ここ三日間ほど空は分厚い雲に覆われ、時々泣き出すような天気にあった。
今年の七夕も夜空に星を見ることは出来ないかと人々は思っていたのだが、姿が見えない陽が沈み、暗闇が訪れて数時間後、まるで誰かが取り払ったかのように空一面の雲が消えていた。星の川の美しい輝きが真っ黒な闇のヴェールを被った空を飾り立てている。
天気に関係なくここ数日、総帥室に籠もりきりだったシンタローは、読み終えた書類を置いて次の書類に手を伸ばす前に、何気なく窓から見た夜空に歓喜の吐息を洩らした。同じように室内に籠もってシンタローの傍で仕事をしていたキンタローは、突然明るくなった半身を包む空気に顔を上げる。シンタローが心で感じた素直な感想は、彼が纏う空気に直ぐ顕れるため非常に判りやすい。
「どうかしたのか?シンタロー」
キンタローの問いかけに、窓から外を見たままのシンタローが嬉しそうに答えた。
「見てみろ、キンタロー。スゲー綺麗だぞ、天の川」
キンタローは半身にそう言われて席を立ち上がった。窓へ近寄ろうとすると、椅子に座ったまま外を見ていたシンタローが勢い良く立ち上がる。突然の行動にキンタローが少し驚いた表情を向ければ、シンタローは満面の笑みを浮かべてキンタローを見た。
「ちょっと休憩にしよーゼ!こんな狭い窓から見ないで屋上に行こう、キンタロー」
キンタローが返事をする前にシンタローはその手を取って歩き出す。この黒髪の従兄弟が、唐突に何か提案をして相手の都合などお構いなしに行動するのはいつものことなので、キンタローは諦めて屋上へ連れて行かれることにした。後数歩で届いた窓から見ることが出来たはずの星をおあずけにされたのは、少しだけ残念なような気がしたキンタローだったが、同じものをこれから見に行くのだからと諦めた。
ガンマ団本部は、ここいら周辺にある他の建物に比べて著しく高い。従って、屋上に出ると、全ての建物が眼下に見えるのだ。
二人は屋上に出ると、他の何にも邪魔されることなく、空一面に広がる星の川を見ることが出来た。
ほとんど感情を露わにすることがないキンタローも、輝く星の数々に感嘆する。
「な?綺麗だろ」
「あぁ」
「全然余裕がない俺等だからな。偶にはこういう時間もいーよな」
「そうだな」
楽しそうなシンタローの声に、キンタローは短く頷くと、暫く無言で星を見続けた。
本部にいる間は常に時間と戦いながら書類に埋もれ、ここから出て遠征に行けば埃と硝煙と血と泥にまみれて戦う時を過ごし、自分達が住む場所にある自然の美しさというものを鑑賞する余裕などどこにもなかった。
シンタローが言うとおり、この様な時間は必要なものだな、とキンタローは思う。でないと、自分達は何を得るために戦い動くのか判らなくなってくる。新たに総帥となったシンタローが、この地に何を求めているのか、別れた友に彼が心の中で誓った約束を、キンタローはあらためて強く感じた。
自分の目でこの様な星を見たことなど、キンタローは殆ど無い。だが、この感覚をどこか懐かしく感じるのは、この体に染みついた記憶、シンタローがあの島で見た時に感じた感情が残っているからであろう。不愉快な感覚ではなく、ここで感じる感動を増長させるような記憶に、キンタローは心の中で嬉しくなった。それは恐らくシンタローも同じものを感じているはずだからだ。
それを期待するかの様に、キンタローは少し離れた位置で同じように無言で星を見つめていたシンタローに視線を動かした。
夜闇で辺りはよく見えないというのに、シンタローを纏う空気と表情にギクリとした。
今まであった心躍るような感覚が一気に消え失せる。その衝撃で自分が凍り付いたのがよく判った。
いつも存在感溢れる強い独特な雰囲気を持つはずのシンタローが、この時は儚く目に映った。
叶わぬ何かを想い、ただ立ち尽くしているように見える半身が星を見る目は優しいというのに、その目は星ではない何処か遠くを見ているような感じであった。
夜の闇にその身を包まれ、星の導きと共に彼の友人の幻影が見えたような気がする。
シンタローが心の中で願った声も、キンタローには聞こえた気がした。
何処か彼方へ、奪われていく。
『嫌だ…』
キンタローは不安に駆られて、シンタローの傍に近寄った。半身と星の間に立ちはだかる。
「何だよ、キンタロー」
そう言うシンタローの体を、キンタローは強く抱き締めた。
だが、いつもなら笑って腕を回してくるシンタローは、何故かこの時無反応だった。キンタローの肩越しにずっと星を見続けている。キンタローが不安を感じた『何か』に心が奪われたままであった。
「シンタロー」
「何?」
名前を呼べば声だけは直ぐに返ってくる。だが、それだけだ。
このまま『何か』に奪い取られてしまいそうに思えたキンタローは抱き締めていた体を離して、その手をシンタローの顔に添え自分の方に向かせると、視線を無理矢理合わせた。そこでようやくシンタローの真っ黒な瞳が、ゆっくりとキンタローを認識する。
「お前、何て顔してんだよ」
そう言って苦笑を浮かべるシンタローがゆっくりと背に手を回してくれると、キンタローは衝動に任せて口付けた。性急に求められて一瞬驚いた様子のシンタローだったが、特に拒むことはしないで、キンタローを受け入れた。
絡められた舌が濡れた音を響かせる。息をする間もなく深い口づけを与え続けるキンタローに、シンタローはだんだん苦しくなってきて解放を訴えたが、離してはもらえなかった。
酸欠でだんだん頭がクラクラしてくる頃にはキンタローにしがみつくしかなくなっていて、次の瞬間体がグラリと揺れた。自分の体を支えるよう腰へ回されたキンタローの手に、これは自分が倒れたのだと思ったシンタローが閉じていた目を開くと、青い双眸が真っ直ぐ見つめていた。背中に無機質な硬い感触を感じると、キンタローが自分を押し倒したことに気付く。
縋るように見つめてくる青い眼に微笑を返したシンタローだが、キンタローの後ろに見えるはずの星の川が気になって視線を動かした。
するとキンタローが直ぐに覆い被さってくる。
「ん…キン…タ……ぅ…ん…星が…見えな…」
口付けから逃れようとキンタローを腕で押し返したシンタローだったが、キンタローが抱き締める腕に余計力を込める結果になっただけであった。キンタローは拘束する力を強めてシンタローを離さない。だんだんシンタローの息が上がってきて、体に籠もった力が抜けてくるまで、その拘束は続いた。
シンタローの目にうっすら涙が浮かび、その雫が一つ頬を伝うと、キンタローは唇を離す。
涙で濡れた真っ黒な瞳がキンタローを見つめてきた。
「シンタロー、戻ろう」
キンタローは、夜空に浮かぶ星からシンタローを遠ざけたかった。否、星はどうでも良いのだ。星を見て半身が思い浮かべるものから引き離したい。それが完全な己の我が儘だと判っていても、キンタローはどうすることも出来ないほど嫌であった。
「お前、どうしたんだよ」
キンタローの呼びかけにシンタローは苦笑を浮かべた。金糸の髪に手を伸ばして頭を撫でる。
「星空の下で欲情しちゃったわけ?」
「…違う」
苦笑を笑みに変えて茶化すシンタローの台詞に、キンタローは短い返事をした。
シンタローがその『願い』を口に出してくれれば、もっと感じるものが違うのかも知れないとキンタローは思う。だが、口に出すことが出来ないことも判っている。深く、重く、大切な想いは、本人が大事にしながら心の中に沈めているのだ。
ならば、その心に繋がりを持つ自分はどうしたらいいのかと思う。
「じゃぁ…───何か見えたとか、聞こえた…とか?」
「…………ッ」
シンタローの台詞にキンタローは苦しそうに顔を歪めた。
シンタローはキンタローとの繋がりの強さから、相手に自分がこの夜空に浮かぶ星を見ながら何を思っていたかが伝わってしまったことは判った。それでもそれを言葉としては口にしない。
相手がキンタローならば、この気持ちを読みとって『それ』を知ってしまうことは構わなかったが、シンタローは自分の口から言おうとは思わなかった。
まだ、口に出しては言えない。
いつなら言えるのかと問われても判らない。だから、ただ言わないのだ。
「お前が、連れて行かれる」
「………俺はちゃんとココに居んぞ」
「ここでは嫌だ」
「………お前の傍に居んだろ?」
「シンタロー、戻ろう」
「んー、まだ、もうちょっと星を見てェんだけど…」
「嫌だ」
「…キンタロー?」
「お前を、奪われる…」
「あのなぁ、だから俺は…」
キンタローはシンタローの話を聞かず、自分が起き上がると同時に押し倒した半身を引っ張り上げて起こす。そのまま腕を引いて、下階へ戻るために強引に歩き出した。
シンタローがキンタローの腕を引いて連れて来たこの屋上だったが、今度はキンタローがシンタローの腕を引いて連れ戻していく。
大人しく腕を引かれているシンタローであったが、その顔は後ろを振り返って星を見ている。
キンタローの顔が、また胸の苦しさで歪んだ。
そのまま総帥室には戻らず、キンタローはシンタローを自分の部屋へ連れ込み、それでもまだ窓から星を見ていた半身を感情に突き動かされるまま強引に押し倒した。
「キンタロー…お前、本当にどうした?」
ベッドへ移動する余裕もなく、床の上に強い力で押し倒されたシンタローは、キンタローの様子に心配そうな声を上げた。傍にある大きな窓から月と星の明かりが射し込み二人を照らし出す。その光は、キンタローの端正な顔に深い影を作り出した。
「さぁ…どうしたんだろうな」
何が返事となる台詞か思い浮かばなかったキンタローは、それ以上何も言わずシンタローが身に付けているものを荒々しく剥ぎ取る。総帥服の赤いジャケットは、シンタローがボタンを外していたから支障がなかったのだが、その下に着ていたシャツはボタンを引きちぎられた。ボタンが床に転っていく音が冷たく響く。
「…キンタロー…?」
不安げな声を上げる唇を強引な口付けで塞ぎ、キンタローはシンタローの上に乗り上げた。舌を絡めながら露わにした上半身をその手でまさぐり、下肢を包むズボンに手を伸ばす。
だが、それを脱がそうとした瞬間、キンタローの鳩尾にシンタローの膝が思い切り入った。キンタローはその強さに咳き込んでシンタローの横に転がる。
「コラッ!!テメ、これはゴーカンって言…」
怒ったシンタローは自分が膝で蹴り上げ横に転がったキンタローの上に乗り上げた。だが、咳き込むキンタローがその顔を手で覆い、泣いていることに気付くと、怒り声が途中で消えた。
「キンタロー…」
泣き顔を隠すキンタローの手をそっとはずすと、涙を浮かべた青い眼と視線が合う。次々と溢れ出す涙が流れ落ちていく。
『さっきのが…原因か?』
屋上で星を見ていたときのことがシンタローの頭に過ぎった。自分が星を見ながら思ったことに対して、キンタローは敏感に反応を示してきた。
シンタローの感情や感覚、心などにキンタローは鋭い反応を示す。それは二人の間にある二十四年間の関係によるものなのだろうけれども、シンタローはキンタローにならそれらを気付かれても良いかと思って特に何も考えていなかった。だが今になって、それはキンタローが見たくないものまで見せてしまうことになるのだと気付いた。
先程ここの屋上で星を見ながら願ってしまったこと。それ自体は悪いことではないのだろうけれども、一緒にいた相手が悪かった。
「ゴメン…キンタロー」
そう言って、シンタローは恋人の涙に口付けを落とす。青い眼から流れ落ちていく雫を舌で拭っていく。
「キンタロー…」
シンタローは名前を呼びながら半身をそっと抱き締めた。キンタローは間近にあるシンタローの顔を引き寄せて口付けをねだる。シンタローは唇を重ねると自ら口を開き、キンタローは半身を求めて舌を絡めた。
二人の体勢が入れ替わる。キンタローは己の感情を伝えるように、シンタローを離さなかった。シンタローも又キンタローを抱き締める腕に力を込めた。
「シンタロー…嫌だ…」
唇を離したキンタローが涙を流しながら、再び訴える。その声は普段と打って変わって縋るように弱々しい響きに、シンタローの胸が痛んだ。
「ゴメンな、キンタロー」
金糸の髪に指を絡めて優しく梳きながら、シンタローは又キンタローを引き寄せた。軽い口付けを交わす。
「キンタロー、俺はお前が好きだから…」
心の奥に沈めた願いは口に出すことが出来ないけれど、はっきりと言い切れる想いは相手に伝える。
「俺が傍にいたいって思うのも、傍にいて欲しいのも、お前だけだから…」
シンタローの台詞にキンタローはゆっくりと頷きを返した。
「愛してる…お前が好きだ、キンタロー」
シンタローはそう言って、キンタローの着衣に手を伸ばした。一つ一つボタンを外していく。
キンタローはそんなシンタローの手を取って制止させた。
「シンタロー……俺は…酷い抱き方をするかも知れない…」
キンタローの台詞に一瞬目を瞠ったシンタローだったが、それに構わず乗り上げた男の服を再び脱がせていった。
「酷いのはやだけどな、痛いのも。でも、お前だから付き合う」
シンタローはそう言って笑った。
「シンタロー…」
「ほら、泣かせたし」
笑みを浮かべながら涙の後を手でなぞると、キンタローが拗ねたように顔を背けた。
シンタローはそんなキンタローにクスリと笑うと、自分が身に付けていた残りの全てを自ら脱ぎ捨てる。するとシンタローがキンタローに振り返るよりも先に、愛しき半身に背後から強い力で抱き締められた。
「シンタロー、俺はお前を離せない」
キンタローの表情は判らなかったが、シンタローは一つ息を付くと、
「…来いよ、キンタロー」
そう言って、体の力を抜いて全てを預けたのだった。
一瞬の間の後、首筋に吸い付かれて、ビクリと体が震える。後ろから抱き締めていた手が胸元へ移動すると、執拗にそこをまさぐった。
「ん…」
シンタローの口から吐息が洩れると、片方の手がゆっくりと下へ降りていく。その動作がもどかしくて、シンタローの体が震えた。
「キ…ン…タロー」
唇が触れていた首筋から背中へ移動し、更にキンタローの手が中心に絡む。ゆっくり手を動かされると、シンタローは自分がどうすればいいのか判らなくなってきた。
背後からゆっくりと攻めてくるキンタローの表情が判らなくて不安になる。
「ふぅ…ん…キン…タロ…」
甘えを含んだ声で再び名前を呼ぶと、強い力で後ろに引かれた。シンタローが「転ぶ」と思った瞬間、キンタローがしっかりその体を抱き留め、シンタローはキンタローの膝の上に座る形になった。
背後からしっかり抱き締められ、絡められる長い指に翻弄される。
「あ…は…ぁ…キ…ン……あ…」
キンタローは無言のままシンタローを追い詰めていった。キンタローが何も言わない変わりに、シンタローが必死になって半身の名前を呼ぶ。キンタローはその口元に空いている方の手を持っていき唇をなぞった。そして甘い鳴き声を上げるシンタローの口に指を差し込む。シンタローは口腔を犯してくるキンタローの指に己の舌を絡ませた。
シンタローに絡みつく指が水音を立てる。それが耳からも刺激を与えていく。
抱き締めてくるキンタローの心臓を背中で感じ、顔は見えなくとも少し早い鼓動に感情の動きを感じて、シンタローはどんどん追い上げられていった。
キンタローの手に追い詰められて白濁した液を放つと、口から指が引き抜かれ、次の瞬間視界がグルリと回った。膝と手を使ってその体を支えたシンタローは、目の前にキンタローの中心を見て驚く。だが、躊躇うことなくそれに口付けた。唇でゆっくり触れ、舌を使って丁寧に舐めていく。
シンタローはキンタローに自分の想いを伝えるように何かしたかった。
キンタローを思う気持ちに偽りはなく、それはキンタローもきちんと判っているはずである。
だが、恋愛と友情は別物だ。
キンタローを心から愛していると思うし、誰よりも好きだとシンタローは思う。男である自分が抱かれることを良しとすることが出来るのは、キンタロー意外にいない。キンタローでなければ、触れられるだけであんなにも感情が高ぶらない。非常に強い感情を抱き、キンタローが自分に対して言うように、自分も又、彼を手放すことなど出来ないと思うのだ。
だけれども、それと同じくらい大切な想いが自分の中にある。
己が感じる気持ちに優劣はつけられない。でも、再会を心から願う小さな友人。
何処にいるのかも判らなく、会うことは決して叶わない。
恐らく、再会が叶うとしても、自分はその時に会うことを躊躇ってしまうほど、大切な出会いと別れであった。総帥となることを決意したときの自分の心の支えでもあった。
『…俺は……』
心の中で呟いた瞬間、体に衝撃が走った。
いつもキンタローを受け入れている箇所に、指を入れられ、慣らすよりも激しく動かされた。内部で動き回る指に、シンタローの意識が引きずられる。
「あ…ぅ…んぁあ…ッ」
シンタローはキンタローの中心から唇を離すと、苦痛とも快感とも言えぬ声を上げた。
頭上にあるであろうキンタローの顔を必死になって見やると、悲哀に染まった青い眼が見つめている。
「キンタ……あッ…んぁああッ」
シンタローはそんなキンタローに手を伸ばそうとしたのだが、それよりも先にキンタローの指が更に奧へと入り込み激しさを増して動かされたので、悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「ああッ…ぅあ……ん…ぁ…あ…はぁあ」
いつになく激しさを増した指で執拗に攻められて、シンタローはキンタローにしがみつく。腰に腕を回して抱きつくような形になり、荒い息を上げながら攻め立ててくる指に耐えた。
「…キ…ン…タロォ…ッ」
自分を求めて名前を呼ぶ半身を、差し入れた指で攻めることは止めずに、キンタローはもう片方の手で乱れた髪に手を伸ばすと頭を優しく撫でる。シンタローは顔を上げて涙を流しながら懇願するように首を振った。
「…や…だ…」
シンタローの真っ黒な瞳とキンタローの青い眼の視線が絡み合う。キンタローに真っ直ぐ見つめられると、シンタローの体が更に震えた。
「ゆ…びッ」
シンタローの必死な訴えに、キンタローは指を引き抜くと、ゆっくり体勢を変えていく。シンタローを仰向けにすると、再び立ち上がった中心が視界に入った。そこに指を絡めると、シンタローがまた首を横に振って嫌だと訴えた。
「シンタロー…」
キンタローが名前を呼ぶと、シンタローは半身を引き寄せようと腕を伸ばす。
「キ…ン…タ…ロ……好き…愛して…る」
「あぁ…」
シンタローの唇に優しい口付けを落とすと、足を持ち上げ、半身が望むようにその体を貫いた。
月と星が眩しい光を放ちながら窓から覗き込む中、キンタローはシンタローは離さないように激しく突き上げた。シンタローはキンタローが与える快感に理性を飛ばされて、譫言のように名前を呼び、好きだ、愛してると繰り返した。
「シンタロー…」
「…ん…」
「まだ、足りない…」
「う…ん…ぁあ…あッは…ぁッ」
「足りないんだ…」
───…お前が足りないんだ…シンタロー…好きで、離せなくて、誰も許せなくて、気が狂う…
シンタローは一際高い啼き声を上げると、先にキンタローに屈する。勢い良く放たれた精が己の体を白く染め、収縮する内部の熱でキンタローを堕としていく。キンタローは己の想いを吐き出すように内部に熱を放った。
熱を感じて体を震わせながら荒い息をするシンタローをキンタローは腕に抱く。シンタローはそんな半身を引き寄せるように腕を回し、口付けを求めようとして、ふと窓から射し込む光に意識を奪われた。視線を動かすと、月と星が自分達を窓越しに見つめている。
キンタローはシンタローを一瞬でも奪われたくなくて、意識を奪うように口付けた。舌を絡ませ、それに反応を示すと、キンタローはシンタローの体を反転させた。
シンタローは四つ足で己の体を支える形となり、更に真正面に夜空の輝きが覗き込む窓が来る。
「…キンタロー?」
半身が何を考えているのか判らなくて、シンタローはその名を呼んだ。
「シンタロー…」
キンタローの静かな声が背後から聞こえる。
「俺はお前が好きで、離したくない…」
「それは…俺だって…」
キンタロはシンタローの返答に首を横に振った。シンタローからは見えなかったけれども。
「シンタロー…俺は…」
「ん…」
「月と星にすら嫉妬するんだ…」
シンタローが台詞の意味を理解する前に、キンタローが後ろから一気に貫く。その衝撃でシンタローは大きく目を見開いた。そのまま激しく律動され、意識が飛びそうになる。
「あ…ぅ…んあ…キン…ッ」
目を開けば輝く月と星と視線が絡み合い、耐えきれずに瞑るとこの体はキンタローだけを感じる。
「キン…タ…ロォ…」
「シンタロー…好きだ…」
シンタローを快楽へと突き落とすその動きは、キンタローの感情を表すかのように激しいのだが、その声は静かにシンタローの鼓膜を震わした。
「あ…んぁ…キン…」
「…好きなんだ、シンタロー」
「ぅあ……ぁ…あ…キ……タロ…ッ」
「愛してる…」
「ん…なの…知っ……て…る」
「シンタロー…」
「ふぅッ…俺だ…ッて…」
キンタローは更に激しく強く突き上げた。更にシンタローの中心に指を絡めて理性の一片も飛ばし、自分の感じる心を一糸纏うことなく露わにする。
「ぁああ…ッ…お…前が……好き…だ…ッ……愛してる…ッ」
シンタローの真っ黒な瞳は涙を溢れさせ、捲し立てるよう一気にそう言った台詞は、開かれたその目に映った夜空の輝きに誓うかのようであった。
そしてシンタローは耐えきれずそのままキンタローが誘う快感の渦に飲まれ、快楽の彼方へ意識を飛ばされていった。
果てると同時に意識を失い崩れ落ちるシンタローの体を、キンタローが支える。
愛しい半身の背中に、ポタリと雫が落ちた。
キンタローの青い眼から、幾粒もの涙が頬を伝い、流れ落ちていった。
空は平等にどこまでも広がっているから、そこに浮かぶ星達に、シンタローが何を願ったのかは判った。
俺は自分の心の狭さが嫌になる。だが、どうにもならない。
シンタローが心の中に思い浮かべた彼の友人が、どれだけアイツの心の支えになっているのか判るからこそ、どうにも抑えられない感情が生まれる。
普段は決して口にしない、彼の願い。
あのままその願いにシンタローが連れて行かれると思ったら、耐えられなかった。
俺が傍にいても入る隙がなかった。
あの瞬間、俺が大切に思う半身の全てを奪われた気がした。
そして夜空に美しく輝く星の川の下で、完全な敗北を味わった。
それでもお前が望むならと、今は許すことが出来ない自分の心の醜さを知った瞬間でもあった。
お前のことなど考えられず、結局は自分のためだけだ。
俺は奪い返すようにシンタローを抱き、何度も名前を呼ばせた。応えるように好きだ、愛してると言ってくれた心に偽りがないのは確かだと思う。俺を想ってくれる心も。
それでも、あの敗北を味わった瞬間に嫉妬して、何かを考える隙を与えないないように強引な快楽へ引きずり込んだ。俺のことだけを考えて欲しくて、それが無理なら何も考えて欲しくなくて、そのまま快楽の彼方へ追い詰めた。
俺に敗北を味わわせたあの輝きが憎くて、シンタローを奪い取ろうとする邪魔なものにしか思えなくて、追い詰めながらそれに向かって愛を誓わせた。
意識を手放したシンタローを腕に抱きながら、未だに納まらない感情が苦しい。
苦しい───シンタロー…
自分を落ち着かせるためにシンタローを抱き締めていたキンタローは、溜息をつくとベッドから降りた。
明るんできた空には、夜に見たような星達は見られない。渇いた喉を潤すためにミネラルウォーターを取りに行き、再びベッドルームに戻ると、シンタローが眠るベッドの端に腰を掛けて喉を潤す。冷たい水が気管を流れていき、自分の中に籠もった熱を取り去ってくれるような気がした。
キンタローは座ったままシンタローを見つめると、乱れた黒髪に手を伸ばしてゆっくりと梳いていく。
それはシンタローを心から愛しく想う、誰の目にもとても優しく映るような動きであった。本人は無自覚であったけれども。
前髪に手を伸ばしたときに、新たな涙の後に気付いた。まだ乾かぬ後は新しいものだ。
キンタローの心がズキリと痛む。
その痛みを抱えながら重い溜息を吐き出してベッドの中に戻ると、眠ったままのシンタローがキンタローに擦り寄ってくる。そっと抱き締めると、半身はそのまま腕の中で落ち着いた。
キンタローはそんなシンタローに愛しさと苦しさが同時に込み上げて、相手の負担にならない程度に抱き締める腕に力を込めた。
シンタローの目から、また雫が流れ落ちる。キンタローがそれを指で拭うと、半身は腕の中で寝言のように名前を呟いた。
「パプワ…」
シンタローは、自分がどれだけあの少年に会いたがっているか、自分の心を知らない。
だが、キンタローは知っていた。
こうやって、キンタローの腕に抱かれて眠りながら、名前を呼び涙を流すことが以前にもあったからだ。日常気軽にその名前を言ってくれれば、キンタローの胸がこんなにも痛んだりすることはないのであろう。
だが、シンタローは決してその名を口にしない。それが、小さな友人への想いの大きさと重さなのだ。
己の意志で心の奥の何処かに沈めた想いは、その意識が眠ったときにだけ浮かび上がるのだ。
「いつか…必ず会える、いや、俺が必ず会えるようにするから…」
敵わぬ想いに嫉妬する自分を必死に抑えて、キンタローはシンタローにそっと囁いた。
『それまでには、きっと、俺の心ももっと強くなっているだろうから…』
キンタローはそう願って目を閉じた。
『いや、強くなると誓うから……今はまだ───俺から奪い取らないでくれ…』
星になど願う気になれないキンタローは、夜闇を思わせるシンタローの髪に顔を埋めて、ただ、心の中で強くそう思ったのだった。
E N D …
PR
作・斯波
あなたのやさしさが
わたしをさかせる
そう あなたがもつのは
かみさまからあたえられた
みどりのゆび
「へえ、これおまえが育てたの?」
ベッドサイドの床の上には、見事に咲き揃ったデンファレ・デンドロビュウムの鉢植えが置いてある。その横にあるのは胡蝶蘭だ。
「蘭ってさ、難しいんだろ?」
「本に書いてある通りにやっただけだ」
「わあ嫌味な奴」
ベッドの上から蘭の鉢植えを覗きこんでいたシンタローは、くるりと振り返った。
「おまえ、こういう才能あるんじゃないの?」
「そうかな」
「だって凄く綺麗に咲いてるじゃん。こないだパーティで見たのよりいいと思うぜ」
「園芸なら高松の方が得意だぞ。あいつの温室を見ただろう」
「あー、植物かどうかも怪しいモノばっか植わってたな。あーいうのは園芸家って言わねェよ、マッドサイエンティストっつーんだ」
「・・・」
俺にとっては恩人でもある高松の為に反論してやりたいのは山々だが反論材料が見つからない。
シンタローは乱れた髪を無造作にまとめながらにこりと笑った。
「もしかしたらおまえ、グリーン・フィンガーってヤツかもね」
THE GREEN FINGER―――園芸の才能がある人。
俺は苦笑して首を振った。
「・・・俺はそんな柄じゃないさ」
「ははっ、謙遜すんなよー」
謙遜でも遠慮でも無い。
むしろその力があるのはおまえの方ではないかと思う。
―――おまえを殺してやる!
殺意と紙一重の愛情に苛まれていた俺を優しい手で癒してくれた。
固く閉ざされていた蕾のような俺の心を、おまえはゆっくりゆっくり開いてくれた。
俺が外界を受け入れて一人の人間としてここで生きていく決心をすることが出来たのは庭師が花に水を遣るように暖かく俺を見守っていてくれたおまえのおかげだと、俺はそう思っている。
まだ蘭の花に見惚れているシンタローを抱き寄せた。
「ちょ、キンタロー」
「この身体はおまえに育てられ」
「キン―――・・あっ」
「この命はおまえに与えられた」
「んっ・・あ、あ・・っ」
白いシーツの上にシンタローの黒髪がもう一度乱れて広がる。
艶やかなその髪をすくいあげて全身にキスの雨を降らせながら、俺はひそやかに微笑んだ。
(おまえに出逢うまでの俺は死人同然だった)
―――俺のすべては、おまえによって創りあげられたもの。
「聞こえているか、シンタロー」
「あ、ん・・っ」
さっきまで愛されていた身体はいとも容易く俺を受け入れて、濡れて震える唇からはもうかすれた喘ぎ声しか聞こえない。
「温室に咲くような花は要らない」
「・・っあ、あ」
「俺が咲かせたい花はひとつだけだ」
華やかな蘭の香りに包まれて、白い肢体が緩やかに開いてゆく。
蜂や蝶を招き寄せるように揺れながら、しどけなく濡れて咲き誇る。
(強くてしなやかで、それでいて儚い俺の蘭)
誰にも育て方は教えない。
咲いたところは誰にも見せない。
「んっ、あ―――ああっ!」
切ない掠れ声とともにぽろりと零れたのは、花びらに輝く朝露のように綺麗な涙だった。
ふうっと弛緩してゆく身体を強く抱きしめる。
「キンタ、ロ・・・」
「愛している、シンタロー。―――」
(この指が本当にGREEN FINGERであればいいのに)
この美しい花を俺の庭で永久に咲かせていたいと、今は心からそう思うのだ。
--------------------------------------------------------------------------------
渡井が今まで咲かせられたのはコスモスだけです
(種を撒いて気づいたら咲いてた)。
緑の指が欲しいです…。
キンシン一覧に戻る
作・斯波
大事なものはいつだって
たった一つしかなかった
おまえをこの手に抱けるなら
他に何も要らないんだ
ONLY YOU
―――その日、キンタローと何度目かの喧嘩をした。
「だから、何で俺に隠し事すんだよ!?」
「別に隠している事など無い」
「だったらちゃんと俺を納得させろよ。おまえがアラシヤマを自分の部屋に呼びつけてるなんて、どう考えたっておかしいだろ?」
そう、事の発端は俺のことを心友だと言い張る根暗な№2のせいだった。
あいつは伊達衆の筆頭で、形の上では俺直属になっている。そのアラシヤマを、最近ちょくちょくキンタローが自分の部屋に呼んでいるという話が俺の耳に入ってきたのだ。
キンタローは俺の補佐官だが本業は開発で、実戦部隊のアラシヤマとは関わりがない筈だ。
それも就業時間ならともかく、夜遅くなってからだというから俺の心中は荒れ狂っていた。
「アラシヤマは何の用事でおまえの部屋に来るんだ」
冷静に、冷静に。
必死で自分に言い聞かせながらデスクの前に立つキンタローを見据える。
嫉妬するなんてみっともないと自分では分かっているからだ。
なのにキンタローの奴は、眉一つ動かさずしゃあしゃあと言いやがったのだ。
「それはおまえには関係ない」
その一言でブチ切れた。
「・・・あーそお。俺には関係無いんだ?」
「おい」
「じゃあ俺はもう何にも訊かねェよ」
「おい、シンタロー! 落ち着け、冷静に―――」
「今日からもう俺の部屋には来るな」
「・・・!」
「俺とおまえは従兄弟同士、仕事では総帥とその補佐官。それで文句ねえよな?」
初めてキンタローの顔色が変わる。
(もう遅ェよ)
いつだって俺が一方的におまえを好きなんだ。
おまえには俺の知らないことがありすぎて、それが悲しい。
「俺はもうおまえに疲れたよ、キンタロー。―――」
(対等じゃない恋人なんか、俺は要らないから)
零れ落ちた最後の言葉は、あっけないほど穏やかだった。
総帥室に軽いノックの音がする。
返事も待たずに入ってきた男を見て、俺は思わず手の中の万年筆を折っていた。
涼しい顔で俺の前に立ったのは、今一番見たくない顔だった。
「この書類、今日中に決裁して欲しいのどすけど」
「―――出ていけ。首の骨折られたくなかったらな」
「へえ、その万年筆みたいにどすか?」
「そうだ。出ていけ、アラシヤマ」
「八つ当たりはみっともないどすえ、シンタローはん」
「てめえ・・・!」
「良かったやないどすか、男同士の恋愛なんて非生産的やし」
「・・・おまえ、キンタローの部屋で何を」
「キンタローに訊かはったら宜しいやろ」
「・・・」
「あんさんには関係無いとでも言われたんどすか」
「!」
「ほなら関係ないことなんどす」
―――あんさん、よっぽどキンタローを信用してはらへんのどすなあ―――
躊躇無く放った眼魔砲を、アラシヤマは身体の周りに渦巻いた炎で難なく相殺した。
呆然とする俺に、炎の中からニッと笑ってみせる。
「そんな揺らいだ目ェしたお人には、わては殺れまへんよ?」
「アラシヤマ・・・」
「あんさんはわての大事な心友どすさかい、ここでとどめ刺すんは止めときましょ」
「―――!!」
「ああそや、キンタローから伝言どす」
「・・・なっ」
普段決して目を合わさないアラシヤマの瞳に初めて真っ直ぐ見据えられて凍りつく。
だが両手が小刻みに震えているのは、こいつのせいじゃない。
「今までおおきに、て言うてましたわ。―――」
それは、キンタローから伝えられた訣別の言葉のせいだった。
シンタローはん、とアラシヤマが囁く。
ちりちりと熱い炎が俺の首筋を焼いている。
「キンタローは、わてが戴いていきます」
俺に口づけたアラシヤマの唇は、ぞっとするほど冷たかった。
グンマは今日何度目になるか分からない溜息をついた。
そっと見遣った視線の先には、同じ開発課の従兄弟の背中。
(・・・またシンちゃんと喧嘩したのか)
キンタローが総帥である従兄弟のシンタローと恋仲になったとき、いちばん喜んだのはグンマだった。グンマはシンタローのこともキンタローのことも大好きだったからだ。
男気があって潔くて、まるで野生の獣のようなシンタロー。
頭が良くて冷静で、完璧な紳士でもあるキンタロー。
その二人がお互い惹かれあうのは、グンマには当然のことのように思えた。
とはいえやはり気性の激しい青の一族であるこのカップルは、まるで呼吸をするように自然に喧嘩をする。根本的にキンタローがシンタローに甘いので、それは大抵シンタローが駄々を捏ねているようにしか見えなかったが、今回のはどうも違うようだと見た目よりも聡明なグンマは感じていた。
普段ならシンタローの我が儘に目を細めて嬉しそうに愚痴をこぼすだけのキンタローが、今日は朝からまるで彫刻のように無表情な顔で仕事をしている。一言も口を利かず、笑いもしない。
(シンちゃんの方も黄色信号か・・・)
いつも鳴りっぱなしの総帥室からの直通電話が、今朝からリンとも言わず沈黙している。
おかげで朝から開発課の空気はこれでもかといわんばかりに重苦しい。
グンマは仕方なく立ち上がった。
「―――えっ、そんなこと言ったの!?」
「・・・・」
最初頑強に黙秘を貫いたシンタローだったが、グンマの果てしない『ねえどうしたのシンちゃんキンちゃんが怖いよう僕のことも考えてよシンちゃんシンちゃん』攻撃についに口を割った。
「そりゃキンちゃんショックだよ~・・・」
キンタローにとって、シンタローは全てなのだから。
「仕方がねえよ、隠し事をされるのが俺は一番嫌いなんだ」
「でもきっと何か理由があるんじゃない?」
「アラシヤマに宣言されちまったよ。キンタローは貰っていく、ってな」
「あ、そう・・・」
グンマは言葉もなかった。
何とか仲を取り持とうと思っていた彼を思いとどまらせたのは、意外にも穏やかなシンタローの眼差しだった。
「いいんだよ、グンマ」
それは全てを既に諦めた人の、優しい瞳だった。
「あいつは俺のこと好きなんだろうかとか、将来はどうしたらいいんだろうとか、そんなこと考えてくの、もう疲れたんだ」
「シンちゃん・・・」
「俺は子供だからさ」
半分なら要らない。
俺以外の奴を心に住まわせてるキンタローなんか、最初から要らないんだ。
欲しいのは、あいつの全てだったから。
「―――報告は以上どす」
「分かった」
言葉が途切れ、重い沈黙が落ちる。破ったのは俺の方だった。
「・・シンタローに喧嘩を売ってきたそうだな」
「何や、もう耳に入ったん?」
シンタローと同じ色の瞳をすいと伏せ、薄い唇を邪悪な形につりあげて№2は笑った。
「余計なことをするな」
あれから二週間が過ぎていた。言葉通り、シンタローは完璧に俺を拒絶していた。仕事上では変化は無いが、決して顔を合わさない。電話もなし、メールもなし。
喧嘩をした次の日シンタローを訪ねていったというグンマから話を聞かされた時には、本気でアラシヤマを殺してやろうかと思ったが、そんなことをしても事態が変わる訳ではないと気づいてやっと思いとどまった。
なあ、と物憂い声で呼ばれて視線を上げた。
「何でシンタローはんに言わへんかったんどす? わてがここに来てんのは、純粋に仕事の為やいうこと」
そうだ、シンタローは誤解をしている。
アラシヤマを深夜俺の部屋に呼んでいたのは、極秘の任務を言い渡す為だった。部屋への出入りを見られていたのは迂闊だったが、決してあいつが思っているようなことじゃない。
だが素直にそう言えなかったのには訳がある。
「―――言える訳がないだろう。ガンマ団がまだ暗殺をしているなどと」
新総帥の下でガンマ団は生まれ変わった。しかし、いきなり全ての依頼を中途で断る訳にはいかなかったのだ。引き受けてまだ遂行していない依頼実行のために俺とマジック伯父が選んだのがアラシヤマだった。こいつは腕も確かだし口も堅い。シンタローにも嫌われているから時々本部から姿を消しても支障はないだろう。
そんな訳で順調にその任務は片づいているのだが、それをシンタローに言うことは出来ない。
悲壮なまでの決意に燃え、己の運命を全て潔く受け止めて戦っているあの男に、それを裏切っているのは他でもない自分だと、どうして告げることが出来よう。
「―――あいつには余計な負担を負わせたくない」
あいつがどこまでも真っ直ぐでいられるように。
信じた道をひたすら進むことが出来るように。
その為だけに、俺は居る。
「お優しいことどすなあ」
アラシヤマは目を伏せたまま煙草を咥えた。
「わてには手ェ汚させてるくせに」
「そうだ」
俺はアラシヤマを見返した。
「俺にとって大事なのはシンタローだけだ。守りたいのも泣かせたくないのも、あいつだけだ。おまえの感情などどうでもいい」
「はあ、そこまで言い切られるといっそ清々しいどすな」
アラシヤマは呆れたように言って立ち上がった。
吸いかけの煙草を俺に渡し、入り口のところで振り返る。
「そやったら余計に、シンタローはんに言わなあかんことがあるんちゃうの?」
「貴様、何を―――」
「今頃、きっと一人で泣いたはりますえ」
閉められた扉と一緒に残された言葉が、まるで残光のように俺の心に突き刺さった。
俺は足早に廊下を歩いていた。
途中で秘書課のティラミスに出会った。
「あ、キンタロー補佐官―――」
「シンタローは何処だ」
二週間ぶりにシンタローの名前を口にした俺に戸惑ったのか一瞬言いよどんだ後、ティラミスは背後を振り返った。
「実は―――」
俺はバン、と音を立ててシンタローの部屋の扉を開いた。
二週間振りに見るシンタローの部屋は気味が悪いほど片づいていた。
(いつもあんなに散らかしているのに)
口煩く言ってやっと渋々片づけられる部屋の清潔さは、それ自体が何か不吉なものを思わせる。
ベッドでは、シンタローが眠っていた。
―――総帥は今日の午後倒れられまして。
ティラミスの言葉が甦る。
―――補佐官にはお知らせするなときつく命じられましたので・・・申し訳ありません。
あれからずっと見ていなかった懐かしい顔は疲れ果て、やつれていた。
それは、ずっと眠っていなかったのであろうということが一目で分かる痛々しさだった。
サイドテーブルに置かれたメモがふと目に入る。
『キンちゃんへ』
グンマの字だった。
『取り敢えずベッドへ運びました。高松が言うには睡眠不足と過労と精神の緊張が重なったのだそうです。今は薬で眠っているけど、ずっと寝てなかったみたい。このままだとシンちゃん、本当に倒れちゃうよ』
(シンタロー・・・)
―――俺はもうおまえに疲れたよ、キンタロー。
溜息のように吐かれた言葉に、傷ついたのはおまえの方だったというのか。
おまえを苦しめるくらいなら諦めようと、この二週間ずっと努力していたのに、かえって俺はおまえを追い詰めていたというのか。
大切な人につらい思いをさせた。ただそれだけだった。
(どうして一つになれないんだろう)
目の前のやつれた顔が、不意にぼやけた。
ぱたり、とシンタローの顔に滴が落ちる。
―――もう行こう。
(これ以上、シンタローを悲しませる前に)
そう思って立ち上がりかけた俺の上着が、強く引かれた。
よろめいてバランスを崩した俺をもう一度引っ張る。
―――まさか。
振り返った俺の眼に映ったのは、青ざめた顔で俺を見上げているシンタローの顔だった。
「キン・・タロ・・・?」
もつれる舌でそう呼ばれた瞬間、涙が溢れた。
「おまえも・・・泣くんだな」
そう言って懸命に微笑んだシンタローを、俺はきつく抱きしめた。
涙が、どうしても止まらなかった。
何でキンタローは泣いてるんだろう。
まだぼんやりした頭で、そう思った。
これは夢かもしれないと考えた。
だって俺はキンタローにあんな酷いことを言って拒絶してしまったのに、そのキンタローが目の前にいるなんてそんな都合のいい話ないだろう。
だけどキンタローは涙をぽろぽろ流していた。いつも冷静で、喧嘩の時だって表情を変えないキンタローの涙を、俺は初めて見たんだ。
「おまえも・・・泣くんだな」
そう言ったら、キンタローは俺を抱きしめてさらに激しく泣いた。
「シンタロー・・・シンタロー!」
それしか言葉を知らない子供のように、繰り返し俺の名前を呼んで泣く。
俺が金色の頭を撫でると、びくっとして俺の顔を見つめた。
その目がすでに真っ赤になっているのを見て、何だか俺まで泣きたくなった。
好きな男の涙は見たくないと思った。
俺の前では笑顔でいて欲しかった。
だから、もう泣かないでくれ―――。
キンタローから手渡されたカップを、俺はおとなしく受け取った。
中身はミルクがたっぷり入ったカフェオレだった。
「倒れるまで無理をする奴があるか、馬鹿」
キンタローは泣いたことが恥ずかしかったのか、顔を背けてベッドの上に腰を下ろしている。
「ティラミスとグンマが騒ぎすぎなんだよ。―――何でてめえまで来やがった」
つい素っ気無い口調になってしまう。
二週間ぶりに顔を見せたキンタローに、どんな声で話しかけていいのか分からない。
「・・・アラシヤマが、心配してんじゃねえのか」
そう言った瞬間、キンタローが物凄い形相で振り向いた。
声を上げる間もなく喉を掴まれて押し倒される。
「その名前を口にするな」
「ちょ・・・苦し―――」
俺よりも大きな手が、喉を掴んでぎりぎりと締め上げる。
「何故分からない。俺が愛しているのはおまえだけなのに」
「だって・・・アラシヤマが・・・」
「あいつは関係ない。仕事のことで話をしただけだ」
「でも、おまえを貰っていくって」
「そんなのはいつもの嫌がらせに決まっているだろう!」
キンタローは大きくため息をついて俺を抱きしめた。
「嫌がらせ・・・?」
「俺が悪かったんだ。おまえに負担をかけたくなくて黙っていた。それで不安にさせたんだ・・・済まなかった、シンタロー」
「何で謝るんだ」
「え?」
「アラシヤマのことを誤解して突っかかって、勝手にキレて別れるっつったのは俺だぜ。おまえは何も悪くないのに、何でそうやっていつも謝んだよ!?」
「シンタロー・・・」
「おまえはいつもそうだ。俺に優しくして甘やかして、俺に謝らせてもくれない。俺がおまえをどれだけ愛しているか、言わせてもくれない」
俺をまじまじと凝視めていた青い瞳がふっと微笑った。
「そうか、分かった。―――」
俺より大きいのに器用な長い指が、シャツのボタンにかかる。
はだけた胸をその指でつっと撫でられて、それだけで俺は声をあげそうになった。
「ここから先はおまえのせいだからな。俺は謝らないぞ」
「・・・上等だ」
俺は手を伸ばしてキンタローの首を抱いた。
「来やがれ、キンタロー」
「んんっ・・・!」
唇が首筋を舐め上げる。慣れた指に正確に急所を探り当てられ、冷えていた身体が急激に燃え上がり始めていた。
「・・っ・・」
二週間ぶりに触れられた身体は自分でも恥ずかしいほど反応して、思わず零れる声を抑えようと口に当てた手までが無情にひきはがされる。
「駄目だ、声が―――俺、抑える自信なっ・・・」
「抑えなくていい」
耳許で囁く声も熱く濡れていた。
「おまえの声が聞きたいんだ」
いつもより性急な愛撫が、キンタローにも余裕が無いことを教えてくれる。
「あっ・・・はあっ・・・」
呼吸もままならないほどの快楽に身体がびくびくと跳ねる。
いつも大人で自分を見失わなかったキンタローが初めて晒した生身の感情に、俺の気持ちもひきずられるように昂ぶっていた。
「キンタロー・・・も、早く―――」
「まだ駄目だ」
焦らされて、追い上げられて、泣かされて。
この男との恋愛は、セックスとまるきり同じだ。
高みに昇りつめた頃には、もうどうして欲しいのかすら分からなくなっている。
何も解らなくなって見えなくなって、でもこいつが愛おしいという気持ちだけは残っている。
おまえが欲しい、とねだる俺に、キンタローは欲望に揺らめく瞳で笑った。
「独占欲じゃ俺の気持ちは受け止めきれないぞ」
「独占・・欲なんかじゃな・・・」
「俺のすべてをぶつけたら、きっと俺はおまえを壊してしまう」
そんなにやわじゃない。
おまえを受け止めたくらいで壊れたりしない。
その優しさも冷たさもそれは全部俺のためだって、今の俺は知ってるから。
シンタローが喘いでいる。引き締まった筋肉や低く掠れたその声は、俺が相手にしているのが男だということを嫌でも思い出させる。
だがそんなことはどうでもいいくらい、俺は興奮していた。
膝を割ると、来るべき痛みを予想してかシンタローがぎゅっと拳を握りしめる。
一気に貫くと、シンタローは背中を反らして俺にしがみついてきた。
俺以外を見るな。
一生俺から離れるな。
切れ切れにそう訴えるシンタローの唇を噛みつくように奪った。
「あ・・ああ・・っあ!」
シンタローはもう声を殺そうとはしない。そんな余裕など無いようだった。
突き入れた時には俺の二の腕を痛いほど掴んでいた両手も、今はシーツの上で揺れている。
ざわざわと締めつける内部の熱さと柔らかさに、俺の脳髄も早や溶けかけていた。
俺の下で乱れるシンタローの艶は、女など較べものにならないほど凄まじいものだった。
「や・・キンタロ・・俺、もう・・・」
目尻から透明な涙が流れている。俺はその涙を吸った。
「―――いいぜ、イッても」
びくびくと身体を震わせ、シンタローは精を吐き出した。その煽りでさらにきつく締めあげられ、危うく俺まで達しそうになる。
「も・・駄目だ・・・っ」
シンタローが懇願する。普段は人を睨み殺しそうな瞳に、霞がかかっていた。
「何を言っている。これからが本番だぞ」
ふっと笑って思い切り突き上げた。シンタローがひっと悲鳴をあげて仰け反った。
自身が吐露したもののせいでシンタローのそこは俺を易々と呑み込んでしまっている。淫らな音を立てながら、もっともっとというようにきつく食い締める。
「ほら・・まだ欲しがっているだろう?」
「や・・もう、堪忍―――」
とうとう泣き出した。ぽろぽろと涙が頬に零れる。
「可愛いな、シンタロー」
さっきはみっともないところを見せたが完全に形勢逆転だ。
しゃくりあげながら俺にしがみつくシンタローの腰を引き寄せると、弾みで結合が深くなり、シンタローががくりと崩折れる。
「シンタロー、俺を見るんだ」
キンタロー、キンタロー、キンタロー。
突き上げるたびに、うわ言のようにシンタローは呼び続けた。
涙と快楽に霞んだ瞳に、たぶん俺はもう映っていなかっただろう。
シンタローの中で、俺のものが震えるのが分かった。
「シンタロー・・・いいか?」
「キン――――――」
どくり、と熱い塊を吐き出す。同時にシンタローも二回目の絶頂を迎えていた。
そのままふっと意識を失っていくシンタローの涙に濡れた頬に俺はキスをした。
「・・・愛している、シンタロー」
この想いが、どうぞあなたに届きますように。
「―――急に呼びつけるから何や思たら」
アラシヤマは腕を組んだまま、呆れたようにため息をついた。
「これはどう見ても見せびらかしどすなあ・・・」
「何か文句でもあるのか?」
全裸のキンタローが煙草を咥え、不敵に笑っている。
鍛え上げられた見事な裸体をさらしているその隣では、精も根も尽き果てたと言わんばかりのシンタローがシーツをかけられて眠り続けていた。
「シンタローはん、大丈夫どすか」
「今日は起きられないだろうから休むとティラミスに伝えてくれ」
「―――・・・鬼畜」
「何か言ったか?」
「別に。―――ま、ええわ。とにかく仲直りしたんやね」
出て行きかけて名前を呼ばれ、アラシヤマは振り返った。
「・・これ以上シンタローにちょっかいをかけるなよ。次は殺すぞ」
俺は本気だぞ。―――アラシヤマを見据える冷たく澄んだ青い瞳はそう言っていた。
陰気な№2は、相変わらず視線を微妙に外したままニッと笑った。
「心配無用どす。わてにかて、大事な御方がおりますさかいになあ」
やや乱暴に扉が閉まった後、キンタローは煙草を揉み消してシンタローの隣に身を横たえた。
やがて静かな寝息が聞こえてきた。
目覚めたときにはもう、いつもどおりの日常が始まっているはずだ。
「―――だけどアラシヤマは何でわざわざ事態をややこしくしてくれたの?」
「まあ別に理由は無いけど」
ここは開発課。クッキーを摘みながら楽しそうに笑うグンマにアラシヤマは投げやりに答えた。
「喧嘩でもしたら面白いかな、て思たから」
「キンちゃんとシンちゃんが?」
「てゆうか世の中のバカップルへの呪いどす。すぐ側に一番大事な人がいてるくせにそれにも気づかんと遠回りするやなんて、わてから見たら贅沢もえとこどすわ」
グンマは紅茶を淹れている。
「優しいんだねー、アラシヤマは」
「はあ? 何言うてはりますのん?」
「だっておかげであの二人、自分の本心に気づけたじゃなーいv」
「あんさん、ほんまは全部お見通しやったんどすやろ。あのバカップルのこと」
「んー、僕はね、キンちゃんもシンちゃんも大好きだから。二人が仲良くしてくれればそれでいいの♪」
「・・・そうどすか」
「特戦部隊も、早くガンマ団に戻ってくればいいのにね」
「―――あんさん、ほんま何処まで見えてはりますの・・・」
「いいからいいから」
(愛している)
―――たった一人、おまえだけを。
--------------------------------------------------------------------------------
キンちゃんは何だか妙にエロいのが似合う気がします。
…気のせいでしょうか。
キンシン一覧に戻る
/