仕事部屋の窓から外を眺めていたシンタローは、ドアがノックされる音を聞いて振り向いた。返事をするよりも早くキンタローが姿を現す。先刻外の様子を見て来ると言って出ていったところだったから予想通りのことだったし、返事を待たなかったことも今更咎める気は少しも無い。
どうだった、と短く尋ねると、キンタローが溜息混じりに口を開く。
「やはりこの雨では艦は出せそうにないぞ」
答えにシンタローは顔を顰めて、再び窓の外へと視線を移した。部屋の奥まで入ってきたキンタローも同じように外を見る。
外は景色が霞むほどの大雨。前方確認すら危ういこの状況で飛空艦を動かすのはどう考えても危険だろう。
「今日出れねーと予定が狂うんだよなぁ」
うんざりとした様子でシンタローが呟くが、それで雨が止むわけでもない。天気ばかりは予定通りになってくれないし、思う通りに変えることも出来ないのだ。
今回の仕事はそう長く掛かる予定ではないが、出発が遅れればそれだけ帰って来るのも遅れることに変わりはない。そしてそれは後に控えている次の仕事にも影響を及ぼすだろう。
シンタローは自分の予定が狂うことを何よりも嫌っている。目に見えて機嫌が悪くなっていくその表情に、キンタローは八つ当りされては堪らないと一旦部屋を出ようとした。
けれどそれよりも早く、不意にシンタローが小さく声を上げる。
「良いこと思い付いたぜ、キンタロー」
同時に不機嫌そうな表情は消えてしまった。打って変わって軽い足取りで部屋を出ようとするシンタローに、キンタローは不審そうな顔をして声を掛ける。
「どこに行くんだ?」
シンタローが振り向いて、口の端を持ち上げて笑った。
「放送室」
つまり誰かを呼び出すのだろう。今の状況を何とかすることが出来る人を。
天気に対して何かが出来るような人は、キンタローにも一人しか思い浮かばなかった。
外に出たシンタローは、あっという間に晴れた空を見上げて感心したような声を上げる。つい先刻までの大雨が嘘のような快晴だ。これならば何の問題も無く飛空艦を出すことが出来るだろう。
しかしすぐ側ではトットリが制服姿には不釣合いな下駄を片手に持ち、シンタローとは反対に不機嫌そうな顔をしていた。
「困るがな、こげなことで呼び出されちゃ。大体僕の必殺技を何だと思ってるんだらぁか?」
「便利な技じゃねーか」
放送でトットリを呼び出したシンタローは、彼の技である天変地異ゲタ占いの術で今の天気を雨から晴れに変えさせたのだ。しかし本来戦闘のためにある技をこんなことに使われるのは、トットリにとってはかなり気に入らないことらしい。
多分シンタローが放送室に向かった時点でキンタローにはこのことが予想できただろうから、今は既に彼の指示で出発の準備が進められているはずだ。出発時刻の遅れもそんなに大幅なものにはならなくて済みそうだし、これで後の予定に支障が出ることも無い。
そのことに満足しているシンタローは、文句を言われても悪びれた様子すら見せなかった。それが益々トットリの機嫌を悪くさせる。
けれどもう一度天気を雨に戻してやろうかとさえ考えたところで、不意にシンタローがその肩を軽く叩いた。
「そんな顔すんなって。今度好きなモン奢ってやるからよ」
相変わらず悪いとは思っていない顔だったが、それなりに感謝はしているらしい。それが分かってトットリの機嫌は少しだけ良くなった。
けれどそれを悟られないように、なるべく表情を変えないようにして口を開く。
「別に。そんなのいらないっちゃよ」
ここまで不満そうにしているのだから何か高価な礼を要求されるものだろうと思っていたシンタローは、その言葉に意外そうな表情を浮かべた。そして自分へと向き直ったトットリの意図が分からず不思議そうにしていると、突然軍服の襟を掴まれ引っ張られる。
次の瞬間、何の反応をする間もなく唇が重なった。すぐには事態を理解することも出来ず、シンタローは呆然としたまま今の状況を受け入れる。混乱が先に立って突き放すことも出来ない。
ほんの一瞬のようにも随分長かったようにも感じられた突然の行為の後、気が付くと離れたトットリが目の前で笑っていた。
「これでチャラだっちゃ」
その満足げな表情を見て、シンタローは漸く今までの事態を理解する。その途端、急に体温が上がったように感じられた。
「トットリ……っ!」
拳を握り締めて振り下ろすが、普段ならば外すことのないそれも動揺のために空を切る。後ろに避けたトットリは、そんなシンタローの様子にまた笑っていた。
「じゃあまたいつでも呼んでくれて構わないっちゃよ、シンタロー総帥」
「二度と呼ぶかッ!」
言い残して逃げるように去っていくトットリに、シンタローは追い掛けることはせずその場で怒鳴る。
「シンタロー、艦の用意が……」
「今行くよッ!」
出発の準備を整えて呼びに来たキンタローは、晴れて良くなっているものだとばかり思っていたシンタローの機嫌が先刻よりも悪くなっていることに不思議そうな顔をした。
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朝食はアラシヤマが作るという約束で、昨夜は遅くまで付き合ってやったのに。
「なんでまだ寝てんだ、コイツ……」
カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しくてシンタローが目を覚ましたとき、時計は既に昼近くを指していた。
アラシヤマの部屋に当然一台しかないベッドは、客なのだからという主張の元、シンタローが一人で使っていた。そこから身体を起こしてすぐ隣に視線を落とせば、ベッドから追い出されたアラシヤマが目を閉じたまま転がっている。予定ではもっと早い時刻に朝食の用意をして、シンタローのことを起こしに来ることになっていたのだが。
ベッドから下りて隣に屈み込み、顔に掛かった髪を払い除けてみる。少しばかり擽ったそうな様子を見せたけれど、やはり起きる気配はない。よく眠っているようだ。シンタローは呆れて溜息を吐き、そのまま床に座り込んだ。
「幸せそうな顔しやがって」
そういえば眠っているところを見るのなんて初めてかもしれない。偶にこうして泊まりに来ても、夜は自分の方が先に寝てしまうし、朝起きるのはアラシヤマの方が早い。
眠っていると受ける印象が全く違な、と思う。起きていれば彼が自分の目の前で大人しくしていることなどまずない。時々でもこういうところを見せてくれれば、少しは自分の態度も変わったかもしれないのに。
そこまで考えて、今更だ、と思った。
それに慣れていないせいかもしれないが、いつまでも大人しくされているとそれはそれで気味が悪い。同時に少し苛立ちさえ覚える。やはり鬱陶しいぐらいで丁度良いのかもしれない。
「いつまで寝てんだよ」
呟くように口にすると、床に手をついて顔を覗き込む。そしてほんの一瞬だけ、掠めるように唇を触れ合わせた。
起こしてやろうという気が無かったわけではないけれど、これぐらいでは起きないだろうと思っていたからこんなことをしたのかもしれない。
「何やってんだ、俺……」
離れてから気恥ずかしくなって口許を手で押さえる。ほぼ同時に目の前でアラシヤマが寝返りを打った。
「シンタローはん……」
「っ……!」
今ので起きてしまったのか、それとも最初から起きていたのか。
名前を呼ばれたことにシンタローは酷く動揺した。
いつから意識があったのだろう。どこから自分の行動に気付いていたのだろう。何からどうやって誤魔化せば良いのか。必死に考えれば考えるほど混乱してきて何も思い浮かばない。しかも顔が熱くて多分真っ赤になっている。今起きたばかりだとしても、顔を見られたらその不自然さに気付かれてしまうだろう。
下手な言い訳ならばしない方が良いと普段ならば考えただろうが、今はそう思い付くだけの冷静さも失ってしまっていた。とりあえず何か口を開こうと、改めてアラシヤマへと視線を落とす。
ところが、彼は何事も無かったかのように相変わらず眠ったままだった。
「寝言かよ……!」
自分の勘違いなのだが騙されたようで無性に腹が立つ。目が覚めていない方が都合が良かったはずなのに、安心することも忘れてしまった。顔の熱も一気に引いた気がする。
気が抜けて溜息を吐いた後、そういえば彼は寝言で自分の名前を呼んだのだと気付いた。途端、急に可笑しくなってきて思わず小さく笑みを零す。
「コイツ寝てるときも俺のことしか考えてねーのかよ」
大人しくて、いつものように自分に寄って来るわけではないけれど。結局中身は何も変わらないのだと今更分かった。
そしてシンタローは、その事実に自分でも理由が分からないまま満足する。
「しょーがねぇな、少し遅いけど朝メシでも作るか」
立ち上がって伸びをして、長い髪を後ろで一つにまとめて結う。
朝食の用意が出来てもまだ寝ているようだったら、そのときは今度こそ叩き起こしてやろうと思った。
朝食はアラシヤマが作るという約束で、昨夜は遅くまで付き合ってやったのに。
「なんでまだ寝てんだ、コイツ……」
カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しくてシンタローが目を覚ましたとき、時計は既に昼近くを指していた。
アラシヤマの部屋に当然一台しかないベッドは、客なのだからという主張の元、シンタローが一人で使っていた。そこから身体を起こしてすぐ隣に視線を落とせば、ベッドから追い出されたアラシヤマが目を閉じたまま転がっている。予定ではもっと早い時刻に朝食の用意をして、シンタローのことを起こしに来ることになっていたのだが。
ベッドから下りて隣に屈み込み、顔に掛かった髪を払い除けてみる。少しばかり擽ったそうな様子を見せたけれど、やはり起きる気配はない。よく眠っているようだ。シンタローは呆れて溜息を吐き、そのまま床に座り込んだ。
「幸せそうな顔しやがって」
そういえば眠っているところを見るのなんて初めてかもしれない。偶にこうして泊まりに来ても、夜は自分の方が先に寝てしまうし、朝起きるのはアラシヤマの方が早い。
眠っていると受ける印象が全く違な、と思う。起きていれば彼が自分の目の前で大人しくしていることなどまずない。時々でもこういうところを見せてくれれば、少しは自分の態度も変わったかもしれないのに。
そこまで考えて、今更だ、と思った。
それに慣れていないせいかもしれないが、いつまでも大人しくされているとそれはそれで気味が悪い。同時に少し苛立ちさえ覚える。やはり鬱陶しいぐらいで丁度良いのかもしれない。
「いつまで寝てんだよ」
呟くように口にすると、床に手をついて顔を覗き込む。そしてほんの一瞬だけ、掠めるように唇を触れ合わせた。
起こしてやろうという気が無かったわけではないけれど、これぐらいでは起きないだろうと思っていたからこんなことをしたのかもしれない。
「何やってんだ、俺……」
離れてから気恥ずかしくなって口許を手で押さえる。ほぼ同時に目の前でアラシヤマが寝返りを打った。
「シンタローはん……」
「っ……!」
今ので起きてしまったのか、それとも最初から起きていたのか。
名前を呼ばれたことにシンタローは酷く動揺した。
いつから意識があったのだろう。どこから自分の行動に気付いていたのだろう。何からどうやって誤魔化せば良いのか。必死に考えれば考えるほど混乱してきて何も思い浮かばない。しかも顔が熱くて多分真っ赤になっている。今起きたばかりだとしても、顔を見られたらその不自然さに気付かれてしまうだろう。
下手な言い訳ならばしない方が良いと普段ならば考えただろうが、今はそう思い付くだけの冷静さも失ってしまっていた。とりあえず何か口を開こうと、改めてアラシヤマへと視線を落とす。
ところが、彼は何事も無かったかのように相変わらず眠ったままだった。
「寝言かよ……!」
自分の勘違いなのだが騙されたようで無性に腹が立つ。目が覚めていない方が都合が良かったはずなのに、安心することも忘れてしまった。顔の熱も一気に引いた気がする。
気が抜けて溜息を吐いた後、そういえば彼は寝言で自分の名前を呼んだのだと気付いた。途端、急に可笑しくなってきて思わず小さく笑みを零す。
「コイツ寝てるときも俺のことしか考えてねーのかよ」
大人しくて、いつものように自分に寄って来るわけではないけれど。結局中身は何も変わらないのだと今更分かった。
そしてシンタローは、その事実に自分でも理由が分からないまま満足する。
「しょーがねぇな、少し遅いけど朝メシでも作るか」
立ち上がって伸びをして、長い髪を後ろで一つにまとめて結う。
朝食の用意が出来てもまだ寝ているようだったら、そのときは今度こそ叩き起こしてやろうと思った。
朝食はアラシヤマが作るという約束で、昨夜は遅くまで付き合ってやったのに。
「なんでまだ寝てんだ、コイツ……」
カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しくてシンタローが目を覚ましたとき、時計は既に昼近くを指していた。
アラシヤマの部屋に当然一台しかないベッドは、客なのだからという主張の元、シンタローが一人で使っていた。そこから身体を起こしてすぐ隣に視線を落とせば、ベッドから追い出されたアラシヤマが目を閉じたまま転がっている。予定ではもっと早い時刻に朝食の用意をして、シンタローのことを起こしに来ることになっていたのだが。
ベッドから下りて隣に屈み込み、顔に掛かった髪を払い除けてみる。少しばかり擽ったそうな様子を見せたけれど、やはり起きる気配はない。よく眠っているようだ。シンタローは呆れて溜息を吐き、そのまま床に座り込んだ。
「幸せそうな顔しやがって」
そういえば眠っているところを見るのなんて初めてかもしれない。偶にこうして泊まりに来ても、夜は自分の方が先に寝てしまうし、朝起きるのはアラシヤマの方が早い。
眠っていると受ける印象が全く違な、と思う。起きていれば彼が自分の目の前で大人しくしていることなどまずない。時々でもこういうところを見せてくれれば、少しは自分の態度も変わったかもしれないのに。
そこまで考えて、今更だ、と思った。
それに慣れていないせいかもしれないが、いつまでも大人しくされているとそれはそれで気味が悪い。同時に少し苛立ちさえ覚える。やはり鬱陶しいぐらいで丁度良いのかもしれない。
「いつまで寝てんだよ」
呟くように口にすると、床に手をついて顔を覗き込む。そしてほんの一瞬だけ、掠めるように唇を触れ合わせた。
起こしてやろうという気が無かったわけではないけれど、これぐらいでは起きないだろうと思っていたからこんなことをしたのかもしれない。
「何やってんだ、俺……」
離れてから気恥ずかしくなって口許を手で押さえる。ほぼ同時に目の前でアラシヤマが寝返りを打った。
「シンタローはん……」
「っ……!」
今ので起きてしまったのか、それとも最初から起きていたのか。
名前を呼ばれたことにシンタローは酷く動揺した。
いつから意識があったのだろう。どこから自分の行動に気付いていたのだろう。何からどうやって誤魔化せば良いのか。必死に考えれば考えるほど混乱してきて何も思い浮かばない。しかも顔が熱くて多分真っ赤になっている。今起きたばかりだとしても、顔を見られたらその不自然さに気付かれてしまうだろう。
下手な言い訳ならばしない方が良いと普段ならば考えただろうが、今はそう思い付くだけの冷静さも失ってしまっていた。とりあえず何か口を開こうと、改めてアラシヤマへと視線を落とす。
ところが、彼は何事も無かったかのように相変わらず眠ったままだった。
「寝言かよ……!」
自分の勘違いなのだが騙されたようで無性に腹が立つ。目が覚めていない方が都合が良かったはずなのに、安心することも忘れてしまった。顔の熱も一気に引いた気がする。
気が抜けて溜息を吐いた後、そういえば彼は寝言で自分の名前を呼んだのだと気付いた。途端、急に可笑しくなってきて思わず小さく笑みを零す。
「コイツ寝てるときも俺のことしか考えてねーのかよ」
大人しくて、いつものように自分に寄って来るわけではないけれど。結局中身は何も変わらないのだと今更分かった。
そしてシンタローは、その事実に自分でも理由が分からないまま満足する。
「しょーがねぇな、少し遅いけど朝メシでも作るか」
立ち上がって伸びをして、長い髪を後ろで一つにまとめて結う。
朝食の用意が出来てもまだ寝ているようだったら、そのときは今度こそ叩き起こしてやろうと思った。
朝食はアラシヤマが作るという約束で、昨夜は遅くまで付き合ってやったのに。
「なんでまだ寝てんだ、コイツ……」
カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しくてシンタローが目を覚ましたとき、時計は既に昼近くを指していた。
アラシヤマの部屋に当然一台しかないベッドは、客なのだからという主張の元、シンタローが一人で使っていた。そこから身体を起こしてすぐ隣に視線を落とせば、ベッドから追い出されたアラシヤマが目を閉じたまま転がっている。予定ではもっと早い時刻に朝食の用意をして、シンタローのことを起こしに来ることになっていたのだが。
ベッドから下りて隣に屈み込み、顔に掛かった髪を払い除けてみる。少しばかり擽ったそうな様子を見せたけれど、やはり起きる気配はない。よく眠っているようだ。シンタローは呆れて溜息を吐き、そのまま床に座り込んだ。
「幸せそうな顔しやがって」
そういえば眠っているところを見るのなんて初めてかもしれない。偶にこうして泊まりに来ても、夜は自分の方が先に寝てしまうし、朝起きるのはアラシヤマの方が早い。
眠っていると受ける印象が全く違な、と思う。起きていれば彼が自分の目の前で大人しくしていることなどまずない。時々でもこういうところを見せてくれれば、少しは自分の態度も変わったかもしれないのに。
そこまで考えて、今更だ、と思った。
それに慣れていないせいかもしれないが、いつまでも大人しくされているとそれはそれで気味が悪い。同時に少し苛立ちさえ覚える。やはり鬱陶しいぐらいで丁度良いのかもしれない。
「いつまで寝てんだよ」
呟くように口にすると、床に手をついて顔を覗き込む。そしてほんの一瞬だけ、掠めるように唇を触れ合わせた。
起こしてやろうという気が無かったわけではないけれど、これぐらいでは起きないだろうと思っていたからこんなことをしたのかもしれない。
「何やってんだ、俺……」
離れてから気恥ずかしくなって口許を手で押さえる。ほぼ同時に目の前でアラシヤマが寝返りを打った。
「シンタローはん……」
「っ……!」
今ので起きてしまったのか、それとも最初から起きていたのか。
名前を呼ばれたことにシンタローは酷く動揺した。
いつから意識があったのだろう。どこから自分の行動に気付いていたのだろう。何からどうやって誤魔化せば良いのか。必死に考えれば考えるほど混乱してきて何も思い浮かばない。しかも顔が熱くて多分真っ赤になっている。今起きたばかりだとしても、顔を見られたらその不自然さに気付かれてしまうだろう。
下手な言い訳ならばしない方が良いと普段ならば考えただろうが、今はそう思い付くだけの冷静さも失ってしまっていた。とりあえず何か口を開こうと、改めてアラシヤマへと視線を落とす。
ところが、彼は何事も無かったかのように相変わらず眠ったままだった。
「寝言かよ……!」
自分の勘違いなのだが騙されたようで無性に腹が立つ。目が覚めていない方が都合が良かったはずなのに、安心することも忘れてしまった。顔の熱も一気に引いた気がする。
気が抜けて溜息を吐いた後、そういえば彼は寝言で自分の名前を呼んだのだと気付いた。途端、急に可笑しくなってきて思わず小さく笑みを零す。
「コイツ寝てるときも俺のことしか考えてねーのかよ」
大人しくて、いつものように自分に寄って来るわけではないけれど。結局中身は何も変わらないのだと今更分かった。
そしてシンタローは、その事実に自分でも理由が分からないまま満足する。
「しょーがねぇな、少し遅いけど朝メシでも作るか」
立ち上がって伸びをして、長い髪を後ろで一つにまとめて結う。
朝食の用意が出来てもまだ寝ているようだったら、そのときは今度こそ叩き起こしてやろうと思った。