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「……何してんだ、おっさん」
ようやく仕事を終わらせ、シンタローが自室に戻ったのは午前一時を過ぎた頃だった。
グンマ&キンタローが製作した必要以上に厳重なセキュリティ・チェックをクリアして
その重厚な扉が開いた途端、広いリビングに備え付けられたソファに座り、
なんの許可もなく勝手に酒盛りをしている人物が目に入った。
その獅子の鬣のような髪を見るまでも無くこんな深夜にこの部屋にいるような
非常識な人間は二人しかおらず(二人もいれば充分だが)、
その内一人は自分が現れれば即座に跳びついてくるはずである。
さすがに自室で眼魔砲をぶっ放すわけにもいかないので、そっちの方でなくて僥倖だった、
と思うべきだろうか。こっちはこっちで相手にするのは、肉体的にも精神的にも疲れるのだが。
(……っつーかどっちも来ないのが一番だよな……)
重い溜息を吐きながら、電灯を付けないまま月明かりで移動し、
総帥服を脱いで皺にならないようハンガーに掛け形を整えつつ、
酒を飲むばかりで一切返事をしない叔父にちらりと視線をやった。
どうやらもう相当に飲んでいるらしい。空いた酒瓶が乱立していた。
再び溜息を吐きながら部屋着兼就寝服に着替え、叔父に歩み寄ると
転がっているカラの酒瓶を一つ手に取る。それはシンタロー秘蔵の日本酒だった。
(……こりゃ酒蔵の酒全滅か?)
もともとこのうわばみどころかザルな叔父と飲む予定だったが、勝手に飲まれ、
しかも自分の飲む分が無いのは腹が立つ。それが疲れてる時であれば尚更だ。
「オイ!おっさん、きーてんのかよ!」
座っている叔父の正面にまわりこみ肩へと手を伸ばす。
と、逆に腕を掴まれ、いきなり引っ張られて抱き込まれた。肩に叔父の息を感じる。
「おっさん。……どうか、したのか」
「……………」
シンタローはもう一度溜息を吐くと、叔父の好きにさせてやるべく全身の力を抜いた。
全く、呆れるほど自分はこの叔父に甘い。自分がこの叔父にされることを
どの程度まで許容してしまっているか理解した上でやっているのだろうか?
天然なら救いようが無い程タチが悪い。
そして後者である可能性のほうが高いのだ、この叔父は。
ぎゅぅぅ、と抱き締めるというよりはまるでしがみ付いてくる様に力を込め、
肩に顔を埋めてじっとしたままでいる叔父の頭を撫でる。
月の光を反射しきらきらと光る髪は見た目に反して柔らかく、撫で心地が良い。


……叔父は時折、こういう風に唐突に甘えてくる。
何があったのかは聞いても答えてくれないので知らない。
ただ、やたらとスキンシップをとりたがるのだ。

ずるい、と、シンタローは思う。

何も教えては呉れない癖に、何も答えては呉れない癖に、慰めだけは要求する。

ずるい。本当に……ずるい。

慰めることだけしかさせてくれない。共用することを許してくれない。
何がそんなに叔父を追い詰めているのか、想像どころか妄想すらも出来ないが、
そんなに自分には知られたくない事なのだろうか。だったら何故、自分の所へ来るのだろう。
(……卑怯だ、アンタ)
叔父はシンタローが問い詰めることも拒否することも無いと知っているだろう。
だからいつまでも何も知らないままだ。

(それでも。アンタの事を知りたいと思う俺の、気持ちは――いらない、のか……?)

決して言葉にはしない問いを心の内に封じ込め、遣る瀬無い想いを抱えたまま、
シンタローは切なげに細めた眸を叔父の肩越しに見える月へと向けた。

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あいつとの、この距離感が心地良かった。親兄弟より近くはなく、他人より離れてもいない。
それならば麗しのサービス叔父様も、全くそうは見えないが一応双子なんだから俺にとって同じ立場の存在だったはずだ。けれど『叔父様』と呼んではいても、世界中を飛び回っていたあいつとは違って常に傍に居たから、兄のような存在だった。グンマもそうだ。傍に居すぎて、手の掛かる弟のような感覚で接していた。


――あいつは、一所にじっとしている事が出来ない人間だった。
殆ど『家』、つまりガンマ団の本部には滅多に帰ってこなかった。俺の世話や遊び相手になってくれた親父の部下の方がよっぽど身近だったと思う。

なのに。

ごくたまに―まぁ、大抵は金をせびりにだったけれど―帰ってくると、何の違和感も無くすんなりと俺達と同じ枠の中に納まった。他人がどれだけ努力してもけして入れない枠だ。家族―そう、つまりは『家族』なんだろう。血の繋がりというのは偉大だ。


父親のように頼れる相手ではなく、兄のように導いてくれる相手ではなく、弟達のように護る相手でもなく、友人や部下のように信頼できる相手でもない。


実際に言い争いどころか肉弾戦すっ飛ばしてガンマ砲の応酬をしあったことも間々ある。ちなみに俺は本気で殺すつもりだったし、相手もそれは同様だろう。顔にはニヤニヤと下らない笑いを貼り付けてこそいたが、その眼は限りなく真剣だった。それでも俺はあいつに殺されると思った事は無いし、あいつも俺を殺せない。不本意ながら逆もまた然り、だ。


父親のように頼れる相手ではなく、兄のように導いてくれる相手ではなく、弟達のように護る相手でもなく、友人や部下のように信頼できる相手でもない。

――隣に、並び立つ相手だ。

結局のところ、同類なんだろう。俺とあいつは。
だから。……こんなにも、惹かれるのだろうか。



srs
「なぁ、ロッド」

背後から声。
背中合わせで座ってるシンタロー様。
俺に体重を掛けるように、シンタロー様は座ってる。

「な~んですか?」

少しだけ首を後ろに向ける。
シンタロー様の黒い髪しか見えない。

「もしも」

もしもの話だぞ?
繰り返すシンタロー様に苦笑して続きを急かす。
少し、沈黙が続いた。


「殺してくれって言ったら、どうする?」


思考が止まった。
頭が真っ白になった。
暫くして、コツンとシンタロー様の頭が背中を叩く。
動揺が伝わらないように、明るく振る舞った。

「お断りしますよ。大体、そんな事したら一族の方々に何回殺されるか分かったもんじゃないですよ」

何とか、笑った。
そっか。
シンタロー様の呟きが聞こえた。
最初は背中合わせじゃなくて、正面にいて欲しいと思ってた。
今は、背中合わせで良かったと思っう。

「冗談だよ、ロッド」

背中に預けられていた体重が一瞬消える。

「お前にそんな事頼まないよ」

ふわりと、腕が回されて、後ろから抱き締められた。
この人は、優しいから。
俺にそんな酷な願いはしない。
けど、だけど。
もし、もしも。

「泣くなよ、ロッド」

この人の願いを叶える人が、現れたら?
もしも、シンタロー様を、失ったら?
苦しい。
辛い。
視界がボヤける。
温もりだけが、現実の様で。


「ごめんな」


あぁ、この人を失いたくない。
けれど、いつかその日は来るんだ。
優しいこの人は俺に言ったりはしないけど。

俺はいつか、失う。
この人を。


「愛してます、シンタロー様」


回された腕を握る。
離れていかないように、失わないように。
温もりを、忘れないために。

END


ロドシンがハレシンの次に好きです。
マイナー好きですみません。
ロッドはもっとお茶らけてる方が好きです。
自分で書いといてなんですが…

05/11.6


生命を維持する為に睡眠は不可欠だという。

一日の疲労を心身共に無くし、活力を蓄え、次の日へと繋ぐ重要な行為。

ならば、それを行っても鋭気を養えないのなら、眠る必要なんてないのではないだろうか。

ましてや、それによって、一層酷くなるのなら――。








眠れぬ子のための子守唄








幾つもの高層建築物が集まり構成されるここは、一体どれ程の人間が稼動していることだろう。

自然と生まれる日中の喧騒も、この時間になれば嘘のように静まりかえる。

ほとんどの者が就寝する時刻、活動しているのは24時間体制の警備員の他は、数えるくらい。

その少数派のひとりが、軽やかに弾いていたキータッチを止め、密やかに宣言した。

「でーきたっ。今日は終わりー。」

声だけ聞くとハスキーな女性と判断しがちだが、容姿もそれに見合い、ただ性別だけ立派な成人男子が、ふっと息を吐くとPCの電源を落とした。

すると、すかさず、

「終わったのか。」

隣席の、こちらは疑いようのない男声がした。

「うん。とりあえずはね。」

「では、送っていこう。」

がたりと椅子が鳴る。然程大きな音でなかったのに、この静寂な空間では響く。

尤も、現在自分たちしかいないのだから、気遣う必要もないが。

さも当然だと言わんばかりに立ち上がった長身に、グンマは僅かに苦笑した。

『送る』という発想を、何でまた自己に持つのか。

一般的にそれは、子供か女性、または高齢者が対象だろう。それの、どれにも属さない己がこういう扱いを受けるのは、とにかく気恥ずかしい。

だが、その心情を察しているので、無下に断ることもできない。



――元々彼は、そういったことをしなかった。

やり始めたのは最近。切欠は――『彼』がいなくなってからだ――。












本当は同じではないけれども、4年前と変らぬあの島へ向かった目的は果たされた。大きな代償と引き換えに。

それからキンタローとグンマは、再び島への道標を摸索している。

グンマはずっと研究員として所属しているのでともかく、キンタローは研究員と総帥補佐官の二足わらじだ。

いや、『だった』。

解任されていないとはいえ、実質、補佐の任には就かず、研究員のみに従事している。

「お父様のお手伝いをしなくていいの? キンちゃん、補佐官でしょ?」

現在、団に総帥は不在であり、前総帥が代行を務めている。

そうなれば、補佐官も代行に従ずるのではないかという、至極当然の質問を、

「・・・俺の総帥は、シンタローだけだ。」

短い返答に全てが込められていた。

グンマも、それ以上は言わなかった。

それに彼が専属となってくれれば、こちらとしても有難い。無作為に異次元空間を彷徨う彼の地を捉えることは、そうそう容易でないからだ。

彼の頭脳は強力な助けとなる。

目下ふたりは、総帥帰還という団最優先事項を任されている。




そうなると、ほぼ一緒に行動することとなったのだが、さすがに四六時中、共にいるわけではない。

ある日、所用で席を外したグンマは、それに思ったより時間を取られてしまった。

ラボに戻る途中、進行方向から見慣れた金の短髪が現れた。

「あ、キンちゃ~ん・・・。」

「グンマ! 何処へ行っていた!」

上げた手が半ばで固まった。

言葉を遮られ、それが滅多に見られない――というより、初めてではないだろうか。

何かこちらが事を起こす度に、時には真剣に、時には呆れながらの対応ならば日常なのだが、こんなに怒気を孕んだ彼は見たことがない。

驚愕に、ただただ双眸を見開き沈黙する従兄弟から、キンタローは、しまった、と失態を悔やむ貌で目を逸らした。

「・・・あ、ごめんっ。何かあったの?」

留守の間に非常事態が起こったのだろうか。だから、呑気に外出していた自分を怒鳴ったのだろう。

真顔で尋ねるグンマに、しかし、目の前の人物は目線を逸らしたままで、答えようとしない。

「キンちゃん・・・?」

常の彼らしくない態度に、少々不安になる。一体、何が起きたというのか?

じぃっと食い入るように見つめれば、やっと、訥々と喋り出した。

「・・・すまん・・・今のは八つ当たりだ・・・。」

「八つ当たり?」

「・・・オマエの帰りが遅いから・・・心配になって・・・。」

「え? ええ!? もしかして、探してくれていたの!?」

こくんと首肯する仕草が幼くて、外見とのミスマッチに可笑しくなる。

「やだなあ。僕、子供じゃないんだよ?

ちょっとね、打ち合わせが長引いちゃって――。」

と、笑い説明しながら、ふと、従兄弟の様子が何処となく異なることに気づいた。

明確な変化ではないのだが、例えれば泣きたいのを耐えているような――。

見上げる顔は、前髪に隠れてよくわからない。

「キンちゃん? どうしたの?」

小首を傾げた途端、上空から降ってきた逞しい両腕に抱えられていた。

「キ、キンちゃん?」

「――まで――。」

「え?」

「・・・オマエまで・・・いなくなったと・・・。」

後は感極まったのか、最後まで発されることはなかったが、それだけで充分グンマは理解できた。

傍から見れば、体格の差でキンタローがグンマを抱き締めているようだ。しかしながら、これは違う。怯え慄く子が親に縋りついているのだ。

考えてみれば、従兄弟はまだ実体験は、僅か4年。如何に優秀な頭脳の持ち主であろうと、それと情緒が比例するわけではないのだ。

こういうことは知能よりも経験の比が高い。そしてそれは、時間の長さが、ものを言う。

(心細かったんだ・・・。)

『彼』が取り残されたとわかったときも、団に戻ってからも、この従兄弟は取り乱さなかった。

ひたすら探索に打ち込む姿も、立派な『博士』にしか映らなかった。

全て『彼』を失った恐怖と不安と焦燥が、突き動かしていたのだろう。 見た目に惑わされて、彼の中を読もうとしなかった。

まだこんなに幼い心を抱えて――。

「・・・気づいてあげられなくて、ごめんね。僕はいなくなったりなんか、絶対しないから。」

ね?と、あやすように背中を叩く。出来れば頭を撫でてあげたかったが、残念ながらそこまで手が届かない、相手は大きな子供だった。












これ以来、グンマは可能な限りキンタローと行動を共にしている。それに安心したのか、キンタローも、以前よりもますます作業に専念しているようだった。

(専念――じゃないね。没頭している。)

一心不乱に座標を追う男には、鬼気迫るものさえ感じられる。不眠不休で、それこそ寝食もまともに取っていない。

「キンちゃん、少し休んだほうがいいよ。後は僕がやっておくから。」

そう進言しても、

「いや、俺は大丈夫だから。」

と、まるでそれが彼に与えられた唯一絶対の使命であるかのように、頑として譲らないのである。

このままでは、そう遠くないうちに倒れるだろうと容易に推し量れる日々の中、今夜も終了を告げたグンマに連れ添って退室する彼の、しかしその机上は雑然としたまま、機械も電源は入ったままである。

再び戻って続行することは明白。一日の終わりのいつもの光景に、グンマは、そっと溜息を吐いた。



人気の無い廊下は、いやに足音が木霊する。日中は多くの人間が行き交うこの場所も、今はふたりきりだ。

「・・・ね、キンちゃん。」

「何だ?」

律動的な歩調を崩さず、ただ前だけを見つめ進む、険しい横顔を見上げる。そこに宿っている瞳の強い光が、今は悲哀を湛えていると感じるのは何故だろう。

「・・・ちゃんと寝てるの?」

「ああ。」

即答が逆に不審を呼ぶ。

しかしながら、頭ごなしに否定することもできない。彼に、それこそ24時間付きっきりなわけではないのだから。

黙って凝視していると、幾分眉間の皺が薄れ、柔らかな表情を従兄弟は向けた。

「何か言いたそうだな。」

「だって・・・。」

夜はこうして毎日送ってくれる。朝、ラボに向かうと、既に彼は居るのだ。

自身もそんなに睡眠時間は長くはない。今も、とっくに日付は変って数時間だ。

ということは、本人の言い分を信じたとて、一体如何ほど眠っているというのか。

時に、『目は口ほどに物を言い』と例えられるように、グンマの思考は相手に届いた。

小さく息を吐きながら、微笑するキンタロー。

「・・・寝ているさ。残念ながらな。」

(・・・え?)

『残念』――その発言は何を意味するのか。僅かに顰めた従兄弟に気づくことなく、キンタローは続ける。

「こんなとき、人間であることが悔やまれる。機械ならば、疲労も空腹も感じることなく作業を続けられるというのにな。

今は一分一秒でも惜しい。心戦組が動いている。

早く助けに行かなければ、こうしている間も、アイツの身に危険が迫っているかもしれないんだ。

それなのに、のうのうと眠ってしまう自分が恨めしい。」

「キンちゃん!!」

何と恐ろしく哀しい考え方なのだろうか。

睡眠を罪だと言う。そこまで彼は追い詰められていたのかと愕然とした。

『彼』だけが残されたあのとき、従兄弟は先に艦橋へ赴いた。

それを悔いていることは知っている。時々覗く自嘲を、今も見せた乾いた笑いも知っている。

だがしかし、ここまで自責の念が強かったとは――!

ぐっと掴まれた二の腕に構うことなく、キンタローは、きょとんと青を見開き、

「・・・深夜だぞ。」

見れば、一族のプライベートゾーンに入っていた。この時間帯では好ましくない音量であると、暗に示唆している。

グンマの自室は目の前だった。

「それじゃ、おやすみ。」

踵を返し翻る白衣の行き先は、彼の私室ではなく復路へと続こうとしている。グンマは唇を噛み締めると、手に力を込めた。

「グンマ?」

訝しい声音を無視し、自室へ引き込む。

「お、おいっ!?」

この小柄な従兄弟が、実はとんでもない怪力の持ち主であることは記憶に新しい。

為すがままにキンタローは、とうとう彼の寝室まで連行された。

「何のつもりだ――。」

当人に断りもなく白衣を脱がせられ、

「いいから!」

と、肩口を押さえつけられて寝台に鎮座するはめになった。

「キンちゃん、今夜はここで寝ていいよ。」

「何を言っている――。」

「僕のことは気にしないでいいよ。このベッド、結構広いからふたりでも充分だし。」

「そういうことでは――。」

「それじゃ眠れないっていうなら、僕はソファで寝るよ。あれ、簡易ベッドにもなるんだよ。」

(話が噛みあっていない・・・。)

にこにこと、いつも絶えない笑顔で事を進める従兄弟に、キンタローは嘆息するしかない。

「・・・いいか、俺はまだ寝るつもりはない――。」

「寝るんだよ!!」

それまでと一転して、グンマは強い口調で叱りつけた。この4年間、窘められはしたものの、ここまで激怒した彼は初めてだ。

「グンマ・・・。」

「寝なきゃ・・・ダメだよ。キンちゃん、自分の顔、見てる?

そんなに疲れきった顔しているのに、それじゃ倒れちゃうよ・・・シンちゃんを迎えに行く前にさ・・・。」

そのやつれ憔悴しきった様は、偏に『彼』の為。『彼』を取り戻そうと、それだけがキンタローの原動力になっている。

ならば、力の源を引き合いに出せば、納得するであろうか。

――果たして、従兄弟は沈黙してしまった。俯く姿は、かなりの体躯の良さのはずが、脆弱に思えた。

グンマは隣に腰掛け、窺い見やる。

「・・・寝よう。キンちゃんの焦る気持ちもわかるけど、身体がもたないよ。」

今夜は何が何でも眠らせようと再度促すが、キンタローは、ゆるゆると力なく首を左右に振った。

「キンちゃん――!」

「・・・違う・・・。」

「え?」

「違うんだ・・・。」

「違うって・・・何が?」

4年前、この世に出現したての頃の従兄弟は、幼子のそれと同じで、感情を上手く表現できなかった。

そんな彼を根気強く引き出していったのは、グンマだ。

その時分に戻ったかのような錯覚を感じながら、優しく問う。

それに、ぽつりと。

「・・・怖いんだ・・・。」

「怖い・・・。」

反芻すると、従兄弟はこくりと小さく頷いた。

(怖いって・・・どういうこと?)

従兄弟の意図がわからない。ここは下手に質問するより、自発的に喋らせたほうが良いと判断し、グンマは耳を傾けた。

暫く無音が流れたが、その間に思考を組み立てたらしいキンタローが、やがて、ぼつぼつと途切れがちに話し出した。

「眠ろうとすると・・・嫌なことばかり浮かんでくる・・・。

もう・・・パプワ島を捉えることができないかもしれない・・・シンタローには、もう会えないかもしれない・・・。

・・・シンタローは・・・もう・・・。」

ぎゅ、と膝に乗せていた両手を組み握り締める。そして、気持ちを搾り出すような吐露があった。

「もう・・・生きていないかもしれない・・・!!」

「! そんなこと、あるわけないよ!」

「わかっている! アイツは何があっても死なない。それは、俺が良く知っているんだ!!」

勢いよく上げた顔は、切羽詰った悲壮感に溢れている。叩きつけた声音も余裕が無い。

それが、見る間にくしゃりと歪む。不安に怯える子供の貌へと変化する。

グンマは息を呑むしかなかった。

「わかっているんだ・・・どんなに馬鹿げた考えかということは・・・。

だけど、何かをしていないと、悪いほうへと考えてしまう・・・。」

両手で顔を覆い隠し、気持ちを代弁する重苦しい息がそこから生まれた。

「キンちゃん・・・。」

彼は幾度となく、現在この場にいない彼の人の無事を、確信を持った響きで言い放っていた。

ふたりの間には稀有な絆がある。

それは互いの出生に、そして4年前の死闘に根付いているもので、彼がそう宣言するのであれば間違いないであろうと、根拠のない安堵を周囲にもたらしていた。

だがしかし、それは誰よりも、自分自身に言い聞かせていたものだと知る。

「・・・眠れば夢を見る・・・やっと辿りついた島に・・・もう・・シンタローはいない・・・。

・・・シンタローだけじゃない。パプワも、ナマモノたちも、一緒に行ったはずのオマエもいないんだ!

気がつくと、俺だけがあの島に、あの破壊された島に!!」

「キンちゃん!! 落ち着いて!!」

しがみ付き恐怖を訴える――吼え吐き出す幼子をグンマは抱き締めた。

そう、彼はまだ子供だ。4年前にあの島で生まれ、あの場所から彼の人生は始まった。

そのときに父親を喪ったが、代わりに大切な言葉を貰った。

あれから4年、本人の意思に沿おうが反しようが、キンタローは様々なものを得た。――手に入ることばかりで、失うことを知らなかった――。

得たものを初めて失ったのは、皮肉にも、父を喪った場所。厳密に言えば同一ではないが、同じと見なして良いだろう。

しかも、失ったものが、あまりにも大きい。

彼の心は、あの破壊された光景が、虚無の象徴と捉えてしまったのだろう。

「眠りたくない・・・あんなものを見るくらいなら、俺は寝なくていい!」

『彼』から離れたことへの自責、悪夢からの強迫観念。それらがキンタローを不眠へと追い込んでいる。

「キンちゃん、大丈夫だよ! 僕はここにいる。

シンちゃんだって、きっと元気だよ。僕たちを――キンちゃんを待ってるよ!」

とにかく落ち着かせなければと、抱える腕に力を込める。心音を聞かせると子供は落ち着くと聞いたことがある。

「大丈夫。皆、いるよ。」と繰り返し囁けば、震え怯えていた身体が徐々に緩まっていくのがわかった。

「・・・落ち着いた?」

「・・・ああ・・・見苦しいところを見せたな。」

羞恥の色は滲ませていても普段の口調に戻っていることに、一先ず安心する。

「そんなことないよ。キンちゃん、疲れているんだよ。

今日はもう休んで、また明日から頑張ろうよ。」

『明日』は数時間後に迫っている。と心内で苦笑してしまうが、ここは言葉のアヤだ。

ところが、やはりキンタローは首を振った。

「キンちゃ・・・!」

「限界まで起きていれば、自ずと眠気は来る。いくら俺でも、何日も眠らずにいることは出来ないさ。

そうやっていつも寝ているから、安心しろ。」

そう、事も無げに言った後、

「これならギリギリまで作業はできるし・・・何より、あの夢を見ることもない・・・。」

何も考えず、ただ生存本能としてだけの睡眠を求める。その哀しいまでの心情が、グンマは遣る瀬無かった。

(そんなんじゃ、疲れは取れないよ・・・。)

寧ろ疲労は蓄積しているであろうに、それさえも感じなくなっているのだろうか。

どうにか彼を安眠に導きたい。頑なな心をほどく手立てはないものか――と、ふと懐かしい音律が頭を過ぎった。

『彼』の記憶を持つのならば、或いは――。



唐突に流れ出した歌に、深い青が大きく開く。

「その歌は――。」

「キンちゃんも覚えていたんだね。」

ふふ、と微笑する従兄弟に、記憶の中の人が重なった。

自分にも『彼』にも忘れられない、温もりを与えてくれた人――。

「静養していたから滅多に会えなかったけど、会えば歌ってくれたよね。この歌。」

「ああ・・・母さんだ・・・。」

「僕も、シンちゃんと一緒に伯母様に会うのが楽しみだった。

僕のお母様は、僕を産んでから直ぐに亡くなったって聞かされていたから、伯母様が母親のように思えたよ。――まあ、本当に母親だったんだけどね。」

悪戯っぽく笑うと、グンマは再びキンタローを抱き寄せた。

「こうしてさ――僕とシンちゃんを抱き締めて、歌ってくれた。

それでいつの間にか、僕たちは眠っていたんだよね――。」

思い出を再現するように、従兄弟がまた歌いだす。低く、密やかに。

『彼』を通して見上げた、穏やかな白い顔と流れる長い黒髪。柔らかな日差しと花の芳香。

そして、眠りへと誘う静かな歌声。

(母さん・・・。)

ゆるりと閉じた瞼の裏に、遠い記憶と共に、あの頃の温かな幸福が蘇ってくる。

心に沁み入る旋律に、いつしか恐怖も不安も姿を消していた。












胸に掛かる重みが増したことで、一旦口ずさみを止めると、微かな寝息が部屋を支配した。

「寝たんだ・・・。」

ほっと息を吐く。慎重に身体をずらして大柄を横たえさせ、毛布を掛けた。

薄暗い中、従兄弟の口元に浮かぶ笑みを認めて、小さく安堵する。

「皺も消えているしね。」

起こさないよう、そろり触れた眉根。きっと良い夢を見ていることだろう。

「さ、僕も寝なくちゃ。」

時計に目をやれば、夜明けまで幾時間もない。

自分だって慢性睡眠不足になっている。人のことは言えないのだ。

手早く寝巻きに着替え、ベッドの空きスペースに身を滑らせた。

隣では規則正しい寝息が聞こえる。その彼の、恐怖に怯える激白が耳から離れない。

(キンちゃん。僕もね、本当は怖いんだ。)



あの島に行って――『彼』が帰らないと言ったら――。

従兄弟の不安理由である、生死の安否も、もちろん考慮している。だけど、それを上回る恐怖は、『彼』自身の拒否だ。

4年前に彼の島で垣間見た『彼』は、生気に満ち溢れていた。

あの場所での生活を満喫し、その姿を喜ぶと同時に敗北感を味わった。

成長するにつれ、一族と異なる色彩に惑い、秘石眼の無さに悩み、それでも表には出さず、人知れず中傷と悪意と、独り闘っていた『彼』。

弟と引き離され、癒えぬ傷を抱える『彼』が、子供に還ったかのような笑顔を、あの島では浮かべていた。

――『一族』の所為で負傷した『彼』を、『一族』の己が癒し守れるなどと、傲慢な考えはない。

せめて、これ以上、傷を負わないようにと、どうか安寧でいられるようにと、ささやかに願ってきた。

その『彼』を完膚なきまでに蘇生させたのは、あの少年だ。

自分が長年為しえなかったことを――諦めかけていたことを、短期間で遂げた子供に、大人気ないながら密かに嫉妬した。

そんな『彼』が最後に選んだのは、『一族』。もう、しがらみから逃れても構わないはずなのに、敢えて『彼』は帰ってきた。

(それがどんなに嬉しかったか、シンちゃんは知らないでしょう。)

一時は破られ、だけれども、今度は新たな従兄弟が加わり、再び更に、忙しくも賑やかで安穏とした日々が続くと思っていた――。




それは、たった4年で終止符が打たれた。また、あの少年が『彼』を連れて行ってしまった。

末弟が、あの島に居るらしいと判明したときから、警鐘が鳴っていた。

――また、いなくなってしまう。

そんな不安感に苛まれながら、従兄弟たちが向かった後、居てもたってもいられず、自身も発ったのだが――。

(『運命の人』ってヤツなのかな。)

少女めいた発想に、我ながら可笑しくなる。

結局、自分も、誰も、彼らを離すことはできなかった――。



一度離した手を、二度目も離すとは限らない。

あの子供の手を振り切ってまで、『彼』がこちらに来るだけのものが、果たしてあるのか。



ツンと鼻頭が痛い。

(あーもう、ドロ沼だよ。寝よ寝よ。)

ぐい、と毛布を引き上げ、頭からすっぽりと被る。

何も考えたくないから眠らないという従兄弟とは反対に、自分は考えたくないからこそ、眠りに逃避する。

だから、『彼』がいなくなってから、安眠を感じたことは、一度もない。

幸い横で眠る従兄弟は、それを得たようで、安らかな寝顔だ。

(・・・僕にも子守唄が必要だよね。シンちゃんに歌ってもらわなきゃ。)

『彼』が戻ったら、これを最初にお願いすることに決め、グンマは固く目を閉じた。








時を刻む音だけが、やけに響く。

あと数時間で、新しくも変らない1日が始まる。『彼』がいない日の繰り返しが。



本当の夜明けは、まだまだ遠い。

『シンタロー』という名の太陽が昇らないうちは、僕らの心は闇に包まれたままだ。











――オチ

「・・・あ。電気点いたままだ。

消さないと経費が嵩むって、シンちゃんが怒り狂うな。」

グンマはラボに急行した。

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sss

全く、ソイツはロクでもないことしか教えねえ。

コイツもコイツだ。俺はそんなことに付き合う暇は、ねえんだよ!







髪結い亭主








以上の意味を目一杯込めて睨む俺を、2組の青い瞳が、これまた、じとっとねめつけている。

同じ青でも微妙に色合いが異なる。例えて表現するならば、空の青と海の青だろうか。

そして、それらが含む感情も、2者で違う。

先刻から、じーっと俺を、正しくは俺の髪を、穴が開くほどに見つめる海の青。一点集中した熱視線が痛いんですけど。

ハゲたら、どうしてくれる。オマエのそれは秘石眼だから、シャレになんねえんだよ!

「・・・ンだよ。オメーだって、そんな暇はねえだろうーが!!」

苛立たしげに怒号すれば、デカイ図体が肩を落とした。

コイツは俺と対照的に、ほとんど感情を表立てしない。急速な教育の賜物だろうが、元々、素質もあったのだろう。

4年前は大差なかったのに、何とも劇的な変身だ。

そういうことで、一見、動じていないようだが、悄然とした内心は、俺にはわかる。

俺だけではない。一族と教育を施したドクターには、この微妙な変化が読める。

「シンちゃん! そういう言い方ってないでしょ! 子供の意欲を削ぐようなこと、言っちゃいけないんだよ!」

空の青が、育児書に掲載されるような文句で援護する。

・・・誰が子供なんだよ。オマエより、どう見たってデカイじゃねえか・・・。

というか、オマエ、育児書読んでんのか?

と、突っ込みたいところを、ぐっと耐えた。

確かに、そこの大男は外見は立派な紳士だが、中身は幼児だ。どんなに仕事ができようと、素晴らしい論文を書こうと、実生活面は4歳児だ。

天才と何とかは紙一重とは、良く言ったものだと思う。何しろここには、実例がふたりもいるのだ。

そのふたりが、揃って俺に無理難題を仕掛けてきた。

「あのなあ・・・キンタローのしたいことをさせるのは構わねえけどな、俺を巻き込むな。」

もういい。怒鳴っても堪えないコイツらだ。

所詮、天才様の思考回路は、凡人の俺には理解できねえよ。

とにかく、ここは穏便に引き下がってもらおうと、やんわり断った。

しかし、

「だってシンちゃんじゃないと適任者がいないんだもん。」

ねー、と、可愛らしく小首を曲げて隣人に同意を求めれば、相手も、これまたこくりと頷く。

おいおい。28歳の男の仕草じゃねえよ・・・。

話を戻して、コイツらの難題の条件を鑑みれば、俺は範囲内だ。うん、確かに。

だがしかし、俺だけではない。他にもいる。

「何も俺だけじゃねえだろ? それなら――ドクターにでも頼めよ。あの人なら鼻血出して喜ぶぜ。」

言った後で、あまりにもリアルに想像できて、自己発言ながら、げんなりとした。

ところが、すかさず反論がある。

「高松はダメだよ。拗ねちゃって、僕たちに会ってくれないもん。」

ああ、そういえばそうだったな。オマエらにお払い箱にされて、ここを出たんだったな。

研究所に篭ったとか何とか、サービス叔父様が言ってたっけ。

えーと、叔父様と同い年だから――47歳か。

いくら鼻血を垂れ流すくらいに溺愛するコイツらから用無しと言い渡されたからって、いい年したオッサンが拗ねんなよ。

待てよ。サービス叔父様も47歳・・・見えねえなあ。いつまでも綺麗だよな、叔父様――。

思考があらぬ方向へ飛んでいた俺を、ぼそりと零された言葉が現実に引き戻した。

「俺は、シンタローがいい・・・。」

控えめながら、しっかりとした主張の先には、大型犬がいた。

耳を垂れさせ、同じく垂れた尻尾が、ぱたんぱたんと床を叩く。

澄んだ青い目が構って欲しいと語っている――。

ああ、もう!

その命令待ちの犬のツラはよせと、いつも言っているのに――その表情に俺が弱いことを知った上での計算とわかっているのに――折れるしかねえじゃねーか!

重い溜息を吐き、決心して言ってやった。決心――というより、自棄だな。

「・・・仕事が溜まっているから、俺は休まねーぞ。だから、じっと大人しく協力、なんてしねえ。

それでよけりゃ、勝手にしろ。」

言い終わった後、少し後悔した。

キンタロー・・・何つー顔すんだよ。目を細めて、僅かに口元を綻ばせて。

グンマの、如何にも笑顔、とは違うが、滅多に見せない穏やかなそれが、却って歓喜を伝えている。

何か・・・こっちが照れる。

自制しようにも勝手に熱くなる頬を見られたくなく、椅子を回して身体ごとそっぽを向ければ、

「よかったねー、キンちゃん。」

と、能天気な声音が背後からした。

――どうやら気づかれなかったようだ。

ほっと胸を撫で下ろしていると、ふわり、髪を持ち上げられる感覚がした。

丁寧に、適度に引っ張り梳かれるそれは意外にも心地よく、思わず身を任せそうになる。

渋々承知した手前、そんなことはおくびにも出さず、むっつりと手にした紙面を追う視界の端で、金色がちらちらと揺れている。

キンタローは真後ろに陣取り、グンマが左隣に立って指導しているのだ。

「・・・オマエで充分、事足りてるんじゃねーのか? 何で俺を使うんだよ?」

頭は動かさず、上目遣いで示した金糸は、普段の巻き髪ではなく緩やかに波打っている。

指導者は自前を教材に提供したと言った。だったら、今もそれを使えよ。

俺の質問は至極当然だと思ったが、

「今回はレベルアップを目指して、ふたつに結い上げるの。これはバランスが難しいからね、僕も見えるほうがいいんだよ。」

・・・何の為のレベルアップなんだよ。

何事も出来ないよりは出来たほうがいいとは思うが、これが出来たからといって、オマエは何を得るというんだよ? キンタロー。

脱力感に心の中で突っ込んだ。が、またしても別の意味での追い討ちが俺を襲う。

「それにね、キンちゃんがシンちゃんの髪に触りたいって。」

なっ・・・!

絶句――今の心情を表すならば、この一言に尽きる。

何でわざわざ――疑問が思考を席巻し、書類の内容なんか、ちっとも頭に入ってこない。

触りたいって・・・そんなの、いつだって――。

触れているじゃないかと心内で続けた途端、状況も脳裏に浮かんで、もうその後は思考すらも止めたくなった。

そんな俺の葛藤を他所に、ふたりは頭上で「こうか?」だの「そうそう。あ、そっち側、少し崩れているよ。」だの、勝手に盛り上がっている。

それが、寧ろ救いだった。とにかく今は構わないで欲しい。

頬ばかりでなく顔全体赤くなっていると自覚しているのだ。絶対気づいてくれるな。

心持ち俯いて書類に没頭しているポーズを取る。左頭上から、くすりと笑う音がした気もするが、ただひたすら時間が過ぎることを願った。







それは、ものの10分程度だったろうが、俺には随分と長く感じられた。

「出来た。」

後方から満足げな声と弄られていた感触が無くなったことで、終了だとわかる。

「わー。キンちゃん、上手に出来たねえ。」

喜ぶグンマの姿は、幼子を褒める親だな。

俺も、漸くこの忍耐とおさらばのようで嬉しいぞ。

「ところで、俺はどんな頭になってんだよ?」

この頃には平静に戻っていたので、素直に気になる事柄を訊いた。

いやに頭頂が重い。自分ではあまり髪を上げないからな。

「はい。」

と、眼前に差し出された鏡を覗く――これは――熊、か?

熊の耳のように、ふたつのだんごが天辺に乗っかっている。――いや、そこから一部下ろしてあるな。

「セーラー○―ンにしてみました。シンちゃん、髪長いから、全部結うのは大変なんだよね。」

・・・セー○―ムーン・・・。

一拍後、俺は机に突っ伏した。何が悲しくて、ガンマ団総帥が美少女戦士にならなきゃならんのだ・・・。

心でさめざめと泣く俺はどうでもいいらしく、ふたりの話題は、キンタローの作品に向いている。

「キンちゃんは本当に器用だねー。これなら美容師になれるよ。『髪結いの亭主』だねっ。」

「それは違うぞ。グンマ。

『髪結い』は、妻に掛かるんだ。『髪結いの亭主』は、妻が美容師なんだぞ。」

「え? そーなの? じゃあキンちゃんは、『髪結い亭主』?」

何とも、のどかで馬鹿馬鹿しい会話が繰り広げられている。

『髪結いの亭主』でも『髪結い亭主』でも何でもいいから、早く帰れ・・・。

怒る気も失せている俺だったが、続くグンマのとんでもない発言に、気力を取り戻した。

というより、何だそれは!?

「で、シンちゃんが『髪結いの奥さん』だ。」

「はあ!?」

がばり跳ね起きた俺を、「あ、起きた。」などと呑気に構えるオマエの脳内、見せてみろ!

「どういう根拠なんだよ!」

噛みつく俺も何のその、逆に反論が心外とばかりに、むっと眉根を寄せる。

「だってシンちゃん、ご飯作ってくれるし、お洗濯もお掃除も上手だよ?」

「・・・そりゃ『奥さん』じゃなくて、『お母さん』だ・・・。」

やっぱりコイツはバカだ。天才と何とかの、何とかだ・・・。

激しく脱力しつつ訂正してやった。けれども、納得いかない表情のまま、何か言いたそうにしている。

不服だってのか? だったら、俺が充分納得できる理由を言ってみろよ。

「・・・何だ? 文句あるか?」

多少凄みをつけて促せば、もごもごと歯切れ悪く切り出した。

「んー・・・とね――。」

さっと先程の鏡を取り出し、再度俺が映るように見せる。

これが何だ? 別におかしい――いや、確かに髪型は笑えるが、まさかこれが理由ってワケじゃねーよな。

疑問一杯の自分の顔を眺めていると、つい、と首筋に指が当てられる像が映った。

「ここ。赤いよ?」



!!

瞬時に察した。慌てて手を宛がい隠すも、後の祭りだ。

声も出せずに見やるグンマは、苦笑いを返している。

「シンちゃん、気をつけなよ? 総帥服って襟合わせが開いているから、割合見えるんだよね。首とか胸元とか。

まあ、これはシンちゃんだけじゃなくて、キンちゃんも注意してね。」

「ああ、以後気をつける。」

傍から見ると、子供を窘めているようなんだが――なんだが、どうしてそんなに平常でいられるんだよ、オマエら!

特に、キンタロー!! 半分はオマエにも責任あンだぞ!!

ギッと睨みつける俺の視線に気づいたのか、

「そんなに怒るな。今後注意すればいいだろう。」

――って、何、澄ましてんだっ!!

殴ってやりたい衝動に駆られるが、それよりも先に確認しておかなくてはならないことがある。

出来れば知りたくないのだが、それで平然としていられるわけねえ。

「・・・グンマ・・・俺と・・・その、キンタローのことなんだが・・・オマエの他に、気づいているヤツは――。」

このときの俺は、とてつもなく情けない顔をしていることだろう。でも、背に腹は変えられない。

頼むから、コイツだけであって欲しいと藁をも縋る思いが、実に無残にも、最悪の事態であることを直後に知る。

「先刻も言った通りに、シンちゃん、丸見えなんだもん。近くにいる人は粗方気づいているんじゃない?

相手が誰だかわからなくてもさ、ふたりの雰囲気で、何となあ~くって。」

「以心伝心、熟年夫婦って感じだもんね。」と呆気らかんに答える兄が憎い。

いや、元はと言えば迂闊な自身が悪い。それとキンタロー。

ああ、そうさ。誰が悪いわけじゃない――だがな・・・ぎゃーっっ!!



私は貝になりたい・・・。

現実逃避を始めた俺の耳に、最も嫌な事実が。

「お父様も知っているよ。

『子供なんて、大きくなったら親よりも好きな男を選ぶもんだねえ。』って、この前、僕に泣きついてきたもの。」

親父・・・それは娘の場合に使うセリフじゃ・・・。

「そうか。では、マジック伯父貴にきちんと挨拶しないといけないな。こういうことは、けじめが大事だからな。」

天然も、そこまでくれば立派だぜ・・・キンタロー・・・。

全てがどうでもいいと投げやりな気分に陥った俺は、思考を無理やり停止させた。

「シンタロー!?」

「シンちゃん!?」

真っ白い視界の中で呼ばれているようだが、何もかも放棄して、ただただ、この悪夢から逃れる為に、強制的に眠りに落ちていった。












目覚めたときは、見慣れた天井、自分の部屋だった。

「目が覚めたか。」

振ってきた声に首を巡らすと、ベッドサイドに腰掛けた、薄闇の中でも仄かに輝く金髪が目に入った。

「驚いたぞ。急に倒れるから何事かと思ってな。軽い疲労だそうだ。休養をとれば、直に治る。」

「キンタロー・・・今、何時だ?」

「夜の7時を回ったばかりだ。」

げっ。まだ仕事終わってねえよ。今からなら、まだ間に合うな。

もぞもぞと起き出す俺の背に手が添えられる。病人ではないが、こういう気遣いは少し嬉しい。

だが、上半身を起こしきったところで、やんわりと肩を押さえられた。

「決裁のことならば心配しなくていい。俺が済ませておいた。

さすがに総帥でないといけないものは残してあるがな、微々たるものだ。」

コイツは俺の考えを読み取ることが出来る。24年間共にあったのだから、俺の思考パターンがわかるらしい。

それにしても、あの短時間で終わらせたというのか。グンマと一緒にやって来たのは、夕方に差し掛かった時刻だった。

あんなに幼稚な面があっても、仕事となると、その能力は凌駕している。

「そっか・・・サンキュ。」

一安心した俺の目の前に、骨太い指が翳される。ぼんやりと眺めていると、それが横にスライドして暗い視界が幾分明るくなった。

それで、顔に掛かった髪が払われたのだと理解した。

さすがに今は、あのふざけた髪型ではなく、いつもの下ろし髪になっている。指はそのまま身体に沿って髪を撫でながら下りていった。

意識を手放した後は、コイツが運んでくれたのだろうか。あ、グンマかもな。あのバカ力があるから。

しかし、疲労というより、心労だよなあ。

グンマの爆弾発言から時間が経ったおかげで、何とか冷静になれる。

覆水、盆に帰らずで、対処しようにも、もうどうしようもないのだと諦めの境地ができた。

遠くに目線を投げていると、不意に抱き締められた。包み込むように優しく、かといって逃れられるほど緩くはなく。

「根を詰めるな。倒れたときは、どうしようかと思ったぞ。」

肩口に顔を埋めて呟く声。

詰め込みで、こなしていることは認めるが、倒れたのは、それが原因ではない。

原因の半分でもあるこの男に真相を言ってやりたい気もしたが、心底案じている態度に、心に押し留め微笑して答えた。

「ああ、悪かった。」

こちらも腕を回して、広い背中をあやすように叩く。すると、ますます抱く力が増し、その手はゆっくりと上下した。

まるで俺の存在を確かめる如く。



不安――なんだろう。俺にも覚えがある。

コイツの中身と同じ年の頃、父親は絶対の存在だった。今はあんなアーパー親父でも、決して揺るぎなく堂々と立っている。そんな存在だったのだ。

その父が過労で倒れたことがあり、そのときの不安は筆舌できない程。

自分の世界が、自分を支えてくれているものが崩れてしまうと幼心に恐怖したのだ。

『キンちゃんにとって、シンちゃんはお母さんなんだよね。文字通り、シンちゃんから生まれたんだものね。』

いつだったか、そうグンマが比喩するのに、「馬鹿言ってんじゃねえ!」と一蹴したものだが、そうなんだろうなとも、おぼろげに納得した。

まだキンタローの世界は、俺という『母体』から独立できないでいるのだろう。

それでも、これでコイツの精神が安定するのなら、易いものだな――。



気が済むまで好きにさせていたが、ふと思いついた。

「・・・なあ。」

「・・・何だ?」

未だに緩めず動く腕は、撫でるというより髪を梳く状態になっている。それで、思い出したのだが。

「・・・オマエ、俺の髪に触りたいってグンマが言っていたよな? 何で改まって、そう言ったんだ? いつも――今だって触っているだろうが。」

あのときは、その質問をすれば自ずと俺たちの関係を暴露することに繋がる為、敢えて噤んだが、ずっと引っ掛かっていた。

今ここでなら、第三者に聞かれる心配はない。

尤も、先程もそれは杞憂に過ぎなかった。何しろ、第3の男は全てお見通しだったのだから。

そのことで、未練がましくも、ほんの少し溜息を漏らし、返答を待つ。

それが、ある意味墓穴を掘る結果になることとは。

「・・・いつもじゃない。」

小さく、囁きに近い答えが切ない色を含んでいると取れたのは、気のせいだろうか。

「は? 何言ってんだ? そりゃ・・・毎日ってワケじゃねーけど、結構・・・夜には・・・。」

ダメだ。これ以上言えない。如何に濁らせた表現だろうと、内容は、はしたない。

恥ずかしさに言葉を止めた俺を、再びキンタローが否定する。

「夜、だけだ。」

「え?」

「夜だけしか、こうしてオマエを抱き締められない。触れさせてくれない。

昼間少しでも触ろうものなら、オマエは避けるだろう?」



「あっ――!」

――たりめーだ!! 何処で誰が見てんのか、わかんねーんだぞ!

只でさえ、前回(「兄と弟」参照)のことがあンだぞ!

もっと恐ろしくおぞましい噂が立つに決まっているだろーが!!



以上を一気に捲し立ててやろうかと、身じろいで相手の顔を覗き込めば――大型犬がいた。

飼い主の勘気を感じ取って、気落ちしている犬だ。

俺はこの怒りを、大きな大きな溜息に変えて消し去るしかなかった。

「・・・あー、その、何だ。・・・仕事中は拙いけどよ、それ以外なら・・・な。あ、でも人前は止めろよ。」

譲歩しつつも釘を刺すことは忘れない。が、それでもまだ不満らしく、耳が垂れ下がったまま。

どうしろってんだよ! これでも破格の条件なんだぜ!

もうコイツの我儘に付き合ってらんねーよ。甘やかすとつけ上がる、この4歳児に。

子供相手に大人気ないと言いたきゃ、言え。ここで負けてたまるかと、俺は睨みつけ、強固な態度を示した。

すると、

「髪・・・。」

ぽつり零れた単語。

「髪?」

コイツは研究や仕事に関しては雄弁になるが、基本的にボキャブラリーが少ない。それは感情を伝える術が、発展途上である裏付けだ。

鸚鵡返しに問えば、俺の黒髪を一房掴んだ。

「オマエの髪を、毎朝俺に整えさせてくれないか? グンマが上手いと褒めてくれたから、腕は保証済だ。

それくらい、いいだろう?」

グンマの保証・・・ねえ・・・。

何だか怪しげだが、実際に目にした俺も器用なものだと感心した。まあ、ただ梳くだけに、腕も何もありゃしないのだが。

それに、実は俺くらいの長さになると、梳くだけでも結構厄介だったりする。他人にやってもらえれば、有難いといえば、有難い。

「別にいいけどな。あんなふざけた髪型にしないのならな。」

快諾したときのコイツの顔といったら――またあの笑みを浮かべる。

不覚にも見惚れているうちに、視界がゆっくりと動いて――キンタローの背後に天井が見えるんですけど。

「おっ、おいっ!!」

いつの間に乗り上がっているんだ!? つーか、この体勢はっ! って、待て待てっ!!

「俺っ、まだメシ食ってねえっ!!」

「安心しろ。俺もだ。」

何を安心しろってんだよ! こんなときまでテキパキと動きやがって! こらっ、脱がせんなっ!

必死で暴れていると、ぴたりキンタローの手が止まった。



不審に思い、見上げたそこには、見捨てないでと訴える犬の目と、ダメ押しの一言。

「嫌か・・・?」

~~~!!

わかっていて、わざと逃げ場のない訊き方してるだろ!!

そう言われて、俺が肯定するわけないと、コイツは確信している。しかもご丁寧に、俺の弱点をついた演技まで入れてやがる。

そこまで読めていながら拒絶できない自分が、恨めしいやら情けないやら。

「・・・痕、つけんなよ?」

意趣返しに今後の最重要事項を突きつけておく。

けれども、

「見えないところなら構わんだろう?」

と言い返してきやがった。

あーもー、生意気だな。自我が目覚める年頃だからな。第一次反抗期ってやつか?

軽く睨んでも、口端は笑みを象ってしまう。これでは効果なしだな。

無駄な抵抗は止め了承の意で瞼を閉じる際に、俺の目は、返すキンタローの微笑みと、ぱたぱたと忙しなく揺れる尻尾を捉えていた。








次の日から、俺に『髪結い亭主』が出来た。










この話は、びぃどろ広場のうりうさほ里さんが描かれた従兄弟マンガが元ネタです。

グンマがキンタローに三つ編みを教えたという内容なのですが、最終的な被害はシンタローへ(笑)

それを見て、ネタが浮かびました。

うりうさん、ありがとうございます~vv







そして、おまけ。その頃の親子

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