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「なぁ、夢って抑圧されてる願望を出して、欲求不満を解消する作用があるんだってよ」

「マジで?オレ、こないだモー娘。全員が妹になる夢見たけど、別にモー娘。興味ねーよ?曲とか1曲も知らねーし」

「モー娘。は問題じゃなくて、妹がたくさん欲しいって意味なんじゃねーの?」

「えー?まじで?それはそれで何かショックだー…」

扉の向こうを、生徒たちがくだらない話をしながら通り過ぎて行く。

話し声が聞こえなくなったところで、アラシヤマは押さえつけていたシンタローの口から手を離した。

「危なかったどすなぁ、シンタローはん。下手に騒いでこないなトコ見られたら事ですもんなぁ」

アラシヤマの自室のベッドの上。
シンタローは一糸纏わぬ姿で横たえられている。

アラシヤマがシンタローの顔を覗き込むと、シンタローは面白くなさそうに顔を背けた。

横を向いてしまったシンタローの顔をとらえて、無理やりにキスする。

深く舌を絡めると、シンタローはわずかに反応を返した。

「…シンタローはん…。好きや…」

ちゅっと音を立てて唇と離す。

シンタローは憮然とした表情のまま、アラシヤマを真っ直ぐにとらえた。

「それで?これからどーする気だヨ?」

「…え?どーする気って…」

どーする気も何も。

その体に触れたくて。
とにかく好きだと言いたくて。

「…えっと…、あの…」

自分の衝動にすべてを任せてしまっていた。

改めてどうする?なんて言われても困る。

「…えっと、シンタローはんに触れたりとか…」

「もう触ってんじゃん」

「キスしたりとか…」

「さっきから何度もしてんじゃん」

じゃあ、今問われているのはこれから先のこと?

「オメーはオレを抱きてぇの?それともオレに抱かれてぇの?」

そんな風に、まっすぐに聞かれても困る。

太陽のように日の下を歩く、尊くて愛しくてたまらない人。



「わては…そんなんはどうでもええんや」

アラシヤマはシンタローの頬に顔を摺り寄せた。

「あんさんに触れられるなら、近くであんさんを感じられるならどっちでもええんや」

シンタローの首筋を舐め上げる。しなやかな筋肉がぴクリと動いた。

愛してる。
手が届かないと思っていた愛しい人がこの腕にいる。

それだけで、溶けてしまいように気持ちいい。

「…でもっ…、ホントはどっちがイイんだョ?」

シンタローはアラシヤマの肩を押した。

自分の要望を聞いてくれようとするだけで、もう天にも昇る気持ちだというのに。

シンタローが可愛くて嬉しくて、顔が緩むのを抑えられない。

「…そうやなぁ…」

わては、本当は………。










ガタンッと突然目の前が揺れた。

「ああ、悪い。ぶつかった?」

顔を上げると、生徒二人が机に腰掛けてアラシヤマを見ていた。

「もう授業終わったぜー。お前、ぶっ通しで寝てんだもん。センセも呆れてたぜ」

あたりを見回すと、数人の生徒がバラバラと教室を出て始めている。



………なんや、夢か…。



授業が終わったのも気がつかないまま、夢を見るほど眠り込んでしまったなんて。

しかもあんな内容の。


アラシヤマは思わず顔を抑えた。


「それで、モー娘。はどうしたんだよ?」

「それがよ、妹は妹なんだけど、一緒には住んでないって設定らしくてよー」

「どういう願望なんだよ、ソレ」

アラシヤマにぶつかった生徒は雑談に戻っている。
おそらく、夢の中にこの二人の内容が入り込んでいたのだろう。


アラシヤマは鞄をつかむと、逃げるように教室を出た。

顔の熱はまだ退かない。


夢が願望を表すのだとしたら。

自分はどう答えようとしていたのだろう?

彼を抱きたい?
彼に抱かれたい?


……そんなん、わかるわけないやろ……!!


恥ずかしさを秘めた苛立ちを抱えたまま、早足で玄関に向かう。

そこにいたのは、今一番会いたくない人物。

「あ、アラシヤマ、帰んの?オメー今日、すげぇ寝てたなー」

シンタローは靴を履き替えながら笑った。

これから部活なのか、紺色のジャージ姿だ。

「数学は寝ててもヘーキだけど、古典だけは気をつけろヨ。教科書1冊丸写しの刑だぜ」

そう言い残して、シンタローは校舎の外へ走り出して行った。



シンタローが去っていった後の玄関に立ち尽くす。


さっきの夢が何かを表しているというのなら。




ただ一つ明確なのは、この、もう隠せない恋心だろうと思った。










END
2007/02/02













すみません…ネタ覚えているうちに書いておきたかったんです…。







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バラ色の日々(3)

「おはよー、アラシヤマ」
「オーッス、アラシヤマ」
「あ!アラシヤマ君、おはよう」


「……おはようさんどす…」


寮から校舎に向かう5分の坂道。

聖サザンの学生達が、とぼとぼ歩くアラシヤマをどんどんと追い越して行く。

秋らしい晴天の朝にも関わらず、アラシヤマの足どりは重かった。

「何ダラダラ歩ってんだョ、アラシヤマ」

頭を軽く小突かれて振り向くと、パンを片手にシンタローが立っていた。

「…シンタローはん…、あんたさんのせいどすえ…」

アラシヤマは怨みのこもった目でシンタローを睨みつけた。

「ああん?挨拶されるようになって、何が不満だっつーんだョ」

ドスの効いた声で睨み返される。

「………ここの生徒はみんな性格が悪いどすわ…」

アラシヤマは小さく溜息をついた。


* * * * *


先週の生徒会選挙以降、アラシヤマは一気に学園内の有名人になっていた。

今では、アラシヤマに声を掛けることは、学園の流行ですらある。

もっとも、原因を作ったのはアラシヤマ自身だった。


生徒会選挙当日。

アラシヤマは緊張の余り、目の焦点が合わなくなりながらも、シンタローに支えられて、なんとかステージに立った。

緊張のあまりに全身の筋肉がこわばっているのか、ギクシャクと動くアラシヤマはまるで腹話術の人形のようだった。

その時点で既に失笑が沸き上がっていたが、体育館に響くざわついた笑い声が、アラシヤマの緊張にさらに追い撃ちをかけた。

『…あ…っ、わ…、わっ………わ…っ…』

マイクに通るのはアワアワした声だけで、言葉らしい言葉にならない。

5分ばかりもそんな状態が続いたあと、

『………』

とうとうアラシヤマは一言も喋らなくなった。

おかしいと思ったシンタローがアラシヤマの顔を覗き込むと…

アラシヤマは白目を剥いて立ったまま失神していた。

その場はシンタローが上手くフォローしたため、アラシヤマもシンタローも無事当選したが、アラシヤマには『気絶王子』という、不名誉なあだ名が残ってしまった。

ちなみにフォローに立ったシンタローの台詞はこうだった。

「諸君、ご覧のとーり、このアラシヤマという男はネクラで友達も無く、人との会話経験自体が乏しい男だ。
けれど、そんなアラシヤマ君すらも受け入れるのがこの学園の紳士たちであると思う」

かくして、『アラシヤマおはよー運動』が始まったのだった。


* * * * *


「おーす」
「…おはようさんどす」

アラシヤマとシンタローが教室に着くと、金髪メッシュの少年が二人を待っていた。

「あ、来た!シンタローさん、アラシヤマさん、オハヨーッス!」

「おう、リキッド。どーした?二年の教室まで来て」

リキッドはシンタローの部活の後輩だ。

「センセーから伝言ッス!今日の生徒会のことで」

リキッドは子犬のような笑顔でシンタローたちに駆け寄ってきた。

リキッドはヤンキー臭い外見の割には素直な性格で、先輩のみならず教師達からも可愛がられている。

面倒事を嫌がらないので、何かと頼まれ事を引き受けることが多かった。

しかし、性格はいいのだが、極端に運が悪いため、今回の選挙でも副会長に選出されている。

ちなみに、リキッドの学年はクジで役員を選出するのが恒例になっているが、リキッドがこのクジを引き当てるのは中等部から通算3回目。
本人も半ば宿命と諦めているらしい。


「で、なんだって?」

「えっと、明日、教職の先生が来るから集会仕切れってことと…」

「教職ぅ?珍しーな」

「ッスよね。オレもびっくりしたんスよ。でもこのガッコの卒業生らしいッスよ」

「ふーん、特異な奴もいるだな」

この学校の性質上、教職を取る卒業生は極めて稀だ。
事実、教職の学生を迎えるのは、シンタローの5年間の学園生活では初めてだった。

「あと、今日の役員会、第3会議室使えって。伝言は以上ッス」

「なんでだ?生徒会室使えねーのかよ?」

「なんか、職員室と生徒会室に工事入るらしいッスよ。セン…セントナルヒーリングがなんとかって」

「…セントラルヒーティングだろ…」

シンタローは軽く頭を抑えた。

「…だったかも知れないッス」

リキッドはぴょこんと首を傾げた。

キーンコーン…。

ちょうどいいタイミングで予鈴がなる。

「じゃあ、ちゃんと伝えましたからね!」

リキッドはシンタローに念を押すと、バタバタと駆け足で教室を出て行った。

「…まったく、ヒーリングしてどうするよ…」

シンタローは、可愛いけれどオツムの弱い後輩の行く末を思って、少し溜息をついた。

「リキッドは半分はアメリカ人でっしゃろ?お粗末な英語力でんなぁ…」

アラシヤマも呆れた声を出している。

「まったくな。外見は金髪碧眼のくせに、あいつ日本語しか話せないんだぜ」

しかもヤンキー語。と、付け足してシンタローは笑った。

「同じハーフでも、シンタローはんとは真逆でんなぁ」

アラシヤマも珍しく笑っている。

が、シンタローはアラシヤマの言葉に違和感を覚えた。

「…あれ?オレ、オメーに家のことなんて話たっけ…?」

キーンコーン…

本鈴のチャイムが鳴る。

「こらー、お前ら、席着けー」

チャイムと同時にジャンが教室に入って来た。

アラシヤマは質問に答えないまま、さっさと自分の席に着席している。

「あ、おい…」

「シンタローはん、先生来てますえ?」

アラシヤマは教室の前方を指差した。

「こーら、シンタロー。生徒会長がいつまでも席に着かんでどーする」

「…へーいへい…」

ジャンに促されて、シンタローは仕方なく自分の席に向かった。

一度だけ、後ろを振り返ったが、アラシヤマは窓の外を見ていて、視線は合わなかった。


* * * * *


「どうしたっちゃ?シンタロー、妙な顔して」

昼休み、シンタローはいつものように、ミヤギとトットリと学食に来ていた。

「…おかず足りなぐってもやんねーべ」

ミヤギが何を勘違いしたのか、自分のトレーを手で防護した。

「誰が取るかよ。そんなんじゃねーよ」

確かに、シンタローの目の前で1番人気のA定食が売り切れてしまい、シンタローひとりだけ、おかず少なめのB定食になってしまったが、問題はそこではない。

「誰かよ、アイツに俺んちの話ってしたか?」

ミヤギ、トットリはきょとんと首を傾げた。

「アイツって誰だべ?」

「アラシヤマだよ」

二人は顔を見合わせてから、ふるふると顔を横に振った。

「シンタローんちって、ガンマコンツェルンの話だべか?オラはしてねーけんど?」

「僕なんかアイツとまだ口効いてもないっちゃ」

「…だよなぁ…」

じゃあ、何で俺がハーフだと知ってたんだろう?

リキッドのような容姿なら、自ずと気付くのも当然だろうが、シンタローは日本人であった母の血を濃く引いており、髪も目も真っ黒だ。

外見から、シンタローが半分イギリス人であることを見抜くのは難しい。

シンタロー自身も、本当にあの父の血を引いているのかと疑いたくなるくらいだ。

「どしたべ?アラシヤマになんか言われたんか?」

黙り込んでしまったシンタローに、ミヤギが心配そうな顔をした。

「でも、シンタローはこのガッコの有名人だっちゃ。誰かから聞いててもおかしくないっちゃよ」

「まあ、そうかもナ」

ジャンあたりがポロっとこぼしたのかも知れないし。

シンタローは、親の威光を笠に着るのを嫌い、自らは決して家業のことを人に話したりはしない。

しかし、それでもこの学園の人間は皆、シンタローがガンマコンツェルンの跡取りであることを知っていた。

つまり、人の口に戸板は立てられないということだ。

「まあ、知ってても不思議はねーんだけどよ…」

けれど、何かスッキリしない。

アラシヤマ自身に聞こうにも、アラシヤマは休み時間ごとにどこかに消えてしまう。

昼食もどこで取っているのかわからなかった。

「でも、知られて困ることでもないべ?」

「みんな知ってることだっちゃ」

それもそうだ。自分でも何が引っ掛っているのかわからない。

「…だよな」

まあ、放課後にでも本人に聞こう。

シンタローは気を取り直して昼食を再開した。


* * * * *

キーンコーン…。

ひび割れたような古いチャイムが鳴る。

待ちに待った放課後。

シンタローはアラシヤマに声を掛けようとしたが、後ろを振り返ったときには、もう姿が消えていた。

アラシヤマの席は教室後方のドアのすぐ側なので、素早く行動されては捕まえられない。

「…ったく、どこに消えやがるんだあいつは…」

シンタローはガシガシと頭を掻いた。

「シンタローさーん!」

バタバタと喧しい音と共にリキッドが入って来た。

「オメー、二年の教室にそうしょっちゅうやって来んなよ」

「なんすか、その言い方!役員会で部活遅れるって、コーチに言ってきてあげたんスよ!」

リキッドはぷんすかと頬を膨らました。

「悪かった悪かった。よく気のつく後輩を持って俺は幸せだよ」

シンタローはぽんぽんとリキッドの頭を撫でた。

「ところでリキッド。オメー、アラシヤマ見なかったか?」

「え?ああ、ここに向かう途中で会いましたよ。非常階段に向かったんじゃねーのかなァ…。ケータイ、ブルってたっぽかったっす」

「ケータイだぁ?あんにゃろ、そんな文明の利器を持ってたのか」

「…今ドキ、みんな持ってるじゃないスか」

口答えするリキッドを軽く殴って、シンタローは非常階段に向かった。

この校舎の非常階段は古く錆び付いている上に、校舎の北側にあるため、陰気で寒い。

当然近寄る生徒も少なく、そういえばそんな場所もあったかと忘れ去られてしまうようなスポットだった。

…あいつ、なんだってわざわざこんなとこに…。

シンタローが錆び付いたドアを開くと、ヒュウと強い風が吹き込んできた。
台風でもくるのか、森の木々がザワザワと激しい音を立てている。

…いねぇじゃねえか…。

扉を開けた先にアラシヤマの姿はない。

シンタローが引き返そうとしたとき、風に掻き消されながら、僅かに声が聞こえた。

「へぇ……明日…。わ……ました…」

声は一つ下の階から聞こえてくる。

なんだ、下にいるのか。

しかし、電話を盗み聞きするのは趣味じゃない。

少しドアの前で待とうと、シンタローはドアに手をかけた。

「シンタロー…は……へん…。ころ…」

不意に聞こえた自分の名前。
シンタローはドアにかけた手を止めた。

ころ…?何て言ったんだ?…殺す?まさか、そんな馬鹿な。

カンカンと鉄の階段を昇る音が聞こえて、シンタローは慌てて校舎に戻った。

そのまますぐに側のトイレに駆け込む。

ガンと扉を閉める音は聞こえたものの、アラシヤマの足音は聞こえなかった。

しばらく待ってから、シンタローは顔だけ出して廊下を覗いた。

人気のない廊下はシンとしていて、シンタローは少しだけホッとした。


…俺を、殺す?
まさか、そんなドラマや漫画じゃあるまいし。

シンタローはくしゃりと髪をかきあげ、笑おうとした。
が、強張った筋肉は笑いの形を取ってくれない。

シンタローは今までに2度、殺されかけたことがある。

一度は3歳のとき、身代金目当ての誘拐専門の犯罪組織に。
もう一度は11歳のとき、父と対立し、闇に追いやられたファミリーの報復だった。

ガンマコンツェルンは、表向きは健全な多国籍巨大企業だが、裏では世界中のマフィアと繋がっている。

シンタローと、父である現ガンマコンツェルン総帥・マジックとの確執も、発端はそこにあった。

マジックはシンタローを子供扱いし、闇の部分を決して見せようとはしない。

けれど、シンタローは成長するにつれ、この強大な組織が正攻法のみで築き上げられたものではないことに気付かざるを得なくなっていた。


11歳を少し過ぎた夏の日。スクールバスを降りて家に入る一瞬のうちに、シンタローは誘拐された。

気がついたとき、シンタローは手足を縛られ、薄暗い倉庫に転がされていた。

「起きたのか。かわいそうに、もう少し寝てりゃ、痛くないまま死ねたのにな」

サングラスの男がスパニッシュ訛りの英語で言った。その場にはもう一人、スキンヘッドの男がいる。
男は無表情のまま、シンタローを見下ろしていた。

「悪いな。恨むなら自分の親父を恨んでくれ」

ガツっと銃口が額の真ん中に押し当てられる。
黒い鉄の、冷たい感触。

感じるのは、本能的な死への恐怖だけだった。
悲鳴をあげようにも、歯がガチガチと震え、声を発することすらできない。

ガチリと撃鉄が起きる音が聞こえた瞬間。

男の額が、サングラスとともに砕け散った。

シンタローの顔に生温かいものがぬらりと降りかかる。

男はそのまま、シンタローの上にどさりと倒れ込んだ。
男の頭はぱっくりと割れ、豆腐のような脳みそが覗いていた。

「なっ…!?」

スキンヘッドの男は咄嗟に手を懐に入れたが、身構える間もないまま仰向けに倒れた。
じわじわと赤い血溜まりが広がり、シンタローのスニーカーまでたどり着く。
スキンヘッドの男は顔の半分が砕け、血溜まりの中にはごろりと白い目玉が転がっていた。

「いっ…あっ…ぁ……」

一体何か起こったのかわからない。
シンタローはただただ目の前の光景に怯えた。

ぬるりと顔を覆う不快な感触と、鼻に付く鉄の匂い…。

「シンタロー様!ご無事ですか!?」
「シンタロー坊っちゃん!大丈夫っすか!?」

バタバタと数人が駆け寄ってくる。


どこかで見た顔だ…。
鋭い目の、チャイニーズ…。

そうだ。こいつら。

…ハーレム叔父貴の、部下。


極度の緊張の糸が切れ、シンタローはそのまま気を失った。


:* * * * *

シンタローが『ガンマコンツェルン』そのものに疑問を抱き始めたのはその事件がきっかけだった。

叔父であるハーレムはガンマコンツェルンの中枢にかかわる会社を経営していると聞いていたが、その実態は不明だ。

いつもハーレムは3人の部下を引き連れて世界中を飛び回っている。
その3人とは、シンタローを連れ去った男たちを事も無げに処分したうちの一人だ。

事件から1週間ほど、シンタローは外に出ることを許されなかったが、その間、どこのニュースや新聞を見ても、あの男たちの死を伝える記事は報道されなかった。

…目の前で、人が殺されるのを見ていたと言うのに。

確かに男たちはシンタローの命を狙っていた。
この場合、正当防衛…いや、緊急避難ということで、罪にはならないだろう。

けれども、あんな明らかな殺人が表ざたにならないということは…。

どれだけ父に詰め寄っても、父は真実を教えてはくれなかった。

「シンちゃんが心配するようなことは、なぁ~んにもないよ」

マジックは笑ってはぐらかした。


シンタローはそのころから、体を鍛えることを始めた。

マジックは何も教えてくれない。
けれど、最低限自分の身くらいは守れるようにならなければと思ったからだった。

柔道、空手、合気道などの武芸から銃器の扱いまで。
マジックはシンタローが望めば、あらゆる分野のスペシャリストを用意してくれた。

彼らに教えを受けた時期は短かったが、シンタローは乾いた砂が水を吸収するように貪欲に技術と知識を吸収した。

一番性に合うと思えた空手は、聖サザンに入学した今も部活で続けている。

結局、真実を知らされないままシンタローは父から離れた。

真実を教えてくれないのも、過干渉なのも全部自分を子供だと思っているからだ!

一度そう思うと、以前のように父に甘えることは出来なくなっていた。

…もしも。

もしも ガンマコンツェルンが、俺が思っている以上にヤバイ裏を抱えているとしたら…?

俺はこれからも、あの日のように命を狙われることがあるんじゃないだろうか…。


シンタローは、自分がアラシヤマに抱いている違和感の正体に、ようやく気がついた。


……これは違和感じゃない。危機感だ。

本能が感じる、危険のシグナル。


時期外れの転入。静か過ぎる生活音。
ほとんどならない足音。

「…ホント、漫画じゃ…あるめぇしヨ…」

シンタローは額を押さえて壁に寄りかかった。

思いついてしまった可能性はあまりにも暗く、少しだけ泣きそうになった。



→バラ色の日々(4)に続く



























































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バラ色の日々(2)


聖サザンクロス学園は乙女チックな名前とは裏腹に、古い歴史を持つ男子校だ。

全寮制という今時珍しい体制に加え、総生徒数は中高合わせても400人未満。

そのため、世間にはあまり知られてはいないが、実は国内難関大への進学もさることながら、海外の有名大学への進学率が高い。

政治家や財界人の子息が多く在籍する、知る人ぞ知る名門校だった。

しかし、だからと言って、こんな山奥の全寮制男子校に自ら入学したがる子供が多いわけもなく、生徒のほとんどが親に強制的に入学を決められていた。

そんな中、シンタローは自ら志願してこの学園に入学した。

理由は、過保護で何事にも干渉しすぎる父親から離れたかったからだ。


シンタローの父は世界を股にかける巨大企業、ガンマコンツェルンのトップだ。
経済力と強力なコネクションを背景に大きな権力を手にしている父は『会長』ではなく『総帥』と呼ばれている。

幼いころは、世界中を飛び回る忙しい身の上ながら、いつもシンタローを1番に考えてくれる父親が大好きだった。

しかし、母が事故で他界してからは、その愛情表現は次第に度を超したものになっていった。

日記を見る、電話を盗聴するなんてのは当たり前。

自室に隠しカメラが取り付けられていたことに気付いたとき、シンタローは一日も早く家を出る決意をした。

聖サザンは父の母校でもある。

父は散々反対したが、シンタローは入試でトップ合格することを条件に願書に判を押させた。
見事に条件を果たしたシンタローは、以来5年間の寝食をこの学園内に隣接するエデン寮で過ごしている。

寮生活に不便さを感じることも少なくないが、一切の干渉がないこの生活を、シンタローはことのほか気に入っていた。


* * * * *


「お、シンタロー君。お帰り。今日は早いね」

シンタローが寮に戻ったとき、管理人の木村が玄関の掃除をしていた。

いつもなら部活に出ている時間だったが、今日はコーチに急用が入ったため、各自自主練になった。

ホームルームで面倒な仕事を押し付けられたこともあり、さっさと切り上げて帰ってきたのだ。

「木村さん、アラシヤマ、帰ってる?」

「……アラシヤマ…?誰それ?」

木村はハテ?と首をかしげた。

「あの、転校生の…」

「…ああ!転校生の!」

木村は『転校生』の存在は覚えていても、アラシヤマの存在は覚えていなかったらしい。

こんな特殊な学校では、途中転入は極めて珍しい。

それにもかかわらず、寮の管理人にすら名前を覚えてもらえないとは。

…あの影の薄さは、オレだけじゃなく、みんなも共通で感じているんだな。

シンタローは少しだけ安心した。


「帰ってたかな~…。いるかもしんないけど、気がつかなかったなー。内線で呼び出す?」

「いや、いいよ。どーせ部屋、隣だから。直接見に行くよ」

シンタローは木村に礼を言って寮に入った。



付属寮であるエデン寮は、校舎から歩いて5分の距離の洋館風木造建築物だ。

年代物のため、夏は涼しいが冬はすこぶる寒い。

秋口の今、すでに隙間風が入り込み、寮内はひんやりしていた。

エデン寮は3階建てで1階は食堂、浴室、娯楽室、調理室などの公共の場。2階3階が各自の自室となっている。

部屋は、中等部では二人部屋、高等部から一人部屋になる。

各個室の広さは4畳しかなく、窮屈感はぬぐえなかったが、自分だけの居室がある生活は快適だ。

シンタローは部屋の鍵を取り出しながら、2階の突き当たりにある自室に向かった。

ふと、シンタローは自分の部屋の一つ手前、251号室の前で立ち止まった。

シンタローの部屋、250号室は角部屋で、隣はこの251号室しかない。

去年、先輩が卒業してからは空き室になっていたので、アラシヤマの部屋はこの部屋で間違いないだろう。

ドアの下の隙間からは僅かに明かりがもれている。

帰って来ているらしい。

シンタローはドアの前で聞き耳を立てたが、物音は聞こえなかった。


ずいぶん、静かな奴だよな…。

シンタローは自分が注意力がないとは思わない。
むしろ敏感な方だろう。

しかし、アラシヤマは3日も前に入寮していたにもかかわらず、隣室のシンタローに気配を気付かせなかった。

人が住めは少なからず生活音が出る。

築30年を越えるこの寮で防音設備などあるはずもなく、壁が特別厚いわけでもない。

アラシヤマは静か過ぎる。

…不気味な奴。


シンタローはいったん251号室を離れ、自室に戻った。

鞄をベッドにほうり投げ、学ランからパーカーとジーンズに着替えてから、再び251号室の前に戻った。


コンコン。

251号室のドアをノックすると、ドアが僅かに開いた。

細い隙間からアラシヤマが顔を出す。

「なんですのん…?」

アラシヤマの声は暗い。

表情のせいか、重たい前髪のせいかはわからないが、アラシヤマを覆う空気まで暗く感じられた。

「あー、ちょっとオメーに伝えなきゃならねぇことがあってよ。中、入ってもいいか?」

「……少し、待ってておくれやす…」

アラシヤマは一度ドアを閉めた。

まあ、男子高校生だし、人に見られたくないものでも片付けているのだろう。

1分程して、再びドアが開いた。


「どうぞ」

アラシヤマは寝ていたのか、黒いスウェットの上下を着ていた。

頭が痛いと言っていたのは嘘ではなかったのかもしれない。


「そこらへん座っておくれやす」

アラシヤマはシンタローにベッドをすすめ、自分は椅子に座った。

シンタローはベッドに座って、辺りを見回した。

部屋には、備え付けのベッドと机、椅子の他は、小さな段ボールがあるだけ。

物が少ない分、シンタローの部屋より広く見える。

持ち主の人格を感じさせない、無機質な部屋。


「で、なんどすか?話って…」

アラシヤマの声は不機嫌さを押し隠している。

人付き合いは下手そうだが、最低限の社会性はありそうだ。


これなら、以外と大丈夫かもしれない。

「あのな、転校早々気の毒なんだが、お前、生徒会書記に立候補してもらうことになったから」

シンタローは単刀直入に言った。

「……はあ?」

アラシヤマの反応は予想通りだった。

「だからな…」

「二度言わんでも意味はわかっとりますわ。わからんのはその経過や」

アラシヤマはシンタローを睨み付けてきた。

「オレに怒ってもしょーがねぇよ。『クラス全員が参加した公正なアミダの結果』なんだ」

「何が公正や。わてがおらんのをええことに、なんや小細工しくさったんやろ」

小細工どころか、むしろ堂々とした細工でした、とは言わなかった。

「そんなん、わては絶対出まへんえ」

アラシヤマはフンと顔を背けた。

「まあ、そう悪いもんでもねぇよ。部活も入ってねーんだろ?なんかしてねーと、ここの生活はけっこう退屈だぜ」

「余計なお世話どす」

…人が気ぃ使ってやってんのに。

アラシヤマのはねつけるような言い方に、シンタローも流石にカチンときた。

「オメー、ただでさえ印象悪ぃのに、そんなんじゃ友達できねーぞ」

「………」

アラシヤマは黙ったまま俯いた。

「…わては…、遊びに来たんと違うんどす。そないな暇はありゃしまへん…」

呟くような、小さな声だった。


この学園には、いろんな事情を抱えた生徒がいる。

有名政治家の隠し子や、シンタローのように親から逃げてきた子供。

1番多いのは、将来のレールをギチギチに固められている子供達だ。

アラシヤマもそんな子供のひとりなのかもしれない。

こんな時期の転校生に、事情が無いわけはなかった。

「…なあ、アラシヤマ。学校は勉強だけするところじゃない…つーと、なんか金八みてーだけどさ。こんな山奥まで来て、柵に縛られる必要はねーんじゃねぇのか?」

アラシヤマは顔を上げた。

「オメーにどんな事情があるかはわかんねーけどよ、ここは保護者の目の届かない全寮制学校だぜ?
そりゃ、必要最低限の成績は取らなきゃなんねーけど、オレらの人生で1番自由な時期かも知れねぇ。なのに、オメーはそんなんでいいのかよ?」

「…いちばん、自由な時期…」

確かめるように、アラシヤマは呟いた。

「そうだぜ。ここはただの山奥じゃねぇ。この森は俺たちを世間から守ってくれてんだよ。隔離されてんのは俺らじゃない。世界のほうだ」

シンタローは一気にまくし立てた。

アラシヤマに話した言葉は、詭弁でもなんでもなく、シンタローが常に抱き続けていたものだ。

おそらく、自分にとってここは最後の自由。

シンタローは大学進学と同時に、父の跡継ぎとしてビジネス界に出て行かなくてはならない。

実業家としての父を尊敬しているし、父の跡を継ぐことは、自分でも納得している。

けれど、今のような穏やかな日々は、ここを出たら二度と来ないことを、シンタローは痛いほど自覚していた。

だからこそ、ここに来てまで何かに縛られるアラシヤマが、放っておけなかった。

「…でも、わては…」

「デモもクソもねーよ、イライラするヤツだな~。
とにかくやってみろよ。生徒会は基本的に雑用ばっかだけど、すぐに文化祭もあるからけっこー面白いと思うぜ」

シンタローはアラシヤマの肩をポンと叩いた。

アラシヤマがびくりと跳ねる。

「…で、でもっ…!わては目立ちとうないんどす…!」

「大丈夫だって。演説は2、3分だからそんな目立たねーよ」

「わて…人前で喋ったこともありまへん…!」

「俺も同じステージに立つから、いざとなったら俺が助けてやるよ」

「……!」

アラシヤマは言い訳も尽きたのか、何か言いかけようとして口を閉じた。

「よし、納得したな」

シンタローはポン、と膝を叩いて立ち上がった。

「まだ、出るとは言うてまへんえ」

アラシヤマはシンタローの袖をつかんだ。

「でも、ちょっとはやる気になっただろ?」

シンタローがニッと笑うと、アラシヤマは顔を背けた。

悔しがっているような、恥ずかしがっているような、複雑な表情で。

「んじゃな、選挙演説来週だから、草稿書いておけよ」

「どーせ…、わてが出ても落ちますえ…」

「あ、それなら大丈夫。どうせ不信任投票だから」

聖サザンの生徒会選挙は小一時間もかからずに終わる。

なぜなら、各役員の立候補者が一人しかいないからだ。

「不信任…って、どういう…?」


シンタローは答えなかった。

変わりに、微笑を浮かべてアラシヤマの肩を叩いた。

「さて、じゃあトットリに報告に行くかな~」

シンタローはくるりと踵を返して、ドアに手を掛けた。

が、出て行こうとして、パーカーの帽子を引き止められた。

「待って…待っておくれやす…!」

「んだよ、まだ何かあんのかよ」

これだけ言っても無駄なら、最終的には拳で黙らせよう。

シンタローはそう決意していた。



「あ、あんさんの名前を…教えて欲しいんどす…」


……こいつ…俺の名前知らなかったのか…。


こんな少ない生徒数の中、隣の住人の名前すら覚えてないなんて。

シンタローは呆れたが、この人付き合いの下手さでは、無理も無いのかもしれないと思い直した。

「シンタローだ。ちなみに部屋は隣の250な」

シンタローは自分の部屋の方向、向かって左を指差した。

「わ、わての名前は…ア、アラ…ッ」

アラシヤマは顔を真っ赤にしている。

「なに急にどもってんだよ。文句や嫌味はスラスラ出てくるくせに、変なヤツ」

アラシヤマの意外な一面に、シンタローは思わず笑ってしまった。

「アラシヤマだろ?知ってるぜ。それに、さっき俺、オメーの名前呼んだじゃねーかよ」

シンタローは笑って、アラシヤマの手をパーカーから外した。



じゃあな、と言ってドアを閉じる瞬間。


見えたのは、顔を赤らめて俯くアラシヤマだった。






バラ色の日々(1)


鬱蒼とした森に囲まれたレンガ造りの古い校舎。

東京から電車で2時間の距離にも関わらず、あたりには街もなければ人家もない。

夜ともなれば明かりもなく、真っ暗な森では梟の淋しげな鳴き声が響く。

聖サザンクロス学園は、そんな世間から隔絶された場所にひっそりと建立されていた。


* * * * * *

「だから、嫌だっつてんだろーがよ。だりぃよ」

「でもシンタローが1番適任だっちゃ」

「生徒会牛耳ってこのガッコを共学にしてくれよ!」
「外泊自由にしてくれ!」
「ばか、んなことできるわけねぇだろ!!」

高等部2年A組の教室は、周囲の森の鳥達すらも辟易するような騒ぎだった。

「おーい、お前ら真面目に話合えー」

担任のジャンも見兼ねて声をかけるが、騒ぎは収まらない。

その日のホームルームの議題は生徒会役員の立候補者を選出すること。

ただでさえ、全寮制男子校という灰色の学園生活だ。
その上さらに面倒ごとを引き受ける特異な生徒は皆無に等しかった。


「じゃあ、シンタローが会長に立候補ってことでいいっちゃかー?」

クラス委員のトットリがさっさと話をまとめる。

「異議なーし!!」

30数名の男子高校生の声が揃う。

「…ったく、やっかいごとは全部俺かよ…」

シンタローはぶつぶつ文句を言ったが、トットリは聞こえないふりをしている。
トットリはそのまま議題を続けた。

「でも、あとうちのクラスは書記を一人出せばいいだけだっちゃ。みんな僕のくじ運の良さに感謝するだっちゃよー」

トットリが黒板に『書記』の文字を書く。

教室からは「おおー」という歓声と拍手が起こった。



聖サザンクロス学園の生徒会選挙は少し変わった形態を取っている。

そもそも、1学年2クラスしかなく、総生徒数は中等部、高等部合わせても400人に満たない。

生徒会の選出ともなれば、立候補者も少なく、選挙が成り立たなくなってしまう。

そこで、あらかじめクラス代表がくじを引き、各クラスから選出する役員を決めることになっていた。

2学年はA、B両クラスから会長立候補者を出すことが必須。

会長職以外の役員は対立候補なしの不信任選挙で決まってしまうが、会長職だけは、クラス選出で選ばれても、選挙で選ばれなくては会長にはならない。
それでも、二分の一という高い確率に、シンタローが気が重くなった。


「で、誰か書記いないっちゃかー?推薦でもいいっちゃよー」


トットリが教卓からのんびりと声をかける。

「ミヤギやれよ、習字得意じゃん」

どうせなら親しい奴を道連れにした方がマシだ。

シンタローは隣の席のミヤギに声を掛けた。

「書記の仕事と習字は関係ないべ!それに寮長の仕事もあんのに無理だぁ!」

ミヤギはブンブンと顔を横に振った。

ミヤギは寮長の仕事も『面倒見がいいから』と無理矢理に押し付けられている。

その上、生徒会役員まで押し付けられては堪らないのだろう。

「シンタロー、ミヤギは勘弁してやれよ。寮長なんだしさ」

担任のジャンが助け舟を出した。

「誰かホントにいないか?推薦狙ってる奴チャンスだぞー」

「べつにいらねーよ」
「俺、留学するもん」
「俺もー」

ジャンの呼び掛けに、生徒達は口々に生意気な言葉を返す。

「ホント、お前らカワイクないよね…」

ジャンは教卓に手をついて溜息を吐いた。

「じゃあ、ジャンけんかアミダで決めるのはどうだっちゃ?」

議長であるトットリが打開案を出す。

「オレは参加しねぐていんだべな?」

ミヤギがすかさず念を押した。

「ミヤギ君はしかたないっちゃ」

「じゃあオレサッカー部部長だから!」
「陸上部部長だから!」
「放送局員だから!」

途端、教室中から選出不参加を求める声が相次いだ。

「テメーは幽霊部員じゃねーかよ!」
「っつか、陸上部活動してねーじゃん!」
「はーい!オレ保健委員だから免除してねー」

教室の騒ぎに、収拾の着かなくなったトットリはひとりオロオロしている。


みんな、大人げねーなぁ…。

早々に拒否することを諦めたシンタローは、呆れて騒ぎを見守っていた。


ガタンッ。


突然、教室の1番後ろ角の生徒が立ち上がった。

不意の物音にクラス中の視線が集中する。

「あほらし。こないな下らんことにギャアギャアと。カラスみたいに、まあよお喚きますわ」

立ち上がった生徒は、京訛りの強い言葉で冷ややかに言い放った。

右目を長い前髪で隠したその生徒は、二日前に転入してきた転校生だ。
無口なのか、まだクラスのほとんどの生徒が彼と口をきいていない。

そんな中の突然の発言に、皆、腹を立てる以前に驚いていた。


転校生はそのまま鞄を掴んで席を離れる。

「おい、こら。まだホームルーム中だぞ」

ジャンが慌てて声を掛けたが、

「頭が痛ぅてかないまへんよって、早退させてもらいますわ」

転校生は軽く頭を下げると、そのまま教室を出て行ってしまった。



「なんだ、アレ?」
「ってゆーか、あいつ誰?何て名前だっけ…」

教室の誰もが呆気に取られている。


「…センセー、いいの?アレ?」

シンタローは彼が出ていったドアを指差した。

「頭痛いらしいから、しょーがねーんじゃねぇ?」

この若い新米教師は学生気分が抜けないのか、基本的に管理が甘い。

「…とりあえず、一人いなくなったっちゃ♪」

トットリがにんまりと笑っている。

「彼の分はクラス委員の僕がやるしかないっちゃね!」

トットリの思惑にクラス全員が気が付いた。


かくして、形ばかりのアミダが行われ、書記立候補者が決定した。


「よーやく終わったっちゃ~…と……?」

トットリが黒板に名前を書こうとして手を止めた。

「先生、あいつ何て名前だっちゃ?」

「名前くらい覚えてやれよ…。アラシヤマだよ」

トットリはフーンと興味なさ気に返事をすると、黒板に『書記 アラシヤマ』と書いた。


「じゃ、シンタロー。立候補者同士ってことで、うまくアラシヤマに伝えてくれっちゃ」

トットリはポンとシンタローの肩を叩いた。

「なんでオレなんだよ」

文句を言ってみるものの、トットリはまあまあと言って取り合わない。

どうやらトットリはアラシヤマが好きじゃないようだ。

トットリは童顔で明るく、クラスのマスコット的存在だが、腹黒い一面もあり人の好き嫌いが激しい。

「いいでねっか、シンタロー。確かあいつ、おめの部屋の隣だったべ」

シンタローはミヤギに言われて初めてその事実を知った。

「まじ?」

「3日前に入寮してたべ。シンタローいねがったから、紹介できんかったけんども…気付かなんだか?」


…ちっとも気がつかなかった。

どうやら、あの気難しく、影の薄い転校生と関わりを持たされてしまいそうだ。


「ほんっっとに…、厄介事は全部オレかよ……」

机に突っ伏してしまったシンタローに、ミヤギは慈愛の目を向けた。



ska
=雪解け







視線が突き刺さる。
なんとかそれを無視し、書類に目を通すも、一向にそれは逸らされない。
ちらりと目線だけ流してやると、やはり彼はこちらを鋭く睨んでいた。
「…………んだよ。」
あまりに気が散り、いい加減にしろとばかりに問掛けるも返事は返ってこない。
「なんの用だっつッてんだよ。」
答える様子を見せない彼に苛付き、立ち上がりその腕を掴もうと手を伸ばす――が、その手は目的を果たせず、逆に手首を強く握りしめられていた。
眼光が明らかな敵意を含んでいる。
「オメーさぁ、そんなに血の気が余ってるようなら――」






頬を生暖かい風が撫でていく。
ねっとりとした空気に汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、アラシヤマは茂みからひっそりと廃屋の様子を伺っていた。
『簡単な仕事だ。暴動を静めるだけでいい。ちょっと驚かしてやりゃあすぐ降伏するだろう。対象は、ココ。あぁ、そうだ。ガンマ団の支配下にあった国だ。団の方針変えを聞いて報復を企てたらしい。今のガンマ団は腰抜だとか抜かす野郎どもをちっとびびらせてやんな。』
アラシヤマは命令を下した男の声を頭の中で反芻した。
確かに彼の言う通り、これは難しい仕事ではなかった。武器を入手したとはいえ、大した知識もない一般人の集まりだ。
それに、アラシヤマには彼からの命令に背く意志など少したりともない。
しかし、今回の任務は少しばかり面倒だ。
それは彼の最後に付け足した一言からだった。
『キンタローもよろしく頼むぜ』
アラシヤマはゆっくりと隣の男を見る。
今は薄汚れている金髪の、奥の瞳がギラギラと揺れている。
「そろそろ見回りさん出てくる頃どすな。そうしたら…わかっとりますな?」
頷くでも返事をするでもなく、キンタローはただ一心に瓦礫に埋もれかかっている建物をにらみつけている。
とりあえずわかっているのだと信じ、また視線をキンタローと同じ方に向けた。
と、同時だった。
重い音が上がり、衝撃でキンタローは軽くのけぞりつつも未だ銃を構えている。
それを確認し、また前を見ると足を撃ち抜かれた男がその場に蹲っていた。
「何してはりますのんッ!威嚇だけでええて説明しましたやろッツ?!」
「軽い怪我くらいさせた方が効果的だろう。」
「一般人には銃声と銃痕だけで十分なんどすッ!今回は敵味方共に負傷者なしでいける任務やってシンタローはんやって言わはったやろッ!!」
黙り込むキンタローの手を引き、人数が出てこないうちに密林の奥へと走っていく。
――なしてわてがガキのお守りなんぞせなあきまへんのやッ。






『殺してやる』
そんな言葉こそ言われなくなったものの、キンタローは未だに自分へと強い殺意を向けていた。
「なんだかなァ…」
「シーンちゃん」
「うわッ」
机に突っ伏しようとした途端に、扉の開く音と共にやたらと明るい調子の声に呼び掛けられる。
「なぁに難しい顔してんの?」
「お前はいつも楽しそうだな。」
俺の従兄弟――兄弟と言うべきかもしれないが――であるグンマは皮肉にすらも笑って返してくる。
「あんまり眉間に皺ばっか寄せてると、とれなくなっちゃうよ」
控え目に笑われ、眉間を指で押される。
「俺はオメーと違って忙しいんだよ」
「僕だって別に暇じゃないよー。一昨日から寝ないで働いてるんだからね」
言動はともかく、ガンマ団において柱とも言える頭脳を持つグンマも当然暇などはないのだろう。なにしろ、まだ立ち上げ時のガンマ団はどこもかしこも休息という言葉を忘れる程の忙しさだ。
「はーいはい。で、その忙しいグンマ博士がわざわざなんの用ですかぁ?」
頬杖をつき、じろりと眺めてやるとグンマははっとしたように手を叩いた。
「そうそう。キンちゃんの事聞きにきたんだった。なんでキンちゃんを戦線に出しちゃったの?」
せっかく僕の仕事に興味持ってくれてたのに、とふてくされたように見下ろしてくる。
「……アイツ、暇さえありゃ俺に絡んでくんだよ。ならそのエネルギー、団のために使ってくれって言っただけだ。」
告げるとグンマは数回瞬いてから、ふっと表情を和らげる。
「キンちゃんはきっとまだ戸惑ってるんだよ」
『兄』の風貌を覗かせた顔が確信めいた微笑みを浮かべていた

「ずっと信じてたものが、ずっと向かっていた道が、急になくなっちゃってどうしたらいいのかわかんないんだよ。」
今はここにいない彼を見ていた瞳が戻ってきて俺を見た。
「でもキンちゃんはちゃんと自分と向き合えてるから、きっと大丈夫。」
何が大丈夫なのか、そんなことを問う気もおきなかった。あぁ、きっと大丈夫なんだ。
「それともう一つ」
視線の先でグンマが人指し指を立てる。
「なんでアラシヤマをキンちゃんにつけたの?」
「あ」
「うん?」
「……アイツに任せれば大丈夫だと思ったんだよ。」
小声で告げるとそれはまるでアラシヤマの事を信じているかのようで、癪に障る。
「べ、別にアイツはなんでもできるとか信頼とかそんなんじゃねェからなッ!ただ…ほら、アイツも俺のこと恨んでただろ?だけど今は全然だし…だから、そのな、なんとかできるかな…って、アイツだからとかじゃなくて経験者だからであって、俺はッ」
「えっと、つまり…」
グンマの声に唐突に遮られ、口を噤む。困惑したような瞳が見つめてきた。
「シンちゃんはキンちゃんにアラシヤマみたいになってほしーの?」





「なんで俺がこんな事をしなければいけないんだ。」
それはこっちの台詞だと思いながらアラシヤマはキンタローを睨みつける。
「俺はアイツの部下ではないぞ。」
――阿呆らし。
「あんさん、この任務がそないに気にいりまへんの?」
この我儘な子供をどうにかしないとおちおち任務にも打ち込めないと思い、アラシヤマは静かに問掛ける。
予想通り、キンタローからは睨むような眼差しが返ってきた。
「違うんでっしゃろ?あんさんはシンタローはんに命令されるのが気にいらへんのやろ。」
違います?と首を傾げると視線を背けられる。まるっきり拗ねた子供だ。
意識的に溜息をついて、キンタローの肩を小突く。
「キンタロー…いい事教えたりますわ。」
反応はないが遮られもしない。聞いてはいるのだろうと推測し、話を続ける。
「わてなァ、シンタローはんの事えろぉ憎んでましたんどす。
それこそ…殺したい位に。」
「……お前が、か?」
思わずという感じで返された視線は若干の驚きを孕んでいた。
「そうや。もうほんまに感情の9割くらいはあのお人への憎しみで占められとった。憎悪いうんは人が必ずしも持っとる一番強大な感情やさかいな。…あんさんもそれは感じてはりますやろ?」
誰よりもシンタローを見ているから知っている。キンタローが彼をどんな瞳で見ているかも。
「せやけどな、人間には厄介な事に憎悪によう似た感情があるんどす。」
視線で彼の表情を確認する。好奇心に満ちたようなそれが少しおかしい。
「それはな、好意や。」
「……好意?」
「へぇ。ほんまに似とるんどすえ。表裏一体言う感じどすな。
…わては恨んどるつもりで、ほんまはずっとシンタローはんの事が好きやったんや。」
緑の帽子ごとキンタローの頭を撫でる。
「あんさんのそれも、案外好意なのかもしれまへんえ。……家族愛、やとか。ま、いくらあんさんがシンタローはんの事を好いとっても、あのお人の親友の座は渡しまへんけど。」
キンタローは夢から覚めたような、何かが吹っ切れた顔をしていた。
「お喋りはおしまいや。ほら、行きますえ。さっさと片付けて、その感情は自分自身で確認しなはれ。」
言うと共に走り出す。
枯れ葉を踏みしめる音が林の中で不自然な程に響いていた。





ヘリコプターから何人かの下級団員の後に二人が降りてくる。
そちらへと駆け寄ると先にアラシヤマの方が気付き、疲れた表情を吹き飛ばして笑いかけてきた。
「総帥自らお出迎えやなんて光栄どすなぁ。ただいまどす、シンタローはん。」
再会の抱擁と称して体を寄せてくるアラシヤマを地面へと突き飛ばし、キンタローへと視線を向ける。
「…………」
気付けばキンタローもこちらを見ていた。何故か戸惑ったような表情を浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。
「よォ」
様子がおかしい。やはりアラシヤマなどにまかせるべきではなかった。
「ただいま」
後悔の念に捕われて頭を掻きむしると、不意にそんな声が届いた。
「へ?」
キンタローの顔を窺おうとした時には、既に彼は背中を向けて本部へと歩みを進めていた。
――なんだ、それ。
「どないしはりました?」
いつの間にか立ち直っていたアラシヤマが俺の口元に指先で触れる。そこで初めて自分が笑っていたことを知る。
「……サンキュな。」
小声で告げたつもりだったのだがアラシヤマには届いていたらしく、締まりのない笑みが返される。
「嫌やなぁ、シンタローはん。お礼なんていりまへんえ。あ、せやけどどうしても言わはるなら体で」
「眼魔砲」
きっちり制裁は加えてから炭と化したアラシヤマにしょうがなく、本当にしょうがなく手を差し延べてやると食い付くようにそれを握られた。
手を握った先の馬鹿な笑顔など見たくなくて、それ以上に自分の顔を見られたくなくて急ぎ足で歩き始める。
――尻尾振ってついてきて犬みてェ。
そうだ。俺が飼い主でこいつは犬。
俺はコイツのリードを握っているだけで、対等な信頼関係なんかじゃ絶対にない。
唱えるように自分に言い聞かせた。
だけど――
振り返るとやはりだらしのない笑顔がそこにはあった。
――今日だけはこの馬鹿犬に少しの感謝を。







end










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茂鶴様からサイト開設祝いとして頂きました。
小説をいただけるとのお申し出に不肖矢島がお願いしたのは
「アラシンで、ちょっとキンタローが絡んでるもの」。
そうしたらこんな素敵小説がいただけてしまいましたよちょっと奥さんどうします!!(落ち着け)
いやもう・・・ちょっと・・・ホント・・・矢島を萌殺すおつもりですか。
メールでいただいてから一心不乱に読みふけり、読了後はモニター前で転がりました。
この時期のキンタローの変化っぷりって矢島にとってほんとに興味深いところでもあります・・・。
そしてこの微妙な距離感のアラシン!
茂鶴様本当にありがとうございます! 心よりの、御礼を。






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