シンタローの遠征についていくようになってから研究に費やす時間が極端に減ってしまった。
そこで、遠征中はホテルでは必ず論文や自分がまとめた理論の洗い変えを行うようになっていた。
だから、今日、この時まで気が付くことがなかったのである。
シンタローの秘密を…
…目が疲れてきたな……
ばさりと細かい字が書かれたレポートを脇において伸びをする。
細かい字ばかり読んでいるとどうにも肩がこっていけない。
軽く首を回しながらトントンと肩を叩きく。
疲弊していたのは目だけではなかったらしい。
すっかり集中力が途切れてしまった。
立ち上がってぐるぐると部屋を歩き回ってみるが一向に集中力は戻ってこない。
戻らない集中力はどうでもいい行動に分散されていった。
「…シンタローはどうしてるかな?」
思いついたらどうにも気になって仕様がない。
早速、久しぶりに従兄弟の部屋を訪ねることにした。
今思うと此れがいけなかったのだ。
「シンタロー…入るぞ」
「は?キンタロー?いや、ちょっと待…」
ノックもそこそこにドアを開けるとそこには…
真っ裸でベッドに横たわって寛いでいたところに突然の来訪者が来て、慌てて立ち上がろうとしているシンタローがいた。
「…………」
「…………」
無言で向かい合った後、慌ててパタリと後ろ手にドアを閉めた。
それに反応してシンタローがベッドのシーツを剥ぎ取って体に巻く。
「……風呂に入る途中だったのか?すまなかったな…」
一応、常識の範疇で謝っておく。
「いや…」
そういうと見る見るシンタローの顔が赤く染まっていった。
こっちが赤くなりたい…
寧ろ時間を巻き戻してこの部屋に入るところからやり直せないだろうか…
まだ、正常に動かない頭はそんなどうにもならないことを考えていた。
「俺さ…」
何とか従兄弟の醜態をなかったことにしようと躍起になっていると
当の従兄弟がぽつりぽつりと真相を語りだした。
「ホテルってさ…空調が利いてるだろ?丁度いい温度でさ…それに普段とは違う部屋だろ?
開放感があるっていうか…ぶっちゃけ裸だと気持ちいいんだよな」
ぶっちゃけないでくれ…
最後のほうはいっそ清々しく話す従兄弟に掛ける言葉があるだろうか?いや、あるまい。
「…そうか」
だが、今回のようなこともある。
せめて下着ぐらいはつけてくれ。
そう、説得して俺は従兄弟の部屋を後にした。
常識とは誰が決めることなのだろうか?
知りたくなかった事実を知ってしまった中秋であった。
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お姫様は塔の上 ~第一部~
side:シンタロー②
監禁されていた部屋を、飛び出すと。
オレはまさに、脱兎の勢いで、一目散に走り出す。
実際の所、アラシヤマごとき。
マジック相手に、十五分でも稼げれば。
よく頑張ったと、褒めてやれる――――その程度の、足止めにしかならないことは、十分承知していた。
あてもなく逃げ出したトコロで、スグにとっ捕まんのは目に見えてる。
ケド、一つ、オレにはアテっていうか………思う事があった。
昨日今日で、突貫工事で改築されたらしい、この塔だが。
実のところ、マジック自身。
全体像を、きちんと把握していないのではないか、というところ。
つまりは、住居部分であるこの階さえ脱出できれば―――後は騙し騙し、何とかなるのではないか、と。
オレは、走る………走る、走る、走る。
とにかく、ひたすらに走る―――ってーか、高さだけじゃねぇ、無駄に広がってもやがるぜ、この塔ってばヨッッ!!
ペース配分も、クソもねぇ。
ただでさえ体力の無ぇ、女の体だってーのに。
その上、力の限り全力疾走してるモンだから。
スグに息が、上がってきた。
ケド。血眼になって、辺りを見まわしながら、走り回っているにも関わらず。
ドコにも、階段もスロープも昇降機も、見当たらない。
―――クソッ、グズグズしてたら、追いつかれちまうッッ!!!
焦りながら、出口を求めて疾走する、オレの視界を。
その時、フッと光が掠めた。
………ンだぁ?
オレは、肩で息を繰り返しつつ。
薄暗い塔の中、不自然に洩れてくる明かりに惹かれ。
罠かもしれない、と思いつつも。その小部屋に、近づいて行き。
一瞬、ためらって………そっと、ノブに手をかけた。
―――どうやら、カギは掛かっていないみてぇだ。
怪しいと言えば、これ以上は無い程、怪しい。
しかし、躊躇しているような時間の余裕は、オレには無い。
―――ええい、ままよっ!! と。力一杯、扉を開けてみると。
そこは、石造りの壁が剥き出しのままの。
やたら寒々しい印象の、部屋だった。
家具らしいものは、何一つ無い。
その、代わりのように。
ぽつん、と。
部屋のど真ん中に、発光する水溜りが一つ。
それも、一色じゃねぇ。
赤、青、黄色、紫………ネオンよりは淡く、柔らかな光だけれど。
2、3秒の間隔を置き、様様に色合いを変化させる様は。
まるで、水溜りの心音のようで。
………何だって、部屋の中に水溜りあるンだヨ?
突貫工事すぎて、どっか水漏れか雨漏りでも、してんのか?
そもそも一体、中で何が光っているのか、と気になって。
オレはスタスタ、その水溜りに近寄ってみる。
側まで行くと、別に、何かが入っているワケじゃなく。
光ってんのは水溜り全体だ、というコトに気づいた。
それは丁度、風呂桶っくらいの多きさだった。
人間が一人、すっぽり入れちまう程の、床の上の水溜り………イヤ、違う?
上から、覗き込んだオレは。
それが水溜りなんかじゃないことに、気づいた。
何でかって言うと、底がまったく見えねぇ。
発光する、不思議な水に満たされてはいるけれど。
全体は、透明度が高く。
床との境界が、底の方へと続いていくのは、見えるのに。
余程に底が深いらしく、いくら目を凝らしても。
ぼんやり光る水面の奥に、底らしき平らな部分は確認できず。
何か、井戸か泉みてぇ………あ、待てよ?
そこまで思ったオレは、ふと思い出す。
ガキの頃ハマッてた、RPGゲームに。
似たようなシュチュエーションが、あった気がする。
建物の中に、こんな不自然な泉があって………飛びこむと。
ソコと繋がる、まったく別の場所の泉に放り出されるっていう。
―――オレは、ごくん、と息を飲んだ。
もしも、何でも無ければ。
とんだタイムロスの上、びしょ濡れという、かなり間の抜けたザマとなる。
―――けど、そろそろ。
どんなにアラシヤマが頑張ったトコロで、タイムアップの頃だろう。
このまま廊下に戻って、もう一度階段の類を、捜すというテもあるが。
ここから出た瞬間にでも。
せっかく逃げ出した相手に、バッタリ出くわしちまう可能性が、非常に高い。
………ま、とりあえず。試してみっか!!
元来。出たトコ任せな性格の、オレである。
そもそも、ゴチャゴチャ考え込むのは、性に合わねぇ。
オレは、自分のカンを信じるコトにして。
ぎゅっと目をつぶり、鼻を摘むと―――えいやッ!!! と。
今は、青く光っている、得体の知れない泉に。
勢い良く、足から飛び込むと。
―――全身を濡らす、冷たい水の感触。
想像していたより冷たい、身を切るような感覚に。
思わず、瞳を開いた瞬間。
世界は歪んでブレて、バラバラになる。
それは正に、あの時のゲームの画像、そのもので。
ふわり、と体が。
まるで重力を、断ち切られたかのように。
不自然に、浮き上がるのを感じ―――やった、とオレはほくそえむ。
移動時間は、数秒に満たない。
スグに。失われた色と形は、再構成され。
急に重力の戻った、オレの体は。
『何か』温かいモノの上に、どさり、と落ちた。
―――意外な、展開。
ゲーム通りなら、泉の中に出てくるはずなのに、と。
ちょっと小首を、傾げていると。
スグ耳元で囁かれた、不吉に甘い声。
「ハイ、お帰り~~~~、シンちゃんvv」
………………………………………………………………………………う゛えぇぇぇえ!!??
聞きなれた、聞きたくなかった声を耳にした、オレは。
衝撃の余り、軽く呼吸困難を、起こしそうになる。
「………ん、な………なん………ななっ、何ッッ………!!??」
『何でアンタが、ココにいるんだ』のヒトコトが、どうしても言えず。
どもりながら、パクパク口を開閉させるだけの、オレだったが。
さすがに、付き合いが長い―――否定のしようも無いトコが、つくづくイヤだ―――だけあって、マジックは。スグにオレの言いたいことを、理解したようだ。
「そりゃあ、パパとシンちゃんは、赤い糸で結ばれてるからvv」
―――前言撤回。
息子の気持など、これっぽっちも解っていねーようだ、このオッサン!!
「んなこと、誰も聞いてねーよッッ!! じゃなくて、何だって元の部屋に逆もどりなんだヨッッ!!??」
~~~~~コレまでのオレの苦労って、ナニ!!?? 無駄!!?? 骨折り損ッッ!!??
マジックの腕に、抱き上げられたまま―――また、コレかよッ!? カケイのアホ、いくら一番好きなシュチュだからって、ムヤミに使うんじゃねーよッ、ヘボ字書きッッ!!! ―――半泣きで、喚き立てていると。
「あぁ、あの泉のコト? シンちゃん、目の付け所は良かったんだけど………青い色で飛びこんだんでしょ。アレは、パパに繋がってるんだヨ~」
―――ちなみに。青以外は、各階にある泉と繋がってました~vv
いやぁ、まさに運命だよねぇ、と。
はっはっはっと、明るく笑う、マジックの前。
自ら、チャンスをフイにしちまったらしい、と気づいたオレは。
目の前が、真っ暗になっていくのを感じる。
あまりのショックに。
軽く茫然自失状態に陥った、オレの目の前。
ヒラヒラ、とマジックは手の平を振る。
「…………シンちゃん? シン子ちゃん、オーイ???」
~~~~~~ッッ!! 『シンコ』言うなッッ!!!
「だから、ツケモノみたいに呼ぶんじゃねえッてッ!!! 大体、フツーは、泉と繋がってるもんだろーがッ、テメーみたいに非常識なモンと、繋げてんじゃねぇヨッッ!!!」
「………パパの心は、泉のように澄んでいて、深いんだヨvvv」
「ウソ付けッ!! 濁ってる上に、スッゲ浅いだろぉーッッ!!」
―――もーいいから、降ろせョッッ!!!
うが~~~~~ッッ、と力いっぱい暴れてやると。
苦笑混じりに、マジックは。
抱いたままだった、オレの体を床に降ろす。
そして、しげしげと―――頭の天辺から、つま先まで。それこそ、舐めるような視線で―――オレを眺めると。
「それにしても、シンちゃん………びしょ濡れだねぇ」
つくづく、と呟いた。
そのコトバに、オレは。
ハッと、自分の置かれた状況に、気がついた。
走ってる途中で、相当暑くなっちまったから。
ジャケットを脱いで、その辺にほったらかして来た。
それが、裏目に出た。
泉に飛びこんだセイで、全身ずぶ濡れとなったオレが身に纏うのは。
何とも心もとないことに、黒いタンクトップとパンツだけ。
その両方とも、濡れてぴったり、体に張り付いて。
体のラインも、身につけてる下着の線も。
隠すものもなく、くっきり強調されている。
「~~~~~~ッッ、見るな変態ッッ!!!」
ぎゃあっ、と叫んで、オレは。
前屈みに、その場に座り込む。
―――これじゃまるで、女そのもの反応じゃねーかよ、ちぃっくしょ~~~~ッッ!!
物凄く、気に入らねぇ。
気に、入らねぇんだけどッッ!!
自分でさえクラクラするような、見事なボディラインを。
マジックと二人きりのこの状況で、惜しげもなく披露する気には、とてもなれない。
………って、そうだッ!!
二人きりじゃねぇ、アラシヤマ、アラシヤマがいたじゃねーかッ!!
あんなンでも、いないよりはマシだ、と。
キョロキョロ辺りを、見回してみると―――果たして。
結構、離れたトコロ。丁度、ベッドの真横辺り。
ちょっと焦げて縮んだ、アラシヤマが。
ひっそりと、転がっていた。
「こら、アラシヤマ!! ヘバってねぇで、助けろッッ!! この役立たずっ!! 根性ナシ、ヘタレッッ!!」
先刻の、せっかくのサービスが。
無駄遣いに終わってしまった、八つ当たりも含め。
ついでに、ストレス解消もなんかも兼ねて………ここぞとばかりに、罵ってやると。
どの部分に、反応したのかは解らねぇが。
うぅ………、とか呻きつつ。むっくりと、半身を起こした。
―――やっぱコイツ、殺しても死なねぇんだナ………と。
半分感心、半分呆れて。
「オイ、いつまでも転がってねーで………」
「シンタローはんッッッvvv」
言いかけた、オレの言葉を遮り。
「やっぱり、わてのコトが心配で、戻って来てくれはったんどすなッッ!!??」
―――しかも、そないなセクシーな姿になって!! サイコーどす、シンタローはんッッ!!
「ちっげーヨッッ!!」
~~~~~~くっそぉ、オレの周囲って。
どーしてこうも、ヒトの話聞かねぇヤツらばっかなんだよッッ!!??
"類は友を呼ぶ"という現象を、オレの辞書から放り出し。
場違いにも、目が合うなり、キラキラと瞳を輝かせ。
オレのセクシースタイルを、褒め称えるアラシヤマに。
ちょっと本気で、苦悩していると。
「どうしたんだい、シンタロー? もう、彼に助けは求めないのかい?」
「………もぉイイ。何か、もっとややこしくなりそうな、気ィしてきた」
マジックの、楽しそうな問い掛けに―――ちょっと投げやりに、オレが答えると。
あっ、そ、と。ヤツは、ニッコリ笑って。
「じゃあ、お姫様から解雇通知が出たから。繋ぎの勇者くんには、ご退場願おうかなっ」
「んなっ………アホ言わんといておくれやすッッ!! 例え、マジック様いうても、わてと(そんな下半身直行便に、セクシーで色っぽいvv)シンタローはんとの仲は、裂かしまへんえッッ!!??」
叫ぶなり、懲りるというコトバを知らないのか。
それとも、オレのフェロモン(出してるつもりはねーけど。出てるだろ、コレ、確実に(- -;))血迷ったか。
「極炎舞ッッ!!!」
なーんか、凄まじい勢いで燃え始めた………ってオイ、アレ、周りも巻き込む自爆技なんじゃッッ!!??
「オイ、あ、アラシヤマ!!?? テメェ、血迷ったか!!??」
「シンタローはんッ!! わて、シンタローはんの為やったら、死ねます!! この世で添い遂げられんのやったら、あの世で夫婦になりまひょなっっ!!」
「イヤイヤイヤッッ!! 巻きこむんじゃねぇ、一人で逝け、一人で~~~~~~ッッ!!」
―――この世でもあの世でも、テメェと一緒になる気はねーヨッッ!!
ツッコミながらも、オレは。
燃えながら、じりじり迫ってくる、アラシヤマの。
常に無い、迫力に………ちょっと気圧され、数歩下がる。
―――と。
「………ハイ、ご苦労だったね」
突如、マジックは、爽やかに。
とてつもなく、冷たい労いの言葉を吐き捨てると。
その瞬間。
アラシヤマの立っていた辺りの床が、ぱっくり二つに割れた。
~~~~~~ええッ!! わての出番、もう終わりどすか――――――ッッ!!??
激しく燃え上がる、アラシヤマは。
悲痛な絶叫を残し、あっという間に落下していく。
ヤツを飲みこんだ後、何事も無かったかのように。
再び床は、元通りとなり。
オレは、成仏しろよ、と。一応、手を合わせてみた。
―――しかし、こんっっな無駄な、大掛かりな仕掛けまで。
ホンットーにヒマだったんだな、このクソ魔王は。
ちらり、と。
呆れかえった視線で、マジックを振り返ると。
「ふふ………落とし穴は、シンちゃんだけの専売特許じゃ無いから、ネvv」
とか、人差し指を立てて、ウインクなんかしやがった。
―――ネvv じゃねぇだろ、可愛くねぇって、だからッ!!
………結局。
何の為に登場したのか解んねぇ、アラシヤマが。
騒々しくも、退場していった後。
「シンタロー、パパの用意したお洋服、気に入らなかったようだね?」
―――まぁ、そのカッコも。女スパイみたいで、似合ってるけどねっvvv
ジロジロと。マジックの無遠慮な視線に、晒されたオレは。
自分の、あられも無い姿を思い出し―――慌てて、もう一度膝を抱き、座り込む。
「オイ………マジック。勇者って、何だよ!?」
―――つーか、テメェ。何、企んでやがる!?
そんな姿勢で、スゴんでみせたトコロで………迫力も何も、あったもんじゃねぇが。
ちょっとでもスキを見せたら、負けの気がして。
精一杯の虚勢でもって、顔だけそっちに向け。そう、怒鳴ったのだが。
「んー? ヒ・ミ・ツvv」
………某「ドラまた」魔女っ子アニメの、某怪しいプリーストかいっ、アンタわッッ!!
ちっちっちっと。唇の前、立てた人差し指を振る。
知ってるヒトは知っている、知らないヒトはまるで知らない、モノマネに。
小馬鹿にされた気分になったオレは、ぎりっと唇を噛みしめる。
―――くそっ、眼魔砲さえ使えたらッッ!! ツッコミもママならねぇじゃねーかッッ!!!
「そのままだと、シンちゃん、風邪ひいちゃうね?」
座り込んだまま、ムクれてるオレに。
マジックは、そんな親切めかした声を、掛けてきて。
先刻から、イヤな予感の止まらないオレは。
近づいてくるマジックに―――ああ、視線で悪魔を止める方法があれば―――警戒心バリバリに、しゃがんだまま後へとずり下がる。
「うっせぇ!! アンタさえいなきゃ、とっくに着替えて快適に過ごしてンだヨ、オレはッッ!!!」
―――だから、とっとと消えて無くなれッッ!!!
中途ハンパな姿勢で、ジリジリ、下がり続けて………結構間抜けな格好だってぇ、自覚はあんだけど。かまっちゃられねぇぐらい、実は切羽詰ってる、オレだったりする。
やがて―――とん、と。背中が、壁にぶち当たり。
「どっか行ったりしたら、シンちゃん、またオイタするでしょ」
―――しかも、素直にパパの用意した服、着てくれる気はないんだよねぇ?
「当たり前だッッ!!!」
間髪入れず、叫んだ瞬間。
素早く、マジックの腕が伸びて。
オレの両腕は、掴み上げられ………無理矢理、強い力で立たされた。
「てめっ、何す………!!」
「あー、やっぱ………コレはコレで、すっごーく、ソソるんだけどねぇ?」
オレの抗議を遮り。
―――アタマにナンか湧いとんのかっ、このクソ親父はっっ!!! とか思う、感想を呟いたヤツは。
「腐ったこと言ってんじゃねーヨッ、離せよッッ!!」
「まぁ、可愛いシンちゃんが風邪ひいちゃうのは、イヤだしねぇ………えいっ♪」
のほほん、と。軽い調子の掛け声をかけ―――直後に。
肌にまとわりついていた、不快感が消えた。
「ハイ、完了。うーん、すっごく綺麗だヨーvv」
『あ』も『う』も無かった。
瞬きする、ほんの一瞬の内に。
オレの着衣は、濡れネズミのシャツとパンツ姿から。
紺地にラメ入り刺繍の施された、シックかつゴージャスなチャイナドレスに、変わっていて。
ご丁寧なことに、すっかり髪まで乾いている。
………ッ、そうだよナッ!?
コイツの魔力を持ってすれば、このっくらいワケ無かったんだよなッッ!!??
「出来んだったら、最初ッからそうやれよ、アホ親父ッッ!!」
―――今まで、ややこしい手続き踏みやがってッッ!!
「えー、そんなの、つまんないじゃないか」
大体、シンタローだって、忘れてただろぉ? とか。
飄々とした呟きを耳にした瞬間………オレは
散々っ!! オレを疲れさせてくれたヤリトリを思い出して。
ふつふつふつ、と。深くて暗い怒りが、込み上げてきた。
―――んじゃあ、結局。
着替えるの着替え無ぇの、モメたのだって―――要はコイツ。
単に、オレで遊んでただけだったのかヨッ!!!!
怒りの余り、上手く言葉が出てこない。
マジックに腕を取られたまま、着物の肩をプルプル震わせていると。
「うーん、でもやっぱキモノも着て欲しいなvv ね、もう一回着替えてみないかい?」
「るっせーなッッ、触んじゃねぇッッ!!!」
ゴッ!! と。
ヒステリックな叫びと共に、怒りに任せて突き上げた、オレの膝頭が。
深深と、マジックの腹に埋まった。
いくら非力な身の上とは言え、さすがにこの至近距離だ。
少しは効いたのか、一瞬、眉根を寄せたマジックの手の中から。
オレは、自分の手を引きぬこうと、身をよじったのだが。
「………つッ!!」
逆に、強い力で掴み上げられ。
更には手首の辺りを、一まとめにして。頭上の壁へと押しつけられた。
「………おイタが過ぎるよ? シンタロー」
―――くそっ。やっぱ、大したダメージじゃねーかっ。
歯噛みする、オレの前に。
グイッと顔を近づけた、マジックは。
至近距離―――危険な程の至近距離で、ニコリと微笑む。
その表情は、笑顔なのに………真っ青な瞳の奥に湛えられた、冷たい色彩に。
オレの背筋に、戦慄が走る。
「さーて。イケナイコには、どんなお仕置きをしようかな?」
「ふ、ふざけんなッ!! 離………ッッ!!??」
精一杯の虚勢で放った声は、マジックの唇に奪われて。
反射的に、引き結んだオレの唇を、こじ開けようとするかのように。
執拗に、舌先にくすぐられる。
女の体で、壁際に抑えこまれて、口付けを受ける。
有り得ないシュチュエーションに、眩暈がしそうだった。
………このまま、流されてしまいそうな、オレ自身に―――って、ダメだッッ!!
ガリッ、と、鈍い音と共に。
反射的に、身を引いたマジックの唇から。
一筋、赤い雫が滴った。
「ヒドイな、シンタロー。何も噛みつくコトは、無いだろう?」
「うっせえっ、オマエなんか嫌いだッ、あっち行けッッ!!!」
先刻までの自分の想いが、信じられず。
オレは、肩で息をしながら、真っ赤な顔でそう叫ぶ。
言った後で、言い過ぎたか、とも思ったけど。
出した言葉は、もうどうやったって、無かったことにはならねぇし。
そもそも、こんなしょーもねぇ暇つぶしに付き合わされてる、オレには。
こんくらい言う権利はあるんだヨっ、絶対ッッ!!
「しょうの無いオテンバさんだね、シン子ちゃんは。さて………どうするかな」
噛みついてやった、と言うのに。
まだ、片手でオレの手を固定したまま―――片手でいい様に扱われているというソレに、そもそもオレのプライドは、いたく傷ついてんだ―――空いた手の甲で、唇をぬぐうと。
マジックは、何やら。
とても邪悪なコトを、思いついたかのような。
真っ暗で楽しげな、微笑を浮かべた。
「そうだね、大人しく出来ないのなら………」
その手が、スッと振り上げられ。
ガードさえ取れないオレは。
―――殴られるっ! と。反射的に顔を背け、身を竦めたが。
覚悟した衝撃と痛みは、やって来ない。
代わりに、頭上で掲げさせられたままだった、手首に。
何かが巻かれる、感触がして―――そのまま、ぎゅっと締めつけられた。
―――って、えッッ!!??
「さーてと。これで落ち着いて、ゆっくりたっぷり、お仕置きができるネvv シンちゃん♪」
両腕を頭の後ろに回した格好で、手首を縛られたオレに。
満足げに頷いた、マジックは。
そのまま、オレの体を抱え上げて。スタスタと、大股に歩き始めた。
―――向かう先には、オレに荒らされたままの、ベッドがあって。
………全身の、毛穴から。一気に、イヤな汗が吹き出して来た。
「ぎゃ~~~~~~ッ、テメェ、マジックッッ!!! 何考えてんだヨッッ!!!」
「シンちゃんが考えてるコトと、多分一緒vv」
堂々と答えやがった、ヤツは。
暴れるオレを、軽々と担ぎ上げたまま。ベッドに辿りつくと。
オレの体を、意外な程ソッと、丁寧な手付きで横たえる。
もちろん、反射的に起き上がろうとした、オレだったが。
即座に。
今のオレとは、子供と大人程に体格の違う、マジックの。
圧倒的な質量を誇る、全身が、のしかかって来て。
………もちろん、勝負になるハズも無い。
アッサリ抑えこまれた、オレは。必死に、喚き立てた。
「どけヨッ、重てぇっ、潰れるだろーがっ、この百貫デブ――――ッッ!!!」
………とは言え、自分でも。
一番恐れていた事態に、余りにパニックを起こしてて。
何をどう言ったらいいのか―――つーか。自分でも、もう何言ってんのか、よく解んねぇ。
「ハイハーイ。大人しくしてたら、スグ終わるからねー」
「誰が大人しくするかッッ!! イヤだってッ!!!」
「大丈夫、あんまりイタくしないようにするから」
喉を枯らす勢いで、キャンキャン叫ぶオレを、軽くあしらいながら。
見せつけるように、マジックは。シャツの襟のボタンを外していき。
~~~~~~マズイ、コイツ本気だ。シャレになんねぇッッ!!
ゴクン、とオレは大きく息を飲む。
―――今のオレは、女の体なんだぜ!?
このまま行ったら、ヤオイどころか、完全18禁だっつーのッッ!!!
がっちり抑え込まれたままの、オレは。
もぞもぞと、何とか必死に逃れようと、体を動かしていたのだけれど。
結局、疲れただけで。動きはスグに、鈍くなる。
ソレを待っていたかのように、マジックは。
オレの耳元に、顔を寄せ―――軽く、耳朶を噛みながら、囁いた。
「………コワイのかい、シンタロー? ふふ、可愛いねぇ………vv」
「ッ、ふ………怖くねぇっ、死ねっ、アホォ………ッッ!!」
それでも、せめて、と。
精一杯の、強がりを叫んだけど。
かつてない恐怖に、オレは。殆ど、失神寸前だった。
―――ヤバイ、マズイ………っ、誰か………神様ッッ!!! ―――って。
考えてみりゃ、神なんて存在、いたとしても。
…………悪魔のオレに、助けを求められたって。迷惑なハナシ、なんだろーなぁ。
「あれー? 静かになっちゃったね。観念した、シンちゃん?」
「………………」
―――悔しい。
こんな、非力な姿であることが、悔しい。
対等になりたい、と。
ずっとずっと、思ってきたのに。
こんな風に、合意でもなく、簡単にねじ伏せられて。
イイように扱われなきゃならないのが、本当に、悔しい。
あまりに、悔しくて。
―――何か。もう、何もかも、イヤになってきた。
思った瞬間………ポロリ、と。
瞳から、雫が溢れ。
仰向けのオレの、こめかみを伝い。ベッドへと滑り落ちた。
こんなに簡単に、涙が出てくるなんて。
自分でも、ウソだろう!? と、思ったのだが。
女というものは、男に比べて。
心と体の結びつきが深い、と聞いたことが有る―――そのセイなのか?
ただ、悔しいというだけなのに………ポロポロと、涙は溢れ。
抑えつけられたままの、オレには。それを隠す、術さえ無くて。
目を見開いたまま。
動きを止め、こちらを覗き込むマジックを、見つめ続ける。
―――すると。
ふぅ、と。小さく息をついたヤツは、困ったような表情になり。
押さえつけていた、オレの腕を放すと。
肩を竦め、呟いた。
「………もぅ、反則だって。そんなに可愛く泣かないでよ、シンちゃん………」
「な、泣いて、………っく、なんかッ………ぅっ、く………」
反射的に、言い返したオレだったけど。
一度溢れてしまうと、止まらない。
どうしても、止まらない―――それどころか。
出てくる声は、みっともない、嗚咽混じりの涙声で。
「~~~~ッッ、うぅ――――――ッッ!!」
パタパタ、雫をこぼしながら。
不自由な腕を曲げ、両の手の甲に隠れるように、顔を覆った。
―――コレじゃ、まるで。女そのものじゃねぇか、ちくしょ~~~~~ッッ!!!
肩を震わせ、しゃくりあげるオレの髪に。
そっと、マジックの手が触れた。
「………ごめんごめん、パパが悪かったヨ」
―――意地悪し過ぎたねー、泣かない泣かない、と。
子供をなだめるような口調に、ムッとしたオレは。
「も、元にッ、戻せよッ!!」
腕を下げて、濡れた瞳で睨みつける―――と。
ぼたぼたぼたッッ、と。
真っ赤な水―――つーか、鼻血―――が、傍らに降ってきた。
「ぅぎゃ~~~~~ッッ!!! テメェッ、オレに鼻血かけたら、ぶっ殺すッッ!!!」
「え、あ、うわっ、ゴメンゴメン、シンちゃんッッ!!!」
血相を変えて、マジで怒鳴ると。
慌ててマジックは、オレから離れ、ハンカチで鼻を押さえて上を向く。
「………みっともねぇ」
マジックという、重石が退いた為。
ようやく体を起こして、半眼に睨み。そんな感想を述べる、オレに。
「うーん、まぁ、パパにも色々事情がね~~~」
「何が事情だ、アンタが鼻血垂らすのなんか、しょっ中だろーがっ!! とにかく、元に戻せっつーのっ!!」
「あ、それはダメvv」
鼻を押さえたままで、マジックは。
パチンと、音のしそうな勢いで、ウィンクなんかしやがった。
―――だぁかーら。可愛く無ぇヨ、全っ然ッ!!
そう思いつつも、オレは。
ホ――――ッ、と。心のソコから、安堵の息を吐き出す。
まぁ、驚いたおかげで、涙は引っ込んだ。
貞操の危機も、何とか免れたようだし。
ぐしぐし顔を拭い、鼻を啜って。
精一杯、厳しい顔を作って。
「んじゃ、こっから出せヨ」
まだ少し、鼻声で―――あぁ、みっとも無ぇな、チクショー―――そう、主張してみれば。
「今の所、却下vv」
まぁ、そう来るだろうと、思ってはいたが。
あっさりと、全却下された。
「………今の所って、イツまでだよッ!?」
「………そうだねぇ。2週間くらい、なのかな?」
「何だよ、その曖昧な期限設定は」
「アハハハ、まぁ、大丈夫♪ その内、もっと面白くなるからネvv」
―――シンちゃんも、ちょっとした休暇だと思って、楽しむとイイヨvv
思いっきり、無責任なセリフを吐き出す、大迷惑なこの、クソオヤジに。
―――付ける薬が、この世にあれば、と。
オレが。南国の深海より、まだ深い。
ディープにブルーなため息で、大きく肩を落とした。
******************
「…………オレは、ココまでっす」
リキッドは。自分の身に起こった、長い長い夢語を終えて。
疲れたようなタメ息をついて。
ソレを聞きながら、何となく………自分の思考に捕われてた、オレも。
現実に引き戻され………合わせるように、溜息をついていた。
疲れたのは。
同じように、ココまでの全部を語り終えたオレだって、同じコトだ。
オレ達は、そもそも忙しい。
家事に、赤玉探しに。パプワ達の世話やら、ナマモノのチョッカイやら。
途中、何度も中断しながら。
それでもヒマを見つけては、お互いのコレまでの"悪夢"を語り合い。
こんな時間にまでかかって、ようやく、昨夜までの夢を語り終えた。
けど、今日はもう、タイムリミットだ。
時刻はとっくに、深夜を回ってしまっていて。
寝坊なんて、しようモンなら。
―――パプワに。どんなナマモノをけしかけられるか、解ったモンじゃねぇ(つーかアイツ、明らかに。リキッドよかオレへのアタリの方が、キツくねーかっ!?)
………眠い。
「それにしても。RPGモドキ、ねぇ」
ふぁ~あ、と。
大欠伸を交えつつ、オレは。
夢の中の「オレ」が、知り得なかった、新たな情報に。
―――ったく、一体何々だっつーの、と。
不可解さに、改めて嘆息してしまう。
「そうッスねぇ………そんな事情でもなきゃ、夢の中とはいえ。シンタローさんが大人しく捕われてるなんて、ありえないッスよねぇ………」
妙に感心したように、頷きやがったリキッドの口元は、何やら緩んでいて。
「………笑ってんじゃねーヨ、○ニー」
「うっわ、ソレ言わないでクダサイッッ!!!」
ムッとした、オレの指摘に。
世にも情けない顔で、頭を抱え込み………その拍子に、ヤツも小さな欠伸を洩らした。
「んじゃー、明日も早いし。寝るとっすっかぁ………」
「………シンタロー、さん」
多分、オレ以上に、眠たいハズの―――何せオレが、日常さんざ、こき使ってやっている―――コイツだけど。
オレの、宣言に。
先程までの、ニヤけた顔はドコへやら。
急に何やら、エラく不安そうな表情を浮かべ、問い掛けてきた。
「あの。今日も"アノ夢"見るんッスかね………?」
ンなコト聞かれても、オレだって困る。
そもそも、ワケが解らないのも、メーワクしてンのも、オレだって同じだし。
―――ただ。そう言って、完全に突き放してしまうには。
どこか、頼りない印象を拭いきれない。リキッドの、幼さの残る顔は。
光源と言えば、月明かりだけの………南国の真夜中。
普段の。アホじゃねーかと思うような明るさは、ナリを潜めて。
妙に青白く、作り物めいた印象を受け。
「まァ………覚悟はしとけ。気にすんなョ、夢は夢だろ? 寝無ぇワケにはいかねーんだし」
何となく。根拠の無い気休めを言う気に、なれず。
根本的な解決には、なっていない。
でも、前向きなつもりのコメントを述べた、オレに。
「そうッスね。明日もとっとと起きて、パプワとチャッピーに朝飯食わさねーと」
―――ははっ、と。
リキッドは、一応同意したものの………その笑いはやはり、どこか虚ろで。
それでもオレに続き、家に入って来る。
スヤスヤと、平和な寝息を立てる、パプワの傍ら。
オレが、布団に潜り込むと。
リキッドも、その反対側―――チャッピーの隣に。
静かに体を横たえる、気配がした。
「オヤスミ、リキッド」
「………オヤスミナイ、シンタローさん」
呟く合間にも―――吸い込まれるように、眠気は襲ってきて。
そうして、オレは………オレ達は。
今夜も、また。
知らない世界の、夢を見る――――。
<第一部完>
お姫様は塔の上 ~第一部~
side:シンタロー①
最近、オレは夢見が良くない。
良くないというよりも。
コレは、ハッキリ言って異常事態だと思う。
毎夜毎夜、訪れる。とびっきりの悪夢の連続に。
苛立ったオレは、一番身近で八つ当たりをしやすい人間。
リキッドで、ストレスを発散して………だが、しかし。
軟弱な、ヤツは。
何と、ぶっ倒れやがったのだ!!!
『友達をイジめるとは、何事だ!!!』
パプワの逆鱗に触れ。危うく、チャッピーのエサになりかかり。
心戦組だけならともかく、ナマモノ達にさえ、冷たい目で見られ。
仕方なく、オレは。
この、寝返りヤンキーを介抱してやるハメに陥った。
「………ったく。ぶっ倒れるまで、無理しなきゃいいだろーがッ。手間のかかる」
大体。元祖主夫の、シンタローから見れば。
家事はまだまだ手際が悪く―――まぁ、自分ほどではなくとも。ソレなりに美味いモノは、作るけれど―――島のみんなを護るどころか、手の平の上で転がされている始末。
パプワ達だけならともかく、ナマモノにさえソッポを向かれ、泣きべそかいたりして。
けど。
起きていると、つくづくバカなヤンキーだ、としか思えない、コイツも。
………黙って眠っていると、ワリと可愛い。
金と黒の、不思議な毛並み。
頬にかかる睫毛は、意外な程、長い。
まだまだ幼さの残る顔立ちと、相俟って。
もしも。表情が安らかであれば、天使のように見えたと思う。
だが、現在は。体調不良のせいか、額にうっすら汗をかき。
眉間には、くっきりと縦ジワを刻み―――時折、ワケの解らないウワゴトを呟いている。
悪い夢でも、みているのだろうか。
だったら、ヒト事とは思えない。
そっと、シンタローが彼の額の汗を拭ってやった、瞬間だった。
うっすらと瞳を開けた、リキッドが。
掠れた声で、呟いた。
「………スンマセン、ヒメ………」
―――何ィィィ!!??
仰天したオレは。
未だ半分以上、寝ぼけたままの表情で。
ぼ――――ッッとこっちを見つめている、リキッドを。
噛みつくような勢いで、問い詰める。
「オイ、リキッド!! てめぇ、今、何って言った!!??」
………が。
その反応は相変わらず、ぼ――――ッッとしたままで。
チッ、と舌打ちをすると。
胸倉を引っ掴み、強引に上体を起こさせて。そのままがしがし、揺さぶってやった。
「…………シ、シンタローさんッッ!!??」
それでようやく、目が覚めたのか―――ったく、手間のかかる―――リキッドの瞳は、オレの顔に焦点を結び。
「リキッド、てめぇ。今、何て言った!?」
その、オレの問い掛けに。
「え、え!? オレ、何って言ったんです!!??」
~~~~~~まだ寝てンのか、コイツわよッッ!!!
ぶん殴ってやりたい衝動を、ぐっと堪え―――ココで殴ってしまうと、イツまでたっても、話が進みゃしねぇ―――力一杯、叫び立てた。
「ヒメって、言いやがったんだよ、オレのコト!!!!!」
「………あっ!!」
瞬間。
肉体年齢より、いくばくか、ガキ臭さを感じさせる顔に。
『ドジった!!』という感想が、クッキリと描かれて。
しばらく、あー、とかうー、とか。
ジジィみたいな、思考の声を上げたアトで。
「スンマセン、その………ちょっと、悪い夢、見てたんッスよー」
ヘラヘラと、笑いやがった。
「どんな、夢だ?」
更に追及する、オレの態度に。
流石に、腑に落ちないものを感じたのか。
「え、へ? アノ………」
きょときょと、瞬きを繰り返しつつ、戸惑っているコイツに。
「どんな夢かって、聞いてんだよ―――二度も言わせんじゃねぇ」
凄みを効かせた声で、そう言うと。
ビクリと身を竦ませながら………泣きそうな顔で、コチラを見上げてきて。
「お、怒りませんか?」
「怒んねーよ。早く言え」
カッコ書きで(多分ナ)と付け加えたオレは。
しばらく逡巡の表情で、俯いていた、リキッドの。
「自分でも。何だってこんな夢、毎晩見るのか解んないんッスよ。オレそんな風に思ったコトなんか、全然無いですし。でも、何でか寝ると、この夢ばっかで、ホント疲れ………」
「――――クドいッッ!!!」
長い長い、長すぎる前置きに、やっぱり拳を振るってしまい。
嘘つき~~~~~~~っっ!! と、涙目で抗議されて。
「うっせぇ、オレは気が短いんだよ。文句あっか!?」
開き直ってやった、オレの前。
むぅっ、と唇を尖らせた、ヤツは………どうやら、妙な想像力を発揮し始めたらしく。
泣きそうになったかと思うと、不気味にニヤついたりして。
………まぁ、大体。
とってもショーモナイコトを、考えてるンだろーな、っつーのは、余裕で想像がついたから。
「………オイ、リキッド。テメ、ヒトの存在忘れてんじゃねぇぞ?」
キレ気味のオレの、低い低い突っ込みに。
さすがに身の危険を感じたのか。
「あのっ、ですね!! だからっ………何か、オレが魔王のお城の騎士で、でもってハーレム隊長が勇者で、魔王に捕われたお姫様を救いに行くって、そういう夢なんッすうぅ~~~!!!」
焦りまくった早口で、ようやく吐きやがり………でもって、オレは。
―――オイ、マジかよ。
思わずそのまま、頭を抱え込んでしまう。
あの呼びかけに。もしかして、と思い、問い詰めたのだが。
ここまでピッタリ予想が当ってしまうと、何だか担がれているような気さえする。
「………あの、シンタローさん??」
しかし。突然頭を抱え、座り込んでしまったオレに。
大きな目を見張り、おずおずと首を傾げるリキッドの様子に………ウソは、ない。
第一、オレはこの件に関して、誰にも話したことはないのだから。
例えウソだったとしても。ソレは不可思議な現象、というコトになる。
「あ、あの………お、怒ってます?」
多分、もしもコイツが動物だったとしたら。
耳も尻尾も、ぺしょん、と情けなく後に垂れているのだろう。
イヤ、そうでなくとも。オレの反応に、いちいちビクつく仕草は。
脅える小動物、そのもので。
―――何でコイツはこうなんだ、と。オレは、深い溜息をつく。
基本的に、身内を筆頭として。
「何様」な存在ばかりと接してきた、オレだったから。
実際、こういうタイプは、もの凄く扱いにくい。
最初に上陸した時に見せた。コタローを護ろうとしたトキの気迫は、ドコに行ったんだ?
「オレも、だ」
苦々しい気分で、短く呟くと。
「え??」
カンの鈍いヤツは、スコーン、と間の抜けた反応を、返してきやがって。
そろそろ、イライラも最高潮に達してきたオレは。
もう一発、殴ってやろうかと、ギッとリキッドに向き直り。
子リスのように、目を丸くし、幾度も瞬きを繰り返す。
ハーレム叔父貴なんかが見たら。
間違いなく。
本能のままに、押し倒していたに違いない、胸キュンな表情のヤツと目が合ってしまって。
………ええと。
挙げかけた手の、行き場を無くし。
仕方なく、そのまま、ポリポリとこめかみ付近を掻いてみる。
「だからぁ。オレも、その夢見てんだョ」
「その夢って………え? …………ええええッッ!!??」
2.5秒ほどの思考の後。
ようやく、こちらの言わんとする所に、気付いたらしい。
―――ったく、やり辛いったら無いぜ。
途端に、青くなったり、赤くなったり。
忙しく百面相を始めた、リキッドに。
オレは、つくづくと溜息をつく。
パプワ島ならではの、不思議現象なのだろうか。
同床異夢というコトバがあるが、異床同夢なんか、聞いたこともねぇ。
けれど、放っておけば。
いつになれば、安眠が訪れるのか解らない。
どうしても、逃げ腰になるリキッドを捕まえて。
オレは―――オレ達は。お互いの、睡眠不足の原因である『悪夢』について、検証を始めた。
******************
「マジック、テメェ、覚えてろよ………??」
余りの事態に、オレは。
ココ数年来で、もっとも凶悪かつ凄みを込めた顔で、呟いたと言うのに。
「もちろんっっ、忘れないっっ!! この感動を、一生忘れないとも、パパはッッ!!!」
「―――ッッ!!! 誰が感動しろっつったんだよ、このアーパー親父がぁぁぁ
あッッ!!!!」
史上最悪のクソ親父、マジックは。
一際盛大に、鼻血を吹き出しつつ、瞳にうっすら涙を浮かべてまで、感動してやがる。
―――冗談じゃねぇ。つーか、もうホントーに、悪い夢なら覚めてくれッッ!!!
今、オレはドレスを着せられている。
それも。ピッタリと体にフィットする、セクシー系の真っ赤なヤツだ………だが、この際。
服はどうでもいい――――イヤそれも、全然良くはないのだが。
混乱の極みに達したオレは。しゃんとするため、パチン、と一度自分の頬を叩く。
そう、最大の問題は、その中味。つまり、ソレに包まれたオレの体なのだ。
下らない魔法だか、呪いだかをかけられて。勝手に姿を、女に変えられてしまった、とは。
目覚めてスグに、感覚で解っていたのだが。
「ハイ、シンちゃん、鏡………綺麗だね、芸術だよね、パパも鼻が高いよvvv」
そうこうしているウチに。すっかり調子に乗ったヤツは、ウキウキと。
オレにその『芸術』とやらを披露する為に、魔法で巨大な姿見を出現させやがった。
そこで初めて、自分の全身像を見て―――思わずオレは、魂が抜け落ちそうになった。
顔は、あまり変化が無い………まぁ、元々が母譲りの女顔だったから。
輪郭のラインが、全体に華奢になり。
眉もスッと細くなり、その下の黒目がちな、切れ長の瞳を際立たせて。
女顔というより『女そのもの』の顔立ちと、なっていたのだが。
それでも、さほど、違和感を覚える程のものでは無く。
―――大きな変化を見せているのは、そこから続く、体の方だった。
首はすんなりと長く、白く―――陶器のように滑らかな肩へと、続き。
鍛え上げた筋肉の消え失せた、二の腕は………艶やかな光沢を放ち、うかつに触ると折れそうな手首へと、降りてゆく。
その手自体も、二回りは小さくなっていて。
しなやかな10本の指の先。華奢な爪に施された、真っ赤なマニュキュアが、よく映えていた。
そして。Dカップはあろうという、形の良い胸は。
ドレスの胸元を、窮屈そうに押し上げ………流れるようなラインで、キュッとくびれたウエストへと、見事な曲線を描いている。
トドメとばかりに。スリットの入った、スカートの裾からのぞく―――単に細いだけではない、メリハリの効いた脚線美の、見事なことったら。
親父が感動するのも解るよな。我ながら、ゾクゾクする程、イイ女だぜ―――って、ちっがーうっっ!!!!
「テメェ、高松とツルんで、何しやがった!! とっとと、元の体に戻しやがれッッ
!!!」
オレだって、悪魔の端くれ………否、ある意味最も血の濃い、純血種の悪魔なのだ。
通常であれば。勝手に掛けられた、姿変えの魔法ぐらい。造作も無く、解除できるはずなのに。
―――目覚めて以来、感覚がおかしかった。
単に、体の性か変わったから、というだけでなく。
明らかに、何か………そう、多分。魔力を封じられているのだろう、と思う。
実は。さっきから何度も、魔法を使おうとは、しているのだが。
自分の内の魔力が、サッパリ動かないのだ。
「高松じゃないよ、ウィローだよ♪ ちなみに、この塔にいる間は、私以外は魔法、使えないようになってるからvvv」
「どっちだろうと、関係あるかっ!!! くらえっ、眼魔砲ッッ!!!」
やはり、と納得すると同時に。
オレは、代々王族に伝えられる『特技』である『眼魔砲』を繰り出していた。
修行で身に付ける『特技』は、魔力には関係がナイものであるから。
当然、使えるはずだという、オレの目論見は―――しかし。
―――ぺほッ!
………ヘソから気の抜けるような。情けない音と煙と共に、霧散する。
「え!? な、何で…………!!?? が、眼魔砲ッ!! ガンマ砲、がーんーまー、ほうッッ!!!」
―――ぽそっ、ぺふっ、へろっ!
慌てて放った、三連発のタメ無し眼魔砲は。
見事な三拍子で、不発に終る。
真っ白になり、固まってしまった、オレに向って。
「………あ、そうそう。オンナノコには、眼魔砲は使えないからねー」
ニコヤカに、爽やかに。
クソ親父は、言いやがった――――そんなん、アリかッッ!!??
「さて、シンちゃん?」
「…………っ!!! 来るなっ、寄るなっ、あっち行け――――ッ!!」
絶体絶命の、ピンチの予感に。
ジリジリと下がった、オレは。
とん、と。柔らかな何かにぶつかり、退路を阻まれ。
首を捻り、その障害物を見てみれば………先刻、自分が目覚めたばかりの、天蓋付きのダブルベッド。
ある意味。壁際に追い詰められるより、余程、心理的に負担がかかった。
「――――――ッッッ!!!!」
引きつりまくった顔で。
ゴージャスなベッドを意識したまま、ニコニコと近づいてくるマジックを睨み据えていると。
「あぁ、そんなに脅えないでよ、シンちゃん?」
「うるせぇ、来るなッッ!!」
もしも、オレがネコだったら。
今、全身の毛は総て逆立って。フ――――ッッ!! とか、威嚇の声を上げていたに違いない。
それほどの、危機感を感じていた。
しかし、マジックは。
オレから、きっかり一メートル手前の辺りで、止まると。
その表情を憂いに満ちたものに変え、言いやがった。
「パパがシンちゃんのイヤがるコト、一度だってしたことある?」
「今っ!!! 現在、コノ状況がッッ!!!! 無茶苦茶、イヤだっつ~~~~~~のッッ!!!!!!」
間髪入れずに、言い返してやると。ふぅぅぅ、と、哀しげなため息を付き。
残りの距離を、一歩で詰めてくる。
「―――ッ、だから、あっち行けっつっとろーがッッ!!!」
―――何か。何か、武器になるモノ………一瞬でいい、コイツの気を反らせたら………!!!
長年の内に、培われた。オレの内の『闘う者』としての無意識が、反撃のチャンスを伺う。
………しかし。
「んじゃ、お着替えしよーか」
「へ??」
意外な台詞と共に、マジックが。さっと、背後から取り出したのは。
ミッドナイトブルーが印象的な、マーメイドドレス。
「………着替え? オレの?」
予想外の、ヤツの台詞に。警戒心は、解いていないが―――それでも、ちょっと気を削がれる。
「そう。せっかくなんだから、お着替えしよーよ、シンちゃんvv」
―――他にも、いっぱい用意してるんだよー♪♪
顔中に『わくわくvv』と描いた、マジックが。サッと手を広げると。
サ――――ッと開いた、カーテンの向こう側には。
ところ狭し、と。色とりどりの衣装が、広がっていた。
ロングやらミニやら、ヘソ出しやら、背中見せやら。
素材も、麻、木綿、シルクにシフォン、レース使いのデニムと幅広く。
キモノを筆頭とした民族衣装から、アヤシイ制服に至るまで。
マニア垂涎の、あらゆる種類の女性用装束が、一同に会していた。
………あー、何だっけ。小人閑居して不善を為す、だったっけ?
『ショーモナイ人間がヒマだったら、ロクなことをしやしねぇ』っつー、意味なのは………って、そのものじゃねーかッッ!!!
すっごく、タイムリーなコトワザが、脳裏に閃いて。
何だかオレは、疲労の余り眩暈がしてきた。
「シンちゃん、最初はドレにするー???」
「………頼むから、死んでくれ」
「また、素直じゃないんだから♪ ちなみにパパはね、やっぱりジャパニーズ着物だと思うんだけどっっ♪♪」
本心からの呟きを、あっさりと流され。
疲労困憊したまま、オレは。窓の外の、遠い空を眺めた。
――――やはり、ココは。
着替えぐらいですんで良かった、と。諦めねばならない、トコロなのだろうか。
深々と、肩を落とす。
まぁ。一生、コノママということは、あるまい。
そもそも、魔王と第一王位後継者の両方が、イキナリ行方を眩ますなど。
他の王族が、黙っていないハズだ。
…………キンタロー、サービス叔父さん、コタロー………この際だからグンマでもいい。ハーレム以外の誰か、助けに来てくれッッ!!!
それは切実な、願いだったのだけれど。
どうやら、まったく届いていなかったらしい、というコトは―――アトで解った。
ジリジリ、と。
満面の笑みを湛えて、迫って来るアーパー父親に。
ねっとりした脂汗を浮かべ、オレはベッドの側で立ち尽くしていたが。
「わぁーった、解ったからッ!! 着替えてやるから、それ以上近づくなッッ!!!」
ついに。最大限の、譲歩をする。
「解ってくれたんだね、シンちゃん!! パパ、うれしいよッッ!!!」
とたんに。ぱああぁぁッッvv と。子供のように、顔を輝かせ。
腕を広げて、抱きついてくる………冗談じゃねぇっっ!!!
ヘビに睨まれたカエルさながらに、硬直していた体が。
反射的に、動いた。
床を踏み込み、体を後方へと反らし。
そのまま、ベッドに両手をつくと。倒立の要領で、その向こう側へと逃れる。
―――幸いにも、身軽さは変わっていないようだ。
いや、むしろ。
体が小さくなった分、以前よりも身は軽くなっている気がする………と。
マジックから距離を取り、努めて冷静に状況分析をしているオレの前で。
対象を失い、固まっているかに見えた、マジックの。
整った顔の、整った鼻から。
………ぶおぉぉっと、派手な勢いで。二本の赤い血柱が噴出する。
「シ、シンちゃん反則………今、太股丸見えだったよッッ!!??」
―――!!??
口調こそ非難だが。ヤツの鼻の下は、だらしなく延びきっており。
別に、息子のオレが、父親に太股を見られたからと言って。
どうということも無い、ハズなのに。
体が変われば。心境にも、何やら変化が現れるのであろうか。
思わず赤面して、ドレスの裾を引っ張る。
そして、そんな動揺を示した自分が、悔しくて。
あらん限りの大声で絶叫していた。
「てめぇ、タダ見してんじゃねぇッッ!!」
「え、お金払ったら、もっと見せてくれる!?」
「アホゥッッ!! ドコの世界に、息子の生足に金積む父親がいんだよッッ!?」
「落ち着いて、シンちゃん!! 言ってること、矛盾してるよッ!?」
………いかん。これ以上このオッサンと、オチの無ぇ漫才やってると、マジに血管切れそうだ。
とにかく、一人でじっくり考える時間が、必要だ、と。
オレは頭を抱え込んだまま、絶叫した。
「だぁぁぁ~~~~~ッッ、だから、着替えてやるからッッ!! てめぇ、この部屋出てけヨッッ!!!」
「え――――――ッッッ!!」
予想通り、マジックは。大音量で、不満の言葉を上げたが。
生憎、オレには………切り札があった。
出来れば、コレだけは使いたくなかった、という類のシロモノではあったけれど。
「………いいか? 出て行かなきゃ。これから、一生、二度とっっ!! テメェとは、口きいてやらねぇッッ!!!」
――――ええと。
言い訳させてもらうけど。本当に、コレだけは言いたくなかったんだぜ?
子供のケンカでもあるまいし………むしろ、こんなショーモないコトを堂々と宣言した、オレの方が情けないっつーの。
でも………もくろみ通り。目の前の相手には、その効果は絶大だったようで。
「シンちゃん、そんなっっ!!」
血相を変え、詰め寄ってくるマジックを。オレは、ギッ!! と睨みつけ。
低く低く、呟く。
「寄るなっつってるだろーがッ? 今すぐから、実行すんぞ、ああ!?」
―――古来より「美人が本気で怒ると、コワイ」とは、よく言われるが。
普通でも、オレが本気で怒ると。大概のものは、ビビって口がきけなくなる程の威力がある。
まして、今の姿で凄まれれば………さしものマジックとて、やや怯んだようだ。
ポケットからハンカチを取り出すと、目頭に当て。
「………解ったよ。パパ、シンちゃんがそこまで言うなら――――しばらく、離れるコトにする」
芝居がかった仕草で、そう言うヤツに。
「いいから、さっさと出て行け」
シッシッ、と。野良犬でも追い払うような仕草で、手を振る。
未練タラタラの表情で………ようやく、ハタ迷惑な魔王は。すごすごと、ドアから出て行き――――その、寂しげな後姿に。
オレは、思いっきり、中指を立ててやる。
……………………………………………………………………。
「そうそう、着替え終わったら、呼ぶんだよvv」
閉まった、と思ったドアは。
数秒の間を置いて。再び、ガチャリ!! と、開かれた。
――――だが、生憎と。オレには、マジックの行動パターンなど、お見通しだ。
構えておいた枕を、力いっぱい投げつけてやると。
ばすんっ、と鈍い音と共に。
見事にヤツの顔面を、直撃し―――真っ白な羽毛が、周囲に舞い上がる。
「――――姑息な手段で、覗こうとしてんじゃねぇ。見え見えなんだよ」
「ふっ、中々やるな、シンタロー」
マジックは、妙にカッコをつけたポーズで、髪をかきあげたりしているが。
枕の羽毛塗れでは、これっぽっちも決まるハズが無い。
そもそも、覗きをオレに見破られてこのザマなのだから―――どう考えても、むしろ格好悪い。
「~~~~出・て・けッッ!!」
眉と瞳をセットで吊り上げ。しっしっ、と野良犬を追い払う仕草で、手を振ると。
―――幾つになっても、ワガママなんだからvv。とか。
勝手な負け惜しみをホザきつつ、ようやく扉が閉められる。
――――っつたく、と。軽く、舌打ちして。
オレはあらためて、部屋の中を検分してみた。
レイアウトは、完全に女の子向け――――というより、ドコぞの姫だか女王だかの部屋のような、美麗でゴージャスなインテリアとなっているが。
部屋の間取りを見るに、元はマジックの部屋であった場所だと思う。
確認のつもりで。アンティークな浮き彫りを凝らした窓に寄り、外を見てみると。
遥か下方には、真っ白な雲海が広がっていて。
「―――冗談」
シンタローの唇から、溜息混じりの呟きが、洩れた。
もちろん、本来なら。父親の住居であったこの塔は。
せいぜいが、30階建ての建物程度の高さで。
雲の上まで突き抜けているような、非常識な場所では無かったハズだ。
この部屋同様、アーパー親父が魔力でもって、妙な改築をしたんだろーけど。
ダメモトで、背中の辺りに意識を集中してみる―――けど、やっぱり。
オレの『悪魔の翼』は、開かなかった。
魔力が使えないのなら。その源である翼も、使えなくなってるだろう、とは思っていたけれど。
――――くっそ。やっぱ、自力脱出は、相当難しいよナ。
少なくとも、現在のこの状況。
女になって、腕力と体力が相当落ちている上に。魔法も、ガンマ砲も使えねーし、翼も開かない。
いくらアホ親父とは言え。武器なんかの類を、置いておいてくれる程、甘くも無いし。
例えあったところで、今のこの体じゃ、まともに使いこなせるハズもねぇ。
………助けが来るまで、この遊びに付き合うより他、無ぇのかよ―――と。
ついにオレは。ベッドに投げ出されている青いドレスを。
イヤッそーな顔で、摘み上げた。
ドレスなど、もう着せられている。
一枚が二枚に、二枚が三枚になったからといって、もはや問題はあるまい―――と。
オレは、まだ抵抗の残る自分に、無理矢理に言い聞かせてみた。
―――大体。あの辺りに、ぶら下がってる。
メイド服やら、セーラー服やらを着せられるよりは、余程にマシだ。
まぁ、あのアーパー親父のコト。アレも、その内着せる気満々で、用意しやがっているのだろうが。
………言いなりになるのは、凄まじく気に食わねぇ。
けど、助けが来るまで。せいぜい、着せ替えゴッコででも時間を稼ぐしかねぇ。
何せ、あの父親のオレに対する執着は、常軌を逸している。
―――考えたくも無いのだが。
万が一にも、アレがこうなって、どうこうあって。それでもこんなで、でもって、その上………イヤ止そう、考えるな!! 考えるんじゃねぇ、オレ!!!
余りに、エグイ事態を想像してしまった為に。
軽く、吐きそうになってしまい―――激しく左右に、首を振って。
オレは、ロクでもない想像を振り払う。
――――と。ふと、妙な気配を感じて。目を眇め、天井を振り仰いだ。
………どうやら。あのオッサン、懲りるっつーコトバを知らねぇようだナ。
怒るというより、もはや呆れて。
今度は何をぶつけてやろうかと―――身近で適当なものを、物色していると。
目にとまったのは、ベッドの天蓋部を支える、銀色の支柱だった。
………コレ、使えるかも。
そう思ったオレは、おもむろに。
天蓋を外し、留め金部を解体して、単なる鉄製の棒にしてしまう。
―――この間に、不穏を感じ、逃げていれば良し。
でなければ…………。
「オイ。しつっけーぞ、テメェ!!!」
今のオレには、結構重く感じる、ソレを。
ズサっと、天井部に突き刺す―――思ったとおり。
突貫工事だけあって、作りは弱く。あっさりと、天井裏へと貫通した。
―――お、手応えあり。
パラパラと落ちてくる漆喰から、目を庇いつつ、オレはほくそ笑み。
えいやっ、と引っこ抜いたソコには、真っ赤な血が付着していて。
更には………ぽこっと空いた天井の穴から。
タラタラと血液が滴ってきて、結構ホラーな光景が展開された。
―――ひょっとして、殺っちまったんじゃねぇだろうな?
思った以上の大惨事に、オレが少々不安になっていると。
「―――ふっ、さすがだね、シンちゃん」
がこっと、天井の一部が取り除かれ。
穴の空いたデコから、だーらだーら、流血しながら。
またも見破られたマジックは、爽やかに笑いつつ顔を覗かせる。
「いいから、血ィ拭けよ………ってーか。覗くなつっとろーがッッ!?」
「―――ケチ」
「~~~~~~てんめぇ、まだ言いやがるかッ!!??」
******************
それでも、どーにかこーにか、マジックを叩き出したオレは。(どうやったのかは、聞かんでくれ。不毛なコントを思い出すだけで、疲れてくるから)
手当たり次第にその辺りのモノを、ドアの前に移動して、簡易バリケードなんか作ってみた。
………まぁ。回想シーンからさえ湧いて出てくるという、(ちょっと不気味な)特技を持つ相手だけに。
こんなモンじゃ、殆ど気休めにしか、ならないのだけれど。
しかし、いくらヤツでも。
もうそろそろ「チョッカイをかければかけるほど、着替えが遅くなる」という法則には、気づく頃だろう。つーか、気づいてくれ。頼むから、もう、ホントに。
大体「着替えろ」命令出した本人が、一番邪魔をしやがるんだから。
まったくもって、理不尽な話だぜ。
作業を終え、大きく肩で息をついたオレは。
―――ちょっと休憩、と呟いて………そのままズルズルと、床にへたり込む。
情けないコトに。
あの程度のバリケードを、作っただけだというのに。
現在、女の腕力・体力でしかない―――それでも、普通の女よりは力持ちだし、体力もある方なのだろうけれど―――為に、すっかり息が上がってしまっていて。
ピッタリ、身体にフィットしたドレスの。
窮屈な胸元を、ぐい、と寛げ。パタパタ手で、風を送りこみつつ。
オレは『やれやれ』とか、年寄り臭い呟きをもらす。
習慣で。そのまま、あぐらをかこうとし………瞬間。
太腿辺りに、何かが引っかかる感触と共に。ピッと、不吉な音が響いた。
あっ、と思ったときには、既に遅い。
赤いタイトなスカートの、スリット部分は。
今や、太股の半ばどころか。腰の近くまで、パックリと破れてしまっていて。
………危ねぇ、危ねぇ。危うく、パンツ丸見えになるトコだったぜ―――って、イヤ別に。男なんだから、トランクスぐらい披露したところで、どうということもねぇんだけどナ。
………って、まさか。
今まで、気づかなかったコトが。相当、うっかり………というか。
自分で思っているよりも、この事態にカナリ、動揺していたのだと思う。
オレは、恐る恐る、短いスカートの裾を持ち上げ―――変態、とか言うなよッ!?
重要な問題なんだからなッ!? ―――直後に。
見なければ良かった、と激しく後悔した。
………凝り性のマジックに、手抜かりは無かった。
ドレスの下に、オレが纏っていたものと言えば。
女物の、総レースのパンツ―――というか、パンティってーの? ピッタリ尻に張り付く、穿いてる意味も無いような、ちっぽけな布っ切れ―――しかも、色は黒。
もちろん、ブラジャーとはお揃いであろう。コレはもう、確認せずとも予想がつく。
そして。眠る自分に、その両方を着替えさせたのは………もちろん。
………生かしちゃおけねぇ、あのクソ親父ッッ!!
せっかく下がってきた血が、また一気に沸騰し。
決意も新たに、がんっ!! と。
力一杯、床を拳でぶん殴って―――通常であれば。
オレの怒気に任せた、その一撃は。見事なひび割れを、生じさせていたであろうに。
生憎、現在の腕力では。
傷一つ入らなかった上………一瞬の時間差の後。
打ち付けた腕に、ビリビリとした痺れが、這い登ってきて。
拳が砕けたんじゃないか、と思うほどの痛みに。
オレの顔色は、青くなり―――赤くなり。仰け反って、絶叫する。
「い゛ッデぇぇぇ~~~~~~ッッ!!!」
じんじんと、一気に腫れ上がった拳を。涙目で、フーフー、冷やしながら。
女性というものは、コレほどまでに、非力で不便なモノだったのか。
―――今度からは。顔の美醜に関わらず、女性には親切にしよう、と。
哀しいだけの、実感と共に。
オレは、日頃の自分の行いをも………つくづく、反省してみる。
しばらくすると、痛みと痺れは薄らいで。
自業自得とはいえ。
これ以上、厄介な状況を招かなかったコトに、とりあえずホッとした。
まぁ。状況は、相変わらずサイテーなままなのだけれど。
それどころか、あのアーパー親父のコト。
着替えさせている途中、記念撮影やら何やら。
いらんメモリーを増殖させていることは、想像に難くない。
………いっそ、塔ごと葬り去ってやっか。
物騒なコトを考えつつ、オレはきりきりと唇を噛む。
もっとも。
自分の身を守ることさえ、ママならないこのザマで。
反撃に打って出ようにも、今の所。こちらの分は、一つも無いのだけれど。
それでもオレの中に、闘志はフツフツと、湧き上がってくる―――ちなみに。原因は何かを真剣に考えると、せっかくの闘志が萎えていくので。敢えて、ムシすることにし―――とにかく。この、クソ動きにくい格好を、何とかしようと思う。
バリケードを作ったせいで、汗をかいてしまったし。
胸元も乱れているし、散々かきむしった頭はボサボサだし。
オマケに破れたスリットから、動く度にパンツが覗く(!!)し。
見ようによっちゃ、強姦されかけたようにさえ、見えるだろう。
このままでいる方が、よほどに危ない。
―――けど、このまま。
マジックの着せ替え人形でいるのも、マッピラゴメンだぜッ!!
マジックの用意した、マーメイドドレスを。憎憎しげに、蹴っ飛ばすと。
オレは、ドレスの林に首を突っ込み、物色を始めた。
―――それにしても。どれもコレも、見事なほどに『女らしい』服しかねぇナ。
パッと見、オレが求めている種類の、動きやすい服は見当たらないが。
しかし、ナメてはいけない。
『王子』という身分にも、関わらず。
今まで、イロイロあったおかげで。オレの特技は、家事全般に渡る。
―――無けれりゃ、作ればいいんだよッ♪
針と糸を取り出すと―――どっから出した、とか突っ込み厳禁。このくらい、今時のデキる男のたしなみ(!?)だぜ―――伸縮製のある布地のドレスを、選び出し。
しばし、チクチク、裁縫に勤しんで。
出来上がったのは。黒いタンクトップと、黒のショートパンツ。
それに、アンサンブルから剥ぎ取った、黒のジャケットを羽織った。
本当のトコロ、パンツはロング丈が良かったのだけれど。
布地の都合上、ショート丈にするしかなかった。
ちなみに。どこぞのどーしようもない親戚が率いる、某隊服を連想させる黒で、敢えて統一したのは。
―――下着が、黒なんだからしょーがねぇだろッ!? 淡い色だと、透けるンだヨッ!!!
『アノ』マジックの、コレクションだ。
探せばもちろん。下着だって、もっとマシなのが見つかっただろうが。
見つけ出せたトコロで、自分で着替える自信は全ッ然ッ、無い。
単に、脱いで穿くだけだけのコトなんだけど。
………ヘンタイになった気がするから、ぜってぇイヤ。
げんなりと、胸の内で言い訳して。
ようやく、不自由な格好から解放されたオレは、ゴロンと床に寝そべる。
着替え終わったら、呼べと言われていたのだけれど。
どーせ呼ばずとも、その内しびれを切らして、勝手に入ってくるだろう。
………そう。言いなりになんて、なってたまるかヨ。
先刻は、コッチも相当動揺していた。
だから、ついうっかりマジックのペースに巻きこまれ。いいように、扱われてしまったけれど。
諦めて、助けを待ってるなんて、オレじゃねぇ。
落ち着きを取り戻すと。生来の負けん気が、頭をもたげてきて。
―――そうだ。武器だって、無ければ、作ればイイんだよなッ!?
がばり、と起き上がると。
オレは、その辺り中を引っ掻き回し。
手当たり次第に、使えそうなモノを掻き集め始めた。
******************
「シンちゃーん? お着替えすんだぁ?」
マジックの声が、響くと同時に。
ガチャリ、と。ノックも無しに、扉は開かれた。
勝手に入ってきた、マジックは。あまりの部屋の荒れ様に。
一瞬、そのまま立ちすくむ。
「ええと………シンちゃーん??」
しかも、閉じこめていたハズの息子(娘?)の姿が、消えていて。
呼びかけても、部屋の中は、シンと静まり返ったまま………。
「あーあ、こんなに散らかしっぱなしで。お片付けもしないで、ドコに行ったんだろうね、シンタローは」
………相も変わらず。
そういう問題では無いだろう、という内容を。
ブツブツと、呟きつつ、彼は。
床にもベッドにも。
至る所に散乱した洋服を避けながら、求める相手を捜す。
「シンちゃーん………おーい、シン子ちゃーん?」
当人が目の前にいれば、殴られるだけではすまない呼び方で。
棚を覗き込んだり、机の引出しを開けたり―――入るわけねぇだろーがッッ!! バカにしとんかいッッ!!! ―――うろうろと、辺りを探し回り。
………不意に。
ことん、と。
完全に天蓋をもぎ取られた上。隙間も見えないほど、服の散乱したベッドの辺りで。
小さな物音が、響いた。
「シンタロー? そこにいるのかい?」
マジックは、疑う様子も無く、ベッドの下を覗き込む―――その瞬間。
トラップは、作動した。
マジックの左右から。
あり合わせの材料で作った、ベトコン仕込みのパンジステークが襲い掛かり。
油断しきっていたトコロに、まともにヒットする。
………今だッッ!!!
先刻、マジックが覗こうと潜んでいた、天井裏に隠れ。
一部始終を、息を詰めて見つめていた、オレは。
真っ赤な血飛沫が上がったコトを確認し、抱えていたシーツを、バサリと落とす。
続いて、身軽にソコから飛び降りると。
天蓋の支柱を数本束ね。掻き集めたワイヤーで強化した、獲物を武器に。
オレは。今まで我慢しつづけていた、ストレスの総てをぶつけるがごとく。
徹底的に、連続殴打をカマし、蹴りを入れる。
「誰がッ『シンコ』ちゃんだッ!!! オレは漬物じゃねぇんだヨッッ!!!」
………ただでさえ、女になって、力が落ちている。
並の相手ならともかく、魔王マジックなのだ。
殺すつもりでやっておかないと、逃げるまでの時間さえ、稼げない。
「クソっ、しぶてぇぞッッ!! とっとと倒れろっつーのッッ!!」
意外に、最初のダメージが少なかったのか。
それとも単に、現在のオレが非力なせいなのか………中々に、マジックはしぶとく。
しばらく「ひぃっ!!」とか「ぎゃふっっ!!」とか叫びつつ、赤く染まったシーツに包まれたまま、もがいていたが。
「………………」
いい加減、オレが疲れてきた頃―――床に倒れこみ、ようやく完全に動きを止めた。
ぜいぜいと、肩で呼吸をしながらも、オレは。
滴る汗を拭うと、強化型鉄パイプを放り出し。ダッシュで、ドアへと向かい。
飛びつく勢いで、ドアノブを捻ると、勢い良くドアを開け放つ。
―――よっしゃあッ、第一関門突破だぜッッ!!!
「どこへ行くんだい、ボーヤ?」
「………へ?」
思わず、ガッツポーズなんか取っていた、オレは。
頭上から降ってきた、涼しい声に、キョトンと顔を上げ。
―――目にした、衝撃の光景に。
パカーンと大きく口を開け、完全に固まってしまう。
そこには。
ボコボコにしてやったハズの、父親が。
ニコニコ笑いながら―――しかも、目は笑ってねぇっ、恐ぇぇッッ!!!―――出入り口を塞ぐかのように、立ちはだかっていて。
「勝手に、お外に出ちゃダメだろう? さぁ、戻って戻って」
まるで、小さな子供でも、扱うかのように。
硬直したままのオレの体を、抱き抱えて………そのまま、中に戻される。
―――パタン!! と。
希望への扉が、閉まる音に。
唖然としたままだった、オレはふと、我に帰り―――恐る恐る、背後を振り向いた。
………じゃあ、さっき、オレが。
完膚無き迄に、叩きのめしたのって………ダレ??
こわごわと、血染めのシーツを見つめていると。
………やがて。真っ赤に染まったシーツは、もそもそと動き出し。
「う、うぅ………な、何どす………」
現れたのは。完全に顔の形の変わった―――しかし、とっても見覚えのある青年。
「あ、アラシヤマぁ!? 何で、テメーなんだョッッ!!!」
突然現れた、オレの部下兼ストーカー(ヤヤコシイ生き物だヨ、ほんとに、コイツはッッ!!)に。
ギョッとして、詰め寄ろうとしたオレだったが―――しっかりオレの体を拘束する、マジックの腕が。ソレを、許さない。
「ふふふ、スゴイだろう? パパの変わり身の術♪」
得意満面、耳元で囁かれ。
「―――あぁあぁッ、プリンセステンコーもビックリだョッッ!!!」
半泣きで、オレは怒鳴り返した。
入ってきたのは、確かにマジックだったのに。一体、イツ、どうやって入れ替わったものか。
恐るべし、魔王の(カナリ無駄なコトに消費されている)魔力ッッ!!
「あぁ、シンタローはんッッ………わて、シンタローはんの、隠し撮り写真の整理しとりましたら………急に、目の前が、暗ぉなりまして………気がついたら、こないなコトに………一体、ダレが………」
「あ、そぉぉ。大変だったナ」
『隠し撮り写真』云々の台詞に、オレは。いつかコイツごと吹っ飛ばしてやろう、という密やかな決意を固めたけれど。
一応加害者である為に、ちっとは同情しているような顔を、作ってみる。
「はぁ………ここ、天国どっしゃろか………わて、シンタローはんが、おなごはんみたいに、美しゅう見えますわ…………」
「そうか、良かったナ。んじゃ、そのまんま、成仏しろョ?」
半死半生で、虚ろなウワゴトを呟きつづける、アラシヤマを。半眼で、見つめつつ。
ボコにしてしまったのが、半不死身のナマモノなコイツで。ホントに良かった、と。
しみじみ思うと、自然に笑顔になった―――ソレが、いけなかったらしい。
「………って、シンタローはん? 何やホンマに、おなごはんにならはってまへんッッ!?」
叫んだ、アラシヤマの視線は。
黒いタンクトップごしに、ツン、と盛り上がる。
形のイイ、二つの膨らみに、ピタリと照準を合わせていて。
「―――てめぇっ、ドコ見て、言ってンだヨッッ!!??」
思わず赤面しながら、オレは。前をかき合わせ、慌ててくるりと後を向く。
すると。
マトモに、マジックと向かい合わせになる、姿勢になって。
~~~~~~ッッ、うあぁッ!! 前門のアラシヤマ、後門のマジックッッ!!??
正に、究極の選択で。進路も退路も断たれ、ひたすら冷汗をかくばかりの、オレに。
「シンタローはんっッ!! わての為に、そんな美しゅうなってくれはったんどすなッッ!!??」
「ちっが――――――――――うッッッッ!!!!」
一体、何をどう都合よく解釈したら、そういう結論に達するんだッ!? テメェはッッ!!
オレの心の底からの絶叫を、モノともせず。
がばあっっ!! と復活したアラシヤマは。
モトモトの流血に、鼻血まで加えて。
凄まじいスピードで、こちらへ向かい走り寄ってくる。
「やっと、わてのお嫁はんに、なってくれはるんどすなッッ!!??」
「ならねぇヨッッ!!!!」
―――大体テメェ、常日頃主張してたのは『心友』だろーがッッ!! 勝手に『嫁』にすりかえてんじゃねぇぇッッ!!!
思いっきり引いている、オレの心を知ってか知らずか。
「マジック総帥ッ!! わてのシンタローはんから、離れておくれやすッッ!!」
ごおぉぉぉッッ!! とか。
無謀にも、盛大に背後から炎を噴出し、燃え始めた。
「ほぉ? 私と戦うつもりかい、アラシヤマ?」
面白そうに微笑う、マジックの青い瞳が、冷たく煌き―――途端に、自分が挑んでいるのがダレなのか、思い出したようで。
一瞬、アラシヤマは怯んだように立ち竦む。
「―――オイオイ。テメーの敵う相手じゃねーぞ、やめ………」
………待てよ?
勝負になるはずも無い、無謀なアラシヤマの挑戦に。
一応、制止しようとした、オレは。ふと、思いつく。
―――コイツに、マジックを押し付けておけば。オレが逃げる時間ぐらいは、稼げねぇか?
何と言っても、実力に差はありすぎるけれど。
足止めぐらいには、使えるかもしれない………ィよォしッッ!!!
「アラシヤマ、助けてくれ」
マジックに、拘束されたまま。
オレは、及び腰になってきたヤツに、そう呼びかける。
「シンちゃん?」
「し、シンタローはん??」
滅多に聞けない、オレの殊勝な台詞に。
それぞれから、不思議そうな声が掛かるが。
オレは、アラシヤマだけをジッと見つめ………もう一度、繰り返す。
「頼む………オレを助けられるのは、『心友』のオマエしかいねぇ」
瞬きを我慢し、瞳をうるうると潤ませて。
なるべく可憐に見えるよう、上目遣いに。
ちょっとばかし、引きつりながらも―――だが、どうしても『嫁』とだけは言わねぇ―――そう、訴えてみると。
萎えかけていた、アラシヤマのやる気の炎が。
再び、一気に燃え上がった。
「もちろんどすッ、シンタローはん!! いやさ、シン子姫ッッ!! わてが、その魔王から必ず助け出してみせますえッッ!!!!」
―――姫じゃねぇし、漬物でもねぇヨ。どいつもこいつもッッ!!!
額に、クッキリ青筋を立てたまま。
オレはもはや、笑顔とさえ呼べない笑顔で「わー、頼りになるナー」とか。
おざなりにパチパチ手を叩いてやると。
―――すぐ側で、苦笑する気配がした。
「………なるほどね。おまえは勇者じゃ無いんだけど―――余興には、なるかな?」
呟くと、マジックは。ようやく、オレの体を解放する。
………勇者? 余興って――――??
その呟きの内容が、気にはなったものの。
このチャンスを不意にする程オレは、間抜けじゃねぇ。
「じゃあナ、アラシヤマ!! 後は頼んだぜッ!!」
「―――えっ、て、シンタローはんッ!?」
「オレは、オマエの足を引っ張んないように、先に逃げるわ♪」
睨みあう二人に、くうるり、背を向けて。
スタコラサッサと、走り出す。
「シ、シンタローはーんッッ!!??」
「まぁ、お姫様は戦うものじゃないしネ。じゃあ、行くよ? アラシヤマ」
あ―――――。親父のヤツ、この状況、楽しんでやがる。
対する、アラシヤマは。オレに見捨てられ、再び及び腰になったようだ。
最初ッから、アラシヤマごときが、マジックに勝てるとは思っちゃいないケド。
―――オレが逃げられるだけの、時間ぐらい。稼いでもらわなきゃ、困るし。
しょうがねぇな、と。こっそり舌打ちして、オレは。
一変、表情を変える。
走りながらも、振り向いて、にーっこり、と。
極上の微笑みを、披露してみた。
「待ってるから、早く来いヨ?」
ついでに、ウインクなんかもサービスでつけてやると。
途端に、ぶ――――ッッ!!! と。盛大な鼻血の噴水が、四本立ち昇り。
「~~~~~~ッッ!!! シン子姫ッッ!!! 大船に乗ったつもりで、わてに任せといておくれやすっっ!!!」
「ズルいっ、シン子ちゃん!! ソレ、パパにもやってよッッ!!!」
………モトに戻ったら、コイツら。絶対、完膚なきまでに、ぶっ殺すッッ!!!
そう誓って、逃げつづける。その時のオレの表情は、多分。
般若の面も、ゴメンナサイ、と。
謝罪してしまうほど、凶悪な表情であったことだろう。
キンタロー「…………拍手、すまないな」
アラシヤマ「…………おおきに、どす」
キンタロー「………以下、お礼SSだそうだ」
アラシヤマ「………かまんかったら、読んどくれやす」
キンタロー「…………」
アラシヤマ「…………」
キンタロー&アラシヤマ「………(ナンでこの組合せでお礼なん(どす?)だ?)」(冷汗)」
風邪予防には、パパが効く?
「おっかえり~、シンちゃんvv」
「………おぅ」
士官学校を終え、粉雪の舞う中、帰宅してみると。
数週間ぶりに、父親が遠征地から帰宅していて。
………ちっ。
どっか寄り道してから、帰ればよかったゼ。
自分の姿を、認めた瞬間。
思いっきり眉間にシワを寄せた、不機嫌な表情の息子だが。
「お疲れ~、寒かっただろう? 早く入って入ってvv」
殆ど、夫の帰りを待っていた、新婚な妻のごとく。
マジックはその体を抱きしめんばかりに、家の中に引きずり込むと。
強引にコートを剥ぎ取り、スリッパを出す。
「言われなくても、入るっつーのっ! だぁぁっ、うっとおしいっ、まとわりつくんじゃねぇッッ!!」
「あ、そうそう♪ 甘酒あるんだケド、飲まない?」
―――さすがに、乳幼児からの、付き合いではある。
『うざってぇんだよ、てめぇはッッ!!!』と。
今日一日の、士官学校での疲れと。
父親より与えられる、ストレスの相乗効果に。
思わず暴れ出しそうだった、シンタローは。
その、ピンにポイントを突いてきた、誘惑に。
「………飲む」
思わず―――こっくり、と。素直に頷くと、リビングに向かう。
そこに鎮座していたのは、真冬の風物詩。
ほかほかと、見た目にも温かそうな”コタツ”に、潜り込むと。
冷え切った体を。じんわりと、心地良い温もりが包んでいく。
―――あー、やっぱ。コタツは、日本人のココロだよなァ………。
オレってやっぱ、根っからの日本人なんだよナ、と。
うっとり浸っている、シンタローの前に。
トン、と。
ほかほか湯気の立つ、甘酒の入った湯のみが置かれた。
「ハイ。お待たせ、シンちゃん」
「おぅ、サンキュ………!?」
冬はヤッパ、コレだよなァ♪ と。
手元に引き寄せようとして………しかして。
スイッと、その湯飲みは。
シンタローの手から、遠ざけられる。
「………テメ、何のつもりだョ」
「ところで、シンちゃん。帰ってきて、ちゃんとうがい手洗いした?」
「あぁ!? してねぇョ、それがどーした」
―――ガキじゃねーんだゾ、オレはっっ!! と。
せっかくのイイ気分に、水を差され。
ナニやら『お預け!』とか連想させる手付きで。
彼から湯飲みを遠ざけている、マジックに。
シンタローは、不機嫌な眼差しを向け………ソレを奪い取ろうとするが。
「ダメだぞぉ、シンちゃんvv うがい手洗いは、風邪予防のキホンだよ。ハイ、甘酒の前に、ガラガラしてきなさいvv」
~~~~ナメとんのかッ、このアホ親父ッッ!!!
にこにこ、にーっこり。
完全に『ワガママ息子を諭すパパ』な顔で、湯飲みを高く持ち上げられ。
「だ――――ッッ!! 風邪引くようなヤワな鍛え方、してねぇっつーのッッ!!」
盛大に、カチンときたシンタローは。
ムキになって伸び上がり、マジックの手からソレを奪おうとする(まだ成長期途中の、この時点では。マジックとの身長差は、結構あった)。
「風邪は、ウィルスなんだから。鍛えてるとか関係ナイんだヨ? ウィルスが強力だったり、大量に………」
「いーからっ、寄越せってッッ!!」
―――いい加減にしねーと、眼魔砲カマすぞ、テメェッッ!?
一向に、言うことをきこうとせず。
覚えたての、必殺技の構えまで見せる―――そのムキになっている様子は、鼻血ものに愛らしいのだが―――愛しい、ワガママ息子に。
どうしたものか、と。
高い位置で、甘酒の湯のみを掲げたまま、思案したマジックは。
「………ふぅ。しょうが無いねぇ」
―――まったく。幾つになっても、ワガママなんだから、と。
呟くと。
シンタローに、くるりと背を向け。
素早く一口、中味を口に含んで。
「あぁっ、オレの甘酒………!!??」
盗られた、と勘違いし。
盛大に抗議の声を上げかけた、シンタローの唇に………己の唇を、合わせた。
薄く開いた、シンタローの唇の隙間からは。
優しい甘さの液体が、ゆっくり流し込まれてきて。
「さて、どうする? シ………」
唇を、離した後も。
まだ、ボーゼンと固まっている、息子に。
ニッコリ微笑む、マジックの問い掛けの半ばで。
「……………………ぅッッッ!!!!!!!!!!!」
一気に、我に返ったらしい、シンタローは。
そのまま口元を押さえ、くぐもった悲鳴と共に。
猛然と、流し台へとダッシュを掛けて。
―――うぇぇぇぇっっ!!
ガラガラ、ゴロゴロッッ!! ペッペッペッ!! ガラガラゴロゴロッッ!!
………それはそれは、盛大な。
ジャーッという水流音と、うがいの音が、家中に響き渡った。
「シンちゃん………うがいしてくれるのは、嬉しいケド」
―――ソコまでやられると、パパ、ビミョーに傷付くナ。
自ら思いついたとは言え、思った以上に派手な息子のリアクションに。
マジックは、情けなさそうな顔で、呟く。
それは。
シンタロー、17歳の冬の出来事。
”ファーストキスを、父親に奪われる”という。
後々までのトラウマとなった、衝撃の事件であった。
<終>
○●○コメント○●○ というわけで、マジシンわっしょい!!! で。(←は???)
ウチでは、生臭い関係になったのは(←その表現、止めいっちゅーの!!!)基本的に卒業後、というわけでー(笑)
日々調教中♪ デスネvv
ティラミス「拍手、ありがとうございます」
チョコレートロマンス「拍手、ありがとうございます」
ティラミス「以下、御礼SSだそうです。よろしければ、ご覧下さい」
チョコレートロマンス「『当サイト名物、叩いて行く度危険度が増えるッ♪』SSです………って、こんなの披露してもいいのか?(こっそり)」
ティラミス「………聞くな、オレに」
洗濯日和 ~マジシン編~
見上げると、目に染み入るような青。
白い雲とのコントラストも、眩しい―――そんな。
天下一品の、秋晴れの朝。
ふんふふふ~~~ん♪♪ と。
鼻歌混じりの、実に上機嫌なご様子で。
鮮やかな手並みでもって、次々と洗濯物を干して行くのは。
堂々たる体躯に、レーシィなシャツの良く似合う、金髪英国紳士。
…………と。
「親父ィッッ!!」
実に平和な(視覚的に、ちょっと妙だが)朝の一幕に。
突如、乱入してきたのは。
艶やかな黒髪を誇る、東洋美人な―――彼が、溺愛してやまない――― 一番上の息子。
「何してんだ、テメッ!!」
………が。
いっそ迷惑なほどの愛情を、一心に注がれている、彼は。
現れるなり、ドスを効かせた声で、そうスゴみ。
「んー? 洗濯物、干してるんだヨ??」
それがどうかした? とか言わんばかりの、アッサリ口調で。
マジックは、キョトン、と。邪気なく、首を傾げてみるが。
「その、手にもってンのはッッ!!??」
「パンツ」
「………誰のッ!?」
「シンちゃんの♪」
――――――みぃん、とした沈黙が。
ほんの数瞬、辺りを支配し。
「勝手に、洗ってんじゃねぇぇ――――ッッ!!」
罵声と同時に、シンタローは。
力一杯、タメ無し眼魔砲を放っていた。
親譲りに、家事の得意なシンタローである。
いつもであれば、忙しい日々の中でも。
自分の下着ぐらいなら、入浴時に、一緒に洗ってしまうのだけれど。
昨日は、仕事がかなり押して。
家にたどり着いたのは、早朝と呼ばれる時間。
そのまま、部屋に入るなり。
バタンキューで、眠ってしまった。
―――まぁ、丁度。今日は、久々の休みであるし。
制服と一緒に洗えばいいかー、とか。
先刻。シャワーを浴びつつ、思っていたのだが。
風呂から、上がってみると。
着替えだけを残し………脱いだ服は一式、その場から消えていて。
思わず血相を変え、駆けつけた次第である。
「………う、だ、だってっ!! 一人分だけ別なんて、不経済でしょぉ??」
頭ごなしに、眼魔砲の洗礼に会い。
ぷすぷすと、黒くくすぶりつつ。
でも割と平気そうに―――ええいっ、この人間離れした中年めッッ!! ―――意見してくる、マジックから。
「いいから返せよッ、触ンなっ、オレが干すッッ!!!」
シンタローは、洗濯カゴを奪い取ると。
――――まったく、油断もすきもあったもんじゃねぇ、と。
ブツブツ、悪態を吐きつつ。
オロオロと謝罪するマジックを、完璧に無視し。
父親以上の、手際の良さで。
さっさっと、籠の中身を片付けていく……………。
「………ねェ、キンちゃん?」
お砂糖タップリ♪ のフレンチトーストに。
更にたっぷり、ハチミツを注ぐという。
見ているだけで胸焼けのしそうな、朝食を摂りつつ。
グンマは、実に可愛らしく。
向かいに座る従兄弟に向かい、小首を傾げた。
「何かー、アレ。”やもめの父親と思春期の娘”の会話に、聞こえるんだケド………」
………気のせいかナ?
更に、反対側に首を傾けた、その意見に。
問い掛けられた、キンタローは。
バターを塗っただけの、トーストを。
コーヒーと共に、飲み下して。
「イヤ。オレにも、そう聞こえる」
―――きっぱりと、断言し。
そのまま、顔を見合わせた従兄弟達は。
………”やもめの父親”だけなら、そのままだったのに、と。
流れゆく雲を、見つめつつ。
とことん不器用な、従兄弟を想い。
つくづくと、溜息をついた。
<終>
○●○コメント○●○ 子離れできない母親と、思春期の娘でも可デス(笑)
それでも、シンちゃんは、娘………(爆)
パンツに名前を書いてそうvv というご感想を下さった方、ありがとうございますvv
コタローちゃんのパンツに書いてるンだから、もちろん、シンちゃんも書かれるでショーね。
マジシンの、パンツにナマエ、な攻防戦も楽しそうですー♪♪