昼食後の片付けをしていると背中に鋭い視線を感じて、それが舅のものだとわかっているから、俺は身体を強張らせる。
へましないように気を付けないと、即、眼魔砲。
振り返ることもできず、とりあえず硬い身体のままで食器洗いを始めた、けれど。
気配が少しでも動くたび、皿を落としてしまったりして、結局、何度も怒鳴られた。
「シンタローさん、お茶どうぞ」
「お、サンキュー。もっと丁寧に皿洗いしろよなな、おまえ」
あんたのせいだろーが、なんてツっこめるわけもなく、緊張の糸が切れた俺は引き攣った笑いを浮かべて、脱力して。
だから、ふいに伸ばされた腕も、避けきれなかった。
「・・金髪」
「え、あ、はい・・っ?」
ももももしかして、いや、もしかしなくてもこの頭に感じる温もりと重みは、シンタローさん、の、手のひらですか。
大いに動転しまくって思わず身体を引こうとするものの、大きな手のひらはそれを許さなかった。
さわさわと無遠慮に髪は掻き回されて、なんだか、頭の中まで乱されていくような。
そんな俺をシンタローさんはまったく気にせず、髪のみを一点集中で見つめている。
つむじに穴あきそう、って、・・さっきのはもしかして、俺の髪を見てたのか?
「本物か?・・だよな」
「い、一応、アメリカ出身ッすから」
あ。
妙に冷めた表情。
「眩しいな、それ」
俺はシンタローさんのことを、詳しく知っているわけじゃない。
でも、一族の中でシンタロ-さんだけが黒い髪を持っていて、シンタローさんだけが秘石眼を持っていないってことくらいなら、知ってる。
「きらいっすか」
唐突な問いかけは、ごく自然に口をついたもので、別に意図があったわけじゃなかった、・・と思う。
少なくとも、シンタローさんを怒らせるつもりなんかなくて、まして。
悲しませるつもりも、なかった、のに。
シンタローさんは一瞬だけ、逡巡するような、この人にしては珍しく曖昧な風に顔を曇らせた。
そして。
「・・いや」
柔らかい、微笑み。
「好きだぜ」
軽いデコピンを最後に、体温は離れていく。
初めて俺に向けられた優しい笑みと声は、そのまま、腹ごなしの散歩から帰って来た1人と1匹の元へ移動された。
そんなことが、とてつもなく寂しく感じられた。
へましないように気を付けないと、即、眼魔砲。
振り返ることもできず、とりあえず硬い身体のままで食器洗いを始めた、けれど。
気配が少しでも動くたび、皿を落としてしまったりして、結局、何度も怒鳴られた。
「シンタローさん、お茶どうぞ」
「お、サンキュー。もっと丁寧に皿洗いしろよなな、おまえ」
あんたのせいだろーが、なんてツっこめるわけもなく、緊張の糸が切れた俺は引き攣った笑いを浮かべて、脱力して。
だから、ふいに伸ばされた腕も、避けきれなかった。
「・・金髪」
「え、あ、はい・・っ?」
ももももしかして、いや、もしかしなくてもこの頭に感じる温もりと重みは、シンタローさん、の、手のひらですか。
大いに動転しまくって思わず身体を引こうとするものの、大きな手のひらはそれを許さなかった。
さわさわと無遠慮に髪は掻き回されて、なんだか、頭の中まで乱されていくような。
そんな俺をシンタローさんはまったく気にせず、髪のみを一点集中で見つめている。
つむじに穴あきそう、って、・・さっきのはもしかして、俺の髪を見てたのか?
「本物か?・・だよな」
「い、一応、アメリカ出身ッすから」
あ。
妙に冷めた表情。
「眩しいな、それ」
俺はシンタローさんのことを、詳しく知っているわけじゃない。
でも、一族の中でシンタロ-さんだけが黒い髪を持っていて、シンタローさんだけが秘石眼を持っていないってことくらいなら、知ってる。
「きらいっすか」
唐突な問いかけは、ごく自然に口をついたもので、別に意図があったわけじゃなかった、・・と思う。
少なくとも、シンタローさんを怒らせるつもりなんかなくて、まして。
悲しませるつもりも、なかった、のに。
シンタローさんは一瞬だけ、逡巡するような、この人にしては珍しく曖昧な風に顔を曇らせた。
そして。
「・・いや」
柔らかい、微笑み。
「好きだぜ」
軽いデコピンを最後に、体温は離れていく。
初めて俺に向けられた優しい笑みと声は、そのまま、腹ごなしの散歩から帰って来た1人と1匹の元へ移動された。
そんなことが、とてつもなく寂しく感じられた。
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例えばの話。
触りたいとかキスしたいとか、もっと触りたいとか、もっともっと触りたい、とか、考えるだろ。
(だってこれでも健康な男子ですから)
戦闘能力でも、単純に力比べでも、かなわないと思う、たぶん。
(それは、精神的なものが多大な影響を及ぼして)
好きなのか嫌いなのか問われれば、きっと、そういう問題じゃないと俺は答える。
(赤面した自分が簡単に想像できる)
だけど、恐れる理由はあったって、嫌いになる理由はない、のは、事実。
(好きになる、情が移る理由は、これから次第で大いに有り得る)
というか、むしろ。
むしろ?
(相手は片腕を使えない身なのだから、卑怯と言われてもいい、もう片腕を塞いでしまえばいいだけの話)
想像するだけで精一杯で、とても実行に移すなんて不可能だと、わかってはいるけれど。
触りたいとかキスしたいとか、もっと触りたいとか、もっともっと触りたい、とか、考えるだろ。
(だってこれでも健康な男子ですから)
戦闘能力でも、単純に力比べでも、かなわないと思う、たぶん。
(それは、精神的なものが多大な影響を及ぼして)
好きなのか嫌いなのか問われれば、きっと、そういう問題じゃないと俺は答える。
(赤面した自分が簡単に想像できる)
だけど、恐れる理由はあったって、嫌いになる理由はない、のは、事実。
(好きになる、情が移る理由は、これから次第で大いに有り得る)
というか、むしろ。
むしろ?
(相手は片腕を使えない身なのだから、卑怯と言われてもいい、もう片腕を塞いでしまえばいいだけの話)
想像するだけで精一杯で、とても実行に移すなんて不可能だと、わかってはいるけれど。
生きるために、人を殺すことを覚えた。
生きて、なにをするのかなんて思いつかなかったけれど、むざむざ死にたくもなかった。
命を奪おうとするものすべてに反抗したかったのかもしれない。
急所を一突き。
湿った土に衝撃は緩和され、音もなく男の身体は倒れた。
炎で焼き尽くすか、首を刎ねるか。
真剣に考え始めようとした自分に気付き、どうせ見ている人間などいないのに照れ笑いなど浮かべながら、汚れた後ろ襟を掴み上げる。
「捕虜、1人捕獲」
力の抜けた身体をまさぐって、武器の類いを残らず奪う。
傷付けられるわけには、殺されるわけにはいかない。
少しでも悲しませる可能性のある要因は、確実に潰さなくてはならない。
最初に殺した人間の顔が思い出せなくなった頃には、生への執着心はだいぶ薄れていた。
単純に反抗期を過ぎただけのことと言われれば、それまでで。
皮肉なことに、既に、そう簡単には殺されないだけの力を手に入れていた。
生き残ることを目的にするのではなく、目的のために生きろ、と。
幼い子どもに教えてくれた冷たい声が、意味も理解できないままに、ずっと胸の奥に響いていた。
ようやく理解できた時、あの師匠がずいぶん優しい言葉を選んだものだと笑った。
目的のために死ぬなら今だと思った。
それなのに結局、こうして未だに生きている。
生きていることは幸運に違いないのだから、師匠を見習って前向きに、生まれ変わったのだと思い込むことにした。
第1の人生は、あの人のために死んだ。
第2の人生はあの人のために、なにがあろうと生きてやると、決めた。
生きて、なにをするのかなんて思いつかなかったけれど、むざむざ死にたくもなかった。
命を奪おうとするものすべてに反抗したかったのかもしれない。
急所を一突き。
湿った土に衝撃は緩和され、音もなく男の身体は倒れた。
炎で焼き尽くすか、首を刎ねるか。
真剣に考え始めようとした自分に気付き、どうせ見ている人間などいないのに照れ笑いなど浮かべながら、汚れた後ろ襟を掴み上げる。
「捕虜、1人捕獲」
力の抜けた身体をまさぐって、武器の類いを残らず奪う。
傷付けられるわけには、殺されるわけにはいかない。
少しでも悲しませる可能性のある要因は、確実に潰さなくてはならない。
最初に殺した人間の顔が思い出せなくなった頃には、生への執着心はだいぶ薄れていた。
単純に反抗期を過ぎただけのことと言われれば、それまでで。
皮肉なことに、既に、そう簡単には殺されないだけの力を手に入れていた。
生き残ることを目的にするのではなく、目的のために生きろ、と。
幼い子どもに教えてくれた冷たい声が、意味も理解できないままに、ずっと胸の奥に響いていた。
ようやく理解できた時、あの師匠がずいぶん優しい言葉を選んだものだと笑った。
目的のために死ぬなら今だと思った。
それなのに結局、こうして未だに生きている。
生きていることは幸運に違いないのだから、師匠を見習って前向きに、生まれ変わったのだと思い込むことにした。
第1の人生は、あの人のために死んだ。
第2の人生はあの人のために、なにがあろうと生きてやると、決めた。
少々開きすぎの胸元から手を差し込んで、汗ばんだ素肌をそろりと撫でる。
一瞬にして耳まで赤く染めた彼の、なにごとか怒鳴ろうと開きかけた口唇、を、もう片手で塞いで。
「しー」
口付けに近い距離まで顔を寄せ、小さく囁く。
「誰かに気付かれて困るんは、シンタローはんどすえ」
ぐっと息を呑む表情が可愛らしくて、悔しい。
いつも近付きたくてしょうがなくて、焦がれて、けれど近付けば近付くほど、互いの距離を思い知らされて、また焦がれる。
その繰り返しをどれだけ続けてきただろう。
(わては世界中の誰に見られたって構へんのに)
と、胸に浮かんだ素直な本音につい笑いながら、しなやかな首筋に顔を埋めた。
真っ赤な布地と、漆黒の髪と、薄く灼けた肌と、彼を構成するすべてに身体も心も急激に高まっていく。
「シンタローはんの匂いがする・・」
ほしいな。
舌の上でそっと転がした言葉が、我ながらおかしい。
(この人が、すごくほしい)
とっくに奪われてしまった己と引き換えに、この人を奪ってしまえればいいのに。
耳を打つ、戸惑いを含んだ声。
それが決して拒否を表していないのをいいことに、自分より幾分高めの体温を手繰り寄せた。
一瞬にして耳まで赤く染めた彼の、なにごとか怒鳴ろうと開きかけた口唇、を、もう片手で塞いで。
「しー」
口付けに近い距離まで顔を寄せ、小さく囁く。
「誰かに気付かれて困るんは、シンタローはんどすえ」
ぐっと息を呑む表情が可愛らしくて、悔しい。
いつも近付きたくてしょうがなくて、焦がれて、けれど近付けば近付くほど、互いの距離を思い知らされて、また焦がれる。
その繰り返しをどれだけ続けてきただろう。
(わては世界中の誰に見られたって構へんのに)
と、胸に浮かんだ素直な本音につい笑いながら、しなやかな首筋に顔を埋めた。
真っ赤な布地と、漆黒の髪と、薄く灼けた肌と、彼を構成するすべてに身体も心も急激に高まっていく。
「シンタローはんの匂いがする・・」
ほしいな。
舌の上でそっと転がした言葉が、我ながらおかしい。
(この人が、すごくほしい)
とっくに奪われてしまった己と引き換えに、この人を奪ってしまえればいいのに。
耳を打つ、戸惑いを含んだ声。
それが決して拒否を表していないのをいいことに、自分より幾分高めの体温を手繰り寄せた。
長い髪に力強く、それでもそっと静かにタオルを押し当てる。
たっぷり水分を吸って、普段よりもさらに黒を深くした髪は、艶やか。
布越しにもしっとりと肌に、馴染む。
「ドライヤー、そこにあるだろ」
温風を当ててさっさと乾かしてしまうのは、少し。
いや、かなり、もったいないことだと思う。
断る理由を言ったら間違いなく殴られるだろうから、断れるはずもないけれど。
(晒されたうなじに噛みついてしまおうか)
一通り水分を受け取ったタオル適当に投げて、衝動のままに指に力を入れる。
絡んだ髪から新たに搾られた水が、手首まで濡らした。
かすかに息を呑む音。
「アラシヤマ」
非難の声色には気付かないふりで、軽く微笑んで。
白々しく、名を呼び返してみたり。
「なんどすか、シンタローはん」
「痛ぇよ」
ようやく交わる視線が嬉しくて、乱暴に口唇を合わせた。
たっぷり水分を吸って、普段よりもさらに黒を深くした髪は、艶やか。
布越しにもしっとりと肌に、馴染む。
「ドライヤー、そこにあるだろ」
温風を当ててさっさと乾かしてしまうのは、少し。
いや、かなり、もったいないことだと思う。
断る理由を言ったら間違いなく殴られるだろうから、断れるはずもないけれど。
(晒されたうなじに噛みついてしまおうか)
一通り水分を受け取ったタオル適当に投げて、衝動のままに指に力を入れる。
絡んだ髪から新たに搾られた水が、手首まで濡らした。
かすかに息を呑む音。
「アラシヤマ」
非難の声色には気付かないふりで、軽く微笑んで。
白々しく、名を呼び返してみたり。
「なんどすか、シンタローはん」
「痛ぇよ」
ようやく交わる視線が嬉しくて、乱暴に口唇を合わせた。