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口を塞がれたのは突然だった。

「・・おい、あにふんだ」

かなり情けない声色での抗議ではあったが、それでも眉間に思いきり皺を寄せたのが効いたのか、キンタローはあっさりと、俺の口から手のひらを離して。

至極真面目な顔で、一言。

「ため息をつくな」

「・・あ?」

「今、ため息をつこうとしていただろう」

だから止めたんだ、と、言うキンタローを、思わず凝視しながら、俺はつい数秒前のことを思い返す。

ええと、デスクワークの途中だったんだよな。

総帥職を継いだことにあたっていろいろ問題は山積みで、その問題をとっとと解決しなきゃいけねえってのに、大した意味があるとも思えない書類作業だって片付けなくちゃいけなくて、そのうえ相変わらず親父はウゼえしハーレムは問題起こしまくりだし美貌のおじさまとは会えない日々が続いてるしコタローは目覚めないし使えない部下には付きまとわれるし!

そう、それで確かに、深いため息をつきかけ、た。

「・・ため息くらい、自由だろ・・」

「だめだ。幸せが逃げる」

ぐったりと落とした頭に突き刺さった言葉は、まったくの予想外。

恐る恐る顔を上げてみれば、やっぱり当のキンタローは真面目な顔で、冗談を言っている風にも見えない。

(いや、冗談言うようなヤツでもねーんだけど)

俺の視線を不審なものだとでも感じたのか、キンタローは小首を傾げて、また口を開いた。

「ため息を1つつくと、幸せが1つ逃げる。・・と、グンマが言っていた」

・・なるほど。

あいつの言いそうなことではある。

「違うのか?」

「いや、まあ、間違ってはいない、な」

今までキンタローの前でため息をついたことがなかったのは意外で、でも、それは、こんな生活にも慣れてため息をつく余裕が出来た、ということ、なのかもしれない。

「休憩にするか?」

「ん・・そうだな」

「シンタロー、笑え」

「・・まった無茶苦茶なこと言うな、おまえは」

「笑えば笑うだけ幸せになる、と」

「グンマが言ってたんだな、はいはい」

俺と24年間も生活を共にしていた男は、そのせいでまだ素直すぎる子供のようで、時々、悪い意味ではないが少し、こそばゆくて。

「おまえって、ほんっとグンマ好きね」

わざと茶化すような笑みを浮かべて言ってやれば、相変わらずの表情でココア(それもグンマに吹き込まれたのか)の粉と格闘しながら、キンタローは答えた。

「好きだ。シンタローのことも、好きだ」

ああ、もう、まったく。
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通い慣れた道だというのに、曇り空の下にあるだけで、いつになく景色は色褪せて見え――偶然にしても天気のいい日にしかなかった道行きなのだと気付く――なにか姿のないものに前方を塞がれたような感覚に陥り、俺は何度目か足を止めた。

左の脚の、膝から下に鈍く痛みが走る。

「・・降ってくるな、こりゃ」

語尾に重なり頬を打った、初めの雨滴。

小さく舌を鳴らしたところで、雨雲が一気に割れるわけもないのだけれど、ずいぶんと激しい降りになりそうだった。

自宅に戻るにしても、目的地に向かうにしても、同じくらいの距離を行くことになる。

「どうするかな」

ため息を1つ、左足を庇うようにしながらも、結局は当初の予定通りに小走りに急ぐことにした。

雨の日は脚も気分も重い。



雨隠れ



門をくぐったところでか細く聞こえた、けんけんと不快な音を追って、玄関ではなく庭先に出る。

そんな気温でもないのに、そいつは薄物を引っ掛けただけの姿で縁側に座っていた。

肩を震わせて口許を押さえる様に、思わず寄った眉間の皺、を、指で延ばして。

「よお、元気そうじゃねーか」

「おかげさんで」

とっくに気配に気付いていたのか、アラシヤマは少しも驚くことなく、薄ら笑いを浮かべてみせた。

勧められるままに隣に腰を下ろし、俺は、とりあえず手に持っていたものを差し出した。

甘い香りが、湿った匂いを打ち消す。

アラシヤマがまた口唇に指をやり、おおきに、と囁く。

笑い出すのを堪えているのかもしれない。

「今夜あたり、雪にでも変わりそうどすな」

「昨日、親父が買って来たんだよ。見舞いにはちょうどいいだろ、・・この家、殺風景だからな」

まだ開ききっていない花びらには幾つか雫が乗っている。

周囲を取り巻く暗い色調の中、いやに鮮やかな紅が目に痛い。

「つーかお前、寝てたほうがいいんじゃねえの?」

奥に敷きっぱなしの布団を横目で見やった隙に、目前に迫っていたのは、ついさっき咳を口腔に押し込んでいた指で。

しとどに濡れ色濃くなった髪を掴まれ、垂れ落ちた冷たい雫が、やはり冷たいアラシヤマの腕を伝う。

「・・シンタローはんにはよう似合いますな」

「・・馬鹿が」

俺の漆黒の髪に差し込まれた、一輪の花。

真っ赤なそれに、急激に心臓が騒ぎ始める。

その鮮明な色を、最後に見たのは、ほんの少し昔のことだ。

白い指からこぼれる赤。

赤に濡れた薄い口唇。

「・・傷の舐めあいなんて堪忍してほしいわ」

馬鹿言うな、と怒鳴って、いつものように蹴り飛ばしてやることはできなかった。

「もうここに来たらあきまへんえ、シンタローはん」

アラシヤマの青白い喉が、引き攣るみたいに震えて、笑い声を作る。

(俺が今、なにを探しているのかなんて、知ろうともしないくせに)

会いに来るのに理由なんて必要あるかよと思いたいのに、それでも言い返せずに、必死に理由を考え倦ねている。

胡座をかいた膝の上の指先が、きつくきつく握られたせいで色を失くしている。

(・・脚が、痛え)

広くもない庭に降り注ぐ雨音が身体の中に響き、否が応にも記憶を、その時の痛みを呼び起こす。

途中で退いた男と、最初から退かざるをえなかった男。

どっちも幸運といえば幸運で、不幸といえば不幸に違いないけれど。

仕方なくといった感じで口をついた自嘲の笑いは、アラシヤマの声とまったく同じ調子に響き、しかし、すぐに雨滴に吸い込まれてあっけなく消えた。
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「気が重いぜ」

ぽつりと落とした呟きを逃すことなく、キンタローはわずかに首を傾げた。

その手には明日の進行表がある。

明日、すなわち、士官学校の入学式。

「なんのことだ」

「なあ、俺よりも親父に挨拶させれば?」

あいつはそういうの好きだし(俺だってきらいじゃないけど)、得意だし(俺だって苦手じゃないけど)、いかにも適材適所って感じじゃねーか。

と、ごちれば、意味がわからないと語る視線が降りてきて。

「総帥はお前だろう」

「・・いや、そりゃそうなんだけどよ」

それは確かに、今さら間違えようのない事実なんだけど。



君の名は



ガンマ団士官学校の入学式。

初々しさも眩しい新入生は、遥か高みの存在である総帥より直に挨拶を受け、未来への期待や緊張に胸をふくらませる、・・らしい。

そいつらが現実的に目指す高みはと言えば、当然ガンマ団の幹部になるわけだが、

「・・おい、なにしてんだ」

その幹部の1人とは思えないほどに、どうしようもなく笑み崩れた男の背後から、俺は低く声をかけた。

途端、そいつ――アラシヤマはぎこちなく身を強張らせたのだから、どれだけ好意的に見てやったとしても、やましいことをしていたとしか考えられない。

「シンタローはん・・今日も世界一の男前どすなあ」

案の定下手なごまかしを始めたアラシヤマに、わざわざ笑顔をサービスしてやりながら、片手に気を集める。

眼魔砲、準備完了。

場所は団員共有の休憩フロア、当然ながら、アラシヤマの周囲には人影1つ見当たらないから、手加減の必要もいらない。

「3秒以内に答えろ。それ、なんだ」

3、と、指したのは、アラシヤマがそっと背後に隠した分厚い冊子。

「こ、これは」

「2」

「ええと、」

「1」

「・・シンタローはんのお宝スナップアルバム・・って、ああっ!」

ひらりと1枚、難を逃れた写真が足元に落ちた。





総帥室のロックを外し足を踏み入れる。

わずか1歩目で、デスクの前のソファにくつろぐ若い男に気付いても、俺は驚くことはなかった。

そのかわり心から呆れ、大きな大きなため息をついたけれど。

「シンちゃん、さっき会計から内線があったよ~」

と、言って脈絡なく腰に抱きついてくるのは、

「いいかげんにしろよ・・親父っ!」

――悲しいかな、自分よりずっと幼い外見年齢の、推定10代半ばの父親。

自然の理に思いきり逆らうこの状況、コトの発端は、数週間ばかり前に遡る。
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実戦を模した訓練で幸運にもシンタローと戦うことになった。

炎の向こう、空高くシルエットが翻った時、勝敗は決した。

(また負けた・・)

勢いよく吹き出す冷たいシャワーに身を打たせ、汗と一緒に熱を流していく。

踝から下の感覚をなくすほどの時間は冷水を浴びているはずなのに、まだ指の先は、皮膚の内側はちりちりと熱い。

暴走しそうな炎。

なにもかも燃やしてしまいたいという身勝手な衝動。





ようやく熱を引かせてロッカールームに戻った途端、否応なく耳に入ってくる騒々しさが癇にさわった。

既に着替え終えているクラスメート達が話している内容は、この年頃にはありがちなものだが、有りがちなだけに、食傷気味で。

「あほらし。女のなにがええんやろ」

つい本音を低く呟くと、奴らは妙にあたふたとロッカールームから逃げ去っていった。

別に、だからと言って、特別男が好きというわけでもないのに。

「・・まあ、あんな柔そうな生き物に比べたら、男のんが幾分かマシって程度やな」

遊ぶなら張り合いがあるほうがいい。

己のためにならない相手には興味がない。

身体の奥を疼かせてくれるような、全身の血を沸騰させ爆発させてくれるような、そんな相手がいい。

裸の胸に手を当てる。

どん、どんと常より大きく脈動する心臓は、しばらく治まりそうになかった。

冷たいロッカーに額を付け、時間が経つにつれ変化している自分の心を思った。

試合が終わった時にはもちろん、負けた悔しさがあったし、それが消えたわけではないが――今では悔しさより、興奮が勝っている気がする。

(シンタローは確かに強いわ)

そして今なら、この興奮状態で対峙すれば、今度は勝てる気さえするのに。

「次のチャンスは、とうぶん先どすな・・」

試合は所詮、授業の一環。

機会が巡ってきた時には、とっくに興奮なんて冷めている。

(難儀やなあ)

学校という狭い世界がか、どういうわけか今さら興奮している己の性質がか。

自嘲に浸りかけた時、しかし、わずかな物音で意識は引き戻された。

そしてシャワールームから現れたのは、今まさに思いを馳せていた宿敵だった。

「・・まだいたのかヨ、アラシヤマ」

「あ・・あんさんこそ、ずいぶん長風呂どすな」

返してやれば、シンタローはうざったそうに長い髪を掻き上げた。

濡れた漆黒の髪が肌に張り付き、幾筋も滴を垂らしている。

「切ってまえばええのと違います?」

「ほっとけ」

声色こそ気怠げではあるが、ちらりとよこされた眼差しは鋭い。

戦っている間と似た高揚感に、ぞくりと背筋が震える。

同時に、ここで私闘を申し込むのはどうか、と名案が浮かんだ。

さっそく口を開きかけた瞬間に気付く、なにも隠すところのない皮膚に直接突き刺さる、露骨なほどのヒいた視線。

を、辿って目を下ろすと、

(・・えええ・・?)

いつの間にやら準備万端な形態になっている下半身が、あって。

そそくさと着替えを始めるシンタローから、慌てて目を逸らす。

理由はわからないけれど、たぶんきっと絶対これ以上は見ないほうがいい。

とりあえず、それだけはわかった。
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「シンタローはん、Trick or Treat☆」

「あほか」

一刀両断してもアラシヤマは今日に限ってなぜか強気に、同じ言葉を繰り返した。

・・俺の覚え違いじゃなけりゃ、ハロウィンなんて1ケ月も前に終わってるはずなんだが。

そうじゃなくても、三十路に近い男が顔を輝かせて言うセリフでもねーと思うし。

「仕事中につき、私用での総帥室入室禁止」

俺はもう顔も上げずにひたすらペンを走らせて、書類を片付けていく。

遠征から帰ってきてまずすることは、その期間にたまった俺のサインが必要な書類、それに遠征の報告書を上げることだ。

はっきり言って馬鹿な部下に構っているヒマはない。

なのに、その部下ときたら。

「総帥。ちょっとの休憩くらい、ええですやろ?」

眼魔砲を出されないのをいいことに、あくまで居座るつもりでいやがるし。

「・・ったく・・。キンタローはどこ行ったんだよ・・」

「ま、ま、とりあえず一服」

差し出されたのは、いつものコーヒーではなくて、日本茶だった。

柔らかな芳香に引き寄せられ、茶碗を片手で持ち上げると、冷えた指先にじわりと熱さが染みた。

「京都から取り寄せた最高級品でっせ」

「・・サンキュ」

「で、これが~」

「ニッキ臭い」

「・・老舗のおたべどす。スタンダードに中身はつぶあん」

上品な箱から1つ皿に分けられ、それにも素直に手を出そうとすると、アラシヤマはタイミングを見計らって皿を取り上げた。

そしてにやりとした気味悪い笑みを浮かべ、一言。

「Trick or Treat?」

「・・そんなにハロウィンごっこしてーのかよ?」

つーか、アラシヤマの行動は間違ってる気がする。

Trick or Treatってのは、お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、って意味だよな・・?

こいつ京都人だから英語わかんないのかも、とある意味同情し始めた俺に構わず、アラシヤマは口唇を尖らせた。

「遠征続きで、ハロウィン当日はシンタローはん、いませんでしたやろ?」

「そうだっけ?」

「そうどす。・・こうして会うのも久々やさかい、お菓子くらい、くれても・・」

徐々に聞き取りづらくなっていくアラシヤマの恨み言を、右の耳から左の耳に通過させつつ、俺は呆れたため息をつく。

「このおたべが欲しかったら、わてにもシンタローはんからのお菓子を!!」

「やっぱ用法間違ってるっつーの、お前」

それじゃただの間抜けな脅迫だ。

「アラシヤマ」

「え、な、なに、」

アラシヤマの顎を持ち上げて、ゆっくり顔を近付ける。

目を白黒させる様に、ついつい爆笑してしまいそうになるのを堪えながら、ピンクの耳たぶに囁く。

「Trick or Treat」

「え」

大きく上下する、細い喉。

だらだら汗を流しつつも、アラシヤマは身体を反らせて俺から距離を取ると、八つ橋の乗った皿を机に戻した。

「も・・心臓に悪いさかい・・どうぞ」

「・・意気地ねえなあ、お前って」

人がたまあにチャンスやってるのに。

「じゃ、しょーがねーから、俺からお菓子やるよ」

きょとんとした顔は到底子供にゃ見えねえし、かわいくもなんともないけど、な。

咄嗟にか閉じられた目蓋の上に、軽く口唇を押し当てて。

「ついでにこれでも食ってやがれ」

特別サービスで笑顔をくれてやって(ああ、もったいないもったいない)俺はアラシヤマの顔面を手のひらで覆う。

「眼魔砲」

吹っ飛ばされる瞬間のヤツの表情が幸せそうだったのが少し癪に触るが、まあ、これはこれでオールオッケーだろ。
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