夜、島にて
アオザワシンたろー
「あ!見てイトウちゃん、ほらシンタローさんよ!」
「ほんとだわ。シンタローさーん!こんな時間にどこいくのー?」
島は、もう住民がそれぞれねぐらに戻っている時刻。
一人で艦を降りたシンタローは、背後から迫り来る気配に眉をひそめた。
「あらシンタローさん、あの赤い服脱いだのね!」
「じゃあこれからパプワくんちに行くんでしょ!だったら私たちも一緒に…」
南国モードに戻ったシンタローはひとまず、溜め無しガンマ砲でナマモノを吹き飛ばした。
手馴れたもので、周囲の木の一本にも、被害を与えていない。
自分の仕事に満足しながらシンタローは、血を流しながら痛みにうち震える二匹を見下ろした。
その口元が、意識せずほころぶ。
「…まぁ有る意味、懐かしいって言やぁ懐かしいぞ、オメェらでも」
「そのわりには愛が痛いんですけど」
のたうつ殻をひと蹴りして、シンタローは歩を進めた。
「ついてくんじゃねぇぞ。来たらもう一発ぶちかます」
その声はどこか楽しげで、だからつい二人組のナマモノは、四年前に戻ったような幸福な錯覚を起こして見送ってしまった。
彼はやっと、等身大の自分で弟に会いにゆくのだ。
そんなことが、声だけでわかってしまった。
「ねぇタンノちゃん」
「なあにイトウちゃん」
二人は、転がったまま目線を合わせた。
「シンタローさんって、…なんだかすごく格好良くなってない?」
「アタシもそう思ってたのよ!以前のシンタローさんも格好良かったけど、今のシンタローさんはもっと素敵!」
誰も聞いていないのに、二人は声を潜めて熱弁を振るう。
「以前のシンタローさんには母性本能をくすぐられちゃってたけど、今はもう、『アタシをどうにでもしてッ』て感じ」
「いやーんもー!イトウちゃんたら!それじゃアタシはねッ、『愛人にしてッ』!」
「ヒワイわよヒワイわよタンノちゃんッ!」
ぎゃーとかキャーとか、その後暫らく森は騒がしかったとか。
おわるん♪
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アオザワシンたろー
「あ!見てイトウちゃん、ほらシンタローさんよ!」
「ほんとだわ。シンタローさーん!こんな時間にどこいくのー?」
島は、もう住民がそれぞれねぐらに戻っている時刻。
一人で艦を降りたシンタローは、背後から迫り来る気配に眉をひそめた。
「あらシンタローさん、あの赤い服脱いだのね!」
「じゃあこれからパプワくんちに行くんでしょ!だったら私たちも一緒に…」
南国モードに戻ったシンタローはひとまず、溜め無しガンマ砲でナマモノを吹き飛ばした。
手馴れたもので、周囲の木の一本にも、被害を与えていない。
自分の仕事に満足しながらシンタローは、血を流しながら痛みにうち震える二匹を見下ろした。
その口元が、意識せずほころぶ。
「…まぁ有る意味、懐かしいって言やぁ懐かしいぞ、オメェらでも」
「そのわりには愛が痛いんですけど」
のたうつ殻をひと蹴りして、シンタローは歩を進めた。
「ついてくんじゃねぇぞ。来たらもう一発ぶちかます」
その声はどこか楽しげで、だからつい二人組のナマモノは、四年前に戻ったような幸福な錯覚を起こして見送ってしまった。
彼はやっと、等身大の自分で弟に会いにゆくのだ。
そんなことが、声だけでわかってしまった。
「ねぇタンノちゃん」
「なあにイトウちゃん」
二人は、転がったまま目線を合わせた。
「シンタローさんって、…なんだかすごく格好良くなってない?」
「アタシもそう思ってたのよ!以前のシンタローさんも格好良かったけど、今のシンタローさんはもっと素敵!」
誰も聞いていないのに、二人は声を潜めて熱弁を振るう。
「以前のシンタローさんには母性本能をくすぐられちゃってたけど、今はもう、『アタシをどうにでもしてッ』て感じ」
「いやーんもー!イトウちゃんたら!それじゃアタシはねッ、『愛人にしてッ』!」
「ヒワイわよヒワイわよタンノちゃんッ!」
ぎゃーとかキャーとか、その後暫らく森は騒がしかったとか。
おわるん♪
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シンタローは、コンビニ袋を手にぶら下げ、足音も荒く廊下を歩いていた。
(ったく、何でアイツ、冷蔵庫に何も入れてねーんだよ?それに、2年前のコーヒーなんて置いとくなっつーの!とっくに賞味期限切れてんのに、『まだ飲めるはずやから、捨てんといておくれやす~』って信じらんねぇ!!)
イライラしながら歩いていたが、(あっ、俺用の茶を買い忘れた。ちょっと遠回りだけど、仕方ねぇ・・・)と休息室の方に足を向けた。
入り口からみた様子では、どうやら室内には誰もいないようであった。自動販売機でペットボトルのお茶を購入し、帰ろうとすると、ふと、誰かが奥の方のベンチに寝転がっているのが見えた。
(あれって、キンタローじゃねーか?)
シンタローがそちらに足を向け、
「オマエ、こんなとこで何やってんだよ?」
上からのぞきこむと、キンタローは少し目を開け、
「グンマが『僕もお手伝いするヨ~v』と言って実験中のプログラムをいじったら、大変な事になってしまった。一区切りついたので今は休憩中だ。俺は3日間寝ていない」
と、眠そうに答えた。
「それは・・・、ご愁傷様だな。ほどほどに頑張れヨ」
シンタローは立ち去ろうとしたが、不意に片手をキンタローに掴まれた。
「このベンチは硬い。あと5分だけ寝られるのだが、お前の膝を貸してくれ」
「・・・似たり寄ったりだと思うゾ」
呆れたようにそう答えると、
「いいから」
と、キンタローはもう一度シンタローの手を引っ張り、座らせた。
キンタローは気持ちよく眠っているようである。シンタローはその間手持ち無沙汰であったので、膝の上のキンタローを起こさないように、そっとキンタローの髪の毛を数本手にとり眺めてみた。
(―――親父の髪の色とソックリだナ)
自分の黒い髪になんとはなしに目を移すと、その時、キンタローの腕時計のアラームが鳴った。
「5分経ったゾ?」
「まだ眠い」
不満そうながらも、キンタローは渋々起き上がった。
「これから俺は研究室に戻るが、暇だったらお前も来ないか?グンマもいるぞ?」
「あー、悪ィ。ほんっとーに一応、なんだけど、先約があるんだわ」
「そうか、わかった」
キンタローが頷いたので、シンタローはベンチから立ち上がり、
「じゃーナ!」
と言ってその場を後にした。
ドンドンと扉を敲くと、ガチャリ、と内側からドアが開き、
「シンタローはーん!おかえりやす~~vvvあんさんに言われたように、棚の中の賞味期限切れのお茶とか探し出して全部捨てときましたえ~!いや、今でもわて、あれは立派に非常食になると思うんやけど・・・」
アラシヤマが顔を出した。
「テメェ、まだ言うか?」
「そんなことよりも、早う借りてきたビデオ観まへん?」
「ああ」
シンタローは、アラシヤマに続いて部屋に入った。
「―――なんや、これぐらいのアクションやったら、わてらでもできそうな気がしますナ・・・」
「テメェ、一々しらけさせるようなこと言ってんじゃねーヨ!いいから、集中して見ろッツ!!」
2人はビデオを観ていたが、シンタローが真剣に観ていたのに対し、アラシヤマはビデオに飽きてきた、というか集中できていないようである。
「なんか、オマエ、さっきよりも近くに寄ってきてねーか・・・?」
ふと、シンタローがそう言うと、
「き、気のせいどすえっ?それよりも、シンタローはん、一つお願いがあるんどすが・・・」
「何だヨ?」
いつもよりも比較的機嫌が良さそうとみたからか、アラシヤマはシンタローの両手をとり、
「わ、わてにも、膝枕しておくれやす~~~vvv」
と、何やらモジモジしながら言った。
「ハァ?何言ってやがんだ?」
シンタローは、握られていた手を思わず振り払った。
「なっ、何でキンタローはよくって、わてはだめなんどすかぁ??」
「だって、オマエ、あかの他人だし。そもそも、何でそんなこと知ってんだよ!?やっぱりストーカーかテメェ!?」
「・・・あんさんが、中々帰ってきはらへんから、心配になって途中まで迎えに行ったんどすが、恋人同士みたいにええ雰囲気で声をかけそびれてしまいましたわ。まぁ、あかの他人やさかい、わてには関係あらしまへんわな」
「・・・」
シンタローが無言で立ち上がり、アラシヤマに背を向けて部屋を出ていこうとすると、床に座っていたアラシヤマに腕を強く引かれた。バランスを崩したシンタローはアラシヤマの上に倒れこんだが、アラシヤマはそのままシンタローを抱えると立ち上がり、シンタローをベッドの上に放り投げた。
シンタローはすぐに身を起こしてアラシヤマを睨みつけたが、アラシヤマは冷たい目つきでシンタローを見下ろし、
「別に、膝枕やのうて他のことでも、わては全然かまいまへんえ?」
と言った。
ギシ、と、アラシヤマがベッドの上に乗り上げ、スプリングの軋む音がした。
「シンタローはん」
身を起こし、自分を睨みつけているシンタローの脇に手をつき、アラシヤマはしばらく彼を見ていたが、ゆっくりと近づき、少し触れる程度にキスをした。
そして、シンタローから身を離し、
「そんなに、怖がらんといておくんなはれ。・・・あんさんは、わてのこと、ちょっとでも好きなんどすか?」
そう自信がなさそうにアラシヤマはたずねたが、シンタローは(テメェのことなんざ怖くなんかねぇし!それに、何で俺がわざわざキスさせてやってると思ってんだよ?)と思い、返事をしなかった。アラシヤマはそっぽを向いたシンタローを見つめ、
「シンタローはん、わて、自分でもおかしいと思うぐらいあんさんが全てなんどす」
と、何だか不安そうに言った。
「だから、もうキンタローに膝枕したりとかせんといて。そんなん見たら、今度こそわて、あんさんに何をしてしまうか全く自信がおまへんし」
「・・・オマエには関係ねぇッツ!第一、アイツは家族みたいなもんだ!」
「ソレ、あんさんが、キンタローに犯されても同じ台詞を言えるんどすか?」
アラシヤマは馬鹿にしたようにそう言った。ガツッ、と音がし、気がつくとシンタローはアラシヤマを殴っていた。手がじわじわと熱を持ち、彼はアラシヤマを殴ったことに対して少し呆然としていたが、殴られたアラシヤマは感情の読み取れない硬い声で、
「あんさん、それほどまでにキンタローが大事なんどすな?」
そう言うと、シンタローが身を支えている腕を払い、ベッドに乱暴に押し付けた。
(調子に乗りやがって・・・!)
シンタローは一切手加減をせず眼魔砲を撃とうと思ったが、一瞬油断した隙にいきなり体を反転させられ、ベッドの上にあったタオルで両腕を縛りあげられた。どう頑張っても解けそうにもないことが分かったので彼は暴れようとしたが、アラシヤマはシンタローを身動きがとれないように体重をかけて押さえつけた。そして、シンタローのズボンと下着を膝の辺りまでずり下げ、
「―――わての顔なんか、見とうもないですやろ?」
と言った。
シンタローは腰を持ち上げられ、背後から覆い被さる男に自身を弄られており、体の熱が不本意ながらも徐々に高まりつつあった。許したわけではなかったが、男が始終無言であったのでとにかく不安が募り、声が聞きたかった。
「アラシヤマ?」
沈黙に耐え切れずそう呼ぶと、
「―――シンタローはん」
名前を呼ぶ声でシンタローは安堵したかのように達した。上半身の力が抜けたがアラシヤマが腹の下に回した手を解かなかったので、先程よりも腰を高く掲げる格好となった。
「・・・挿れてもようおますか?」
と聞かれたが、
「嫌だ」
そうシンタローが即答すると、
「いけずどすなぁ」
と、苦笑いを含んだ声が聞こえ、入り口を指で撫でられた。シンタローの背が拒絶するように震えたが、
「でも、わてにも都合がありますさかい、あんさんの意見はきけまへんわ」
アラシヤマは自身の切っ先を入り口に押し当てた。
「そんなに体を強張らせはったら、シンタローはんもつらいし、全部入りまへんえ?」
シンタローが肩で息をしている様子を見て、アラシヤマは世間話をするような調子でそう言った。
(やめるとかいう選択肢はねぇのか!?)
目尻に涙をにじませつつシンタローがそう思っていると、ふいに前を掴まれ、愛撫された。一瞬力が抜けた瞬間、アラシヤマは機会を逃さず押し入り、シンタローの狭い内部に全てが収められたようである。
体を抱え起こされ、深く穿たれているうちに、シンタローは投遣りな気持ちになった。
アラシヤマが身を震わせ、シンタローの内側に熱い感触が広がった時、シンタローは何が何だか分けが分からず泣きたかった。
しばらくの間アラシヤマはシンタローを抱きしめていたが、そろそろと身を離し、腕を戒めているタオルを解いた。
両手が自由になると、シンタローは力のはいらない手でアラシヤマを殴り、
「しばらく、俺にその面見せんな」
と掠れ声で言った。
(あれは、わてのせいやない。シンタローはんが悪いんや・・・)
そうぼんやりと考えながら、アラシヤマは休息室の煙草の自販機に背を預け、座り込んでいた。
手の中には、たった今買ったばかりの煙草がある。
「なんで、こないなことになってしもうたんやろか・・・」
アラシヤマは溜め息を吐いた。
しばらくすると廊下の方角から靴音が聞こえ、誰かやってきたようである。しかし、アラシヤマは立ち上がる気もしなかったのでそのままの状態でいると、煙草の隣の飲料の自販機でガコンと音がし、誰かが飲み物を買ったらしい。
「貴様、こんな所で何をしている?」
上から声が落ちてきたので、アラシヤマは面倒そうに上を向いた。
「見たらわかるやろ?別に何もしてまへんわ。そういうあんさんこそ、何でこんな所におるんどすか?」
声を掛けたキンタローは、少し考えた挙句、
「さっき、廊下でシンタローを見かけた。・・・俺なら、シンタローを傷つけるような真似はしない」
と短く言った。
「いきなり何どすの?あんさんには関係ないやろ。えろう余計なお世話どす」
アラシヤマはそう言って立ち上がると、休息室を後にした。キンタローがまだ何か言いたげにこちらを見ていることには気がついていたが、あえて、無視した。
アラシヤマが自室に戻ると、案の定、誰もいなかった。
彼を部屋から叩き出した張本人は、やはり戻っては来なかったようである。
期待したつもりは無かったが、それでもどこか少し期待していたのか、いつもよりも部屋が余計にガランとして見えた。
アラシヤマは、寝乱れてクシャクシャになったシーツが敷かれたままのベッドの端に腰掛け、テレビをつけると箱から煙草を一本取り出した。
煙草をくゆらせてみたが、むせたので火を消し、煙草を咥えたままベッドに寝転がった。
TVの画面は見えなかったが、ふと、聞こえてきた台詞が耳に衝く。
『君が幸せならいいんだ』
(いかにも、キンタロー辺りが言いそうどすな!ムカつきますわ・・・)
アラシヤマがシンタローに対して自室から叩き出されるような行為をしたそもそもの原因に考えが及び、思わずフィルターを噛み潰した。
「けど、わてはそんな台詞は言えやしまへん。―――無理や分かってても、シンタローはん、わては、あんさんをわてだけのものにしときたいと思いますえ?」
そう呟くと、テレビを消し、備え付けの電話に手を伸ばした。
高松は現在手がけている研究を区切りのいい箇所まで進めておこうと思い、夜遅くまで1人、作業をしていた。本来であれば自分の研究室内で用は足りるのだが、あいにく機器が壊れ、早急に結果を出したい少し分野違いの実験が一つあったので、同じ機器のある医療センター付属の研究室まで来ていた。
医療センター内の研究室には数多くのモニターや医療機器やコンピュータ類が置かれ、白い室内は白色の蛍光灯に照らされている。現在の時刻は深夜であり、室内は研究者が往来する日中とはうって変わって、静かで寂しげな様子であった。
部屋の隅でグラフや多くの数値が表示されたパソコンの画面に向かって解析作業を行っていた高松は微かな物音に気づくと作業を中断し、椅子に座ったまま振り向いた。
いくつかある扉の一つが開くと、中からはシンタローが出てきた。
「おや、総帥。管理センターの方を通らずにお帰りですか?」
「あぁ、なんだ。ドクター、いたのか」
「“いたのか”とはずいぶんなお言葉ですねぇ。私はずっとここに居ましたよ。目が悪くなったのなら診てさしあげましょうか?」
「ぜってー、ヤダ。―――向こうからは見えなかったんだヨ。それに、さっき俺が通りかかった時には部屋の電気が消えてたぜ?」
「あぁ。研究室に資料を取りに行った時にでも入れ違ったんですかね?ところで、コタロー様のご様子はいかがでしたか?」
シンタローは、足を止め、
「・・・いつも、“もしかしたら”って思うんだけどな。―――全然変わんねェ」
そう、低い声で答えた。
「シンタロー様も、グンマ様ぐらい素直だったら楽かと思うんですけどねぇ・・・」
高松は、シンタローを見て溜め息をつき、
「別に、アンタが泣こうが喚こうが私は興味がありませんし、何なら今ここで泣いていったらいかがですか?そんな顔をしたまま出て行ったら、五月蝿い面々が何やかんやと厄介でしょう?」
と言った。
「・・・そう言われて、『はい、そーですか』ってすぐ泣けるやつなんていねぇと思うぜ?バッカじゃねーの?」
高松の言葉を聞いたシンタローは、なんとも言えないような顔をしつつそう言った。再び画面に向き直って数値を入力していた高松は、
「馬鹿とは失礼な。大人ぶって感情を押さえつけちゃう方が始末に悪いんですよ。まぁ、感情の統制が極端にできないのも、あったま悪いかんじで死んでくださいって思いますが」
「・・・アンタってやっぱり性格悪ぃナ」
呆れたようにしみじみと言うシンタローの言葉を受け流し、机上に置いてあった未だ開けていないコーヒーの缶を
「飲みますか?」
と放った。暖かい室温のせいか少し濡れた缶を受け取ったシンタローは顔を顰めた。
「―――優しいドクターなんて、気持ち悪ィな。柄じゃねーゼ?何か裏でもあんじゃねェの??」
シンタローが缶を不気味そうに眺めつつそう言うと
「失敬な。なら、コーヒー返してください」
との返答があった。
「やだ。いったんもらったもんだし。・・・ありがとナ」
最後の方は聞こえるか聞こえないか程度の小さな声であったが、高松には聞こえたらしく、後ろを振り向かず軽く手を挙げて挨拶した。自動ドアの閉まる音が聞こえ、シンタローは部屋から出て行ったようであった。
高松は相変わらず画面を見つめたまま溜め息を吐き、
「余計なお世話でしたかねぇ。さて、どうなることやら」
と呟いた。
ある日の朝、研究室ではパソコンに向かって仕事をしている者が1名と、椅子に座って足をブラブラさせている者が1名いた。
「キンちゃーん、退屈だよ~」
グンマが従兄弟の背に向かって話しかけると、キンタローは振り向かないまま、
「・・・グンマ、仕事をしろ」
一言で片付けた。
「ええーッ?だって、注文した部品がまだ届かないんだもん!」
そう言って、グンマは椅子から飛び降りると、
「キンちゃんは何してんの?」
「俺はだな、高次元ブラックホールと磁場との関連性を」
「あっ、ねぇねぇッツ、これって猫の雑誌だよネ?」
グンマは、キンタローのパソコンの脇に積み上げてあった雑誌や論文の中から、目敏く猫の写真が表紙の雑誌を見つけ、引っ張り出した。
「あぁ。本屋で見つけたのだが、可愛くて思わず買ってしまった」
「キンちゃん、猫が好きなんだ?」
「本物はまだ見たことがない」
そう言って、再びパソコンに向かうキンタローを見ながら、
(キンちゃん、猫を見たことも触った事もないんだ!?・・・よしッツ、ここはひとつ、お兄ちゃんな僕が、キンちゃんに本物の猫を見せてあげよう♪)
何やらグンマは決意したようである。猫雑誌を論文の山に戻し、
「僕、やることを思いついたからちょっと出かけるね~v」
そう言って手をブンブンと振ると、グンマは研究室を飛び出した。
誰か猫を飼っている者がいないか聞いて回ったものの、該当者がみつからなかったので、(もしかしたら外にいるかも?)とグンマは外に出た。数十分後、
(探してもいないなぁ・・・)
麦藁帽子を被り補虫網を手にしたグンマ博士は、ガンマ団内の公園のベンチに腰掛けていた。
(こんな時、高松がいたらすぐに解決してくれたのに・・・)
思わず、グンマは涙ぐみそうになった。
しかし、(高松に頼ってばかりじゃだめだって、決めたじゃないか!)
そう思いなおすと、しばらく考え込んだ末、
「いなかったら、造ればいいんだッツ!」
何らかの結論がでたようである。グンマは足早に建物内に戻った。
グンマは、高松が使っていた研究室に居た。室内は、グンマとキンタローがいつも掃除をしているので高松がいたときそのままの状態に保たれていた。
「ロボットだったらすぐに造れるんだけど、やっぱり本物と同じに作るには無理があるし。ここはやっぱり薬だよねぇ?」
グンマは戸棚の鍵を開け、たくさん入っている書類をゴソゴソと選り分け目当てのものを捜していた。
(確か、士官学校生が作った『人間が猫化する薬』のレポートを高松が没収してたっけ?この辺に・・・)
「あったー!」
グンマがパラパラと目を通してみると、高松の文字で付け加えが書かれてあった。
「えっ?猫になった人ってシンちゃんだったのッツ??僕、知らなかったよ~。それにしても、完全に猫になったって書いてあるなぁ・・・」
グンマは、ポンと手を打つと、
「―――副作用もなかったみたいだし、シンちゃんにはこの薬が合っていたってことだよネ?決―めたッツ♪被験者はシンちゃんにしーようっとvvv」
グンマはレポートを見ながら、上機嫌に薬品を準備し始めた。
「シンちゃーん、お疲れ様ッツvアイスコーヒーだよ♪」
シンタローが総帥室で仕事をしていると、何故かグンマがお盆を持って入ってきた。
「おう、サンキュ。そこに置いといてくれ」
シンタローは忙しかったので、グンマがコーヒーを運んできたことには疑問を感じなかったようである。
しばらくして、キリのいいところまできたのか、パソコンから目を離し、アイスコーヒーを手に取った。一口飲み込むと、
「甘ッツ!何だヨ!?これッツ!!」
机の上にグラスを乱暴に置いた。
「えっ?甘かった??ガムシロップ6個しか入れてないんだけど・・・」
「―――まさかお前、いつもそんなの飲んでるのか?俺はもういらねぇッツ!」
「えーッツ!?せっかく持ってきたのに。シンちゃん、全部飲んでよッツ!!」
シンタローは無言でグラスを掴むと、流しに捨てに行った。
「ひどいよォ~!(こんなんじゃ、シンちゃん猫にならないじゃないかッツ!!)」
グンマがガッカリしていると、流しの方で何かが割れるような音がし、
「てっめぇ・・・、コーヒーに一体何混ぜやがったッツ!?」
と、ドアをバンッツと開け走ってきたシンタローにグンマは胸倉を掴まれた。
「えっ?シンちゃんどうしたの??」
「どうしたもこうしたもあるかッツ!どうしてくれんだよコレッツ!!」
そう叫んでグンマを放し、シンタローは自分の頭上を指差した。グンマが見上げると、そこには黒い2つの三角形の、柔毛に包まれた突起が存在していた。
「・・・あの、シンちゃん可愛いよ?」
椅子に座って頭を抱えているシンタローに、グンマがおそるおそる声をかけると、
「なんの慰めにもなんねぇ・・・」
と、力のない返事が返ってきた。黒い尻尾までおまけのように生えていたことが、さらに彼に衝撃を与えたようである。
「シンちゃん、たぶん30分ぐらいで消えるんじゃないかナ?ソレ・・・」
「本当だろうナ!?」
シンタローに睨まれたが、グンマは確信が持てなかったので、
「わっかんないよ~。たぶんねッツ☆」
と元気よく答えると、手加減はされていたものの、シンタローに殴られた。
「ヒドイよォ~」
グンマは恨めしげにシンタローを見たが、ふと本来の目的を思い出し、
(シンちゃんには悪いけど、なんとか一部だけでも猫になったことだし、キンちゃんにみせてあげようッと♪)
「シンちゃん、キンちゃんならなんとかできるかも?」
シンタローはしばらく考えた末、
「よし、呼べ」
と言った。グンマは壁の電話でキンタローに電話を掛けた。
「キンちゃーん!大至急総帥室に来てッツ!!」
そう言うなり電話を切った。
「グンマ、お前の電話には肝心の用件が無いぞ?急ぎの時でもだな、・・・」
そう言って、キンタローがドアを開けて部屋に入ると、そこには、不貞腐れた顔をした猫耳総帥と、能天気そうな笑顔で「ヤッホー!」と手を振るグンマ博士が居た。
「キンちゃんッツ!これが本物の猫の耳と尻尾のついたシンちゃんだよッツ♪かわいいでしょ??」
「キンタロー、これをどうにかしろ!」
キンタローは、バタンとドアを閉め廊下に出た。
(どーいうことだ!?俺は仕事のしすぎで疲れているのか??今ありえないものを見たような気が・・・)
「オイ、早く部屋に入れヨ」
ドアが中から開き、猫耳が着いたシンタローが顔を出した。
「キンちゃんって結構、想定外の状況に弱いよねー?」
グンマがソファーに座って頭を抱えているキンタローをのぞきこむと、
「・・・グンマ、単にお前が図太いだけだ」
「どーでもいいけど、なんとかなるのか?」
「キンちゃん、これが本物の猫耳だよv」
グンマが無理矢理キンタローの手をとって、傍に寄ってきていたシンタローの頭を触らせた。手の下で、耳はくすぐったげにピルピルと動いた。
(かッ可愛い・・・!)
「そして、これが猫尻尾だよ♪」
尻尾を掴まれると、尻尾の毛が逆立ってブラシのようになった。シンタローは嫌そうな顔をし、グンマの手を振り払った。
グンマは時計を見上げると、
「あっ、3時だッツ!コージ君とおやつを食べる約束をしてたっけ?じゃあ、キンちゃん、あとはよろしくね~♪」
そう言うと手を振ってグンマは出て行った。残された2人はしばらく呆然としていたが、我に返ったシンタローが、
「おいッツ!キンタロー!?何とかしろッツ!!!」
とキンタローの両肩を掴んで揺さぶると、いきなり膝裏を掬われ、キンタローの膝に抱き上げられた。キンタローはしげしげと黒い三角の耳を見て、恐る恐る黒い両耳をペタンと抑えるとしばらく時間をおいて、耳はピンと立ち上がり、元の状態にもどった。
「面白い・・・!形状記憶合金みたいだぞ!!」
「・・・オマエ、何遊んでんだヨ?」
「猫耳を触ったのは初めてだ。本物の猫より、猫シンタローの方が100倍かわいい・・・!」
そう言って、幸せそうにシンタローをギュッと抱きしめた。
(コイツも全然あてになんねぇ・・・。一体いつ戻れるんだ、俺?)
シンタローは抱きしめられたまま、なんとなく遠い目つきになり、溜め息を吐いた。
青の属性
アオザワシンたろー
シンタローがマジック様の愛を拒めないのは、いわば道理。
「贖罪の方法がみつかりません」
自嘲するように、カーテンで締めきられた研究室の中、罪人は言った。
シンタローは、秘石一族の血を引いていないどころか、秘石の申し子だった。
一族のために生まれ、一族の為に生きる。
青の番人である彼が、その青一族最強の男に求められて、拒めるはずはない。
何故なら、それこそは道理だからだ。
そこにシンタローの意思は関係ない。
彼は自分から長の元を離れることは出来ない。
秘石にもそれがわかっていたから、彼を番人として箱舟に留めることをしなかった。
「高松…」
「そう睨まないでください、キンタロー様。これを打ち明けることも私が受けねばならぬ罰だとはわかっていますが…」
島から戻り、奇跡的な回復を遂げた高松は、既に研究室に戻っていた。だが、ぎこちなく、そして全てが未来へ向かって動き出したガンマ団で、彼はまだ過去に思いをはせていた。
「あなたが一つずつ学び、成長していく姿を見ることができて、私はとても幸福です。ですがそれは背中合わせに私に罪を自覚させる」
手にしていたファイルを棚に戻し、彼は優秀な教え子でもあるキンタローを振り返った。
長い間あいまいな自我だけで眠っていたルーザーの息子は、ほんの数ヶ月で目を見張る成長を見せた。以前のように激高することも無くなり、一日の大半を、グンマや高松と共に研究室で過ごす。
「私とサービスのせいで、あなたを苦しめ、グンマ様を苦しめ、…そしてシンタロー総帥を今も」
「やめろ、高松」
キンタローは座っていたデスクを立つと、高松の背後にある窓に手を伸ばし、カーテンを開けた。
部屋の中いっぱいに、太陽光が差し込んだ。
光りが金髪の縁で弾かれた。
「キンタロー様…」
眩しそうに眼を細める男に対して、半分ほども年若いキンタローは不遜に構えた。
「お前の言う罪とは、シンタローが生まれてしまったことを言っているのか。それともシンタローがマジックに持つ思いを言っているのか」
「その二つは同義です」
「そんなこと、あいつは一笑に付すだろうな」
高松は、己の告白に動じないキンタローに、かすかな感動を覚えた。揺るがないのは、幼いからなのかそれとも、彼が。
「シンタローは、あるがままの自分を受け入れてしまった。あいつの側に、俺のような中途半端な存在があることも、お前のような罪びとが居ることも、全部だ」
それとも、彼が。
「ではお尋ねしましょう。シンタローだけではなく、マジック前総帥も『そう』だとしたら?」
キンタローが、質問を反芻して眉をひそめた。
「何を訊かれているのかわからない」
高松は、キンタローに並んで窓辺に立つ。
窓外には実験庭園の緑が見えた。植物の世話も、彼の研究の一部だ。今ではキンタローもそれに関わっている。
一度は総帥の座を狙ったキンタローは、帰還してあっさりとその地位への拘りを捨ててしまった。まるでそんな意図は元から無かったかのようだった。熱心に植物を観察したりする姿は、だが時々、実験庭園の向こうにそびえる本部塔を見上げる。
視線の先にいるのは、常にシンタローだ。
だから高松は確信したのだ。
キンタローがシンタローに拘るのは、幼いからではなく、彼が。
「何を訊かれているのか、わからない…ですか。では言い方を変えましょう」
高松が、緑の向こうを見上げた。
「あなたが番人であるシンタローに惹かれるのは、あなたが一族の人間だからではないでしょうか」
慎重だが思いきった言葉に、不釣合いなほどの陽光が降り注ぐ。
数秒か数分か。
高松は沈黙に耐えた。
キンタローの表情が、困惑から驚愕へ、そして厳かに怒りへと変わる。
「…お前を殴りたくなってきた」
拳を震わせて、彼は耐えた。高松の言う罪の意味が理解できたのだ。
マジックは、シンタローが秘石の一部であったから、手元に置いておく必要があったのだ。そこにマジックの意思は関係ない。ただ一族の血がそうさせる…高松は、そう言ったのだ。
シンタロー側だけではない。
マジックの側にも、見えない力が働いている。
「罰してください」
「証拠は…因果関係を証明できるのか」
何かを堪えるような声に、高松は、いまだ、とだけ答えた。
「ではそれはお前の推測なんだな」
「『推測』というものには、『根拠』があることはお教えしましたね」
「だが証明できない」
「それは学者の考え方ではありませんよ、キンタロー様」
証明できないから、正しくないということにはならない。
そんなことはあらゆる分野の先人の歴史が示している。
「あなたが彼に惹かれるのは『何故』ですか」
マジックには、息子だからという理由が。
キンタローには同じ時を重ねた相手だからという理由が。
同様に、一族にはそれぞれの理由がある。だが、その理由の更に奥深いところに流れるもの。
高松の告白は、それを指摘するものだ。
「俺は…ッ」
キンタローは、握った拳を空いた手で抑えつけた。
「俺の心は俺のものだ。俺はあいつに惹かれてなんかいない」
まるでそれは自らに言い聞かせているようだと、高松は思う。
シンタローの引力に抵抗できる一族はいない。そしてまた、一族に抵抗できる番人もいない。
罪の深さに、高松は己の足元を見つめた。
「高松」
「はい」
「それを、シンタローに…言うな」
はっとして、彼は顔を上げた。
光りの中、キンタローの決意が見えた。ルーザーの面影を持った、それでいてルーザーとは明らかに異なる強いまなざし。
彼は選んだのだ。
罰することよりも、尊いものを。
高松は息を詰め、そしてゆっくりと吐き出した。
「もう…話しました」
「何だと」
唖然とするキンタローに、みすぼらしい姿が映っただろう。高松は窓枠に手をかけて続けた。
「何しろ彼は、当事者ですから」
キンタローが言葉を失った。
高松は首を振るようにして、彼の反応を待った。
しばらくして、やっと次の言葉が返る。
「それで…あいつは、なんと?」
罪人は肩をすくめた。
「私がこうして今も生きていることが、答えです。完敗ですよ、彼には」
一度にたくさんの事実がつきつけられていたから、いちいち動じなくなってしまうほどどこかが麻痺していたのだとは、考えたくなかった。それほど、シンタローは真摯に話を受け止めていた。
だから。
「しかも、あなたにこの話をしても良いともおっしゃいました」
だから、怯むな。
前に進む為に必要なら、そうしろと、言外に言われたような気がした。
親子ほど年の離れた若者に、態度で諭された。
「受けいれた…というのか?あいつが、そんな話を…」
キンタローには、推測内容よりもそちらの方が受け入れがたいようだった。
彼はデスクへ戻ると無言で腰掛け、卓上で指を組み合わせた。
混乱しながらも、気持ちを整理しようとしているのが手に取るようにわかった。
高松は扉へと足を向ける。もうここからは、キンタロー自身の問題だった。シンタローがそうだったように、彼も罰を与えてはくれない。そんなことに、手を割いてはくれないのだ。
「温室を見てきます」
ノブに手をかけても、制止の声はかからなかった。
キンタローはやがて、シンタローの元へ赴くだろう。今日か、明日か。
高松は、それは遠い日のことではないとだけ、感じていた。
終
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このお話のすぐ後に、「はじまりの物語(キンタロー編)」が来ます。
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