作・斯波
俺、新しい枕が欲しいんだけど。
そう言い出したのは、シンタローだった。
ピロー・トーク
「・・・枕?」
「うん。低反発素材の、すごく身体にいいのが発売されたってネットに載ってたから」
俺の隣に横たわって、シンタローは枕を自分の目と同じ高さにまで持ち上げて眺めている。
「これも悪くはないんだけどなー・・何かイマイチ頭の位置が決まんねっつうか」
「低反発・・」
「ついでにマットレスもそれに変えたいんだけど」
「何故だ?」
「安眠出来るんだって。睡眠時間が短くても、疲れを明日に残さないってのが売りらしいぜ」
「おまえ、そんなに疲れているのか?」
訝しむように訊いた途端に枕が俺の顔面に落ちてきた。
「誰のせいだと思ってんだよ、ああ!?」
「ちょ、シンタロー息が」
「おまえが全然寝かしてくんねーから俺の睡眠時間が減少してんだろーが!」
ばんばんと俺の顔を叩きながらシンタローは怒鳴った。
所詮枕なので痛くはないが、呼吸のタイミングがずれて少々苦しい。
「だいたいおまえは何につけても適度ってもんを―――」
「シンタロー」
攻撃を続ける枕をやっと掴み、部屋の隅に放り投げる。
「あってめ」
そのままシンタローを胸の中に抱きこむ。その肌はエアコンのせいでひんやりと冷えていた。
「つまりおまえは、その安眠マットで睡眠不足を補いたいと思っている訳だな?」
「だからさっきからそう言ってるじゃん」
「睡眠不足の根本的な原因を排除するという考えは端から頭に浮かばなかった訳だな?」
「えっ?」
シンタローは一瞬きょとんとした。その顔がみるみる赤くなる。
「ばっ―――テメー何言って・・自惚れんな、バカ!」
「それじゃあその低反発マットレスは俺が買ってやる」
「こら離せ! 暑苦しい!」
「でも枕は駄目だな」
「はあ!? 何でだよ、おまえもうまるで意味分かんねーよ!!」
「だって要らないだろう、俺の腕があれば。―――」
大真面目にそう言うと、恥ずかしいことを言うなと今度はグーで殴られた。
きっとシンタローは、自分が眠りに落ちた後、いつも枕をベッドの足許に放り投げて俺の腕で眠っていることをを知らないのだろう。
―――とりあえず、次の休みにはその低反発マットレスとやらを買いに行こう。
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定期的にキンシンをアップしないと、
エラーが出たり睡魔に負けたりしてしまうのです。
これはやっぱりキンちゃんの呪いでしょうか。
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作・斯波
僕らは息を切らして走る
自分より大事なあの人の
笑った顔が見たいから
DEAR HEART
「シンちゃん、寄ってくー?」
煙草を吸いに休憩室へ行こうとしていた俺の気を変えさせたのははしゃいだ調子の従兄弟の声ではなく、仄かに匂う不思議な香りだった。
「ちょうどお茶淹れたとこだったんだよー」
白衣姿の開発課責任者は、ウェッジウッドの茶碗を前に嬉しそうに笑った。
「今日も忙しかったんでしょ?」
「ああ、うん。 ―――何か良い匂いすんな」
「あ、これ?」
グンマはカバーをかけたポットを振り返った。
蓋を取ると、ふわりとさっき嗅いだ芳香が広がる。茶漉しの中に入っているのは何かの花を乾燥させたもののように見えた。
「花茶だよ」
「花茶・・・?」
グンマが器用な手つきで注いでくれる。
カップを持ち上げて鼻先に近づけると何とも言えない良い匂いがした。
「それ、薔薇だよ。蕾を乾燥させて作るんだってさ」
「へえー」
言われてみれば乾燥した蕾に薔薇の鮮やかな色が残っている。
口に含むとジャスミンティに似た味がした。
「アラシヤマが置いてってくれたんだ」
そう言われて思わず飲んでいた茶を噴き出しかけた。
「何であいつが!」
「だってアラシヤマは紅茶飲まないもん。いつでも自分で持ってくるんだよね」
そういえばあのストーカーはグンマが開くお茶会の常連だったと思い出す。
「じゃあこの月餅も・・・」
「うん、アラシヤマの差し入れ」
理由もなく食欲が無くなって、菓子が乗った皿から手をひっこめる。
だけど初めて飲んだ花茶は美味かった。
飲み慣れている紅茶とは全然違う、不思議な味と香り。
何だか気持ちが落ち着くような気がして腰をおろした俺に、グンマが笑いかける。
「それ、特別ブレンドらしいよ。薔薇茶にね、月桃の葉と漢方を混ぜてあるから疲れがとれて血もさらさらになりますえ、って言ってた」
その時俺が思っていたのはもう一人の従兄弟のことだった。
次の遠征に間に合わせるために新しい武器を開発している彼とは数日顔を合わせていない。
だが今朝ちらりとドアの隙間から姿を見掛けた。
一瞬見えた端整な横顔には疲労の影が色濃く溜まっていたような気がする。
この間短い逢瀬を持った時、少しやつれて見えたあの男の顔が脳裏を過ぎった。
「 ―――シンちゃん。シンちゃん!」
カップを片手に暫く物思いに耽っていた俺は、はっと我に返って顔を上げた。
「・・・あ、悪い。何?」
「これ、持ってく?」
俺に向かって差し出されたグンマの手には薔薇茶の袋があった。
「残りもので悪いんだけど」
「え・・でも」
「このお茶、僕にはちょっと癖があって飲みにくいんだよね。アラシヤマ、今度来る時はまた違う花茶持ってきてくれるって言ってたし」
グンマの笑みはいつものように無邪気で暖かくて、俺は思わずその包みを受け取っていた。
「ありがと。 ―――」
「ううん、全然気にしないで」
「じゃあ俺、そろそろ行くわ。今頃きっとティラミスが眼ェ吊り上げてると思うからさ」
「あはは、お仕事頑張ってね」
グンマは屈託無く笑って手を振ってくれた。
開発課を出て総帥室へ向かう俺の足は自然と速くなっていた。
携帯を取り出し、リダイヤルを押す。
「ああ、俺だけど」
腕時計を見るともうすぐ3時だった。
「そっちはどうだ。そろそろ格好がついた頃だろ?」
歯切れのいい低い声が返事をする。
「中間報告持って総帥室に来い ―――あん? 今だよ、今。いいから今すぐ来いっつの!」
抗議する声は聞かずにさっさと電話を切った。
総帥室に帰ったら、ティラミスとチョコロマを休憩に行かせよう。
二人だけになったら、不思議な味と香りのするこの薔薇茶をあいつに淹れてやろう。
あいつが何を言おうが今日は定時に仕事を切り上げさせてやる。
そしたら久し振りにあいつの部屋に行って、あいつの好きなものを作ることにしよう。
二人で飯を食って、茶を飲んで。
それからあいつの髪を撫でて、抱きしめてキスをして。
今夜は朝まであいつに寄り添って眠ろうと、俺はそう決めたんだ。
「 ―――すぐ来いと言われても」
俺は携帯に向かって溜息をついた。
「今最高に忙しいというのに・・・全く何処まで俺様なんだ、あいつは!」
けれど本心では、この電話を待ち望んでいたのだ。
人間を殺傷せずに建物だけを破壊する画期的な武器の理論を発明したのはグンマだった。
全くあの従兄弟の閃きには脱帽せざるを得ないと思う。
その才能に物事を形にする能力も備わっていれば無敵だと思うのだが、そう上手くはいかないのが世の中というものだと俺は今しみじみと実感していた。
―――ま、だいたいこんな感じで。
―――こんな感じ!? こんな感じとはどういう感じだ!
―――あとはキンちゃんよろしく~v!
―――おい、グンマ!
という訳で実験室にこもりきりになって早や五日が過ぎていた。
無論その間、総帥を務めるもう一人の従兄弟には会っていない。いつもなら仕事が終わってから互いの部屋を訪ねあうのだが、部屋に戻るのが午前二時、三時とあってはさすがにそれも躊躇われる。
だから電話があったことは嬉しかったが、正直複雑な心境でもあった。
(俺は我慢出来るだろうか)
あいつの顔を見て、声を聞いて、間近に感じて。
その温もりに触れたいという願望を抑えるのには、仕事以上の熱意と努力が要る。
とはいえ、呼ばれた場所は総帥室だ。自分を律するには最適かもしれない。
最上階までやってきて、白衣がずいぶん汚れていることに気がついた。
―――着替えてから行くか、それとも。
廊下の真ん中で暫し迷う。
俺を待っているのは世にも短気なガンマ団総帥。
しかし同時に俺にとっては、幻滅されるのだけは避けたい恋人でもあるのだ。
そのとき、背後からあまり聞きたくもない声がした。
「通行の邪魔どす。どいておくんなはれ」
「・・・ちっ」
深呼吸して、五つ数えてから振り向く。
「なんや、キンタローか」
立っていたのは、ガンマ団の№2だった。
「あんさん、今舌打ちせえへんかった?」
「煩い。さっさと行け」
「このところ見掛けへんかったからもう死んだんかな思てましたわ」
「悪かったな、期待を裏切って」
「へえ、力いっぱい残念どす」
その時俺は、アラシヤマが茶色の紙袋を抱えているのに気がついた。
開いたままの口から甘い香りがしてくる。
俺の視線に気づいたのか、アラシヤマも自分が抱えている袋に視線を落とす。
「ああ、やっぱり分からはる?」
「おまえ、それ・・・」
この匂いには覚えがある。
バターと砂糖の入り混じった優しいそれは、スコーンの匂いだった。
これはグンマが得意とする焼き菓子で、開発課でのお茶会の時によく持ってくる。
少しだけ甘くしたこのスコーンは紅茶にも緑茶にもよく合うというので部下達にも好評だった。
ふと、数日会っていない従兄弟の顔を思い出した。
あいつはいつだって忙しい。
仕事に没頭すると平気で飯を抜くし、俺が煩く言わないと休みも取らない。
今朝ドアの隙間からちらりと垣間見た横顔には、緊張感と疲れの影が見えた。
この間短い逢瀬を持ったとき、少し痩せたように感じたしなやかな肢体が脳裏を過ぎった。
「・・・キンタロー。キンタローって」
苛立ったように呼ばれ、はっと我に返る。
「何か言ったか?」
「やから、これ。持っていっておくれやす」
アラシヤマが差し出しているのはスコーンの入った袋だった。
「グンマはんに貰たんやけど、わてあんまり西洋の焼き菓子好きやないんどす」
「罰当たりなことを言うな」
「そやかてホンマのことやし」
―――こんな奴に何故菓子をやるのだ、グンマ!
「要らんのやったら開発課の連中にでもやったらええやろ。ほなごめんやす」
「おい、アラシヤマ」
呼びかけた時にはもう奴の背中は廊下の角を曲がっていた。
俺は暫くぼんやりしてそのまま突っ立っていた。
渡された袋はまだほんのりと温かく、焼きたての菓子のいい匂いが食欲を刺激する。
不思議なくらい、安らいだ気分になっていた。
総帥室へ行ったら、あいつから書類をとりあげよう。
ティラミスとチョコロマは追い出して、茶を淹れよう。
どうせ今日も昼飯を抜いたのであろうあいつに、これを食べさせよう。
あいつが何を言おうが今日は定時に仕事を終わらせてやる。
そしたらあいつの部屋へ行って、久し振りに一緒に風呂に入ることにしよう。
猫みたいに眼を細めるあいつの髪を洗って。
それから少し酒を飲んで、抱きしめてキスをして。
今夜は朝まであいつを胸に抱いて眠ろうと、俺はそう決めたのだ。
金木犀の優しい香りが研究室に広がる。
月餅を口に運びながら僕は大きな伸びをした。
「美味しいねー、この月餅ーv」
茶葉と一緒に常備してある高麗青磁の茶器に茶を注いでいるのはアラシヤマ。
「こないだ持ってきた薔薇茶はどないしはりましたん?」
「ああ、アレね。アレだったらさっきシンちゃんにあげちゃった」
一瞬アラシヤマの手が止まり、すぐにまた動き出す。
「そうどすか」
「アラシヤマこそ、お昼に届けさせたスコーン持ってくるかと思ったんだけど」
「ああ、アレどすか」
音も立てず僕の前に茶碗を置く。
「アレやったらさっきキンタローにやってまいましたわ」
僕は、自分の分の茶も淹れて向かいに腰をおろしたアラシヤマをまじまじと凝視めた。
数秒顔を見合わせて、互いに小さく噴き出す。
「 ―――あの二人ってさあ」
笑いを残した声のまま、僕はもう一つ月餅をつまんだ。
「かーわいいよねえ?」
「へえ」
茶を口に運びながらアラシヤマも静かに微笑む。
「意地っ張りで不器用で子供みたいだけどさ。だけど僕、シンちゃんとキンちゃんを見てると幸せになるんだよね」
「そら、あのお人らが恋に落ちてはるからどす」
「恋ねえ・・・」
「恋をした人間は、自分より相手が大切になるもんどすさかい」
「そういうもんなの?」
「そういうもんどすよ、グンマはん」
金木犀のお茶を飲みながら、僕に優しい気持ちをくれる従兄弟達のことを考えた。
今頃きっとあの二人は、秘書達を追い出した総帥室で静かなお茶の時間を楽しんでいるだろう。
どれだけ疲れてても忙しくても、相手のことばかり思ってる。
自分よりも、相手が喜ぶ顔がまず見たいと思う。
(それが恋なら)
「素敵だね、そういうのって。 ―――」
そんな恋を、僕もいつかしてみたいと思った。
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管理人たちの知人が花茶をくれました。
いい香りがして美味しかったですよ。
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作・斯波
最も多く愛する者は
常に敗者であり
常に悩まねばならぬ
LOVE LOVE LOVE
午後十一時。
風呂から上がり、ミネラルウォーターのボトルを開ける。
シンタローはまだ帰ってこない。
午前零時。
携帯電話を開いても、着信は入っていない。メールも無し。
「あいつ・・いつまで飲んでいるつもりだ」
―――今日は伊達衆と飲みに行くから。
―――・・・そうか。
―――先寝てていいぜ、遅くなると思うし。
きっと忘れているのだろうな。
昨日ベッドの中で、明日の夜はおまえの好物を作ってやると笑って約束してくれたことなんて。
午前零時半。
俺は溜息をついて立ち上がった。
「・・そろそろ寝るか」
相手はもういい年齢をした大人だし、束縛を最も嫌うタイプだ。
心配しても仕方がない、と思う自分に苦笑いした。
(心配してる訳じゃないくせによく言う)
俺は嫉妬している。
そして腹立たしくも思っているのだ―――その笑顔を、太陽のように誰にでも惜しみなく振りまく恋人のことを。
どう考えても惚れているのは俺の方で。
どう考えても振り回されているのは俺の方で。
待っているのも俺。
愛していると言うのも俺。
喧嘩して謝るのもいつも俺。
シンタロー。
おまえはちゃんと俺のことを愛してくれているか・・・?
午前一時。
俺の部屋の扉が乱暴に叩かれた。
ベッドに向かおうとしていた俺は足を止めて振り返った。
「―――シンタロー!?」
急いで扉を開けると、泥酔したシンタローを支えて立っていたのは陰気で根暗なガンマ団の№2だった。
「アラシヤマ・・・」
「遅うなってすんまへんどしたな」
「あ、いや・・他の連中は?」
「ミヤギとトットリが喧嘩してコージはんが仲裁中。ほな後、よろしゅう」
「おい、アラシヤマ」
性格も口も悪いが無駄に酒の強い№2はひょいと肩をすくめた。
「もう堪りまへんわ、惚気ばっかり聞かされて」
「―――え?」
「酔ってもうてからはシンタローはん、ずーっとあんさんの話どすえ。もう帰ります言うてもあかん、上司命令やいうて引き留められて、ええ迷惑どす」
「・・・」
「今夜は師匠と約束してたのに。―――帰ったら絶対燃やされるわ」
「それは・・済まなかったな」
つい謝ってしまってから、何で俺が謝らねばならんのだとはたと気づく。
「俺様総帥は明日も朝から仕事やで。ちゃんと起こしてや」
「おまえに言われなくてもちゃんとそうする」
「あっそ」
「手間をかけたな、もう帰れ」
「用が済んだら厄払いかい。―――ああ、キンタロー」
「何だ、早く帰れと言っているだろう」
微妙に視線をずらしたまま、根暗な殺し屋がふっと微笑う。
「あんさん、愛されてますなあ。―――」
午前一時半。
酒と煙草の匂いをさせて幸せそうに眠っているシンタローの唇にそっとキスをした。
―――何も心配することなんかなかった。
おまえはいつでも側にいるんだから。
俺の所に、ちゃんと帰ってくるんだから。
「・・・愛してる、シンタロー」
そして翌日、俺たちは見事に二人揃って遅刻したのだった。
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マカアラ前提のアラシヤマは意外に協力的。
心友のためですから。
そんな相手にも「根暗」呼ばわりを忘れないキンちゃんです。
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作・斯波
顔見れば
何にも言えないあたしだけれど
逢わねば言いたいことばかり
兎のお眼々はどうして紅い
「―――ああ。分かった、大丈夫だ」
携帯から少し困ったような声が聞こえてくる。
「怒ってなんかいねえよ。いいから、またな」
電話を切ると、思わず小さな溜息が零れた。その時、
「あらら、大分煮詰まったはるわ」
頭上から降ってきた声に俺は舌打ちをして椅子に背をもたせかけた。
根暗で陰気な伊達衆筆頭の№2が書類を持って無表情に俺を見下ろしている。
「キンタローからやね。デートのキャンセルっちゅうとこか」
「おまえに関係ねェ」
「どーせわては嫌われもんどす」
「てめえで分かってりゃ世話はねえな」
「グンマはんが言うてましたえ、急な仕事が入ったらしいどすな」
グンマの奴、余計なことを。
「まあこの間せっかく特戦部隊が半年振りに帰還したのに誰かさんが仕事せえへんかったせいで休暇も取れず師匠にも逢われへんかったわてには関係ない話どすな」
何だ? ここぞとばかりに俺、嫌味を言われてるのか?
「―――キンタローの仕事、わてが代わったげてもええけど?」
意外極まりない言葉に俺はぱっと顔を上げた。
アラシヤマは面白くもなさそうな顔で俺を見ている。
「何や別に開発課の仕事でもないらしい。内容聞いたらわてで大丈夫そうやさかい」
「おまえ・・何企んでんだ・・・」
「何どすのそのネガティブシンキン。たまには人の親切を素直に感謝したらどないやのん」
「てめーの日頃の行いが悪いからだろ」
「へえへえ、ホンマ素直やないわ。そやけどシンタローはん」
「何だよ。やっぱ止めたとか言い出したら蹴り殺すぞ」
「そんなん言いまへん。その代わり、キンタローに逢うたらちゃんと甘えなはれや」
「なっ―――大きなお世話なんだよ! 何でそんなことてめえに」
「あんさん、だいぶ眼ェが赤いどすさかい」
「眼?」
「兎のお眼々はどうして紅い」
きょとんとした俺を尻目に、アラシヤマはにいっと笑って背を向けた。
「―――きっと寝不足逢い不足!」
眼魔砲が炸裂するより一瞬早く、嫌味ったらしい殺し屋は姿を消していた。
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このアラシヤマはマカアラ前提。
「誰かさんが仕事せえへんかった」話は、また別にあるのでそのうち上げたいと思います。
渡井の眼もいま紅いです。ドイツ時間で起きてるせいで…。
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作・渡井
Rain cats and dogs
機嫌が良いときのシンタローは、ことが終わっても猫のようにじゃれついてくる。
キンタローの髪を軽く引っ張ってみたり、首筋を甘噛みしてくるのが愛しくて、キンタローも髪を指に巻き取ったり脇腹をくすぐったりする。
そうしているうちにどちらかが(あるいは両方が)その気になって、再び身体を重ねることも珍しくなかった。
しかし今日ばかりはお手上げだ。
「シンタロー、悪かった」
裸の背中に声をかけてみるものの、ぴくりとも動かない。
激しい雨が降る少し肌寒い夜、さっきまで身体を寄せてキンタローにもたれかかっていたのに、不用意な一言で機嫌を損ねてしまい、ずっとこの状態である。
後ろから抱きしめ、愛していると耳元でささやいても、シンタローは振り向いてくれない。
恋人の不機嫌を持て余してため息をつけば、もの言わない背中はいっそう強張った。
「シンタロー……」
自分でも情けない声だと思いながら呟くと、ようやく長い黒髪が揺れた。
キンタローがシンタローにはとことん甘いように、シンタローも結局はキンタローに対して非常に甘いのだ。
特に普段は紳士で冷静なキンタローが、飼い主に叱られた犬のような目をしているときは。
「…ったく」
まだ少し拗ねた唇で呟いて、身体ごと向き直ったシンタローを安堵の息と共に強く抱きしめた。
「言っとくけど、俺わりとモテるんだからな」
「知っている」
「あんまくだらねーこと言ってっと捨てちまうぞテメー」
睨んでくる気の強い目は、スタンドの淡い明るさを受けて黒曜石のように光っている。秘石眼なんかよりよっぽど綺麗だとキンタローは見つめた。
「それは困るな」
「だろ?」
「お前に捨てられたら、俺はきっと泣いてしまう」
しばらく黙っていたシンタローが、小さく笑って抱きしめ返してきた。泣くのかよ、と可笑しそうに言われる。
「じゃあ仕方ないから捨てないでおいてやる」
「そうしてもらえると嬉しい」
真面目に答えるな、とまた笑われた。
外は土砂降り。
激しく窓を叩く群れから、抜け出してきた猫と犬が一匹ずつ、互いを暖め合っている。
「分かったら二度と俺のこと、隠れファザコンなんてぬかすなよ」
「肝に銘じておこう」
雨はまだ止みそうにない。
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自分で書いてて甘…
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