シンちゃんがいない。
それだけのことでも、僕にとってはひどく寂しいんだよ。
寂しいから帰っておいで!
シンちゃんが遠征に行ってから五日目。
さすがに僕も寂しくなってきた。
シンちゃんが遠征に行くのはもちろんこれが初めてのことじゃない。
でも、やっぱり寂しいものは寂しいんだから仕方がないよ。
「だから僕も会いに行っていいでしょ?ねぇねぇチョコロマー、ティラミスー」
「駄目です」
ピシャリ、とティラミスに否定されてしまった。
ティラミスは相変わらず厳しい。
それでも抵抗のつもりで僕は執務机にうなだれて、えー、ケチンボ!と文句を言った。
視線をティラミスから外せば、その横にいたチョコレートロマンスと目があう。
そこで今度はチョコロマにじーっと訴え賭けるように視線を送ってみる。
けれどチョコロマったら助けてくれるどころか苦笑いをするばかりだ。
もう!二人とも僕に優しくないんだから!
「ただでさえマジック様が行かれてしまって執務に遅れが出ているのですから、さらにグンマ様までもが行かれては大変なことになってしまいますよ」
「そうだけど、さぁ…」
チョコロマの言うとおり、おとーさまはあまりにも寂しさに耐えられなかったらしくて、一昨日の朝に飛行船でシンちゃんのとこに行ってしまったのだ。
いいなぁー、おとーさまは行けて。
「ボクだって、ついて行きたかったのになー」
「…総帥はこの度激戦区の沈静化のために向かわれていますので、グンマ様はこちらで総帥のサポートを成されるが良いかと」
今度はティラミスが言った。
それが何を言おうとしているのかは汲み取ることができる。
所詮、僕は戦闘能力は青の一族の中で一番低いんだ。
だからこれは、ティラミスなりの励まし、なんだよね。
ちゃんとそうだって分かっている。
どうせ行ってもただの足手まとい扱いされるってのも、分かっているよ。
だけど仕方ないよー。
邪魔者扱いされても会いたいんだもの。
(おとーさまは邪魔とかそんな次元じゃなくて、もっとヒドイ扱いらしいけど)
以前、シンちゃんが遠征中の時に思い切って電話を掛けたこともあるんだ。
その際に「シンちゃんに会えなくて寂しいよー」って言ったら、「んなことで泣き言言ってんじゃねぇよ。」って、シンちゃんに言われちゃった。
シンちゃんは“そんなこと”って言うけど、ボクにとってはそんなことじゃすまないんだよ。
たしかに、周りから見ればシンちゃんが仕事でいないってだけのことだよ。
でも僕にとってはそれが辛いって、きっとシンちゃんはわかってないんだろうなー…
むぅ、一緒にいられるキンちゃんが羨ましいよもぅ。
僕だって君達の従兄弟なのに、置いてきぼりは嫌なんだよ。
そんな、以前シンちゃんに言われたこととかを思い出して考えていたら、ちょっとイラッとしてきた。
むすっと頬を膨らます。
そんな僕の様子を見てティラミスは溜め息をついた。
「グンマ様、お手元が捗っておられないようですが」
その言葉に、そういえば仕事中だったんだけと思い出し、ちらりと机の上を見た。
う、相変わらずの書類の多さだなぁ。
いっそのこと思い出さなければ良かった。
「会いたい、と思われるのも良いですが、頼まれている仕事をやらないでいたらそれこそ総帥にお叱りを受けますよ」
「……、だったら二人がや」
「私達ごときがそのような重要な仕事に手を出すなんて恐れ多い。所詮、私達にはグンマ様のサポートで精一杯ですよ」
「………」
僕が言い切る前に間発入れずに先手を打たれた。
この二人のことは嫌いじゃないけど、仕事が絡んだ時の二人は苦手だ。
と、言うかむしろ避けたいよ。
「大体、僕はこういうデスクワークは、ほんっとに苦手なのにさー」
「ですがグンマ様は外で活動をされるより、部屋に篭って作業をするのを好む派ではないですか」
「確にそうだけど、これと発明は違うんだよーもう、チョコロマのバカ!」
「えっ、俺ですか!?」
八つ当たりは止めてくださいよー、というチョコロマの声が聞こえたが、それは聞こえていないことにした。
確に八つ当たりかもしれないけど、さっきからへらへらしてて助け船の一つも寄越してくれないチョコロマだって悪いんだからね!
そう思いながらつーんとそっぽを向けば、またティラミスが溜め息をついた。
「…グンマ様、あの方は人を見る眼が優れている方です。ですからあなたに任すことで、総帥は気兼なくここを空けられることができるのです」
「そうですよ!“頭が足りねー時もあるけど、あいつはあれでも頭が切れる。だから俺がいない間はグンマと、ガンマ団のサポートをよろしくな”って俺たちも言われたんですから!確かにグンマ様は普段アレでも、シンタロー総帥はあなたのことかってるんですよ」
二人は言うことを聞いてくれない子どもを諭すように、静かに言った。
……もう、そんなことを言われたら僕は少しくらいやる気を見せないといけないじゃないか。
さすがおとーさまとシンちゃんの秘書を勤めているだけあって、人の気持ちを浮上させるのが巧いなあ。
チョコロマは一言多いけど。
「分かったよー、これからちゃんと仕事するって」
「そうですか、では溜った追加分の仕事も直ちに持って参ります」
「えっ、これ以外にもあるの!」
「はい、なにせとあるミドルが一昨日からいなくなってしまったので」
おとーさま……。
うう、この先のやらなきゃいけない事を思うと、頭が痛くなってきた。
せんせーい、早退しても良いですかーと言いたいところだけど、120%で却下されそうだ。
ぷひーと溜め息をはいてうなだれる。
そこでふと、現実逃避のためかあることを思った。
そういえば、シンちゃんたちはいつ頃帰ってくるのかなー、と。
今回の遠征は急だったため、ちゃんと話を聞く前にシンちゃんたちは行ってしまったんだ。
長期だったら嫌だなあ。
「…あ、そーだ!」
「ソーダ、をご所望ですか?」
あれ、ティラミスって意外と天然…?
それともわざと言ってるのかなこの人。
ティラミスに違うよ、と否定をしてから僕はペンを握って、紙面にそれを走らせる。
ちょっとした願掛けというか、まじないみたいな気持ちで書いた一文。
そのたった一文に今の気持ちを込めて書いたんだ。
書き終わると、その書いた文字を心の中で反芻しながら今度はその紙を折り始める。
縦半分に折り目を付けて、その折り目にて端と端が直角に合うように三角に折る。
そして今度は三角の両端をまた真ん中の折り目に合わせて折り、真ん中の折り目に沿って半分に折る。
あとは両端を翼になるように折れば完成だ。
いわゆる、紙飛行機ってやつ。
完成品を手に持って久しぶりに椅子から立ち上がる。
二人がどうなさいました?という顔になったので、何でもないよ、という意味を込めてとりあえず笑顔を返しておいた。
そのまま僕は大きな妨弾ガラスがはめこまれた窓に近付き、ガラスとガラスを仕切っている支柱の中央部にある赤いボタンを指先で押した。
ピ、と電磁音が小さく鳴った後、僕の左側にある大きなガラスはシュッと音を立ててなくなった。
そのことによしよし、と満足して開け放たれた窓辺へと寄ると、持っていた紙飛行機を外へと飛ばす。
少しでも遠くへ飛びますように、彼のところへ届きますように、と願いながら。
紙飛行機は清々しいほどの青い空へと吸い込まれていった。
そして、僕は見たんだ。
青い空を飛ぶ白い紙飛行機の奥に、白い飛行船の姿を。
・END・
(早く帰ってきて、と願ったんだ。そうしたら僕の目の前にはこの光景、頬が緩むのは仕方がないよ。さあ、迎えに行こう。笑顔で君のもとへ!)
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好きじゃない
なんなんだよ。
こんな時に変な冗談やってんじゃねぇよヤンキー。
なんでそんな目で俺を見てんだよ。
なんで俺の腕を掴んでんだよ。
……離せよ。
痛いんだよ馬鹿。
「シンタローさん…」
なんだよその目は。
なんで真直ぐ俺を見てんだよ。
「シンタローさん、逃げないでください」
…はぁ?
何言ってんだこいつ。
俺がいつ逃げようとした。
ふざけたこと言ってんじゃねぇ。
俺はそんなに弱い奴じゃねぇよ。
だから手、離せってば。
「…聞いてくださいシンタローさん」
………なんだよ。
「あの、俺は、本当に駄目なやつで…」
そんなこと今更言われなくても十分知ってるぞ糞ヤンキー。
「何やってもシンタローさんにはかなわなくて…」
当たり前だろうがボケ。
「それなのに…俺がこんなこと言うのはおかしいかもしれないですけど」
…………。
「それでも…それでも俺、シンタローさんを守りたいんです」
……やめろ
「シンタローさんに笑っていてほしいんです」
やめろよ…
「その、だから俺は…」
……その先を
「シンタローさんが……」
言わないでくれ――…
「―――好き、なんです……」
馬鹿、ヤンキーがっ…
「シンタロー、さん…」
…うるさい。
「泣かないでください」
うるさい、黙れ。
俺は泣いてなんかない。
なんで俺が泣いてなきゃいけないんだよ。
むしろお前のほうが泣きそうな目をしてるだろうが。
…って、何してんだよお前。
勝手に俺の顔を触ってんじゃねぇよ。
至近距離で眼魔砲ぶっぱなすぞ。
「あの、シンタローさん」
うるさいって言ってんだろ。
いちいち名前を呼ぶんじゃねぇ。
「シンタローさんは俺のこと、好きですか…?」
本当になんなんだよこいつは。
なんでそんなことを聞くんだよ。
…だからやめろって。
そんな目で俺を見んじゃねぇ。
「…お願いです。答えてください」
……馬鹿かこいつは。
俺がお前のこと好きなわけないだろ。
お前なんか好きじゃねぇよ。
“好き”だなんて――
お前には絶対言ってやんない。
・END・
(二人の歩く道はあまりにも違いすぎて、重なりなどしないのだから)
その日のアラシヤマは総帥室へ向うべく計算し仕事を片付け報告書も仕上げた。
まだ理由なく会うには自分には総帥室の扉は重い。
とはいえそういう機会を得てはその話を持ち出して刷り込みを行う努力はした。
普通に任務をこなすようになってからは仕事上での対峙が多く物足りないと感じる日々。
驚く程自分が相手を欲していると痛切なまでに実感したのは実は最近であった。
ドアの中からの了解で総帥室の扉が開く。
満を持して総帥として座るシンタローの前に立てば眉間に皺が寄ったかと思うと溜め息一つの応対。
仕事も終わろうとしてる頃の厄介物登場に非常にわかりやすい空気を惜し気も無く醸し出す。
(そしてその時間はこちらが狙ったものであったのだが)
「先週までの任務の報告書どす」
今更ひるまず歩み寄って報告書を差し出した。
「ん、そこ置いとけ」
相手はもう目線を手元の資料に戻してこれも素っ気無く応える。
アラシヤマはああやっぱりと思わず苦笑した。
それを感じとったシンタローが怪訝な表情で顔を上げる。
「用が済んだら帰れよ」
それが予想と違わぬ言葉だった為に返って気力を得てやはり切り出してみた。
「今日ねわて誕生日でしてん。知ってはるやろ」
「…あんだけカウントダウン並に連呼されりゃあな」
ああこれは諦めの表情だったかと更に気を良くする。
この人はこうなのだとわかってた自分が嬉しい。
「なんも用意もしてねーしなんもやらねーぞ」
そう言うと椅子を回してアラシヤマに背を向けた。
「わかってますて」
何かが欲しいというよりはね。
自分とシンタローを隔てる大きい総帥のデスクにそっと近付き回りこんで
これも大きめのソファーに座るシンタローの横に立った。
シンタローの視界には依然アラシヤマはいないがその位置のままで手を伸ばす。
シンタローの横顔を隠しがちな髪を指先で持ち上げて表情を伺う。
そのカオはいつも見るカオのようだった。
「何か特別に下さいってことはあらへんのどすえ」
「やらねえって言ってんだろ」
「ただちょっと」
「何」
「ちょっと許してくれはったら」
ここまでは許してくれはったみたいやし。
体勢をシンタローの正面に移動させると同時に髪に触れてる手を頬にすべらせて
再度表情を伺うとやはり目線は合わせてくれなかったが小さく吐く息が音で聞こえて
現在の二人の距離の近さを思い知った。
この距離が許されるなら。
こっから先はと云ったら実はかなりキス狙いですが貴方は許してくれるでしょうか。
別にお前が死のうと知ったこっちゃないけれど。
だけどこんなにムカつくことはないな。
We DIdn't Start The Fire
-side s-
意識不明状態のアラシヤマを見たのはガンマ団施設内に戻ってからだった。
それでも思ったよりかは外傷少なくて、その時は割と考えなかった。
自分には他に思うことが幾らでもあったから。
そう 本当に二の次三の次。
間もなく総帥になると決めてからは特に日々の雑務に忙殺されて忘れ気味。
そのウチ目を覚ますだろうと。
またあの調子で自分の前に現れるだろうと。
なのにお前は一向に目を覚まさない。
外傷は治っていく。
なのに目を覚ます気配がない。
顔色は寒く気休めに触れると体温は低い。
死体のように目を覚まさない。
こうなると事情が変わってくる。
おいおい。
なんなんだ。
アラシヤマの病室では滅多に他の人間に出会うことはなくそれはたまに
ドクターの高松くらいであったがある時意外な人物と鉢合わせることになった。
アラシヤマのベッドから一歩離れて 横たわる部屋の主を見下ろしていたその男。
そういえばあまり一対一で向かい合ったことがない…
何度か例の豪放な叔父の後ろに控えめに付いているのを見かけたくらいで。
一種の気まずさを感じながら病室に入ると横目に自分を確認し軽く会釈する。
徹底的に冷酷な部分も感じさせるが反面礼を重んじる所がある男で
正直自分には彼とアラシヤマとの師弟関係というものが具体的には思い浮かばない。
というよりこの男のことをアラシヤマのこと以上に知らないのだ。
ふと特戦部隊は今日にもここを出るのだということを思い起こす。
隊長がああだから一所に収まってるのが窮屈なのだろう。
自分の総帥就任も任務も待たずに飛び出す辺りはあの叔父らしい。
(引き止める気にもならないし)
それで征く前にこの男は見に来たのか。
弟子の醜態を?
「コイツ…このまま目を覚まさねえのか?」
我ながら何かを期待してるような問いだと思った。
「わかりません」
表情は変わらない。
「…師匠のアンタならどういう状態かわかるかと思ったけどな」
「自爆技は私は実際に使ったことがないので予想の範疇を出ませんが」
それはそうだ。
自爆技だし。
「火を操るということがどういうことかおわかりですか」
「…さあ」
「火種なくして火は起こりません。
簡単に言えば体内のエネルギーでもって発火し
いかに少ないエネルギーで燃焼し増大させ操るか。
エネルギーを使えばそれなりのダメージがあるものです。
そこをコントロールすることを教えたつもりでしたが」
…コントロール?
それ下手だよなこいつ。
いつも感情のままに発火していたような気がする。
確か初めて出会った時も火傷させられたし。
余り思い出す事もないアラシヤマとの初対面当時の光景がなんとなく懐かしく過って思わず口の端が緩んだ。
相手に気付かれる前に素面に戻す。
「体内のエネルギーを全て使うのが自爆技です。
見ての通り基本的に自分の炎では焼かれないので外傷は残りません。
但し自爆技を使えばその時にすぐに命を落とすのが普通なので
そういう意味ではこれはかなり特殊なケースと言えます。
となるとこの場合アラシヤマが今後どうなるかは私にも解しかねる…」
そういう彼の頬には消えそうに無い火傷の後がまだ生々しさを伴って残っている。
色が白く端正な顔立ちにそれは主張も激しく。
彼がその時アラシヤマを抑え仲間を助けた(結果こちら側の人間も守られた)ことは聞いた。
実力は所詮師が上回っておりしかしお互いに全く違う形で傷付いた師弟。
消えない火傷と覚醒の遠い消耗と。
表情は変わらない。
「そのウチ目を覚ますのかこのまま目を覚まさないのか…
或いは」
表情が変わらない。
しかし感じるのは。
やはりこの結果にこの師は怒っているのだと。
他人の為に自爆技を使った弟子にか。
そうさせた俺か。
もしくは
思うような弟子に育てられなかった自分にか。
…わからない。
全部かもしれない。
あるいは全くの見当違いかも知れない。
全てを燃焼させようとした弟子と抑えようとした師が
実は非常に近しい行動をとったのだなと感じた。
連想し自分にとっての師といえるもう1人の叔父のことを思う。
叔父が自分より強くなれと望んだことを。
ではこの男の場合は?
実際弟子の選択が不本意だったとして。
何を望んだのだろう?
自分より強くなれと?
もう1人の「自分」を作ることを?
なのに結局アラシヤマはアラシヤマで。
そのことが何故か自分を安心させる。
結局弟子の目覚めを待たずその男はその日の内に仲間と行ってしまった。
去り際にこんなことを言って。
「案外ちょっとしたことで目を覚ますかもしれません
あなたが望んでやるだけでも」
「なんだそりゃ…」
「単純な男ですから」
僅かに破顔ってるように見えたのも気のせいかもしれない。
「シンタローはん、シンタローはん!」
2週間に及ぶ遠征を終えて、久しぶりに帰ってきた本部で、一休みする為に自室に向かっていたシンタローに、後ろから嬉しそうな声がかかった。
「お帰りなさいまし」
「…あー」
軽く、返事を返す。
団員は、総帥の帰還時には敬礼で出迎えなければいけない為、シンタローの『正義のお仕置き』の期間は前もって団内に告知されている。
だから、こうして帰ってきた途端にアラシヤマに声をかけられる事はそう珍しくはない。先程シンタローが見た沢山の団員の中に、アラシヤマも混ざっていたはずだ。
だが、疲れてるときにこいつの顔なんか見たくもない、とシンタローは思う。疲れていなくても、あまり会いたくはない。
しかしアラシヤマは、そんな気持ちを察することもせずに、隣に並んで会話を始めた。
「シンタローはんにはよお会いしとうて、さっさと任務終わらせてきたら
入れ違いにシンタローはんの遠征がありましたやろ?」
(知らねェよ、そいつはラッキーだったな)
余計な言葉は、胸の奥に押し込んで、少し歩くペースを速める。
「すこぅし寂しゅうて、トージくんの胸借りたりもしたんどすけどな。
あ、トージくん言うんは、最近できた友達で…」
速まったペースに気がついたらしく、アラシヤマもペースを上げて言葉を続けた。
「…友達?」
シンタローが、ぴくりと眉尻を上げた事にも気がつかず、アラシヤマは更に言葉を続ける。
「へぇ。こないだ知り合うて、意気投合しましたんどす。」
ぴく、とシンタローの表情が不機嫌に曇っていく。
「そー、友達…ね」
「そうなんどすぅ」
シンタローと対照的に、機嫌よくにこやかに笑うアラシヤマ。
その笑顔が、シンタローの神経を逆撫でした。
ふと、歩みが止まる。
そこでやっと、アラシヤマはシンタローの表情を伺った。
「シンタローはん、どないしはりました?」
「……やっと友達出来たんだな良かったな」
「え」
「もうこれで俺に付きまとわなくても楽しくやっていけるよな」
「ちょ」
「そーか良かったないやマジでッ!」
満面の笑みを浮かべてはいるが、こめかみが引きつってるシンタローは、口を挟むことも許さず一息で告げて、背を向けて早足で歩き出す。
勢いに圧されて、ひとり取り残されたアラシヤマは心底不思議そうに
「……シンタローはん、何を怒ってはるんでっしゃろ」
ぽつり、呟いた。
普段から、確かに無視され気味ではあった。けれどここ最近は、少し方向性が違うというか。アラシヤマが視界に入れば、一度は目を合わせてから、わざと視線を逸らす。そんな行動をシンタローは繰り返すようになり、幾らアラシヤマでも少しずつ居心地が悪くなって。
話しかけても軽く流される事は普段と対して変わりないのだが、何か怒らせたのなら話は別だ。なんとか会話を続けて、原因を見つけて謝らなければいけないと、アラシヤマは焦っていた。
「あの、シンタローはん」
焦った挙句、話題も無いのに話しかけ、余計に怒りを買うような事を既に何度かしていたが、今回は同じヘマは繰り返すまいと何を話すのか考えてきてあった。
「ンだよ…」
「シンタローはんに、トージくんのこと紹介しよ思いまして」
最後の会話は、「彼」についてだった。原因は、多分この会話。
シンタローの眉がぴくりと小さく跳ねるのを見て、それが確信に変わる。
「……どこにいるんってんだよ」
「ここに」
軍服のボタンを外し、覗く白い胸元から「彼」を取り出して、総帥の大きな机に置いた。
「わてのお友達の、トージくんどす」
言って、アラシヤマは「彼」に軽くお辞儀を促す。
「……は?」
目の前で、ちょこんと立っている「彼」を、シンタローは見つめ返した。
「せやから、デッサン人形のトージくんどす」
「彼」の木目を撫でながら、アラシヤマはシンタローの様子を伺う。どうやら、もう怒ってはいないのか、ぽかんと口を開けて固まっていた。
「トージくんがシンタローはんに『初めまして、よろしゅうに』って」
「…………」
「シンタローはん?」
「…友達って、それか?」
シンタローは俯いて、小さく肩を震わせた。
「そうどす、けど」
また地雷を踏んだかとアラシヤマは一瞬身構えて、シンタローの突如噴出した声にびくりと震えた。
「何だよ、お前の友達って…そーだな、お前に人間の友達はできねェよな」
「シンタローはんがわての唯一の人間のお友達どすえ!」
「あー、そうかそうか。そーだよな…」
アラシヤマを置いてけぼりにして、一人で納得するシンタローを見て、ふと、気がついたことを口にしてみる。
「…もしかしてシンタローはん、嫉妬してくれはったんどすか…?」
馬鹿にした様に笑っていたシンタローが、動きを止めて、アラシヤマを見る。その目つきのきつさに、アラシヤマはまたびくりと怯えた。
「……なんで、そうなるんだよ?」
「いや、だって…違いますの?」
轟音が、ガンマ団本部を揺らす。後には、瓦礫に埋まり笑顔で鼻血を垂らすアラシヤマと、怒りの形相でそれを見下ろすシンタローの姿があった。
(04/07/22)
2週間に及ぶ遠征を終えて、久しぶりに帰ってきた本部で、一休みする為に自室に向かっていたシンタローに、後ろから嬉しそうな声がかかった。
「お帰りなさいまし」
「…あー」
軽く、返事を返す。
団員は、総帥の帰還時には敬礼で出迎えなければいけない為、シンタローの『正義のお仕置き』の期間は前もって団内に告知されている。
だから、こうして帰ってきた途端にアラシヤマに声をかけられる事はそう珍しくはない。先程シンタローが見た沢山の団員の中に、アラシヤマも混ざっていたはずだ。
だが、疲れてるときにこいつの顔なんか見たくもない、とシンタローは思う。疲れていなくても、あまり会いたくはない。
しかしアラシヤマは、そんな気持ちを察することもせずに、隣に並んで会話を始めた。
「シンタローはんにはよお会いしとうて、さっさと任務終わらせてきたら
入れ違いにシンタローはんの遠征がありましたやろ?」
(知らねェよ、そいつはラッキーだったな)
余計な言葉は、胸の奥に押し込んで、少し歩くペースを速める。
「すこぅし寂しゅうて、トージくんの胸借りたりもしたんどすけどな。
あ、トージくん言うんは、最近できた友達で…」
速まったペースに気がついたらしく、アラシヤマもペースを上げて言葉を続けた。
「…友達?」
シンタローが、ぴくりと眉尻を上げた事にも気がつかず、アラシヤマは更に言葉を続ける。
「へぇ。こないだ知り合うて、意気投合しましたんどす。」
ぴく、とシンタローの表情が不機嫌に曇っていく。
「そー、友達…ね」
「そうなんどすぅ」
シンタローと対照的に、機嫌よくにこやかに笑うアラシヤマ。
その笑顔が、シンタローの神経を逆撫でした。
ふと、歩みが止まる。
そこでやっと、アラシヤマはシンタローの表情を伺った。
「シンタローはん、どないしはりました?」
「……やっと友達出来たんだな良かったな」
「え」
「もうこれで俺に付きまとわなくても楽しくやっていけるよな」
「ちょ」
「そーか良かったないやマジでッ!」
満面の笑みを浮かべてはいるが、こめかみが引きつってるシンタローは、口を挟むことも許さず一息で告げて、背を向けて早足で歩き出す。
勢いに圧されて、ひとり取り残されたアラシヤマは心底不思議そうに
「……シンタローはん、何を怒ってはるんでっしゃろ」
ぽつり、呟いた。
普段から、確かに無視され気味ではあった。けれどここ最近は、少し方向性が違うというか。アラシヤマが視界に入れば、一度は目を合わせてから、わざと視線を逸らす。そんな行動をシンタローは繰り返すようになり、幾らアラシヤマでも少しずつ居心地が悪くなって。
話しかけても軽く流される事は普段と対して変わりないのだが、何か怒らせたのなら話は別だ。なんとか会話を続けて、原因を見つけて謝らなければいけないと、アラシヤマは焦っていた。
「あの、シンタローはん」
焦った挙句、話題も無いのに話しかけ、余計に怒りを買うような事を既に何度かしていたが、今回は同じヘマは繰り返すまいと何を話すのか考えてきてあった。
「ンだよ…」
「シンタローはんに、トージくんのこと紹介しよ思いまして」
最後の会話は、「彼」についてだった。原因は、多分この会話。
シンタローの眉がぴくりと小さく跳ねるのを見て、それが確信に変わる。
「……どこにいるんってんだよ」
「ここに」
軍服のボタンを外し、覗く白い胸元から「彼」を取り出して、総帥の大きな机に置いた。
「わてのお友達の、トージくんどす」
言って、アラシヤマは「彼」に軽くお辞儀を促す。
「……は?」
目の前で、ちょこんと立っている「彼」を、シンタローは見つめ返した。
「せやから、デッサン人形のトージくんどす」
「彼」の木目を撫でながら、アラシヤマはシンタローの様子を伺う。どうやら、もう怒ってはいないのか、ぽかんと口を開けて固まっていた。
「トージくんがシンタローはんに『初めまして、よろしゅうに』って」
「…………」
「シンタローはん?」
「…友達って、それか?」
シンタローは俯いて、小さく肩を震わせた。
「そうどす、けど」
また地雷を踏んだかとアラシヤマは一瞬身構えて、シンタローの突如噴出した声にびくりと震えた。
「何だよ、お前の友達って…そーだな、お前に人間の友達はできねェよな」
「シンタローはんがわての唯一の人間のお友達どすえ!」
「あー、そうかそうか。そーだよな…」
アラシヤマを置いてけぼりにして、一人で納得するシンタローを見て、ふと、気がついたことを口にしてみる。
「…もしかしてシンタローはん、嫉妬してくれはったんどすか…?」
馬鹿にした様に笑っていたシンタローが、動きを止めて、アラシヤマを見る。その目つきのきつさに、アラシヤマはまたびくりと怯えた。
「……なんで、そうなるんだよ?」
「いや、だって…違いますの?」
轟音が、ガンマ団本部を揺らす。後には、瓦礫に埋まり笑顔で鼻血を垂らすアラシヤマと、怒りの形相でそれを見下ろすシンタローの姿があった。
(04/07/22)