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■SSS.52「Why?」 キンタロー×シンタロ+ハーレム視界を横切った金色に思わずハーレムは駆け寄った。
焦り、足がもつれそうになるのを必死で押さえ込んで回り込むとそこにいたのは思い描いた人物ではない。
似ているが、脳裏に浮かんだ人の忘れ形見だった。

「ハーレム?」
何か用か、と眉を顰めた様子は兄のルーザーによく似ている。
今朝、食卓を囲んだときには長かった鬣のような金色の髪も丁寧にカットされていて、生前の兄を写し取ったかのようだった。

「あー、いや……髪切ったんだな」
何を言っていいのか分からなくてしどろもどろ口にすると、目の前の甥が微笑んだ。
うすい口唇を上げるその仕草がやはり兄によく似ている。
じろじろと見つめると口角になにか赤いものが付いているのが見えてハーレムは訝しげに思った。

「キンタロー、なんか口についてるぞ」
ここらへんに、と己の口元で指し示すとキンタローは不思議そうな顔をした。
「ついている?」
「ああ、なんか赤い。ジャム……じゃねえよな。なんだ」

赤い、とハーレムが言うなり、キンタローはああ、と納得したような顔をした。

「それは俺の血だ」

ごく普通にそういってキンタローが口元を手で拭う。
けれども言われたほうのハーレムは普通にはしていられなかった。


「おまえの?」
どういうことだ。殴られては、いねえようだし。いや、こいつがそうなら相手は……あのガキしかいねえよな。
本気で殺し合いをおっぱじめたにしちゃ爆発音は響いていねえし。
ガキの喧嘩か、とぐるぐると悩んでいるとキンタローは小首を傾げた。


「なにかおかしいか?ああ……まだとれていないのか」
言って、再び口元を拭うキンタローにハーレムは何も言葉が浮かばない。
幾度か拭って気が済んだのか、
「まだついているか?」
と言われてようやく我に返る。
「ん……ああ、取れたけどな」
けどな、とハーレムが言うとキンタローはまだ何かあるのかとでも言いたげな表情を浮かべた。


「殴られたわけじゃあねえよな?」
口の端が切れた様子も痣が出来た様子もない。
聞きたくねえけど、と恐る恐る疑問を呈したハーレムに甥は父親譲りの笑顔を浮かべた。

「殺してやろうと思って口を塞いでやったら抵抗されてな。
舌を噛まれた。噛み切られてはいないのに意外と血が出るもんだな。
それに、もう大分経つのにまだ舌の先がひりひりして……どうした?ハーレム?」


具合でも悪いのか、と覗き込む甥にハーレムはなんともいえない気分に陥った。
その殺し方は間違ってるだろうが、と思ったが兄譲りの容姿で訝しむ甥の姿を見るともう何も口には出せなかった。■SSS.54「ロッドの忠告」 キンタロー×シンタロー+ロッド×リキッド?火事を告げるアラートが鳴り止まない。
朝食の席で伯父が貴賓室で友好国の大統領と会談するとキンタローは聞いていた。
和やかな会談であるはずなのに、本部棟の静寂が打ち破られた。
その事実が何を示すのかはっきりしないまま、研究室で報告を受けるのを待たずにキンタローは現場へと急いだ。


足音を立てて、濛々と立つ煙の中を抜けると焦げ臭い臭いが鼻を突く。
マスクをした団員が消化剤を撒いているが、あまり緊迫した空気はない。
どちらかといえば、シンタローと伯父の親子喧嘩で棟が破壊されたときの後始末と同じような雰囲気だ。
アフロヘアーの秘書たちに状況を尋ねるとこの惨状を引き起こしたのが伯父本人だと言われる。
詳しい事情を聞いて、キンタローは眼魔砲を撃ったマジックよりも一番の原因であるハーレムとその部下たちを呪った。
友好国に裏切られたのか、暗殺かと一瞬でも考えてしまったことが厭わしい。


元凶の特戦部隊は遠征の準備に入っていると聞いて、その場は秘書たちに任せて滑走路へと赴く。
整備班が嫌そうな顔をしながら作業にあたるのを見て、キンタローはため息を吐いた。



飛行船のタラップを上がり、室内に入るとそこは4年前に訪れたときと同じ光景だった。
ところどころアルコール類のボトルが転がっているが、一応は片付いている。
めずらしい。掃除でもしたのか、と思いながらキンタローがハーレムを呼ぶと現れたのは彼の部下1人だけだった。

「ロッドか」
「……キンタロー様。何か御用で?」
垂れ気味の目元を殊更緩ませてロッドは聞いた。へらへらと笑う態度にむっとしたが、キンタローは口にはしなかった。

「叔父貴はどうした?貴賓室のことで話がある」
貴賓室とキンタローが口にするとロッドが盛大に笑う。

「マジック様にお仕置きされてるとこじゃないすかね。他のメンバーは寝てますよ。
戦地に行くってのに、俺だけ寝ずの番で……ああ、それは隊長から言いつけられた罰のひとつですけどね。
ま、日が差してるってのにそう寝られるわけじゃないですけど」

御用があるのなら、総帥室へ行かれたらどうですか、とロッドが笑う。

「ハーレムの処遇をマジック伯父貴が決めてるのなら俺が行くには及ばないだろう。
一言俺からも忠告しようと思っていたがな。おまえたちもあまり叔父貴の悪ふざけに付き合わないことだ」
おまえのミスが原因だそうだな、と貴賓室の方向を顎でしゃくってキンタローはロッドを見据えた。

「ミス……ねえ。それが故意だったらどうします、キンタロー様」
ロッドはジャケットの内側から数枚の写真を取り出した。
黒いレザーのジャケットは特戦部隊だけの制服だ。
一時期これを着ていたな、と少し懐かしく思う心を打ち消してキンタローは写真を受け取る。

「なかなかよく写ってるでしょ?俺が撮ったんですよ」
隊長に命令されてね、と笑う彼が寄越した写真は新しい番人のあられもない姿を写し取っている。

「かわいい息子さんのこんな姿見ちゃったら坊やの復帰は難しいですよね」
可愛い息子さんを持つ親に俺からのやさしい忠告ですよ。
でも、まさか坊やのパパがアメリカ大統領とはね、とロッドは大仰に肩を竦める。

「俺はね、キンタロー様。坊やには幸せな人生を歩んで欲しいわけ。
でも、獅子舞の傍じゃあそうはいかない。だから坊やのパパに写真を披露しただけのことですよ」
隊長のことは尊敬してますけどね、とロッドは写真をキンタローから取り上げながら付け加えた。

「……ロッド」

「リキッド坊やじゃなかったら俺も反対しないっすけどね。
まあ、さっきの坊やのパパの様子じゃ金輪際、獅子舞は近づけられなくなるでしょうけど」
そう思いませんか、と垂れた目を片方閉じてロッドはウィンクした。
その仕草が癇に障ってキンタローはロッドの胸元を掴みあげた。


しばらく視線を交えたまま、キンタローはロッドの胸元を掴んでいたが手を出さずに離した。
今はそんなことをしている場合じゃない。一刻も早く、シンタローを救出しないと。
そう思ってキンタローは踵を返そうとした。だが。

「キンタロー様」
ロッドに呼び止められ、キンタローは振り返る。
にやついていたはずのイタリア人がすっと真剣みを帯びた表情でいるのを見てキンタローは一瞬緊張した。

殺気ではない張り詰めた空気が2人の間を漂う。

「俺たち、特戦が帰還してるのは不思議じゃないですか?」
「……?」
何を言っているとキンタローが怪訝に思うとロッドは続きを口にした。

「本部を盗聴するのはわけないんですよ。
団員はみんな遠征か、あの島へ行く装置を開発するのにかかりきりですからね」

壬生のやつらが紛れ込んでたら情報は駄々漏れですね、とロッドに言われてキンタローは言葉に詰まった。

「新総帥を助けたい気持ちは分かりますけど周りを見たらどうですか?」
「……ロッド」

「そこまで送りますよ」
タラップにいたるドアを開けてロッドは表情を緩めた。
真剣味はもうない。いつもの緩んだ表情だ。


近づき、ロッドはキンタローの耳に口唇を寄せた。

「新総帥とあんたの関係ばらすよりよかったでしょ?」
マジック様にばらしたら坊やの騒ぎどころじゃない。
現状を忠告してやったのを感謝してくださいよ、と揶揄いまじりに口にされてキンタローはなんとも言えない気分になった。


タラップを降りれば、煙が空へと流れていくのが見える。
自分と従兄弟の関係がどこまで漏れているのか考えて、キンタローは首を振った。

そんなことは後でもいい。
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何処か遠くで鐘が鳴り始めた。
百八つの煩悩を落とすという、除夜の鐘が。



素顔のままで



「何を考えてる?」
さらりと髪を梳かれ、シンタローは視線を隣の男に移した。
「・・・去年の今頃何してたかなって」
「今みたいにおまえとベッドの中にいたぞ」
「・・・一昨年は?」
「同じようにこうしてベッドの中に」
「んで今年もかよ! 全く除夜の鐘もテメーには何の効き目もねェな!!」
だが有能な補佐官で親愛なる従兄弟でもある恋人は不敵に眼だけで微笑した。
「煩悩を落とす鐘か。―――成程、俺には関わりなど無さそうだ」
そのほうがいいか、と囁かれて思わず眼を閉じる。


聖人君子のようになった俺の方がいいか?
おまえを求めることもせず、おまえを泣かせることもせず。
この手もこの指もこの唇も、もうおまえに触れることはない。
そんな俺の方がおまえはいいというのか?



耳朶に吹き込まれる熱い声は強い魔力を帯びていて、それだけでシンタローは大きく呼吸を乱してキンタローの広い胸にしがみついた。
大きな手はむしろ赤ん坊をあやす母のような優しさで長い黒髪を撫でているだけなのに、その温もりがシンタローの全身を震わせては宥め、そしてぐずぐずに溶かしてゆく。
「大丈夫か?」
からかうような声が気に障って金色の頭をばしっと叩いてやった。
「今ので脳細胞が五億は死んだぞ。脳細胞は再生しないんだ。いいか人の脳というのは」
「うるせェ、二度言うな!」
もう一度殴ろうとした手首をがしっと掴まれ、視界がふわっと反転した。
「答えをまだ聞いていないぞ、シンタロー」
深く澄んだ青い秘石眼に真上から覗きこまれる。
「おまえがそのつもりなら、泣いて縋って答えるまで虐めてやる」


有言実行の男の物騒な宣言に思わず身体が竦みあがる。
降伏するのは癪だがここは致し方ない。


「・・・今のままのオマエでいい。―――」


途端ににこりと浮かんだ子供のような笑みに思わず微笑を返し、今年もまた同じ年越しになることを覚悟してシンタローは瞳を閉じたのだった。

rss

何処か遠くで鐘が鳴り始めた。
百八つの煩悩を落とすという、除夜の鐘が。



YOUR PLACE, MY PLACE



「―――あれ? 鐘、鳴り出した?」
炬燵で蜜柑を食べていたシンタローが顔を上げた。
ガンマ団総帥としての仕事も一応昨日で終わり、ほんの数日だが休暇を貰って帰ってきたシンタローは普段出来ないことをするのだといってお節料理の作り方を家政夫に指導したり(或いは殴ったり)大掃除が出来ているかチェックしたり(或いは蹴りを入れたり)していた。
蜜柑の皮を剥いていたリキッドも耳を澄ませる。
「あ・・ほんとですね。もうそんな時間なんだ」
二人で暮らし始めて半年になるこのマンションの部屋は静かなものだった。
元々防音も完璧なのだが、年末年始を迎えて住人自体が少なくなっているらしい。
海外旅行行く人も多いみたいですよ、とリキッドが笑う。いつもの井戸端会議で聞き込んできたものとみえた。
「そういえばシンタローさんはいつも大晦日は何してたんですか?」
「去年までは親父やグンマやキンタローと一緒だったな。あの馬鹿親父が張り切るもんだから、付き合わされるこっちはいい迷惑だったぜ。結局最後は大喧嘩になって、眼魔砲撃ちあってるうちに年を越してるって感じ?」
「うわあ~・・想像が出来すぎて怖いんですけど・・・」
「おまえは?」
「俺は特戦の虐めっ子達のパーティに招ばれてました」
「へえ~vハーレムもいいとこあんじゃん。元部下を忘れねェなんて」
「んないいもんじゃないっす! 下僕兼家政夫兼余興の色物として呼ばれるんですから!」
口を尖らせるリキッドに思わず笑い出して二つ目の蜜柑に手を伸ばした。


実を言うと今年も家族でのパーティには招待されていた。
リキッド君も連れておいで、と父親は笑った。
従兄弟達もそのつもりのようだった。
何より、お兄ちゃん絶対来てよねという可愛い可愛い弟からのメッセージは強烈な誘惑だった。


けれど断腸の思いで首を振った。



「色物って何すんだよ?」
「まあ、何でもです。隊長の気分しだいで女装でもコスプレでも」
「げっ・・見たくねえ」
「意外と好評だったっすよ?」
「俺の前じゃあ絶対すんなよな」
「しませんよ!」
眉をしかめるシンタローに思わず憤慨しつつ、三つ目の蜜柑をその前に置いた。


実を言うと今年も特戦部隊のパーティには来いと命令されていた。
あのクソガキも一緒でいいぞ、と元上司は笑った。
元同僚たちもそのつもりのようだった。
四年間虐め抜かれた記憶はまだ身体に残っていて、つい頷いてしまいそうになった。


けれど踏み絵を前にした隠れキリシタンもかくやといわんばかりの覚悟で首を振った。



リキッドはシンタローが家族の誘いを断ったことを知らない。
シンタローはリキッドが元上司と同僚の恐喝に逆らったことを知らない。
でも想いは何となく通じ合っている。
互いが、自ら望んで今ここにいるのだと分かっている。


(今日はどうしてもこいつと二人だけでいたい)
(今日はどうしてもシンタローさんに側にいて欲しい)


―――だって今夜は、二人が一緒に迎える初めてのNew Year’s Eve だったから。


 
あ、とリキッドが声をあげた。
時計の針は、十二時を過ぎていた。


リキッドがいきなり炬燵を出て正座する。
「シンタローさん!」
ぴたりと両手を突いて頭を下げるリキッドに、シンタローも釣られて思わず座り直した。
「なっ・・何!?」
「ここここんな不束者の俺ですけどっ・・今年も宜しくお願いします!!」
そう言った声は裏返っていて、何だか笑いそうになって困った。
だけどもっと困ったのは、何故だか分からないがちょっと泣きそうになったことだった。
「こちらこそ」
目の前の金色と黒の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。


「宜しくな。今年も来年も再来年も、―――その先もずっと」



吃驚したようにぱっと顔を上げ、やがて青い瞳は嬉しそうにふわりと微笑った。
近づいた唇がシンタローの名を形づくる。
瞬きもせずに今年最初のキスを受け止めたシンタローの瞼がやがてゆるりと閉じた。
除夜の鐘はもう、聞こえない。

kks

   もろびとこぞりて


「あっこの表紙も可愛いな」
シンタローはどこへ行ったのだろうと探していたら、書籍売り場で発見した。
隣で店員らしき人物が一生懸命、児童書を並べて見せている。
「まだ買うのか…」
「あっキンタロー、これ見ろよ、これ良くねえ?」
さっき玩具売り場でどれだけ買ったと思っている、と言いかけた台詞を喉元で飲み込んだ。

店内はクリスマス一色。
賑やかな音楽が流れ、赤と緑が華やかに飾りつけられている。

「その本はコタローには少し難しいんじゃないか」
「んなことねーよ、コタローは賢いから。大丈夫だって」
上客と見て、店員が「素敵なお話ですよ」とにこにこ接客している。
「弟さんはどんなお話が好きなんですか?」
何気ない問いに、シンタローは少し切なそうに微笑んだ。

彼の襟元を深い緑色のマフラーが彩っている。出かけるとき、もう一人の従兄弟が無理やり巻いたものだ。
「今日は寒いんだから、ちゃんとあったかくしてかなきゃ!」
僕も行きたいと随分騒いでいたが、グンマは研究が佳境に入っているところらしい。
「別に要らねえよ、キンタローの車で行くんだし」
「駄目だよ、風邪ひいちゃったらどうすんの」
何のかの言ってもシンタローはグンマに甘い。押し切られた形でマフラーを首にかけた。
「僕の分もいっぱい買ってきてね」
そう笑って見送ったグンマに頷いたが、まさかこんなに買うとは思わなかった。
節約の2文字を金科玉条にしているシンタローが、今日ばかりは値段も見ずに品物をレジカウンターに積み上げていく。
愛してやまない小さな弟のために―――眠り続けるコタローのために、誕生日とクリスマスが共に来る日を祝って。

「また車に積んできた方が良さそうだな」
「次は俺が行くよ、駐車場まで何度も往復させんの悪いし」
「それは構わないが、そろそろ乗り切らなくなるぞ。送ってもらうか?」
どうしようかと首を捻ったシンタローが、ふと俺の手元を見た。
「お前、何か買ったの?」
「…ああ」
玩具を車に積みに行き、店内に戻る途中で買い物をした。

グンマは大切な従兄弟であり、家族であり、同志でもある。
それに俺もコタローのことを愛している。

(だけど、どうしようもないんだ)

「じゃあ送ってもらうか、手続きしてくる」
レジカウンターに足早に歩いていくシンタローの背中を見ながら、俺は手に持っていた袋を握り締めた。

グンマに借りたマフラーを巻いて、コタローへのプレゼントを選んでいるお前の姿は微笑ましい。
俺だってグンマもコタローも大好きだ。

だけど―――シンタローを愛する気持ちは何にも代えがたいから、やはり少しだけ嫉妬する。どうしようもないことだ。


店内では賑やかに「もろびとこぞりて」が流れている。
「なぁ、なに買ったんだ?」
会計を終えてシンタローが訊ねてきた。
楽しそうな彼の笑顔を見ていると、俺の気持ちも浮き立ってくる。

誰に借りるのでもなく、俺があげたい。
誰に贈るのでもなく、お前に贈りたい。


一目で気に入った真っ白なマフラーをいつ渡そうか。

曖昧な笑みではぐらかしたが、機嫌のよいシンタローは特に気にもせず、周囲には聞こえないくらいの小声で歌っている。
「Joy to the world, The Lord is come…」

全世界の喜びだって?
悪いがそんなもの、知ったことじゃない。

「シンタロー、ツリーも飾り付けるんだろう。急がないと」
「はーいはいはい」
歌詞を遮って早足で歩き出す。

俺の歓喜は、今ここにいるお前の存在なのだから。


「捨ててこいよ」
それは耳を疑うような言葉だった。
言葉を失くして立ち尽くしている俺にシンタローさんはもう一度言ったのだ。
捨ててこいよ、と。



WHITE CHRISTMAS



俺は玄関前の植え込みの陰にそっと箱を置いた。
「ごめんな。いい人に拾われてくれよな」
心がしんと冷えているのは、凍えるような寒さのせいだけではなかった。
みゃん、と小さな声が答える。
つぶらな瞳を一杯に見開いて俺を見上げているのは、掌に乗りそうな小さな子猫だった。

「捨ててこいって、・・・こんな寒い夜に外に置いといたら死んじまいますよ!」
「仕方ねえだろうが。このマンション、ペット可じゃないだろ」
「シンタローさん・・」
「情が移る前に早く捨ててこい」

―――なんか、ものすごいショックだった。


シンタローさんは基本的に面倒見のいい人だ。
たぶん、誰かが困っていると放っておけないのだと思う。だからマンションの玄関に捨てられていたこの黒い子猫を俺が拾って帰った時も、きっと喜んでくれるだろうと思ってた。
飼っていいとまでは言ってくれないにしても、こんな真冬の夜に表に放り出すような真似はしないと信じていた、それなのに。
「おまえ・・朝までちゃんと生きてろよ」
ちょんとつついた指を、子猫はがじがじと噛んでいる。
「明日になったら俺が行き先を探してやっから」
俺の言葉が分かるのか分からないのか、猫はまたみゃんみゃんと歌うように鳴いた。
立ち上がった俺を引き止めるかのように精一杯背伸びして、段ボール箱の縁に前足をかける。
みゃおぉん、と語尾を伸ばした声がまるで、
―――行かないで。
と言っているように聞こえて、俺は足早にマンションに入った。
部屋に戻るとシンタローさんはもうベッドにもぐりこんで背を向けていた。
「捨ててきましたよ」
(明日はクリスマスなのに)
「今夜は冷えますね」
(楽しみにしてた日をこんな気持ちで迎えるなんて)
「夜中過ぎには雪が降るかもって天気予報で言ってました」

返事はついに、返ってこなかった。


部屋の中の空気の余りの冷たさに俺が目を覚ましたのは午前二時頃のことだった。
「あれ・・・?」
隣に寝ているはずのシンタローさんの姿が無い。トイレかな、と思ってシーツが冷え切っていることに気づく。それはついさっき抜け出したというような冷え方ではなかった。
「どこ行ったんだろう・・」
ベッドを出ると部屋の中はぞっとするほど寒くて、俺は思わず身震いをしてコートを羽織った。
だがリビングにもキッチンにもシンタローさんはいなかった。
俺は途方にくれて部屋の中を見回した。本格的に混乱していた。
―――こんな夜中に家出!?
まさか、さすがにそこまでは考えられないだろうと思った途端、心の中に閃くものがあった。


エレベーターホールに出てきた俺は、膝が抜けそうなほど安堵していた。
ドアの向こう、植え込みに向かってパジャマのまましゃがんでいる背中は見慣れた人のものだった。音を立てないようにドアを開き、そうっと近づいてみる。
「・・・ごめんな」
ぎくりとして立ち止まった。だがすぐに、その言葉が誰に向けられたものか気づく。
シンタローさんは小さな小さな黒猫を抱き上げていた。
「飼ってやりたいけどさ、おまえはすぐに死んじまうだろ」
手の温もりが心地良いのか、子猫はシンタローさんの手の中で大人しく丸まっている。
「おまえは俺達みたいには生きられないもんな。俺はさ、誰かが目の前で死んでいくのを見るのはもう嫌なんだ」
み~、と小さく子猫が答える。
「別れるのってつらいだろ・・・その相手を、大切に想えば想うほど」
頭をなでた指に、黒い子猫はすりすりと身を寄せた。
「だから、―――ごめん」
名残惜しげに子猫を箱の中に下ろし、立ち上がって振り向いたシンタローさんが凍りついた。
「リキッ・・・!!」
「・・・心配したじゃないすか」
「何――おまえいつからそこに」
「風邪ひきますよ」
シンタローさんは口を開きかけてまた閉じた。
何か言いたいのだけれど言葉が出てこないらしい。
こんなに狼狽えているシンタローさんを見るのは初めてだった。
俺はシンタローさんの手を取った。かじかんだ手は冷凍肉のように冷たかった。
(こんなに冷えて)
「上着くらい着ないと」
(そんなにこの子猫のことが心配で?)
「俺は別に・・その・・・」
「いいから黙って」

必死に言い訳を探している愛しい人を、力の限りに抱きしめた。


「おい、ヤンキー・・・」
「俺だって死ぬんですよ、シンタローさん」
腕の中で、冷えた身体がぴくりと強張る。
「明日にもいなくなっちまうかもしれないんです。俺だって、アンタだって」
「・・・・」
「だからって出逢わなかったほうがいいなんて、絶対に俺は思いません」
「リキッド―――」
「誰かが死んでしまうと悲しいのはその相手が大好きで大切でかけがえのない存在だったからで、だけどそれだけの・・・ううん、それ以上に楽しい思い出がたくさんあったからで」

(そうだ、俺達は)

「だから、何かを愛する前に失うことを怖れないで下さい。俺は、例え出逢ってから五分後に死んでしまう運命だったとしても、やっぱりシンタローさんと出逢ってシンタローさんを好きになりたいと思うから」

やっぱり返事は無かった。
でも俺の肩に押しあてられた額と、そっと背中に回された手の力が、シンタローさんの気持ちを教えてくれた。


「こいつ連れて帰りましょうよ、シンタローさん。俺がちゃんと飼い主見つけますから、それまで俺達の部屋に置いてやりましょ」
「・・・」
「ね、こんな日なんだし」
「こんな日って―――あ、そうか・・・」

そうだ、今の今まで忘れてたけど。
日付が変わったから、今日はもうクリスマス・イブなんだ―――。


シンタローさんが子猫を抱き上げてパジャマの中にすっぽりと入れる。
コートを脱いでシンタローさんに着せ掛けた時、空から白いものが舞い降りてくるのが見えた。
「雪ですよ、シンタローさん!」
「ほんとだ!」

ホワイトクリスマスだな。
そう言って笑う恋人をもう一度しっかりと抱き寄せた。


次の日俺達は手作りのディナーとケーキでクリスマスを祝った。
飾りつけをしたツリーの周りを駆け回っていた黒猫は、一週間経ってもまだうちに居る。

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