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別にそれはたいしたことじゃない。
そう思っていた。
その方が気楽だったから。

だから差し伸べられていることにだって気づかなかった。

残酷なまでに幼い瞳に写らないことさえ知っていて伸ばされていることなど………………



月見の夜


 空には穴が開いたようなお月様。
 濃紺色の夜空が星に彩られていて見るものの気持ちを和ませ、魅了する。
 「ふう………本当に月見にはいい季節だな」
 それを眺めながらシンタローは声に出して周りに聞こえるように言ってみた。………無駄だろうと自分自身でも思いながら。
 なんの反応も返ってこない背後に溜め息の1つや2つ吐きたい。吐きたいが………それもまた無駄な事。
 ジト目で振り返ってみればそこに広がる光景は想像通り。………いや、それ以上なのだろうか。もうすでに想像力の限界を越えてきている。
 死屍累々というに相応しい潰れた友人たちと、うわばみかと疑わせる勢いで酒を飲みこんでいっている叔父。それに掴まったまま涙目で絡まれている従兄弟とどうしていればわからなくて固まったままの従兄弟。
 なんでこんな事になったのやら。考えるのも馬鹿馬鹿しい。別にたいしたことでもなかったのだ。たまたま久し振りに会った従兄弟同士、酒でも飲み交わしつつ月見と洒落こむ筈だった。
 そこにさも当たり前のようにやってきた叔父が原因でどこまでも広がっていった輪に辟易としてももう遅い。すでにこの後片付けは確実に自分の役目だ。総帥だろうがなんだろうがそういった役回りは変わらないらしい。もうこれは性分というべきなのか……………
 どんよりと仕掛けた思考を吹き飛ばすように、背中からなにかがのしかかってくる。
 ……………顔の間近から酒臭い息が感じられる。いま現在動けるものでこんなにも酒気を孕んでいるものなど一人しか思い付かない。ましてそれが自分に気配を伺わせる事なく近付けるのならなおさらだ。
 「あ~ん? テメェ……全然飲んでねぇじゃねぇか!!」
 「…………ついさっきまであんたの我が侭なつまみの準備で忙しかったんだよっ!」
 誰が原因だと噛み付いてみれば馬鹿にしたように鼻で笑われる。………ピキッとシンタローの顳かみから音がたった。
 あれこれと昔からやたらと自分に口煩い叔父は、こういった時はとことんまで妥協してくれない。
 まるで我が侭をいうことを楽しんでいるかのようだ。それを一蹴すれば一蹴するで子供の癇癪のごとき盛大なデモを繰り広げてくれるのだ。
 それを知っているからこそ被害を拡大させないためにもわざわざ我が侭を聞き入れてやってはいるのだが……それでも勿論許容量というものはある。
 馬鹿にしたようなハーレムの態度に思わず眼魔砲の1つも喰らわせてやろうかとも思ったが自分の部屋が破壊されることは避けたいのでぐっと我慢する。………相手の半分ほどしか生きていない自分が我慢するというのもおかしな話だが。
 そしてそれさえきっとわかっているのだろうハーレムはニヤニヤと笑ったままだ。いっそ部屋を破壊してでもという物騒な考えが湧かないわけではないが、如何せんここにはすでに酔いつぶれた友人が何人もいる上に、戦闘に関してまったくむかない従兄弟も一緒だ。
 ここで自分がキレて怪我をさせるわけにもいかない。後々が面倒だということも勿論あるが。
 「ねえねえシンちゃ~んv」
 甘えた声を出して唐突に自分の傍にやってきた足音に顔を向けてみれば……思った通りにいるのは顔を赤らめて酒気を帯びたグンマだった。ヨロヨロと色々なものに当たりそうになりながらも器用に避けて歩けているあたり、ある意味酔拳だろうかと悩みたくなる。
 同じことを考えていたのだろう、呆れたようにグンマを眺めながらもいつ倒れても大丈夫なようにと控えているキンタローと目が合う。互いにわかる程度に苦笑を交わしてキンタローもまたシンタローの傍に寄った。
 「これおいしーよー? シンちゃんも飲んでv」
 グンマが差し出してきたコップにはハーレムが作ったらしいカクテルが注がれている。情緒など無視したコップではあるが、その中で揺らめく液体の不思議な色は綺麗で、確かにグンマが好みそうだと笑みが漏れる。
 なんだかんだいいながらもハーレムも面倒見はいい。その方法がひどく不器用であったりするのだから始末が悪いが。
 …………深い溜め息を吐き出したシンタローを眺めながらハーレムはこちらを睨んでくる前に視線を逸らして手に持っていたウオッカを飲む。ビンに直に口をつけていることへの非難も込められている視線はアルコールへの耐性のあまりない従兄弟を心配してか。
 それをからかうこともできるが余計に機嫌を損ねると目的が達成されないことを知っているハーレムははぐらかすように近くにいたキンタローの肩に手を回した。半ば強引に肩を組んでおきながらもたいした抵抗がないという点では多分ある程度の信用は獲得しているらしいことが伺える。
 「大人なんだから酒の1つも嗜(たしな)まにゃいけねぇよな、キンタロー?」
 「日本人の半分はアルコールが飲めない遺伝子だって知っての発言か?」
 返答に困っているらしく眉を顰めたまま口を噤んでいるキンタローに代わり冷たくあしらうシンタローの声が即返される。
 大体予想していたらしいその言葉を鼻で笑い、体勢もそのままに再び呷ったウオッカの匂いを充満させながらハーレムが答える。
 「英国系の俺になにボケたこといってんだぁ?」
 「……………ハーレム叔父貴…いい加減離れろ」
 あまりに間近なハーレムからはかなり堪え難いほど酒気が放たれている。グンマほど弱くはないがハーレムほど好んで飲むこともないキンタローは、少々辟易とした感を響かせながら叔父の顔を遠くに置くように引き離す。
 それでも首が痛まないようにと力加減されている指先に淡く笑いながらハーレムは流れるような仕草でその指先を外す。………掴んでいたはずのキンタローが気づかないほど自然に逸らされた力に本人が呆気にとられる暇もない。
 顰めかけた眉もそのままに唐突に口に含まされた液体にぎょっと目を見開く。舌への刺激と濃いアルコールの香りでそれが先程までハーレムが飲んでいたウオッカであることは充分知れる。
 ………わかるのだが、正体を見極めたところでアルコール分が減るわけでもない。まして純度のかなり高い物を好むハーレムの飲むものは、自然初心者にはかなりきつい部類のものばかりだ。
 「まったく近頃の若いもんは口の聞き方も知らねぇな? こいつを1本空けられるようになってからタメ口はきくんだな♪」
 絶対に無理とわかっていていっているハーレムの口調は明るい。ほとんどおもちゃで遊ぶ子供そのものだ。
 同じ手で潰されていった友人たちの結果は虚しいほどわかっている。止めに入ろうにも下手に動くことが出来ない。…………大分酔っているらしいグンマがまとわりついて離れてくれないのだ。
 「ちょ………っ! グンマ離れろ! キンタローがぶっ倒れるぞ!?」
 「え~? キンちゃんなら大丈夫だよー。ハーレム叔父様が一緒にいるもん」
 「このボケ~~ッ! そのハーレムが潰そうとしてんだろうが!!」
 「平気平気~v だってハーレム叔父様、キンちゃんのこと可愛がっているから♪」
 「………むしろその方が質が悪い!」
 きっぱりと言い切ったシンタローにグンマがほえ~っと笑う。
 ………わからなくもない、返答。でもちょっとだけ違うのだ。
 正直乱暴者の叔父が苦手であることは認めるけれど、だからといって嫌いなわけではない。戦う力に秀でた一族の中、たった一人の非戦闘員である自分を、一度だって冷たくあしらったことはなく、まして必要以上のプレッシャーも何も与えなかった人。
 それは、希有だった。
 まるでそこにいて当たり前と言うように普通に構って普通に話して。かといってその会話の中には決して戦うことを組み込むことはなかった。
 人を気遣うことを、よく知っている。そしてなによりも相手の中にある劣等感をよく見抜く人。
 もっともだからこそシンタローの言うように質が悪いこともしばしばなのだが。
 「あ、でもほら……もう遅いみたいだよ」
 「は? ……………あ……」
 ちょっと目を離していた隙にビンに残っていたウオッカを全て飲ませたらしく、キンタローの膝が折れてしまっていた。…………よくよく思い出してみるとこのウオッカの前も何杯かハーレムの作ったカクテルを飲んでいたのだから、多分潰すことをきっちり計算に入れて度数の調整をしていたのだろう。妙な所で頭脳プレーに及ぶ叔父に顔を引き攣らせた所でもうすでに遅い。
 この離れにある布団の数が足りるのだろうかと少し計算するが、もうこの際全員で雑魚寝しかなさそうだという判断くらいしか出来ない。この時点でかなり酔っていたのかもしれないとは考えの及ばないことだったが。
 「ったく、キンタローもだらしねぇな。この程度で潰れるなんてよ。お前はどうだ?」
 「これ以上人を潰そうとするんじゃねぇよ」
 にやりとどう見ても悪人役の顔で笑いかけられても警戒心しか湧かない。
 ふんと顔を逸らして乱雑な室内の整理でも始めようかと歩き出そうとすると、ズイッと眼前にコップが差し出された。
 ハーレムは自分の背中側にいるのだから目の前でコップを差し出すわけがない。ということは、必然的にこの室内で起きている最後の人物、グンマになる。
 「はい、シンちゃん。ずっと動き回っていたから疲れたでしょ? このジュースおいしいから、これ飲んでから片づけしようよ」
 幼い頃からあまり変わらない無邪気な笑みで勧められたコップを少し胡散臭げにシンタローが眺める。ソフトドリンク用にと置いておいた大きめのグラスの中でカラフルな液体が踊っている。香りからアルコールの類いは感じられないし、グンマがわざわざ自分を潰そうとする理由も思い付かない。微かな逡巡の間に近付いたらしいハーレムの腕が唐突に首を押さえた。
 「なんだ~? グンマの飲みたくねぇなら、俺の飲めよ♪」
 「ウオッカをあけるな~!!! こっち飲むからあんたはそれを片付けてろ!」
 新たなビンを開けようと手をかけているハーレムに慌ててストップをかける。いい加減、飲み過ぎだ。いくら強いとはいえ分はわきまえなければいけない。うわばみな叔父はまったくそんな言葉に耳を傾けてくれたことはないが。………幼い頃からただの一度も。
 溜め息をつきながらハーレムが手に持ったビンを諦めて机に置く姿を見つめ、シンタローはグンマからコップを受け取る。正直、喉はかなり渇いていた。初めの数杯を一緒にしただけで酔いの回ったハーレムの我が侭に付き合いっきりだったのだ。その間なにも口にした記憶がない。
 一口飲んでみれば乾きが自覚され、一気にシンタローはコップの中身を呷った。何のジュースかはよく判らないが、喉越しも悪くないし味も甘酸っぱくて飲みやすい。ほとんど一気に飲み干したシンタローは笑顔でからになったコップをグンマに返した。
 「結構うまいな。お前が持ってきたのか?」
 自分の用意したものではないと問いかけた瞬間、クラリと脳の奥が歪む。…………なんとなく覚えのある症状に思わず表情が凍った。
 それを決定付けるように変わらず無邪気に笑った従兄弟は、もしもこんな状態でなければ確実に相手に殴られる一言を返してくれた…………
 「違うよ? ハーレム叔父様がさっきシンちゃん用に作ってくれたんだ♪」
 明るい声を耳に残しながら、爆弾のように一気に身体の中で弾けたアルコールを受け止めきれなかったシンタローはそのまま眼前のグンマへと凭れるように崩れるのだった。
 自分よりも体格のいいシンタローを支えきれるわけもなく、そのままグンマもろとも倒れ込んでしまいそうになった所を控えていたらしいハーレムの腕が支えてくれる。軽々と片手で支えたままコップの中のウイスキーを呷っているあたり、悪役の方が確かにむいているな、などのんきなことをグンマが考える。
 「あ~あ……明日シンちゃんが目を覚ましたら僕まで怒られちゃうなー……」
 「けっ、こんなガキに怒鳴られるのが怖くてどうする」
 「…………叔父様から見ればガキでも僕達同い年だもん。シンちゃん怒ると怖いんだよ?」
 拗ねたような視線で酔ってもいないグンマはハーレムに反論する。明日の朝が少し憂鬱だ。
 それでも後悔はしていない。怒鳴られようと殴られようと構わないからと、ハーレムに組みしたのは自分だ。
 …………はじめ、シンタローを潰すと言い出したハーレムに反対はしたのだ。ただでさえ近頃仕事が忙しくて会えなくて淋しかった。今日くらいは一緒に遊んではしゃぎたかったから、子供の楽しみをとらないで欲しいといったのだ。
 そうしたなら真剣ささえ帯びた青い瞳が、燃えた。
 なんとなく、わかった。それだけで十分だった。……………不器用な叔父は、自分なりに甥を心配していたのか。
 言葉でいってもはぐらかされるだけ。それくらいの精神力を持っていなくては総帥などやってはいられない。………まして人のよさをどうしても拭えないシンタローでは己をすり減らすことは出来ても癒すことは不得手だ。
 だからこそ、か。無遠慮を装って我が侭を貫く振りをして。
 そうしてハーレムは休息を与えることを望む。自分へのイメージも印象も悪化させることなど物ともしない剛胆さ。………ほんの少しだけ、その強さが羨ましくて、それに従った。
 自分ではシンタローに嫌われるかもと思ったことを出来ない。休んでよと泣きつくことは出来ても慰められるだけでなにも支えにもなれない。腕の中で眠る安らかな息に心和むのは、それでもこの常識はずれな叔父のおかげだ。
 やわらかな視線を注げるくせに、相手が目の前にいる時はいつだって不遜で意地悪で。不器用なくせに人を思ってばかりだ。
 だからこそ、きっと真直ぐに前を向いて傷つくシンタローが危うくて、犠牲にばかりなるなとその足を休ませようとするのだろうけれど。
 仄かな月が窓から注ぐ姿をいまは見る人もいない。一緒に騒げるくらい、身体の余裕のある人も、いない。 それはやはり淋しいから、心を休ませて、一緒にまた月を見上げたい。
 「ま、なんだな。明日はどうせな~んも出来ねぇから、ゆっくり遊んでもらうんだな」
 我が侭を飲み込んで自分に付き合った甥の頭を軽く撫で、ハーレムは人の悪い笑みを浮かべながら煙草に火をつけた。
 一体何のことをいっているのか判らないグンマはきょとんとしながらその背を見送る。
 腕の中の従兄弟をどうやって寝室まで運べばいいのかまでは考えていなかったことに、その背が完全に見えなくなってから気づいたけれど……………


 翌日、本部の方からの緊急コールがグンマの耳を劈いた。
 未だ眠っているシンタローたちを起こしてはと慌てて受け取ってみればその内容に顔を青ざめさせた。
 …………曰く、ハーレムが総帥室を酔った勢いでめちゃめちゃにしてしまったのでその修理に数日間かかると。
 休暇がなければ強制的に休暇を作れ。そんなハーレムの声が聞こえそうな行動に頭痛がする。
 起きたシンタローにどうやって伝えれば、ハーレムの真意を知らせることができるのだろうかと、たったひとりグンマは涙ぐみながら考えるのだった。



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 彼はいつも寂しそうな目で自分を眺める。
 ……その瞳に写っている自分はきっと不遜で傲慢で…なによりも尊大に高処に居座っているのだろう。
 彼の瞳は囁くから。
 自分では分不相応なのだと…………


 くだらない。
 価値を決めるのは彼ではなく自分。
 この魂が希求するかどうかだけなのに………


 不遜に堂々と。何者にも負けない絶対者のような暴力的な圧倒感。

 …………そうであってみせる。
 寂しさもなにもかも、エネルギーに変えて……お前の理想を具現し続けよう。

 その愚かな瞳が傍にさえ寄れないと嘆くことを止めるその日まで……決して屈することなくこの背を伸ばし続けよう。


 だから気づいて。
 一人は……自分だって寂しいのだから………………………………




風の生まれる瞬間


 また…いつもの視線。どこか億劫な仕草で男は己の首にまとわりつく漆黒の髪を掻きあげた。
 さらさらと風もない室内、それでも音を奏でるように絹のような光沢を沈めた髪は流れ落ちた。
 視界の先に晒される慣れたものにだけ見せる男の癖。
 過去の日、敵対してその命を狙っていた頃から時折零されていたその癖。
 顔を覆い隠すように長い髪はなにかを決意した時に晒される。
 ………まるで悩めるその魂を封じ、弛まぬ足をまっすぐに踏み締める為に儀式のように………………………
 自分達の長として君臨し、全てを決定するその権限をその両肩にのせた時から彼の髪は白き紐を手放した。

 もう縛ることもないと…いうことなのか。
 もう心安らかに笑むこともないと、いうことなのか……………

 縛ることのなくなった髪はそれでも伸ばされたまま。切ることのないそれは一体なにを意味するというのか………
 脳裏を掠めるのは美しい島。
 ……この身の奥、燻り続けた醜ささえ浄化してくれる空恐ろしいまでに絶対的な、全面的な肯定と愛を注ぐ島。
 彼がなによりも愛しみ、そこにあることを願って幾度となく涙を流したたったひとつの………………
 あの島で彼はいつだってその顔を晒していた。自身を否定したいというように隠し込む長い漆黒を後ろに束ね、やわらかく笑んで…………
 何もかもが優しかった。彼の性情がこの組織には組み込まれないことくらい知っていた。
 妬んで憎んで怨んで………なによりも深く憧れて。
 だから、きっと誰よりも自分が初めに気づいた。まるで酸欠の金魚のように息苦しそうに時折空を仰ぐ彼を。
 ここは違うのだと、全身が拒絶している瞬間。
 誰よりもなによりも才能に恵まれ、カリスマというべき魅力と胆力を備えて……けれどあまりにも彼は潔癖だったから。
 自分の腕に疑問と嫌悪を。……そして父に追いつくことのない特異能力を携えていない事への引け目と負い目を。
 …………………なにより深く刻んで彼はたったひとり空を見つめる。
 吐き出す息すら飲み込んで、世界でたったひとり。
 寂しいと泣くことのない強さがいっそ哀れなほどで…………………
 それでも自分の腕にそれを包む価値も、それを認められるだけの余裕すらも、なくて。
 男を包み癒したのはあまりに幼く小さな腕。
 なにもかもを認めまっすぐに受け止める、無条件の信頼と絶対的なまでの友愛。
 息が詰まるほどのその清らかさに視界が霞んだ。
 ………そんな男の姿は知らなかった。
 穏やかに優しく…誰かの世話を焼いて愛しく腕を伸ばして。
 奪うことでも壊すことでも切り刻むことでもなく、生み出す為の力に変換出来た彼。
 その全てを開花したのはまぎれもなくあの島で。
 否。………あの島を抱(いだ)き続けたちっぽけで幼くて、なにも知らないに決まっているあの……………………
 思い至った理由が切なくて、片目を前髪に溶かし込んだまま青年は静かに視線を床に落とした。
 知っていた癖になにも気づけなかった自分。……なにも知らない癖に気づいた子供。
 どうして、なんて考えることも愚かだ。
 自分が可愛かった。拒絶されることが怖くて逃げた。
 彼は強いから……。自分よりも強いのだから大丈夫だと決めつけて、自分の弱さに託つけて畏れた。
 彼の全てを憐れんで愛しんでおきながら、それを抱き締めることも肩代わることも怖かった。
 …………そんなものはいらないと突き付けられることが、怖かった。
 何も考えずにただ腕を伸ばしたなら拒む人ではないと、知っていた癖に……………………………………
 子供はなにも知らなかった。彼の性情も、息苦しさに泣いていたことも。
 それでもただ与えた。与えることを乞う勇気をもっていた。
 言葉が……でない。なにか囁きたくて赴いたのに、沈黙ばかりが流れてしまう。
 吐き出せる言葉が、あるのだろうか。
 …………一度は逃げた身で、彼に乞う資格があるのだろうか。
 噛み締めようとした唇は力なく塞がれるだけ。…………綻ぶことも忘れて、まして血すら滲まない。
 ………囁く為に塞がれて…息も出来ない。この胸の中重しのように沈んだ彼への思いはいっそ毒々しいほど醜く猛っていて……怖くなるから。

 傍にいたい。
 囁きたい。
 ………触れたい。

 けれどそれは許されない、から……………
 凍り付いた眼前のオブジェのような青年は部屋に訪れたままこの状態で。伏せた視線はいつまでも自分を写しはしない。
 微かな男の吐息が凍結した室内を溶かす。恐れるように落とされた青年の視線がはね、逃げてしまうだろう彼の気配を探すように顔をあげれば揺れた前髪の先に鎮座する男が現れる。
 息を飲む。
 ………それがどれだけおかしなことか判らないわけではないけれど。
 ずっと……彼はそこにいたのに。それでも突然現れたような気になったのは何故か。
 寄り添うようにゆったりと……笑んだその口元。いつものように叱咤する、乱暴な物言いをまっすぐに投げかける唇がやわらかく綻ぶ。
 それはあの島で見続けた彼の内なる華。……枯れることなく未だ残っていたのかと呆気にとられるように眺めていれば……不意にそれは萎むように切ない眉宇に隠されてしまう。
 消えて……しまう。
 そう思った瞬間の衝動をなんといえばいいのだろうか…………?
 身が引き去れるような感覚。
 喉が潰れたように息が出来ない。
 …………四肢が戦慄くように震えて……まるで天災を恐れる哀れな獣のように震えた躯が許しを乞うようにその熱を求める。
 亡くしたくなくて…必死になって伸びた腕。………捕らえることができるなんて考えず…ただそれを抱きとめたくて…癒したくて。
 哀しみの淵に沈もうとする真珠を掬いとりたくて……………
 弾かれると思った指先は微かに逃げた男の影を慕うように舞う長い漆黒を搦めとった。
 ―――――沈黙が、支配する。
 捕まえることなどできる筈のないその存在がこの指先に捕らえられている事実。息を飲めば………ほんの一瞬零されたそれ。

 華が染まるように。
 風が生まれるように。
 ……光が導かれるように。

 彼があまりにも優しく幸せそうに笑んだから。
 呆気にとられた指先から張りのある毛先がゆっくりと落ちる。
 ……………深く深く笑みが広がる。この身を蝕むように……沈めるように。
 けれどそれはあたたかくて……心地よくて。その全てを独占することが出来ないことくらい知っている青年は、戸惑うように眉を寄せる。
 ゆっくりと広げられた腕が、誘う。
 ……………青年の内に残る願いを許すように。
 与えられたなら与え返す…男の卑しくはないその優しさに涙が溢れそうになる。
 瞬きすら忘れた瞳の先の唇が静かに蠢く。

 ――――――紡いだ音にすら、動くことが出来ないけれど……………



ms
「シ~ンちゃ~ん」

脳天気な声が背後から襲ってくる。
オレはくるうり…と振り返り様に溜めナシ眼魔砲をぶちかましてやった。

「眼魔砲」
ドゴーン!
破壊音と共に煙りが立ち上る。

「うぜーよ親父」
「イキナリなんて酷いよシンちゃん…」

変態親父はとっさにかわしたのか、無傷でヨヨヨ…と泣き崩れている。

ちっ。
避けやがったか。

「せっかくパパがシンちゃんの為にお昼ご飯作って持ってきたのに、執務室前の廊下で眼魔砲はヤメてよ。ご飯が埃まみれになっちゃうでしょ~?」

ぷんすか。と膨れながら言う姿がハリキリむかつく…!!

「あぁ~ん?んなの知ったコトか。ちなみに食い物死守してなきゃぶっとばす」

そう言えばハラ減ったな~、と思いながらも横暴に問うてみれば、親父はニコニコしながらウィンクして見せた。

だからソレがムカつくんだっての…!

「まーかせて♪バッチリ無事だよ♪…ところでシンちゃん、何処行くの?」
「あ?雑務ばっかでイライラしてきたから気分転換に屋上庭園で休憩」
「それは良いね♪じゃあそこでお昼にしようか」

今日は天気もイイしね♪

親父はにっこり笑うとバスケットを抱えなおし、俺を促した。
ガンマ団本部の屋上庭園は一族しか入れない、豪華な作りである。
四季折りおりの花々がいつも咲いているのはともかく、滝や川や池があり森林まである。敷地も広い為小さい頃はよく迷子になったものだった。もちろんセキュリティも完備しているので程なく見つけてもらっていたが。

よく此処でグンマと遊んだ。
時には親父と散歩したりお昼寝したり、獅子舞と追いかけっこしたり美貌のおじ様とお茶したり。
太陽の光がキラキラと降り注ぐ中、自分は思いきり此処で遊び癒された。

懐かしさに浸りながらシンタローは芝生に寝転ぶ。
そのすぐ隣では親父がかいがいしく昼食の準備中だ。
バスケットの中からサンドイッチとスープとチキンを取り出し、ポットに熱湯を注ぎ紅茶を煎れる。
すべてを簡易シートに並べ終えると機嫌良く声をかけた。

「シンちゃん用意できたよ~♪今日のサンドはトマトツナ&バジルとフィッシュフライ&野菜で、スープはコンソメさ♪チキンはレモンハーブだよ~♪」
「紅茶は?」
「フォートナム&メイソンのダージリンをストレートで。食後はシンちゃんの好きなフォションのシトロネルティ(草原の中のレモンの香り)だよ」
「…今日はウィッタードのホワイトローズが良い…」

完璧に自分好みのものを用意されている照れと悔しさから、ちょっと意地悪してみる。
でも親父は更ににっこり微笑んだ。

「まかせて♪ちゃんとあるよ~♪…でも…サービスの好きな紅茶のホワイトローズ(花とハチミツの香りの非常にマイルドな紅茶)だね…」
「ふん。今日はそんな気分なんだよ。」
「はいはい…。それじゃ、冷めないうちにお食べ♪」

煌々と輝く日の光りを浴びながら、昼食会は始まった。

美味しい料理に舌鼓をうちながら、お互いにたわいもない事をしゃべる。
こんなにゆっくりと過ごすのは久しぶりだった。

「シンちゃん、最近お仕事詰めすぎなんじゃないの?程々にしないと寝込んじゃうよ?」
「うっせーなぁ。そんな柔じゃねーんだから大丈夫だっつーの。」
ちょっとむっとしながらハーブチキンに噛り付いた。

たしかにここ最近、書類整理が終わらなくて睡眠時間も削りがちだ。
一日2~3時間の睡眠が取れれば良い方なのは、たしかにあまり良くないのかもしれない。

でも。
早く完璧な総帥になりたかった。

親父の心配はくすぐったいけれども、追い付きたくて必死なシンタローはムカムカする。

焦っているのかもしれない。
しかも、ソレを見越しているらしい親父にイラつく。

ったく。人の気も知らねーで。

「いーんだよ。昼寝を一時間してっからよ」
「たしかに…昼寝の一時間は夜の睡眠の2~3時間に匹敵しているけれどもね」
「あんだよ」
「パパはシンちゃんと触れ合えなくて寂しいよっ!」
がばりと抱き着こうとしてきたので、空かさずハラに一発入れる。
今度はしっかりクリティカルヒット♪

ったく!調子にのんなっつーの!
「ウザイッッッ!」
「シンちゃん酷いよぉ~!」

いつもの会話にいつものやりとり。
でも。
最近スキンシップがなくて落ち着かないのも確かだから。

食後のホワイトローズを飲みながら、シンタローは呟いた。


「おい、バカ親父」
「な~に♪シンちゃん♪」
痛むハラを摩りながら、それでも健気に笑顔で対応する姿に感心しつつも素っ気ない態度で告げる。

「ちょっとそこに胡座をかけ」
「え。スーツが皺になっちゃうよ~」
「うっさい。イイからおとなしくヤレ」
「もー、しょうがないなぁ~」

ぶつくさと文句を言いながらも、結局はいつも俺の望みどうりにしてきたバカ親父は、どれだけ息子を甘やかしているのかわかっているのだろうか。

絶え間無く注がれる愛情と偏った過保護。それに依存しながらも抵抗するあまのじゃくな自分。
過ぎる程愛されている自覚があるから、いつでも傍若無人な態度をとれるのだ。

そんな自分を充分わかっていながらも、もはや変えようとすら思わない。

だって親父が悪いのだ。
こんな自分に育てたのだから。

ちゃんと最後まで責任もてよ、親父。


「シンちゃんコレで良い?」
親父がにっこりと笑えば、シンタローは胡座をかいた足の上にゴロリと寝込んだ頭をのせた。

「シ、シンちゃん??」
「うっさい。一時間したら起こせよ」

ちょっと慌ててる親父にしてやったりと思いながら、深く息を吸いこむ。


あぁ、懐かしくも安心する匂いがする。
幼い頃から嗅ぎなれたコロンと温もりに包まれながら、シンタローは穏やかな眠りへと落ちていく。

マジックはそんな無防備な姿の、息子の長い髪の毛を優しく撫でながら、ゆったりと微笑んだ。


なんと愛しい子か。
素っ気ない態度と言葉で私を困らせて楽しみながら、こっそりとひそやかに甘えてくる。

まるで気位の高い猫のよう。

いつまでも私の腕の中で囲っていたいのに、すぐにするりと抜け出てはこちらをチラリと伺う。
そして我が儘な程に、自分が愛されていないとダメだと無言で主張する。


マジックはくすりと笑うと、黒髪をひと房手に取り口づけた。

「愛しているよ」

そんな風にお前を育てたのは私なんだもの。
ちゃんと最後まで面倒をみるよ。


穏やかな風が吹き抜ける中、二人はしばしの温もりを分け合った。





暫くして、寒さに身を震わせながらシンタローが起きてみればすでに陽も落ちた夕方で、つられて寝込んでしまっていたマジックを蹴り起こし一悶着あったのを追記しておこう。

ks
■SSS.80「ゲームはいつでもいい」 キンタロー×シンタロー「……チェス?」
部屋に入るなりシンタローは目聡くテーブルの上のボードと駒に気づいた。
古びたボードの上にはやりかけのゲームが広がっている。
ボードの傍らには好ゲームを収めたチェスの棋譜を伏せたままにしてあった。

「この本の再現してんのか」
棋譜を取り上げるとシンタローは「へ~」と言いながらぱらぱらとめくり始めた。
分かりやすいんだかそうじゃないんだか、分かんねえなと言いながらシンタローは手元の駒を指で突く。

「おまえはチェスは……」
「やったことねえよ」
「そうか」
「なんでだかうちにはなかったんだよなあ。他のゲームは何でもあったけど」
本をばさりと置くとシンタローはしげしげと駒を取り上げた。
クイーンの王冠は宝石の丸い部分が少し欠けている。硬い駒を爪で叩きながらシンタローは「壊れそうもねえのになあ」と呟いた。

「なあ、これどうしたんだよ」
「……父さんの部屋にあった」
「ふうん」
そっか、と言いながらシンタローはクイーンを慎重にボードの上に置いた。

「俺はチェスのルール分かんねえからなあ」
勝負できないな、とシンタローは言いながらソファに腰掛けた。
「出来るんなら今すぐにでもやるんだけどな。麻雀もカードもおまえに負け越してるし」
「俺だって別にチェスは出来ないぞ。まだ誰とも対戦したことがない」
本で覚えているところだ、と答えると従兄弟はでもなあと仰いだ。

「おまえ、すぐ覚えんだろ。勝負強えし、ギャンブル得意じゃねえか」
「……そうか?」
単におまえが賭け事に弱いだけじゃないのか、という言葉は飲み込んだ。
そんなことを言ったが最後、従兄弟の負けん気に火が点いてこれからありとあらゆるゲームをしなければ行けなくなる。
さり気なく俺はチェスの本をテーブルの端に寄せる。
それから駒もケースにきちんと仕舞う。ボードも畳むとシンタローは「片付けちまうのか」と眉を上げた。

「別にやっててもいいんだぜ」
俺はその間、テレビでも見てるしとシンタローはあっさりと言い放った。

「いや……チェスはまた時間の空いたときにやるさ」
せっかく一緒にいるのにバラバラの時間を過ごしていたってちっともおもしろくない。
首を振るとシンタローは「じゃあ」と口を開いた。

「とりあえず茶でも飲むか。久しぶりにお前の淹れるコーヒーが飲みたい」
笑いかけてくるシンタローに俺は、
「少し待っていろ。めずらしい豆が手に入ったんだ」
従兄弟の額に軽いキスを落とすとキッチンへと向かった。
ks
■SSS.78「おはよう」 キンタロー→シンタロー「何時に寝たんだ?今日も時間いつもどおりだろ」
その言葉の後にさあっとカーテンが空いて、日の光が部屋に差し込んだ。
わざわざ起こしにきてくれたのか、と抜け切らない眠気の中にも俺は嬉しさを感じる。
愛しい従兄弟の顔を見ようと目を明けるときらきらとした朝の光が眩しくて目に痛かった。
眩しさに顰めながら上体を起こすと、俺は瞼を擦った。
それから窓を開けた後、ベッドに近寄ったシンタローの質問に答える。

「……5時頃だ」
俺の答えにシンタローは眉を寄せた。2時間しか寝てねえのかよ、と従兄弟は呟く。
「5時ならそのまま徹夜の方が……」
言いかけてシンタローは俺がここ何日かろくに睡眠をとっていないことに気づいたらしい。
おまえな、と眉を顰めながらシンタローが俺を咎める。
「そんなんじゃぶっ倒れるぞ」
「移動中に仮眠を取るから平気だ」
俺の答えにシンタローはチッと舌打ちした。体壊しても知らねえぞ、とぶつぶつと呟いている。
それには心配ない、と答える前にシンタローがはっとしたような表情を浮かべた。

「どうした?」
「寝る時間少ねえのになんでわざわざ部屋に戻ってきてるんだよ」
「部屋に?」
シンタローの問いに疑問を覚えていると従兄弟は「だから」と声を上げた。

「研究室にはスリープカプセルがあるだろ。部屋に戻らなくてもそれで寝ればいいじゃねえか。
研究室の戸締りとか火の元に時間取られねえし」
ここへ戻ってくる分、睡眠時間が減ってるだろとシンタローは言った。
「たしかにそうだが……」
「だが?」
なんでだよ、とシンタローは首を傾げた。
確かに従兄弟の言うとおりだ。スリープカプセルなら短時間の睡眠でも体が疲れないような設計になっているし、目覚まし機能を設定しておけば起こしてもくれる。けれども。

(閉じ込められる気がするんだ。あれは……)

人一人が横になるだけの狭い空間。寝返りを打つこともできない。目を明けると透明な壁が外とを隔絶する。
時間が車では自動的にロックされるスリープカプセルは俺に圧迫感しか与えない。
閉じ込められてどこにも出れない、そんな思いが湧き上がって24年間のトラウマが刺激される。

(あれは嫌いだ……)

便利だろうがなんだろうが嫌いなものは嫌いでしかない。
スリープカプセルで仮眠を取っていたときのことを思い出して胸がじくじくとと痛む。

「キンタロー?」
どうかしたか、とシンタローが俺を覗き込む。
屈みこんだシンタローは長い髪が前へとさらさらと揺れていた。

「いや……なんでもない」
首を振るとシンタローは怪訝さの抜け切らぬ表情のままならいいけどなと答えた。

「ベッドのほうが体に負担がかからないだろう」
それを考えていただけだ、と俺は口にした。シンタローは「ああ、言われてみりゃそうだな」と頷く。
従兄弟の顔からは俺の態度を訝しむ色が消えてくれて俺はほっとする。
よかった。スリープカプセルを厭う理由を告げるわけには行かない。そんなことを口にしたらこの従兄弟は苦しむだろうから。

軽く伸びをして、ベッドから降りると、シンタローは「朝メシ食うよな?」と尋ねてきた。
足りない睡眠時間のおかげで食欲はそんなにない。しかし、食べなければ体の疲労は溜まる一方だ。
もちろん、と頷くと従兄弟は「じゃあ、作ってるからシャワー浴びて来いよ」とバスルームを指した。

「けっこう寝癖ついてるぜ」
言いながら従兄弟は俺の前髪を摘み上げた。髪がわずかに引っ張られる。
ふるふると首を振るとシンタローが忍び笑いをしながら指を離した。

「おまえの朝はコーヒーとトーストだろ。……卵はスクランブルエッグでいいか?」
向かい合ったままシンタローは俺に朝食について尋ねる。こくりと頷くとシンタローはよし!と言いながら俺の肩を叩く。
それを合図にバスルームへと動き出すと俺の先を歩いていたシンタローが「ああ、キンタロー」と振り返った。

「なんだ?」
まだなにか、と振り返ったシンタローに近づくと従兄弟がにやりと笑う。
「朝の挨拶がまだだったよな」
おはよう、と言いながらシンタローは俺の頬に顔を近づけた。やわらかな感触が頬の一部にもたらされる。
それがなんなのか思う間もなく頬から軽い音が鳴ると、それからすぐにやわらかな感触は消えた。
「――!」
キスされた?と思い至って俺はかっと目を見開いた。眩しさはあったがそんなことを気にする余裕はない。
口唇が触れられた場所に思わず手を当ててしまうと従兄弟は笑い出した。

「目、覚めただろ」
言われたとおり、眠気は吹っ飛んだ。眠気だけではなくスリープカプセルのことで抱いたもやもやとした気持ちも。
だが……。

「……朝から人を揶揄うな」
ため息を吐くとシンタローは笑いながら部屋を出て行った。
頬に残る感触を払おうと俺はふるふると首を振る。けれどじんわりとした温もりは消えてくれずに、更なる熱を浮かび上がらせていく。


(期待……してはいけないんだろうな)


従兄弟が俺に恋愛感情を持っているとは思えない。家族としての愛しかないはずだ。同じ気持ちなわけがない。
俺の片想いでしかないんだ。これは単なる悪戯だ、落ち着けと俺は自分を言い聞かせる。
けれど、頬から広がっていく熱は体の隅々まで気持ちを高ぶらせていって仕方がない。
ぎこちなくバスルームのノブを握りこむとひやりとした感触がした。
けれどその冷たさは指の熱で徐々に温もってしまって、俺から熱を奪い取ってはくれなかった。

「まったく……人の気も知らないでこんなことを」
立ち尽くしたまま、俺はため息を吐いた。
恋する相手からのキスは嬉しい。挨拶に過ぎない軽いものだけれども嬉しいには変わりない。こんな挨拶したことないのだから。
けれど、今のは想いが成就したわけでもなく単なる悪戯だ。嬉しいけれど、同時に厄介な気持ちも浮かんでくる。
俺の気持ちなど知らないシンタローの悪戯なんだけれども。

「朝から煽らないでくれ……」
心臓がバクバクといったまま収まらない。水でも浴びよう、とのろのろと俺はバスルームの扉を開けた。

頭の中に眠気などもうどこにもない。
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