わてには絶対見せないような笑顔見せよってからに、あの子供がなんや誤解でもしたらどないするつもりどすか、と、喉元まで込み上げた愚痴を無理に飲み込むと、ひどく胸が重たくなった。
l-u-v
「あれ」
振り返った途端、予想通り、その顔つきはちょっとあからさまなほど険しくなる。
「なんの用だよ、アラシヤマ」
馬鹿みたいな笑顔(もう、偽ものなんだか本ものなんだか)で片手を上げ、ああ、もうあかんとどこか冷静な部分で諦めた時には、大股に距離を縮めて彼のしっかりした手首を掴んでいた。
驚いたように黒い瞳が見開かれる。
妙に幼く見える表情は士官学校に通っていた頃と、なにも変わらない。
もう、ずいぶんと昔のことのように思えるのに。
「あんさんは人を簡単に信用しすぎや」
耳元に口を寄せ呟けば、すぐさま飛んできた拳、を、空いた片手で受け止める。
「・・っ、い、」
ふいに慌てる様子を見せられて、なにごとかと疑問に思う間もなく、鼻をつくのは焦げた臭い。
急激に体温が上昇していくのを感じる。
反比例して、頭から血が引いていく。
そっと1歩、後ずさり、どうしようもできなくて両手のひらで顔を覆った。
今の今まで支配されていた衝動には言い訳も逃避も許されない。
断続的に息を吐き出して、なんとか気持ちを静めようとする。
放出しきれなかった熱がぐるぐると全身を駆け巡り、呼吸さえも苦しいような、立っていることさえも辛いような、そんな気持ちはやっぱり凶悪なもののままで、形を変えようとしない。
自然と顔の筋肉が緩む。
「シンタローはん・・」
その。
所在なく空に浮かんだままの手を、再び取って。
抱き寄せた身体を地に倒して縫い付けて。
己が生んだ炎で燃やしてしまおうか。
なんて。
「・・冗談どす」
薄笑いを浮かべて吐いた言葉は、自身にも向けた戒めだ。
「ただの、冗談やさかい」
と、言ったところで免罪符にならないことなど承知の上だけれど。
「ほんの少しだけ、・・あんさんに触れてみてもよろしおすか」
懇願しながら伸ばした指先は、必死に力を制御しているせいで、みっともなくぶるぶると震えていた。
l-u-v
「あれ」
振り返った途端、予想通り、その顔つきはちょっとあからさまなほど険しくなる。
「なんの用だよ、アラシヤマ」
馬鹿みたいな笑顔(もう、偽ものなんだか本ものなんだか)で片手を上げ、ああ、もうあかんとどこか冷静な部分で諦めた時には、大股に距離を縮めて彼のしっかりした手首を掴んでいた。
驚いたように黒い瞳が見開かれる。
妙に幼く見える表情は士官学校に通っていた頃と、なにも変わらない。
もう、ずいぶんと昔のことのように思えるのに。
「あんさんは人を簡単に信用しすぎや」
耳元に口を寄せ呟けば、すぐさま飛んできた拳、を、空いた片手で受け止める。
「・・っ、い、」
ふいに慌てる様子を見せられて、なにごとかと疑問に思う間もなく、鼻をつくのは焦げた臭い。
急激に体温が上昇していくのを感じる。
反比例して、頭から血が引いていく。
そっと1歩、後ずさり、どうしようもできなくて両手のひらで顔を覆った。
今の今まで支配されていた衝動には言い訳も逃避も許されない。
断続的に息を吐き出して、なんとか気持ちを静めようとする。
放出しきれなかった熱がぐるぐると全身を駆け巡り、呼吸さえも苦しいような、立っていることさえも辛いような、そんな気持ちはやっぱり凶悪なもののままで、形を変えようとしない。
自然と顔の筋肉が緩む。
「シンタローはん・・」
その。
所在なく空に浮かんだままの手を、再び取って。
抱き寄せた身体を地に倒して縫い付けて。
己が生んだ炎で燃やしてしまおうか。
なんて。
「・・冗談どす」
薄笑いを浮かべて吐いた言葉は、自身にも向けた戒めだ。
「ただの、冗談やさかい」
と、言ったところで免罪符にならないことなど承知の上だけれど。
「ほんの少しだけ、・・あんさんに触れてみてもよろしおすか」
懇願しながら伸ばした指先は、必死に力を制御しているせいで、みっともなくぶるぶると震えていた。
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(裏風味注意)
はだけたシャツの間から手を滑りこませると、甥の皮膚は十分にあたたかかった。
冷たぇ手、とぼそりと呟かれた口を塞ぎ、男はそのまま甥を押し倒した。甥の身体からどこかで嗅いだことのある香りが、微かに鼻腔をくすぐり、これは何だったかとどこか麻痺した思考を巡らすと、メンソール煙草の匂いと良く似ていると気が付いて、先ほどまで一緒に飲んでいた甥の行動をざっとなぞり、自分はともあれ甥は煙草を吸っていなかったことを確認すると、気のせいかと結論付けて、男はすぐに思考を中断させた。
抵抗を一応示すように押し返された上半身からシャツを脱がして、そのままベッドに押し付けて脇腹に指を這わせると、元々の体温以上に熱を帯び始めた。
己の内に呼び起こされる仄暗い征服欲を、男は他人事のように認識する。
口内を舌で掻きまわすと、ほんの数十分前まで二人で飲んでいた酒の味がわずかに感じられ、そう言えば建前上は酒を飲みに来たことを思いだし、言い訳をせずにはいられない自分達の言動に苦笑した。
「やっぱり冷てぇ」
指なのか舌なのか、それとも皮膚に対してか。不満を洩らした甥は、男の身体の下で、男を睨む様に見上げている。
「しったこっちゃねぇよ」
男は鼻で嗤ってそれに答えて、上半身のあちこちを軽く引っ掻く様に弄った。その行動に呼応するように甥が身じろぎしたせいで、黒い髪が首に絡み付き、それが妙に艶かしい。白いシーツに黒い髪の白黒のコントラストが網膜に焼き付いて、ハッと短く笑い声を上げたのは、自分の中の感情の混沌を誤魔化すためだ。
冷たいと文句を言われた男の手は、甥の体温が移ったのか、それとも自身の昂揚のためか徐々にぬくもりを得た。無骨な指や乾いた掌に当たる甥の皮膚の感触、そして突起や窪みの構造が、男に隠微な興奮をもたらした。
指を上半身から下肢へ移動させると、浮きそうになった腰が本人の意思により再びシーツに押し付けられて、男はそれを可笑しく思う。気が強いのは変わんねぇなと思いそうになり、昔を思い出そうとする自分の頭を恨めしく思った。
過去の感情も、現在の感情も、今の行為に変換すると全て意味を成さない。
本来は全てがつながっているのかもしれないが、男はそこまで追及するほど自らの言動に理屈を求めていない。突き動かされる欲求に従ったまでだ、と言い訳に言い訳を重ね、そこにあるものは何なのか明言するのを避けていた。
男は空いた左手で、甥の首に絡み付いた髪を外してやり、咽喉をゆっくり撫ぜた後、思いついたように中指を口に差し込んだ。途端に噛み付かれ、とっさに引き抜くと、甥は愉快そうに嗤っていた。
「可愛くねぇガキ」
「だったら退けよ」
そういう声にも艶は含んでいる。どちらも本音でないことぐらいはお互いに分かっている程度の回数は重ねているので、行為は続行された。
指の代わりに舌を差し込むと、クッと咽喉を鳴らしながらも、甥の両手は男の背中に回されて、無意識的か意識的にか爪を立てられ、男の「爪立てんな」と注意する声も先ほどよりは余裕は削られていく。折角外した髪の毛もすぐに再び絡みつき、首筋に張り付く髪の毛を眺めながら、視界の隅では自らの金髪も揺れて、男は意識を奪われていく。
熱の高まりと共に次第に口数は減っていき、代わりに苦痛と悦びの入り混じった呻き声が時折洩らされて、そして終結を迎えた。
甥に対する愛着も、それに伴うぞっとするような憎悪も、全てを体外に吐き出して、空虚とも満足ともしれぬ感情だけを残し、それでも体温が一体になったような快感の残滓は確かに存在し、男の胸中に埃のように積もっていく。
行き着く先はどこだろうなと考えて、男は隣にうつぶせになる甥の上にのしかかり、その首筋に顔を埋めた。
これは煙草じゃなくて、薄荷の匂いだ、と男はようやく思い当たり、飴を噛むように噛み付いた。
(2007.8.1)再up。
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(ちょっと女性向け?)
久しぶりに見た空は曇っていた。
彼は仕事の合間の息抜きに、久しぶりに屋上に出て空を眺めた。青い空は懐かしい南国の島での出来事を彼に思い出させ、それは彼に寂寥と郷愁をもたらすのだが、今日のような曇った灰色の空はまったく別の事柄を喚起させた。いくら南国の島だからとは言え、晴れの日ばかりではなく、曇りの日も雨の日もあったはずだ。それでも彼の記憶に残っているのは目眩がするほどの青空で、晴天と島の記憶は彼の頭の中で直結していると言って良かった。
だからもし、今日彼が屋上に出て仰いだ空が青く晴れ渡っていたら、彼は懐かしむ視線でどこか遠くを眺め、少しばかりの感慨に浸り、あの暑い島へ後ろ髪を引かれる思いを味わいながらも、まっすぐ前を向いて静かに笑ったことだろう。
だが曇り空の下で彼は、何かが複雑に絡み合った、自らの内部を眺めて自嘲するような、見る人が見れば奇妙に思える笑みを一瞬だけ浮かべ、すぐにかき消した。
彼は処分しようとポケットにねじ込んで忘れたままの、くしゃくしゃになった煙草を取り出した。封を開けて大分経った煙草は、すっかり湿気て、火をつけて一口吸うと寝ぼけたような味がする。
曇天と煙草で思い出すのは、忌々しいことに叔父のことだった。
そもそも彼が叔父を思い出したのは、特戦部隊が出て行った日が、今にも泣き出しそうな曇り空だったことに起因しているのかもしれない。喧嘩別れのようなものなのだから、当然見送ることはしなかったが、叔父の離脱に対して何がしかの感情の揺れがあったことは確かなようで、彼はその日はずっと窓の外を見ていた。
仕事が立て込んでいた時期だったので、窓の外を見ていたのが仕事中だったのか、それとも今のように休憩中だったのか、はたまた遠征に向かう艦の中からだったのか、わずか一ヶ月前のことなのにすでに記憶は定かではない。それでも降り出しそうで降らなかった陰鬱な空の色だけは妙に覚えていた。
網膜に映った降るとも降らないとも曖昧な色が、彼が名前を付けずに誤魔化したままで放置した感情と、重なる部分があったせいかもしれない。
「くそっ、晴れとけよ」
天気に八つ当たりしても虚しいだけで、彼は空を眺めるのを諦めて大人しく手元の煙草に集中した。
叔父が愛煙していたものと銘柄は違ったが、煙草独自の紙の焼ける匂いや渦巻く煙は、一人の男を鮮明に思い起こさせるのには十分で、その逆効果に苦笑が漏れる。
扱いに手を焼いていた特戦部隊が離脱したからといって、組織として特に困ったことはなく、元からそんな部隊は無かったかのように日々はただ過ぎていく。団員達の間で口の端に上ることあったが、それとて特にどうと言うことのない根拠のない噂ばかりで、気にかけるほどの物ではなかった。
今ごろ自棄酒でも飲んでいるであろう叔父対する彼の感情は、結局宙に浮いたままで、今になっても解答は出てこない。
答えを出すことはとうの昔に諦めたはずだったのに、今ごろになって気になるのは、曇り空と煙草のせいだと彼は自らに言い分けする。休憩に屋上へ向かったのも、煙草を取り出したのも、どちらも自業自得な面がある辺り、言い訳しても仕方ないとは分かっていたが、認めるようとしないのは、叔父との関係においての対処法かもしれなかった。
「禁煙すっかなー」
どうせたまにしか吸ってなかったし、と呟いて残る本数を数えて彼は煙草をポケットに戻し、代わりに携帯用灰皿を取り出した。白い灰は軽々と落ちていき、むき出しになった穂先は赤々と燃えていた。ふっと頭を掠めた記憶を、掘り起こすことなくどうにかやり過ごし、彼は半分ほどの長さになった煙草を口に咥える。
彼と叔父の関係は、叔父と甥と言う親戚関係における親愛や情愛などの、そんな感情ではなかったことは確かだった。そして好きや嫌いといった、単純に二分出来るようなものでもない。
既存の言葉のどれを選んでも違和感は残り、それゆえにお互いに中途半端な関係を望んだ。結局仕事面での意見の食い違いの末に、それは終結したが、結末を迎えてもなお残るはっきりしない感情に、逆らう術はないのかもしれない。
「いてもいなくても厄介なオッサンだぜ、ほんと」
酒の飲みすぎてくたばっちまえ、といない叔父に悪態をつく。憎まれ口に本音を隠し、プライベートでは仕事の話を出さないのが二人の暗黙の了解になっていたが、それが不透明な関係に拍車をかけていたのだろう。
仕事のことで言い争いをしたその夜に、お互いに酒を酌み交わしていた時さえあり、いがみ合っていたのが本当だったのか、気安く酒を飲んでいたのが本当だったのか、思い起こせば混乱を招く。
感情ばかりか行動までも矛盾しており、どうにも身動きがとれなくなっての、離脱だったのかもしれない。そう考えた彼は、煙草の火を灰皿に押し付けて、その可能性を打ち消した。
「あー、くそっ」
まとまらない考えも、心に澱む感情も、全てはこの天気のせいにして、彼は二本目の煙草を取り出す。どれだけ誤魔化そうと、どれだけ気付かない振りをしても、叔父一人分の空白は彼の内部に確かに存在していた。
(2006.11.8)
(2007.6.22)再up
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久しぶりに見た空は曇っていた。
彼は仕事の合間の息抜きに、久しぶりに屋上に出て空を眺めた。青い空は懐かしい南国の島での出来事を彼に思い出させ、それは彼に寂寥と郷愁をもたらすのだが、今日のような曇った灰色の空はまったく別の事柄を喚起させた。いくら南国の島だからとは言え、晴れの日ばかりではなく、曇りの日も雨の日もあったはずだ。それでも彼の記憶に残っているのは目眩がするほどの青空で、晴天と島の記憶は彼の頭の中で直結していると言って良かった。
だからもし、今日彼が屋上に出て仰いだ空が青く晴れ渡っていたら、彼は懐かしむ視線でどこか遠くを眺め、少しばかりの感慨に浸り、あの暑い島へ後ろ髪を引かれる思いを味わいながらも、まっすぐ前を向いて静かに笑ったことだろう。
だが曇り空の下で彼は、何かが複雑に絡み合った、自らの内部を眺めて自嘲するような、見る人が見れば奇妙に思える笑みを一瞬だけ浮かべ、すぐにかき消した。
彼は処分しようとポケットにねじ込んで忘れたままの、くしゃくしゃになった煙草を取り出した。封を開けて大分経った煙草は、すっかり湿気て、火をつけて一口吸うと寝ぼけたような味がする。
曇天と煙草で思い出すのは、忌々しいことに叔父のことだった。
そもそも彼が叔父を思い出したのは、特戦部隊が出て行った日が、今にも泣き出しそうな曇り空だったことに起因しているのかもしれない。喧嘩別れのようなものなのだから、当然見送ることはしなかったが、叔父の離脱に対して何がしかの感情の揺れがあったことは確かなようで、彼はその日はずっと窓の外を見ていた。
仕事が立て込んでいた時期だったので、窓の外を見ていたのが仕事中だったのか、それとも今のように休憩中だったのか、はたまた遠征に向かう艦の中からだったのか、わずか一ヶ月前のことなのにすでに記憶は定かではない。それでも降り出しそうで降らなかった陰鬱な空の色だけは妙に覚えていた。
網膜に映った降るとも降らないとも曖昧な色が、彼が名前を付けずに誤魔化したままで放置した感情と、重なる部分があったせいかもしれない。
「くそっ、晴れとけよ」
天気に八つ当たりしても虚しいだけで、彼は空を眺めるのを諦めて大人しく手元の煙草に集中した。
叔父が愛煙していたものと銘柄は違ったが、煙草独自の紙の焼ける匂いや渦巻く煙は、一人の男を鮮明に思い起こさせるのには十分で、その逆効果に苦笑が漏れる。
扱いに手を焼いていた特戦部隊が離脱したからといって、組織として特に困ったことはなく、元からそんな部隊は無かったかのように日々はただ過ぎていく。団員達の間で口の端に上ることあったが、それとて特にどうと言うことのない根拠のない噂ばかりで、気にかけるほどの物ではなかった。
今ごろ自棄酒でも飲んでいるであろう叔父対する彼の感情は、結局宙に浮いたままで、今になっても解答は出てこない。
答えを出すことはとうの昔に諦めたはずだったのに、今ごろになって気になるのは、曇り空と煙草のせいだと彼は自らに言い分けする。休憩に屋上へ向かったのも、煙草を取り出したのも、どちらも自業自得な面がある辺り、言い訳しても仕方ないとは分かっていたが、認めるようとしないのは、叔父との関係においての対処法かもしれなかった。
「禁煙すっかなー」
どうせたまにしか吸ってなかったし、と呟いて残る本数を数えて彼は煙草をポケットに戻し、代わりに携帯用灰皿を取り出した。白い灰は軽々と落ちていき、むき出しになった穂先は赤々と燃えていた。ふっと頭を掠めた記憶を、掘り起こすことなくどうにかやり過ごし、彼は半分ほどの長さになった煙草を口に咥える。
彼と叔父の関係は、叔父と甥と言う親戚関係における親愛や情愛などの、そんな感情ではなかったことは確かだった。そして好きや嫌いといった、単純に二分出来るようなものでもない。
既存の言葉のどれを選んでも違和感は残り、それゆえにお互いに中途半端な関係を望んだ。結局仕事面での意見の食い違いの末に、それは終結したが、結末を迎えてもなお残るはっきりしない感情に、逆らう術はないのかもしれない。
「いてもいなくても厄介なオッサンだぜ、ほんと」
酒の飲みすぎてくたばっちまえ、といない叔父に悪態をつく。憎まれ口に本音を隠し、プライベートでは仕事の話を出さないのが二人の暗黙の了解になっていたが、それが不透明な関係に拍車をかけていたのだろう。
仕事のことで言い争いをしたその夜に、お互いに酒を酌み交わしていた時さえあり、いがみ合っていたのが本当だったのか、気安く酒を飲んでいたのが本当だったのか、思い起こせば混乱を招く。
感情ばかりか行動までも矛盾しており、どうにも身動きがとれなくなっての、離脱だったのかもしれない。そう考えた彼は、煙草の火を灰皿に押し付けて、その可能性を打ち消した。
「あー、くそっ」
まとまらない考えも、心に澱む感情も、全てはこの天気のせいにして、彼は二本目の煙草を取り出す。どれだけ誤魔化そうと、どれだけ気付かない振りをしても、叔父一人分の空白は彼の内部に確かに存在していた。
(2006.11.8)
(2007.6.22)再up
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(「Call」の叔父さん視点。)
二つ折りの携帯電話を開けたり閉じたりした挙句、通話ボタンを押すことなくカウンターの上に置いた。
カウンターの中の馴染みの店主が何か言いたげに、ちらっと視線を寄越したがあえて気にすることもせず、グラスを手にとって中身を流し込む。
空になったグラスを音を立てて置くと、呆れたような顔で店主が近寄ってきてグラスを交換した。言いたいことがあるようだったが、不機嫌な表情でそっぽを向いていると、小さなため息をついて再びカウンターの中でワイングラスを磨き始めた。
一気に半分ほど飲んで、再度携帯電話を手に取る。
サブディスプレイの表示を見ると、11時半を少し過ぎたところだった。まだまだ宵の口、と言いたいところだが、日付が変わる前に連絡を取らないと意味がないので、そろそろ覚悟を決めて電話をしなければいけない。
そのやり方に反発してこっちから団を出て行った身と言うこともあり、いくら親戚だからと言ってわざわざ電話をしなければいけないことはない。そう開き直って携帯を手に届かない位置にわざと放置したりもしたが、そわそわしながら酒を飲んでいると、気を利かしたのか厭味なのか判然しない店主がしらっとした顔でいつのまにか手元に戻して来たりもして、結局片手に握ったまま開いたり閉じたりを繰り返している。
何事もはっきりしないのは好きではないので、電話するならする、しないならしない、と決めたいところだがそれすら決心がつかない。
メモリダイヤルから目的の番号を選び、通話ボタンを押す。相手が出たら一言言うだけで済むのに、それだけのことが中々出来ずにこうして馴染みの店で腐っている自分が滑稽で笑えた。
これだから甥のことが嫌いだった。
甥を相手にしたときの感情は、いつもはっきりしない。どう思っているのか、どうしたいのか、何もかもが不透明だ。悩む己が嫌になってカウンターに突っ伏していると、まだ半分残っていたグラスに更になみなみと酒が注がれた。訝しげに店主を見ると、グラス磨きで手を忙しく動かしながらも、口の端で笑いを堪えていた。
癪に障ったので、ぎりぎりまで注がれた酒を零さないように注意しながら一気に飲み干す。強いアルコールが喉を焼いて、頭の芯が微かにぼうっとした。
携帯電話が教える時刻は11時50分で、5月24日は後10分しかない。いい加減、パーティーもお開きになったころだろう。恐らく自室に戻った甥は、今頃何をしているのか。
今の機会を逃したら後10分を絶対に無為に過ごす、と思ったのかどうか半分無意識に携帯電話を掴みボタンを操作していた。急に摂取したアルコールのせいだ、と誰にでもなく言い訳をする。
いっそ出るなと念じながらコール音を10回聞いて、20回鳴らしても出なかったら切ろうと決心した矢先、馴染んできたコール音が途切れたと思うと、不機嫌な声が耳に飛び込んできた。
「何か用か」
数ヶ月ぶりの、平素と変わりない偉そうな声が懐かしい。着信表示を見てるにも関わらず電話に出たのが意外で、軽く息を吸い込む。こちらから電話をしておいて驚くのも変だ気が付き、慌てて体勢を立て直した。
「よお、甥っ子。生きてやがったか」
「そりゃこっちの台詞だな、オッサン」
電話の向こうの空間は静かで、雑音すらない。予想通り自室にいるようなので安心すると、団にいたころと変わり無い軽口がすんなりと出てきた。
「相変わらず可愛くねぇな、クソ餓鬼」
「うっせぇな、アル中」
そう言えば、悪口を言えば悪口で、皮肉を言えば皮肉で返してくるのが甥だった。相変わらずの態度に苦笑を漏らしていると、気を利かしてどこかに姿を消した店主の物の腕時計が、カウンターの上で時を刻んでいた。12時55分を指す文字盤は、こちらの事情などお構いなしに秒針を動かしている。
「そっちはどうしてんだ」
言うことを言わなければ電話した意味が無いのに、口から出てきたのはそんな言葉で、甥や団の近況などすでに知っているのに、つい無意味な質問をして時間を潰してしまった。
「見境無く壊す誰かさんがいなくなったおかげで、経費が浮いて助かってるぜ」
「けっ。そりゃ良かったな」
「まぁな。それで用はなんだよ、オッサン」
用を訊かれてとっさに誤魔化そうとしたが良い誤魔化し案もなかったので口ごもっていると、奥からひょいと顔を覗かせた店主がまだ通話中なのを見て、またすぐに引っ込んだ。その後姿の肩口が堪え切れないと言った風にくつくつと小刻みに震えていたので、電話を離して「うるせぇな」と文句を言ったが、姿を消した店主にその声が聞こえるはずもなく、BGMがかすかに流れる店内に、秒針の音がやけに大きく聞こえた。嫌な予感がしてグラスの横の腕時計を見ると、日付が変わるまであと3分もない。
「あー…何だ」
「何だよ」
歯切れの悪い言い方は、甥の不信感を益々強めたようだった。電話を切ってやろうかと思ったが思い直し、もうどうにでもなれと覚悟を決めた。
「年食ってめでてぇな、シンタロー」
驚いたように息を呑む気配が伝わってきて、してやったりと言う気分になったのは一瞬で、あっちもそろそろ良い歳なのだから誕生日の祝いなどもういらないと分かっているのに、それでも一応と前置きしても誕生日にかこつけて連絡をとった挙句、素直におめでとうの言葉も言えない自分にどうも呆れる。
本当に、これだから嫌だ。
「…そりゃどうも。アンタ俺が四歳のころからボキャブラリーが増えてねぇのな」
「うっせぇよ。素直に『ありがとう叔父様』くらい言っとけ」
「はっ。酒の飲みすぎで脳みそ溶けたか?」
素直にやりとり出来ないのはお互いさまのようで、目的を果たした気楽さで先ほどよりもずっと気安くやり取りが続く。
「で、アンタ今どこにいるんだ?」
甥にしては珍しくこちらを窺うような声音だった。少し嗄らした声はどこか戸惑いに満ちていて、本人も不本意そうだ。自分が追い出したわけでもないのに行方を気にしているのは、甥らしいと言えば甥らしい。
「さぁな」
そっけなくはぐらかして、少し笑う。出て行ったきり音沙汰のなかった己を、甥が気にしていたと分かっただけで儲け物だった。思わぬ収穫に気をよくしたが、だからと言ってそう簡単に教えるわけにもいかない。
そろそろ潮時だ、とお互いに暗黙の了解のような空気が流れたので、あっさり切り上げることにする。
「じゃぁな、ヒヨッコ」
「三億円、さっさと返せよナマハゲ」
今度はいつ連絡が取れるのか分からないのに、最後の最後まで悪態の応酬で、とことんこの甥は可愛くない。
どっと疲れが襲ってきてカウンターに突っ伏して、さっさと切った携帯を片手で弄ぶ。出て行ったことを後悔していないはずなのに、こういう時は妙にやりきれない。かつては近く感じていた甥が遠く感じられる。それが、どうも気に食わないのは一体どう言うことだろう。
考え続けていると嫌な結論に達しそうで、世の中にははっきりさせない方が良い事もある、と頭の隅に追いやり、いつのまにか交換されていたグラスの中身を空けた。
(2006.6.1)
(2006.12.13)再up
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(誕生日話 シンタロー側)
誕生日とは言えこの歳になるとさしたる感慨も無く、親しい者達と食事をして酒を飲みデザートをつまむ程度で満足する。
子供の頃は、ひとつ歳をとる度に一歩大人に近づいた、と誇らしいようなわくわくするような特別な気分になったものだけれど、二十歳を越えるとこだわっていたのが嘘のように一気にどうでも良くなった。それでも十の位が変わるときは、溜息を吐きたくなる程度の感慨はあるが、だからと言って大したものでもない。
そう特別な日だと感じなくなったからこそ、顔も良く知らない各国の要人に祝われるよりも、家族や友人とそろって食事をする方が楽しい。プレゼントをあける瞬間だけは、子供の頃に戻ったかのように胸が高鳴る。思い悩みながら選んでくれたプレゼントは、それが例えどんな品物でも嬉しいし、大切にしたいと思う。
主賓なんだから、と諌められたが折角なので大いに料理の腕をふるった。この日のために準備していた料理を出して、適当につまんで貰う。どこにそんなにあったのか不思議なほど、次から次へとワインやらブランデーやら焼酎やら日本酒やら世界各国の酒が出てきたりもして、大いに今日と言う日を満喫する。
食べ物が少なくなってきたところで、ホールケーキを出すと、甘いものが好きな従兄弟から歓声が上がったりもして少し嬉しい。トッピングがそっけない、と文句が聞こえた気がするが、自分の誕生日をおめでとうとケーキに描くことにはさすがに抵抗があったので、あえて無視することにする。
気付けば床には何本もの酒瓶が散乱しており、ついでに酔いつぶれた友人達がその辺りに転がっている。家族はさすがに雑魚寝はしないようで、ふらふらしていた従兄弟達を父親が送り届けていた。
片付けは後日にすることにして、こちらも寝ようと腰を上げ自室に向かう。酔い覚ましついでに散歩でもしようかと思ったが、酒のせいで必要以上に軽くなった足取りを自覚して、まっすぐ自室に戻ってすぐベッドに倒れこんだ。寝ようと思えば寝てしまえるが、あっさりと寝てしまうには惜しい気分だったので、ベッドの上でごろごろする。
何となく、煙草が吸いたくなった。
アルコールがはいると無性に吸いたくなるのは何故だろうと考えながら、どこかに買い置きが無かったかと部屋の中を漁ってみたけれど生憎と見つからない。さっき誰かに貰えば良かったと後悔し、ちょくちょく煙草をたかっていた人物の顔をぼんやりと思い出した。煙草と言えば直結しているかのように思い出す自分の脳を疑う。軽い自己嫌悪に陥っていると、置きっぱなしにしていた携帯電話が着信を知らせた。
静かな夜に似つかわしくない電子音がやけに響いて聞こえる。こんな時間に誰だろうと訝しく思いながら表示画面を見ると、半年前に喧嘩別れをして出て行った叔父の名前が表示されていた。相変わらずタイミングが良いのか悪いのか、微妙なところで存在を知らせる叔父だ。
放っておこうかどうしようかしばらく迷い、放心したようにじっと液晶画面を見つめる。画面の淡い光は正常な判断力を奪ったようで、十五回目のコール音を聞いてから通話ボタンを押した。
「何か用か」
軽く息を呑む気配が伝わってきた。自分で電話をしておきながら何を今更、と苦笑が漏れる。すぐに立ち直ったかのように、耳に馴染んだ傲岸不遜で偉そうな声が聞こえた。
「よお、甥っ子。生きてやがったか」
「そりゃこっちの台詞だな、オッサン」
携帯電話越しに繋がった空間は、こちらとは打って変った雑然とした空気が流れていた。叔父の声の背後で、人の話し声やBGMの音が微かに聞こえる。時にガチャガチャとグラスのぶつかる音が混じる辺り、どうせどこかの飲み屋だろう。
「相変わらず可愛くねぇな、クソ餓鬼」
「うっせぇな、アル中」
そこそこ疎遠になっていたとは嘘のように、団にいたころと変わらない憎まれ口を叩きあう。そう言えば顔を会わせる度に喧嘩か皮肉か悪態の応酬だったなと思い出し、無意識の内に口が歪んだ。嫌な思い出として残っていないのが、不思議なところだ。
「そっちはどうしてんだ」
会話の継穂に困って発せられたような問いは、こちらの近状を気にしてのことでは無いだろう。団のことを探ろうとすればいくらでも探れるだけの立場や能力はあるはずだ。父親やもう一人の叔父あたりとは案外連絡を取り合っているかも知れない。この叔父はこう見えて家族思いであることは承知していた。
「見境無く壊す誰かさんがいなくなったおかげで、経費が浮いて助かってるぜ」
「けっ。そりゃ良かったな」
「まぁな。それで用はなんだよ、オッサン」
多分このまま会話していてはロクなことにならないような気がして、さっさと切り上げにかかる。叔父が率いる部隊が抜けて困っているどころか助かっていることは事実だったが、いない方が良かったと言い切れないところもまた悔しい。
口ごもってしまった叔父の沈黙の後ろで、誰かが促す発言をしたのか、うっせぇな、と若干遠い叔父の声が雑音と共に耳にはいった。
「あー…何だ」
「何だよ」
歯切れの悪い口ぶりに、言いたいことがあるならはっきり言えと、きつい口調で返事をした。久しぶりの連絡が決して不快なものでもないくせに、どうもこの叔父に素直に対応するのは癪だった。
「年食ってめでてぇな、シンタロー」
思いがけない発言に、思わずこっちが口ごもってしまった。覚えていたのが意外なら、日付が変わる前に連絡してきたのも意外で、変なところで家族思いで律儀だとほとほと呆れる。
「…そりゃどうも。アンタ俺が四歳のころからボキャブラリーが増えてねぇのな」
「うっせぇよ。素直に『ありがとう叔父様』くらい言っとけ」
「はっ。酒の飲みすぎで脳みそ溶けたか?」
くつくつと咽喉の奥で笑いながらしばらく悪態を吐き合う。思いがけない誕生日プレゼントは嬉しいのか嬉しくないのか微妙なところだったが、一応ありがたく受け取っておくことにした。
「で、アンタ今どこにいるんだ?」
「さぁな」
少し声を嗄らして発言した問いは、そうして欲しかったのを見透かされたように、はぐらかされた。いつだってこの叔父は遠くて近い。不愉快なのは、それが嫌じゃないところだ。
「じゃぁな、ヒヨッコ」
「三億円、さっさと返せよナマハゲ」
別れの挨拶まで悪口の応酬で、とことんこの叔父とは仲良くできない。通話を終えた携帯電話をベッドの上に放り投げ、ついでに軽く伸びをした。煙草を吸いたいと言う欲求は幾分薄れたとは言え、どこか物足りない気分のままクッションに顔を押し付ける。
突然の電話を迷惑だと思わなかった自分が更に不快でよく分からない。こうなったら酒で誤魔化してしまおうと、冷蔵庫の中を漁るために再び身体を起こした。
(2006.5.25)
(2006.12.14)再up
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誕生日とは言えこの歳になるとさしたる感慨も無く、親しい者達と食事をして酒を飲みデザートをつまむ程度で満足する。
子供の頃は、ひとつ歳をとる度に一歩大人に近づいた、と誇らしいようなわくわくするような特別な気分になったものだけれど、二十歳を越えるとこだわっていたのが嘘のように一気にどうでも良くなった。それでも十の位が変わるときは、溜息を吐きたくなる程度の感慨はあるが、だからと言って大したものでもない。
そう特別な日だと感じなくなったからこそ、顔も良く知らない各国の要人に祝われるよりも、家族や友人とそろって食事をする方が楽しい。プレゼントをあける瞬間だけは、子供の頃に戻ったかのように胸が高鳴る。思い悩みながら選んでくれたプレゼントは、それが例えどんな品物でも嬉しいし、大切にしたいと思う。
主賓なんだから、と諌められたが折角なので大いに料理の腕をふるった。この日のために準備していた料理を出して、適当につまんで貰う。どこにそんなにあったのか不思議なほど、次から次へとワインやらブランデーやら焼酎やら日本酒やら世界各国の酒が出てきたりもして、大いに今日と言う日を満喫する。
食べ物が少なくなってきたところで、ホールケーキを出すと、甘いものが好きな従兄弟から歓声が上がったりもして少し嬉しい。トッピングがそっけない、と文句が聞こえた気がするが、自分の誕生日をおめでとうとケーキに描くことにはさすがに抵抗があったので、あえて無視することにする。
気付けば床には何本もの酒瓶が散乱しており、ついでに酔いつぶれた友人達がその辺りに転がっている。家族はさすがに雑魚寝はしないようで、ふらふらしていた従兄弟達を父親が送り届けていた。
片付けは後日にすることにして、こちらも寝ようと腰を上げ自室に向かう。酔い覚ましついでに散歩でもしようかと思ったが、酒のせいで必要以上に軽くなった足取りを自覚して、まっすぐ自室に戻ってすぐベッドに倒れこんだ。寝ようと思えば寝てしまえるが、あっさりと寝てしまうには惜しい気分だったので、ベッドの上でごろごろする。
何となく、煙草が吸いたくなった。
アルコールがはいると無性に吸いたくなるのは何故だろうと考えながら、どこかに買い置きが無かったかと部屋の中を漁ってみたけれど生憎と見つからない。さっき誰かに貰えば良かったと後悔し、ちょくちょく煙草をたかっていた人物の顔をぼんやりと思い出した。煙草と言えば直結しているかのように思い出す自分の脳を疑う。軽い自己嫌悪に陥っていると、置きっぱなしにしていた携帯電話が着信を知らせた。
静かな夜に似つかわしくない電子音がやけに響いて聞こえる。こんな時間に誰だろうと訝しく思いながら表示画面を見ると、半年前に喧嘩別れをして出て行った叔父の名前が表示されていた。相変わらずタイミングが良いのか悪いのか、微妙なところで存在を知らせる叔父だ。
放っておこうかどうしようかしばらく迷い、放心したようにじっと液晶画面を見つめる。画面の淡い光は正常な判断力を奪ったようで、十五回目のコール音を聞いてから通話ボタンを押した。
「何か用か」
軽く息を呑む気配が伝わってきた。自分で電話をしておきながら何を今更、と苦笑が漏れる。すぐに立ち直ったかのように、耳に馴染んだ傲岸不遜で偉そうな声が聞こえた。
「よお、甥っ子。生きてやがったか」
「そりゃこっちの台詞だな、オッサン」
携帯電話越しに繋がった空間は、こちらとは打って変った雑然とした空気が流れていた。叔父の声の背後で、人の話し声やBGMの音が微かに聞こえる。時にガチャガチャとグラスのぶつかる音が混じる辺り、どうせどこかの飲み屋だろう。
「相変わらず可愛くねぇな、クソ餓鬼」
「うっせぇな、アル中」
そこそこ疎遠になっていたとは嘘のように、団にいたころと変わらない憎まれ口を叩きあう。そう言えば顔を会わせる度に喧嘩か皮肉か悪態の応酬だったなと思い出し、無意識の内に口が歪んだ。嫌な思い出として残っていないのが、不思議なところだ。
「そっちはどうしてんだ」
会話の継穂に困って発せられたような問いは、こちらの近状を気にしてのことでは無いだろう。団のことを探ろうとすればいくらでも探れるだけの立場や能力はあるはずだ。父親やもう一人の叔父あたりとは案外連絡を取り合っているかも知れない。この叔父はこう見えて家族思いであることは承知していた。
「見境無く壊す誰かさんがいなくなったおかげで、経費が浮いて助かってるぜ」
「けっ。そりゃ良かったな」
「まぁな。それで用はなんだよ、オッサン」
多分このまま会話していてはロクなことにならないような気がして、さっさと切り上げにかかる。叔父が率いる部隊が抜けて困っているどころか助かっていることは事実だったが、いない方が良かったと言い切れないところもまた悔しい。
口ごもってしまった叔父の沈黙の後ろで、誰かが促す発言をしたのか、うっせぇな、と若干遠い叔父の声が雑音と共に耳にはいった。
「あー…何だ」
「何だよ」
歯切れの悪い口ぶりに、言いたいことがあるならはっきり言えと、きつい口調で返事をした。久しぶりの連絡が決して不快なものでもないくせに、どうもこの叔父に素直に対応するのは癪だった。
「年食ってめでてぇな、シンタロー」
思いがけない発言に、思わずこっちが口ごもってしまった。覚えていたのが意外なら、日付が変わる前に連絡してきたのも意外で、変なところで家族思いで律儀だとほとほと呆れる。
「…そりゃどうも。アンタ俺が四歳のころからボキャブラリーが増えてねぇのな」
「うっせぇよ。素直に『ありがとう叔父様』くらい言っとけ」
「はっ。酒の飲みすぎで脳みそ溶けたか?」
くつくつと咽喉の奥で笑いながらしばらく悪態を吐き合う。思いがけない誕生日プレゼントは嬉しいのか嬉しくないのか微妙なところだったが、一応ありがたく受け取っておくことにした。
「で、アンタ今どこにいるんだ?」
「さぁな」
少し声を嗄らして発言した問いは、そうして欲しかったのを見透かされたように、はぐらかされた。いつだってこの叔父は遠くて近い。不愉快なのは、それが嫌じゃないところだ。
「じゃぁな、ヒヨッコ」
「三億円、さっさと返せよナマハゲ」
別れの挨拶まで悪口の応酬で、とことんこの叔父とは仲良くできない。通話を終えた携帯電話をベッドの上に放り投げ、ついでに軽く伸びをした。煙草を吸いたいと言う欲求は幾分薄れたとは言え、どこか物足りない気分のままクッションに顔を押し付ける。
突然の電話を迷惑だと思わなかった自分が更に不快でよく分からない。こうなったら酒で誤魔化してしまおうと、冷蔵庫の中を漁るために再び身体を起こした。
(2006.5.25)
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