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4

月の雫

飲みきったティーカップの底を穴が開く位、見つめていた。
その時、信じることしか出来なかった。
信じたかった、その言葉を。




高松のラボの扉が開くと同時にグンマが入り込んできた。
そして、なにかを言おうと大きく口を開けた瞬間。
「シンタローさんなら、明日帰って来るそうですよ」
いきなり自分の知りたかったことであるひとつを言われ、グンマは口を大きく開けたまま、眼を丸くした。
先程聞いた話が本当であるか、なぜ黙っていたのか、そして無事なのか…
怒鳴りながら、そのことを詰問しようとしていたのに、いきなり出鼻を挫かれて、グンマはふてくされた顔をする。
「お茶を入れますね」
そして、反論の隙を与えずに隣の部屋へと移動した高松の背を何も言えずに見送ったグンマは近くにある椅子に座る。
人差し指で机の上をリズムを取るように叩き、もう一度、頭の中で何を聞くべきかを考える。思考の切り替えはスムーズに行われ、何をするべきなのかを直に考えると実行に移すため、大きく深呼吸をした。
沢山の植物に囲まれ、あれほど見たがっていた緑だというのに、その眼には映ってはいない。ただ、じっとタイミングを計っていた。
水が沸騰した音はとっくに止んでいる。
「何で黙っていたのさ」
そして、高松がこちらへ戻ってくるタイミングにあわせて、質問をぶつけた。
また、高松のペースに乗せられない為には、先手を取らなければならない。
それでも高松は慌てた様子を見せることなく、にっこりと笑いながらグンマの前に紅茶を置いた。
「グンマ様の気を散らさないためですよ」
「散らないよ、それくらいじゃ」
今までもシンタローが遠征に向かったことなど、何度もあった。
嫌なことだが慣れてしまっているといってもいい。
それに、シンタローはいつでも帰ってきた。
だからグンマも初めのうちならともかく、最近では麻痺してしまったかのように動じなくなっていた。
心配をしないというと嘘になるだろう。
高松はその理由がわかっていた。
「今まで彼が行っていたような戦場ではないのですよ」
その言葉に含まれる、真剣さにグンマはびくりと体を震わせた。
「でも、そんな場所におじ様が送るわけ…」
「あの方は確かにシンタローさんに甘いですが、総帥でもあります。おそらくはその辺りのことが絡んでいるのでしょう」
シンタローの実力は同期で敵うものはいない。
それこそ、今まで今回のような激戦区に連れて行かれなかったのが不思議なくらいの力は備わっていた。
不満という形で、その声が大きくなっていることをキャッチしたマジックが、今回のような処置をしたのだろう。
とっくにグンマのティーカップは空になっている。
高松がお代わりを注ぎたくとも、グンマがカップを手に持ったまま底を食い入るように見つめているため、それも敵わない。
暫く、高松が紅茶を飲む音だけが部屋に響く。
「シンちゃんは、無事なの?」
散々躊躇って言葉を紡ぐ。
急に、今までのように安心感がなくなってしまった。
どこかで、シンタローは怪我ひとつせずに帰ってくるものだと心の中で思っていた。それが奇妙な安堵感を生んでいたのだ。
縋るような眼に、内心ほっとしつつも高松は答えた。
「多少の傷はあるそうですが、元気だそうですよ」
きつく握り締められていた、ティーカップの持ち手から、力が抜ける。
そのまま、グンマは椅子の背もたれに寄りかかると、ほっとて笑顔を見せる。
「そっかぁ。あ、じゃあ、明日お帰りって言いに行くね」
「それは駄目です」
軽い気持ちで言ったのに、厳しく止められ、グンマは眼を見張る。
「どーして?…もしかして、本当は大怪我をしてるの」
急に不安そうな眼をして、高松の袖を掴む。
とっさのことで大声を出してしまったことに、慌てるもののいつものように優しく語りかける。
「シンタローさんは帰ったばかりで疲れているでしょうし、コタローさんに付きっ切りになっていますよ、きっと」
その言葉に思い当たることがあるのか、グンマも掴んでいた袖を離す。
シンタローのブラコン振りは父であるマジックと同じくらい凄いものがある。
以前にグンマがコタローを泣かせて以来、近くに寄らせようとしないくらいだ。
「せっかくシンちゃんがいないなら、コタローちゃんに会いに行けばよかったな」
同じ敷地にいるというのに、年に数度しか会うことの出来ない従兄弟。
自分よりも年下に会うことが稀であるため、グンマはコタローに会いたがっていた。
しかし、それは高松にとっては望むところではない。
そして、グンマに今回のシンタローの遠征の本当の目的について悟られずにすみ、ようやく緊張を解いた。


その瞬間だった。


「本当に、それだけだよね?」
グンマが聡いと知っているものは少ない。
簡単に騙されるようであれば、高松もここまで緊張はしなかった。
例えば、これがシンタローであればこちらのペースに簡単に乗るだろう。
しかし、グンマは違う。
これは高松の感でしかないのだが、グンマはこうして話しながらどこかで全体像を平行して作っているのだ。
そして、すぐにピースが足りないことに気が付く。
高松は眼を細めると気が付かれないように細く息を吐いた。
「ええ、本当ですよ」
平常心で答えるようにと、心を落ち着かせる。
「そっかぁ」
「なにか、気になったことでもあるのですか?」
なにか自分がミスを犯したのかと思いながら尋ねる。
「ううん。ただね、ティラミスの様子がおかしかったから」
その言葉に高松はほっとしながら、今度こそ本当に笑いかけた。
「マジック様のお客様がきっと重要な方だったからですよ、きっと」
「そうだよね。シンちゃんになにかあったら叔父様が大暴れしているよね」
ようやく納得したグンマは、山のように盛られたお菓子に手をつけることができた。
そして、高松に止められはしたものの、シンちゃんに挨拶くらいはしてもいいよね、と考えながら…










<後書き>
久し振りに出した、グンマ様天才説。
ふ~、今回はそれだけで満足。(おい)
なんとなく、皆様わかってらっしゃると思いますが次回はあれです。
マジック総帥出番なるか?

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3

月の雫


大した怪我を負うことも無く、帰還できることにほっとする。
自分以外に実戦経験の少ない兵士は、他にいない。
それでも、自分以上に戦果を上げたものはいない。
誰もが自分を認める、シンタローは高揚感に包まれながら、飛行艇の揺れに体を任せ浅い眠りに着いた。


その話を聞いたのは、結構前からだった。
K地区自体、元々対立の激しい部隊が存在していることで有名であり、ついには特戦部隊が出動するのではないかと噂されていた。
日を増すごとに戦況は激化していく。
そんなある日、シンタローは部隊長に呼び出しを受けた。
たった一人だけの呼び出しに不審を抱きながらも指定された部屋に向かうとそこには部隊長の他に、数名の仕官が待っていた。
「これが、君に与えられる次の任務だ」
言葉と共に一枚の書類を渡され、内容を確認する。
「これは、お前の実力を買われての任務だ」
その声が遠く聞こえる。
今までも何度も前線に送り込まれたことがあった。
しかし、今回の任務では今までのように同期と組んでチームとして動くのではなく、先鋭といわれる、いずれもベテラン達の中に紛れて行われる。
少しでも実力が無ければ容赦なく置いてゆかれるだろう。
「拝命しました」
それでも何とか敬礼をして部屋を後にしたことに気が付いたのは、自分の部屋に戻ってからだった。


瞬く間に、準備は進んだ。
今の部隊には、今後戻ることは無いという。
成果があろうが無かろうか、シンタローは総帥直属の部下に昇進する。
今後は、自らが部隊を率いることになる。
しかし、シンタローは単純に地位が上がることを喜んでいるわけではない。
昔から、強くなることが目標だった。
勝つこと、それが手段。
「絶対に強くなってみせる」


理由は思い出せないのだけれども。


コタローが生まれたから、マジックの様子がおかしいことにシンタローは気付いていた。
特に、シンタローがコタローの傍にいるときに険しい顔をしている。
加えてコタローの周りでは、不可思議なことが良く起こった。
例えば、気が付くとコタローの周りの物が良く壊れていたりするのだ。
誰かに害をなすことが無いので、それ程危険視はしていないのだが、任務に就く時にはやはり不安になる。
「いいか、危険な場所には近づくんじゃないぞ」
「うん」
出立前の朝にシンタローはコタローの頭を撫でながら、話しかける。
この時期の子供は、一ヶ月もあれば驚くほどの成長を見せる。それを見ることが出来ないのが残念でならない。
だからこそ、こうしてどこかに行くときはしっかりとその顔を忘れないように、忘れられないように目線を合わせて、いってきますの挨拶をする。
いつものように天使のようなその笑顔に、頬が緩むのを抑えることが出来ない。
「帰ってきたら、いっぱい遊んでやるからな」
自分がコタローくらいの時には、その言葉に喜んでいたことを憶えている。
案の定、嬉しそうな顔をするコタローに鼻血が出そうになったその時、視線を感じた。
冷たい、視線だった。
コタローに気が付かれるように、そちらに目線をやるとマジックがこちらを見ていた。
「どうかしたの?」
不安を感じたコタローがシンタローの袖を引っ張ると、慌ててシンタローはコタローを抱き上げた。
「なんでもないから」
そして、そのまま抱きしめる。
一度も抱きしめたことの無い、父親の分まで。



機体が揺れる。
すぐさま目を開けると、他の者達が立ち上がっていた。
シンタローもそれに続いて立ち上がると、出口へと向かう。
本部へ、帰還したのだ。
写真ではなく、本物の笑顔を見ることが出来ることにシンタローは知らず知らずのうちに顔が綻んでいた。




惨劇を、予期することが出来ずに。






<後書>
なにか、クッションばかり入れている気がします…
この次のお話は、またグンマさんに戻る予定。

本当に、気長にお待ちいただけるとありがたいです…
2

月の雫


壁に取り付けられているコルクボードには何枚もの写真が貼られている。
もう、一年前になるシンタローとの戦いの時にとった写真も飾ってある。
「元気かなぁ?」
暫く会っていない従兄弟のことを思いながら、パソコンに向ってデータ処理が順調に行われているかを確認する。
思いのほかガンボットの出来が良く、叔父であるマジックにほめてもらったのも束の間、今度は大嫌いなシステムの構築の仕事を任された。
暗号化のプログラムの組み換えと、ハッキング防止のセキュリティ対策。
専門外であるものの、断ればきっとこれから先ガンボットの研究が出来なくなる。
仕方が無く、一時中断してこちらに取り掛かって早数ヶ月。ようやく満足のゆくものが出来た。
こうしたものは苦手であるものの、きちんとしたものが作れるのがグンマであり、どれだけ馬鹿にされていようとも、天才であることは周知である。
そして、今しがた仮想空間にて動かしたデータと共に報告書をまとめる。
これで暫くは自分の研究に取り掛かれるはずだ。
グンマはうきうきしながら、書類を届けるために部屋を後にした。


本来ならば総帥に手渡しするはずだったのだが、生憎、重大な仕事をしている最中ということだったので側近であるティラミスに渡した。
そして、その足で高松のいるラボへと向かう。
久し振りに緑を見たくなったのもあるし、終わったことを伝えたかった。
開放感から浮かれすぎていて、つい近道をしようとして一般通路を通ってしまった。
去年のことがあってから、グンマは一族専用の通路を使うようにしていたのだ。
そして気が付いたのは、大勢の声がしたから。
慌てて戻ろうとしたが、幸か不幸か誰とも出会わずに、ずいぶん長い距離を進んでしまったところまで来てしまっていて、グンマはどうするべきか迷い辺りを見回す。
「――で、シンタローさんはいつ戻ってくっべ?」
「話によっと、来週らしいっちゃ」
方言が一際激しい会話だが、話されている内容に思わず耳を澄ました。
「どこに飛ばはれとったんでしたっけ?」
「オメ、そういう言い方しか出来んのか?」
「だから友達が少ないだわや」
漫才のようなやり取りに、グンマは気が付かれないようにと注意しながら、会話を良く聞こうと集中した。
「なに言ってますん。ほんとの事でっしゃろ?K-3地区なんて誰も行きたがりまへん」
「だからシンタローさんが行ったんだべ。実力さ買われたんだ」
「いい加減、嫉妬するのはやめたほうがいいっちゃ」
最近篭っていて全く情報が入ってきていなかったせいか、シンタローがそんなところにいっていたなど知らなかったグンマは眼を丸くする。
K-3地区については、激戦区に指定されたというのを篭る前に聞いた。
それ以降、どうなったかは興味が無かったため知ろうもしなかった。
そんなところにシンタローが行ったとなれば、毎日のように会いに来ていた高松が知らないはずが無い。
幸い、彼らとはぶつからずにすむ。
グンマは急ぎ足で高松の元へと向かった。


覚悟を決め、高松は研究室でグンマが来るのを待った。
意図的に隠されていた情報に、きっとグンマは怒るのだろう。
昨日、明日には終わると告げた、満面の笑みを思い出す。
一族のものの特徴である金髪は太陽の光のような色で、瞳は澄み切った空のように明るい青。
系統としては、サービスのような色合いなのに、冷たさを感じさせないためか、全く別のものようだ。
そう、他の誰の色でもない、金髪碧眼。
父親であるルーザーのものとも、実の父親であるマジックのものとも違うその色に安堵したものだ。
しかし、それでも赤子たちに罪の証を見つけたとき、愕然とした。
シンタローが黒髪であったときよりも、驚きを隠せなかった。
なぜ、それまで気が付かなかったのかわからない。
髪と瞳の色を見ただけで安心したからかもしれない。
ふと、泣いているときに瞳が光っていないことに気が付いた。それが始り。
本来、秘石眼は感情が高ぶったときに蒼く光るという。
そして、その感情の高まりが強ければ強いほどその力は増し、ついには衝撃波が繰り出される。
しかし赤子の時にはただ瞳が輝くだけ。
成長するにつれ、力の存在を感じることによってコントロールすることが出来るのだという。
――コントロールするには個人の力の大きさ等で格差が生じるらしいが…
それはさておき、グンマが秘石眼ではないかもしれないという疑念を持った高松は、直ちにマジックに報告をした。
そして、グンマの体には確かに一族の血が流れていることは確認できたのだが、秘石眼を持っているかはついに分からずじまいとなった。
かたや黒髪で容姿からして一族の血を引いていないように見えるシンタロー。かたや金髪碧眼だが、秘石眼を持たないグンマ。
まるで自分達の罪を具現化したような姿に、高松はそこで自分達のしでかしたことに対する後悔の念が生まれた。
加えて、グンマは生まれつき体が弱く、寝込むことがしばしばあった。
看病をしながら、その小さな体に何度も心の中で謝罪をした。
誓いを立てたのは、そのときだった。
必ず、立派に育てると。
ドアが電子音を立てる。
インターフォンも鳴らさずに開けようとする者はただ一人。
愛しい、忠誠を誓ったかの人だけ。






<後書>
いろいろ、手を加えているため、いろんな人が出てきます。
いろんなサイトで高松がグンマを育てるにあたってどう思ったのかとかをいろいろ見て回って、自分の中でも考えてみました。
でも、あの性格なのに罪の意識なんて持つかなぁ、と思ってしまったのも事実(笑)
それでも彼のグンマに対する愛情は本物だと思うので、その事だけは曲げたくないです。

…例によって方言はいい加減です。物を知らなくってごめんなさい…



1

月の雫


『僕はねぇ、高松とか、お父様みたいな立派な科学者になるの』

『弱虫のお前にはぴったりだな』

『ひどーい!それならシンちゃんは何になるのさ?』

『俺は―――』



内線が鳴る音で眼が覚めた。
机に突っ伏しながら眠ってしまっていたから、体が少しだるい。
目を擦りながら立ち上がると、躊躇い無く受話器を取った。
『グンマ様。食事のほうはどうなされますか?』
「う~ん、もう少ししたら食べる」
『もう、お休みになられてましたか?』
心配そうなその声に、朗らかに笑った。
「大丈夫、少しうたた寝をしてただけだから」
『グンマ様はお体が弱いのですから、きちんとお布団でお休みになられないと…』
「もう、高松は心配性だなぁ。僕、今日はエビフライがいいな」
『解りました、用意しておきますね。お待ちしております』
プツりと切られた内線に、暫く受話器を見つめていたが、机に戻ると広げられていた椅子に座ってペンを握る。
広げられたままの日記は今日の日付と2、3行書かれているだけ。
今日はガンマ団内でのトーナメントがあり、シンタローとグンマは決勝まで勝ち進んでいった。
グンマのガンボットは、準決勝にてぼろぼろになってしまい、仕方が無く予備に用意していたロボットで立ち向かっていった。
「ガンボットだったら勝てたのに…」
最新のニューロコンピュータを搭載したガンボットならば、その直前のデータまでを元にかなり動けるようになっていた。
そして、予備に用意していたロボットにそのデータを読み込ませるほどの時間は無く、またそこまでの容量を積んでいなかった。
全く白紙のままのロボットなのでグンマが操縦をしたのだが、そっちのセンスに恵まれなかったグンマはあっさりと負けてしまった。
そのことを思い出して、ペンに力が入る。
毎日欠かさず日記をつけるようになってから早十数年。
いつまで、一緒に遊んでいたかとか、一族の屋敷から離れて研究室にい移り住んだのはいつからかとか。
総て日記に記してある。
そして、書かれていることの大半がシンタローで埋まっている。
一族の屋敷に住んでいた時には遊び相手が互いにしかいなかった。
もちろんそうは言っても、マジックが家にいるときにはシンタローは父親と遊んでいたし、グンマもある程度大きくなるまで高松と一緒に暮らしていた。
それでも、シンタローが士官学校に、グンマが科学者として正式に研究室に配属されるまで二人は一緒に過してきた。
そのときからだ。グンマがシンタローに対して尊敬以外の感情を持つようになったのは。
「…シンちゃんなんて、負けちゃえばいいんだ」
それは、一度もシンタローが負けたところを見たことが無い、彼の本心だった。


日記を書き終え、自分に与えられた部屋を出る。
高松はいつも通り、自分の研究室にいるはずだ。
現金なもので、先程は全く空いていなかったというのに、早くご飯を食べたくっていつもならば通らない通路を通る。
一族専用の通路やエレベータを使えば、誰にも出会わずにきっと高松のいる部屋までいけただろう。
しかし、そのルートを通るとなると遠回りになる。
急いでいるあまりグンマはいつもならば通らない、一般兵も使う通路を通ってしまった。
とはいえ、そういった通路を使うことは良くある。
例えば、今のように急いでいるときやシンタローに会うためなどだ。
シンタローは、総帥の息子ではあるものの、今は一兵士として扱われている。ゆえにシンタローに会うためにこちらの通路を使うこともある。
だから、その話が耳に入った瞬間、思わず近くにシンタローがいないかを確認してしまった。
「ったくよ、いくら総帥の息子だからって優勝できるもんかね」
2~3人の男達の話し声だった。丁度T字路を曲がったところにたむろしているらしく、グンマの姿は見えないらしい。
「確かにな。しかもほら、何だっけ従兄弟の…」
「あのロボットのか?丁度良く準決勝で壊されたよな」
声からすると、グンマやシンタローたちよりも少し年上のようだ。
グンマは気配の消し方なぞ知らないが、それでも息を殺して耳を欹てた。
「八百長なんじゃねぇの?」
「あ?」
「だからよ、対戦相手を弄って強そうなのはロボットに戦わせておいて―」
「なるほどね。それで決勝でそのロボットを倒せば―」
「そういうこと。大体、あのロボット、スペアの動きがおかしかっただろ?」
「確かになー」
「おいおい、そういう話は他でしろよな。誰かに聞かれたらやばいぜ」
そこまで聞いて、グンマはわざと足音を立てて走った。
慌てる三人をちらりと見やり、そのまますれ違う。
「お、おい」
声をかけられても無視する。
今の自分ではきっと何も言えない。




その瞬間、次のロボットのアイディアがなぜか浮かんだ。
まるで下卑た笑いを吹き飛ばすかのように。






「次こそ、勝つんだから」











<後書>
暫く日記のほうで書いていたもののリメイク。
まだまだ、結末のほうは書いておりませんでしたので、どうなることやら。

お暇な方はどうぞお付き合いくださいませ。




scr

きっと、届かない


遠くから、波の音が聞こえる。
本人の希望もあり、彼がここに移り住んでからもう何年が経つだろう。
それ以来、青年も頻繁にとはいかないが、よく訪ねるようになった。
一見普通の病院に見えるが、ここ彼一人のために建てられたものだ。
故にセキュリティは勿論、スタッフも一流で固められている。
そんな中、青年が歩いているのだが、誰にも見咎められることも無く目的地へと進んでいった。
否、全く誰とも出会わないのだ。
彼が過度な警備を嫌ったということもあるが、青年が巡回パターンと、各扉ごとのパスワードを把握しているからだ。
ランダムに代わるそれらを随時知ることが出来、またほんの一握りの者しか知らない通路を使えば、人に会わずにすむなど造作も無い。
そして、難なくその部屋の前へと辿り着く。
どこからどう見ても普通のドア。
けれども、ここには世界を動かしてきた彼がいる。
しかし、青年はためらうことなく、何時も通りパスワードを入力し、ドアを開いた。
白で統一された部屋の中、彼はベットの上で寝ていた。


ドアを開けた瞬間、人工のものではない風を感じた。
よく見ると、窓が大きく開いている。
いくらこの建物のセキュリティが高いとはいえ、海の音が聞こえるほどの距離だというのに、無用心としかいいようが無い。。
さらに踏み込もうとしたとき、一段と強い風が吹き、彼の手元から紙がぱらぱらと飛んでいった。
あわてて拾い集めると、そこに書かれている眉根を寄せた。
最後の一枚を拾い上げた後、ベッドの横にあったサイドボードの上に置いた。
「…兄、さん?」
囁く様な声に振り返ると、彼が眼を覚ましていた。
「悪ぃ、起こしたか?」
「いえ、少しうたた寝をしてしまいました」
くすりと笑い、そしてふと青年の横のサイドボードに視線を転じた。
いささか罰の悪い顔をし少し迷ったが、体を起こして手に持っていた資料を同じくサイドボードに置いた。
「もう少し、休んだほうがいいじゃないのか?」
「大丈夫ですよ、これ位」
もし、他人がいれば不思議に思っただろう。
青年は兄さんと呼ばれていたが、ともすれば孫ほどの年齢差があるだろう。
けれども、二人にとってはそれが当たり前のことだった。
近くにあった椅子を引き寄せ、青年はそこに座った。
「もう、引退したんだからゆっくりしろよ」
「ええ、わかってるんですけど…」
ちらり、と彼がサイドボードを見た。
引退してすぐに、彼はここに移った。
それまでそんな素振りを見せていなかったのだが、体を壊したからだ。
年齢からすれば当然だといわれてきた彼は、以前から引退したらここで暮らすつもりだった。
ここの設計にあたったのは、彼の兄と従兄弟。
妙に感の良かった兄が、彼にこの場所をプレゼントしてくれたのだ。
今では珍しいくらい、美しい海の見える場所。
その兄達は、ずっと前に他界してしまったのだけれども。
眼を閉じればすぐに思い出すことが出来る。
若くして総帥になった彼をサポートしてくれたのは青年と、兄達。
就任してからしばらくの間は、前総帥と比べられ侮られていた。
前就任が団の方針を変え、漸く世界に認知されるようになったときの交代劇だからこそ、内も外も混乱を極めたといってもいい。
それでも何とか崩壊することなく、なんとかここまでやってこれた。
引退してからは出来るだけ口を出さないようにしているが、どうしても気になってしまい定期的に資料を送らせている。
自分のしてきたことが、いつか答えの出るものではないとはわかっていても、欲している自分がいる以上やめることは出来ない。
それを知っているからこそ、青年も止めることが出来ないのだ。


「今日はよく晴れているな」
その言葉に、はっと青年の姿を探すと、いつの間にか窓際に移動して空を見ていた。
「ええ、そうですね」
微かではあるが波の音が聞こえ、そして澄み切った青空が広がっている。
それがここにいる理由だった。
流石に構造上海を眺めることは出来ないが、それでもこの空がある。
ゆっくりと、しかし確実に公害に蝕まれていく中、この場所は比較的その被害が少なかった。
けれども二人とも知っている。
本当の青天を、輝く海を。

あの、照りつけるような太陽を。



「最近」
唐突に切り出された一言に、青年は体ごと彼のほうを向いた。
彼は困ったように少し笑って、言葉を紡ぐ。
「最近、あの島のことをよく思い出すんです」
眼は窓の外を、否、更にその向こうへと向けられていた。
「今まで、片時も忘れたことなんて無いですよ。だけれど…」
青年は何も言わない。
何も、言えない。
何故なら。


「あの島が、呼んでいるような気がするんです」


そんなこと、とっくに気がついていた。
そして彼もまた、薄々青年が気がついていることを知っていた。
この言葉を口にすることを散々躊躇っていたのだが、たとえ青年を傷つけることになっても言わなくてはならない。

「私はあの島のことを、一度も忘れたことはありません」
それは、青年も同じで。


「でも今は」









「帰りたいと、思うんです」
感傷ではない、帰郷の念。
例え、それが青年を置いてってしまうとしても、その思いが消えることは無い。



青年は、何も言わない。
彼は少し躊躇ったが、ゆっくりとベッドから降りようとした。
慌てて手を貸そうと窓から離れようとした青年に、首を振ることで辞退する。
以外にもしっかりした足取りで青年の横に並んで窓の外を見た。
青い空、そして波の音。
そよ風が心地よく、思わず眼を閉じた。



「あの島は、私達が生まれた場所だから」

















その数週間後、ガンマ団の前総帥の訃報が流れた。
本人の遺志もあり、葬式は密やかに行われた。
しかし、その手腕は確かなものであり、団員達に限らず多くの人にその死を悼まれた。



そして。
彼の死後、一枚の紙切れが発見された。
おそらくは亡くなる数日前に書かれたのだろうと推測される。
それは誰かに宛てて書かれたものであるのだが、宛先人がわからず、ついに届くことは無かった。









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