直な笑顔を向けられる度、打ちのめされる。
 
 自ら望んだコトでは無くとも。
 自分は―――父も母も、彼らと過ごす筈の幸福な時間も―――その総てを、奪って。
 のうのうと、生きてきたというのに。


 ………ぽたり、と雫が落ちる。
 その正体が何なのかは、考えたくなかった。 



「………オレじゃ、ないだろ?」

 ………最も濃い、遺伝子を受け継いだのは。オレじゃ、なかった。  
 
 本当なら、もう。
 自分は、ココにいるべきでは、無いのかもしれない。

 ニセモノだ、と解っても。
 バカみたいに、愛してくれる………優しいヒトの為にも。 
 離れなければ、ならないのかも知れない。 



 ―――でも、ココには。コタローがいるから。

 それに………優しい、あのヒトは。
 青の一族を束ねる、至高の存在は。

 一族を捨てるコトだけは、けして、出来ないであろうから。



「………なァんだ、そんなこと?」

「そんなこと!? そんなこと、で済ませられるようなコトじゃ、ないだろうがッ!!」

 散々、悩んでいた事を。あっさりと、片付けられて。

 一気に、頭に血が上り―――同時に。
 ぼやけかけていた意識も、回復する。

 ガバッと、身を起こし。
 抱えられた自分より、下にあるマジックの顔を見下ろす。

 いつもは、微妙に上にある目線が。
 今は、ずっと下にあることが。少し不思議な気がした。

 その、シンタローの視線を受け。マジックは、ニッコリと笑う。

「だって、ねぇ? みんな、シンちゃんがいいんだよ。ミヤギもトットリも、とても喜んでいただろう?」

 ………やりたいコトが、ある。
 それは、マジックにも告げていた。
 
 ―――だったら、ココですればいい。
 彼は、あっさりと、そう言って。
 
 彼の息子も、賛成!! と手を叩いてくれた。
 
 ………今まで、ヒトコトだって、グンマは。
 総てを奪ったオレを。責めるようなことは、言わなかった。

 それが―――苦しかった。


 シンタローの、食い入るような視線を感じながら。
 ゆっくりと、マジックは喋り出した。

「私は、欲張りだからね」

 そんなコトは、とうに知っている。
 自分の前では、いつも。
 バカみたいに甘い『父親』だったけれど。
  
「グンちゃんがいる、キンちゃんもいる。コタローも、いずれ目を覚ますだろうね」

 ―――他の人間に対し。
 どんなに、冷酷に振舞っていたか。
 どれほどの非道を為してきたか。

 そんなコトは、知っている………なのに。



 ―――ヒトとして、生まれた。

 刻まれた本能のままに、恋をした。
 打算でそれは、愛になり………やがて、憎しみになったけれど。

「それでも、シンタロー。おまえがいなければ………私は、満たされないんだよ」

 ―――結局は、この腕の中にいる。
 
「………ふーん」

 再び、マジックの肩に顔を埋める。
 瞳から、零れる。
 止まらなくなった、熱い雫を………見られたくはなくて。

「それに大体、シンちゃんは。プライド高くてワガママで、その割にヘンなトコが抜けてて………」
「オイ。ケンカ、売ってんのか?」

 突然、ガラリと調子を変えて。そんなコトを言い出した、マジックに
 ムッと、するけれど。まだ顔を上げるには、少々障りがあって―――言葉でだけ、凄んでみると。

「とーんでもない。褒めてるんだよ?」
 ―――そんな、シンちゃんだから。みんなが、目を離せなくなる。

 囁きと共に。
 シンタローの身体を支えていた腕が、急に緩んで。  

「うわっ!?」

 そのまま滑るように、地面に両足をついてしまう。

「降ろすなら、そう言………ッ!?」

 突然降ろされた、シンタローの文句は。
 マジックの唇により、遮られた。

 抵抗しようと。とっさに、突き出した腕は。

 奪うように、激しく貪られる口付けに………スグに、力を失い。
 まるで、縋っているかのように。彼のシャツの胸元を、握り締める形となる。

 ガクガクと膝が、不安定に揺れ………やがては総ての重みを、背中に回されたマジックの腕に委ねて。
 
 すっかり力の抜けた、シンタローに。満足げな、微笑みを浮かべ。
 マジックは、いったん唇を離すと――――今度は。

 幾度も幾度も、角度を変えて。
 シンタローの頬に、瞼に、唇に――――慈しむような。
 優しい、触れるだけのキスを、降らせていき。

 ―――解放された、時には。
 シンタローの内から。ここの所、ずっと離れる事の無かった。
 ワケの解らない、焦燥や不安や、もどかしさが………ウソのように、静まっていて。

「こういうキスは、グンちゃんやコタローとはありえない。シンタローとだけだ」

 吐息が触れる距離で。
 ニッコリと、笑うマジックに。

「『息子』とは、フツーはしねぇからな」

 くったりしたまま。皮肉をこめて、言ってやったが。

「ヨソはヨソ、ウチウチ。ウチは、長男とはするんだヨ」

 ………何かもう、眠いし。
 言い返したりすんの、面倒臭せぇや―――そう思って。

 あっそ、と。素っ気無く、答えると。
 
「シンちゃんも、パパとだけって言ってvv」
 ―――言って言ってvv ねぇ、言ってvvv

 とか言いながら、再び抱き上げられた。

「~~~~~~ッ、言うわけねぇだろ、バーカッッ!!」

 すぐ下にある、金色の頭を。ぽかりと一発、殴ってやると。

 はっはっはっ、と明るく笑いながら―――殴られて喜ぶなよ、ヘンタイか!? イヤ、ヘンタイだけど、コイツ―――マジックはシンタローを抱えたまま、歩き出し。
 
 だから、勝手に運ぶなよナ、と。
 通常であれば、ゼロ距離眼魔砲あたり、カマしてやるのだけれど。

 ―――まぁ、ラクだから………運ばせてやるか。何かコレ、夢らしいし?
 
 正直。もの凄く、眠くなっていて。
 夢の中で眠ると、どうなるんだろう―――他愛も無い事を、思いつつ。
 
 シンタローは、マジックの肩に顔を埋めた。 


 ―――温かい。


 ………気持いい。


 心地よい、安心感に包まれて。
 ゆらゆらと揺られながら。


 ―――幼い頃の。幸せな夢を、見た。



*********


 目覚めれば。何だかやたらに、気分が良かった。
 ずっと、つっかえていたものが取れたような、不思議なカンジ。

 ベッドに手を付き、身を起こす―――その指先に。
 温かな、体温を感じ。
 
 シンタローが、視線を落とした先には。
 マジックが、寄り添うように眠っていた。

 ―――ええと。昨日は………イラついた挙句、グンマ達とケンカして。公園で頭冷やしてたら、トットリと会って、ミヤギん家で酒盛りして………。

 そこから、ふっつりと記憶が無い。

 ―――ミヤギん家のワケねぇよな、オレのベッドだし。オヤジがいるし。どうやって、帰ったんだっけ? オレ………。

 顔をしかめつつ、首を捻って。モヤモヤしたものが、形を結ぼうとした、瞬間。

 ―――夢だから。忘れて、いいんだよ?

 突然、脳裏に。そんな囁きが、閃いて。
 次の瞬間、総てが霧散する。

 ………まぁ、いいか。忘れるぐらいなら、大したコトじゃねーんだろ。

 肩を竦めたシンタローは。
 再び、傍らで眠る父親の姿を、見つめてみる。

 起きていてさえ、五十過ぎにはとても見えないのだけど。
 圧倒的な圧力を誇る、両目を閉じていると。
 それよりも更に、若く見える。

 張りのある頬に、片手で触れて………シンタローは。
 そっと自らの顔を、近づけていく。

 ―――唇が、触れるか触れないかの、寸前。

「………テメ。タヌキ寝入りしてんじゃねーぞ、マジック?」

 その耳元で、呟けば。
 
「………バレた?」

 ぱっちり、蒼い瞳を開いて。
 悪戯を見咎められた、子供のように。マジックは、笑った。

「見え見えなんだっつーの。んで? 何で、ヒトのベッドに潜り込んでんの、アンタ?」

 何故だか今朝は、気分がイイので。
 いちおう、イイワケぐらいは聞いてやるか、と尋ねると。

「え!? あ、その、ゆ、昨夜………」
「昨夜ぇ?」
「………うーん。昨夜ね、シンちゃんが帰ってきて『一人じゃ眠れないから、一緒に寝てvv パパvv』って…………」
「―――言うわけねーだろッ、眼魔砲ッッ!!!!」

 せっかく、譲歩してやったにも関わらず。 トコトン悪趣味な、冗談をカマされ。
 シンタローは、結局。お約束通りの、眼魔砲を放っていて。

「―――チッ、避けンじゃねぇ、家が壊れるだろーがッ!!!」
 見事に開いた、扉の大穴に―――かなり本気で、文句を言う。

「シンちゃん、無茶言わないでヨッッ!! 避けなきゃパパ死んじゃうでしょ!!??」
「嘘つけっ!! これっくらいで死ぬようなタマかよッ!?」

 父と息子が、朝っぱらから。命がけの漫才を、繰り広げていると。

「あっれー、シンちゃん、おとーさま。帰ってきてたのー?」
 その騒ぎを聞きつけた、グンマが。
 扉に穿たれた、くすぶる大穴から。ヒョイ、とこちらを覗き込んできて。

「朝っぱらから、団欒ですねぇ」
 その後から、しみじみと、ドクター高松。

「そうか、コレが団欒なのか………」
 真剣に感心して頷く、キンタローと。一気に辺りは、賑やかになる。

「イヤ、違げぇから、絶対ッッ!! つーか、ドクター!! アンタまた、グンマに添い寝しに来てたのかッ!!??」

「おはよー、グンちゃんキンちゃん♪ スグ、朝ゴハンにするからね~」
 そのスキに、マジックは。そそくさと、シンタローの傍らを通り過ぎて行き。

「―――ッ、マジックっ!! まだ話は、終ってねーぞッッ!!??」

 誤魔化されるかっ、と。大声を上げた、シンタローに。
 振り向いて、ニッコリと笑う。

「そうそう。甘えんぼのシンちゃん、可愛かったヨvv」

 ……………………………………………………………はぁあぁ!!??

「ええ~っ!!! おとーさまダイターンvvv」
「オヤ、おアツいですねぇ」
「そうか、良かったな」
 
「~~~~~~~~~~ッッ!! 全員ッ、ぶっ殺すッッ!!!!!」


 爽やかな、朝の一時。
 親子・従兄弟揃いぶみの、絢爛豪華な眼魔砲の饗宴が始まり。

 やがては、会議に迎えに来た。
 (こういう時だけ、ピッタリ気の合う)血縁の、美形の双子により。
 全員、大目玉を食らわされ―――お尻ペンペンの罰を受けたとか、受けなかったとか(さて、どっちでしょう?(笑))





******************













 ―――私の為に、生まれた
 
 一目見た瞬間、捕われた
 失えば、生きていけないとさえ思った
 

 ………また、この腕に戻ってきてくれた


 これ以上は、何もいらない
 どうか、この
 目の眩むような、幸福の日々よ


 此処に、在れ

 永遠に、在れ――――――











○●○コメント○●○
 五月様へ。大変お待たせいたしました。
  「マジシンでパパに甘えたいシンちゃん」………なんですか、コレ???(←ぎ、疑問系!!??)
 初!! アンケにご回答頂けた、余りの嬉しさに。
 無理矢理、リクエストをねだった挙句、二ヶ月もかかり、主旨解ってとんのか!? というシリアスなんだかギャグなんだか、しかもミヤトリミヤなんだかマジシンなんだか。
 そもそもテーマさえ、カスってるのかどうなのか…………あ、あはははははは~~~~~~(x_x;)シュン

 カウントリクやってないのは、出し惜しみしてるワケではなく。
 単にトロくさい上文才が無いから、というのを暴露してしまいましたですー、ハハ…………ゴメンナサイ(T^T)

 補足。誕生日から言えば、グンちゃんが長男のハズなんですが、入れ替わってるんですよね…………?? だったら、キンちゃんが長男、あ、でもキンちゃんは従兄弟。そもそも、公式データの誕生日は、入れ替わった後の誕生日? 戸籍上の誕生日? とか、悩んだ挙句。
 だってアーミンワールドだしvv タンノパパ、アワビだしvv とか、無茶苦茶な言い掛かりで、シンちゃんを長男にしてみましたvv
 大変なお目汚し、失礼致いたしましたm(._.)m ふかぶか。











pms

ウェディング・ウォーズ!!(前)




 小さい頃―――特に、オンナのコなら。
 大概、一度は。親に訴えたコトが、無いだろうか?

 ”どうして○○○って名前をつけたの? もっと、×××のが良かったのに” 

 ○○○には、自分の名前。
 ×××には”可愛い”でも”キレイ”でも、何でもスキな表現を入れて欲しい。

 ………そして”彼女”。
 ガンマ学院理事長マジックが、異様に溺愛する一人娘の場合は―――こうだった。

「何だって、シンタローなんて名前、つけやがったッッ!! もっと女らしい名前、思いつかなかったンかよッッ!!!」

「えー。だってパパ、あんまり日本人の名前に、詳しくなかったし。最初の子供には”タロー”って付けるといいって、聞いた事あったからぁ………」

「そりゃ、オトコの話だろ~~~~~がッッ!!!」

 ………そう。この、非常識オヤジ。
 可愛い可愛い、最初の娘に―――よりにもよって”シンタロー”なんて名を、つけやがったんだっっ。

 大体、母親も母親である。

 何だって、反対してくれなかったんだ、と。
 幼き日のシンタローは、もちろん詰め寄ってみたモノだが。

 ――― 一体、ドコが良かったのか。
 このヤッカイ極まりない親父に、ベタぼれだった彼女は。

 『パパの付けてくれた名前に、文句なんてあるハズないじゃないー?』とか。

 おっとりのんびり、100%ノロケで構成された、切り返しに。
 思わず、それ以上の文句を言う気力の失せた、彼女だった。

 ………何故なら。そういう場合に、必要以上に食い下がった場合。
 その後、たっぷり三時間は。出会いから、現在の暮らしに至るまで。
 
 200%、天然ノロケで構成された『パパとママの恋物語』を、延々聞かされるハ
メに陥るので。

 ―――そんな、お茶目な母親も。
 数年前、病がモトであっけなく天に召され。

 現在、思春期真っ盛りの、シンタローは。
 言動と行動に、とかく問題の多いコノ父親と、二人暮らしなのだが。

「ところで、シンちゃん? 何だって今更また、そんな事言い出したんだい?」

「………うっせぇ。一生っ、何百回だって言ってやるッッ!!!」

 ずずずず~~~~~~っ、と。
 音を立てて、味噌汁をすすりつつ。彼女は憮然と、宣告して。

 ―――シンちゃんって、見た目は、とびっきりの美少女なのにねぇ?
 ―――まぁ、その性格では。大概のオトコがヒクのも、無理も無いだろうな。

 同い年の従兄弟どもの、昨日の言葉を思い出すと。
 改めて、ムカッ腹が立ってくる。

 『オレの性格が歪んだのは、こんな名前つけやがった、オヤジの責任だッッ!!!』との、シンタローの反論には。

 『持って生まれたもん(でしょ)(だろ)』と。
 ご丁寧にも、声を揃えて、言い切って下さり。

 ―――最後の、マトモな頼みの綱を。
 自分で切っちまった、と。彼女が気づいた時には、もう遅く。

 思わず。力一杯、タメ無し眼魔砲を喰らわせてしまった後で。
 命にこそ、別状は無かったが。二人とも、全治一ヶ月+αの大怪我。
 
 ―――包帯グルグル巻きの……なんて。絵になるわきゃ、ねーし。
 ちっくしょ、結局。あんなヤツとスル羽目に、なっちまったじゃねーか………うぜぇナ。

「ごっそさん………んじゃ、行ってくる」

 ザザッとすすいだ食器を、洗浄器に突っ込んで。
 床に転がしてた、学生鞄を取り上げると。

 シンタローは背中越し、父親に手を振って。
 そのまま、玄関に向かおうとしたのだが。

「待ちなさい、シンタロー」

「………んぁ? ぁんだヨ」

 イキナリ、そう呼び止められ。
 目一杯不審そうに、面倒臭そうに、顔だけ振り向いた。

 ―――コイツがオレを『ちゃん』外して、呼ぶ時にゃ。
 後に続く台詞は、どうせロクなもんじゃねぇんだよナ。
 
「パパに何か、隠し事をしていないかい?」

「あぁ、してるぜ?」

 ―――キッパリ、と。
 何だ、そんなコトかヨ、と言わんばかりの態度で、言い切ってやると。

「………酷いっ、酷いよッ、シンタローッッ!!!! 母さんが死んだ時『二人で手を取り合って生きていこう』って誓ったのにッ、パパに隠し事をするなんて~~~~~~ッッ!!!!」

 よよよよッ!!! と。エプロンの裾を噛み締め、泣き喚く父親(四十代)の姿は。

 ………血の繋がりを、全面否定してやりたくなる程、見苦しい。

「うっせーなッッ!! 十七にもなった娘が、父親に隠し事ぐらい。フツーするに、決まってんだろーがッッ!!!」
 ―――つーかそもそも、どこのどいつが『手を取り合って生きていこう』なんて、誓ったんだヨッッ!!??

 勝手な作り話に憤る、彼女の前で。更にマジックは言い募る。
 
「だってっ、シンちゃん今までパパに隠し事なんか、しなかったじゃないかッッ!!!」

「してたに決まってるだろーがッッ!!! 隠し事だらけだヨッ、アンタとオレの関係なんか………って、ぅああああッッ!?」

 アホな事ばっか言ってんじゃねぇ!! と。
 ついには体ごと振り向き、怒鳴った、シンタローの視界に。
 マジックの背後に設えられた、掛け時計が飛び込んできて。

 あと数分で8時となる、その表示に。思わず彼女は、息を飲む。

 ―――そうだった!! オヤジと、悠長に早朝漫才カマしてる場合じゃ、ねぇッ!!

 今日は、彼女の所属している生徒会の、恒例早朝ミーティングの日だ。

 ………かったりぃ、と思うけれど。
 会長であるシンタロー自らが、遅刻して行くわけにもいかない。

「ヤッベェ、もう行くぜッッ!!」
「あっ、待ちなさいッッ!! ちょっと、シンちゃん、まだ話は………ッッ!!!」

 マジックの制止の声を、あっさり無視し。
 焦りまくった彼女は、くるりと身を翻すと。

「オヤジも遅刻すんじゃねーぞっ、んじゃーなッッ!!!」
「待ちな………ちょっと、シンちゃ――――んッッ!!!」

 まだ、何ごとか叫んでいる、彼を置き去りに。
 シンタローは、自宅から徒歩十分の学校へと。
 プリーツスカートの裾を乱し、猛ダッシュをかける。

 才色兼備、文武両道の誉れも高い。マジックの自慢の、愛娘の姿は。
 あっという間に、見えなくなり。

 しなやかで眩しい、その後姿を
 ただ呆然と、見送ることしかできなかった、マジックの胸の内に。

 モヤモヤとした不安が、頭をもたげてくる。

 ―――だぁから、よぉ? アニキ。干渉し過ぎだって言ってるだろ?

 くつくつ、と。
 マジックの、頭の片隅で。問題児の弟が、唇を歪めて嘲笑う。

 ―――シンタローは、アンタから逃げちまうかもナ?

 数日前の会話を、リフレインさせながら。
 ギリギリと、無意識に。唇を、噛み締めていた。




******************




 生徒会執行部の、恒例ミーティングは。
 毎週金曜の朝、八時からHRまでの三十分間。
 何故、こんな中途半端な”早朝ミーティング”などというモノがあるのか、というと。

 シンタローが会長を務める、ガンマ学院高等部、生徒会会則には。
 『週に一度は、執行部の全員が一同に介し、より良い活動の為に協議を行う事』という。
 代々絶対厳守とされてきた、創立以来の、決まりがあって。
 
 そして、執行部のメンバーの内。
 シンタローとアラシヤマ以外の全員が、何らかの部活動に所属している現状で。
 「放課後の定例会は、勘弁して欲しい」という、要請を受け。
 早朝ミーティングが、恒例と相成った次第だ。

 とは言っても、十二月に入った、現在。
 差し迫った決議事項も無ければ、生徒会主催の、学校行事の予定も無い。

 イベントは、あるにはあるのだが。
 『クリスマスと忘年会、併せて”クリボー”』という、終業式の後に開催される、任意参加のお気楽イベントは。

 伝統的に、派手好きでお祭り好きで恥知らずな、我が学院の理事長と校長が結託し。
 その全面バックアップの下、各教師に任命された、特別委員会主催となる為。
 生徒会執行部は、基本的にノータッチとなる。
 
 故にこの時期、定例会以外の仕事が無い。
 つまり、一言で言うと。珍しくも生徒会が、ヒマな季節なのである。

 ―――っつってもヨ。煩雑期にゃ、イヤでも毎日顔を合わせてるっつーのに、ったく。

 メンド臭くて、ショーがねぇ、と。その美麗な顔中に、力一杯殴り書きしているが。

 だからと言って、唯一の決裁権を持つ彼女が、サボってしまえば。
 そもそもこのミーティング自体、意味が無くなる、というコトを忘れられるほど。
 無責任にもなれない、シンタローである。(ちなみに。”父親譲りだ”と事実を指摘されると、激怒する)

 『生徒会執行部』と記された。木製の簡素な看板の掛かる、その扉を開けると。
 何やら”ジメッ”とした空気が、流れ出してきたが。

 しかしもう、哀しいコトに。シンタローは、すっかり慣れたもので。
 
「おぅ、アラシヤマ。おはよーさん………アレ? オメーだけかよ」

 あっさりと。その”ジメッ”の発生源である、相手に声を掛け。
 定刻ジャストに、席についているのが彼だけだったコトに。

 ―――焦って損した、とか。かなりガッカリしてしまう。

 書記のミヤギとトットリは、いつもワンセットだから。
 一方が遅れるなら、間違い無く、もう一方も遅れる。

 会計のコージは、そもそも『誰がコイツを、会計にした!?』と思うほど。
 おおらかかつ、大雑把な人間の為。
 予定時刻など、破られる為に存在する、と思っているようだし。
 
 いつもは一番乗りの、副会長キンタローだが。
 昨日、彼女に撃沈され。
 『死んじゃう~、学校なんか行けなーい』とか、喚き立ててるに違いない、グンマを思えば。
 ソレを宥めるのに、いっぱいいっぱいで。ミーティングどころでは、ないのだろう。
 
 ………ったく、キンタローはともかく。
 何だってオレの従兄弟のクセに、あんな軟弱なんだヨ、グンマってヤツは!?

 もう何十回、イヤ、何百回目になるのかも解らない。
 不甲斐のないイトコに対する、不満に。むぅ、と眉根を寄せた瞬間。

「おおお、おはっ、おは………あのっ、あのっ、シンタローはんッッ!!!」

 『ジメッ』としているのは、相変わらずだが。
 半分髪の毛に覆われた、端麗な顔を。うっすら上気させた、アラシヤマに。
 そう、声を掛けられ。

「あぁ? ァんだよ?」

 爽やかな朝に、全く似つかわしく無い。
 妙にギラついた、熱っぽい視線で見つめてくる彼に。
 『妙なコトしやがったら、三秒で静めンぞ!?』という気迫を込め。
 シンタローが、睨みつけると。

「あ、そのっ、ゆ、昨夜のコトなんどすケド………」

 ―――避ける事が出来ないのは、解っていたけれど。
 ギリギリまで、ソッとしておいて欲しかった話題を持ち出された。

「………あー、アレね。まァ、よろしく頼むわ」

 ポリポリ、頭を掻きつつ―――微妙に遠い目で、そう答えると。 

「そそそ、そのッ!! ホンマに、わてでええんどすかッ!!??」

 鼻息も荒く、ズズイッっと迫ってきて。

 思った以上に(イヤ、コイツだし。ある程度は、想像してたんだけどヨ?)過剰な、アラシヤマの反応に。

 シンタローは、早まったかナ、と早くも後悔を始め。
 なるべく目を合わすまい、と。
 明後日の方向を向いたまま、思いっきり本音で呟く。

「………別に。オマエがイヤなら、オレは他の相手、探すケドよ?」

「―――そんなッッ!!! イヤやなんて、そんなアホなコトッッ!!! わて、喜んでシンタローはんと、ケッコン………」

「うああああぁぁ!!! 言うなッつったろーがッッ!!!!」

 ―――クソッ、やっぱコイツにだけは、持ちかけンじゃなかったッッ!!!

 慌てたシンタローが、アラシヤマに飛びつき、その口を塞いだ瞬間。
 ガラリ、と扉が開いて。ゾロゾロと、他の執行部メンバー達が入って来る。

「おはよー、だっちゃわいやー。アレ? シンタロー、何でアラシヤマとイチャついてるっちゃ?」

「オハヨだべ。何のかんの言いつつ、仲いいべなぁ、オメら」

「おう、早いのう、ヌシら!! 何じゃあ、今、『ケッコン』とか聞こえた気がするんじゃがのぅっ!!??」

 一気に、騒々しくも個性的な面々に囲まれた、彼女は。
 内心焦りまくりで、アラシヤマの首筋を締め付けつつ、ニッコリ挨拶を返す。

「おぅ、オハヨーさん。『ケッコン』じゃなくて『ケットウ』だぜ『決闘』。ワン・ツー・スリー!! ホラ、オレの勝ちぃ~~~~~!!!」

 そのまま一気に、アラシヤマの頚動脈を止め、オトしてしまうと。
 青く冷たくなった体を、放り出し。
 
「つーか、オマエら遅刻ッ! いくら開店休業中だからって、気ィ抜くな? ホラホラ、ミィーティング始めっぞ!!!!」
 何事も無かった態度で、テキパキと指示を出す。

 結局、定刻より、10分遅れのスタートだが。
 前述の通り、議題など有って無いようなモノだ。

 十二月に入った今、年間の重要行事の殆どは、終わっていて。
 本年度内の決定事項と言えば、三月の三年の卒業式の進行と、来年度の予算編成ぐらい。
 そして、そのどちらも。本格的に討議に入るのは、年が明けてからになる。

「アレ? 副会長は、どしたべ?」

「グンマの体調不良で、遅刻か休み。んじゃ、トットリ、始めてくれ」

「あ、えっと。来年度の予算案と、後、学院側から『冬季休業前の風紀の乱れ』についての対策だわいや」

「…………風紀の乱れぇ? 校長が言ってんのかよ。そもそも、この学院、理事長と校長の存在自体が、風紀乱してるだろっつーの」

「ワレ、相変わらず身内にキッツイのぅ………。ワシなんか、妹のウマ子がもぅ、可愛ゅうて可愛ゅうてvv」

「オマエの妹自慢は、聞く耳持たねぇ!! 後、学院内でオレの身内の話、すんな!!!」

 無遠慮な、コージの言葉に。
 むぅっ、とシンタローは。唇を尖らせ、その内容を全否定してやるが。

 そんな、表情をすると。
 普段『凄まじい美人』とか『息を飲むほど美しい』などと評価される、彼女の容姿は。

 ………意外な程、歳相応の『微笑ましくも、可愛らしい』印象となる。

 そんな表情を、垣間見る事が出来るのは。
 彼女が”身内”と認めている、ごく限られた人間だけなのだが。

「………今更隠すだけ、無駄だべ?」

「もうみんな、知ってるだっちゃいやー」

「うっせぇ!! だから、尚更思い出させるなっつてンだッ!!」

「あははは、無駄な足掻きだっちゃね、シンタロー」

 邪気が無い分、トットリのコメントには、殊更に腹が立って。
 人生最大にして、最悪の悩みを。
 アッサリ”無駄な足掻き”で片付けられてしまった、彼女は。

 相変わらず、呑気に床で伸びている”アラシヤマ”を、腹立ち紛れに蹴り上げた。

「………はッ!!?? な、何どす!!??」

「テメ、イツまで寝てんだヨッ!! とっくにミーティングは始まってンだぜッッ!!??」

「ひぃぃぃっ、シンタローはんっ、かんにんどすっっ!!!」

「ほいで、ミヤギ、トットリ。風紀の乱れいうたら、具体的に何じゃあ?」

 完全なる八つ当りを始めた、シンタローだったが。
 この場の全員、このテの光景には慣れている為。
 何事も起こっていないかのように、ミーティングは続く。

「ホレ、もーすぐクリスマスだべ? 毎年この時期、まとまった金欲しさに、学院側の許可の降りねぇ、イカがわしいバイトに精を出す輩が、多いらしいべ」

「生徒会の方でも、各部の部長連に通達して、取り締まりを強化するようにって。校長からの、指示だわいや」

「ほーぉ、校長からの、のぅ………」
 ―――理事長ならともかく、”あの”校長がのぅ………?

 不思議そうに、仕切りに首を傾げるコージの姿に。
 つい、八つ当たりの手を止めてしまった、シンタローは。
 気づかれぬよう、小さく舌打ちをする。

 ~~~~~アノ、どーしようも無ぇ親戚、自分も片棒かついてやがるくせにッッ!!!

「シンタロー、どしたべ?」

 急に大人しくなった、彼女に。不思議そうに、ミヤギが問い掛け。
 彼女は、不自然な程の力を込め、左右に首を振った。

「何でも無ぇっ!! よし、ミヤギ、トットリ。部長会に回して、ソレゾレに言い含めるようにしといてくれ。後、何か具体的な対策が有れば上げて来いってな」

「………あのぉ、シン………ひっ!!」

 おずおずと、口を開きかけた、アラシヤマだったが。
 彼女が、キッと鋭い視線を投げかけ。
 
「………何だ? 何か、意見でも有るのかヨ?」

 言葉とは、裏腹に。
 余計なコト、一言でも洩らしやがったら、ブッ殺す!! という。
 無言のメッセージが、伝わってくる。

 大変に凄惨な笑顔で、シンタローに応じられた、彼は。

「いいいい、いえ、そんな、滅相もありまへんッッ!!!」

 ビビりまくって、大慌てで首を左右に振り立てた。

「他に意見ねぇかッ、ねぇなッ、んじゃHR始まっから、解散ッッ!!!」

 一刻も早く、この議題から遠ざかりたかった、彼女は。
 やや(かなり?)強引に締めくくると。
 唖然としている、他のメンバーを他所に。

 コノ場に置いておくと、絶対に余計なボロを出す、と。
 自信を持って断言できる、アラシヤマの首筋を、引っ掴むと。

 じゃあな、と手を振り。
 ”ソレ”を引きずったまま、生徒会室から出て行く。

 そんな、彼女の。
 思いッ切り不自然な、その態度に。

 ………ウチの王女様ときたら。相変わらず、隠し事が下手だ、と。

 残された、執行部メンバーは。
 苦笑混じりに、顔を見合わせた。




 ――― 一方。
 人気の無い階段下に、アラシヤマを引きずり込んだ、シンタローは。

「シ、シンタローはんっ、わて、そんなっ!! まだ、心の準備がッッ!!」
「どアホウッッ!!! んなややこしい準備いらんわっ、大体、式は放課後だっっ!!」
 寝ぼけたコトをほざく相手の耳元で、声を潜めて怒鳴りつける。 

「あああっ、夢のようどすっvv シンタローはんとケッコ………」
「だから、言うな、つッとろーがッッ!!!」

 ………ダメだ、とてつもなく不安だ。 

 ドコまでも舞い上がっていく、アラシヤマを尻目に。
 本気で彼女は、自分の人選ミスを、シミジミ後悔し始める、が。

 ガンマ学院の、理事長―――即ち、マジックが。
 (異常に)溺愛する一人娘の、彼女に。
 こんな話を、持ち掛けられれば。

 一般の生徒なら、まず間違いなくビビって、逃げ出すだけだ。
 あまつさえ、ソコから話が広がりでもしたら、計画は総ておじゃんとなる。

 それだけの根性と、尚且つ、自分に見合う容姿を持ち併せて。
 更に、沈黙を守ってくれる、口の堅い者、と言えば。
 ガンマ学院広しとは言え、ごく限られていて。

 もちろん、最有力候補だった、キンタローがツブれた(というか、ツブした)昨夜。
 
 アラシヤマだけは、なるべく避けたい、と。
 ミヤギ、トットリの順に、ケータイをかけたのだが。

 生憎、どちらも、いつまでたっても話中で―――二人揃って遅刻してきたトコロを見ると、二人で長電話でもしてたんだろう。つーか、オンナかョ、おまえらはッッ!!―――シビレを切らした上に、切羽詰ってもいた、彼女は。

 結局。しぶしぶ、アラシヤマに、掛けてみるしかなく。

 ―――そして。出来れば断ってくれ、という願いも虚しく。
 話を持ちかけた受話口で、ウンともスンとも反応が無くなるコト、数分間。
 
 切ってやろうか、とシンタローが思った時。

「~~~~~ッふふふふ、ふつつかものですが、よろしゅうお願いしますぅぅぅッッ!!!」

 鼓膜を破らんばかりの、絶叫が帰ってきて―――しばしの、沈黙の後。

「あーそーふーん、受けてくれちゃうのねー、ありがとー」

 はははは、と。
 思いッ切り心の篭もらない、お礼を。
 乾いた笑い声と共に、放つしかなかった。

 ちなみに、コージを外した理由は。

 ―――どう考えても、アイツの顔キズ。こういうののビジュアル的に、問題があっからなァ。
 
 ハァ、と。小さく、息を付くと。
 何とか、ポジティブな方向に思考を持っていこうと、思い直す。

 ―――まぁ、アラシヤマは。友達がいない分、万が一にも話が洩れる心配は無いし。

 扱いさえ、間違えなければ。
 オレの言う事なら何でもきく、とってもベンリーくん♪ なんだし―――ケド。
 だが、しかし。

「嗚呼、シンタローはんッッvv 最初の子供は、男の子と女の子と………」

 ―――常人を遥に凌駕する、突出した、暴走する妄想僻がなァ………。

「いーから、テメェ、もうクラスに戻れ。後、今日一日、いつも以上に誰とも口聞くな、側にも寄るな、キノコ生やしてろ」

 ………まぁ、言うまでも無く。
 普段から不気味なアラシヤマが(カオはイイのにねぇ)、コレほど紫のオーラを噴出してれば。
 フツー、マトモな神経の持ち主なら。
 半径一メートル以内には、決して近づこうとは、思わないであろう。

 クラスが別なのは、果たして幸いなのか、不幸なのか?

 この、ニヤケ切った不気味な薄笑いを、一日中見ないで済むのは、有り難いが。
 この、尋常ではない、浮かれッぷりで。妙な事、口走らない保証は、ドコにも無い。

 じ――――ッッ、と。
 本当に大丈夫か、コイツ? とか。力一杯不審げな、シンタローの視線に。

「はッ!? あ、も、もちろんどすえッッ!! こぉーんな嬉しいコト、誰が他人になんぞ教えてやるもんどすかッッ!!!」

 ………ありがとう、アラシヤマ。
 喜びを、トコトン自分一人で噛み締める。
 トコトン他人に嫌われる性格のオマエが、コレほどあり難いと思ったコトは無ェ。

 カナリ虚しい、喜びに浸ったアトで。ちょっぴり疲れてきた、シンタローは。

「まぁ、頼んだぜ。んじゃ、放課後な」
 そのままクールに、アラシヤマに背を向けたが。

「へぇvv わて、この日のコトを一生忘れませんえ!!」

 ―――シンタローはん、アイラビューンvvv

 アラシヤマの飛ばす、ピンクのハートが。
 背後から、ガンガン突き刺さってくるのを、感じ。

 ………相手、間違えた。絶対。

 自分から頼んだクセに、しみじみと。
 思いッ切りブルーな、溜息を止められなかった。



ウェディング・ウォーズ!!(後)




 ―――放課後。

 早めに部活を切り上げたコージが、生徒会執行部の部室を訪れると。

 既に。ミヤギ、トットリ、キンタロー。
 シンタローとアラシヤマを除く全員が、顔を揃えていて………+α。

「あー、コージだー。いらっしゃーい♪」

 当り前のように、関係者以外立入り禁止の部室で。まくまく、オヤツを貪っている。
 科学部部長にして、シンタローとキンタローの従兄弟たる、グンマの。
 全く立場を弁えていない、歓迎にも、もはや慣れている。

「………なんじゃあ、ヌシらも、気になったんじゃぁ?」

 その存在を気にせず、そう声を掛けると。

「まー、ウチの女王様、隠し事下手だべさ………」
「だっちゃわいや」

 腕組みするミヤギに、うんうん、とトットリは頷き。

 何のかんの言っても、シンタローは。生徒会執行部の、ただ一輪の大切な『華』だ。

 ―――否。この、オトコだらけの、ガンマ学院で。
 誇るべき、鮮やかで艶やかな、唯一の『華』と言うべきか。
 
 (実は、もう一人。少々毛色が違うものの『華』と称される生徒は、いるのだけれど。その『華』は、少々常識に外れる一派に、がっちり固められている為。基本的に、勘定には入らない)
 
「それで、副会長? 昨日の夜、何があったべ?」

「………オマエ等にも、シンタローから?」

「僕ら、電話切った後で。着信メール、十件ぐらい送られてきただわいやー」

「でも、もう真夜中だったんで、掛け直さんかったべ」
 ―――今朝聞こう思たら、それどころじゃねぇ雰囲気だっただべ?

「………ということは。アイツ、本気で………」

 トットリと、ミヤギの証言に。
 何やらキンタローは、真剣な表情で、眉を潜めていたが。

「やぁ、お邪魔するよ」

 ノックと、殆ど同時に。執行部の扉が、開かれて。

 入ってきたのは、鮮やかな金髪の、品の良い壮年男性―――この学園の”名物”とさえ言われる。シンタローの父親にして、キンタロー達の伯父たる、理事長マジックだった。
 
「あれぇ? オジさまー?」
「叔父貴………」
「理事長!!」

 各々が。思いがけない突然の訪問者に、驚いている間に。
 素早く中を見回し、愛娘がソコにいないコトを確認した、彼は。

「ココにもいないな………キミ達、シンちゃんがドコに行ったか、知らないかい?」
「いや、知ら………」

 ―――内心の動揺を、押し殺し。
 素知らぬ顔で、答えようとした、キンタローの言葉を遮り。

「シンちゃんなら、今頃、結婚式だよ?」

 啜っていたジュースから、唇を離して。
 あっさりと、グンマが口を挟む。

「「「「――――――ッッ!!!」」」」

 四人分の、声にならない悲鳴が、その場に響き渡る中。
 マジックの、端麗な顔が―――笑顔のまま、見る見る内に、凍りついて行き。

「誰が………結婚式だって?」

「シンちゃん。んっとね、今日どうしても、結婚したいんだってー」

 その部屋に流れ始めた、異様な雰囲気をモノともせず―――というより、気づいてさえいないと思われる―――ペラペラと、グンマは。
 昨日のシンタローの、不審な行動を。ストレートに、総てバラし。

 その場の誰もが、頭では、グンマの口を止めなければ、と思っているのに。

 マジックから放たれ、凄まじい勢いで増していく。
 尋常では無い、威圧感に………呼吸さえ、ままならない。

「………で、場所は?」

「えっとね、ハーレム叔父様の知り合いの、教会。多分、ホラあの、新しく出来たトコだよねぇ、キンちゃん?」

 やはり、まったく。
 自分が、メガトン級の核爆弾を投下したことさえ、気づいていないグンマは。
 殆ど病人のような顔色で、固まっている。
 従兄弟と同級生達に向かって、のーんびり同意を求めてみたが。

 その答えを、待たずして。マジックは無言の内に、踵を返す。

 運悪く、気の弱い人間が目にしたならば………絶叫を上げ、腰を抜かしそうな。
 恐ろしく獰猛な表情で、大股に歩く、彼の脳裏に。
 くっきりと甦る、弟の不吉な言葉。

 ―――案外、シンタローだって。アニキの束縛がうっとおしくて、逃げ出そうとしてるかも、ナ?

 ―――まさか!! ウチの、シンちゃんに限って!!!

 やや、心当たりがある為。
 少々、引きつりながらも………そう、全面否定した、兄に。

 ―――そうかぁ? アニキが思ってるより、ずっとカゲキだぜぇ、最近の女子高生は。そうそう、シンタロー。何かオレに『結婚式場』について、とか聞いてきてたしなァ………?

  ”シンタロー、アンタから逃げちまうつもりかもナ?”と。

 常に見られない、兄の動揺ッぷりを楽しむように………その、問題児の弟は。
 やたらに意味ありげに………そんな風に、締めくくって。

 直後に、PTAと教職員全員による会議が始まった為。
 追及の機会を失い、今日迄来てしまった。

 ―――しかし、まさか。まさか、そんな、馬鹿な話………ッッ!!!

 マジックの歩調は、次第に早まり―――やがては。
 自ら作った『廊下はゆっくり歩きましょうvv』という校則を、粉々にする勢いで。

 ウッカリ遭遇した、不運な生徒達を跳ね飛ばしつつ………人間離れした速度で、走り出した。




******************




 『荘厳』と言うには、程遠い。如何にも”式の為だけに設えました”という。
 どうにも安っぽい、教会風の部屋に鳴り響いていた、電子オルガンの音が止むと。

 何だか、フランシスコ・ザビエルに、やたらに酷似した(そういう禿げ方だったのだ)神父が。
 1980円で、フツーに本屋に売ってそうな、ありふれた聖書を片手に。
 型通りの、誓いの言葉を述べ始めた。

「………では、新郎アラシヤマ。汝は、その健やかなるときも、病めるときも………」

「誓いますえッ!!! 誓いまくりますッ、わてには一生、シンタローはんだけどすぅっ!!!」
 ―――揺り篭から墓場まで、わてらはず~~~~ッッと一緒どすえッ!!!

 興奮がピークに達しているらしい、アラシヤマは。
 神父の言葉を遮り、そんな絶叫をカマしてくれて。
 二人の後ろに居並ぶ、参列客の間から。クスクス笑いが、洩れる。

「~~~~ッッ、アホ!!! 『誓います』だけでいいって、言っただろぉーがぁッッ!!!」
 
 猛烈に恥ずかしくなった、シンタローは。
 思わずポカリと、その後頭部を殴りつけ―――すると。クスクス笑いが、ドッと爆笑の渦になり。
 真っ赤な顔で、俯くしかなくなる。

 すると。彼女の視界に、飛び込んでくるのは。
 目に痛いほど、真っ白な――――純白の、ウェディングドレス。

 形の良い、Dカップの胸から。
 キュッとくびれた、ウェストまでのラインを強調する、上半身のデザイン。

 ソレと対照的に。チュールを、幾重にも重ねたスカートは。
 ふんわりと、腰から下を覆い。身動きする度に、サラサラ揺れる。

 ―――ねぇ、ホント。なんて綺麗な花嫁さんなのかしら。
 ―――二人とも、真っ赤だぜ? 初々しくて、お似合いのカップルだよなァ?

 イヤでも飛び込んでくる、参列客の評価がイタい。

 とにかく、早く。こんな式を、終らせて欲しくて。
 シンタローは、縋るような視線を、神父に送った。
 
「………ごほん。えー、では、新婦シンタロー。汝は、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 神父の、大仰な言い回しに。自ら、望んだというのに。

 ―――言いたくねぇなァ、と。
 この期に及んで、彼女は。本気で、ゲンナリしてしまっていたが。

 言わなければ。
 いつまで経っても、このこっ恥ずかしい、晒し者状態が終らない。
 
 しぶしぶ。ハゲの神父も、舞い上がりまくったアラシヤマも。
 なるべく視界に入れぬよう、不自然に顔を反らしたまま。

 シンタローは”その言葉”を、紡ごうとした。

「………ッ、ち、誓…………」

「――――ッッ、待ちなさいッッ!!!」

 突然の、怒声―――それと、同時に。

 ガァン!!! と。凄まじい勢いで、祭壇の真反対に位置する扉が、開かれた。

 ………と言うより、外から吹っ飛ばされ。
 蝶番が外れたらしい、哀れな扉は。
 爆音と爆風を巻き上げ、内側へと転がり込んで来て。

「げぇっ、オヤジぃ!?」
「り、理事長ッ!!??」

 共によく知る、乱暴な闖入者に。
 シンタローとアラシヤマは、一緒に、潰れた悲鳴を上げてしまう。

「……………………………」

 だが、マジックは、無言のまま。
 焦りまくる二人に、冷たく光る青い瞳を、ぴったり見据え。

 固く唇を引き結び、ツカツカと硬質の足音を響かせて。

 今、まさに。
 永遠の愛を誓わんとしていた二人へと、歩み寄ってくる。

 先刻まで。文句の付けようがない、美男美女の結婚式に。
 うっとりと見惚れていた、参列客達は―――有り得ない、突然の展開に。
 固唾を飲んで、ただ、成り行きを見守る。

 祭壇の、一歩手前までたどり付いた、彼は。
 ぴたり、とその足を止め。

「………許さない」

 ―――低い低い、呟きが。その唇から、洩れた。

「ひぃっ、マジック理事長ッ!! こ、これはその………ッッ!!」 
「だっ、おち、落ち着け………つーかアンタ、何でココにッ!!?? 」
「シンタローが、おまえなどと結婚ッ!? 私は、許可をした覚えは無いッッ!!!」
 
 二人の言い訳を、遥に凌駕する。
 大音声の宣言と共に―――閃光が、走る。

 予告さえ無く、ブチかまされた。
 一片の容赦も無い、タメ無し眼魔砲。

 それは、見事に。シンタローの立っている部分だけを、避け。
 哀れなアラシヤマは、もちろんの事………気の毒な神父さえも、巻き込んで。
 
 祭壇もろとも、遠い夜空のお星様と化してしまう。



 ―――永遠にも、思えるような。耳の痛くなるような、沈黙。




 最初に我に返った、参列客の悲鳴を皮切りに。
 ほんの、数分前まで。
 メッキでしかなくとも。それなりに、荘厳な静けさに包まれていた、教会は。

 この常識外れの、闖入者への恐怖に。
 一気に、出口へと殺到する参列客達で。蜂の子を突いたがごとくの、騒ぎとなった。

「…っ……マジック、アンタ………ッッ!!」

 そんな中、シンタローは。
 よりによって、この、最も大切なシーンを。
 完膚無きまでに、叩き潰してくれた父親に対し。
 声と共に、ふるふると。剥き出しの白い肩をも、震わせていたが。

「帰るぞ、シンタロー」

 彼は、それに構う事無く。
 冷たく光る青い瞳を、ギラつかせたまま。
 娘の手を、乱暴に掴もうとする。

 ………しかし、その時。
 凄まじい激情に、駆られていたのは。

 彼女もまた、同じであった。

 とんでもない、惨状を巻き起こしてくれた、マジックに対し。
 震えながら、呆然と。瞬きを繰り返し―――ついで、青くなり、赤くなり。

 最終的に。
 父親のソレを、凌駕する怒りに捕われた、シンタローは。

「~~~~~てんめぇ、マジックッッッ!!! この、馬鹿タレ親父が――――――ッッ!!! 」

 死人さえ、思わず生き返るような罵声を放つと。
 同時に、パッと。白いウェディングドレスの裾が、翻った。

 露になった、細い………だが。
 鍛えられているが故に、メリハリの効いた、惚れ惚れするような美脚は。

 マジックの、胃の真上に。
 攻撃力+10の、高いヒールでクリーンヒットし。
 
 ゆうに、彼女の二倍はあると思われる。
 マジックの巨体は、易々と吹っ飛び―――無人と化した、客席を破壊しつつ。
 騒音と破片を撒き散らし、半ばまで埋まってしまう。

「………ぐぅッッ!!! シ、シンちゃん~~~~!!??」

「『シンちゃん?』じゃねぇだろーッ!!! アラシヤマだけならともかく、一般人を巻き込みやがって!!! 大体、どーしてくれンだよッ!? コレでバイト代、パァじゃねーかッッ!!!」

 ―――その時の、マジックの。
 整い過ぎるほど、整った。端正な顔の、切れ長の瞳を―――見事に二つ、点状にした。

 それはそれは、間の抜けた表情は………特筆にさえ、価する程で。

「………へ? ば、イト………?」

「模擬結婚式の、単なるバイトなンだョ、コレわッッ!!」
 ―――ジョーシキで、考えて。二十歳にもなンねぇ娘が、親の許可無く結婚出来るわきゃ、ねーだろッッ!!!

 憤然と言い捨てた、シンタローの指摘は。
 非の打ち所がなく、正しい。

 それでもまだ、やや状況が飲み込めない様子で。
 マジックは、覚束ない口調で呟く。

「バイトって………お金、欲しかったんなら。パパに、言ってくれれば………」

 シンタローのお小遣いなら、毎月口座に振り込んでいる。
 それも。普通の高校生であれば、ちょっと使い途に困る程の額を。

 それで足りない、と文句を言われた事も無いし。
 足りない、と言われれば。
 もちろんマジックは、最愛の愛娘の願いを(幾許かの、彼にとってだけ楽しい条件付で)聞き入れるつもりでは、あったが。
 
 同年代の女子高生より、確実に堅実な、彼女は。
 無駄な浪費をする事も無く、ちゃんと貯金までしているようで。

 さすがは、パパの娘vv と。
 そんなトコロにさえ、愛しさはいや増すばかりだった、と言うのに。

「………アンタに貰った金で、アンタにモノ買ってやって、どーすんだヨッ!?」

 真っ赤な顔のまま―――殆ど、泣き出しそうに上気した顔で、食ってかかられ。

 ………マジックは、軽く息を飲む。

 思い出すのは。数週間前に、交わした会話。

 それは、数ヶ月ぶりに顔を見た、愛娘との。
 軽い冗談で、コミュニュケーションの一環の、つもりだった。

 ―――ねぇ、シンちゃんvv パパの今年の誕生日、何のプレゼントくれるー?
 ―――ハァ!? イキナリ、何言い出すんだョ。大体、誕生日祝うようなトシじゃ、ねーだろ。

 ガンマ学院理事長以外にも、幾つかの肩書きを背負っており。何かと忙しい、マジックである。
 近年、誕生日当日。日本にいないことさえ、しばしばで。

 ………今年も、誕生日が近づいて来たなぁ、と思うと同時に。
 そういえば、母親が亡くなって―――ここ数年。
 愛娘に、自分の誕生日を祝ってもらえた記憶が、無く。
 
 ふと、思い出して。
 ちょっと、寂しくなって、言ってみた。
 
 予想通り。可愛い、シンタローの反応は。
 ブリザードのように、冷淡だったが。
 幸いにして今年は、久しぶりに、日本で誕生日を迎えられそうだと告げて。

 ――― 一緒に、ゴハンを食べようネvv と無理矢理頼み込んで。

 その場で、レストランの予約(自分で、自分の誕生日の。ちと虚しいデス)なんか、していたりしたのだけれど。
 
 ………まさか。
 本気で、プレゼントを用意しようとしてくれていた、なんて………。

「でも、何で………バイトなら、他にも………」

「アンタが、急に今年の誕生日はコッチにいる、とか言い出すからだろーがッッ!! こんな短期間でそれなりの金額叩きだすにゃ、知り合いのツテで、単発の高額バイト紹介してもらうのが一番イイんだよッ!!」

 ~~~~くっそぉ!! ハーレム叔父貴のヤツ。水商売はヤだっつったら、こんな恥ずかしいバイトばっか、紹介しやがって!!!

「………あの、愚弟に? 何で?」

「―――あの獅子舞。部下共々、顔だきゃ、やたらに広ぇからナ」

 まだ、目一杯怒っている様子の、シンタローだが。
 それでも一応、ぶっ飛ばしてやったコトで、少しは溜飲が下がったのか。

 腹立たしくてしょうがない、という口調ではあるが。
 簡潔に、ココに至った経緯を説明してくれた。

 例年どおり、メールか電報でも打って、終わりにしようと思っていたから。
 コレといって、プレゼントを用意していなかったコト。

 当日、顔を合わせるのに。
 何もナシじゃカッコが付かねぇ、と。叔父―――サービスに、相談をしたコト。
 ソコにタマタマ居合わせた、もう一人の叔父………ハーレムが。今回の、模擬結婚式も含め。
 (校長のクセに)校則スレスレの単発のバイトを、幾つか紹介してくれたコト。

「そのクセ、あのオッサン!! 急に邪魔するようなコト、言い出しやがって!!!」

 ―――それは、まぁ。
 ハーレムにはハーレムの、ちょっとした事情があってのコトだが。
 ソレはまた………別の、物語ゆえに。
 この時点でのシンタローには、叔父の行動がサッパリ解らない。

 ただ、今回の件で。
 (ロクでも無いバイトばかりとは言え、確かに収入には、文句の付けようが無いものばかりで)ちょっとは、感謝してやっていたというのに。
 再び『どーしよーも無ぇ、親戚』にまで、評価が逆戻りしただけ、のコトだ。

「じゃ、最近。あんまり、家に居なかったのって………」

 流れのままに、問い掛けながら。
 もちろん、聞くまでも無く解っている。
 自分の誕生祝いを、買うために。頑張ってくれていた、というコトは。

「あーもぉ、知らねぇョ!! 今年のプレゼントも、ナシだ。あとココの弁償、アンタがしろよなッッ!!」
 ―――くっそぉ、こんな格好までして、アラシヤマにまで頭下げたってのによォッ!!!

 ………頭を下げたかどうかは、ともかくとして。
 まったくもって、今回『骨折り損のクタビレ儲け』となってしまった、シンタローは。

 一刻も早く、この場から逃げ出したくて―――何せ、自分はウェディングドレスだし。祭壇の壁に、大穴は空いているし。参列客は全員、廊下に避難して。恐る恐る、コチラを伺っているし。

 プンプンに膨れたまま、ズカズカと式場の出口へと向かう。

 ―――目標の金額は、このバイトで達成出来るハズだったのに。

 父親の誕生日は、もう明日に迫っていたのだ。
 日払いの、バイト代を貰ったら。その足で、プレゼントを買って帰るつもりだった。
 
 プレゼントしたかったのは、新しい小銭入れ。

 恐ろしいコトに、コノ父親。
 有り余る程の、名声と権威と財力を持ちながら。

 その昔。まだ、シンタローが小学生だった頃。
 彼女が家庭科の授業で作った、チャチな小銭入れを―――タマタマ、彼の誕生日が近かった為。父親仕様で、作ってみたソレを―――未だに、後生大事に使っているのだ。

 恥ずかしいから、いい加減買い換えろ、というのに。
 ボロボロのソレを、いつまでも手放さなくて。

「あーもう、見せモンじゃねぇぞ、散れ散れっ!!」

 何やら。信じられない珍獣でも、見るかのように―――それは、そうであろう。ドコから見ても清楚可憐といった風情の、美しい花嫁が。自分の倍以上の体格の男を、ふっ飛ばしたのである―――参列客(正しくは、模擬結婚式を見学に訪れた、カップルとその家族)達は。
 未だシンタローに、視線を釘付けにしていて。

 何故ならば。
 肩を怒らせ、品がイイとはとても言えない態度で、ズンズン歩むその姿は。

 まるで、野生の雌豹のように。
 危険であると解っていても、目が反らせなくなる………そんな種類の。
 魂に刻まれるような、強烈な美しさ。

 ―――だー、どいつもこいつも、ムカつッッ………!!??

 一向に、散ろうとしない観衆に。
 シンタローが、力一杯舌打ちした瞬間。

「………ッ、わ………ッ!!??」

「はっはっはっ。皆さん、お騒がせしました。それじゃあ、私たちはコレで♪」
 ―――あ、弁償請求は、ココに回してくださいネvv

 突如、マジックは。その背後から、シンタローを抱き上げ。
 従業員らしき制服の男性に、名刺を押し付けると。

 全身に、降り注ぐ。恐怖と好奇心の入り混じった視線から、彼女を護るかのように。
 悠然と、式場に背を向ける。

「ちょっ、コラ!! アホ親父ッッ!!! 降ろせッ、つーか着替え、このドレス借り物ッッ!!!」

 あまりに唐突な、マジックの行動に。思わず、ボーゼンとしていた、シンタローは。
 
 慌てて、ポカポカその頭を殴りつけ、訴えたのだが。
 マジックは、構わず歩みを進めて。

 入り口に、横付けに乗り捨てていた車に。強引に、彼女の体を押し込むと。
 素早く運転席に乗り込んで、アクセルをふかし、車を急発進させた。

「って、ぎゃ~~~~~ッッ!!! 何てコトすんだ、アンタわッッ!!!」

 みるみる内に、遠ざかっていく建物を、振り返り。
 純白のドレスに、身を包んだままのシンタローは。
 常に無い父親の乱暴な運転に、シートにしがみついたまま、そう叫ぶと。

「花嫁奪還、成功♪」

 チラリとこちらに、視線を送り。
 とてつもなく、満たされた表情で―――ニコニコと、笑う。

「………そもそも、そーいうんじゃ無ぇョ。つーかもぉ、オレの制服~~~~ッッ、鞄~~~~~ッッ、靴ぅぅ~~~~~~ッッ!!!」

 盛大に嘆いている、シンタローだったが。
 さすがに、運転している人間に眼魔砲をブチかませる程、命を粗末に思ってはいない。

「後で、ティラミスに取りに行かせるって。それより、ねぇ、シンちゃん?」

「あぁ? ンだよ」

 完全に、不貞腐れてしまった、彼女に。
 マジックは。ウェディングドレスのままの、彼女に向かい、上機嫌に呟いた。

「プレゼント、コレがいいんだケド」

「はァ? アンタに合うサイズなんか、ねーだろ」

 おあつらえ向きに、車はオープンカー。
 まさか、こういう状態を、狙ってのコトじゃねぇだろーな、と。
 シンタローは少し、不審に思うけれど。

 ―――ともあれ、コノ父親に関わると。ホンッッと、疲れるッッ!!!

 十二月の前半なのだが。
 暖冬の影響の濃い、小春日和の日差しであり。

 何より、相当カッカきたせいで。

 ………受ける風が、むしろ、心地良い。

 ココまできたら、もうどうとでもなれ、と。
 シートにぐったり、身を沈めてみると。

「イヤ、そうじゃなくて」
 
 シンタローの。まるで解っていない、コメントに。
 ちょっと苦笑した、マジックは。
 
「このままの、シンちゃんが欲しいナ」


 ―――約束して。このままのシンちゃんで、ずっとずっと、パパの側にいてくれるって。


 改めて、そう言い直し。
 ようやく、その意味を理解した、シンタローは。

 また、コノ親父は、と。
 額に手をやり、溜息混じりに言い返す。

「アホ。可愛い娘を、行かず後家にするつもりかヨ?」

「うぅーん。孫の顔は見たいよネ………あ、じゃあ!! シンちゃんが結婚するトキには、パパも一緒についていく………って、うぅぅぅッ………ッッ!!」

「ドコの世界に、父親連れで嫁ぐヨメがいンだヨッッ!!! つーか、想像でむせび泣くな、まだ嫁いでねぇだろーがッッ!!!」

「やっぱり!! 可愛いシンちゃんを、断固としてお嫁になんかやらないからッッ!!! パパより強い男じゃないと、認めないヨッッ!!!」

「………あのなぁ、ゴジラとでも結婚しろっつーんかッ!! つーか、てめっ、前見て運転しやがれ~~~~~~ッッ!!!!」

 激しく厳しい、シンタローの突っ込みに。
 旗色の悪さを、悟ったマジックは。

「あはははvv ところでシンタロー、寒くないかーい?」

 必殺『笑って誤魔化す』を発動させ、そう尋ねてくる。

「………さみぃョ、当たり前だろッ!!」

 伊達に、鍛えているワケではないから。
 本当は、さほどでもないのだけれど………未だ、ご機嫌斜めの彼女が。
 ソッポを向いたまま、そう答えると。
 
「うわッ!?」

 バサリ、と………彼女の、頭の上から。
 父親の、赤いジャケットが降って来た。

「ハイ。コレ、着てなさい」

 運転しながら、上着を脱ぐという。
 大変に、難易度の高いワザを。
 名前どおり、手品師顔負けの素早さで披露してくれ。

 得意げに笑う父親を、ちらりとねめつけて。

「………走りながら脱がなくても、車止めればいいだろーがッ」

 ブツブツ、文句を言いつつも、シンタローは。
 
 それでも少々、肌寒さは感じていた為。
 父親の香りと………体温の、残る。
 彼女には随分大きなソレに、素直に袖を通し。

 ―――あったかい、と。
 
 無意識に、顔を綻ばせた。







 当人達(特に素直でない、片方)が、どう思おうと。

 傍目に見れば。
 充分、標準以上に仲の良い、父娘の。
 家路までの、短いドライブを。





 燦燦と。
 柔らかな初冬の陽は、降り注ぎ―――包み込む。




******************




 ウェディングドレス姿の、シンタローを助手席に。
 ハンドルを握っている、マジックの機嫌は、かなりイイ。
 
 家に着いたら、着いたで。
 着替えたいに違いない、シンタローと。
 着替えさせたくない、彼との間で。また一悶着も、二悶着もするだろうが。

 そのヤリトリを想像するだけで、嬉しくて頬が緩む。

 ―――けれど。ソレはソレ、コレはコレだ。
 青の一族、というものは。
 受けた恩義は忘れても、仇を忘れる事は、けして無いのだ。(←パパったら(^_^;))



 ………あの、愚弟め。

 家路までのハンドルを、操りつつ。

 モトモト、自分の差し金だったクセに。散々、動揺を誘う発言をし。
 狼狽する長兄の姿を、楽しんでいたに違いない。
 獅子舞に酷似した、弟の姿を思う。

 事実はけして、そればかりでは無いのだけれど―――それはやはり、別の話であり。シンタロー同様に、マジックもまた。総てを知るわけでは、無いのだから。

 実の兄はおろか、姪っ子の信用のさえ失った(つくづく、日頃の行いというものは大切である)ハーレムへの報復を、練り始めた。

 ………長兄を、舐めてはいけない。
 マジックは、ハーレムの弱点ぐらい、とっくに知っていたのだ。

 ―――年は、そう。シンタローより、一つ下。金と黒の髪が印象的な、元気で可愛い青少年。
 名は………確か、リキッドとか言ったっけ?

 古来より、ヒトを呪わば、穴二つと言う。

 ―――さぁて、どうしてやろうかナ♪ と。

 突然、鼻歌なんか歌い始めた父親を。
 当然のコトながら。
 助手席の。純白のドレスに赤いジャケット、というちょっとミョーな格好だが。

 文句無しに美しい、黒髪の花嫁は。

 ………また、何か妙なコト考えてるナ、このアホ親父。

 完全に、危ないヒトに向ける視線で。
 冷ややかに、見つめるのであった。
 








 ※追記。
 その頃の、アラシヤマだが。
 共に吹っ飛ばされた、神父に。『わてとお友達になっておくれやす!!』と頼み込み。
 丁重に、お断わりをされていたらしい。











○●○コメント○●○
 当日がムリになったので、早めにパパBDお祝いしちゃいますvv
 今年は、余裕を持って間に合いました。

 本当は「マジシン同盟」様の「パパムスメ部屋」に投稿させて頂きたかったのですが。
 当サイトがダブルヒロイン(最近、トリプルになりつつ。。゛(/><)/ ヒィ)の為、どうしてもビミョーなもう一個のカプの痕跡を消せず、諦めて自サイトで。

 最近コスがマイブーム♪ 今回、ウェディングドレスです。実はお蔵入りにした、学園モノパラレルを、単発で引っ張り出し(笑)
 ちなみに現「ニッキフウ」と、どっちにするか最後まで迷った連載仕様です(苦笑)
 こんな祝い方でゴメンなさい、パパ………。
<2004.12.6 カケイ拝>









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