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nr4


ちょっとした変化 ~パプワとケンカと髪の毛の話~



 水滴と湯気で曇ってまったく見えない鏡にシャワーを浴びせると、ぬれた黒髪から水を滴らせている姿が見える。腰まで伸びた髪は、水を含んでずしりと重い。シャワーを元の位置に戻すと、水で固まりになった髪が、横手をさえぎる。

「・・・・・・」

 髪を搾ると大量の水が流れ落ちる。束ねて全て上にあげると、暖かい湯船に沈み込んだ。

「っあー・・・・・・」

 年に似合わない吐息が、血色のよくなった唇からもれる。



 風呂から上がると、タオルで丹念に水気をぬぐってからブラシを通し、再び髪をぬぐう。長さがあるため、そんなことを繰り返しているうちに、タオルはすっかり湿ってしまった。新しいものに取り替えて、肩にかける。

しばらく放置してから、ドライヤーを当てるつもりだ。

「・・・・・・」

 鏡の前に立ち、移った自分の姿をまじまじと観察する。長く伸びた真っ黒な髪。つややかな、だが枝毛もちらほらあるまったく手入れのされていない髪。

「・・・・・・ちったぁ何かした方がいいかな・・・」

 一房つまんでそう一人ごちる。同級生は、染めたりウェーブをかけたり、きれいにカットをしたり、さまざまなヘアアクセサリーを使って、凝った髪型にしていたりする。それに比べて自分は――

 鏡台には白い髪留め紐がひとつ。彼女の日常で髪を飾ってきた、唯一のものがそれだ。何度か友人に「せっかくきれいなんだから、ちゃんとすればいいのにー」といわれたり、その場の流れで結われたりもしたが、自分の意思で変えたことはない。

 これまでは。

 つまんだ髪を離すと、まだ湿っているのでぼたっと落ちる。その反応に、なぜかやる気がそがれた。

 髪にこだわるようになったのは、あの男に出会ってから――正確には男というにはやや若い、彼女より4つ下の高校生の男子――だ。

 ぶっちゃけ恋をしたので、自分の見た目がやたらと気になり出したのだが、まだそこまでは気付いていない様子。

「・・・・・・何ができるかな・・・」

 長年放置し、結い方もほとんど知らないシンタローに選べるものは、ごくごく限られていた。













「あれぇ? シンちゃん髪形変えた?」

「・・・・・・グンマ・・・」

「・・・え? へ!? ええ?」

 顔をゆがめてかすかに目を潤ませたシンタローに、首に腕をかけられ抱きつかれ、いくら従妹とはいえ、ここしばらくそんなことはされていなかったため、思わずグンマは狼狽した。

「ちょ、ね、どうしたの? 何かあったの?」

「髪型が・・・」

 そのままの姿勢でシンタローはいう。

「変わったこと気付いたの、お前が初めてだ」

「・・・・・・? あー・・・・・・」

 時刻はすでに日が落ちる頃。もう授業も終わるくらいのころあいである。おそらくシンタローは朝から、髪型をひとくくりから今のみつあみに変えていたのだろう。それを誰にも指摘してもらえず、落ち込んでいた、というわけだ。

 それでこの反応か・・・となんだかかわいそうになったグンマは、背中をぽんぽんと叩いてやった。

「あのさぁ、みんな気付いてたと思うよ。きっと、ただ言うチャンスがなかっただけでさ」

「・・・・・・そっかなー・・・そうかなぁ・・・」

 つられてかシンタローもぽんぽんと、抱いた相手の背中を叩きだす。そのままなんとなく、ぽんぽんぽんぽん叩き合いながら会話を続けた。

「だとしたら・・・気付いても言うほどオレに関心がないって事だよな・・・」

「う・・・うん? それって誰を示して言ってんの?」

 ぽんぽん、が一瞬止まり、シンタローは硬直する。その様子にグンマは正直かなり驚く。

(え、え? ひょっとしてもしかして、これって・・・・・・)

「シンちゃんそれって・・・男の人?」

「・・・・・・」

「それじゃ、それって恋?」

 シンタローはぎゅーっ回した腕に力をこめた。それは照れ隠しにしがみついているというよりは、嫌がらせに締め付けているという感じだ。現にグンマは苦しんでいる。

「ち、ちょ・・・シン・・・ちゃん・・・! 苦しいよ~!!」

「うるさい、黙れ」

 悪態をつきながらも、本気で苦しんでいるのが解り気が収まったのか、力を緩めて再びぽんぽんに戻った。

「あーもー、シンちゃんってば相変わらず・・・。で、相手は誰なの?」

「・・・・・・」

 懲りずに問うグンマに再び沈黙が返ってくるが、今度は締め付けられることはなかった。

「誰にもいわないよ? 僕も知ってる人?」

「・・・・・・どうだろうな・・・」

 かろうじて吐き出された言葉に、もっといろいろ引きだそうと、あれこれ考え実行してみる。

「ってことは伊達集のみんなや、叔父様たちじゃないよね?」

「・・・・・・・・・・・・」

「まさか、キンちゃん!? ・・・って違うね。えーと、んじゃー・・・まさか、パプワ君とか・・・・・・」

「・・・・・・オレは犯罪を犯すつもりはねぇ。何だよその人選は!! ほとんど身内じゃねぇか、オレをなんだと思ってやがる!」

 今度は呆れて声のなかったらしいシンタローは、そう怒鳴りつける。耳元で大声を出されたグンマは、思わず従妹から手を離して耳を押さえた。

「っあー・・・そんな大声出さなくても・・・。でもだとしたら誰? 同じクラスの人とか?」

「違う。この学園のやつだけどな。・・・・・・つか、もういいだろ、そんなこと」

「でもその人に髪形変わったこと気付いてもらえなかったの、ショックだったんでしょ?」

「・・・・・・」 

 シンタローは顔を背けたまま沈黙する。

 確かにこの話をしだしたのは彼女だ。それを一方的に終わらせるというのは、いくら俺様な性格でも後味が悪いらしく、顔をしかめている。

 そもそも、ほとんど人が通らない校舎の隙間の抜け道とはいえ、いつまでも男女が抱き合っているというのも、問題ありだ。いかに互いに恋愛感情が皆無とはいえ。

「あー、だからよー、そのショックっつーか、結果としてそいつのためにしてやったみたいな気分なのに、反応がないっつーのは、一人芝居みたいでむなしいっつーか、何つーか・・・」

 語尾を濁しつつしゃべるシンタローの、赤くなった顔を、グンマは意外さとほほえましさを感じながら見守っていた。

「・・・・・・けどまあ。考えてみれば、気づかれて指摘されたとしても、こっぱずかしいだけだろうし、第一いまさらこんなことしても変だよな・・・」

「え・・・? 何が変なの?」

 きょとんとした声で問い返され、シンタローは大きくため息をつく。解らないだろうとは思ったが、やはり少しも理解してもらえないと、寂しいものがある。

「・・・・・・今までちっとも女っぽいことしてこなかったのに、いまさら飾ってみても、お笑いなだけだと」

「そんなことないよ!」

 ぱっと体を離して、シンタローと向き合った。離れたといってもうでは相手に絡めたままで、相変わらずくっついてはいるのだが。

「シンちゃんは女の子なんだから、女の子らしくするのは、ちっともおかしくない。そりゃいきなりだったらちょっとはびっくりするけど、今さらとかそんな風に言うのはそっちのほうがどうかしてるよ!」

 シンタローは目を見開き、まじまじと従弟を見つめていたが、目が合うとなぜか吹き出した。何で笑うのさ、と言うと、自分より大きな従妹で兄妹の女性は、肩に寄りかかってくすくすと息を吐き続けた。

「そっか。じゃ、オレはおかしいって事だな」

「え、ちょ、ちが、そういうことじゃなくってさー」

 どこか意地悪そうな笑みを浮かべながら言われ、グンマは慌ててシンタローを離した両手を振った。何気ない一言で彼女を怒らせたことは数知れないが、そのたびに痛い思いをしたことは身にしみている。励まして殴られるのは割に合わないし、勘弁してほしかった。

「解ってる、解ってるよ。気にするほうが変なんだよな。うん。ところでお前はどう思う?」

「え?」

「この髪型」

 シンタローの表情がやさしくほころんでいるのを見て、グンマは緊張を解いた。そうなれば元来素直な彼のことだ。お世辞など言えるはずもなく、思ったままを口にする。

「いつもと大差ないよー。後ろ向かなきゃ解んないし」

「・・・・・・ほーう」

 とたんに冷ややかになった声に、危険を感じたグンマが逃げ出そうとしたときにはすでに遅く、硬く握られたこぶしが頭上に振り下ろされた。

 グンマは頭を押さえて泣き出した。

「ひどいよー、シンちゃーん! だって本当にそうなんだもん!」

「・・・まだ言うか、お前は・・・・・・・」

 さらに激したシンタローは、冷たく低い声ですごむ。その様子に顔を引きつらせたグンマは、一目散にそこから逃げ出したのだった。























 一日が終わって疲れているところに、ちょっぴり重たい買い物袋を両手に提げながら、リキッドは家路を急いでいた。

(あー、あいつら腹空かしてんだろうなぁ・・・。きっと気ぃ立ってるだろうから、もう一品増やせとかいわれるんだろうな。・・・たく、あいつがよく食うから食材がなくなって、しょっちゅう買い物に行くはめになってるつーのに・・・・・・・)

 帰れば遅いと怒鳴られる自分を、ありありと脳裏に浮かべながらも、足を速めてゆく。怒られるのは嫌だが、あの子供は嫌いではないし、世話を焼くのもけっこう楽しい。そんな思いが、迫害を受ける事実とのバランスをとっていた。

 ほとんど小走りになりながら、寮の近くの角までたどり着く。この時間にここを通るものは寮生ぐらいなので、今は人の気配はないはずだった。

「・・・とわっ! 気ぃつけ・・・・・・・じゃなくって、すいません」

 その角から飛び出してきた人物とぶつかりそうになり、ついついヤンキー口調で難癖をつけかけて、慌ててやめる。もうヤンキーは卒業したのだ。いつまでもこんなことを続けていてはいけない。

 自分にそう言い聞かせて見た相手は、返事もせずに無言で脇をすり抜けていく。そんな態度に再び昔の血が騒ぎ出すが、長いひとつのお下げを垂らした後姿を目にして、思い留まる。

(・・・・・・ヤンキーだろうがパンピーだろうが、女に手ぇ出すのだけは、だめだよな)

 どこかで見たような感じだな、とは思ったが、思い出せなかったので、そのことにはそこで区切りをつけ、再び道を急ぐ。すぐに自分に割り当てられた寮についた。

「あれ、パプワどうした? 遅くなったんで待ってたのか?」

「違う」

 寮といっても平屋の借家だが、その庭には同居人であるパプワがたたずんでいた。普段からあまり表情を変えない顔が、今は少し怒っているようだった。目はつり上がり、口はへの字だ。

「遅くなったのは謝るって。すぐ晩飯作るから、そんなに怒んなって。さ、中入ろうぜ」

「・・・・・・別に、お前に腹を立ててるわけじゃないし、飯の支度もしなくていいぞ」

「え、て・・・・・・・うお!」

 パプワの様子を訝しみながらも中に入ったりキッドは、目の前の光景にまず目をむき、呆然と呟いた。

「どーなってんだ、こりゃ・・・・・・」

 今のちゃぶ台には食事の用意がされており、部屋は出かけたときとは見違えるほどぴかぴかだ。覗きに行ってみると台所も磨き上げられ、食器類も整頓されて、使いやすい位置に収まっている。

 わぉん、と足元からした泣き声に目をやれば、チャッピーの毛並みもいつもより整っているようだ。

 という事は・・・

「シンタローさん、来てたのか?」

「ああ」

「でも帰っちまったみたいだな。せっかくだから、食ってきゃよかったのに。何か用でもあったのかな?」

「知らん」

 いつも通りのようだが、いまだにどこか不機嫌な様子の子供に、リキッドは戸惑いながら顔を覗き込む。

「何でまだ怒ってんだよパプワ。そんなに――」

 くいっ、とズボンを引っ張られる感覚に、思わず言葉を止める。チャッピーが何か言いたげにこちらを見上げていた。

「え、何? 何だよ?」

 茶色の犬はリキッドを見上げ長らくぅーん、た甘えた声を上げ、一瞬パプワに目をやり、再びこちらを見上げた。

「うえ? 何だよ? 何が言いてぇんだ?」

 しゃべれないチャッピーが相手なので、どうにも話が要領を得ないが。しばらくそんなことを繰り返すうち(というかその前に、パプワに聞くという選択肢は思いつかなかったのだろうか?)どうやら自分に対して怒っているわけではない、ということが言いたいらしいというのが、解ってきた。

「じゃ、一体何で・・・」

「リキッド」

 思考をさえぎるように、パプワが口を挟んだ。子供はすでにちゃぶ台の前に、でんと鎮座していた。

「とっとと飯にしろ。僕は腹が減っているんだ」

「あ、ああ・・・」

 リキッドはそそくさと買ってきたものを所定の場所に片付けると、食事にすることにした。

 改めて目を見張る思いだが、ちゃぶ台に茶碗などは人数分伏せられているし、おかずは品数が多く、色のバランスも取れている。口の中で感嘆の言葉を呟きながら、ご飯と味噌汁をよそり、箸を進め始める。準備をしなくラッキー、と思う反面、まだまだ至らないなと落ち込みもする。

 それならば勉強させてもらおうと、何がどんな風に使われているのか気にしながら食べ進めていると、パプワは不機嫌そうな顔で味噌汁をすすっていた。

「・・・・・・まだ、んな顔してんのかよパプワー。どうしたのか知らねぇけど、せっかくうまい飯なんだから、それっぽい顔したらどうだ?」

「・・・・・・うまいのが気に入らないんだ」

「え?」

 意外な言葉に思わず、聞き返すともなく声を上げる。

「あんなこと言っておいて、あいつの作った飯がうまいと思うのが、気に入らない!」

「は・・・・・・」

 ここでようやく、この子供が不機嫌な理由に思い至った。おそらくこの食事を作った相手――親友のシンタローとケンカをしたのだろう。

 そう予測してチャッピーを見ると、悲しそうにくぅんと泣いた。信じられずに再び子供を見る。

 パプワとシンタローは彼がパプワと出会う前からの友人で、とても仲がよかった。四六時中一緒にいるわけではないのだが。ここぞという時には息がぴったり合っていることで、それが解る。

 リキッドは二人がケンカをしているところなど、見たこともないし聞いたことも(一方的に命令されていたり、じゃれあいのような殴り合いならしょっちゅう目にしていたが)なかった。それなのに、その二人がケンカ――

「え、な、何でまた、ケンカなんかしたんだよ!?」

「・・・僕が知るか。普通に話してたら急に「お前も同じなんだな」とか行って一人で黙り込むから、訳が解らなくて別の話をしようとしたら、怒り出した。何でかと聞かれても、僕のほうが知りたいくらいだ」

「あ・・・そうなのか・・・・・・・」

 具体的なことを質問していって、原因を探ってみようかとも思ったが、嫌な思いをしただろう子供に、それ以上掘り返させるのはためらわれたし、チャッピーも困ったような表情を浮かべていたので、今はやめておこうと思った。

 唯一の目撃者であるチャッピーが口を利けないとなると、シンタローに聞いてみるしかないか、ともぼんやりと考える。

(パプワも寂しいだろうしな・・・)

 窓に何かが当たる音がして、意識をそちらに向けると雨が降ってきていた。洗濯物を入れていないことを思い出したのはその瞬間で、慌てて立ち上がったリキッドは、ちゃぶ台の縁に思い切り足をぶつけてしまった。











 大学部の校舎は、高等部以上に解りにくかった。そもそも上級学校は専門家が進み、クラス分けなどあってないに等しいので、人を探すには、わざわざ聞いてまわらないとならない。

 リキッドは、シンタローが何を専攻しているのかなどそもそも知らないので、名前と学年、外見的特長で探すしかない。幸いなことにシンタローは学園内では有名で、大抵の人が知っていた。だが、現在の所在までを知る人は少なかった。

「ああ、あの方なら部室よ」

 ようやく得た情報は、五人目に聞いた女生徒からだった。慇懃無礼とも取れる言い方に少々カチンと来たが、おとなしく礼を言って3階の部室――音楽室へと足を進める。

 階段を上がるたび(高等部にはエレベーターもあったが、制服を着てそれに乗るのはためらわれた)人の声が減ってゆき、リキッドの立てる音だけが、大きく響いてくる。階段を上りきり、廊下に出ると、辺りを見回しながら歩を進める。程なく音楽室と書かれた教室が見えた。

 もう授業は終わっているらしく、人のいる気配はない。

「・・・・・・どこにいるんだろうな・・・」

 音楽室は第1と第2、準備室、個人練習室がそれぞれある。とりあえず、と一番大きな教室である第1音楽室のドアを開けた。

 ガキッ!

「・・・・・・」

 鍵がかかっていたようで、数センチで突っかかってしまう。ばつの悪い思いで、静かに開いた分を戻した。

「・・・・・・ん?」

 横手にある楽器室からイスを引く音が聞こえた気がして、そっと覗き込んでみる。すると、その狭く薄暗い室内には、彼の探し人がいた。彼女はテーブルの上で仰向けに寝転がり、足を地面に投げ出した姿で。

「! シ、シンタローさん!? 何やってんすか!」

「・・・・・・お前か」

 むくりと上半身を起こしたシンタローは、突然入ってきた男にも驚いた様子はなく、気だるげにそんなことを言う。そもそも窓か少なく、光量のない部屋だが、今はさらに逆光になっていて、顔つきがはっきりしない。

「危ないですよ、こんなところで寝てちゃ!」

「あ・・・あ~、平気だよ。壊れるもんは端に寄せてあるし、熟睡はしねぇし」

「そういうことじゃありません!」

 確かに、小さな楽器やらリード、ステレオなどは長テーブルの隅に寄せられていたが、リキッドの言った危機はそのことではない。

「そんな格好してて、変なおじさんとか来たらどーすんですか!!」

「・・・・・・小学生か、お前は。そんなオッサンは普通、校舎内まで入れるかよ。ここはセキュリティ厳しいんだから」

「・・・・・・それは、そうですけど・・・・・・・」

 校内こそ危ない、と彼は思っている。それは別に、シンタローが言うような変態がここには多いといっているのではない。

 シンタローは多くの男子に好かれている。今日聞いてまわっていてそう思ったのだ。そんなやつらにこんな無防備な姿を目撃されたら、何が起こるかは言わずともがなだ。

 それに、今ようやく理解できたのだが、女性とも安全とは言えないだろう。それだけもてれば、逆恨みしているものもいそうだ。

「襲ってくるような物好きもいねぇし、ここは家よか安全だ」

「・・・・・・」

 まったく自覚のない様子に、人ごととながら心配になってきた。けれどもそんなことを口にしたら、気をつけてくれるどころか怒られかねない。命は惜しいし用事もあったので、とりあえずは黙っていることにする。

「ところで」

 何かに気付いたように、鈍い女性とはリキッドを見た。

「何でお前はこんなことろにいんだ?」

「あ、はい。あの、あなたを探していたんです」

「私を?」

 とたんにシンタローは眉を寄せるどうしてこいつが自分を探すのかと思っているのだろうが、なぜかこちらと目が合うと顔を赤くした。

「そうです。昨日、これ見つけたんすけど、あなたのでしょう?」

「あ。・・・・・・ああ」

 リキッドが差し出したのは、銀色のブローチだった。シンタローがコートの飾りにつけていたものだったが、機能性がないからか今の今まで忘れていたらしい。

 細長い葉っぱを燃したデザインのもので、ダイヤのような小さいガラス球が3つ並んでついている。シンプルだがちゃちなつくりではなく、大きさもそれなりで、贋物にしてはいい出来のものだろうと思われた。

 互いに手を伸ばしてそのブローチを受け渡そうとしたのだが、どうしてかそれは双方の手を離れ、地面に落ちてしまう。

 カシャーン・・・と、軽い音がして、ノリウムの地面に落ちたブローチは、あっさりと分解した。

「あ・・・・・・す、すんません!」

「何やってんだよてめぇは! 気ぃつけろ!」

 冷や汗をたらしながら、本当に自分が悪いのかは定かではないが、怒鳴られたリキッドは頭を下げる。その足元へとかが見込み、シンタローは破片を広い集めた。しばらくそのかけらを凝視していたが、終わったらしくほっと息を吐く。

「よかった・・・基礎は壊れてない・・・・・・」

 大事そうにブローチのかけらをティッシュにくるむと、そっと鞄に入れた。

「それ、大事なものなんすか・・・?」

「ああ。忘れてっちまったけどな。母さんにもらったんだ」

「・・・・・・・あ・・・・・・・」

 シンタローには母がいない。彼女が18のとき、弟を生んで他界してしまったのだ。つい最近友人からその事実を聞いたばかりだったリキッドは、自分のしでかしてしまったことに青ざめる。

「す、すんません、本当に・・・」

「まったくだぜ、ぼけっとしてんな」

 悪態をつくが、いつもと変わらない様子に再び申し訳ありませんと謝ってから、そろそろと相手をうかがった。

「あの・・・」

「ん?」

 やってしまったものは仕方がない。せめて始末くらいは自分でつけようと、口を開くと彼女は不思議そうに見返してきた。

「それ、よかったら俺が直します。手先は器用なんすよ、これでも」

「は? いや、別にそこまでしなくとも・・・」

「いえ、やらせてください。俺のせいで壊れたんすから!」

「そりゃそうだが・・・。直せんのかよ、お前」

 シンタローは実に疑わしそうな目を向けてきている。どう考えても素人にしか見えないものに、大切なものを預けていいものかと悩んでいるのだろう。しかし、譲らないぞという気迫をこめて見つめていると、それが通じたか、あきらめたか、頭をかきながらブローチを差し出してきた。

「まあ、どうしてもっつーんならいいけどよ・・・・・・」

「はい! ありがとうございます!」

 今度こそ両手で注意深く受け取ると、修理する側にもかかわらずそんなことを言う。

 パーツを見落とさないように、ティッシュを開いて確認していると、頭上から声がかかる。

「パプワの前ではやんなよ。刺さったらあぶねーから」

「え? あ、はい」

 意外な言葉に思わず相手を見返すと、すぐに顔をそらされてしまった。不思議に思いながらもブローチをしまっていると威風堂々な口調が振ってくる。

「んだよ変な面して。私が心配しちゃ、おかしいか」

「いえ、そうじゃなくてですね。・・・ケンカしたって聞いたんですけど、もう仲直りしたんすか?」

「・・・・・・」

シンタローの顔が朱色に染まる。鋭くなった目つきに一瞬後ずさりかけるもどうにか踏みとどまり、おずおずとその表情の中にある感情をうかがった。

「パ、パプワに聞いたんすよ。急にシンタローさんが怒り出したって。・・・だから、そっちはまだ怒ってんのかなって・・・」

「怒ってねーよ」

 ふん、と明らかに不機嫌な様子でそっぽを向きながら言われても、まったく説得力はない。

「何が原因だったんすか?」

 そんなシンタローの行動とパプワの不機嫌そうな様子を思い出して、聞いてみる。そもそも彼がここに来た理由に、ブローチを渡すというのの他に、二人のケンカのいきさつを知る、というものもあった。

 口を出すべきではないのかもしれないが、二人には少なからず関わらなければならない立場にいる以上、何も知らないのは都合が悪い。

 目撃者もいなかったので、当事者に聞くしかないが、機嫌の直ったパプワにも、よく解っていないようだったので、本人のほうへ来てみたのだが・・・

「別に。ケンカなんかしてねーし。お前にゃ関係ねぇだろ」

「嘘つかないでくださいよ。昨日怒ってたじゃないっすか。俺とすれ違ったみつあみの人って、シンタローさんでしょ? あの時返事もしなかったのは、怒ってた証拠っすよ」

「え・・・・・・・」

 シンタローの目が丸くなる。すぐには気付かなかったが、確かにそのときすれ違ったのも、返事をしなかったのも彼女だと、リキッドは確信していた。。

「気付いてたのか・・・?」

 なぜか、続くその声は震えていた。

「そりゃ、あれだけ近くで・・・」

 リキッドの言いかけた言葉は、そこで途切れてしまう。さすがに声だけでなく全身も震えていることに、不信感を覚えたのだ。顔をうつむけてこぶしを握っているシンタローを、2、3歩の距離を置いて恐る恐る覗き込む。

 今日はいつもどおり、ひとつにくくっている髪から零れ落ちた横紙が、さらりと面長な頬を覆って流れている。

「シンタローさん? ・・・・・・って、うわ!」

 突然シンタローは手を振り上げ、リキッドに襲い掛かってきた。とはいっても狭い部屋である。正確には平手ではたきかかってきただけど、ほとんどの痛みは制服に吸収されたのだが、あまりにも唐突だったために、彼はよろめき、雑貨の入った棚に肩をぶつけてしまう。

「いって・・・! なんなんすか、いきなり!」

「うるせえ! お前何なんだよ! いったい何様だよ! 何考えて生きてんだ!? いっつもへらへらしてやがって!」

「な・・・・・・・」

 脈絡のない罵倒に、訳がわからず混乱したが、それより何より沸き上げって来る怒りのほうが強かった。いくら普段から蔑まれているようだとはいえ、彼にだって自意識というものはある。理由もなく暴力を受け、怒鳴りつけられ、さすがのリキッドも相手が学園町の子であるということも、年長とはいえ女性であるということも吹き飛んでしまう。

「あんたこそ、いつも人のことばかにして見下して! 俺はあんたの部下じゃないんだ!」

「・・・・・・っ、テメッ・・・!」

 頭に血が上っているのはシンタローも同じことだったらしく、リキッドの襟首につかみかかってきた。彼もそれに抵抗し、逆に腕をつかんでひねる。

「っ・・・・・・く・・・」

 固められた腕を振り払うと、力任せに平手を打ってきた。その腕をがっちりと捕まえ、襟元をつかんでいた手を払う。

「・・・・・・っ!」

「・・・・・・ふっ」

 二人は互いにつかみ合いもつりあっていた。原因すら忘れてしまうくらいに熱くなり、机を蹴り飛ばしほこりを巻き上げ、子供のケンカかと思われるほど、髪も服も乱れ放題になった頃、ついにシンタローが疲れに我を忘れてしまったのだろう。狭い室内にもかかわらず、力の加減もせずに、物の詰まった棚にリキッドを突き飛ばした。

「うわっ!! ・・・・・・っつ」

 したたか体を打ちつけたことにより、一瞬息が詰まり目の前が暗くなった。足からも力が抜け、ぼんやりとした意識でずるずると座り込む。

「あ・・・・・・」

 曇った視線の先に、棚の上の黒い物体があった。なんだろうかと考えるが、リキッドにはよく解らない。ただ、それがとてつもなく大きなものだということは知れた。

「――リキッド!!」

 体の上に、暖かく柔らかい官職が触れた直後、鈍い音と重い振動が伝わってきた。










「え・・・・・・?」

 とっさに目をつぶっていたらしく、その瞬間は見えなかった。それが幸いだったのかどうか、ともかく気付いたときに黒い楽器ケースが床に転がり、落ちた衝撃でなのだろう。ふたが開いて、中身が床にぶちまけられていた。

「あ・・・・・・」

 ケースの中身は、空だった。正確には掃除用具やねじなどのパーツが入っており、それらが床に広がっていたのだが、肝心の楽器は入っていなかったのだ。見えるのは、その形にくりぬかれた柔らかい布のみ。

 リキッドはほっと力を抜け、ずしりと体にかかる重みにようやく意識を向けた。気付かなかったわけではない。ただ見るのが恐ろしかっただけだ。だからこそ原因であるケースが軽いものであることを、先に確認したのだろう。

「シ、シンタロー・・・さん?」

 怒鳴られることを覚悟で、そろそろと声をかけるが、さっきまでもみ合っていた女先輩は、反応を返してこない。そんなに怒ってるのか、徒も思ったな、そのわりに体に力がない。

「・・・・・・」

 うつぶせた顔にそうっと手を伸ばして髪を掻き分けると、閉ざされた瞳が目に入ってきた。一瞬どきりとするが、それは気絶させてしまった罪悪感からなのか、無防備な姿を見てしまったことに対する緊張感だったのかは、解らない。というか、そんなことを考えてしまったこと自体に、かなり慌ててしまう。

「んっ・・・・・・」

 髪を引かれた感触に反応してか、シンタローが身じろいだ。驚いてとっさに手を放すと、あまり確かでない視線が、こちらを向いてくる。

「あれ・・・えっと・・・・・・?」

 しばらく二人は意味もなく、互いの目を見合っていたが、不意にシンタローが我に返った。

「あ、そっか・・・大丈夫かお前。・・・つーかなんであんま痛くねぇんだ?」

「あの・・・・・・」

 上に乗られたままで動けないリキッドは、顔を赤らめながら転がるケースを指差した。

「ああ、空だったのか。・・・・・・そーだよな、いくらなんでも人がぶつかったぐれぇで重い楽器は落ちねぇな」

「そ、そうっすね」

「・・・ん? お前ほんとに大丈夫かよ。頭でも打ったのか?」

「い、いえいえいえいえ! 大丈夫です! ですから・・・・・・!」

 心配そうに頭に触れられ、逃げようにも逃げ場のないリキッドは、大慌てでそう言って手を避ける。その行動でシンタローのほうも今の体制に気付いたのだろう。一瞬息を呑むと、勢いよく体を離して立ち上がった。

「っと・・・」

 瞬間、バランスがとれずに机に手をつく。リキッドはそれを見ているだけで助けることも出来ず、ただ同じように立ち上がった。

「あの、大丈夫っすか?」

「ああ? 空ホルンケースが当たったぐれぇでまいるほど、やわじゃねぇよ。・・・・・・私が暴れたのが悪いんだし。・・・・・・えーっと、それで、悪かったな」

 言い終わると背を向け、散らばったケースの中身を拾い始めた。

「あ、て、手伝います!」

「・・・・・・こっちはいいから、机を直してくれよ。お前、パーツとゴミの区別つかねぇだろ?」

「・・・・・・」

 確かにそれはそのとおりだったので、リキッドはおとなしく大人二人分の暴力でずれてしまった机を垂直に直した。よくもまあ上のものが落ちなかったなと思いながら、落ちかけていたものも直す。

 いまや落ち着きを取り戻した頭で、何でこんなことしちゃったかなー、と考える。いくら向こうから手を上げてきたとはいえ、この人に対してここまで頭に来るとは・・・と、リキッドは背後へと意識のみを向けた。

 落ち着いた様子の片付けの音が繰り返されているので、あちらも冷静さは取り戻しているのだろう。この人も、なぜあれほどまでに怒ったのかと考え、ふと、ひとつの可能性を思いついた。

「あの・・・・・・」

「ああ? 終わったのかよ」

「はい・・・。けど、そうじゃなくて・・・・・・」

 言いかけるリキッドを無視して、シンタローは机の様子を確かめる。さすがに無視されることは気に食わないが、先ほど反省したばかりだ。おとなしく背を向けた姿に声をかけた。

「あの、シンタローさん。パプワともこんなケンカをしたんすか?」

 瞬時に鋭い視線が返ってくる。・・・かと思いきや、黒髪の垂れ下がった背中に動く気配はなかった。覚悟を決めて言っただけに、拍子抜けしてしまう。予想と違う反応をされてしまっては、早々言葉を続けられず、一言だけが宙に浮かんだ、気まずい沈黙がしばらく続いた。

「あいつ・・・・・・」

 どうしようかと困りきり、もう帰りたいとまで思い始めた頃、ポツリとシンタローが口を開く。

「あいつ、怒ってたか・・・?」

「あ、ええっと・・・」

 静寂が破られ、救われたような思い出顔を上げたのだが、彼女の問いがすぐには理解できず、一言置いてから思いをめぐらす。あいつとは、この場合一人しかいないわけで・・・・・・

「パプワでしたら、怒ってるつーか、不機嫌ですよ。まあ今はそれほどでもないみたいっすけど」

「そうか」

 軽く、安堵とも落ち込みとも取れるため息をつくと、ホルンケースに近付いていって、棚の上に押し上げた。

「あ・・・」

 瞬間手伝おうかともお思ったが、シンタローより身長の低いリキッドが手伝えることは何もない。ましてケースは軽いのだ。

「・・・・・・・気になるんだったら、早く仲直りしてくださいよ」

 とりあえず気を取り直して、そう口にしてみる。

「パプワ怒っちゃないし、もうそれほど不機嫌でもないっすけど、つまんなそうっす」

「・・・・・・」

「チャッピーもそうですし、コタローも心配してましたよ? 何か言ってたでしょ?」

「・・・・・・」

「俺もそうっす。二人が仲悪いのは変っすよ。おかしいっす。なんか落ち付かねぇし、コタローもいらいらしてるし・・・そっか。さっき俺が頭に来たのも、二人が仲悪くていらいらしてたからかな・・・。シンタローさんもそうなんでしょ? いつもと違うんで、おかしくなってるんっすよね?」

 リキッドはたたみかけるように言葉をつむぐ。自分で言って自分で納得し、そこから力を得ているようで、その表情には自信が見え隠れしている。

 そして、どこか必死さも。

「皆、心配してるんす。仲直りすれば全部解決するんすから、してくださいよ」

「・・・・・・」

 シンタローの瞳は揺れていた。動揺しているのが見て取れてリキッドは少し気まずくなる。だが同時に彼は奇妙な満足感も感じていた。

 傾いていた日がだんだんと姿を隠してゆき、部屋が暗さを増してくることも気にかかる。心臓が不安げに脈打ち始めた。

(あんま長居しちゃまずいよな)

 それもこれも、全てシンタローの返答にかかっているのだ。期待をこめてじっと黒い瞳を見つめていると。困ったようにその口が開かれた。

「オレ、あんまケンカとかしたことねぇんだよ。特に子供相手にゃ初めてだしな。しかもすっげぇくだらねぇ理由で・・・。たぶんパプワは、何がなんだか解ってねぇだろう。勝手に怒って勝手に帰ったんだ。いまさら何か言うのも、こっぱずかしいんだよ」

「それは・・・解ります」

 子供の頃のケンカで、自分が悪いと解っていながら素直に謝れなかったこと、父親相手に子供じみた八つ当たりをし、その後何も言えずにただにらみつけていたこと、自分でなくさないようにと置いたものを自分で忘れ、パプワに指摘されて赤っ恥をかいたこと・・・などを思い出し、心から言うとそれが伝わったのか、彼女の表情が和らいだ。

「ほんとくっだんねぇことなんだよな。あいつが、オレの一族と同じ力を持ってるって知って、でもオレは持ってねぇから・・・やつあたって、でもあいつそーゆーところは大人じみてるから、なだめられて余計にむかついてよ、後はもう・・・泥沼」

 苦笑いを浮かべながら、今にも泣きそうな表情でため息をつく。その姿は今の時間帯もあいまって、とても切なさをかもし出していた。横顔のほとんどは髪で覆われていても、それだけは大いに伝わってくるのだ。

「早く出てぇよ、ここから。でも謝んのも・・・・・・なんか違う気がする」

「・・・・・・じゃ、それでいいんじゃないすか?」

 驚いたような顔がこちらに向けられた。ひらひらと舞う髪は光の中で見たら、さぞかし艶めいてきれいなのだろうなと、何となく思う。

「謝れないんなら謝らなくとも、会えばきっと今まで通りになりますよ。そうなれば、シンタローさんのもやもやもきっと晴れると思いますよ?」

 二人が仲たがいをしているのが嫌なのだ。それさえ解決すれば、もう問題はなくなると、単純だが思う。気持ちの問題はそれからどうにかしていけばいいのだ。それは確かにある意味では、正しい選択ではある。

「・・・・・・そうかな?」

「そうっすよ」

 はっきり言ったリキッドに、シンタローがパプワとけんかをした根本的な原因も、先ほど平静を失った確かな理由も、よくわからない。聞き返して突き止めたい気持ちは大いにあるが、それよりもまず二人を仲直りさせるほうが先決だ。

 彼がここに来た目的は、ひとつにはそれがあったのだから。自信を持って断言する。

 シンタローもリキッドの態度に心動かされているようで、落ち着かない行動を繰り返している。ふとここで先ほどからシンタローの人称が、“オレ”に変化していることに気づいた。

(いつも”私”だったのに・・・ひょっとして、自が出てる?)

 疑問に思って年上の女性を見つめると、泳いでいた黒い瞳が、そのときぴたりとこちらに定まった。

「・・・・・・そうかな・・・」

 言葉は先ほどのものと同じだが、調子がだいぶ違う。もっとずっと穏やかで、顔にはうっすらとした笑みさえ浮かんでいた。

 その表情に一瞬リキッドは意表を突かれ、呆然とするが、すぐに暖かい気持ちが湧き上がってきて、思わず笑みを返していた。

「いつでも来てくださいよ、会いに。この間の飯のお礼もしたいですし」

「・・・・・・ああ」

 そういえばそんなこともしたっけな、とつぶやきながら外を見たシンタローは、目の前に広がる暗闇に目を見開く。つられて外を見たリキッドも、とたんに慌てふためいた。

「げ、もうこんなに暗い! 早く帰んねぇと・・・!」

 家で待っている子供が何を考えるかなど、リキッドでなくとも理解できる。その慌てぶりが痛いほど伝わったのだろう。シンタローはリキッドに早く帰るよう促した。

「はい・・・! て、あ・・・シンタローさんは・・・」

「私も帰るよ。けどお前、急ぐだろ?」

 そりゃそうですけど・・・とつぶやきつつも、このままこの先輩を放っていくことはできそうもなかった。なんといってもシンタローは女性で、しかも先ほどまで数秒とはいえ、気を失っていたのだ。

「送ってきます! シンタローさん家近いですし、一人じゃ危ないですよ!」

 言ってはみたものの、怒られる呆れられるかどちらにしろ断られると思っていったのだが、意外にもシンタローは承諾した。

「言葉が矛盾してる気がするが・・・・・・ま、お前がそこまで言うのなら、しょうがねぇから送られてやってもいい」

「はい!」

 照れながら言われたその言葉が、妙に嬉しかった。それだけでリキッドは、今日あったさまざまな出来事が、全ていいことのように思えてきたのだった。



























 後日、シンタローがリキッドの寮部屋に姿を現した。しばらく席をはずしてパプワたちだけにしたので、彼らがどんな対話をしたのかは解らない。確かなのは、リキッドが目にした二人はいつも通りのやり取りをしていた、ということだけだ。

 もっとも、それだけ解れば十分なのだが。

「シンタローさん」

「あ?」

 騒がしさの戻った部屋の中で、シンタローがパプワから離れたときを見計らって声をかける。それはそれは偉そうな、いつも通りの返事が返ってきた。

「これ、直しときました」

 リキッドの差し出したものを見て、一瞬目を丸くするが、すぐにうっすらと笑って手を伸ばし、それを受け取る。

「サンキュ、リキッド」

 髪を編んだシンタローの手の中で、ブローチがきらりと輝いた。


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nr3




日常生活








 携帯電話の着信音が鳴った。昼下がりの学校のカフェテラス。それほど回りには迷惑にならないだろうが、すぐさま鞄から電子音を響かせるものを取り上げ、音を切る。

 着信はメールだったようで、耳には当てずに画面を眺め、しばらく読んでゆく。

「・・・・・・」

 確認を終えると鞄に戻し、立ち上がってわき目も振らずにテラスを後にする。その颯爽とした後姿を、テラスにいた学生達は一人残らず注目していた。

 そのうちの一人が友人に聞く。

「すっげぇきれいな人だな・・・・・・大学生? ボーイッシュだけどスタイルいいよなぁ・・・・・・」

「何、お前知らねぇの? あの人はこの学校一の有名人なんだぜ?」

 信じられないもののように言われ、思わず反論する。

「そのくらい知ってるさ! 見るたびに皆、騒いでるし・・・・・・」

「そうじゃねぇって、あの人青の一族なんだぜ」

 隣の席から別の生徒が入ってきた。彼らと同じく高校生のようだが、学部が違うらしく見覚えはない。同席していた相手からやめなさいと止められ、不満そうにだがしぶしぶ乗り出していた身を引いた。

「へえ・・・でもあの一族って皆、金髪碧眼の西洋人色素じゃなかったっけ?」

 はじめに話していた二人組みのうち一人が、そう友人に聞くと、一度は呆れられたものの、おもむろにうなずかれた。

「そうなんだ。だからこそあの人は目立ってる。まあ、いまんとこ一族唯一の未婚女性で、周りをがっちり固められてるせいもあるんだけど・・・・・・」

「げ、そうなの?」

「そうそう。だからこそいろんな意味で・・・・・・狙ってるやつは多いけど、いまんとこフリーなんだ」

「はー・・・・・・」

 二人はテーブルごしにこっそり目を見交わすと、申し合わせたわけでもないのに、同時に同じことを言った。

『全く、惜しいよな・・・』

 それは、このカフェテラスで彼女の姿を目にしたもの全てが、思ったことでもあっただろう。

















 その人物シンタローだが、大学部の校舎に入り、階段を最上階まで上がると、廊下の突き当たりにある部屋を目指した。そこには数人の男女がたむろしていたが、一人が気付いて振り返ってくる。

「あ、来ましたよ! シンタロー様!」

「遅れたか? 悪ぃ」

「大丈夫ですよ、まだ・・・・・・」

 その女生徒と会話しながら、シンタローは生徒達の顔をなんとなく見回していたが、ふとあることに気付く。

「あれ・・・・・・? ジーンは? メールくれたのあいつなのに・・・・・・」

「あいつなら、楽譜忘れたって戻ったぜ」

 集団から頭ひとつ抜けて背の高い男(ここにいるのがほぼ女性のため)が言う。彼は続けて、だいぶ集まったからもう入ろうぜ、とも言い、集団はそれに従った。

 彼らはまずその部屋にめいめいの荷物を置いてから、机を一箇所に集めて、ある程度のスペースを空ける。それに参加しなかった背の高い男が、黒板に予定を書き付けていった。

「あれ、ぶっちょー! 今日は合奏ないの?」

「先生がいないんだよ。それにこないだ新譜配ったばっかで、個人練習も必要だろ?」

「だからこそ、一回やってみたいのにー!」

 ねー、と隣の女子と申し合わせる様子、部長と呼ばれた男は困ったように苦笑う。

「指揮振れるやつがくればしてもいいけど・・・・・・。集まり次第だな。ひとまず今は、個人かパートで。振り分け場所はいつも通りだ。いいか?」

『はい!』

 小学生のような返事をし、イスの準備を終えると、彼らは隣のもっと狭い部屋へ流れ込んでゆく。そこには楽器室という札がかかっていた。今いる音楽室の、おまけのような小さな場所だ。

 彼らはこの学園の吹奏楽部員だ。

 この学校は中、高、大を通じて基本的には一括した部活を設立しており、名目上は同じ名前の部は存在しない。学園祭などの学校行事は合同で行うが、各大会などは各学校で出ているので、実質は中、高、大にひとつづつ存在していることになり、練習場所も分かれている。

 それでも同じ敷地内にあり、ひとつの学校という意識のためか各部の結びつきは強く、楽器や楽譜の貸し借り、互いの情報交換などはかなり頻繁に行われていた。

 大学部まで来ると、大抵が顔見知りだが、同時にほとんどのものが自分の楽器を所有してもいた。なので、大学部の楽器室にほとんど学園の楽器はない。あるとしたら、大きなものか高いもの、あるいは卒業生の置き土産ぐらいのものだ。

「お、遅くなりました!」

「おー、来たかジーン」

「楽譜取りに行ったにしては、ずいぶん遅かったね。また迷ったの?」

「いえ、今回はさすがにもう・・・・・・」

 なにやら言いながら直に楽器室に入ってきた女――ジーンは、数少ない楽器を借りているものの一人だ。

 彼女の楽器はファゴット。大きさはそれほどでもないのだが、値が張るために、購入にはいたっていないらしい。

「ジーン、メールサンキューな」

「あ、はい。どういたしまして、シンタロー様!」

 自分の楽器を引っ張り出しながら言うシンタローに、ジーンは思い切り頭を下げ、脇に抱えていた楽譜をぶちまけてしまう。

「もー! 何やってんの!」

 呆れた声に慌てて紙を拾い集めるジーンに、周りの者達も腰をかがめた。なんだかんだ言いながら、和気藹々としたこの部の者達が、シンタローは好きだった。

 彼女は中学からこの部へ入り、楽器もずっと変わっていない。だが自らの楽器を持ったのはつい最近、大学に入ってからである。

 学校を含んだ企業の長の娘である彼女に、金がないわけはないし、望めば中学の頃から楽器は持てた。だが、彼女は高校に入ってからバイトをし、小遣いをため、自力で安くはない買い物をしてのけた。

「自分のことは自分でする」

 これがシンタローのモットーであり、この件も自分の信念を貫いたためだったのだが、理由はそれだけではない。

 父親に借りを作りたくなかったのだ。

 親子で貸しも借りも普通はないのだろうが、この親子は少しばかり他と事情が異なった。中学校当時は親子ではないということは知らなかったから、それは関係ない。ただ、常日頃から自分を甘やかす父親に頼りたくなかったのだ。

 「親の七光り」とは言われたくはなかった。

 やっとの思いで買ったシルバーの楽器を準備しながら、当時を思い出してため息を付くと、周りの後輩達が何事かと見上げてくる。笑ってなんでもないと返しながら、音出しへと向かった。

 管楽器の者達のほとんどが、彼女と同じようにベランダに出て、大きな音を出し始める。吹奏楽器は息を吹き込まないと音は出ない。つまりこの集団がどんなにうるさかろうとも、おしゃべりをしているわけではない。中学の頃はクラスメイトに、うるさくしてても怒られない、とうらやましがられたものだった。

 無言なのに騒がしいという奇妙な人々の中で、長身のシンタローは目立っている。何か言いかけていたがタイミングを逃してしまったジーンでなくとも、自然と目が行ってしまう存在だった。















 新しい友人とともに、ふざけあいながら校舎を後にしたりキッドは、耳に届いてきた音に顔をしかめた。

「あんだようっせーなー。毎日毎日ピューピューピューピュー」

 悪態をつくと、友人達もどっと笑って同意する。いくら広い敷地とはいえ、放課後にはどこかしらから必ず音が聞こえてくるのだ。興味のないものには、雑音にしか思えないだろう。

「全くだぜ。やるんなら防音の聞いた部屋でやればいいのに・・・・・・」

「何を言うんだ、もったいない!」

 リキッドに同意した男子に反発したのは、中学から学園にいたものだった。彼らのほとんどは高校からの編入生で、だからこそ学年の途中から入ってきたリキッドとも意気投合したのだが、唯一この男だけは変わり者で、彼らの集団と気が合ったのである。

「常に挑戦は必要だからね」

 偉そうにそういっていた男を、はじめは馬鹿にしていたものの、気付けば新入生達になじみ、仲良くやっていた。

 だからこそこの集団は、転校してきたリキッドも、あっさり仲間に入ったわけだが。

「何がもったいないんだ?」

 進入組の男子が聞くと、持ち上がりの男子は怪しい笑みを浮かべる。

「中に入ってしまったら、顔が見えないだろ? 吹奏楽部にはあのお方が所属しているんだ。こんな機会はめったにない」

 言葉を聞いた男子達は、一瞬顔を見合わせてから徐々に歓声を上げ始める。あの人が!? とか、そりゃ確かに、とか、ならとっとと行こうぜ、などと盛り上がる。提案した男は満足げな様子だ。

「なあ・・・・・・」

 その仲間にも加われず、一人きょとんとしているしかなかったリキッドは、おずおずと言葉を挟んだ。

「何の話してんだ? あのお方って誰だよ?」

「オメー、知らねぇかよ!」

 一人が答えると、よってたかって言葉が浴びせられる。

「そうか、リキッドはまだ来てから日が浅いもんな」

「しかも変な時に来たからなぁ・・・。入学当時は噂がすごかったんだぜ」

「そのせいか、今じゃあ一族が睨みを効かせて、統制してるからな」

「また来年になれば同じことなのにな。毎年やってんのかね、あの一族・・・」

 最後の言葉にリキッドを除いた一同は、生ぬるい笑みを浮かべる。やりかねない、という意味の笑みだったが、除かれたほうはさっぱり解っていない。

「一族って、青の一族? ここを牛耳ってるっていう・・・・・・。じゃあ、あのお方って、一族の誰かなのか?」

「おうよ!」

 と説明を始めかけたのだが、こらえ性のない一人はすでに、音に向かって足を進め始めていた。早くしないと中に入ってしまうという意見には、誰もが賛成だったので、全員でそちらに向かいながら話すことになった。

 それによると・・・

 今から見に行くのは、一族唯一の女性であり、一族の外見的特徴を唯一受け継いでいない人だと言う。

「とにかく美人でよー。性格はちときっついんだが、面倒見のいい姉さんって感じで、金髪じゃないせいか、近寄りがたさもないし・・・・・・」

 後半はすでに説明というより、自慢のような感じになっていたが、友人達がこれだけ言うのだからたいそうな人なのだろうなと、リキッドの胸も期待で膨らんでいった。

 ブレザー姿の高校生達は、あっという間に音源の下に集った。そこに固まって2階分ほど上のベランダを見上げる。上の方は気付いているのか気にしていないのか、こちらに注意を払うものはいない。

「っておい、どれなんだよ。このいっぱいいる中の、どれがそれなんだ?」

「ばかやろう! あのお方を“それ”呼ばわりするんじゃねー!」

 突っ込みというよりは力のこもったこぶしに頭を殴られ、リキッドは不満気に頭をさすった。知らない人なんだから仕方ないじゃないか、理不尽だ、という感想を抱えながら、それでもとりあえず上を見上げる。

 ベランダにいる人数は、当初よりも少なくなっていたが、来たばかりの彼らにそれは分からない。そもそも下から見上げている者達からは、楽器のせいで顔がよく見えない人物もいるのだ。その中から特定の人物を探し出すというのは、熟知しているわけではない人物なだけに、彼らには至難の業だった。

 リキッドをはたいた後も、彼以外の高校生達はじりじりしながらかの人を探していたが、程なく室内から集合の声がかかり、扉に近いものから一人、また一人と室内に消えていってしまう。

 ああー、と彼らが悲壮な声をユニゾンで上げると、帰りかけていた学生の一人が、彼らに気付き注意を向ける。

 銀の、一抱えほどもある楽器を持った人物は女性で、黒いロングヘアをたらして、手すりにもたれて下を覗き込んできた。

「お」

『あ!』

 リキッドを除く男子生徒と黒髪の女生徒は同時にそんな声を上げたが、先手を打ったのは上座にいた人物のほうだった。

「リキッドじゃねぇか!」

「え?」

『ええ!?』

 突然名前を呼ばれ、きょとんとしたリキッドとは裏腹に、友人達は驚きと疑問の表情で、横手と頭上を交互に見比べた。

「え? え? え?」

 そんな友人達に、明らかに狼狽した様子で辺りを見回す2色の髪の男を、女生徒は面白そうに見下ろした。

「ずいぶん慣れたみてーじゃねぇか。もう迷わないか?」

「は・・・。え・・・?」

「覚えてねぇのか? ・・・そんな記憶力でよくここに入れたな。・・・・・・オッサンのコネか?」

 なぜかしみじみと感心する女性と呆然と見上げたのは、リキッドだけではない。隣の友人達も同様だった。頬杖を付いてこちらを見下ろす女性の後方を、順々に学生が通り過ぎ、室内へ入ってゆく。ロミオとジュリエットのような状況を興味深そうに見るもの、通路を半ばふさいだ彼女を迷惑そうに避けるもの(人一人だけならたいした邪魔ではないのだが、互いに楽器を持っている分、とる幅が広いのだ)など、反応はさまざまだったが、そのうちの一人が、彼女の後方で足を止める。

「あの、シンタロー様・・・・・・」

「ん? あんだ、ジーン」

 地面を見下ろす女生徒シンタローは、茶色く細長い楽器を両手と、首にかけた紐で支えたジーンを振り返る。

「誰です、その人たち・・・?」

 やや心配そうに言う友人を、シンタローは首だけ振り向いた姿勢のまま、わしわしとなでる。その動きに楽器通しがぶつかりそうになったが、二人して申し合わせたような巧みな動きで、避けた。

「知り合いの高校生だよ。ほれ、うちの学校の制服着てるだろ?」

「・・・・・・」

「?」

 促して下をのぞかせたジーンが、疑問を貼り付けた表情のままで振り返るのを、シンタローは首を傾げて見やったが、やおらポンと手を打った。

「そっか。お前大学からここ来たから、高校の制服知らないんだよな」

「・・・そうですよ。シンタロー様に誘っていただかなかったら、大学にはいけませんでした」

「また、そんな大げさな・・・。ま、うちの学校に途中から入る奴って、誘われてってのが多いみたいだけどな。あいつもそうなんだぜ」

 と、突然指差されたリキッドは、さらにまじまじとシンタローを見つめる。上の二人はそうなんですかー、などと会話を続けていたが、彼は必死になって記憶の糸を手繰っていた。

(シンタローって名前で、大学生で長い黒髪で、どっかで会ったはずなんだけど・・・・・・)

「って、あー!!」

 思わず大声を上げると、常会の女性人と地面の高校生がいっせいに注目したが、かまわず銀の楽器を持つ女生徒を指差す。

「あんたは確か、ここに来た初日に理事長室まで案内してくれた人――!?」

「そうだぜ」

 たっく、ようやく思い出したか、とシンタローがつぶやくと、地面の高校生達がなぜかリキッドに飛びついた。

「な、何だよ・・・」

「バカ! 指差すなんて失礼だろ!?」

「あ、」

 気付いて慌てて手を引っ込めるが、友人の罵声は止まらない。

「理事長の娘を指差して、さらに知らないなんてお前、非常識だぞ!」

「へ・・・・・・? じゃ、お前らが言ってたのって・・・」

 一人一人、友人達の顔を見回す。あるものは重々しく、あるものは非難めいてあるものは哀れみをこめて、それぞれうなずいた。一人だけ知らなかった立場のなさに赤面したのは一瞬だけで、すぐに彼の顔からは血の気が引いた。

(ど、ど、どどどどどうしよう――!!)

 現状を理解したとたん、大きな混乱がやってきた。シンタローのことこそ知らなかったものの、リキッドはハーレムのスカウトでこの学校に来たのだ。理事長の人となりは実弟であるその男からよく言い聞かせられているし、彼が娘を溺愛している問いうのは、学校中の誰もが知っている。

 あくまで噂なのだが、幼い頃彼女を誘拐しようとした犯人を、警察より先に捕まえ、私刑にかけたとか、親しくなったものは必ず身辺を洗いざらい調査されるだとか、言い寄っていった男は問答無用で退学処分だとか・・・・・・・

 もちろんただの噂なのだが、それだけの話を聞かされていれば、一生徒である彼におびえるなというほうが無理だろう。青ざめた顔のまま、必死の思いでかの人を見上げる。

「すいま――」

「・・・・・・悪かったな、すぐ言わねぇで。言ったらお前、緊張しそうだったからよ」

「は・・・・・・?」

 出鼻をくじかれ、逆にすまなそうな顔で謝られてしまうと、こちらとしてはぽかんと立ち尽くすしかない。

「あんときはがちがちだったから・・・でも今はもうここには慣れたみてぇだな。そんだけ友達いるし」

「え・・・あ・・・ま・・・・・・・」

「その調子でオッサン――ハーレムとはとっとと縁切れよ。それと何かあったら言えな。放課後は大抵ここにいるから」

「は・・・あ・・・」

 リキッドからは確かな返事は発せられなかったが、中から呼ばれでもしたのだろう。シンタローとジーンは一度室内を振り返ってから、こちらに手を振りベランダから去って行った。

「・・・・・・シンタロー、さん・・・」

 そこまで経って、ようやくかけられた言葉を理解し、気に欠けてくれたことに感激していると、突然後ろからタックルを仕掛けられた。

「うわ!・・・・・・っぐ!」

 そのまま腕が首に回り、ぎゅうぎゅうと締め上げられる。息が苦しくなってたまらずもがいたが、友人は放してくれない。

「おいおいおいおい、抜け駆けとは許せねぇな・・・」

「ちょ・・・マジ苦し・・・! 何の話だよ!」

「シンタロー様とお知り合いとは・・・いったいお前は何をした!」

「つーかそれなら、とっとと俺らを紹介しろよ!」

「は、え? あ! ちょ・・・勘弁してくれよ、俺は・・・」

『問答無用!!』

 それ、とばかりに友人達に飛び掛られ、訳の分からぬままリキッドはもみくちゃにされ、情けない悲鳴を上げたのだった。





















 一方、音楽室では・・・

(あ、悲鳴。まーたシンタローの被害者が出たなぁ・・・)

(本人が無自覚なのが、いっそ哀れよね)

(ま、そんなんだから厭味がなくていいんだけどね、シンタローの場合)

(でもここまで鈍いと、相手だけでなく本人もかわいそうよ)

(もてないって思ってるからなぁ・・・)

(自分は結婚できないだろうって、おっしゃってましたよ)

(本当、ジーン!? あーあ、知らぬは本人ばかりなり・・・)

(あの一族に生まれたのが、運のつきかな・・・)

(そこまで言ったら・・・・・・)

「ほら、次! 音合わせて!」

 指揮者に示され、おしゃべり部員達は慌てて練習に戻る。全ての楽器の音をそろえると、彼らの望んでいた合奏練習が始まった。

「だ、か、ら、何にもないんだってぇーのぉ!」

 その音にかき消されたリキッドの叫びが、当の本人であるシンタローの耳届くことは、ついになかった。






















日常生活編、というか部活編です。私の趣味がもろだし。シンタローの楽器は私のやっていた楽器です。たぶん誰も知らないでしょうから、あえて名前は出しません。

リキッドとシンタローセカンドコンタクト。でもまだ互いに恋のこの字もありません。

自覚するのはいつの日か・・・


他人事のようですが、次からいきなりシンタローは自覚しちゃってますので。彼女(?)の自覚編も考えんとなぁ・・・








次へ

nr2



出会い編



 目の前には一枚の紙がある。

 “進路希望調査“ と書かれたそれは、これまでの人生の中でも二度ほど目にしたものだ。

 普通、進路といえば大いに悩むもののひとつであろうが、シンタローはこれまでこの手の調査で、思い悩んだことはなかった。彼女は自分の進むべき道がはっきり見えており、他のものに目を向けることがなかったからだ。

・・・・・・見ることが出来なかった、と言うべきだろうか?

 けれど今は違う。彼女は先日の家出により、世界の広さを知った。その経験は彼女に自由を教えたが、同時に進むべき道の多さを知り、そのどれを選ぶかで頭を悩ませることにもつながった。

 机にうつむき加減なので、黒髪で顔が隠れ、何の手も加えられていない唇しかうかがい知ることはできない。彼女の唇は、どこか不機嫌そうに固く結ばれていた。

「・・・・・・」

「シンちゃーん、何してんの?」

 はた目にはぼんやりとしていたシンタローは、聞きなれた能天気な声に脱力しながらも振り返った。

「グンマか・・・」

「そうだよー。ねえシンちゃん、おやつ食べよー・・・・・・ってあれ? これって・・・」

 グンマはひとつにくくられた柔らかな金髪を揺らしながら、ひょいと卓上の“進路希望調査”をつまみあげた。

「何も書いてないじゃない。珍しいね。迷ってんの?」

「・・・・・・そうだな」

「・・・・・・・・・・・・やっぱ、あの事気にしてるの?」

「・・・・・・」

 あの事、とは昨年のシンタローの家出に端を発した、グンマを含む青の一族の内輪揉めのような事件のことだ。

「もう、終わった話だろ。皆、収まるところに納まったんだ。蒸し返すなよ」

「・・・・・・けどさ・・・」

 グンマはその騒ぎにより、両親は死んだと思われていたのだが、実は本当の親が別にいることが解り、今は新しい家族を得た。もう一人、新しい従兄弟も現れたりしたのだが、シンタローはそれまで信じていた血のつながりが、全て絶たれるという結果を残すことになってしまった。

 無論、だからと言って彼女の一族から放り出されるわけではない。今まで通り家族とともに暮らしているのだが・・・。

そもそも親族内では唯一の黒目黒髪だったのだ。内心はいろいろと複雑で、グンマはそんな従姉妹の気持ちを汲んで、言葉を濁したのだろうが・・・・・・

 ポン、と巻かれた金色の頭に手を置き、わしわしとなでる。

「ち、ちょっと何だよ! やめてよー、シンちゃん!」

「お前が暗くなんなっての」

 苦笑いをしながらのシンタローの行動に、グンマはむぅと頬を膨らませる。そんな態度に笑みはさらに広がった。

「お前ほんっと、いつまでもガキだな」

「何だよー! 人がせっかく心配してやってるのにぃー!」

「ハーイハイハイ。誰も頼んでねぇよ」

 辛らつなことを言いつつも、その顔は変わらず穏やかだ。それ気付いているのかいないのか、ムキになったグンマが突っかかっていると、二人のいる机に影が差した。何事かと同時に顔を上げる。

「あ、キンちゃん」

「キンタロー・・・・・・」

「何を騒いでいるんだ? 周りに迷惑だろう。ここは公共の場だぞ」

 現れたのはもう一人の新しい従兄弟、キンタローだった。

彼らが互いの存在を知ったのは例の騒動のときで、まだ出会って一年も経っていない。けれどグンマは持ち前の人懐っこさで、早いうちからキンタローに慣れ、気さくに話しかけており、キンタローもそれに応えている。が、シンタローのほうは当初敵視していたせいもあり、今のようになるまでに時間がかかった。仲が悪いわけではないのだが・・・

「騒いだのはグンマだ。オレは悪くねー」

「あー! ひどいよシンちゃん! キンちゃん、僕だけが悪いんじゃないよね?」

「・・・・・・そうだな」

 グンマがすがるとキンタローは少し考えるようなそぶりを見せる。

「グンマをからかえば騒ぎ出すのは解っていて、からかっている訳だからシンタローにも非はある。・・・・・・それといい加減“オレ”と言うのはやめたらどうだ? マジック伯父貴が嘆いてたぞ」

「チッ! うっせーないちいち。そんなんオレの勝手だろ。親父に指図される覚えはねぇ。ほっとけんなの」

「でも、サービス叔父様も困ってたよ?」

「え?」

 悪態をついていた表情が一変し、夢見るような目つきで振り返ったシンタローに、グンマは頬を引きつらせながらも続けた。

「せっかくきれいになったのに、あれじゃ形無しだ・・・って」

「叔父様が・・・・・・」

語尾にハートマークがつきそうな口調に、グンマとキンタローは呆れて顔を見合わせた。シンタローの(美しいほうの)叔父崇拝は、相変わらずだと、肩をすくめる。

「そんなに好きなら、嫁にでもなればいいだろうに・・・」

 とたんに夢見ていた顔が険のあるものに歪んだ。

「あに言ってんだよキンタロー。叔父と姪は結婚できねーの」

「・・・・・・しかし、お前の父の力があれば、法の一つくらいごまかせるだろう」

 それ以外に問題はないし・・・と言う言葉はさすがに心にしまっておいた。

「あーのーなー・・・」

 シンタローがうなるように言うと、グンマも苦笑いを浮かべた。

「それはないよキンちゃん。あのお父様が、よりにもよってシンちゃんを結婚させるために尽力する訳ないじゃない。だって結婚したら別々に暮らすことになるんだよ?」

「・・・・・・それも、そうか・・・」

 学園の最高責任者であり、一族の長でもあるマジックは、自分の娘を異常なほど溺愛しており、常にべったりだ。それを娘であるシンタローはうざがって、日々繰り返される親子喧嘩はなかなか壮大だ。それを思い出してキンタローは納得する。

「それにさ、オ・・・私はジャンとそっくりなんだぜ? いくらなんでも男の親友と似た顔の嫁は、もらいたくないだろ叔父さんも」

「確かにな」

「あー・・・それはちょっと嫌だろうね・・・」

 ジャンとは、サービスの長年の親友で、長いこと行方不明だったのだが、これもまた去年戻ってきていた。彼の存在を知らなかった頃の、まだ幼いシンタローはわりと真剣に、将来の夢として叔父の奥さんを考えていたが、今はもう昔の話だ。

「・・・・・・ホント、どうすっかなー・・・」

 初心に戻って白紙の紙に目を落とすと、今度はキンタローが覗き込んでくる。

「決めてなかったのか?」

「ああ。お前はグンマと一緒に研究所だろ、ドクター高松んとこの。それとも院に入るのか?」

「どっちでも大差ないけどねー」

 高松はグンマの育ての親で、この学園の母体となる企業の研究員であり、大学の講師もしている。金髪の二人はずっと高松に師事し、就職後も彼の下で働くことになっているので、肩書きが違うだけでどちらを選ぼうと大差はないのだ。

「シンちゃんも、このままここにいるんでしょ?」

「・・・・・・」

 これまでだったらうなずいていただろう事に、今は簡単に答えられない。そんな反応をされるとは思っていなかったグンマは、不安そうにシンタローを窺い、続いてキンタローを見上げた。

「何だ? ひょっとしてシンタローは外に行くのか?」

「・・・・・・いや・・・・・・」

 図体のでかい(とはいえグンマは彼女より小さい)男二人に不安気な目を向けられ、シンタローは苦笑う。不安なのは彼女も同じだったが、安心させるように笑って見せた。

「まだはっきりとは決めてねぇんだ。どうなるかは解んねぇ」

 自分の素性を知り、自由を知り、いかに世間知らずで狭い世界で恵まれて生きてきたかを知り、シンタローの中にはこれまでにない思いが芽生えてきていた。しかしまだ彼女は、この思いをどう表現していいいのか解らないでいる。

「大変だよな、生きるって」

 大きく伸びをしてつぶやくと、三人の従兄妹達は、そろって天井を見上げた。その先にある未来を見ようとでもするように。




























「勘弁してくださいよ、部長ー!」

 高等部へとつながる渡り廊下。通りかかった際に、そんな大声を聞いたシンタローは思わず立ち止まり、そちらに目をやる。

 中庭の、校舎に半分隠れる程度の場所で、なにやら数人の男達が言い合いをしていた。非常に不本意だが、その大半には見覚えがある。

(まーた何かやってんな、オッサン達・・・・・・)

 やれやれとそちらに足を向けた。知り合いは、サービスの兄であるもう一人の叔父、ハーレムとその部下達だったからだ。

 彼らは(おもに上司であるハーレムのせいで)つねに揉め事を起こす、企業の悩みの種である。しかし、仕事となると類まれなるチームワークを発し、他の誰にもできない特技を生かした集団であるがために、そうそうクビにもできず、少々のことは黙認している状態だった。少なくとも今のところは。

(たっく・・・・・・・)

 そのためシンタローは彼らの悪行(おもに生徒に対する脅しや、カツアゲ)を見つけるたび、止めていた。今回もその類だろうと、堂々と叔父に声をかけた。

「おい、オッサンども。いい年してんなことして、恥ずかしくねぇのかよ」

 予想通り、そこにはハーレム、マーカー、ロッド、Gと見知った顔が、高校生らしい金髪の男子生徒を、取り囲んでいる姿があった。腹が立つより先に呆れてため息をつくと、なぜかハーレムは嬉々とした笑みを向けてきた。

「ちょーどいいところに来たじゃねぇかよ、シンタロー!」

「何がだよ。うちの生徒にカツアゲすんなって、何回言われりゃ解んだよ。それと校内は禁煙だ。またボヤでも起こす気か? いい加減その金のことしか詰まってない頭にも、一般常識くらい入れてくれよ」

「・・・・・・ほ、ほぉう・・・・・・・」

 こき下ろされながら鼻で笑われ、とたんに機嫌が悪くなった叔父を、シンタローはつくづくガキだな、と思いつつ見ていたが、その他の人間は青くなっていた。特にその怒りの八つ当たりをよく受けるらしいロッドが、なだめようとしてか、慌ててフォローに入る。

「いや、違うんすよシンタロー様。こいつは最近ここに入ってたばっかのやつで、今は、社長にあいさつに行かせようって話をしてたんす」

「・・・・・・その割に、悲鳴みたいな声がしてたけど・・・・・・?」

「それはいつも通りに、部長のからかいのためです。断じてカツアゲなどはしておりません。なあ、G」

「・・・・・・ああ」

 今は、という声が聞こえたような気がしたが、彼らの中でも比較的常識的なマーカーとGに言われてしまうと、不信がっていたシンタローも、納得するしかなさそうだった。

 不承不承うなずくシンタローに、機嫌を直したハーレムが、煙を吐きながら勝ち誇った。

「つー事だからよ、そう目くじら立てんなって。美人がだいなしだぜ?」

「うっせえ、アル中」

 そう捨て台詞を残して、長居は無用と去りかけると、背後から呼び止められる。

「おい、シンタロー」

「あんだよ」

「そうつんけんすんなって。急用がないなら、こいつをちょっと理事長室まで連れてってくんねぇか? まだよく覚えてねぇんだとよ」

「・・・・・・」

 ハーレムの言葉には顔をしかめるが、この学園は中、高、大、院までがひとつの敷地にあり、とにかく広い。来て日の浅いものや、新入生が迷うのはよくあるのだ。

 別に、案内すること事態に不満はない。・・・・・・この状況が気に食わないだけだ。

 だが――と、シンタローはびくびくしている高校生を見て思う。彼は悪くないわけだし、こんな集団からは早く引き離したほうがいいに決まっている、と自分を納得させ、そちらにだけ目を向けて言った。

「いいぜ。ついて来な」

 手招きしてから背を向けて歩き出すと、おずおずとついてくる気配と、叔父らからの声がした。

「しっかりやれよ! びびんじゃねぇぞ、リキッド!!」

「何させる気だよ、オッサンら! それとせめて歩きタバコだけは止めろよな!」

 振り向いて怒鳴ると、張本人達よりも、心底驚いたような高校生の表情の方が目に入ってきた。












 学園指定の紺のブレザーを着た男子高校生は、珍しそうに校舎内を見回している。長身のシンタローに時々置いていかれそうになり、あわてて小走りに駆け寄る、という事態も何度かあった。それに気づいたシンタローは、足も止めずに振り返ると、苛立ちを含んだ声で言う。

「おい、トロトロしてんな、置いてくぞ! 迷っても探さねぇからな!」

「は、はい!」

 慌てて返事をして走りよってくる高校生は、それからは周りに目をやるのをやめ、背を追ってきた。素直な反応に気をよくしたシンタローは、今さらながら少しだけ歩調を落としてやる。

「お前さ、あのオッサンらの知り合い?」

「え? あ、はい! 俺、ハーレム部長に引き抜かれてここに来たんす」

「・・・・・・あんだって?」

 歩きながらも思わず高校生――確か、リキッドと呼ばれていたなと思い出す――をまじまじと凝視する。相手はあせったようで冷や汗をたらしていたが、シンタローはかまわず続けた。

「引き抜かれたって、あのオッサンに・・・・・・? 何だってまた・・・・・・」

「いえ、その・・・」

 しどろもどろなリキッドの説明によると、不良グループの一員だった彼は、そこを抜ける際のケンカをハーレムに目撃され「俺んとこ来い」と無理やり連れて来られたらしい。

「・・・そもそも元の学校も、退学させられる寸前だったんで、ちょうどいいかなー、なんて思って・・・・・・」

 ここでリキッドは何かに気付いたように体を震わせた。今までヤクザまがいのハーレムのような人物ばかりに会い、失念していたようだが、目の前にいるのが一般人で、しかも今は理事長にあいさつに行く途中だった、ということを思い出したらしい。

「あ、あ、すんません! ・・・じゃなくってあのその、今は違いますから! グループも抜けたし、知り合いから子供預かってるんで、まっとうな職に就きたいって思ってて・・・・・・それでここに来たんすよ! だから・・・」

「・・・・・・あー、そうか・・・」

 彼が、シンタローをおびえさせてしまった、あるいはこれからの生活をしていく上で、族上がりだとばれてしまうのはまずい、と慌てているのは解る。これだけ必死に言っているのだし、言葉に嘘はないのだろうが、シンタローは哀れみを感じた。

 まっとうに生きるための新天地に来て、最も身近になった存在がよりにもよって一族の問題児(という年でもないが)ハーレムだというのが、かわいそうになってきたのだ。

「・・・・・・ならな、ひとつ言っておく。まっとうな職につきたいのなら、あのオッサンには近付くな。それさえせずにこの学校でまじめにやってりゃ、そこそこのことはできるぜ。でっかい企業だしな」

「・・・・・・」

 意外な言葉だったのだろう。リキッドはしばらく大き目を見開いていたが、ふとあさっての方向を見てため息をついた。

「近付きたくて、近付いたんじゃないんすけどね・・・」

「ま、そうだろうな、さっきの様子からすると。今も金巻き上げられたりしてんだろ」

「・・・・・・はい・・・・・・」

 前髪で隠れた目元から見える、きらりとした滴にますますシンタローは同情する。我が叔父ながらどうしよもない奴だと思い、粛清(公正ではなく)方法をいくつか考えてみた。

「っと、いけねぇ。こっちだぜ」

 角を曲がり損ねかけ、たたらを踏んでから再び正しい道へと進む。その様子を不慣れな男子生徒は、感心したように見つめていた。

「よく解りますね、こんな広いところなのに・・・」

「ああ、オ・・・・・・私は長いからな」

「ひょっとして中学からいるんすか?」

「・・・・・・ああ。大ベテランだぜ」

 どうやらこの高校生は、自分の素性を知らないようだ。しかし言って威張り散らしたいわけでもないので、あえて言いはしないでおく。

「俺も早いとこ慣れないとな・・・。寮と学校の行き帰りも、最近ようやく覚えたくらいだし」

「・・・いつからいるんだ?」

「今学期からっす。寮はもうちょっと前からいたんすけど・・・・・・」

「ひょっとして、寮に子供と暮らしてんのか?」

 先ほどの言葉を思い出し、問いかける。

「はい。子供つっても小学生なんで、もうそれほど手ぇかかりませんけど」

「へぇ・・・・・・。いくつだ?」

「十歳っすね」

「へぇ! 私の弟と同い年だ。聴いたら知ってるかもな」

 話がはずみ、もっと聞きたいことも出てきたが、ちょうどいいタイミングで理事長室に着いてしまった。

 まぁいいか、と思い中断して事務的なことを言う。

「着いたぜ。帰り道は・・・・・・解んねぇよな。一応地図もあるけど、外だから意味ねぇし・・・・・・」

 シンタローは持っていたかばんをかき回し、一枚のたたまれたカードを取り出した。

「これやる。小さいけどここの地図だ。・・・ここが現在地でここが高等部。こっちが寮。・・・・・・大丈夫か?」

「・・・・・・はい、どうにか・・・」

 地図を凝視する様子にやや不安を抱きながらも、それじゃあな、と手を振り去ろうとする。と――

「あの!」

「あ?」

 振り返ると、青い瞳がこちらをまっすぐに見返している。一族のとは少し違う色だと、今さらながら気付いた。

「あ、ありがとうございました! えっと・・・・・・」

 言いよどむ元不良の高校生に、フォローを入れてやる。

「シンタロー、だ。こんな名前だけど一応女。大学の二回生だ」

「あ、はい。ありがとうございます、シンタローさん」

「お前もしっかりな! 機会があったらまた会おうぜ、リキッド」

「はい!」

 今度こそ手を振って去るシンタローと、理事長室に向き直るリキッド。

 こうして二人のファーストコンタクトは終わるのだが、この後リキッドは、扉越しに話を聞いていたマジックに、遠回し(かどうかは定かではない)に娘との関係を聞かれ、肝を冷やしたり、同居人のパプワが、一時期シンタローと生活をともにした親友だと知って、驚いたりするのだが、それはまた別の話。

 そうしてシンタローも、これが自分の人生を左右する出会いになるなどとは、知る由もなかった。








出会い編。

のわりにリッキーあんまり出てこない。

ちょっと不明点とかもありますが、本筋とは関わりないし、説明くさくなるんで、そのうち設定にでも書きます。



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nr1
学園物 設定


・中高大一貫で、企業付属大学校が舞台

・学生はその企業の社員候補生

・青の一族が仕切ってます。立場はみな同じ

・ただしシンタローは女。ジャンもいるよ、男だけど

・あ、生まれつき女です

・ちなみにスレンダー体系。ノーブラでもばれない(byブリトラ)

・シンタローは興味がないだけで、決してセンスが悪いわけではないです




・リキシンです

・基本はシンタロー24歳、リキッド20歳のパプワ6歳

・シンタローとパプワの出会いは21歳と3歳

・リキッドは17歳

・パプワと出会った数か月後ぐらいに二人(リキッドとシンタロー)は会ってます。

・パプワとシンタローは共同生活経験あり

・パプワのご両親がジャンと知り合い

・赤の一族なんで、死後ジャンに託されました。

・パプワは秘石眼もちです。特別何に使うとかはありませんが。

・コタローとパプワは同じ地域の公立小学校に通ってます。

・キンタローの設定も原作通り。非科学的です。









本編へ

ss2
* n o v e l *

PAPUWA~俺達類友!~
3/4



「うう、えらい目にあったどす……」
「まだまだ修行が足りんな、アラシヤマ」
「師匠。気のせいかもしれまへんが、なんや特訓いうよりも殺意込めた本気の攻撃しとりまへんでした……?」
「気のせいだ」
顔色一つ変えずにキッパリと弟子の言葉を否定し、マーカーは訓練所を出てガンマ団内を歩く。
その後をあちこち焦げてボロボロになったアラシヤマがよろよろと追う。
特訓(と見せかけて本気でアラシヤマを葬ろうと)している間に、大分ストレス解消ができたようだ。
マーカーの表情からは苛立ちが消えている。それとは対照的にアラシヤマは憔悴しきっていたが、ふと前方に見知った人影を見つけて思わず立ち止まった。
「マジック様!?こないな所で何してはるんどす?」
「ん?……ああ、マーカーとアラシヤマじゃないか」
声をかけられて振り向く前総帥のもとに、二人は歩み寄って頭を下げた。
「何だかアラシヤマはボロボロだねぇ。手合わせでもしていたのかい?」
「へ、へぇ……そうどす。師匠に相手してもろうとったんどす」
「ええ。偶然時間が空いていましたので、久しぶりに腕を見てやろうかと」
「ほう、麗しき師弟愛だね。羨ましいよ」
礼儀正しく沈黙を守るマーカーの隣でアラシヤマは口を引きつらせたが、気を取り直して最初の質問を再び投げ掛けた。
「マジック様、何かありましたん?側近も連れんと、こないな所でお一人で」
「あ、ああ……用はもう済んだのでね。今はシンちゃんの部屋から帰るところさ」
「ええ!?シンタローはんの!!?」
過剰反応を見せる弟子に、マーカーは露骨に嫌な顔をした。
だが自他共に認めるシンタローマニアである二人はそんな事に気付きもせず、興奮した様子で「今日のシンちゃん(シンタローはん)」の話で盛り上がっている。
「いやぁ~、ハッハッハ。今頃シンちゃんはカレーを食べている筈だよ。あの子はカレーが好きだけど、その中でも私の作ったカレーが一番の好物だからね!」
「えっ、マジック様の作りはったカレー……どすか?」
「ああ。シンタローの好みは父親である私が一番よく分かっているし、シンタロー本人もパパの作ったカレーライスじゃないとヤダって泣いちゃう位の甘えん坊だからね!」
「なっ……何どすってぇー!!?」
いささか誇張されている(妄想の入っている)自慢話に、アラシヤマは激しいショックを受けてよろめいた。その隣で、「嘘つけオッサン」と心の中で冷静にツッコミを入れつつも、
「そうですか。やはり幾つになっても親子の絆は失われないものですね」
などとテキトーな事を言っているマーカーの馬鹿にしまくった絶対零度の眼差しにも、暴走している二人は気付かない。
「し、シンタローはん……心友であるわてのカレーでも駄目なんどすか!?」
「ハッハッハ、駄目だよもちろん」
「即答どすか!?」
「シンちゃんは照れ屋なだけで、本当はパパの事が大好きなんだからね。君じゃあ無理だよアラシヤマ」
フフン、と見下されてアラシヤマは嫉妬の炎を轟々と燃え滾らせた。
「照れ屋、ですか……シンタロー様の性格と、話の流れから察するにマジック様もシンタロー様から追い出されたのでは?」
「マーカー、余計な事言うとオシオキするよ」
「申し訳ありません」
アラシヤマは打ちひしがれた様子でボタボタと大粒の涙をこぼしていたが、身に纏う炎は益々燃え盛り、ぐっと力強く拳を握った。
「わ、わてもカレーを作りますえ……そしてシンタローはんにっ、シンタローはんに……っ!

『え――?これ、お前が作ったのアラシヤマ?……ああ、すっげー美味いよ。親父のなんか目じゃねー位に。いや、誰が作ったカレーよりお前のが一番だ。俺の為にこんなに美味いカレー作ってくれるなんて……大変だったろ?
やっぱり俺の真の理解者はお前だけだよ。サンキュー、アラシヤマ。――俺の大切な……心友』

……って、褒めてもらいますえーーっ!!!」
妙な妄想を繰り広げ、バーニンラブ!!と暑苦しく叫ぶ弟子に流石に呆れ果て(というか心底気持ち悪いと思って)マーカーはアラシヤマから無言で距離を取った。
「あんなのが弟子で、君も大変だねぇマーカー」
「…………恐縮です」
貴様には言われたくない、と思いながらも、マーカーは分別ある大人だったので黙って頷いておいた。
そして、そんなのにばかり付き纏われている年若き総帥の事を思うと、マーカーはこの冷淡な男にしては珍しく、少しばかり同情の念がわいてくるのを感じるのであった。



アラシヤマは燃えていた。実際に炎が出ていたので、途中すれ違った何人かに火傷を負わせたようだが、そんな瑣末な事に関わっている暇は無い。
あの後、ガンマ団内にある食堂へ駆け込んだアラシヤマは、食堂のおばちゃん達に鬼気迫る表情で事情を説明し、ふりふりエプロン(白の総レース)を借り受けてシンタローの為に執念のカレーを作り上げた。
「友情、愛情、二人のスウィートメモリー……シンタローはんを想うて思わず流してしもうたわての切ない涙でスパイスをきかせ……愛憎渦巻く『ビバ☆シンタローはん愛してますえ友情パワー爆裂カレーライス!』の出来上がりどすぅ!!!」
名前を聞いた時点で誰もが食欲を無くすような名前を恍惚とした表情で叫び、アラシヤマは大切そうに特製のカレーが盛られた皿を捧げ持つように持って、愛しい彼のもとへ駆けていた。
――そんな事をしたらカレーが冷めるという事にアラシヤマは気付いていない。
「フ…フフフ……!これでシンタローはんのハートはわてのもんどすなぁ~……!」
黙っていれば彼はなかなかの美男子だ。だが、鍛え上げられた肉体の成人男性がエプロンを身に着けて「フフフフフ……」と暗く笑う様はたいそう不気味だった。
不幸にもその姿を見てしまった者達は、沈痛な面持ちで「……俺は何も見なかった」と自己暗示をかけて目をそらすしかなかった。












自分の組織内でそんな悲惨な事件が起きているとは夢にも思わず。
「あ~、食った食った!……ま、こんなもんなんじゃねーの?食えねぇ事はねーな」
マジックの作ったカレーを綺麗に平らげて、シンタローは感想を聞いてきた父の側近達にそう答えた。
だがその素直でない返答とは裏腹に、表情は満足気だ。それを見て側近達も笑みを浮かべる。
「そうですか。それを聞いたらマジック様もお喜びになられるでしょう」
「あんまあの親父を調子づかせんじゃねーぞ、ティラ、チョコ」
「心得ております、シンタロー総帥」
キンタローも美味かった、と満足気に言ってスプーンを置き、ティラミスとチョコレートロマンスが皿を片付けて部屋を去っていくのを見送った。
「次回は、一緒に食事をしてやってもいいんじゃないか?シンタロー」
二人が出ていって暫くしてから、キンタローは何気なさを装ってそう提案してみた。
シンタローは一瞬嫌そうな顔をしたが、少し照れ臭そうにがしがしと乱暴に頭をかき。
「……ま、たまには付き合ってやってもいいかもな」
と答えた。
ほのぼのとした空気がその場に流れる――が、
「シンタローはん!わての燃える愛も受け取っておくれやすぅぅぅ!!」
世界一空気を読めない男の登場で、一瞬にしてそれは霧散した。

* n o v e l *

PAPUWA~俺達類友!~
4/4



こんなもん食えるかあぁぁぁぁ!!!」
怒声と共にドガァァァーン!!と本日2発目の眼魔砲が炸裂した。
「溜めナシどすかー!!?」
キリモミ状に空を飛んで床に叩き付けられながらも、アラシヤマは即座に復活してずぅーるずーるとゾンビのように床を這いずる。
咄嗟に庇ったのか、奇跡的にカレーは無事だった。
「げほっ!……ぐっ、な…何でどすかシンタローはん……!マジック様のカレーやないと、嫌なんどすか!?泣くんどすか!?駄々こねはるんどすか!!?
そないなシンタローはんも愛らしいて好きどすけど、わてのカレーも一口でええから食べておくれやすぅ!」
足に縋りついてくるアラシヤマに鳥肌を立ててゲシゲシ!!と容赦なく蹴散らしながら、シンタローは「何の話だそれは!?」と怒鳴った。
「どんな怪電波を受信してんだよオメーは。何喋ってんのかよく分かンねーけど……俺は米の代わりにおたべが敷き詰めてあるようなカレーをカレーライスとは認めねぇ!」
そう、アラシヤマの作ってきたカレーはカレーライスとは名ばかりの、米が一粒も入っていないカレーおたべであった。アラシヤマはシンタローの蹴りで更にダメージを受けつつ、不思議そうに彼を見上げる。
「……な、何か不都合でもありましたん?シンタローはん。米が好きや言いはるんなら、安心してええどすえ。おたべには米粉が使われてましてなぁ、主な原材料は米粉と砂糖とニッキ……」
「誰が製造過程言えっつったよ、ああ!?ニッキの匂いとカレーの匂いがイヤな感じでコラボしてんぞコラ」
「せやかて……カレーには隠し味でチョコレートやらヨーグルトやら入れる人がおるんやから、おたべが入っても大して気にならんと違います?」
「お前、世界のカレーライス愛好家の皆さんに土下座して謝れ。あとついでに京都の皆さんにも謝ってそのまま永遠の眠りにつきやがれ」
特別に俺の手で送ってやるからさ、と爽やかに笑いかけながらアラシヤマの頭をぐりぐりと踏みつけてやる。
「ああん、そんなシンタローはんも素敵どすわ!」
「おいキンタロー、ちょっと手ぇ貸してくれ。デカいゴミ埋めるから」
本気でアラシヤマを血の海に沈めようとするシンタローだが、キンタローが無言で首を横に振るのを見て、チッと舌打ちした。
踏むのをやめると足元でアラシヤマが血反吐を吐いているのが見えたが、無視してソファに向かい、どさっと腰を下ろす。偉そうに足を組んでアラシヤマを見やり、「……で?」と低い声音で訊ねる。
「へ……?」
「へ?じゃねーよ。何だって突然カレーなんか作ってきたんだ?めんどくせーけど一応聞いてやっから、言ってみろよ」
「し、シンタローはん……!」
感激して此方を見つめる男にシンタローは一瞬「やっぱ聞かなきゃよかったかも……」と思ったが、すぐにまぁいっか、と気を取り直して先を促した。
何だかんだ言っても好物のカレーライスを食べた後で、機嫌は悪くなかったのかもしれない。



「――――と、いうワケどすえ」
「なぁーるほどね。情けなさに涙が出そうだわ俺」
アラシヤマの説明を聞き終わった後、シンタローは下を向いて心底疲れたようにハァ……と溜息をついた。意味不明な自慢をするマジックもマジックだが、それを真に受ける奴も真に受ける奴だ。
「確かお前、今日は一日休みの筈だろ?遠征から帰ってきたばっかで疲れてるだろうに、なーに下らねぇ事やってンだよ」
「心友のシンタローはんに喜んでもらいたかったんどす……!」
「いや、心友どころかただの友達ですらねーから。俺とお前の間に関係があるとしたら、それは無関係ってやつだ」
「ひ、久しぶりに聞くと堪えますなぁ…シンタローはんの照れ隠しは……。照れ屋なお人やって分かっとってもグサグサ突き刺さってわての繊細な心を容赦なく抉っていきますわ……」
繊細というには打たれ強すぎるのでは、と後ろでキンタローが異を唱えた。それに対して深く頷いて同意を示しつつ、
「んっとに……仕方ねー奴だなぁ」
やれやれ、シンタローは呟いて呆れたように苦笑いした。
それを見てアラシヤマが鮮やかな鼻血をふき上げたが、シンタローは意識して目をそらし、軽く伸びをした。
「事情はわぁったよ。でももう親父の作ったカレー先に食っちまったから、今は腹減ってねーんだ。
折角作ってくれたのにワリーな。……ま、一応礼言っとくぜアラシヤマ。サンキュー」
「――――!!!!しっ、しししシンタローはん……!!い、今、わわわわて、わてに…お、おおおお礼を言わはりました!!?」
「……おぉ、言ったけど」
バッと立ち上がってハァハァと鼻息荒くブルブル震えながら問い掛けてくるアラシヤマに、シンタローはちょっと引きながら頷いた。
危険を感じたキンタローがさり気なくシンタローを守るように前に立ちはだかるが、アラシヤマは最早シンタローしか見えていないらしく、滂沱の涙を流しながら感極まったように両手を組んだ。
「はぅあ……!!!わ、わて!!わて!!もういつ死んでもいいどすうぅぅーっ!!!」
「…………そぉか、良かったな」
シンタローの名を呼んで抱きつこうとしてくるアラシヤマに、W眼魔砲が炸裂した。



「フッフフン、フ~ン。フッフフン、フ~~ン♪」
「うるさいぞアラシヤマ!貴様、それで鼻歌のつもりか?」
「あ、師匠!」
上機嫌にスキップしていたアラシヤマは、マーカーに声をかけられて嬉しそうに立ち止まった。その笑顔にマーカーは悪寒を覚えたが、ちょうど自分の進行方向にアラシヤマがいるので背を向けて立ち去る事ができない。
「耳障りだ、死ね」
「出会い頭にいきなり何言いますのん!……まぁ今はわて、誰に何を言われても許せそうどすけどな」
「……ついに脳細胞が全て死に絶えたか」
幸せそうなアラシヤマの笑顔を見てマーカーは戦慄した。これ以上奇行をやらかして師である自分の名を地に落とす前に、今の内に始末してやる方がお互いにとって幸いであるのかもしれない。
必殺技の構えを取ろうとするマーカーに気付かないまま、アラシヤマは何が可笑しいのかクスクスと笑った(殺るしかない、とマーカーはこの時確信した)。
「聞いておくれやす師匠!実はさっき、シンタローはんがわてに、このわてにっ、ありがとう心友って言うてくれましたんえ!?」
「哀しい白昼夢だな」
マーカーは即座に切って捨てた。
だがアラシヤマは気にした様子もなく「何言うてはりますのん」と鼻で笑った。
「ほんまに言うてくれましたんえ?わてのカレーライスにえらい感動してはりましてなぁ……マジック様のカレーを先に食べてもうたせいで今はわてのカレーが食べられへんて、それはもう残念そうに言うてはりましたわ。でもわては大丈夫なんどすえ!また次の機会がありますし、シンタローはんの切ない想いはちゃーんと受け取りましたんや!……これも、以心伝心っちゅーやつやろか。フフ…フフフフフ……」
ニヤニヤと笑うアラシヤマを見てマーカーは眉間に深いしわを刻んだ。せめてもの慈悲で、苦しまないように送ってやろうと思いながら。
「師匠もわてとシンタローはんを見習って、早いとこ友達作った方がいいどすえ?師匠はその歪んだ性格直さんと無理でっしゃろうけど、歳取った時にだぁーれも周りにおらんと不憫――」
「蛇炎流!!」
調子に乗って、上から目線で余計な事を口走ったアラシヤマは、全治3ヶ月の全身火傷を負ったという。




一方何だかんだ言っても心優しいシンタローは、アラシヤマを部屋から叩き出した後、
「ったく、何で俺がこんなマズそうなもん……」
とブツブツ言いながらも、カレーおたべを一口だけ食べてやった。そして想像以上のそのマズさに、「アイツ次会ったらぜってぇぶっ殺す」と堅く心に誓い、二人の間にはまた大きな溝が生まれた。
そして更に踏んだり蹴ったりな事に、アラシヤマに妙な対抗心を燃やしたマジックに毎日毎日カレーライスの出前をされ、うんざりして彼は空に向かって吼えた。
「もう暫くは誰の作ったカレーも食わねぇ……!!!」

後日、ガンマ団の食堂入り口には『アラシヤマ、厨房立チ入ルベカラズ』と書かれた紙がデカデカと張られ、ついでにアラシヤマの給料はシンタローの気が晴れるまでの間ずっと、90%カットされたという。










END



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