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k]

産声


一枚の、薄っぺらい紙。
それがこの世界に存在する証。


彼のために製作された書類はとてもファイル一冊では済まされないだろう。
しかし、彼が生きていたという証明である書類だ。重要であり、なおかつ本来ならばそれ以上の量でなければならないはずだ。
何故、そのようなことになってしまったのか。

彼は帰ってきてからというものの、何もすることが出来ずにいた。
理由は二つある。
ひとつは、彼は自分がしたいことというものがわからずにいた。
彼にとって日常というものは不慣れなものであり、まったくの無縁のものだった。
今まで自ら行動することがなかった分、いざ好きなことをしてもいいといわれてもただ混乱するだけで、何をしようと考えているうちに日が暮れてしまう。
そして、第二に彼の存在がガンマ団にとって馴染みが薄いものであるからだ。
彼は存在こそ有名になったが、今まで何をしていたか知っているものはいない。
また、本当のことを公表しても誰も納得するものではない。
そのため事実を知る者たちが彼の過去を改竄するべく、躍起になっている。
だからそれまでの間、キンタローは人の目にさらされることがないようにと出歩くことを止められていた。


居間にあるソファに何をするでなく、ぼんやりと日が過ぎるのを待つ。
そんな自分にとても違和感を持ちながらも、何をしてよいのかわからず、困惑していた。
昔から憧れていた世界。
もう自分の意思で動くことができるというのに、なにをしていいのかさっぱり見当がつかない。
また、当分の間は人前に出るなと言われたため、外に出ることも出来ずにいる。
ほかの誰かに言われたならばともかく、保護者でもある高松に言われたならば仕方がないと思ってしまう。
現在休養中の高松の怪我は順調に回復に向かっているものの、まだまだ退院できるものではない。
そんな人間の頼みを断れるほど、今のキンタローを動かせるものはない。

けれども、ほっとしているのも事実。


唐突にドアが開く。

「いたのか?」
「――ああ」


彼も同じように暇を持て余しているはずだった。
突然、彼の父であるマジックが引退を宣言し、その後について何も語らなかったのはつい最近。
そして、一部の地域を除いてすべての団員を本部に帰還させた。
ガンマ団は上から下まで大騒ぎだ。
後継者についても語られてはいるが、それを公の場で発するものはいない。


彼は未だに辞退している。
総帥となることを。
キンタローにしてみれば、あれほど望んでいたものを拒む理由がわからない。
けれども、あの島にいたときのシンタローはあまりガンマ団にこだわっていなかったことも覚えている。
だからといって、知っていても何かをいうつもりもないし、なんといっていいかわからない。
そんなキンタローの思惑をよそに、シンタローもまた暇を持て余していた。
外に出れば、視線が今まで以上に痛い。
この一年ほどにどこにいたのかを知るものはいない。
否、もし知ったとしてもそれを事実と納得できるものはいないだろう。
父は言った。
公表する準備は出来ていると。
それは何もシンタローのことだけではない。
グンマのこと、キンタローのこと。
お前も息子だよ、と笑ってくれたが今のままでは進めずにいた。

戸惑いは消えず、頭上の光への足がかりが掴めずにいた。


ここにきたのは暇つぶしのつもりだった。
部屋にいても気が滅入るだけだし、習性なのか午後のこの時間には台所につかなければ落ち着かない。
そしてお茶を点てるか、もしくはお菓子を焼いてグンマの元へと向かう。
以前と同じように研究室に篭り、何かを作っているその姿を見るのは久し振りだ。
グンマもシンタローと同じくらい、いやな視線を受けているだろうに、楽しそうに笑っていた。
だから迷う。


居間から巨大な庭が見えた。
日当たりのよい窓からは、どの季節でも美しい華が咲き誇る様が見えるよう手入れされた庭園が望める。
そして庭園の終わりには広場。
そこでよくグンマと遊んだものだ。
果ての見えることがないと昔は思ったものだが、実際団に設けられているトレーニングルーム並みの広さは誇っている。


入ってきたときに一度だけこちらを見た奇妙な関係の男に声をかけた。
「暇ならちょっと付き合ってくれよ」


あの島以来、体を動かす機会に恵まれることはなかった。
互いの強さは理解している。
不利があるとすればシンタローのほう。
戦うときの癖もタイミングも、キンタローは知っている。
しかし、それを応用するほど実践慣れしていないのも確か。
直線的な攻撃は読むまでもなくシンタローは避ける。
反対によけた反動で仕掛ければ、キンタローが防ぐ。
決着はつくことがなく、日が翳るころにどちらからともなく構えを解いた。
そのまま立ち去ろうとする背に、タオルが投げつけられた。
「ちゃんと汗拭けよ」
久し振りの運動に満足したのか、笑いながら首もとの汗を拭きながらシンタローは横に並ぶ。
言われるがまま、シンタローと同じようにタオルを首に押し当てる。
汗が吸い取られる感触が気持ちいい。
同じように汗を吸い取らせていれば、こちらを見る視線を睨み付ける。
「…頭出せ」
ついでにタオルも、といわれるが早いが引き寄せられる。
口を挟むまもなく頭をごしごしと拭かれた。
「そんなんじゃ風邪引くじゃねえかよ」
夕暮れに吹く風は火照った体に優しいが、いつまでもあたっていれば体を壊す。
もっともこれほど鍛えられた体で風邪を引こうとなると並大抵のことではおきそうもないが、用心に越したことはない。
「そうなのか」
だからいつも汗を拭いていたのかとは、流石に言わずにただ納得しておく。
されるがままのその様子に不気味に思いつつも、拭き終わった頭をぽん、と叩く。
「終わったぞ」
そして先に進む彼の顔をキンタローは見ることが出来なかった。


それから二人はその広場でよく組み手をしていた。
時々何が楽しいのかグンマがついて来る。
あからさまに何かを言いたげにしているが、シンタローは取り合うこともなく、キンタローは聞くことに慣れていない。
それはまるでモラトリアム。
考えることを放棄できる時間。
誰もが感知しているからこそ、グンマはここに来る。
いつものように笑うこともなく、ただ見ていた。

グンマの目には、ここだけが違う世界のように映っていた。
自分がここでは異端であると気がつくのは十分すぎるほどで、だからこそあえていつものようにいることを止めた。
口の挟めることではないから、ただじっと見ていた。
いつか彼らが気がつけるように。


息の上がる時間が短くなった。
一度二度休憩を挟むようになってからどれくらいになるだろう。
キンタローの攻撃にフェイクが混じるようになった。
シンタローは彼の癖を察知できるようになった。
呼吸をわざとずらしても対処され、動きを制限される。
ただの組み手に少しずつ真剣味を帯びるようになってきた。


それで、気がついた。


タオルが渡される。
少しだけ早く切り上げられたのは、もしかしたらシンタローもわかっていたからかもしれない。
否、決断を下したのかもしれない。


「俺は、俺の道を進む」
「ん」
目を合わせることもなく、屋敷への道を辿る。
同じ空間で、同じことをするのはこれが最後。

「どうするんだ」
「まだ決めていない」
それでも、宣言しなくてはならなかった。


気がついてしまった。
今と昔と変わらないということに。
ずるずると一緒にいるだけでは、彼の中にいたときと変わらないということに。


そして、組み手を続ければ続けるほど、わかってきた。
自分と彼が違うものだということに。


はっきりとした認識は、急速にベクトルを別へと導いた。

「お前は、どうするんだ?」
彼の道はたとえ自分がどの道をとろうと思ってもかぶらないことを知っているがあえて聞いた。
「…さーな」
まだ高い位置にいる日を手で遮りながら答える。
肩にかかったタオルは大量の汗を吸ってその重さを主張している。
隣にいる彼にとって、汗を拭くという行動はどのように映っていたのだろう。
火照った体に風が心地よいなんて、体を分かつまで知らなかっただろう彼のことをとっさに見ることが出来ずにいたあのとき。
自分に何かを思う資格などないと心に蓋をした。
それは、グンマにも同じで。
彼が継ぐべきガンマ団を告ぐことに躊躇をしていた。
継いだとしても、自分の手に余ってしまうのではないかと危ぶんでいた。


そう、ただ逃げていた。


けれども、日に日に少しずつ変化する彼を見て、そして何も言わずにこちらを見ている従兄弟の視線を受けて。
変わらぬ自分を知った。







居間からは変わらず庭と、その先にある広場が見渡せる。
書き記されてはいないけれども、彼が確かに生まれた場所は確かにそこにあった。




















<後書き>
甘くもないけど、痛くもない。
なんか淡々とした話で申し訳ないです。
きちんとした決別みたいのが書きたかったのですよ。


たまにはもう少しいちゃついたのを書いてみたい…


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s

緩やかな呪縛

それは彼を縛る鎖。
優しさを装ったそれは彼を緩やかに拘束する。


「シンちゃ~ん!」
甲高い声と共に隣にいたはずの従兄弟が走り出す。
「げ」
あからさまな拒絶の声を無視して、白衣をはためかせながら勢いのままにグンマは抱きつく。
嫌がりながらも昔のように引き剥がそうとしないため、この頃は会う度にこうして突進をすることが多くなった。
「お前も止めろよな…」
マイペースにゆっくりと歩いてきたキンタローにそう毒づくシンタローだが、相変わらずの無表情で流される。
上機嫌のグンマを張り付かせたまま、大げさにため息をつくと、そのまま歩き始める。
「へへへ」
「ったく、俺は疲れてんだぞ。疲れを倍増させるようなことするなよな」
「お疲れ様~。でも今回も圧勝だったんでしょ?」
「ん~、まあな」
それが当たり前だというように答えるシンタロー。
戦況については、たとえどんなことでもグンマは逐一チェックしていた。
特にシンタローが出陣するものは総て。
そして、結果が出たらシンタローの元へと駆けつける。
今回のように、現地に直接赴いている場合ならばこうして彼の通りそうな通路で待ち伏せをする。
出陣すれば勝利を挙げる。
それはもはや真実であり、そのジンクスを破らぬためにもシンタローは死守してきた。
しかしその伝説ははっきりいって、最初の頃に総帥自ら前線に赴く機会が多く、一回でも負ければそれでガンマ団が潰れるという危機を乗り越えてきたからだ。
キンタローはそのことに対して、ガンマ団がなんとか軌道に乗り落ち着いた頃に聞いたことがある。
シンタローが受けているはずのプレッシャーは、並々ならぬ重さであると踏んでいたのだが、しかし返ってきた答えはあっけらかんとしたもの。
『あ~?とりあえず勝つことだけ考えてたからなぁ。あんま考えてなかったな』
そういった感情だけは隠すのがうまい彼が強がりで言っているのではないかと最初は疑っていたが、それが本当であると知ったときには愕然とした。
確かに総帥となったことにより、その肩の荷は格段に重くなり、段々とその重さを増していく。
しかし、それでも前に進む力は衰えることはない。
どんな岐路に差し掛かろうとしても、どの道を進むかと迷ったことはあっても進めないと膝を折る姿を見たことなどないような気がする。
シンタローが完璧でないことをキンタローは良く知っている。
何度もそんな姿を見てきた。
無論、楽な道を選んでいるわけではない、全く成長していないわけでもない。
なのに今の彼はガンマ団の中で総帥という、絶対神のように扱われることもしばしばであった。
それは生来の俺様な所と相乗してその認識を拍車を掛ける。
なぜか、違和感を感じた。
綺麗過ぎて何かを見落としている気がする。
「おや、今日は皆一緒なんだね」
「あ、おとー様」
隠居して以来、表に顔を出すことがなくなったマジック。
息子二人を出迎えるその姿は威風堂々としているものの、独裁者としての仮面を捨て、今はよき父として笑っていた。
ようやく築けた家族の形だというのに、奇妙に映るのはきっとキンタローの気のせいだと思っていた。



「ねえ、シンちゃん」
マジック、シンタロー、グンマそしてキンタローというなんとも奇妙な関係で食卓を囲み、食後のお茶をしているときだった。
「あぁ?何だよ?」
不機嫌そうな返事だが、ほんの少し前ならば無視をされていたこと思えば格段の進歩だろう。
マジックもそのことをよく知っているから、ニコニコと笑いながら本題を切り出す。
「ちょっと小耳に挟んだんだけど、今大変らしいね。なんでも、K国でクーデター起こったんだって?」
K国はつい先日、ガンマ団が内戦を収めるために軍隊を派遣し、その成果は上長だったはずだ。
それなのに、今回起きたクーデターのお陰でK国の大統領から要請がまた来ているのだ。報酬はもちろんなしで、だ。
「何ならパパが――」
「うっせぇ、くそ親父。なにかしようとしたらただじゃおかねぇ」
「あ~あ、パパってばシンちゃんを怒らしてる~」
即座に切られて、人形を握り締めながら泣いている姿に、父に掛けるにしては薄情な言葉を掛けるグンマ。
対するシンタローは僅かに眉を寄せただけで、お茶をすする。
「――ごっそさん。俺はもう一仕事してくるから」
何事もないかのように、しかしどこか急ぎ足で部屋から出て行くその姿を見送っても、マジックは動こうとはしない。
ただ残された食器を片付けるだけ。
「追いかけないのか?」
どこか手持ち無沙汰で、持っていたコップをもてあそんでいたがそれも取り上げられたため、鼻歌を歌いながらキッチンへと向かうその後姿に疑問をぶつける。
昔ならば、親ばか全開でいろいろやっていたはずなのに、あの島から戻ってきてからとてもおとなしい。
特に総帥としての仕事を手伝おうとするそぶりを見せることはあれど、大抵の場合は静観している。
「いいんだよ、これで」
その返答は問いかけた相手ではなく、いまだにお茶をすすっていたグンマからなされる。
ばっさり切った髪をまた伸ばし始め、ピンク色のリボンで結んでいる。
それが昔よりも幼く見せるが、その分彼の本質を見誤ってしまうものも大勢いる。その頭の中にある聡明な頭脳は、稀代のものであるのにも拘らず、だ。
キンタローはグンマと共に研究を重ねるごとに、シンタローのときとは違った視線で見ることが出来た。
決してシンタローの前では見せない、その頭の回転のよさに驚き、なぜその姿を隠しているのかが不思議だった。
そして、時折見せる何か、そう得体の知れないものをグンマに感じることがある。
今もそうだ。たった一瞬であるが、気配がした。
恐ろしいものではないが、いつもの風貌からは考えられない。
「じゃ、僕もそろそろ行こうかな」
手に持ったカップをキッチンまで運ぶといつもの笑顔のまま、食事前に脱いだ白衣を着る。
「キンちゃんはどうするの?」
最近はシンタローのそばにいることが多くなったキンタローに問いかける。
シンタローの意向により、総帥の物々しい警備をやめてから、格段に狙われる回数が増えた彼を守るため、そして遠征先にて数少ない理解者となるためキンタローは影のように付き添うようになった。
最近では総帥のぴりぴりした雰囲気を和らげるとのことで、キンタローに付いてきて欲しいという声も上がるようになったくらいだ。
「そうだな。向こうに行く」
きっと今頃、部下に当たるつもりがないのにぴりぴりとした空気を振りまいているシンタローを止めなくてはならない。
「じゃ、がんばってね」
対した感慨もなく、グンマは笑う。きっとシンタローの前であれば、散々ごねるのだろう。
しかし、その理由がいまだにキンタローにはわからずにいた。


どこか愛嬌のある戦艦が、大地から離れたとき、シンタローは自分の部屋にいた。
一枚の写真を眺めながら黙っているその姿はいろんな意味で恐ろしい。
「いい加減、子供のように拗ねるのはやめたらどうだ」
それは一本の通信によってだった。
後処理もほぼ終わり、引き上げようとしたときにそれは入ってきた。
まるでタイミングを計ったかのようなその通信はグンマから。場所は、彼らの弟の部屋からだった。
『見て見て~、おとー様の力作だよ』
その腕に抱えられていたのは大きな熊のぬいぐるみ。
『コタローちゃんへの贈り物だって。今日からあの部屋に入れるんだよ』
大きなスクリーンに映される総帥と同い年の青年と、ぬいぐるみは奇妙なことにマッチしているが、先ほどまで戦場にい兵士たちを脱力させるには十分だった。
しかも、その通信はそこで終わった。
否、その後にも続きそうだったのだが、あいにく電波状態が悪かったのか2分ほど声と映像が途切れた。
それ以降、あちらからの連絡はない。
(まったく…)
グンマの意図はわからないが、シンタローを怒らせるには十分すぎた。
その後、大雑把な指示を出してすぐに帰還しようとする従兄弟を尻目に、補足説明を加え何とか後処理を済ませた。
いつものこととはいえ、キンタローは深くため息をつく。
あの親子は何かある度にシンタローを怒らせ、しかもそれを楽しんでいる節がある。
そのことは如実であり、対象者であるシンタロー本人にも再三忠告したのだが、効果は薄い。
今のところぎりぎりのラインで抑えているものの、いつ仕事に差し控えるかと考えると気が重い。
今回の人形にしても、昔シンタローが買ってやったアライグマの縫ぐるみに対する嫌がらせのようにしか見えないのは気のせいなのだろうか。
本当に些細なことではあるが蚊が目の前を通り過ぎるかのように、気が散ってしまうことには変わりない。
とりあえず、目の前でふてくされている自分の上官を何とか宥めなくてはと大きく息を吸った。


その数時間後、本部に到着した戦艦が格納庫に収納される前に、表面上は、冷静になったシンタローがキンタローを従えてマジックのいる部屋へと向かう。
「シンちゃん、真っ先にパパの元に来てくれるなんて…」
「ガンマ砲!」
抱きつこうとこちらに向かってきたのが運のつき。
ぷすぷすと煙を上げながら、倒れているマジックに止めを刺そうと蹴りを入れるその姿に止めるタイミングを計っていると、不意に袖口をひっぱられた。
「ここはおとー様に任せて僕たちはコタローちゃんのところに行こうよ」
小声でにっこりと、有無を言わさぬ彼の言葉にキンタローは目を見張る。
しかし、驚いているキンタローに気づいた用でもなく、そのまま腕を引っ張って阿修羅のごとく父親に制裁を下しているシンタローをおいて二人は抜け出した。

「…何を考えているんだ」
心底、呆れてただそれだけを口にするが、答えはない。
エレベータには二人だけ。
一族のものが使うためのこのエレベータには当然監視カメラや盗聴器の類はない。
誰に聞かれることもないので、キンタローは長い間疑問に思っていたことを口にする。
「そんなにシンタローと喧嘩をしたいのか?」
先ほど、繰り広げられていたのは最早喧嘩のレベルを超していたが、それはこの際おいておく。
「…キンちゃんの目にはそう見えるんだね」
ようやく返ってきた返事は、しかしきちんと答えられていない。
「――グンマ」
「やだなぁ。そんな怖声ださないでよ」
ぜんぜん怖がっているように見えないその態度は、知らない人ならばある程度はごまかせるかもしれない。
「それで、どういうことなんだ」
「そうだね――失いたくないから、かな」
軽い振動を感じ、ついでドアが開く。
いつも思うが、グンマはこういったタイミングが恐ろしくうまい。
今も颯爽とエレベータから降り、問いかけようとしたキンタローを先制するかのように、そして自然に指導権を握っていく。
「ほら、キンちゃんもコタローちゃんに早く会いたいでしょう?」
その笑顔は、もういつものものだった。


あれは何年前だったか、思い出せない。
けれども、あのときの言葉の意味を理解した気がする。
彼をたきつける言葉は、他に目を向けさせないための布石。
露骨過ぎるそれに、しかし誰も気がつかない。
「どうかしたの?」
隣でにこりと笑っている従兄弟が心底憎い。
「いや、なんでもない」
失った痛みを知らないから、彼を留める術がわからなかった。
いつかいなくなるという、その意味をきちんと理解してなかったのが原因だろう。
繋ぎ止めることは出来ないから、少しでも長くいられるようにと願わずにいられない。
そして、そんな思いが緩やかに絡みつく。
決して不快に感じず、しかしどこか重さを感じるそれは彼に今を、現実を見つめさせるには十分なもの。
改めて、この一族の執着深さに驚き、そしてその血が流れていることを実感する。
目の前に広がるのは青い海。
あの島へ帰っていった彼は、こちらに戻ってくるのだろうか?
無事であることはわかっている。しかし、心まではわからない。
緩やかな鎖は、もし彼が帰ってきたときには幾重にも増えていることだろう。
いつか帰ってしまうかもしれないことを恐れて、しかしそんなことを全く表に出すこともなくにこやかに、彼を監視するかのように目を離さない。
それでも好きだから、その鎖を強めることはしない。



その思いは、とても綺麗で、残酷だった。





<後書き>
え~、ここまで書いておいてなんですが、実はキリリクの没原稿。
理由はあちらのリクエスト内容を見ていただければわかるかと。
パプワのパの字も出ていない…
没理由はそんな感じで。
ss

至宝の玉


今日もまた、ガンマ団本部に爆発の花が咲いた。


こつこつと前を歩くグンマを後ろから誰かが追いかけてくる。
決して走ったりはしない。ただ少し歩調を速めるだけ。
その姿を想像してグンマは深く息を吸う。
1、2、3
「グンマ」
呼び止められると同時に、肩を掴まれて反転させられる。
低く響く声は、かつては彼の体だったとは思えない。
しかしそんな感想が欲しくってこの忙しい中、彼はグンマを尋ねに来たわけではないのだろう。
その顔は真剣そのもので、大抵のものはその雰囲気に飲まれてしまうだろう。
「どうかしたの?」
それでもにっこりと笑うグンマ。きっと、彼がこの笑顔の仮面を取り去ることなどそうそうない。
だが、キンタローはそのことに対して感銘を受けている暇はない。
「……お前はやれば出来るとシンタローは信じているぞ」
「…そう」
唐突に切り出されたその一言に一瞬反応したものの直に戻る。
いったいどうしたらここまで、感情をコントロールすることが出来るのか。キンタローには分からない。
ただ分かることは彼は、彼のためにそれを意図的に行っているということだけ。
「それだけなら僕、もう行くね。シンちゃんに怒られちゃったから新しいの作らなきゃ」
「出来ているんだろう。お前の頭の中には」
肩に置かれた手には元々大して力は込められていない。軽く押して外すとグンマは踵を返そうとした。
しかしその言葉と、瞳に呼び止められる。

まっすぐな瞳だけは似ている気がした。

「もし、そうなら何で僕はわざわざシンちゃんに怒られるようなものを作らなきゃいけないのさ?」
それでも、引力のあるあの眼は彼だけの特権。一族の誰もが持ち得なかった不思議な力。
だから、グンマは笑った。キンタローのそれはまだそこまでグンマを捕らえたりはしない。
じぃと睨むでなく力を込めてみるその眼は確かに強いが、彼の眼はただ見られるだけで留まらなければならない気がする、そんな、眼。
「それを聞きたいんだ」
「変なの」
くすり、と笑うがその眼は外されない。
同じ色の、異なる瞳が目の前にある。こうして、一族の人間と向き合ったことが今まで合っただろうか?
立ち去ろうとしたため、開いていた距離を自らが近づくことによって縮める。
「――どこも似ていないと思ったのに何で似ているんだろうね」
特に、その眼。
「綺麗な眼」
そっと、眼は無理だけれども顔に優しく触れる。
「お前の目も同じだろう」
彼にない、青色を宿した眼。
一族の証明の色はキンタローはもちろん、グンマも持っている。それなのに綺麗だというその言葉に眉根を顰める。彼が聞いたら激怒しそうな言葉だ。
「…違うよ。僕と君達とじゃ」
触れたときと同じ位、ゆっくりと手が引かれる。
この笑顔は知っている。こんなときの笑顔は。
「同じものだ。俺も、シンタローも、そしてお前も」
完璧すぎる笑顔だからこそ気がついてしまう。
彼には見せられない、作り物の笑顔。
「早く、戻りなよ。シンちゃんが待っているよ」
気が付かれたことを一瞬で感知したグンマは俯いて、キンタローを急かす。
事実、この後の予定は詰まっている。
だからこそ、このもやもやをはっきりさせなくてはならかかった。
「……これが、僕の仕事だからね」
聞き取れるかどうかのギリギリのラインで囁かれた言葉。
その言葉を反芻した一瞬の隙を見てグンマが走った。
「行ってらっしゃいってシンちゃんに伝えてね」
十分な距離まで離れたグンマが大きな声でそう叫んだときには、もはやいつもの笑顔に戻っていた。


パソコンの中で大きなウエイトを占めていた演算を止める。
「流石にこれ以上やったら、ホントに怒られちゃうしね」
そして、報告書から添削された所――ご丁寧に赤ペンで直されている――を見ながら彼の望むよう形に手直しをしてゆく。
実際、この作業は難しいものではない。ここに来るまでに何度もシミュレートして最も綺麗な形にまで仕上げたものがグンマの頭の中に出来ている。
完成してから、その動きを見るまでもない。
「流石に結果がないとまた怒られちゃうだろうけど」
ちらり、と卓上カレンダーを見る。期限は一週間後。それまでに総てのデータを揃えなくてはならない。
確実に徹夜コースであるが、それでもグンマは先ほどのやり取りを思い出して笑った。
「もー、シンちゃんってば本気で怒るんだもん。びっくりしちゃった」
慌てて力を解放して中和したため、爆発によって部屋が煤けたように黒くなったが、さしたる被害はでなかった。
それもシンタローにとって不機嫌にさせたひとつの要因だ。
書きなぐるかのように近くに用意してあった赤いペンで添削をすると、所々煤けてしまったグンマに投げて遣した。
乱暴に部屋から出て行く姿を見てうまく怒らすことが出来たことに喜んでいた自分。
まさに命がけだが、どこかでガス抜きをしてやりたいから、手を抜けない。
「こんなの作るよりよぽっど大変だよ」
くすくすと笑いながら、ピンとモニタを指ではじく。
しかめっ面をしながら歩く姿。
威厳を携えながら、周りを見回して傍には優秀な従兄弟が補佐をする。
より完璧を目指して走る姿はグンマも好きだが、いつか壊れてしまいそうだ。
だから、失敗作をわざと提出する。
呆れて素の自分で怒鳴り散らせるように。
この役だけは、誰に譲るつもりはない。
「とりあえず、煤を落としてこよ~うっと」
その一言を残して、ガンマ団随一の天才はラボを後にした。
遊び機能満載だったそれを、見事なまでに望まれた形に仕上げて。




笑い顔が見たいっていったら怒られるかな?











<後書き>
50/50の“まかせなさい”の没原稿。
というよりも、別の話になってしまったため普通に上げてしまいました。
…う~ん、私の書く従兄弟ズは三人揃うことが少ないようです。なぜだろう。

グンマさんに別格愛を注いでいるのでしょうか、私は。
今回はそれほど、どす黒いイメージを持たずにかけたので自分的にはOKです。


kd

残されたもの

やるべき事は山積みだった。
本部へと連絡を取り、指示を出す。
一日連絡を取らなかっただけで大量の仕事が溜まっていた。
本来ならば総帥自らが連絡を行うのに、今回に限ってキンタローが連絡をしてきたことに驚きを隠せない本部のオペレータが困惑の色を浮かべていた。
いつものように無表情で、シンタローは今コタローと一緒にいて手が離せないと伝えると、ようやく合点がいったのかあっさりと仕事を送ってきた。
今、キンタローたちがいる地点から本部はまだ遠い。
よっぽどの機密事項で無い限り、ハッキングを恐れてこちらに送ってこなければそれだけで総てが麻痺してしまうだろう。
一度、支部に寄れば機密事項だろうがなんだろうがガンマ団独自のネットワークを介して何の心配も無く送ることが出来るのだがそうも言ってられない。
ごく限られたもの以外、総帥が行方不明だという事実を知られてはならない。
これがガンマの作った船の中にいる幹部によって決まった意見だった。
もしこのことが外部に漏れたならば、ようやく安定してきた新生ガンマ団の存在が危ぶまれる。
暫くの間は、キンタロー、マジックの二人で総帥の仕事をこなしてゆくという結論に達し、またハーレムも現場復帰が決まった。
これで、暫くは大丈夫のはずだった。
組織としては。



後、2日ほどで本部に着くだろう。
キンタローはすっかり冷めてしまった紅茶を流し込み、送られてきたデータの検証を始めた。
本部より送られてきた“総帥の”仕事は思ったよりも速く片付いた。
二人で処理しているというのもあるが、急ぎの用件以外は対して難しいものではなかったことが要因であろう。
そこで、キンタローは自分の造った飛行艇の改良をするため、残ったデータをかき集め分析を始めた。
机の上には、先程置いたティーカップと片付け終わった仕事、そして一台のパソコン。
脱出してきた際に残っていた自分の私物をグンマがキンタローの為に用意した部屋(ちなみに部屋はこの場にいないシンタローのものまであった)に移ってきた。
しかし、元々たいした荷物を持ってきていないキンタローは着替えをクローゼットに入れると、今端末に繋いでいるパソコン以外の荷物は無かった。
そのせいか、大きな部屋が殊更大きく見えた。
本当に、ありえない事態だったのだろうか?
なにかに打ち込んでなければ、そんな考えに陥ってしまう。
心戦組だけでなく、ガンマ団の敵となりうる存在の動向に眼を配るよう、指示を出してあった。
しかし、少し前に局長自ら小部隊にて出動したという報告以来、何の音沙汰も無かった。
その時は、小船にての出動とのことであり特に気も留めてはいなかったものの、今回のような戦艦で出てきたとなればもっと前になにかわかっていたのではないかと考えてしまう。
思考の迷路に迷い込み、思わず手が止まる。
そして、最後に行き着くのはあの映像。
豊かな黒髪が、風に舞う。
紅い服が、彼の笑顔がやけに印象的だった。
あの時、もし先に行かなければ、助けることが出来たかもしれない。
爆音がして、思わず振り返った。
考えるより先に、体が動いていた。
二人しかいない空間を見た瞬間から、記憶が飛んでいる。
そして次の記憶は、攻撃によって空いた穴の淵から落ちていくあの笑顔を見たところに唐突に繋がっていた。


なのに、どこかで安堵している自分がいる。
いや、安堵というのはおかしいかもしれない。


――帰ってきた――


安らぎを感じた。
そして、そのことがなぜかシンタローの無事を確信させた。
大丈夫だと伝えても、なお不安そうな顔のグンマの頭を軽く撫ぜ、次々と指示を出した。
――らしい。
ほっとした後の記憶が、曖昧になっている。
いくら順序良く、並べようとしてもどこか抜けているか、まるで実態感の無い夢のようだった。
そして、気が付いた。



初めて、離れたのだと。



今度いつ逢えるのか解らない。
生きていると確信できるものは何もない。
今まで度々、離れて行動していたときとは違う、なにかがあった。



「…生きていてくれ…」





ようやく、シンタローの心情が覗くことが出来た気がした。










<後書>
今書かなきゃ以下略第二弾。
キンタローさんが、初めてシンタローさんと自分達の意志以外で離れたのではないかなと。
体が分かれてからも、互いに互いを意識していたわけですし、その後はサポートだ何だと一緒にいたわけで。
なにかで数週間離れたとしても、なにかしらの手段で連絡を取っていたと考えると、今回のことをどう思っているのかなと。
グンマさんとかコタローさんは前のガンマ団のときに、シンタローさんがどこかに行くたびにそんな思いをしてたと思うのですが、キンタローさんは初体験だったのでは?
キンタローさんは鈍くは無いと思うのですが、やはりまだ生まれてから4年ですし、身を持って体験することは沢山あるだろうということで。


kd
冷蔵庫の怪


上着を乱暴に脱ぐとそのままソファーに寝転ぶ姿に溜息をつく。
自分も疲れているのにな、と思いつつもキンタローはネクタイを緩めながら冷蔵庫へと向かう。
開けて中身を確認するが、大した物は入っていない。
「夕食はどうする?」
いまだ寝転がったままの相手に声をかけるがあ~、とかう~としか返って来ない。
仕方なく、ソファーの方へと行き、もう一度声をかける。
「おい、聞こえているならきちんと答えろ」
「ん~~、適当に作っとくから風呂でも入ってろよ」
「大した物は入ってないぞ」
「何とかなる、何とかなる」
パタパタと手を振ってまったく取り合わないその姿に諦め、シンタローの言葉にしたがって風呂に入ることにした。


たっぷりと風呂に入り、戻ってみると何やら香ばしい匂いがした。
「おお出たか」
そこに用意されているのは大盛りの野菜炒めと味噌汁、豆腐のハンバーグ。
「な、何とかなったろ」
満面の笑顔で笑うシンタローにキンタローはいささか呆れ顔になる。
「お前、本当に総帥にしておくのは惜しいな」
「おい、それはどう言う意味だよ」
「そのままの意味だ。あまり深読みしても意味は無いぞ」
たったあれだけしかなかった冷蔵庫の中身、このおいしそうな匂い。
「立派な主夫だな」
「まあ、日常茶飯事だったからな」
ほれ、とご飯をよそった茶碗を手渡すと自分の分もよそった。
『いただきます』
声を合わせてそう言うと箸をつけ始める。
話は今日の取引先との会議、戦場からの報告、高松が開発したバイオ植物について…
話題は尽きることは無い。
一緒に世界を飛び回ることもあれば、今日みたいにたまたま帰り際に会って食事をしながら話すこともある。
キンタローはグンマと高松と食事をすることもあるが、自ら誘うことは無い。
あの二人の間には入ることが出来ないからだ。24年という年月がそう思わせるのであろう。
どこかなじめなかった。
また、マジックと食べることもあるが、こちらはもっと気まずい。
シンタローが一緒にいる時は和らぐがどうもこちらもなじめないでいた。
結局、シンタローと食べるか一人で食べるかのどちらかになる。
その話を以前シンタローに話すと、そういうこと言ってると高松が泣くぞ、と笑われた。
キンタロー、グンマ、高松達は科学者としてはまともな生活を送っているほうである。
なのでこうして午前様ぎりぎりのシンタローと鉢合わせするケースは多く、そのたびにこうして食事を共にするのだ。
一人で食べていないと言うことで譲歩したのか高松は引き下がっているが、シンタローに向けている視線は今にも呪い殺しそうなものがある。
「そうそう、今度親父が俺らと一緒に食事がしたいと駄々をこねているぜ」
「マジック叔父貴がか?なんでまたそんなことを」
「さあ?俺らの仲が良いのがくやしいんじゃなねぇの?」
馬鹿だから、そう続けるシンタローに溜息をつく。
「もうすぐ俺もグンマも学会があるから忙しいぞ」
「こっちも膠着状態に陥ってる場所に遠征に行くぜ」
互いに顔を見合わせると同じタイミングで溜息をつく。
「荒れるな」
「ま、しーねーだろ」
苦笑いするタイミングも同じで。



たまにある、こんな日常
それだけで暖かい






<後書き>
日常っぽいひとこま。
恋人と言うより夫婦。
お風呂が先?それともご飯?(激しく違います)
今回はただほのぼのっぽいのを書きたかったのですが…
出来てます?
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