「シンタロー、ここ数日何をイライラしている?」
金色の髪をもった青年は紅茶のカップを手に取ると、対面に座っている同年代と思しき黒髪の青年に声をかけた。
「別に、イライラなんかしてねェよ」
黒髪の青年は、自分のカップをひっつかむと一動作で飲み干した。
「…アラシヤマのことか?」
「何で、俺があんな根暗のことを気にしなきゃなんねーんだ?」
低く、真意を探るように黒髪の青年は言葉を発し、金色の青年をねめつけた。
「あいつが団に帰還しているのにお前の周りをうろつかない、報告書も自分で持っていかず部下に持ってやらせる。いつもと違う状況だ」
黒髪の青年は不機嫌そうに目を眇めた。対する金色の青年は顔色一つかえず、
「気にしていないと言うなら、一切考えるな。アラシヤマのことなどしばらく放っておけ」
と黒髪の青年の顔を見つめ、言った。
黒髪の青年は真摯な表情を浮かべた彼の顔を見つめ返し、口を開こうとしたが結局は言葉を飲み込んだ。
ソファから立ち上がり、彼は自分のマグカップを片付けると、
「キンタロー。茶、ごちそうさん。そろそろ帰るわ」
去り際にそう言って出て行った。
金色の髪をした青年は、依然としてソファに座ったままであったが、
「考えないでくれ、と言うべきだったか…」
と、呟いた。
(一体何を勘違いしてんだ?キンタローのヤツ。どこをどう考えたらそう思えるのかがわかんねェ。俺はイラついてなんかいねーし、だいたいアラシヤマが姿を見せねーことなんかで不機嫌になるなんて、どう考えてもありえねぇっつーの!)
シンタローは怒りにまかせて廊下を大股に歩いていたが、どうも向かっている道が今まさに頭のすみに浮かんだ人物の部屋がある方角だと気づき、足を止めた。
(キンタローのいう通り、放っておきゃいいんだよな。…でも、どうもすっきりしねェ)
どうしてここ数日アラシヤマは自分を避けているのかということを考えてみても、シンタローには特に思い当たる節もみあたらず、釈然としなかった。
よくよく考えているうちに、アラシヤマが生意気にも自分を避けている、という事実に腹が立ってきた。
(―――何か、色々ムカつくよナ。顔を見せたら出会いがしらに眼魔法でもくらわしてやろう)
そう思うと、少し気分が軽くなった気がした。
「何ひきこもってやがんだ、この根暗。開けろ」
ノック、ではなく、シンタローがドアの下部を蹴飛ばすと、ドアを隔てた向こう側に部屋の主の気配が感じられたが、返事は返ってこなかった。
しばらくして、
「…わては今留守どすえ」
という声があきらめたような口調でインターホン越しに聞こえた。
「なめてんのか、テメェ?眼魔…」
「わかりました。今開けますさかい、眼魔法はやめておくれやす」
ドアが少しだけ開いた。
「まさか、あんさんが直接来るとは思いまへんでした。不覚どす」
と、隙間から顔を覗かせ、苦々しげにアラシヤマは言った。どうやら、シンタローを部屋に入れるつもりはないらしかった。
「…俺は、今誰にも会いたくない気分なんや。特にあんたはんには会いとうなかった。だから帰っておくれやす」
アラシヤマは視線を逸らせ、シンタローの顔を見ようとしない。
「ああ、そう」
シンタローが踵を返してその場を去ろうとすると、
「シンタローはん!」
切迫した調子で、後ろから声が呼び止めた。シンタローは、声が震えると嫌なので返事をしなかった。
「報告書、読みはりました?」
意外なことをアラシヤマが聞いた。
「読んだけど、それがどーしたんだ?」
「わて、あんさんとの約束を破ってしもうたんや。そこに、敵の死傷者が記載されていたと思うんやけど、あの2名はわてが殺したんどす。殺すのに一瞬の躊躇もおまへんでした」
少し、笑いを含んだアラシヤマの声は、常とは違い暗く翳っていた。
「でも、オマエ、窮地に陥っていたガンマ団の兵士を助けるために仕方なくやったことなんダロ?」
「あれ、別に相手を殺さへんでも助けられたんどすえ?ただ、久々に血が見てみたかったんどす。ほとほと自分自身に呆れましたわ」
シンタローが一歩ドアに近づくと、
「来ぃひんといておくれやす。…今のわては、あんさんに何をしてまうかわからへん」
低く、凶暴さを無理やり押し殺したような声がし、ドアの後ろで一歩後退る気配がした。
「…あんさんに傷ついてほしゅうないし、醜いわても見られとうはない。怖いんどす。でもわてはずるいから、本当はあんさんに一緒にいてもらいとうおます」
声は、だんだん弱々しく小さくなっていった。
「テメェ、俺様を誰だと思ってやがんだ?俺はオマエを好きでもねぇし、テメーごときのやることで傷なんざつかねぇ」
シンタローがキッパリとそういいきると、
「―――ああ、そうどした」
しばらくして、泣き笑いのような震えた声で返答が返ってきた。
シンタローが電気も何もつけていない暗い部屋の中に入ると、肩口を掴まれドアに押し付けられた。
(痛ってぇ…)
乱暴に押し付けられたさい打った頭がズキズキと痛むのにシンタローは顔をしかめたが、抗議しようと口を開くと、声を発する前に口を塞がれ、生温かい舌が滑り込んできた。
ぎこちなく舌を絡ませながらアラシヤマは性急に総帥服をはだけさせたが、触れた肌が震えていることに気づくと、キスを解き、
「すみまへん」
小さくわびた。そして、ひとつひとつボタンをはめ直した。
アラシヤマは、シンタローの手を取ってソファに座らせると、
「シンタローはん、やっぱり、帰った方が」
と、ためらっているような様子で言った。
「俺は、オマエのそういうところが嫌いだ」
そう言うとシンタローは、繋がれたままだった手を自分の方へと引いた。
自然、アラシヤマはシンタローを押し倒す格好となり固まっていたが、しばらくすると笑いだし、大切そうに、そっとキスをした。
ベッドの上で前戯もそこそこに、アラシヤマが身の内に入り込んでくると、シンタローは呻き声を噛み殺した。
背後からは、今自分がどんな表情をしているのか分からないだろうという点のみが救いであった。
アラシヤマは、シンタローの背が弓なりに反ったのを見て彼が苦痛に感じていることを知り、動きを止めた。
「シンタローはん、これ以上無理やったら、やめときますえ?」
シンタローの手を握っていた手とは反対の手で長い髪を撫で、アラシヤマは彼の背に口付けを落とした。身を引こうとすると、シンタローは少し振り返り、
「ヤメルナ」
と、掠れて声にはならなかったが、唇を動かした。
本人は全く意図したものではなかったであろうが、眼や、汗で髪が首筋に張り付く様子に、凄絶な色香があった。
アラシヤマは思わず息をのむとシンタローの腰を引き寄せ、ゆっくりと身を進めたが、全てが収まりきった頃にはシンタローは意識を失いかけていた。
「ありがとう、シンタローはん」
はっきりとは分からなかったが、自分の背に水滴が数粒、落ちてきた気がしたので、
「泣くな」
とシンタローは言った。
シンタローが目を覚ますと、こざっぱりとした服を身にまとっていた。どうやらアラシヤマが後始末をして着替えさせたらしい。
寝返りを打ち、向こうを向いたシンタローを後ろから抱き寄せ
「すみまへんでした」
と彼は言った。
「わては、やっぱり根っからの人殺しなんかもしれまへん。どうも、殺したらあかんということが、今も時々ようわからんようになります」
「…生まれつきの人殺しなんていねーよ。これからは、殺さねぇことに慣れろ」
「慣れるんどすか?」
「ああ」
「…無茶、言わはりますなァ」
「できる。つーか、やるんだ」
そう言うと、シンタローは目を閉じ、再び眠ってしまった。
「あんさんが言わはると、ほんまにできそうどすな」
アラシヤマは苦笑すると、シーツの中でシンタローの手を探り当て、しっかりと握った。
そして、いつしか彼も眠りに落ちた。
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あたり一面、火の海、だった。
ややもすると、味方にも被害が及ばないとも限らない。
「アラシヤマ上官ッツ!規定では敵味方に関わらず、誰も殺すなと総帥がおっしゃられていましたが・・・!?」
熱風が吹きつける中、焦ったように補佐官が彼に注進したが、
「五月蝿うおます」
その言葉は、低く、一刀両断に切り捨てられた。
「この方が、効率がいい。お前も燃やされたくなければ、ゴタゴタ言うな」
信じられないような面持ちで、彼は炎の照り返しが赤く映るアラシヤマの顔を見たが、慌てて踵を返し、陣営まで駆け戻っていった。
アラシヤマは、その場に立って眼前に広がる火を眺めていた。
シンタローは無言で、バサリ、と机上に報告書の束を投げ出した。
「味方に一人も被害は出てまへんし、状況が好転しつつありますが?」
目の前の男には反省の念が全く見られない、自然、シンタローの声に苛立ちが混じった。
「規定に背いたら、どうなるのかわかってんのか?」
「わかってます。今の任務が終わったら激戦区行きでっしゃろ?望むところどす」
俯いてはいたが、声音に悲壮感は見当たらず、どうやら口角が上がっている。その様子を、シンタローは注意深く観察していた。
「―――やめた」
「えっ?」
「オマエは、今の任務から外す。1ヶ月間懲罰房で反省してこい」
初めて、男の様子に動揺がはしった。
「何でどすかッツ!?シンタローはんッ!!わてがおらん間、部隊の指揮を執れるもんが誰もおりまへんやん!?」
「うるせぇッ!この作戦は、ミヤギに指揮を執らせる!!」
「―――それは、本気で言ってはるんどすか?わて以外には無理や思いますけど」
「決定だ。明日、迎えをやるから、部屋に戻れ」
シンタローは書類を読み始めたが、アラシヤマはまだその場に立ったままでいた。
時計に目をやると、結構な時間が経っていたので、シンタローは溜め息を吐いて渋々口を開いた。
「何だ?テメー、しつこいな。何か言いたいことがあんなら、10秒だけ聞いてやるから言ってみろ。そしたらすぐに帰れヨ!」
「―――シンタローはん。抱かせて」
シンタローは、目を見開いた。
薄暗い室内で、男が長い黒髪の青年を組み敷いていた。
「失望、しはりました?」
陰鬱な目で、彼は青年を見下ろしていた。
「・・・もともと、てめぇに何も望んでなんかいねーよ」
青年は、強い目つきで男を睨みつけた。
「嘘吐きどすな。でもわて、あんさんが好きどす」
貪るように、アラシヤマは体を進めた。
「どんなに汚そうとしても、あんさんは綺麗なまんまや。たまに、憎たらしゅうなりますえ?」
そう言って、彼は苦痛に顔を顰めるシンタローの髪を優しく撫でた。
「キスは、すんな」
シンタローは、近づいてきたアラシヤマの顔を手で押しのけた。
アラシヤマは、その手を取り、手の甲に口づけ、
「ああ、わて地獄行きは確実どすけど、できることなら、あんさんと同じとこに行きたいわ」
戯れのように言って、笑った。
「そしたら、あんさんのここが手に入るかもしれへんやろ?時間はたっぷりありますしナ」
しっとりと汗ばんだ肌を辿り、シンタローの心臓のある箇所の上に手を当てた。
「ったく、死んでまでオマエと一緒なんてゾッとしねぇ・・・」
シンタローは溜め息を吐いたが、思い出したように、
「暑苦しい。さっさと退きやがれ」
と言ってアラシヤマの肩を押した。
「そないに殺生な~・・・。だって、わて、まだまだ大丈夫どすし」
彼がアラシヤマを睨むと、アラシヤマは渋々といった様子で、ズルリ、と自身をシンタローの内から引き抜いた。
シンタローはその感触に顔をしかめた。
「シャワー、浴びはります?」
「後にする」
シーツを手繰り寄せ、それに包まったシンタローは目を閉じた。少しすると、浴室の方から水音が聞こえてきた。
しばらくしてアラシヤマが戻ってきたが、シンタローは目を開けなかった。
「寝てはるんどすか?」
返事は、なかった。
規則正しい呼吸の音がかすかに聞こえた。
「―――あんさんが祈ることなら、わては茨の海でも歩いていきます」
アラシヤマはそう決意するように呟き、影は一瞬、1つに重なった。
今度は、口付けは拒まれることはなかった。
シンタローは、コンビニ袋を手にぶら下げ、足音も荒く廊下を歩いていた。
(ったく、何でアイツ、冷蔵庫に何も入れてねーんだよ?それに、2年前のコーヒーなんて置いとくなっつーの!とっくに賞味期限切れてんのに、『まだ飲めるはずやから、捨てんといておくれやす~』って信じらんねぇ!!)
イライラしながら歩いていたが、(あっ、俺用の茶を買い忘れた。ちょっと遠回りだけど、仕方ねぇ・・・)と休息室の方に足を向けた。
入り口からみた様子では、どうやら室内には誰もいないようであった。自動販売機でペットボトルのお茶を購入し、帰ろうとすると、ふと、誰かが奥の方のベンチに寝転がっているのが見えた。
(あれって、キンタローじゃねーか?)
シンタローがそちらに足を向け、
「オマエ、こんなとこで何やってんだよ?」
上からのぞきこむと、キンタローは少し目を開け、
「グンマが『僕もお手伝いするヨ~v』と言って実験中のプログラムをいじったら、大変な事になってしまった。一区切りついたので今は休憩中だ。俺は3日間寝ていない」
と、眠そうに答えた。
「それは・・・、ご愁傷様だな。ほどほどに頑張れヨ」
シンタローは立ち去ろうとしたが、不意に片手をキンタローに掴まれた。
「このベンチは硬い。あと5分だけ寝られるのだが、お前の膝を貸してくれ」
「・・・似たり寄ったりだと思うゾ」
呆れたようにそう答えると、
「いいから」
と、キンタローはもう一度シンタローの手を引っ張り、座らせた。
キンタローは気持ちよく眠っているようである。シンタローはその間手持ち無沙汰であったので、膝の上のキンタローを起こさないように、そっとキンタローの髪の毛を数本手にとり眺めてみた。
(―――親父の髪の色とソックリだナ)
自分の黒い髪になんとはなしに目を移すと、その時、キンタローの腕時計のアラームが鳴った。
「5分経ったゾ?」
「まだ眠い」
不満そうながらも、キンタローは渋々起き上がった。
「これから俺は研究室に戻るが、暇だったらお前も来ないか?グンマもいるぞ?」
「あー、悪ィ。ほんっとーに一応、なんだけど、先約があるんだわ」
「そうか、わかった」
キンタローが頷いたので、シンタローはベンチから立ち上がり、
「じゃーナ!」
と言ってその場を後にした。
ドンドンと扉を敲くと、ガチャリ、と内側からドアが開き、
「シンタローはーん!おかえりやす~~vvvあんさんに言われたように、棚の中の賞味期限切れのお茶とか探し出して全部捨てときましたえ~!いや、今でもわて、あれは立派に非常食になると思うんやけど・・・」
アラシヤマが顔を出した。
「テメェ、まだ言うか?」
「そんなことよりも、早う借りてきたビデオ観まへん?」
「ああ」
シンタローは、アラシヤマに続いて部屋に入った。
「―――なんや、これぐらいのアクションやったら、わてらでもできそうな気がしますナ・・・」
「テメェ、一々しらけさせるようなこと言ってんじゃねーヨ!いいから、集中して見ろッツ!!」
2人はビデオを観ていたが、シンタローが真剣に観ていたのに対し、アラシヤマはビデオに飽きてきた、というか集中できていないようである。
「なんか、オマエ、さっきよりも近くに寄ってきてねーか・・・?」
ふと、シンタローがそう言うと、
「き、気のせいどすえっ?それよりも、シンタローはん、一つお願いがあるんどすが・・・」
「何だヨ?」
いつもよりも比較的機嫌が良さそうとみたからか、アラシヤマはシンタローの両手をとり、
「わ、わてにも、膝枕しておくれやす~~~vvv」
と、何やらモジモジしながら言った。
「ハァ?何言ってやがんだ?」
シンタローは、握られていた手を思わず振り払った。
「なっ、何でキンタローはよくって、わてはだめなんどすかぁ??」
「だって、オマエ、あかの他人だし。そもそも、何でそんなこと知ってんだよ!?やっぱりストーカーかテメェ!?」
「・・・あんさんが、中々帰ってきはらへんから、心配になって途中まで迎えに行ったんどすが、恋人同士みたいにええ雰囲気で声をかけそびれてしまいましたわ。まぁ、あかの他人やさかい、わてには関係あらしまへんわな」
「・・・」
シンタローが無言で立ち上がり、アラシヤマに背を向けて部屋を出ていこうとすると、床に座っていたアラシヤマに腕を強く引かれた。バランスを崩したシンタローはアラシヤマの上に倒れこんだが、アラシヤマはそのままシンタローを抱えると立ち上がり、シンタローをベッドの上に放り投げた。
シンタローはすぐに身を起こしてアラシヤマを睨みつけたが、アラシヤマは冷たい目つきでシンタローを見下ろし、
「別に、膝枕やのうて他のことでも、わては全然かまいまへんえ?」
と言った。
ギシ、と、アラシヤマがベッドの上に乗り上げ、スプリングの軋む音がした。
「シンタローはん」
身を起こし、自分を睨みつけているシンタローの脇に手をつき、アラシヤマはしばらく彼を見ていたが、ゆっくりと近づき、少し触れる程度にキスをした。
そして、シンタローから身を離し、
「そんなに、怖がらんといておくんなはれ。・・・あんさんは、わてのこと、ちょっとでも好きなんどすか?」
そう自信がなさそうにアラシヤマはたずねたが、シンタローは(テメェのことなんざ怖くなんかねぇし!それに、何で俺がわざわざキスさせてやってると思ってんだよ?)と思い、返事をしなかった。アラシヤマはそっぽを向いたシンタローを見つめ、
「シンタローはん、わて、自分でもおかしいと思うぐらいあんさんが全てなんどす」
と、何だか不安そうに言った。
「だから、もうキンタローに膝枕したりとかせんといて。そんなん見たら、今度こそわて、あんさんに何をしてしまうか全く自信がおまへんし」
「・・・オマエには関係ねぇッツ!第一、アイツは家族みたいなもんだ!」
「ソレ、あんさんが、キンタローに犯されても同じ台詞を言えるんどすか?」
アラシヤマは馬鹿にしたようにそう言った。ガツッ、と音がし、気がつくとシンタローはアラシヤマを殴っていた。手がじわじわと熱を持ち、彼はアラシヤマを殴ったことに対して少し呆然としていたが、殴られたアラシヤマは感情の読み取れない硬い声で、
「あんさん、それほどまでにキンタローが大事なんどすな?」
そう言うと、シンタローが身を支えている腕を払い、ベッドに乱暴に押し付けた。
(調子に乗りやがって・・・!)
シンタローは一切手加減をせず眼魔砲を撃とうと思ったが、一瞬油断した隙にいきなり体を反転させられ、ベッドの上にあったタオルで両腕を縛りあげられた。どう頑張っても解けそうにもないことが分かったので彼は暴れようとしたが、アラシヤマはシンタローを身動きがとれないように体重をかけて押さえつけた。そして、シンタローのズボンと下着を膝の辺りまでずり下げ、
「―――わての顔なんか、見とうもないですやろ?」
と言った。
シンタローは腰を持ち上げられ、背後から覆い被さる男に自身を弄られており、体の熱が不本意ながらも徐々に高まりつつあった。許したわけではなかったが、男が始終無言であったのでとにかく不安が募り、声が聞きたかった。
「アラシヤマ?」
沈黙に耐え切れずそう呼ぶと、
「―――シンタローはん」
名前を呼ぶ声でシンタローは安堵したかのように達した。上半身の力が抜けたがアラシヤマが腹の下に回した手を解かなかったので、先程よりも腰を高く掲げる格好となった。
「・・・挿れてもようおますか?」
と聞かれたが、
「嫌だ」
そうシンタローが即答すると、
「いけずどすなぁ」
と、苦笑いを含んだ声が聞こえ、入り口を指で撫でられた。シンタローの背が拒絶するように震えたが、
「でも、わてにも都合がありますさかい、あんさんの意見はきけまへんわ」
アラシヤマは自身の切っ先を入り口に押し当てた。
「そんなに体を強張らせはったら、シンタローはんもつらいし、全部入りまへんえ?」
シンタローが肩で息をしている様子を見て、アラシヤマは世間話をするような調子でそう言った。
(やめるとかいう選択肢はねぇのか!?)
目尻に涙をにじませつつシンタローがそう思っていると、ふいに前を掴まれ、愛撫された。一瞬力が抜けた瞬間、アラシヤマは機会を逃さず押し入り、シンタローの狭い内部に全てが収められたようである。
体を抱え起こされ、深く穿たれているうちに、シンタローは投遣りな気持ちになった。
アラシヤマが身を震わせ、シンタローの内側に熱い感触が広がった時、シンタローは何が何だか分けが分からず泣きたかった。
しばらくの間アラシヤマはシンタローを抱きしめていたが、そろそろと身を離し、腕を戒めているタオルを解いた。
両手が自由になると、シンタローは力のはいらない手でアラシヤマを殴り、
「しばらく、俺にその面見せんな」
と掠れ声で言った。
(あれは、わてのせいやない。シンタローはんが悪いんや・・・)
そうぼんやりと考えながら、アラシヤマは休息室の煙草の自販機に背を預け、座り込んでいた。
手の中には、たった今買ったばかりの煙草がある。
「なんで、こないなことになってしもうたんやろか・・・」
アラシヤマは溜め息を吐いた。
しばらくすると廊下の方角から靴音が聞こえ、誰かやってきたようである。しかし、アラシヤマは立ち上がる気もしなかったのでそのままの状態でいると、煙草の隣の飲料の自販機でガコンと音がし、誰かが飲み物を買ったらしい。
「貴様、こんな所で何をしている?」
上から声が落ちてきたので、アラシヤマは面倒そうに上を向いた。
「見たらわかるやろ?別に何もしてまへんわ。そういうあんさんこそ、何でこんな所におるんどすか?」
声を掛けたキンタローは、少し考えた挙句、
「さっき、廊下でシンタローを見かけた。・・・俺なら、シンタローを傷つけるような真似はしない」
と短く言った。
「いきなり何どすの?あんさんには関係ないやろ。えろう余計なお世話どす」
アラシヤマはそう言って立ち上がると、休息室を後にした。キンタローがまだ何か言いたげにこちらを見ていることには気がついていたが、あえて、無視した。
アラシヤマが自室に戻ると、案の定、誰もいなかった。
彼を部屋から叩き出した張本人は、やはり戻っては来なかったようである。
期待したつもりは無かったが、それでもどこか少し期待していたのか、いつもよりも部屋が余計にガランとして見えた。
アラシヤマは、寝乱れてクシャクシャになったシーツが敷かれたままのベッドの端に腰掛け、テレビをつけると箱から煙草を一本取り出した。
煙草をくゆらせてみたが、むせたので火を消し、煙草を咥えたままベッドに寝転がった。
TVの画面は見えなかったが、ふと、聞こえてきた台詞が耳に衝く。
『君が幸せならいいんだ』
(いかにも、キンタロー辺りが言いそうどすな!ムカつきますわ・・・)
アラシヤマがシンタローに対して自室から叩き出されるような行為をしたそもそもの原因に考えが及び、思わずフィルターを噛み潰した。
「けど、わてはそんな台詞は言えやしまへん。―――無理や分かってても、シンタローはん、わては、あんさんをわてだけのものにしときたいと思いますえ?」
そう呟くと、テレビを消し、備え付けの電話に手を伸ばした。
高松は現在手がけている研究を区切りのいい箇所まで進めておこうと思い、夜遅くまで1人、作業をしていた。本来であれば自分の研究室内で用は足りるのだが、あいにく機器が壊れ、早急に結果を出したい少し分野違いの実験が一つあったので、同じ機器のある医療センター付属の研究室まで来ていた。
医療センター内の研究室には数多くのモニターや医療機器やコンピュータ類が置かれ、白い室内は白色の蛍光灯に照らされている。現在の時刻は深夜であり、室内は研究者が往来する日中とはうって変わって、静かで寂しげな様子であった。
部屋の隅でグラフや多くの数値が表示されたパソコンの画面に向かって解析作業を行っていた高松は微かな物音に気づくと作業を中断し、椅子に座ったまま振り向いた。
いくつかある扉の一つが開くと、中からはシンタローが出てきた。
「おや、総帥。管理センターの方を通らずにお帰りですか?」
「あぁ、なんだ。ドクター、いたのか」
「“いたのか”とはずいぶんなお言葉ですねぇ。私はずっとここに居ましたよ。目が悪くなったのなら診てさしあげましょうか?」
「ぜってー、ヤダ。―――向こうからは見えなかったんだヨ。それに、さっき俺が通りかかった時には部屋の電気が消えてたぜ?」
「あぁ。研究室に資料を取りに行った時にでも入れ違ったんですかね?ところで、コタロー様のご様子はいかがでしたか?」
シンタローは、足を止め、
「・・・いつも、“もしかしたら”って思うんだけどな。―――全然変わんねェ」
そう、低い声で答えた。
「シンタロー様も、グンマ様ぐらい素直だったら楽かと思うんですけどねぇ・・・」
高松は、シンタローを見て溜め息をつき、
「別に、アンタが泣こうが喚こうが私は興味がありませんし、何なら今ここで泣いていったらいかがですか?そんな顔をしたまま出て行ったら、五月蝿い面々が何やかんやと厄介でしょう?」
と言った。
「・・・そう言われて、『はい、そーですか』ってすぐ泣けるやつなんていねぇと思うぜ?バッカじゃねーの?」
高松の言葉を聞いたシンタローは、なんとも言えないような顔をしつつそう言った。再び画面に向き直って数値を入力していた高松は、
「馬鹿とは失礼な。大人ぶって感情を押さえつけちゃう方が始末に悪いんですよ。まぁ、感情の統制が極端にできないのも、あったま悪いかんじで死んでくださいって思いますが」
「・・・アンタってやっぱり性格悪ぃナ」
呆れたようにしみじみと言うシンタローの言葉を受け流し、机上に置いてあった未だ開けていないコーヒーの缶を
「飲みますか?」
と放った。暖かい室温のせいか少し濡れた缶を受け取ったシンタローは顔を顰めた。
「―――優しいドクターなんて、気持ち悪ィな。柄じゃねーゼ?何か裏でもあんじゃねェの??」
シンタローが缶を不気味そうに眺めつつそう言うと
「失敬な。なら、コーヒー返してください」
との返答があった。
「やだ。いったんもらったもんだし。・・・ありがとナ」
最後の方は聞こえるか聞こえないか程度の小さな声であったが、高松には聞こえたらしく、後ろを振り向かず軽く手を挙げて挨拶した。自動ドアの閉まる音が聞こえ、シンタローは部屋から出て行ったようであった。
高松は相変わらず画面を見つめたまま溜め息を吐き、
「余計なお世話でしたかねぇ。さて、どうなることやら」
と呟いた。
ある日の朝、研究室ではパソコンに向かって仕事をしている者が1名と、椅子に座って足をブラブラさせている者が1名いた。
「キンちゃーん、退屈だよ~」
グンマが従兄弟の背に向かって話しかけると、キンタローは振り向かないまま、
「・・・グンマ、仕事をしろ」
一言で片付けた。
「ええーッ?だって、注文した部品がまだ届かないんだもん!」
そう言って、グンマは椅子から飛び降りると、
「キンちゃんは何してんの?」
「俺はだな、高次元ブラックホールと磁場との関連性を」
「あっ、ねぇねぇッツ、これって猫の雑誌だよネ?」
グンマは、キンタローのパソコンの脇に積み上げてあった雑誌や論文の中から、目敏く猫の写真が表紙の雑誌を見つけ、引っ張り出した。
「あぁ。本屋で見つけたのだが、可愛くて思わず買ってしまった」
「キンちゃん、猫が好きなんだ?」
「本物はまだ見たことがない」
そう言って、再びパソコンに向かうキンタローを見ながら、
(キンちゃん、猫を見たことも触った事もないんだ!?・・・よしッツ、ここはひとつ、お兄ちゃんな僕が、キンちゃんに本物の猫を見せてあげよう♪)
何やらグンマは決意したようである。猫雑誌を論文の山に戻し、
「僕、やることを思いついたからちょっと出かけるね~v」
そう言って手をブンブンと振ると、グンマは研究室を飛び出した。
誰か猫を飼っている者がいないか聞いて回ったものの、該当者がみつからなかったので、(もしかしたら外にいるかも?)とグンマは外に出た。数十分後、
(探してもいないなぁ・・・)
麦藁帽子を被り補虫網を手にしたグンマ博士は、ガンマ団内の公園のベンチに腰掛けていた。
(こんな時、高松がいたらすぐに解決してくれたのに・・・)
思わず、グンマは涙ぐみそうになった。
しかし、(高松に頼ってばかりじゃだめだって、決めたじゃないか!)
そう思いなおすと、しばらく考え込んだ末、
「いなかったら、造ればいいんだッツ!」
何らかの結論がでたようである。グンマは足早に建物内に戻った。
グンマは、高松が使っていた研究室に居た。室内は、グンマとキンタローがいつも掃除をしているので高松がいたときそのままの状態に保たれていた。
「ロボットだったらすぐに造れるんだけど、やっぱり本物と同じに作るには無理があるし。ここはやっぱり薬だよねぇ?」
グンマは戸棚の鍵を開け、たくさん入っている書類をゴソゴソと選り分け目当てのものを捜していた。
(確か、士官学校生が作った『人間が猫化する薬』のレポートを高松が没収してたっけ?この辺に・・・)
「あったー!」
グンマがパラパラと目を通してみると、高松の文字で付け加えが書かれてあった。
「えっ?猫になった人ってシンちゃんだったのッツ??僕、知らなかったよ~。それにしても、完全に猫になったって書いてあるなぁ・・・」
グンマは、ポンと手を打つと、
「―――副作用もなかったみたいだし、シンちゃんにはこの薬が合っていたってことだよネ?決―めたッツ♪被験者はシンちゃんにしーようっとvvv」
グンマはレポートを見ながら、上機嫌に薬品を準備し始めた。
「シンちゃーん、お疲れ様ッツvアイスコーヒーだよ♪」
シンタローが総帥室で仕事をしていると、何故かグンマがお盆を持って入ってきた。
「おう、サンキュ。そこに置いといてくれ」
シンタローは忙しかったので、グンマがコーヒーを運んできたことには疑問を感じなかったようである。
しばらくして、キリのいいところまできたのか、パソコンから目を離し、アイスコーヒーを手に取った。一口飲み込むと、
「甘ッツ!何だヨ!?これッツ!!」
机の上にグラスを乱暴に置いた。
「えっ?甘かった??ガムシロップ6個しか入れてないんだけど・・・」
「―――まさかお前、いつもそんなの飲んでるのか?俺はもういらねぇッツ!」
「えーッツ!?せっかく持ってきたのに。シンちゃん、全部飲んでよッツ!!」
シンタローは無言でグラスを掴むと、流しに捨てに行った。
「ひどいよォ~!(こんなんじゃ、シンちゃん猫にならないじゃないかッツ!!)」
グンマがガッカリしていると、流しの方で何かが割れるような音がし、
「てっめぇ・・・、コーヒーに一体何混ぜやがったッツ!?」
と、ドアをバンッツと開け走ってきたシンタローにグンマは胸倉を掴まれた。
「えっ?シンちゃんどうしたの??」
「どうしたもこうしたもあるかッツ!どうしてくれんだよコレッツ!!」
そう叫んでグンマを放し、シンタローは自分の頭上を指差した。グンマが見上げると、そこには黒い2つの三角形の、柔毛に包まれた突起が存在していた。
「・・・あの、シンちゃん可愛いよ?」
椅子に座って頭を抱えているシンタローに、グンマがおそるおそる声をかけると、
「なんの慰めにもなんねぇ・・・」
と、力のない返事が返ってきた。黒い尻尾までおまけのように生えていたことが、さらに彼に衝撃を与えたようである。
「シンちゃん、たぶん30分ぐらいで消えるんじゃないかナ?ソレ・・・」
「本当だろうナ!?」
シンタローに睨まれたが、グンマは確信が持てなかったので、
「わっかんないよ~。たぶんねッツ☆」
と元気よく答えると、手加減はされていたものの、シンタローに殴られた。
「ヒドイよォ~」
グンマは恨めしげにシンタローを見たが、ふと本来の目的を思い出し、
(シンちゃんには悪いけど、なんとか一部だけでも猫になったことだし、キンちゃんにみせてあげようッと♪)
「シンちゃん、キンちゃんならなんとかできるかも?」
シンタローはしばらく考えた末、
「よし、呼べ」
と言った。グンマは壁の電話でキンタローに電話を掛けた。
「キンちゃーん!大至急総帥室に来てッツ!!」
そう言うなり電話を切った。
「グンマ、お前の電話には肝心の用件が無いぞ?急ぎの時でもだな、・・・」
そう言って、キンタローがドアを開けて部屋に入ると、そこには、不貞腐れた顔をした猫耳総帥と、能天気そうな笑顔で「ヤッホー!」と手を振るグンマ博士が居た。
「キンちゃんッツ!これが本物の猫の耳と尻尾のついたシンちゃんだよッツ♪かわいいでしょ??」
「キンタロー、これをどうにかしろ!」
キンタローは、バタンとドアを閉め廊下に出た。
(どーいうことだ!?俺は仕事のしすぎで疲れているのか??今ありえないものを見たような気が・・・)
「オイ、早く部屋に入れヨ」
ドアが中から開き、猫耳が着いたシンタローが顔を出した。
「キンちゃんって結構、想定外の状況に弱いよねー?」
グンマがソファーに座って頭を抱えているキンタローをのぞきこむと、
「・・・グンマ、単にお前が図太いだけだ」
「どーでもいいけど、なんとかなるのか?」
「キンちゃん、これが本物の猫耳だよv」
グンマが無理矢理キンタローの手をとって、傍に寄ってきていたシンタローの頭を触らせた。手の下で、耳はくすぐったげにピルピルと動いた。
(かッ可愛い・・・!)
「そして、これが猫尻尾だよ♪」
尻尾を掴まれると、尻尾の毛が逆立ってブラシのようになった。シンタローは嫌そうな顔をし、グンマの手を振り払った。
グンマは時計を見上げると、
「あっ、3時だッツ!コージ君とおやつを食べる約束をしてたっけ?じゃあ、キンちゃん、あとはよろしくね~♪」
そう言うと手を振ってグンマは出て行った。残された2人はしばらく呆然としていたが、我に返ったシンタローが、
「おいッツ!キンタロー!?何とかしろッツ!!!」
とキンタローの両肩を掴んで揺さぶると、いきなり膝裏を掬われ、キンタローの膝に抱き上げられた。キンタローはしげしげと黒い三角の耳を見て、恐る恐る黒い両耳をペタンと抑えるとしばらく時間をおいて、耳はピンと立ち上がり、元の状態にもどった。
「面白い・・・!形状記憶合金みたいだぞ!!」
「・・・オマエ、何遊んでんだヨ?」
「猫耳を触ったのは初めてだ。本物の猫より、猫シンタローの方が100倍かわいい・・・!」
そう言って、幸せそうにシンタローをギュッと抱きしめた。
(コイツも全然あてになんねぇ・・・。一体いつ戻れるんだ、俺?)
シンタローは抱きしめられたまま、なんとなく遠い目つきになり、溜め息を吐いた。