そろそろ結婚を、後継者を。
そう囁かれる日々。
持って生まれた力とカリスマ性のおかげで、
意見を申し立てる者などいなかったが、それもそろそろ限界らしい。
The treasure named a crime.
怯えながらも、誰もが同じ言葉を告げてくる。
跡継ぎなど、何も絶対に私の子供でなければならない、
と言うわけではないだろうに、何故そうも拘るのか。
戦闘好きのハーレムに継がせればいい、
と、本気とも冗談ともつかないことを返しても納得してはくれない。
いい加減納得してくれぬ一族や幹部どもに、条件を突き出した。
――黒い目と髪を持つ女ならばいい、と。
そう告げた時のことを、今でも覚えている。
一族と幹部どもは目を見開き、愕然と私を見ていた。
条件の意味を知らぬルーザーは特に気にすることなく、お好きなように、と言った。
意味を知っている双子の弟たちだけが視線を逸らし、苦い顔をしていた。
けれど、そんな彼らを見ても何も思わなかった。
ただ手に入れることができなかった彼と同じ色彩を持つ女ならばいい、と愚かにも思った。
青の一族に、黒い色彩を持つ者はいない。
どんなに他の色彩の血が混じったところで、その色彩を持つものは生まれてこない。
それに敵対する一族の色彩を迎え入れることを、忌み嫌う。
それが解っていたからこそ提示した条件だというのに、反対されることもなく了承された。
ここに来て初めて、自分の価値を知った気がした。
一族の掟を覆してでも、私の子どもが欲しいらしい。
忌まわしき、この両眼の秘石眼。
その血を濃く受け継ぐ子どもが、欲しいらしい。
自分の言葉に責任を持つ、それは父から教わったことのひとつ。
だから、覆すことなどできない。
それに、どうでもよかったのだ。
血を分けた私の子どもが生まれても、別にどうでもよかった。
彼が手に入らないなら、すべてがどうでもよかったのだ。
人の命を奪う私は、命の尊さを説ける人間ではない。
命の価値など、ないに等しいとすら思っていた。
一族が用意した女は、酷く儚げな女だった。
そして、私が望んだ彼と同じ黒い髪と黒い目を持つ女。
「私は君を愛してもないし、これから先も愛すことはないよ」
初対面で、しかも第一声で告げた。
内容も声すらも、酷く冷たいものだった。
「君は、子どもを生んでくれさえすればいい。
その後、どうしようと君の自由だ」
泣かれても仕方ないと思う言葉にも、彼女は静かに笑った。
「存じ上げております」
儚いと思っていた彼女は意外にも強く――その強さが、哀れだった。
ただ子をなす為だけに彼女のもとへと足を運び、妊娠を知れば足は遠のいた。
それから数ヵ月後、子どもは生まれた。
黒い色彩を纏った子ども。
そして、秘石眼を持たぬ子ども。
どんな色彩を纏う血が混じっても、
濃淡はともかく、決して金と青の色彩が失われることはなかった。
それなのに、生まれた子どもはその色彩を欠片も持って生まれてこなかった。
秘石眼を持たず生まれたことだけでも一族の非難の的だったというのに、
そのこともあって、彼女は不貞を働いた、という疑いをかけられた。
けれど、それは有り得ないことだった。
セキュリティーが、私以外の人間が彼女に与えた家に訪れていないことを証明していた。
しかし、それでも納得しない一族の者たち。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
秘石眼を持たないことすらも、どうでもよかった。
自分の子どもが可愛い、という人間的な感情からではなく、
ただ彼と同じ色彩を纏った子どもが私の子どもとして生まれた、ということが嬉しかった。
手に入らなかった彼とは違うけれど、
それでも欲してやまなかった彼と同じ色彩を纏う子どもが手に入ったのだから。
――それに欲してやまなかった彼は、もうこの世にはいない。
彼はもういない。
どんなに望んだところで、誰のものにもならない。
誰のものにもならないなら、それでいい。
私は私だけの、彼と同じ色彩を纏うこの子どもを愛する。
歪んだ幸せ。
歪んだ執着。
子どもが生まれれば、約束どおりに彼女の元へと行くことはなかった。
自由にしていい、との言葉とともに離婚届を渡した。
彼女は、ただ笑った。
その後彼女は離婚届を出すこともなく、家を出ることもなくずっと与えた家で静かに暮らしていた。
子どもを一度として彼女の元に連れて行かなくても、彼女は何も言わなかった。
会いたい、とも、会わせてくれ、とも何も。
ただ部屋に引きこもり、静かに精神を病んでいったと聞いた。
けれどその報告を聞いたところで、私は何も思わなかった。
彼女の存在は、その程度でしかなかったのだから。
その間、シンタローと名づけた子どもは日々成長する。
驚くことに、子どもは彼に似てくる。
そんな子どもに、愚かしくも執着は深まるばかり。
愛おしくてたまらない。
彼には届くことなかった気持ちが、
子どもには届き受け止められ、返してくれさえもしたのだから。
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強くなったつもりだった。
団内の試合でも、連覇を遂げている。
ガンマ団一とも言われるようになった。
けれど、そんな強さは何の意味も持たない。
The treasure named a crime. -side.S-
思えば、母さんの顔を見たことがなかった。
いつも傍にいたのは、マジックだけ。
母さんは病気だから、その一言で終わらされていた。
コタローが生まれた時も、母さんの姿はなかった。
ただ、死んだ、と聴かされた。
その言葉にショックは受けなかった。
だって、知らない人だから。
写真すら見たことのない人。
それが、俺を生んだ人。
疑問が生じなかったワケじゃない。
ただ、考えることが怖かった。
だから、考えることを止めた。
その代わりに、弟を――コタローを愛そうとした。
金の髪。
今はまだ解らないけれど、きっとそれは秘石眼だろう青い目。
一族の子どもと一目で解る、その姿。
もしかしたら、自分を愛したかったのかもしれない。
纏ってくるはずだった色彩を持って生まれたコタローを、
纏ってくるはずだった色彩を持って生まれなかった自分の代わりに。
それなのに、マジックはコタローを拒絶した。
纏うはずの色彩を持っていない俺に対して異常なほどに愛情を注ぐのに、
何故、一目見て俺より確実に自分の子どもだと解るコタローを拒絶し幽閉までするのか。
もし纏うはずの色彩を俺が持って生まれてれば、
マジックは俺も拒絶したのだろうか。
――それなら、
真意の見えない『愛してる』を囁いたのは、誰に対して?
自分の息子だから、ではないのか。
纏うはずの色彩ではなく、こんな色彩を纏って生まれたせいなのか。
何を、信じればいい?
考えれば考えるほどに、怖くなる。
知らず、血の気が引いていく。
「コタローを何処にやった」
それでも訊かずにはいられなくて必死の思いで訊いたのに、
マジックは、何処か虚ろなままに答える。
「シンタロー…コタローのことは忘れろ」
「何を言ってんだよ、親父。
気は確かかよ」
頭ごなしに、怒鳴ってくれればよかった。
言い訳をしてくれれば、よかった。
それなのに、マジックはただ忘れろと言うだけ。
不安が、助長する。
それを隠す余裕もなく縋るように見上げれば、頬に触れられる。
「私の息子は、お前だけだ…。
お前さえいればいいんだ」
告げてくる表情も言葉も、何処か虚ろなまま。
それなのに、それは紛れもなく真剣だと解ってしまう。
「な…何言ってんだよ。親父…」
否定の言葉が聞きたいと、必死で出した言葉は無様に震えた。
けれどそれさえも無意味なように、続けられる言葉。
「覚えておけシンタロー。
一族の後継者はお前だ」
そんな言葉が、欲しかったんじゃない。
「違うよ。
俺は後継者なんかじゃねえっ。
秘石眼すら持たないできそこないだ」
長年まとわり付いて離れなかった負い目が、抑えることもできず溢れ出す。
マジックの目が、僅かに見開かれた。
傷ついているように見えた。
けれど、もう言葉は止まってはくれない。
言ってはいけない、最後の言葉を言ってしまった。
「俺はアンタみたいにゃなれねえ」
後悔、なんて生易しいモノを感じる前に、床に吹っ飛んだ。
殴られた頬に、打ちつけた背に痛みを感じるより先に、
心臓を抉られたと錯覚するほどの痛みが走った。
マジックの表情を見てしまったから。
怒りを前面に表しているそんな顔は、今まで見たことがなかった。
だけど、目が怒っていない。
傷ついていた。
そんな表情は、本当に初め見た。
胸が、痛い。
マジックにのまれぬようにと睨み返しながらも、泣きそうになる。
息が止まるほどの張り詰めた空気を破るように、
マジックは一度だけ大きく踵を鳴らし、去っていった。
その姿を見ながら、泣いた。
哀しいからなのか悔しいからなのかも解らずに。
マジックのことなど、切り捨てればいい。
あんな非道な人間など、見捨てればいい。
絶対に哀しむ奴より、喜ぶ奴のほうが多い。
それなのに、見切れない自分がいた。
何処かで、信じていた。
頼めば、すぐにコタローを解放すると信じていた。
俺を俺として見てくれていたと信じていた。
けれど、もう限界だ。
マジックが、何を考えているのか解らない。
いつも下らないことばかり口にして、核心を見せてはくれない。
初めて本心が垣間見れる傷ついた目を晒して見せても、その心中は語ってはくれない。
信じられなくなる。
だから、決意した。
マジックを憎んでしまう前に。
見せてくれたあの笑顔も貰った愛情すらも、信じられなくなる前に。
――離れよう、と。
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