重ね合わせた掌と掌の温度が暖かい。
密着した胸で、鼓動の律動的な響きが静かに伝わって
何をするわけでもなく、ただ無言で一方的に互いの指を絡ませて
それをじっと眺めていた。
どれだけ強く握り締めても握り返して来る事は無く、
妙に切なかった。
―――――――――まるで自分とこの男との関係のようだ。
明け透けなようでいて、実は誰よりも他人を拒絶し本性を見せようとせず
人の心には容赦なく這入り込んで来るくせになんて狡いのだろう。
シンタローはベッドに身を任せて眠っているマジックから離れてシーツから出ると
近くの椅子に掛けていたガウンを羽織って、其処へ腰掛けた。
( あぁ、そう言や )
マジックはオレの事を何でも知っているのに
オレはマジックについて、知らない事の方が多いんだな。
・・・今さらだが。
自分が知っている事と言えば
血液型だとか誕生日だとか、自分以外の周りも知っているような事ばかりで
他は、ベッドの中での癖くらいのものだ。
笑える位一方通行で
今になって虐げていた感情が一気に全身を支配した。
溢れ出そうになっているものを必死に堪える。
心は痛くて悲鳴を上げているのに
声を上げる事ができないなんて。
これ程辛い目に合っても尚、想い続ける自分が憎かった。
太腿の内側に残る幾つもの紅い痕を、がむしゃらに掻き毟りたくなる。
この印は例え
身体から消えてしまっても魂に深く刻まれていて
生涯消える事は無いだろう。
彼の背中に残した爪跡も、同じように
彼の中に残れば良いのに。
シンタローは呪うように祈った。
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別の相手を探してくれ。
アンタだったらすぐ、次も見つかる。
何度目になるか解からない激しい親子喧嘩の後の、
粗雑な口付けを交わした後で彼は言った。
シンタローの歯が私の唇を傷つけたのか少し痛む。が、さして気にする程の事ではない。
もっと酷く暴れる事もあるし、これ位可愛いものだ。
それにしても何故シンタローは時々、自虐的になるのだろう。
頭に血が昇りすぎて安易に自分で自分を傷つけるような発言ばかりしている気がする。
私はと言えば、シンタローのこう言った発言に関しては口に出すほど気にしていない。
大げさに泣き言を吐いて彼をイラつかせるのも私の趣味の一つであるが
その場合はシンタローが私に素っ気無い態度をとった時に使う楽しみで、
今のような他人を引き合いに出された状況だとそれを使う気にはならない。
『次も見つかる』?次って何かな。
言った後でそんなに辛そうな顔する位なら最初から言わなければ良いのに馬鹿な子だね。
シンちゃんは肝心な所で頭が悪いな。
そんなの可愛すぎてチューしたくなるの当たり前じゃないか。
シンタローが、私の事好きだって私はちゃんと知っているのに別の相手を探すなんて
まったくナンセンスだ。意味が無い。
『ガキ扱いするんじゃねェ、幾つだと思ってんだ』なんてシンちゃんはよく怒るけど
いつまで経っても天邪鬼だから私はキミを子供扱いしちゃうんだよ、シンタロー。
もしも本当に私がキミ以外の誰かを愛してしまったら
きっとシンちゃん生きていけないよ。
愛される事に慣れすぎて、そこ等辺の考え方が麻痺しちゃってるのかもしれないけど。
恥ずかしい位ファザコンのくせに生意気だね。
そう言う所が気に入ってるから手を出すのをやめられないのだけれど。
私と彼との間で延々と沈黙が続いている。
どうせまた私の言った台詞に思考を巡らせてオーバーに悩んでいるのだろう。
もっとシンプルに考えられないものかな。ネガティブなんだから。
難しく考えなくて良いのに。
シンタローが私を好きで、私もシンタローが好き。
それで納得すれば良いのにきっとシンちゃんの事だから順序がどうのこうので文句で頭がいっぱいなんだろう。
どっちも同じ位『好き』なんだから気にする事なんかないのに。
むしろ、シンちゃんの方がパパの事凄い好きじゃないか。
私だって解かってる事なのにシンちゃん自分で自分の事解かってないのかな?
段々可哀想になってきた私は、シンちゃんの頭を優しく撫でた。
不機嫌そうな顔をしているけど大人しく撫でられてるって事は嫌じゃないのだろう。
顔を近付けると、条件反射のように眉間に皺を寄せて目を瞑ってしまう彼の仕草が
私はどうしようも無く愛しいと思う。
甘やかしすぎたのが悪かったのか。
キミをそんな風にしてしまった原因がパパにあるなら、
最後まで責任を持つよ ハニー。
―――――――――だってシンちゃん、パパの事好きでしょう?
何度目になるか解からない激しい親子ゲンカの後の、
ムードもへったくれもない口付けを交わした後で奴は言った。
抵抗した際にオレの歯が親父の唇の端を傷つけたようだ。少し赤くなっている。
今さらかすり傷をつけた位で気にする事もないと思うが間近で見るとやはり少しだけではあるが罪悪感が生まれた。
・・・別にオレが悪いわけじゃないのに。
向こうは絶対に『自分が悪い』とは微塵も考えていないだろうに何で、オレが、本当に悪くないオレの方が、
悪い事をしたような気分にならなきゃいけないんだよ。
ケンカの内容なんて下らな過ぎてもう忘れちまった。
そう、揉めるつったって毎回下らねぇ事ばっかで大した話じゃないんだ。
ただ親父がしつこいのとオレが短気なせいでややこしくなるのであって。
ようするに相性悪いんだオレとコイツは。
お互い若くもないのにぼろぼろになるまで続ける。アホらしい。
オレも本気で相手をしなきゃ良いのに結局ムキになっちまうし疲れるばっかりだ。
別の相手を探してくれ。
アンタだったらすぐ、次も見つかる。
そう言ったら急に無表情になって、無理やりキスだ。
どこまでも自分勝手な男だ。勝手はオレも一緒だが。
オレの気持ちなんてこいつは全然考えちゃいない。
考えてたら毎回こんな事にはなってないはずだ。
どうしてオレがお前なんかの相手をしなきゃならないんだ!と怒ったら『パパの事好きでしょう?』、だ?
親父の言葉にオレは意識が飛びかけそうになった。
何なんだこいつは。
何でこんなに自信過剰なんだ。
その自信は一体何処から生まれてくるんだ。
確かに『別の相手を探してくれ。』なんて本気で言ったわけじゃないし、
本音を言えば、オレも、どうとも思ってない奴相手にケンカなんかしない。
認めたくはないがオレはこいつが好きだ。
キスをする度に
それ以上の事をする度に
アンタと、離れる度にそれは思い知らされる。
だから『パパの事好きでしょう』は悔しいが当たっている。
当たっているがその物言いだと‘オレがマジックに惚れているから、マジックはオレに惚れている’みたいに聞こえる。
そんなの、はっきり言ってオレのプライドが許さん。と言うか逆だろどう考えても。
『別の相手を探してくれ。』ってのはオレは別にアンタじゃなくたって構わないんだぜ。と暗に言ってるのであって
もう少しオレを気遣え、でないとアンタなんか捨ててやると自分なりの脅しのつもりだったんだが一体何でこんな事に・・・
そりゃ、確かに
アンタがもし、万が一だがオレ以外の誰かを好きになったりしたらオレはどうしたら良いか解からなくなると思う。
28年間そんな事一度も無かったんだからな。
オレは
アンタが
オレの事を世界で一番好きで
そしてそれが当たり前の環境で育ってきちまったんだから。
アンタがオレを好きだって事を前提で、オレはアンタが好きなのに。
何勝手に逆にしてるんだよ。
悶々と黙りこくっていたら親父に頭を撫でられる。
微妙な所でガキ扱いすんじゃねぇよ。
いつもの仏頂面で構えていると、親父がぐぐっと顔を寄せる。
息が近い。
やめて欲しい。
解かっててやってんのか。
いっそ、素直にアンタの前で
オレはアンタの物なんだと
認めちまえば楽になれるのに。
オレをこんな性格にしたアンタを
オレは一生恨んでやる。
「シンタロー、相談したい事がある。良いか。」
機械音と共に扉が開くと同時に、キンタローは至って普通の声で
総帥室のソファに横たわっていたオレに向かって淡々とそう言った。
キンタローがオレに相談なんて実に珍しい。
コイツにも悩み事なんてものがあるのか、とオレは少し驚いていた。
それにしても『相談したい』と言ってる割にはいつもと大して表情が変わらない野郎だな、
キンタローは。
「あぁ、良いぜ。言ってみろよ。」
身体を起こして、向かい側のソファに座ったキンタローに快く返事をしてやる。
するとキンタローはまっすぐにオレの方をじっと見つめた。
「ハーレムの事だ。」
コイツの口から“ハーレム”なんて名前が出るもんだから、
あぁまたアノ親父は我が家に多大な借金でもつくりやがったのか
まったく迷惑極まりねェ男だな、とオレが愚痴を零すと
それもあるのだが、オレが話したいのはもっと別の事だ、とキンタローは冷静に言い放った。
あの野郎・・・と心の中でハーレムを呪う。
しかし、ハーレムの事で借金以外に何か特に話すネタなんてあっただろうか。
オレだったらできるだけあんな奴の事は話題に出したくはないんだがな。
まぁ、キンタローにはいつも世話になっている事だしそのキンタローが相談したいつってんだから
聞いてやらないワケにはいかないか。
ハーレムがどうしたって?と問いかけると、キンタローはこれまた無表情に
「オレはハーレムの事が好きなようだ。」
と答えた。
信じられない内容に、オレは眩暈で倒れそうになった。
男同士だろ、とかそんな基本的な事にはあえて突っ込まない。オレだって人の事は言えないしな。
そんな事よりもまず真っ先にオレの脳裏に浮かんだ言葉。それは『ハーレムにオマエは勿体無い』の一言だった。
別にキンタローが誰を好きになろうがキンタローの勝手だしオレが口を出す権利なんざこれっぽちも無いんだろうけど
それにしたって何であえてハーレムなんだ?気は確かか?もっと他にもいただろう?!
オレが早口で捲くし立てるとキンタローは気を悪くしたらしく眉間に濃い皺を寄せながら
「じゃあシンタロー、オマエは何故あえてマジックなんだ。」
と言われ、痛い所を突かれてしまったオレはそれ以上何も言えなくなってしまった。
あぁ、クソ。オレも人の事が言えない。
落ち込むオレを他所にキンタローはいつもの口調で所謂恋愛相談と言うヤツを滔滔と喋り始めた。
「好き、と言う事に気付いたは良いがそこから先どうすれば良いのかがまったく解からない。
何せこう言った経験は初めての事だからな。そこでシンタロー、オマエにどうしたら良いのか教えて欲しい。」
知るかよ!と怒鳴りつけてやりたいのをオレは必死で堪えて、両手で顔を抑えた。
何で、こんな、色恋沙汰の話をキンタローとしなくちゃならない?
『こーゆー時はこーした方が良いと思うぜ』
とでも言えって言うのか。冗談じゃない!
そんな、オレが、まるで、
マジックにして欲しい事を言ってるみてェじゃねぇか。
そんなのがアイツにバレてみろ。アイツの事だから嬉々として『シ~ンちゃん』なんつって餌食にされるに違いねぇんだ。
安易に予想できすぎて頭が痛くなる。
つーかマジック云々以前にキンタローとこんな話をするのも死ぬ程嫌だ。
『そうか。シンタローはこーゆー時こー言われると嬉しいんだな。』
なんて言われた日にはオレは恥ずかしくてもう一生誰とも顔が合わせられねェ。
「ごめんホント無理ですんで。」
きっぱりと断るとキンタローはこれまたはっきりとした口調で
「シンタローはマジックにどんな事をされたら嬉しいんだ。それを教えてくれれば良い。」
と言った。
この時ほどオレは死にたくなった事が未だかつてあっただろうか。いや無い。
教えてくれれば良い、だと?何ちゅー事言うんだオマエは。教えられるワケないだろ!?
何だよ何でこんな話題になってんだよ。頼むからもうやめてくれ!
「頼む、シンタロー。
こんな事を話せるのはオレにはオマエしかいないんだ。
どうしたら良い?どうしたらオレはハーレムの心を掴む事ができる?」
そんな事はオマエの愛しいハーレムに聞け。何でオレがあんなヤツのためにこんな思いをしなきゃならねェんだ。
まったくたまったもんじゃない。とんだとばっちりだ。
「シンタローが言われたら弱い台詞ってどんな台詞だ。
シンタロー。頼む、教えてくれ。」
キンタローがしつこくしつこく一生懸命何度も何度もそう聞いてくるので、ついに根負けしたオレは
覚悟を決めて、親友の耳を引っつかみボソボソと微かな小さい声で呟いてやった。
言った瞬間全身が熱くなったのが自分でも解かる。
顔なんか特に熱くてどうにかなってしまいそうだ。
あぁもう穴があったら入りてぇマジで。
「そうか・・・わかった。有難うシンタロー。」
はいはいはいはい。どーいたしましてッ
「さっそく今からハーレムの所へ向かうとしよう。
迷惑かけてスマなかったな。」
まったくだ!
と、どんなに言ってやりたかったか。
キンタローが部屋から出て行った後、オレは暫く一人でソファの上にうつ伏せになって身悶えていた。
もうこんな相談はまっぴら御免だ。
オレは心の中で強く願った。
何十分か経った後に再び扉が開き、今度は誰だグンマか?今日は厄日か何かかと顔を上げると
今最も会いたくない人物が立っていた事にオレは内心かなりショックを受けたが顔に出さないよう
なるべくクールにヤツの前で振舞う事にした。
「シンちゃんは今日、夜空いてるかな?」
親父の問いかけに即座にNO、と答える。
予定なんぞ入ってやしないんだがとにかく今日一日コイツと顔を合わせるのは避けたかった。
それに今オレは無性に一人になりたくて仕方が無い。
何せさっきのでオレの心はぼろぼろになっちまってて回復するにはひどく時間がかかりそうなのだ。
食事に行くなら一人で行け。それかグンマでも誘えば良い。
早くマジックに部屋から出て行って欲しいオレは、ぞんざいにヤツに冷たく言ってやった。
「せっかくシンちゃんが可愛い事を言っていたからご褒美をあげようと思ったのにな。」
残念。と親父が肩を竦める。
わなわなと全身が震えた。何つったんだコイツは。オレが、何だって?
「だって総帥室だよー?モニターからそりゃばっちり見てたさ。
声は聞けなくてもパパ、読唇術は得意だしね。はは、もー超ビックリしちゃった。」
意外だったよ☆と肩にぽん、と手を置かれる。
その時オレは目の前が真っ白になり、ふと我に返ると部屋の中は滅茶苦茶に焼け焦げていて
親父は本棚に埋もれていた。
キスをする合間の、頬に触れる熱い吐息にオレは弱い。
少し離れてそれからまた違う角度から唇が合わさると、頭の奥が芯から溶けてしまいそうになる。
こんな、夜も明けそうだと言う頃にコイツと、・・・マジックと、こんな濃厚なキスをする事になるとは
ほんの数分前には思いもしなかった。
遠征先から帰って来て、さっそく自分専用の広い、シーツもふかふかのベッドで思う存分寝倒してやろうと
少し浮かれ気味でカードキーで扉を開けた瞬間、コイツが出てきて壁に押し付けられる形でそのまま唇を奪われてしまった。
あまりに唐突すぎて抵抗する事もできなかったが
今はオレの方がしっかりと親父の背中に両腕を回してしがみ付いている。
久しぶりの、キスだ。
懐かしい匂いに涙腺が緩みそうになった。
繰り返し繰り返し、何度も唇を重ねる度にひどく胸が熱くなる。
こんな場所で、こんな事をして、もしかしたら誰かに見られてしまうかもしれないのに
それすらどうでも良いなんて思える程、オレはコイツに飢えていたのだろうか。
「会いたかったよ」
マジックはオレの耳元で低くそう囁いた。
あぁ、そうかい。
いつものように悪態をついてやりたかったが生憎そんな余裕もなくオレは
親父と目を合わさないように俯いて、黙っていた。
何で、
そう、
アンタは、恥ずかしげもなくこんな事をして。
言ってやりたい事は山程あるのに考えがまとまらない。
大体どうしてこんな時間に、オレの部屋にいておまけに起きてるんだよ。
そんな事は聞かないでも解かってる。
解かってるから余計に何も言えない。
言ってしまったら、オレの方が頬が熱くなりそうで絶対に口に出したくなかった。
畜生、畜生、畜生。
不意をついてあんなキスをするなんて反則じゃないのか。
この馬鹿野郎め。本当に馬鹿だよアンタは。
こんな時間まで、オレの部屋で、オレの事なんか待ってるんじゃねェよ!
オマエは忠犬ハチ公かッ
そんなコイツが情けなくて、愛しくて、マジックがもう一度
オレの唇に触れた時、オレは再度ヤツの口腔の侵入を許していた。
シンちゃん、シンタロー、と
何度も名前を呼ばれるのがたまらなくて
オレはただ、ただひたすらに親父のキスに応えた。
長くて骨ばったマジックの指が、ゆっくりとオレのスーツのボタンを丁寧に外していく。
すっかり開拓されてしまった身体は、彼の手が胸を這うだけで敏感に反応を示すが
刹那、我に返ったオレは、慌ててヤツの両腕を掴んだ。
「・・・何?」
不満そうにマジックが恨みがましい目でこちらを見る。
何、じゃねェだろ。
「場所をわきまえろよ。」
じろりと睨みを利かせて外されたボタンを元に戻しながら、マジックの腕をすり抜ける。
背中を向けた、後ろの方で
「じゃあベッドならイイの?」
と聞かれ、オレが返事をせずに部屋へ入ると親父もオレの後につづき
そのまま背中から抱きすくめられてしまった。
首の付け根に顔を押し当てられ、金髪がくすぐったくて
文句を言ってやろうと振り向いて視線を合わせたら、オレの方が我慢できなくなってしまった。
お互いの服が床に乱雑に脱ぎ散らかされる。
とてもじゃないがベッドまで待てなかった。
息継ぎとも喘ぎともつかない声がうす暗い青い光に満たされた部屋に反響する。
「可愛いよ」とか「好きだよ」とかそんな台詞はもう十分聞き飽きているのに。
それでもそう言われると身体は火照って
アンタが、アンタのその声で、オレの名を呼んで肌に手が触れるだけで感じてしまう。
父さん。
父さん、
父さん、
父さん。
オレもアンタに、ずっと逢いたかった。