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sh


「ねぇシンちゃんいるー?ってどうしたの悲愴な顔して」
彼が従兄弟に会うために秘書室を訪れると、そこで出迎えてくれたのは疲れた顔をしてげんなりしている良く見知った秘書官二人だった。
総帥室と扉続きで位置する秘書官詰めのこの部屋は、いつもはこの二人だけ出なく他の秘書達も複数いるのだが、今日に限ってやけに広々としている。
「総帥でしたら、現在ハーレム様と取り込み中です。お急ぎの書類ですか?」
いち早く気を取り直した秘書の片方が、彼の疑問に答えた。
「そういうわけじゃないんだけど、シンちゃんの顔見たくって」
秘書の答えに納得し、彼は手にした研究の予算案を秘書に渡す。そこまで重要な書類ではないのだから、秘書から従兄弟に渡して貰えば良い。
秘書は紙の束にざっと目を通しながら、確かに早急に総帥の承認は必要でないと確認したのか、「お預かりします」とことわってから、部署ごとに区分されたボックスの中に保管した。
「他の人達は?避難させたの?」
「はい、一応」
「危険ですからね」
三人が顔を見合わせて苦笑していると、重厚な扉の向こうで、なにやら派手に言い争う声が聞こえてきた。やってるな、と思っていると、次に聞こえてきたのは破壊音と地響きで、秘書官二人の顔色はますます悪くなっていく。ああまた修理費が、と言う力無く呟かれた言葉に同情しつつも、止めに入ろうなどと命知らずなことは考えない。
彼の従兄弟と叔父は団の方針を巡って対立しており、それに伴って特戦部隊が解雇されるとかされないとか様々な噂が流れているが、その真偽の程はどうあれ、喧嘩ばかりしているのは確かなようだ。
「ほーんと、仲良いよね」
「…そうでしょうか」
「仲がよろしいのでしたら、もう少し友好的に話し合って欲しいんですけど」
敵国との話し合いだってもう少しマシですよ、と思わず本音を漏らす秘書官達に、まぁね、と彼は一応頷いて見せた。
「でも、あれだけ手加減無しで喧嘩出来るのって、ある意味仲良い証拠だと思うんだけど…」
まだ不服そうな秘書官達にどう説明しようかと、彼が言葉を選んでいると、秘書室の扉が開く音がした。
先ほどの破壊音と振動で総帥室で何が起きているのか分かりそうなものなのに、あえてやってくるなんて物好きな、と彼が感心しながら来訪者を見るべく後ろを振り向くと、そこに立っていたのはもう一人の従兄弟のキンタローだった。
「グンマいたのか。シンタローはいるか?」
「いるけど、いま入んない方が良いよー。叔父さまと喧嘩中だから」
「またか。本当にあの二人は仲悪いな」
呆れたように溜息を吐くキンタローに、秘書官達が賛同するように溜息の追従をする。長い溜息が吐き終わるのを待ちながら、そうかなぁ、と異議を申し立てようと彼が口を開きかけると、叔父の嬉しそうなからかいの声に、忌々しそうに怒鳴り返す従兄弟の声が重なって、再び破壊音が鳴り響いた。秘書官達はすでに諦めの境地に達したような表情になっていた。
その音を聴きながら、彼の脳裏に何かが過ぎる。
「ええと、何だっけ。何かぴったりなことわざがあったような気がするんだけど」
「あの二人にか?」
扉の向こうを指差す従兄弟にこっくりと頷きながら、彼はこめかみの辺りを指で軽く叩きながら、該当する言葉を検索していた。
「うーん、どうだったっけ。仲がどうこう言うやつ」
「犬猿の仲、ですか?」
「ううん、違う。喧嘩がどうとか」
あまりにも彼が真剣に悩んでいるので、現状からの逃避か、秘書官達も含めて四人で頭をつき合せながらあれやこれやと提案してみる。
「相手の無い喧嘩は出来ない」
「それも違う」
「夫婦喧嘩は犬も食わない」
「あー近いかも」
「シンタローに怒られるぞ」
総帥室からの音量に負けまいと、ぎゃぁぎゃぁ騒いでいると、三度目の衝撃が足元を揺らした。

「あ、思い出した。『喧嘩するほど仲が良い』だ」

ぽんっと手を打って彼が喜んでいると、総帥室の扉が開き、やけに風通しのよくなった室内から叔父が出てきた。にやにや笑いながら出てきた叔父は、金髪の甥っ子二人の姿を認めると、慌てて表情を作りなおす。
「そんなとこで固まって、何してんだお前ぇら」
「さっさと出てけよ、オッサン。ってなんだグンマにキンタロー。お前ら来てたのか」
叔父の声に従兄弟も何事かとひょっこり顔を覗かせたが、彼らを見ると途端にバツが悪そうに顔をしかめる。
「研究室の予算案渡しに来たんだけどね、取り込み中だったみたいだから、皆でシンちゃんとハーレム叔父さまについて話してたの」
「何だそりゃ」
二人そろって心底面白く無さそうに眉根に皺を寄せる。その良く似た表情に、彼は笑いをかみ殺した。
ね、ぴったりでしょ、と彼が従兄弟と秘書官達に目で伝えると、三人は先ほどよりも更に長い溜息で同意を示す。
「お前達二人が仲が良いは分かったから、とにかくあまり壊すな。室内で眼魔砲を打つな。修理費が馬鹿にならん」
懇々と諭すキンタローの台詞の後半は耳に入っていないのか、叔父と従兄弟は彼と秘書官達の目の前で、「仲良くねぇ!」と同時に叫んだ。


(2006.7.22)

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小鳥の声が聞こえてきそうな天気の良い朝に、親しい家族と共に朝食を摂ることが出来るとなると、一日の滑り出しとしては上々である。それがプロ顔負けの腕を持った料理好きの従兄弟の作った食事ならば、なおさらのことだ。
トーストラックにはカリカリのトーストが並べられ、大きめの皿にはベーコンの添えられたふわふわのオムレツが乗っており、ガラス製の小鉢にはフルーツサラダとヨーグルトが用意されている。
「今日はイングリッシュブレックファースト?」
彼はお早うの挨拶も忘れて食卓を一目見ると、キッチンに立つ従兄弟に尋ねた。まだ何か作っている様子の従兄弟は聞こえなかったのか返事はなく、代わりにすでに席について新聞を読んでいたもう一人の従兄弟がおもむろに新聞紙を畳んでからこくりと頷く。
「みたいだな。お早う、グンマ」
「おはよう、キンちゃん」
シンちゃんおはよー、と彼は慌ててキッチンの方に向かって朝の挨拶を繰り返し、大人しく指定の席に座った。それとほぼ同時にポットを片手に従兄弟が現われる。それぞれに紅茶を配り終えると、これで支度は整ったのか彼らの料理人もやっと自分のイスに着いた。
「よぉ、お早う。ここんとこ和食が続いてからなー、たまには洋食もいいんじゃねぇかと思って」と言って従兄弟はフォークを手に取った。つられて彼もカップに口を付け、和やかな食事が始まる。
「野菜も食えよ」
サラダに中々手を付けず、トーストにジャムを塗りたくって齧っていると、すかさず従兄弟から指摘された。彼は何となくくすぐったい気分になりながら、はぁい、と子供のような返事をしてサラダに手を伸ばす。面倒見の良いこの従兄弟は、いつも家族の食事の心配ばかりしている。
元々手先は器用な方だった従兄弟は、叔父との修行から帰ってきてから料理に凝りはじめ、今ではすっかりプロの領域に達していた。
料理そのものも好きなようだが、今ではそれに加えて『人に食べさせる』ことも好きなようだ。これは島から帰って来てからの特徴であり、従兄弟の変化の一部である。
「子供じゃないんだからー」
口では文句を言いつつ、彼はカーテンから透ける陽光に照らされた、クロスのかかったテーブルの上を見る。
日の当たるダイニングにそろった大切な家族と、湯気の立つ温かい食事、そしてたっぷりの紅茶と気心の知れたもの同士の気安い会話。
何となく、絵に描いたような幸せだと彼は思った。


* * *


彼にとって、鳥の声で目を覚ますことは珍しい。
大抵子供らの食事の催促の声や、鬼姑の厳しい声で覚醒する彼は、爽やかな鳥の声とともに朝を迎えられただけで幸福な気持ちになった。幸せな気分を味わいながら彼が布団から起き出すと、子供と犬もすでに起きているようで、耳を澄ませば鳥の声に混じって賑やかなやりとりが聞こえてくる。
「メシはまだか!」
「はいはい。うるせーな、相変わらず」
続けてぎゃーとお姑さんの悲鳴が聞こえたのは、犬が噛み付いたせいだろう。相変わらず仲のよろしいことで、と感心しつつ声のする方に向かうと、卓袱台の上にはすでに完璧な朝食が並べられていた。
炊き立ての白いご飯に、湯気の立つ味噌汁、皿の上には大根おろしが添えられた出し巻き卵と魚の干物が乗っており、簡素な小鉢には葱と豆腐が用意されている。
「日本の朝ご飯っすね」
「オメーが作る朝飯は洋食が多いから、たまにはな」
それはつい最近までいた金髪の我侭な少年が、カフェオレとクロワッサンと言うような洋食が好きだったせいだ。それに付き合ってか、そもそも元々好き嫌いがないのか、子供も特に朝食について何かを言うことはなかったが、何となく茶碗を箸で叩いて嬉しそうな様子を見ると、実は子供は和食派だったのかもしれない。
いや、パプワはシンタローさんの作るもんなら何でも嬉しいのかもな。実際美味いし。
そんなことを彼が考えていると、濃い目の日本茶が用意され、これで食事の準備は整ったらしく、お姑さんが子供の隣に腰を下ろした。
「いただきます」
皆で唱和して、箸を取る。窓からは朝の日差しが差し込み、動物達の活動する音が聞こえ始め、今日も暑くになりそうな予感を抱かせた。
美味いかと尋ねる青年と、無表情にせっせと箸を動かす子供、尻尾を振る犬。丸い卓袱台を囲んで一緒に食事をする者同士の親密な空気がそこには流れている。そして卓袱台の上には湯気の立つ朝食。
何となく、絵に描いたような幸せだと彼は思った。


(2007.3.17)

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sg

(お題「ひみつだよ」のシンタロー視点)

この従兄弟は判り易いようで、判り難い。
呆れるような子供っぽい行動をとるかと思えば、時々はっとするほど鋭いことを言う。馬鹿と言う単語がぴったりなのに、科学者としての頭脳は一級品らしい。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。どこか読み切れないところがある。
かと言って読めない部分もまとめて信用してしまうのは、子供の頃から変わらない、笑ったり怒ったり泣いたりするくるくる変わる素直な感情表現のせいかも知れない。
そしてたぶん、この従兄弟は嘘を吐かない。


「何かあったの?」
総帥室にやってくるなり、従兄弟に顔を覗きこまれ、思わず少しだけ後ろに引いてしまった。
「何でもねぇよ」
出来るだけそっけなく言葉を返す。何でもないどころか、今回の遠征で実に色々なことがあったのだが、いつも通り言葉を濁すことにした。
従兄弟に言っても分からないだろうから説明しない、と言うわけではなかった。単に心配をかけたくなかっただけだ。嬉しいことや楽しいことなら、話をしてその感情を共有し一緒に喜んで欲しいとは思うけれど、何も負の感情まで共有することはない。
気が重くなるような話は、吐き出した方は多少すっきりするかも知れないが、話された方は多かれ少なかれ色々考えてしまうだろう。補佐官兼相談相手の従兄弟ならともかく、この良く笑うロボット馬鹿の従兄弟には、重い話をしたくなかった。
「またそうやってシンちゃんは…」
当の従兄弟は頬を膨らませて非難がましい目でこちらを睨んでいる。いくら睨んでも大きな青い目をした童顔では迫力に欠ける。その子供っぽい表情に、少しだけ笑うことが出来た。
「何だよ」
「何でもない」
仕返し、とばかりに同じ台詞を返された。
膨れっ面に苦笑しながら本来の目的である書類を受け取る。細かい字で書かれた研究報告書は内容把握が難しい。質問しないと理解出来ないところも多々あるので、読み通すまで部屋にいて貰うのが常だった。
大概従兄弟は来客用のソファに座って、何やら楽しげににこにこしているのだけれど、今日は行き成りデスクの後ろにすっと回り、こちらの背後に立った。
何をしているのかと不審に思いながら、とりあえず放って置いて書類に集中していると、後ろから腕が伸びてきて、唐突に抱き締められた。
「ホント何なんだよお前…」
「何でもないよ」
そう答えた従兄弟の腕にぎゅっと力がこもった。視界の隅で金髪が揺れる。体重はかけられてないので重くはないが、くっつかれては書類が読みにくいので、回された腕を軽く叩いて「良いから放せって」と促した。
「良いの。だって今は僕の方がお兄ちゃんだもん、甘やかさせてよ」
従兄弟が誕生日を向かえたのはつい先日だ。こちらが十日後の誕生日を向かえるまでは確かに従兄弟の方が一つ歳上になる。だからと言って、この行動の理由にはならないように思う。
「どういう理屈だよ、そりゃ」
「お兄ちゃんって呼んでくれたら放してあげる」
「ぜってーやだ」
くすくすと笑う振動が伝わってきたので、つられて笑ってしまった。ちゃんと笑えたことに安心する。どれだけ色々なことがあっても、きっとこの従兄弟がいる限り笑うことが出来るのだろう。
「ねぇシンちゃん…」
「だから何だって」
「僕はずっとここにいるからね」
肩に頭を持たれ掛けながら言われた言葉に、書類を捲る手が止まった。
「ばーか。知ってるよ」
嘘を吐かない従兄弟の本心は気が緩むほど心に響いて、ふっと肩の力が抜けて行った。

本当に、この従兄弟はあなどれない。


(2006.5.17)

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hs

(お題「発火点」のシンタロー側。叔父甥です。女性向けです。ひっそりと裏風味です。苦手な方はご遠慮ください)




長い節くれ立った指が、黒い髪を梳いている。

こめかみの辺りの髪に触れる手で意識を浮上させられて、彼は重い瞼を開けた。状況把握に時間がかかり、ようやく定まった視線の先には腹ばいでうつ伏せに寝そべっている叔父がいた。その様子は眠っているのか、眠っているふりをしているのか判断がつきかねる。
ベッドの叔父側にあるナイトテーブルの上の灰皿からは、消しそこねたのか紫煙が立ち昇っていた。じりじりと焼けていく穂先は、赤とも黄色とも言える火をもって、残りの部分を白い灰に変えていった。火種からまっすぐ上昇する煙は、時折空調が吐き出す空気に揺れながら、天井のあたりで渦を巻き、部屋全体を白く霞ませている。明かりを落とした室内は、余計に視界が悪くなり、身体に残る倦怠感に拍車をかけた。
不本意ながら馴染んでしまった煙草の匂いにうんざりしながら、彼は身を起こし腕を伸ばして、煙草の火を完全にもみ消した。ついでにクッションに顔を沈ませて微かに寝息を立てる叔父を見下ろし、腰のあたりでたわんでいたケットを肩まで引き上げて、らしくない行動をとってしまった自らに嫌気がさして、忌々しそうに髪をかき上げた。
ベッドの上で立て膝をつき、鬱陶しそうに長い髪を後ろに流す。
眠りから覚める直前に、髪に触れていた手の感触を思い出し、まさか、という思いで隣の男を眺め、浮かんできた考えを否定するため首を振った。自己完結とも言える彼の行動に関係なく、叔父は背中を微かに上下させ、ぐっすりと眠っているように見えた。
お互いに寝入ってしまうことは酷く珍しく、そんな格好で寝てよく窒息しないものだと半ば呆れ半ば感心する気分で、彼は叔父を眺めた。一族の中でも特に色の濃い金髪は暗闇の中でも見てとれて、そう言えば小さい頃からこの金髪だけは嫌いじゃなかったと思い出し、その髪に触れようとして手を伸ばし、やめた。
中途半端に持ち上げた手のやり場を無くし、手近にあったクッションを叔父に掴んで投げつけようとして、またやめた。
自分が何がしたいのか分からなくなった彼は、溜息と共に自己嫌悪を吐き出して、気を取り直すためにバスルームへと向かおうとベッドから降りる。乱雑に脱ぎ捨てられたシャツを羽織り床に立つと、身体のあちこちに鈍痛が走り、原因を作った叔父を睨んだ。酔った訳でもないのに頭痛がし、くらくらする。足音を立てない様に注意して、彼はベッドルームを抜け出した。

立ち寄ったダイニングは、昨日の酒宴もそのままで、空になった酒瓶や余ったつまみを載せた皿がテーブルの上に取り残されている。
さしたる理由も無くなし崩しにベッドに入ったものだから、片付けは後回しになっていた。彼はグラスに三分の一ほど残ったブランデーを一口飲んで、微かにむせた。氷が溶けて薄くなった生ぬるい液体はお世辞にも美味しいものだとは言えなかったが、無性に乾いた咽喉を潤すには十分だった。
シャワーの栓を全開にし、熱いお湯を浴びる。ごしごしと顔をこすって少しでも思考を明瞭にしようと努力したが、先ほど飲んだブランデーが頭の働きを鈍くするのか、それともただの寝不足か、それは叶わなかった。妙な解放感と疲労感と倦怠がない交ぜになったままで、身体まで重い。
全て流れてしまえば良い。
叔父の指の感触も、煙草の匂いも、肌に張り付く金髪も、訳の分からない感情も、全て汗と一緒に流れてしまえば良い。
そんな自暴自棄な気分で、彼はシャワーに打たれていた。
二の腕の内側に赤紫色の痕が残っているのを発見し、わざと分かりにくい場所に残した叔父に舌打ちする。外側からは決して見えない位置に一つか二つ程度、いつも印のように残すのは、一体に何を意味しているのか。叔父なりの意味があるのだろうか。
似たもの同士の彼らは、相手が似たり寄ったりな考えをしていることに無意識的に気が付いていたが、わざと気が付かないふりを押し通していた。
お互いが何を考えているか知りたくもない。知ってしまえば恐らくこの関係は終る。曖昧なままの関係は彼にある種の苛立ちをもたらすが、だからと言ってこの感情が何を示しているのか、はっきりさせてしまうのは漠然とした恐ろしさがある。
自己嫌悪と自嘲しかもたらさないくせに、手放せないのはその裏にある感情をどこかで自覚している証拠だったが、それを認めるわけにはいかなかった。

髪からしずくを垂らしながらバスルームを出るて戻るとすでに叔父の姿はなく、ほっとしたような気分で彼はベッドに腰を下ろした。シャワーを浴びたせいか、煙草の匂いが更に敏感に鼻につく。
灰皿を見ると先ほど消したはずなのに、再び紫煙が立ち昇っていた。見ると、起きて一服したのか新しい煙草に火が点いて、そのままになっている。わざとらしく残された煙草は所在なさげにぽつんと放置され、彼の目にはそれを残して去った叔父の姿が浮かんで見えて、彼はまだ半分も吸ってないのに灰皿の上でくすぶる煙草を拾い上げ、口に咥えた。
「馬鹿じゃねぇの」
煙と共に吐き出した言葉は彼自身と叔父に向けられたもので、彼らの関係を表すかのように相変わらず部屋の空気は澱んだまま、抱く感情の所在を不確かにしていた。


(2006.6.26)

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smh
「一本くれないか」
向かいに座った弟に言った言葉は、自分の物でないように聞こえた。
言った後で、どうして煙草を吸おうと思ったのか不思議に感じたが、口から出た言葉は取り消すことが出来ないので、驚きに目を見張りつつも差し出された煙草を一本抜き取った。
何十年振りに吸った煙草は思いのほか不味いものではなく、その苦味は奇妙な安堵感を与えてくれた。
「らしくねぇな」
弟は眉根を寄せて、そんな自分を眺めている。
本当にらしくないね、と返しておいて、まだ半分も吸ってない煙草を灰皿に押し付ける。あまり強く押し付けすぎたので、吸殻は真ん中から折れてしまい、くの字に曲ってしまった。
それが己の不安を表しているようで、かすかに苦笑した。
「焦っても仕方ねぇだろ、兄貴」
その言動に反して家族思いである弟は、こちらの心理を察したのか、同情しているかのような顔つきで、小さく息を吐いた。弟に言われるまでも無く、焦っても仕方ないということは重々承知している。
「不安なんだよ、私は。息子達は皆動いているのに、自分だけがあの子の救出に手をこまねいて傍観している」
「老体にムチ打って、総帥代行してるじゃねぇか」
からかうような口ぶりでそう言った弟を軽く睨む。
「それしか出来ないからね。グンマやキンタローのように探索機を開発することは出来ないし、お前達のように戦場に向かうことも出来ない。私は直接的に何もしてあげられない」
無力だ、と実感させられたのは随分久しぶりだった。
「戦場に出りゃ良いじゃねぇか。鈍ってねぇだろ?」
「私が戦場に出て手を汚すことは、あの子が何より嫌がることだ。それに下手に引退したはずの私が動いて、敵国に異変を悟られるのは何としても避けたい」
何を今更、と呆れてみせると弟はそっぽを向いて肩を竦めた。
あくまでも現総帥長期遠征のための総帥代行だと銘打っての現役復帰だったが、いつまで誤魔化せるだろう。息子が跡を継いでから、どんなに長期間の遠征があっても、あの子は決して自分に総帥代行と言うことはさせなかった。おかしい、変だ、とどこかが気付いても不自然ではない。
息子が作った新しい団は軌道に乗っているとは言え、まだまだ不安な要素は多々ある。トップの行方不明は団の足元を崩すには持ってこいの出来事だ。事情を知る者は皆あの子の不在を支えようと必死だが、どこまで持つか。
「コタローの修行も本来は私がすることなのに、サービスに任せてしまった」
親子として再出発するはずだった末の息子は、遠き地で過酷な訓練に耐えている。また父親として何もしてあげられなかった。軽く身を乗り出して、肘をつき両手を組む。組んだ両手に額を当てて、そのまま無言で考え込んでしまった。
正面からそわそわする気配が伝わって、慌てて顔を上げる。
「すまないな、愚痴につき合わせて」
「そんな心配しなくても、どうせあいつは元気にやってるぜ」
「ああ」
こうして家族に愚痴をこぼせるになっただけ、己も成長したものだ。かすかに笑ってみせると安心したのか、弟は総帥室から出て行った。
遠ざかる足音を聞きながら、それが心配なんだけどね、と弟の真似をして肩を竦めてみる。
弟は慰めてくれたようだが、自分の心痛は誰かに話したからと言って軽くなるような類のものではなく、内部に存在する不安は成長し続けていた。
あの南国の島で、あの子は何を思っているだろう。
この四年間、心の支えになっていたであろうあの少年と再会した息子は、再び別れを選ぶだろうか。
以前のあの島での出来事が脳裏をよぎる。
他人から見れば異常なほどの愛情表現は、今も昔も全てはあの子をこちらに留めて置くためのものだった。
金髪碧眼ではなく秘石眼を持っていないことにコンプレックスを感じていた息子。一度逃げ出した息子。血のつながりが無いと判明した息子。
もちろん他の2人の子供も可愛い。かけがいのない存在だ。特に末子とはこれから長い時間をかけて、失われた親子としての時間を取り戻したいと思っている。
けれど傍にいないと言うだけで心がざわつくのは、あの子だけだった。
愛情と言った感情をはるかに超えて、あの子は己の人生の糧なのだ。
一度は帰ってきた。だが二度目は?
「もう少し待ってておくれ、シンタロー…」
必ず迎えに行くから、帰ってきて。
思わずこぼれた願いのせいで、煙草の吸殻がかすかに揺れた。

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