作・斯波
初めて解る
相手のことってたくさんある
初めて解る自分の気持ちも
DAY BY DAY
六時、目覚ましが鳴って俺は眼を覚ます。
隣で眠っているシンタローさんが起きるのはその一時間後。
一緒に暮らすようになって初めて知った。
この年上の恋人は意外と、朝が弱い。
「シンタローさん、朝ですよ!」
七時十五分前、俺はシンタローさんをそっと揺り起こす。
枕の上に長い黒髪を乱して眠っているシンタローさんはうーん・・と唸ってシーツの奥へ奥へと潜り込んでいってしまう。
その様はものすごく可愛くていつまでも見ていたいくらいだけど、そういう訳にはいかない。
「遅刻したらキンタローさんに叱られますよー?」
わざと耳許で言ってやると僅かに眉をしかめる。俺は眼を覚まさないシンタローさんのさらさらの髪をすくいあげて、おでことほっぺに唇を押しあてた。
(だって今だけなんだし)
覚醒している時はいつでも超俺様のこの人が無防備に俺の手を受け入れるのは、夢と現の間を彷徨っているこんな時だけだ。
「シンタローさん、起きないと悪戯しちゃいますよー?」
半分冗談、半分本気で言った言葉がやっと脳に届いたらしい。
温かい首筋に顔を埋めている俺の頭の上に拳骨が落ちてきた。
時計の針は午前七時ちょうどを指している。
「今日は仕事、普通に終わりそうですか?」
「ん―――・・・」
俺はたんこぶが出来た頭をさすりながらお茶を淹れていた。
今朝の味噌汁は豆腐と油揚げ。ちりめんじゃこに冷たい大根おろしをかけながら、シンタローさんは一生懸命今日のスケジュールを思い出そうとしている。
シンタローさんが和食党だって知ったのも、一緒に暮らし始めてからのこと。
引っ越してきた次の朝パンを焼いてる俺に、何だか困ったような顔で言ったのだ。
―――なあ、明日はご飯にしてくれねェ?
それから慌てて、勿論それも美味そうだけど、と付け加えた顔はちょっと赤くなっていて、俺は何となく胸の奥が暖かくなったような気がした。
(・・・意外と気を使う人なんだなあ)
次の日から俺は、朝は一時間早く起きてご飯を炊くことにしたのだった。
「夕方から会議が入ってたから・・・たぶん、遅くなる・・」
箸の動きが遅いのはまだ完全に目覚めていないからなんだろう。
普段人を睨み殺しそうな漆黒の眼には、まだぼんやり霞がかかっている。
「分かりました。何か食いたいもの、あります?」
「鯖の味噌煮」
今度の答えは早い。
職場から連絡がない限り、どんなに帰りが遅くなっても俺はシンタローさんの夕食を用意することにしていた。引っ越してきた最初の晩に、シンタローさんと約束したからだ。
1.喧嘩しても勝手に飛び出したりしない。
2.どんなに嫌な事があった日でも、夜は一緒のベッドで眠る。
3.ご飯は出来るだけ一緒に食べる。
この人の背中は広いけど、それでも世界を相手に戦うには背負っているものが重すぎる。
時には泣きたくなることや、疲れて何もかもを投げ出したくなることだってあるだろう。
そんな時、うちで待ってる俺のことを思いだして少しでもほっとしてくれればいい。
そのためにいつでも俺は笑っていたい。
そしていつでも笑っていて欲しいから、今日もシンタローさんの好きなものを作ろうと思う。
「あれさあ、味噌を加えて煮る時に、練り胡麻入れると美味いんだぜ」
「え、そうなんすか?」
「簡単にコクが出るからさ、おまえもやってみ」
「分かりました。じゃあそれに挑戦してみます」
「うん。楽しみにしてっから」
「あ、お迎えが来てますよ」
エントランスには黒塗りの車がもう止まっていて、総帥が下りてくるのを待っている。
「もうそんな時間か。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
玄関で見送る俺の前で靴を履いて、シンタローさんはひょいと振り向いた。
「ああ、忘れるとこだった」
「え?」
「―――朝ごはん、御馳走様でした」
きょとんとする間もなく落ちてきたのは、柔らかくて温かい唇だった。
暫く俺は呆然としていた。
やっと正気に戻ったのは、シンタローさんがニッと笑って風のように出て行ってから十分ほども経ってからのことだった。一気に顔が赤くなる。
「ひょっとして俺たちって・・バカップルって奴―――!?」
(あなたのことを知れば知るほど好きになる)
また新しい一日が、始まろうとしていた。
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リキシンはこれからどうなるか考えるとちょっと寂しくなるので、
せめてパラレルでは恒久的なリキシンの幸せを追求してみたいです。
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PR
作・渡井
ラズベリー・ラプソディ
面白くない。
「じゃあコタロー、寝る前にはちゃんと歯を磨くんだぞ」
おにいちゃんは膝に手をつき、僕と目線を合わせて笑う。
横ではキンタローおにいちゃんがファイルをきっちりと揃えている。今日のお仕事は終わりみたいだ。
「明日は朝から会議が入っている。遅れるなよ」
「はーいはいはい」
ひらひらと手を振って、おにいちゃんは廊下へと消えていく。
と思ったら、扉の向こうで何だか破壊音がした。しばらくしてから「うるせえバカ親父!」というおにいちゃんの怒鳴り声が聞こえてくる。
ああ、またパパと喧嘩してる。
「だって酷いよ、勝手にお嫁に行っちゃうなんて!」
「テメー頭わいてんのか!?」
キンタローおにいちゃんがため息をついて、仲裁に出て行った。
ほんと、面白くないよ。
前まで、今日みたいにお仕事が早く終わった日は、おにいちゃんがご飯を作ってくれた。
寝る前は本も読んでくれた。
どんなに忙しくても、うちに帰ればいつだって僕がおにいちゃんの一番だったんだ。
なのに今では、おにいちゃんは車に乗って行ってしまう。家政夫が待ってる部屋が、おにいちゃんの帰るとこになってしまった、らしい。
だからこうやって僕がおにいちゃんに会いに来るんだけど―――そんなに急いで行かなきゃ駄目なのかな。
家政夫は僕の友達だけど、アイツにおにいちゃんはもったいない。
てか、生意気。
「あはは、向こうも同じこと思ってるよ、きっと」
グンマおにいちゃんがパフェのミントの葉をよけながら笑った。
今日はパパもキンタローおにいちゃんも用事があるから、グンマおにいちゃんと2人でご飯だ。どうせならって近くのファミレスでハンバーグを食べた。
外食は楽しいけど、おにいちゃんが作ってくれた方が絶対に美味しい。
「だって釣り合ってないよ。何で僕のおにいちゃんをあげなきゃいけないのさ」
にこにこしてるグンマおにいちゃんに噛み付いてやった。
グンマおにいちゃんもキンタローおにいちゃんも、僕に負けないくらいおにいちゃんが好きなくせに、2人はなぜかとっても協力的だった。
おんおん泣くパパを毎日のように宥めてるのはグンマおにいちゃんだし、キンタローおにいちゃんはお引越しの手伝いまでしてた。
「まあまあ、コタローちゃんもパフェ食べようよ。ラズベリーが美味しいよ」
「凍ってるよ」
「それが口の中で溶けるのが美味しいんだって」
すごく嬉しそうに教えてくれて、僕は渋々ラズベリーを口に入れる。
あ、本当に美味しい。
「ここのパフェ、よく食べに来るんだ」
そういえばグンマおにいちゃんは甘いお菓子が大好きなんだった。よくおにいちゃんが呆れてたっけ。
「コタローちゃんと食べに来ようって思ってたんだよ」
「そうなの?」
おにいちゃんとグンマおにいちゃんとキンタローおにいちゃんは同い年で、僕だけずっと年下だ。話題も毎日の過ごし方も全然違うから、ときどきちょっと寂しくなることがある。
だけどみんな、いつでも僕のこと気にかけてるって、こんな風に何気なく伝えてくれるんだ。
こういうときは1人だけちみっ子なのも悪くないかなぁと思う。
「コタローちゃんが嬉しそうだと、僕も嬉しくなるんだよ。だから美味しいものを食べたら一緒に食べようって思うんだ」
ああ…それは、目の前の光景を見たら分かるよ。
グンマおにいちゃん、甘いものを食べてるときすごく幸せそうだもん。
「僕もグンマおにいちゃんが嬉しいと嬉しいよ」
見てるこっちまで幸せな気分になる。
少し驚いた顔になって、それからグンマおにいちゃんはにっこりと笑った。
「それと一緒だよ。僕とキンちゃんが、お引越しに賛成な理由は」
「…知ってたの?」
「だってコタローちゃん、最近ずっと拗ねてたから」
赤ちゃんみたいに言わないで。恥ずかしいよ。
おにいちゃんが引っ越してから、僕はそんなに分かりやすく機嫌が悪かったのか。もしかしてハンバーグとパフェは、慰めてくれてたのかな。
「おにいちゃんは、家政夫といて嬉しいの?」
「だと思うよ」
「だからグンマおにいちゃんとキンタローおにいちゃんも嬉しいの?」
うん、と大きく頷いてグンマおにいちゃんは最後のラズベリーを口に入れた。
「ご馳走様。もーおなかいっぱい」
そう言いながらお腹を撫でる仕草は満足そうで、僕は思わず声に出して笑った。
ファミレスからの帰り道、僕はグンマおにいちゃんと手を繋いで歩いた。
僕はグンマおにいちゃんが好きだし、キンタローおにいちゃんが好きだ。パパも、サービス叔父さんも、ハーレム叔父さんも好き。
そしておにいちゃんが大好き。
面白くないけど、家政夫といておにいちゃんが嬉しいなら、それもいいや。
だけどまだまだ釣り合うなんて思ってないからね。
うんと大切にして、幸せにして、いっぱい嬉しい思い出を作って。
―――そしたらシンタローおにいちゃんとのこと認めたげてもいいよ、リキッド。
明日は僕がパパを宥めてあげようかな?
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修業前のイメージです。
コタローもかなりのブラコンだと嬉しい。
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作・斯波
ほんとはとっても
きみがすき
いわないけどね
A.S.A.P.
終業時刻まであと五分。
未決書類を持って来ようとしたティラミスを追っ払う。
「それは明日でもいんだろ?」
「しかし総帥」
「明日やれることは今日やらないってのが俺のポリシーだから」
「しかし―――」
「はーいはいはい、もう定時だからね~、みんな帰ろうね~。てゆーか帰らせてお願い!」
あと、三分。
キンタローが入ってきた。何か言いかけるのを手で制する。
「仕事の話なら明日にしてくれ」
「何を急いでいる。今夜は会食の予定も入っていなかっただろう」
「いいの、俺は今日は雨が降ろうと槍が降ろうと定時であがるんだよ!」
携帯が鳴る。液晶の番号通知を見るなり切った。
(あの馬鹿親父の話につき合ってる暇はねェ)
「ちょっといいかシンタロー、その言い回しには大きな疑問がある。雨はともかく槍が降ってくるなんて光景を俺は生まれてこのかた見たことがな」
「じゃあな、キンタロー!」
終業のチャイムが鳴るなり部屋を飛び出し、廊下を足早に歩き出す。
「総帥―――」
「ちょっとお話が―――」
声を掛けてくる部下を全て無視してエレベーターに乗った。
部屋に一人残されて首を傾げるキンタローのもとへグンマがやってきた。
「キンちゃん、シンちゃんのOKは出た~?」
「それが、何やら急いで帰っていった」
「へえ~・・・」
「今日は豆が降ろうと瓜が降ろうと定時で帰ると言ってたな」
「何か違うような気がするよキンちゃん」
「ん? 亀が降ろうと蟻が降ろうと・・・だったか?」
「どんどん遠ざかっていってるよキンちゃん」
「とにかく飛んで帰ったな」
「へえ―――ああ、そうか」
にっこりしたグンマにキンタローが訝しげな顔を向ける。
「どうした?」
「そりゃ急いで帰るよ」
「えっ? 理由を知ってるのか?」
驚いたように眉を上げる従兄弟にもう一度ニコッと笑う。
「だって、ほら―――」
専用車を1ブロック手前で止めさせた。
「ここでいい。じゃあまた明日頼む」
走り去る車を見送って歩き出す。
「あ―――・・・どんな顔すりゃいいんだ・・」
ショーウインドに映った顔をチェックする。
適度に不機嫌そうな表情を作れているか。
意に反してだらしなく緩んだ顔はしていないか。
(・・ったく、何でこんな緊張してんだよ、自分ちに帰るだけだってのに)
でも、そこにはあいつがいる。
これからは毎日、あいつが俺を出迎えてくれる。
俺の帰りを待っている笑顔がある。
ただそれだけのことなのに、俺は何でこんなに浮かれちまってるんだろう。
「引っ越して初めての帰宅だからだと!?」
「だって今まで一人の部屋に帰るだけだったのにさ、今日からは待ってる人がいるんだよ? そりゃあ誰だって、一刻も早く帰りたいじゃーん♪」
「鮫が降ろうと針が降ろうと俺は帰るとあいつが言い張った理由はそんなことか・・・全く、馬鹿馬鹿しい!」
「馬鹿はおまえだろ」
「えっ?」
「んーん、何でもなーいv」
ドアノブに手をかけようとして、数秒躊躇った。
ごほんと咳払いをひとつ。
大きく息を吸い込んだ時、ガチャっと中から扉が開いた。
「お帰りなさい、シンタローさん!」
今にも飛びついてきそうな笑顔に、完璧だった筈のポーカーフェイスは一瞬で剥がれ落ちた。
「・・・ただいま。―――」
キッチンからは秋刀魚を焼くいい匂いがしている。
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何かシンリキっぽい…?
いえ、リキシンです。リキシンなんです。
容赦ないグンマ推奨しまくってます。
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作・斯波
逃げ場のない恋を
二人でしよう
ル ル ル
「これで全部か?」
声をかけられてシンタローは振り向いた。
額に汗を滲ませたキンタローが最後の段ボール箱を玄関に置いたところだった。
「ああ、それで終わりだ」
タオルを手渡しながらシンタローは礼を言う。
「悪かったな、せっかくの休日に力仕事させて」
「何、構わない。引っ越しというのもなかなか面白い体験だったぞ」
答えるキンタローは真顔だ。何事にも研究熱心な彼のことだから、今日の体験も彼の脳内に無数に存在する引き出しのどれかにファイリングされるのだろう。
「しかしこれからが大変だな」
「平気だ。家政夫なら奥にいるから」
足の踏み場もないほど段ボールが積み上げられた部屋の奥に、タンクトップ一枚のシンタローは顎をしゃくった。その方向からは元気に鼻歌を歌う声が聞こえてくる。
「やっぱり狭くないか?」
見回すキンタローがさっきから少し落ち着かないように見えるのは、彼にしては珍しくTシャツなどというものを着ているせいだろう。いつでも見事なまでにスーツで通しているこの従兄弟が今日もスーツで来るというのを必死で止めたのはシンタローだ。それも道理、引っ越しの手伝いにスーツで来る人間はいない。
しかも九月に入ったとはいえまだまだ残暑厳しい折である。
「もっと広い部屋が幾らでも借りられただろう? 何故1LDKなんだ」
さっき全ての荷物を運び入れた部屋は建物こそ新築だが、特別いい間取りという訳ではない。
12畳の寝室と20畳のリビング、それにリビングと続いている10畳のダイニングキッチン。
「お互いの個室は要らないのか?」
それは引っ越しの手伝いを頼まれて以来、キンタローがずっと疑問に思っていたことだった。
シンタローはガンマ団総帥という激務をこなす身であり、当然ながら不規則な生活をしている。
家政夫が主な仕事であるリキッドとは違うのだ。
だからこそ一緒に暮らそうということになったのだろうが、しかし夜遅く戻ってきたり逆に夜中でも出ていったりすることが多いシンタローと暮らすなら、とりあえずお互いの部屋は確保しておきたいと思うのが普通なのではないだろうか。
シンタローにしたってその方がリキッドに気を使わなくて済む。
そう言われてシンタローは首に巻いていたタオルを取った。
「ん―――・・・俺も最初はそう思ったんだけど・・・」
「何だ? 問題でもあったか」
遠い目をするシンタローの脳裏に、今日という日を迎えるまでの悲喜こもごもがまるで走馬燈のように甦っていた―――。
一緒に暮らそう、と言い出したのがどちらからだったか定かではない。
お互いもう大人で(そう思えない時も多々あるが)両想い、おまけにまだ若い男同士となれば好きな相手にいつでも側にいて欲しいと思うのは当然のことだ。
話が決まるとリキッドはさっそくなけなしの貯金を解約した。
シンタローの方も泣いてすがる父親を容赦なく足蹴にして本部の居住区を引き払うことにした。
揉め事は最初からたくさんあった。
場所が便利な方がいいというシンタローと、大事なのは陽当たりなのだと主張するリキッド。
オール電化に憧れているリキッドと、料理で一番肝心なのは火加減だと思っているシンタロー。
アジアン家具で統一するのが夢だったシンタローと、北欧家具に憧れるリキッド。
議論は果てしなく繰り返され、そしてその全てにシンタローは勝利してきた。
大体特戦あがりとはいえ、基本的にヘタレなヤンキーが俺様総帥に勝てる筈もないのだ。
そのうえリキッドには、シンタローにベタ惚れに惚れているという弱味がある。
―――イヤなら別に無理に一緒に住まなくってもいいんだぜ、俺は。
そう言って凄味のある漆黒の瞳でひと睨みされれば、逆らう術など何一つない。
だがそのリキッドが最後まで譲らなかったのが部屋の間取りだった。
「えーと、寝室とキッチンとリビングだろ。で、俺とおまえの部屋が一つずつ・・・」
取り寄せたカタログを眺めながら物件を吟味しているシンタローに、リキッドが断固として言ったのだ。
「駄目っすよ、シンタローさん!」
「えっ何が?」
「個室なんて、要りません」
「要るっつの。俺の生活が不規則なのは知ってんだろ?」
「知ってます」
「おまえとは生活時間帯が違うんだから、お互いの為に個室は要るだろうが。それにたまには俺だって一人でくつろぎたいし」
「それでも駄目です」
「だから何でなんだよ? ちゃんと理由を言ってみろよ」
頑として譲らぬヤンキーに、シンタローの堪忍袋の緒は早や切れかけていた。
訳の分からない理由なら遠慮無く眼魔砲をぶちかましてやろうと思った時、リキッドが言った。
「俺、シンタローさんとの生活に逃げ場を作りたくないんス。―――」
呆気にとられたシンタローに、リキッドは畳みかけるような勢いで続けた。
「だって個室があったら、喧嘩とかしたとき口利かずに生活出来ちゃうじゃないすか。シンタローさんて妙に意地っ張りなとこあるから、俺の顔見たくないと思ったら俺が謝るまで絶対に部屋から出てきてくれないでしょ?」
ガキじゃあるまいしそんなことするか、と言いたかったが何だか説得力がなさそうだったのでやめることにする。
「俺、喧嘩しても悲しいことがあっても勿論嬉しい時だって、シンタローさんとずっと一緒にいたいんすよ。ちゃんと話して、向かい合って」
「おまえ・・・」
「悲しくなるんなら二人でなりたい。楽しくなるのも二人がいい。そうじゃなきゃ俺、一緒に暮らす意味なんかないと思ってるから!」
怒鳴るように言った後、暫くリキッドは黙ったままシンタローを凝視めていた。
その顔が少しずつ赤くなってゆく。
シンタローも黙ってリキッドを見返している。
リキッドの顔はとうとう耳まで赤く染まった。
「や、てゆーか俺・・・あの、生意気ゆってごめんなさ」
何か言いかけたのを塞いだのはシンタローの唇だった。
「んっ・・」
「な、リキッド」
年下の恋人をぎゅっと抱きしめ、熱っぽい口調で囁く。
「今のちょっと、惚れたかも。―――」
リキッドが、目を見開いたのが分かった。
「―――で、それで個室無しの間取りを了承したんだな」
キンタローはちょっと呆れてシンタローを眺めた。
「まあね、俺的には大譲歩って感じだけど」
ぶっきらぼうを装ってはいるが、従兄弟の声は明らかに弾んでいるし足取りも明らかに軽い。
(よっぽどあいつが可愛いんだな)
眼の輝きにもすぐにほころびそうになる唇にも、好きな相手と一緒に暮らし始めた人間の心の弾みが見て取れて、こっちまで何だか嬉しくなるような気がする。
その時奥のリビングからその可愛い男が現れた。
いつもの赤いタンクトップに頭にはタオルを巻いている。
「シンタローさん、服は全部箪笥に入れちゃっていいんすか・・・あ、キンタローさん」
まだ幼さを残した顔がぱっと笑顔になった。
「今日はすいませんでした、すっかりお世話になっちゃって」
「いや、どうせ暇だったから」
「これ片づけたら飯作りますけど一緒にどうすか?」
危うく頷きそうになったところで、もう一人の従兄弟の脅迫めいた忠告を思い出した。
―――い~い、キンちゃん。手伝いが終わったらソッコー帰ってくること。
夕食誘われても断るんだよ、キンちゃんは邪魔者以外の何ものでもないんだから!
マンションを出て、ベランダを振り仰ぐ。
律儀に頭を下げるリキッドと手を振るシンタローに軽く手を挙げて、キンタローは背を向けた。
そのまま、まるでハミングでもしているかのように楽しげな足取りで歩き出す。
眼下に広がる街にも、そろそろ灯りが点りはじめていた。
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勢い余ってパラレル同棲シリーズなど始めてしまいました。
20畳のリビングを狭いと言い切る良家のお子たちです。
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作・渡井
Bookmaker
広報課にあったというガンマ団員アンケート結果を持ってきたのは、ロッドだった。
「アンケートなんか採ってやがったのか?」
「それが笑えますよぉ、公表できなくなっちまって」
どういうことだと紙を受け取ったハーレムは、中身に目を走らせて声を殺し俯いて笑った。
総帥がカッコいい、とか。
総帥がシンタローだからここにいる、とか。
総帥が本部に全然戻らないのが不満だ、とか。
「シンタローのことしか書いてねーじゃねえか」
「ね? こんなもん、前総帥やキンタロー様には見せらんねえって、広報の奴ら青くなってましたよ」
「言えるな」
青の一族は愛情も独占欲もその表現方法も桁外れだ。
特戦部隊はさっそく、彼らがこれを見たら何発の眼魔砲が飛ぶか、賭けを始めている。
それにしても、とハーレムは会話を耳にしながら紙を指で弾いた。
シンタローというのは、つくづく不思議な男だ。
南の島から戻って以来、総帥代行をしている長兄は、シンタローが実の息子でないと分かってからも、団員一同にウザがられる程の溺愛っぷりである。
シンタローの命を狙ったことのあるミヤギ・トットリ・アラシヤマ・コージは新総帥の側近になった。
一度は辞めた津軽ジョッカーや博多どん太も、シンタローの総帥着任と同時に舞い戻ってきた。
グンマだって出生の秘密を知っていろいろと思うことはあるだろうに、いまだにシンちゃんシンちゃんとうるさい。
そして何と言ってもキンタローだ、と、かつて自分が擁立しようとした甥っ子を思い、ハーレムは笑いを堪えた。
シンタローへの殺意だけで立っていた男が、いま彼を救うために徹夜を続けている。
まったくたいしたもんだ。
周りから見れば、シンタローはもうすっかり新生ガンマ団の総帥なのだろう。
―――目を背けているのは自分だけだ。
別にシンタローに不満がある訳ではない。
ガンマ団に留まって自分らしく生きることも、やろうと思えば出来たかもしれない。
けれどハーレムは故意にでも新総帥に逆らわずにはいられなかった。
理由は分かっている。
自分は、シンタローを子どもだと信じたいのだ。
青の一族に黒眼黒髪の子が生まれたときは驚いたが、ハーレムはハーレムなりにシンタローを可愛がった。
精神的に幼さ(というよりガキっぽさ)の残る彼は、子ども扱いされたくない気の強いちみっ子と合っていたらしい。
可愛くないガキだ、ムカつくナマハゲだと言い争う姿は、周りから見ればどちらが子どもか分からず、また周りから見れば楽しそうだった。
なのに、久しぶりに兄に会いに行ったとき。
「ハーレム叔父さん!」
駆け寄ってきたシンタローは思ったより成長していて、そして、
―――あの男に似ていた。
マズいと思ったときにはもう遅かった。
ハーレムはシンタローの腕を振り払い、体を嫌悪に震わせていた。
今も忘れない。
シンタローのひどく驚いた―――傷ついた顔を。
ちょうどあの頃から、シンタローはさまざまなことを知り始めていた。
父親のやっている仕事。総帥の長男という言葉の持つ意味。一族の異端である自分。
団員たちはマジックにおもねり、シンタローに媚びを含んだ笑顔を向けた。そして彼が去るとささやくのだ。
(成長すればもしかしたらって思っていたが)
(駄目だな)
(あれは秘石眼じゃない)
実力があれば良いのかと、シンタローは士官学校に進んで優秀な成績を取り、戦闘試合があれば必ず優勝してみせた。
それでも声は止まない。
(決勝の相手はグンマ様の作ったロボットだって)
(八百長じゃないの?)
眼魔砲を撃てるようになってさえ、誰かが言うのだ。
(だってシンタローは総帥の息子だから)
失望や嫉妬や敵意の視線のなか、彼は一刻も早く大人になろうとしていた。
弟の誕生をあんなに喜んだのも、守るべき誰かが欲しかったせいかもしれない。
けれどあのとき、シンタローがもっとも助けを必要としていたとき、ハーレムはその手を振り払ったのだ。
今になれば分かる。
体を取り戻したキンタローを手元に置いたのも、彼をシンタローと呼んだのも、すべて自分の罪悪感から来ている。
ジャンに似ていなければ、シンタローを受け入れられた。あんな顔をさせずに済んだ。
だからジャンに似ていないシンタローを求めたのだ。
そうしてあの島で皆がそれぞれの真実を知り、戦いの末に運命を乗り越えていった。
ハーレムもそうした。
長兄の、次兄の、末弟の心を抱きしめ、若い甥たちに未来を託した。
なのにシンタローへの気持ちだけは残っていたらしい。
あの日、少年だったシンタローともう一度逢いたい。
「隊長、隊長はどうします? 今んとこ本命はねー、マジック前総帥が10から15発、キンタロー補佐官が5から10発」
シンタローが子どものままであったら、自分たちはあの日からやり直せる。だから大人だなんて思ってやらないし、あいつの命令なんて聞いてやらない。
「えらくおとなしい予想じゃねえか。多分もっと派手にやらかすぜ」
「マジかよ、本部壊れんじゃね?」
俺は訳の分かった大人になんかならない。
だからお前も、どうかそのままで。
痛みが人を大人にするのなら、シンタローは大丈夫だ。あの島は決して彼を傷つけたりはしない。
ストレスが溜まったときは、手近に自分の元部下がいるのだし。
「いつ見せます?」
「シンタローが島から戻ったらだな。あいつがキレた兄貴とキンタローにキレ返して、眼魔砲を何発撃つかも賭け対象にするから覚えとけよ」
ちょうどそこで酒がなくなり、ハーレムは新しい瓶を取りに立ち上がった。
「兄貴がどんな顔すっか楽しみだな」
だから早く戻って来いなんて、そんな甘っちょろいことは思ってやらないけれど。
酒を探して棚の奥に消えた隊長を確認し、特戦部隊は賭けノートに新たな項目を付け足した。
『アンケートを公表できない本当の理由は、自由意見欄のほとんどがシンタロー総帥への愛の告白で埋まっているせいだと知ったとき、キレたハーレム隊長が撃つ眼魔砲の数は?』
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か…過去を捏造し倒してしまいました…
隊長と新総帥、大好きなんです。
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