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轟音を立ててヘリは飛んで行く。

晴れやかな気分と心地よい疲労感に、自然、微笑んでいた。



廊下で出会った彼の人は、相当に不機嫌なご様子で。

思わず最近の自分の所業を頭に浮かべてみるも、心当たりがあるはずもなかったし、なによりじっと見つめられたままでは集中できない。

視線を落とすと、ぴかぴかに磨き上げられた象牙色の床に、それよりもっと艶やかな黒いブーツの爪先。

こんなものを見るのも久しぶりだ。

アラシヤマ、と、ごく静かな声に吸い寄せられて、顔を上げる。

「昼メシ、もう食ったか」

それだけを言い残して、さっさと遠ざかっていく背中。

数秒の後に慌てて足を踏み出せば、前を進む彼の歩調は、わずかにゆるやかなものへと変わった。



そもそも名実共に組織のトップ、総帥と呼ばれる人間が、昼時に食堂を訪れるなんて滅多にない。

周囲の緊張した眼差しを一身に浴びながら、ぎこちないスプーンの動きに、彼は眉を顰めた。

顰められたところで、利き手を使わずに食事をするのは案外に難しいんだから仕方ないのだ。

「報告書を読んだ」

話の始まりは、唐突に、でも極めて自然に。

「ああ、さすが、仕事速いどすな」

「まあまあだったみたいだな」

ターゲットのテロ集団からも味方の部隊からも際立った負傷者を出すことなく、任務、すなわちターゲットの壊滅は完了した。

だが、些か手こずって予定よりも時間はかかった。

確かに、まあまあ、の出来だろう。

「どのくらいで治るって?」

指されたのは、白い包帯も眩しく、きっちり吊ってある右手。

大袈裟じゃないかと思わないでもないが、早く治すためには医者に従って、当分不自由に過ごさなくてはいけないらしい。

「全治2週間とか、・・あ、もしかして心配してくれはりました・・?」

期待に上擦った声はあっさりと、心底呆れた風のため息にかき消された。

「バーカ。骨折なんてしてんじゃねーよ」

「う・・骨に染みますわ」

「そんくらいの怪我なんて、めずらしいよな。いつもなら無傷か重傷かのどっちかだろ」

「はは・・」

「おまえは両極端すぎる」

独り言のように落とされた声は、妙に寂しく聞こえて。

驚きながら、とにかくなにか言わなくてはと頭を存分に働かせながら、口に運んだばかりのカレーを慌てて飲みこんだ。

「・・すんまへん」

「ま、とりあえず、ご苦労さん」

いつの間に食べ終えたのやら、空の食器を重ねる横顔を見る限り、どうやら機嫌は回復したらしい。

なんでかは、わからないけど、少し調子に乗ってみることにした。

「あの、総帥。よければ夕食も一緒しまへんか」

アタック。

「任務から帰ってきたばっかなんだから、ちゃんと休んどけ」

撃沈。

でも、こんな会話も嬉しい。

「相変わらず、つれないお人や」

「総帥命令だ」

総帥命令。

口の中で言葉を転がして、都合のよい解釈で指を伸ばす。

触れた途端に固まった、がっしりした手のひらは、温かくて少し湿っているようだった。

「ほな、シンタローはん」

ああ。

この手や髪や口唇に、今すぐ口付けられないのが残念でしょうがない。

「プライベートで、夕食に誘ってもええどすか」
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柔らかな響きが熱を帯びる瞬間。

つられるようにして俺の熱も上がり、息を深く吐き出しながら、腕を伸ばす。



「シンタローはん」

いいかげん年を食った男はまるで子供のような、なにも裏のない様子で笑いかける。

そのくせ艶やかな声は直接耳に吹き込まれ、ついでと言わんばかりに耳たぶを噛んでゆくから、たちが悪いのだった。

俺と並んでも遜色ない、引き締まった身体。

いや、俺よりは大分細い、が、シャープなラインにはしなやかな筋肉が張り付いている。

その肩に、ぐ、と指を食い込ませれば、頭上から降り注ぐのは、少し余裕のない笑い声。

「あかん、・・そないなことしたら、我慢きかなくなるさかい」

「・・我慢、してんのか」

「あんさんに乱暴したくあらしまへん」

じわり。

アラシヤマの声は熱を込めて膨らんで、俺の身体の中で弾け、侵食する。

指を、背中に滑らせる。

抱きつくように、もう片方の手も。

引き寄せて、首筋に顔を埋めて。

息を吸い込むと、汗と火薬が混じったような匂いが鼻を刺した。

アラシヤマの身体はひどく熱い。

もし、こんな状況下で発火したら俺はどうなるのだろうと幾度か考え、それでも今までに発火することは結局なかった。

「アラシヤマ」

名前を呼ぶのが1番効果的だと知っていた。

だから呼ぶのだ、何度も、繰り返し。

「アラシヤマ、・・もっと」

「・・いけずやなあ・・」

苦く笑う表情も、もう溶かされてしまうような熱い声も、嫌いじゃない。
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小さな重箱が積み重なって、3つ。

大きな重箱が積み重なって、5つ。

キッチンに立つ姿は様になっていて、本来ならばここの主であるはずのガンマ団の賄い方達も、遠巻きに彼を見つめていた。

ぐつぐつ音を立てる鍋を用心深く覗き込んで、我らが総帥は事も無げに言ってのける。

「やっぱり正月には、おせちだろ」

めずらしくも素直な笑顔に、抱きしめたいような衝動が沸き起こって、・・慌てて自制した。



「これは高松に」

「はあ」

「これは遠征してるサービスおじさんに」

「はあ」

「これは幹部で分けろよ。・・悪ぃな、元旦に帰省させられなくて」

ぎっしり中身が詰められた小さな重箱の行き先を指定されて、ついでに当然のことを詫びられて、思わず笑ってしまう。

なんというか、そう、結局は律儀でマメな人なのだ。

「その大きなほうは、家族用どすか?」

「ああ。・・今は、けっこう大人数だから」

本格的な五段重になるんだろう、また新たな食材を冷蔵庫から取り出す背中は、ずいぶんと機嫌がいいように見える。

だからなのか、自然と手が伸びて、気付けばエプロンの肩紐を軽く引っ張っていた。

ちらりと、軽くよこされる視線。

行動に理由はなかったのだから、なんだか気恥ずかしくて、顔を反らす。

「アラシヤマ」

からかうような笑い混じりの呼びかけは、それでも柔らくて。

目を合わせられないままでいると、口唇に、突然、指が押し付けられた。

ふわりと鼻孔をくすぐる、甘い匂い。

これは。

「どうだ?」

「・・けっこうなお味で」

舌の上で潰れた非常に美味な黒豆は、昨日から準備していたものだと知っている。

もちろん知らなくても同じセリフを言うだろうが、また、おいしいと繰り返せば、極上の微笑みが返ってくる。

「黒豆は、健康祈願」

「え?」

「って言っても、年末に食ってもしょうがねえな、・・そうだ」

正月には、雑煮とセットでごちそうしてやろう。

耳元で囁かれた言葉に身体が震えて、もう衝動を抑えることは不可能だった。
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幻覚や。

それが心の中の第一声。

・・一服盛られたな。

目を瞬かせてから、直感・・と経験により、第二声。

「おい、アラシヤマ?」

「あ、ああ・・・はいはい」

ドアを開けたまま硬直していると飛んできた、怪訝そうな呼び掛け。

慌てて駆け寄ったデスクでは、猫と思われる動物の耳をつけた上司、しかも組織の総帥が、ばりばりと書類処理をしている。

ちらりと彼の腰を見遣れば、ばっちり尻尾まで・・あって。

「・・・シンタローはん、ドクターになにかもらいました?」

「高松?・・いや、ここ最近は会ってねーな」

遅効性か。

「ちょお・・失礼します」

とりあえず断って、頭上の耳に指を伸ばす。

しかし、触れたと思った瞬間、有り得ないことに指は耳を通り抜けた。

掴めたものは、空気だけ。

見えるのに、触れない。

触れないのに、見える?

「・・アラシヤマ?」

「あ・・すんまへん」

謝りながらも頭の中はクエスチョンマークでいっぱいで、そうこうしてサインが必要な書類を提出しているうち、総帥室には新たな人間が現れた。

「シンちゃーん!お父様がねえ、今夜はお食事に行こうって・・」

「おまえとキンタローも入れて4人なら許可。俺と親父だけなら却下」

「だって僕とキンちゃんは研究で忙しいしい、シンちゃんの慰労のために・・」

「出すもん出して帰れ。・・ああ、社員食堂なら許可だな」

「わーい、お父様喜ぶよ!・・あ、この書類にサインよろしくっ」

嵐のように駆け抜けて行ったグンマ博士の様子はまったく尋常なもので(しかし会話は尋常じゃない)どうやら彼は、従兄弟殿の異常事態に気付いていないと・・いや、見えて、いない?

「シンタローはん、鏡・・見てくれます?」

「はあ?なんだ、おまえ、さっきから」

「頼んますわ」

渋々といった様子で、それでも鏡代わりに窓ガラスに顔を映すシンタローはん。

「・・なんだ?別に、なにもねーじゃねーか」

その感想が決定的だった。

つまり。

猫耳と猫尻尾は、自分にしか見えていない。

一服盛られたのは、こっちの方だった、と。

思えば、そうだ、今朝の食堂で不吉なことにドクターと相席したのだった。

気を付けたつもりでも、目を離した隙に茶碗や湯飲みに薬を混入されたのかもしれない。

効能はさしずめ、・・もれなく妄想に浸れます、とか。

なんて、そういう趣味はないつもりだが・・・しかし。

ピンと立った耳も、緩やかにカーブを描く長い尻尾も、つやつや光る黒曜石の毛並みに覆われている。

元々の黒髪と同様、それは、赤いスーツによく似合って。

(・・かわええなあ・・)

できればぎゅうと抱きしめたい。

でも怒られるからできない。

「・・ほれ、サインしたぞ」

「おおきに」

何気ない仕種で書類を受け取って、見納めや、と、露骨にならない程度の眼力で見下ろした。

と、なんと彼は、凶悪な上目遣いで見つめ返してくるじゃないか。

見つめあうこと、数十秒。

「・・出て行かないのか」

「・・も、もうちょっと・・いても、ええどすか」

「仕事は?」

「平気・・ですわ、たぶん」

そうかよ、と。

積み上がった書類に視線を落とす、彼の、尻尾。

・・見間違いじゃなければ、左右に揺れている。

飛び上がりそうになった、いや、たぶん数センチは飛んだ。

「シ・・シンタローはんっ」

「あ?」

「お茶でも入れます?」

「お、気ぃきくな、頼むわ」

ゆらりゆらり。

揺れが、いっそう、大きく。

「シンタローはん」

「なんだよ?」

「実は、他に好きな人が」

ぴたりと硬直した尻尾と耳は、一瞬の後、ふわりと垂れ、下がって。

「嘘どす」

「・・てめ、ふざけてんのか」

また、上がる。

「大好きやさかい、・・あんさんが」

揺れる。

「・・・・馬っ鹿じゃねーの」

揺れる、揺れる。

ああ・・・かわいいっ!!

そうっとデスクに身を乗り出して軽く抱き寄せると、言葉こそなかったが、背中には手のひらがしっかり回された。

至福。

キスをしてみる。

さらに強く、抱きしめてみる。

また、少し深めのキス。

尻尾は、振り子のように揺れ続けている。

「・・アラシヤマ、そろそろ」

「でも、」

「仕事中」

いつもなら引き下がってしまう言葉、も、尻尾を振っていながらだと説得力はゼロだ。

(もしかして、ちょっとくらい強引なほうが好きなんやろか)

「も、少し」

「馬鹿、・・調子、に」

「夜、部屋に行っても?」

「今夜は親父と食事だ」

「・・ああ、そうや」

「だから・・、俺が、おまえの部屋に行くから、・・待ってろ」

差し出された舌を吸いながら、かわいらしすぎる恋人に99パーセント捧げた思考の、残り1パーセントで思いっきり叫んだ。

ドクター、おおきに・・!!
AAA
生温い風が吹いていた。

薄いシャツと長い黒髪が、ごうごうと風になびいている。

屋上で何時間も座り込んでいる姿は、誰がどう見たって暇な時間を持て余しているようにしか見えなくて、事実、今朝まで続いた連日の激務のおかげで彼には、目下すべきことがなに1つ残っていなかった。

彼は明日、正式に組織のトップに立つ。

長い休暇の、最終日のような気分なのかもしれない。

晴れと曇りの中間、曖昧な空模様を見上げる目は、特になにかを考えている風ではない。

周囲に注意さえ向けていないように思える。

しかし1歩踏み出した瞬間には、その視線は既に、自分の姿を鋭く捕らえていた。

「アラシヤマ」

「・・はい?」

「俺、明日から総帥なんだけど」

「・・知っとります」

「なんか、さ。・・しっくりこねえんだよな」

「はあ」

「いつか似合うようになんのかな。あの、真っ赤な服も、総帥の椅子も」

総帥という立場を選んだのは、彼自身。

後悔などないはずなのだ。

「なあ」

少し泣きたくなった。

同時に、怒りたくもなった。



好きだと叫んで腕を掴んで抱きしめて。

無茶苦茶に口付けてやったら、彼はどんな表情をするだろう。



「・・髪はそうやって下ろしたままのほうが、総帥らしいどす」

もう朝昼晩の食事を作ることも、洗濯をすることもないのだから。

きっと邪魔にはならない、から。

却下してほしかったのかもしれない。

砂埃に顔を顰めながら、消極的に進言した。

「・・そっか?」

彼は、泣き笑いみたいな、実に反応が難しい顔を作った。
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