あめあめふれふれ かあさんが
じゃのめでおむかえ うれしいな
子供の頃、大好きな誰かがカサをもって迎えに来てくれる。そんなことがとても嬉しかった。雨の中、カサをさして一緒に歩くのが楽しかった。けれども今は―――。
* * *
「ねぇ、シンちゃん」
「んだよ」
「お出かけしない?」
「ヤだね」
即答すると、え~?と困ったような情けない顔をする。
忙しい総帥業の珍しい休日。広いリビングにマジックと二人きり。シンタローは行儀悪くラグに寝そべって雑誌を読んでいた。
せっかくの休日は朝から雨で、しかも一向にやみそうにない。こんな日は一日のんびりとすごしたいのだが、マジックはそうではないらしい。朝から退屈の虫をもてあましている。
「でも今日はパパとお買い物に行くって約束してたじゃないか」
「約束? 冗談じゃない。アンタが勝手に言っていただけだろう」
「だってパパが『次のお休みはお買い物に行こうね』って行ったら『ハイハイ』って言ったじゃないか!」
「てきとーにあしらわれただけだってわかれよ…」
「ね~ぇ、シ~ンちゃ~~ん」
いいトシをしてスネて甘えた声を出すマジックに、雨の日は出かけたくない、せっかくの休日だから体を休ませたい、と何度となく言っているが、全く聞いていていないらしい。ダダッ子のようなマジックの相手にもいいかげん疲れてきた。
「あーもー、うるさい! 親父!」
「なに? お出かけする?」
「しねーよ! ここ座れ」
「?」
「いいから、す・わ・れ!」
自分の横をバシバシ叩くシンタローの意図を計りかねて思わず首を傾げるが、言われたように叩かれた場所に座る。
「よし!」
シンタローは満足げにうなずくと、ごろりと寝転がった。マジックの膝を枕に、涼しい顔で雑誌をめくる。
「えー、シンタロー?」
「なんだよ。なんか不服か?」
「いえ。なんでもないです」
「よろしい。動くなよ」
「ハイ」
妙に神妙な顔で返事をするマジック。それが堪らなくおかしく、シンタローは雑誌で顔を隠しながら肩を震わせ、クックッ、と笑いを漏らした。
あめあめふれふれ かあさんが
じゃのめでおむかえ うれしいな
でも、朝から雨が降る日はどこにも行かず、こんなふうに過ごすのだって悪くはないと思うのだけど。
どう思う?
END。。。。。
『Rainy』
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PS Honey Searchさまへ捧げさせていただきました。
月間カウントお題というのがございまして、6月のお題『雨』をテーマにしたSSです。
あんまりタイトルを捻る気がないのがマンマンで恥ずかしい……。
『雨』お題はこの他にもアラシヤマ×シンタローを捧げさせていただいています。
それにしても最近うちのマジックパパはすっかりシンタローさんの尻にしかれているご様子……。
そのうちマジックに振り回されるシンタローも書きたいです。
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そのときシンタロー(七歳)は非常に困っていた。
今、彼がいるところは狭くて薄暗い通路。幅は大人が何とかすれ違える程度しかなく、床はリノリウム張りで壁にはよくわからない配管が走っている。窓はなく、まだ昼間だというのに天井では剥き出しの蛍光灯が広い間隔で通路を照らしているが、どうやら切れかかっているものもあるらしく、時々不規則に瞬いている。
シンタローは知らなかったが、そこはビルメンテナンス用の通路だった。
シンタローは自分が今来た道と先に続く道を何度も見比べてから、意を決して先に進むべく駆け出した。
突き当りを右に曲がり、さらにその先を右へ曲がると十字路に行き当たり―――。とうとう途方にくれた。
「やっぱりダメだ…」
事の起こりは小一時時間ほど前。グンマと始めたかくれんぼが原因だった。ふだんは最上階のVIP居住区以外に出入りすることなどないのだが、よりよい隠れ場所を探しているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなってしまっていた。早い話が自分の家の中で迷子になってしまったのだ。
シンタローは壁にもたれかかると足を投げ出して座り込んだ。
そのうち出口か、もしくは誰か大人に見つけられると思って歩いていたのだが、出口も大人も見つからない。右も左もわからない。もう歩き疲れたし、喉も乾いた。
ふっと、シンタローは自分を探しているグンマの事を思い浮かべた。
もしかすると見つからなくて泣いているかもしれない。大泣きに泣いているところを誰かが見つけて、泣きながらシンタローがいなくなったことを訴えるかも。そうしたらきっとマジックが大騒ぎするだろう。なんとしてでも探し出してくれるに違いない。
そう。きっと見つけ出してくれる。でも、それはいつのことだろう。まさかこんな所にいるなんて、彼らは思っていないはずだから。
シンタローが心細さに膝を抱いた時、遠くの方でかすかに物音がした気がした。少しずつ、音が近付いてくるとそれがはっきりと足音だとわかる。。
『誰か探しにきてくれた!』
シンタローは喜んで立ち上がりかけたが、すぐに何かがおかしいことに気付いた。
そう、足音がひとつしかしないことだ。
シンタローを探しにきたのなら声をかけながら歩くだろうし、この通路自体がもっと賑やかになっていいはずだ。それなのに足音はただ一つでしかもひどくゆっくりと近づいてくるのだ。
何かがおかしい、と思ったときにはシンタローの頭の中にはあらゆる想像が錯綜していた。
そう言えば昨夜テレビで見た映画では誰かが持ち込んだ地球外生命体が基地を徘徊し、人間を食べ尽くす内容だった。始めは犬くらいの大きさで俊敏に犠牲者に襲いかかり、骨ごとゴリゴリ人間を食らう。映画では大人を襲って手足を食べ残していたが、シンタローは子供なのできっと食べつくされてしまうに違いない。
いやいや、もしかしたらこの通路に住み着いた狂人がいるのかもしれない。狂人は血に飢えていて、やけに手入れのいいピカピカのナイフを誰かの体に突き立てたくてたまらないのだ。きっとその異常な嗅覚で久々の獲物が迷い込んだことを察知したに違いない。
それとも―――――
次々と思い浮かぶB級映画な想像に震えながらシンタローは逃げ出すことを忘れていた。
気がつくと足音がすぐそこまで聞こえていた。曲がり角の向うに蛍光灯に照らされた薄い影が見える。
何かの影はその歩みに合わせてゆらりゆらりと揺れながらゆっくりと近付いてくる。
シンタローは壁に背中を押し付けながら立ち上がった。
戦って勝てるだろうか。シンタローはそう思ったが武器はなく、細い腕には力などあろうはずもない。
だが、戦わなくては。もし、自分が哀れな屍をさらしたとしても、果敢に戦ったとわかれば、マジックはそれを褒めてくれるかもしれない。「さすが私の子だ」と言ってくれるかもしれない。
小さな拳を握りしめ、じりじりと影ににじり寄る。
あと数歩もすれば影の主が姿をあらわす。そうしたらその瞬間に不意打ちで飛びかかればいい。相手もまさか反撃してくるとは夢にも思っていないに違いない。
耳を澄まして歩数を数える。
一歩。二歩。相手の靴の爪先がほんのわずかに見えた。今だ!
シンタローが飛びかかったその瞬間!!
「おや、シンタローさ…ほごぉ!」
「ド、ドクター!?」
シンタローの小さな右の拳が高松の顎に見事に決まっていた。
「はぁ」
リキッドは洗濯をしながら今日何度目かも知れぬため息をついた。
「…はぁ……」
「どーした、リキッド」
後ろから声をかけられリキッドは飛び上がって振り向いたが、そこにいるのがパプワだと知ってあからさまに安堵の息をついた。
「なんだ、パプワかよ~」
「さっきからナニを辛気臭くため息ばっかりついているんだ。うっとうしい」
「わう」
チャッピーもパプワに同意とばかりに眉間にシワを寄せる。
「だぁってよ~」
パプワの腰ミノを洗濯板でゴシゴシ洗いながらリキッドはぼやく。
「今日からシンタローさんと一緒の生活だろ。プレッシャーよ、俺」
「なぜだ? リキッドはシンタローがキライなのか?」
「そーじゃなくてよ。なんてーの、ダンナの親と突然同居することになった嫁の心境っての?」
「お前なぞ嫁にもらったおぼえはないわ!」
「はい、スミマセン……」
洗濯板で頭をかち割られ血を垂らしながら謝罪する。
自分で止血をしながらリキッドはため息混じりにポツリと呟いた。
「不安なわけよ、要するに。俺、シンタローさんにあんま好かれてねーみたいだし。気詰まりっつーかさ」
「心配するな」
あっさり言い放つパプワの顔を見てリキッドは首を傾げた。
「シンタローはリキッドのことキライじゃないぞ」
「あんなにイビられててか?」
「シンタローはどーでもいいヤツはテキトーにあしらうし、キライなヤツには見向きもしないぞ。それに…」
「それに?」
「リキッドは今以上にシンタローの事を好きになるだろうからな」
たぶん、と付け加えつつ確信的な口調にリキッドはポカンとしてパプワを見ていたが、やがておかしくてたまらないとばかりに笑い出した。
「どうして笑うんだ?」
爆笑しているリキッドを見てパプワは不思議そうな顔をするので、リキッドは何とか笑いをおさめようと必死になって息を整えていた。
「わりーわりー。パプワがあんまり突飛な言い回しをするからよ。そりゃ長く一緒にいりゃあ今よりずっと好きになるだろうな!」
「そういう意味じゃないぞ」
「へ?」
意味深なパプワのセリフにリキッドは反射的に聞き返した。
「そういう意味じゃない。別に、信じなくてもいいけどナ」
そう言ってパプワは首をすくめるとチャッピーに跨った。チャッピーはパプワを乗せて陽気な足取りで歩き出す。
「おい、パプワ。怒ったのか?」
「怒ってない。散歩に行くだけだ」
「パプワ!?」
パプワはリキッドを振り返らずにチャッピーに揺られながら手だけを振った。
「なんなんだ、パプワのヤツ…」
ゆっくりと遠ざかっていくチャッピーの尻尾を、リキッドは訳がわからないままボーゼンと見送った。
彼がドアを開けた時、部屋の主である子供は子供ながらに真剣な顔で腕組みをしてじっとテーブルにあるものを見つめていた。あまりに真剣になりすぎていたために彼が部屋にドアを開けたことすら気がつかないらしい。わずかに苦笑して開いたドアを改めてノックした。
「シンタロー、入ってもいいかな?」
「叔父さん!」
シンタローは目を輝かして椅子から飛び降りると転がるようにしてサービスの足元へ駆け寄って彼を見上げた。
「いつ帰ってきたの?」
「ついさっきさ。シンタローはノックも聞こえないほど、なにに夢中になっていたんだい?」
シンタローはちょっとはにかんで笑うと叔父の手を引いてテーブルへと誘った。
「これ見てよ、叔父さん」
テーブルの上には完成した飛行機の模型が置かれていた。ずいぶん苦労して組み立てたらしく、説明書にシワが目立つ。
「上手に出来ているじゃないか」
褒めてほしいのだと思ってサービスはそう言ったのだが、シンタローは腕組みをして子供ながらに難しい顔をしながら言う。
「だけど見てよ、これ」
シンタローが指差した先には小さなネジが一つ転がっていた。
「ちゃんと出来上がったのにさ、ネジが一個余っちゃったんだ。作り直してもどうしても余るんだよ。なんでだろ?」
「予備の部品じゃないのか?」
「ちがうよ! だって僕、組み立てる前に部品の数を数えたんだもん。余りなんてなかったよ」
「へえ」
サービスは少し意外そうな顔をしてシンタローを見た。
「ちゃんと数を確認するなんて、シンタローはえらいね」
「前に部品が足りなかったことがあったんだ。それからちゃんと数えるようにしてるんだよ。今度はネジが余ったから一度組み立てなおしてみたんだけど、やっぱり余っちゃうんだ」
シンタローは小さな指先でネジを転がしながら不思議そうに首をかしげる。その姿を微笑ましく見ながらサービスはシンタローの頭を撫でた。
「でも、とても上手に出来ているよ。組み立て直しても余ったのなら、きっと予備の部品なんだろう」
「そうかな?」
「きっとそうさ」
サービスが確信をもって肯くのでシンタローもやっと納得したのか、幼い顔いっぱいに笑顔を浮かべる。
「叔父さんがそういうんなら、きっとそうなんだね! 出来上がったらグンマに見せてあげるって約束してたんだ」
「じゃあ、行ってたくさん自慢しておいで」
「叔父さんも一緒に来てくれる?」
愛らしいおねだりにサービスは優しく微笑む。
「兄さんにまだ挨拶していないからね。先に行っておいで。あとから必ず行くから」
「うん。きっとだよ!」
シンタローは完成したての模型を大事そうに抱えて部屋を飛び出していった。
あとに残されたのは模型の残骸と一つ余ったというネジ。サービスは小さなネジを手のひらで転がしてクスリと笑う。
手のひらのネジはおそらく予備などではないのだろう。子供のおもちゃ程度の模型に予備の部品などあろうはずがない。そうするとシンタロー自身がどこかのネジを締め忘れたのだ。これがもし、本物の飛行機であったらどうなるであろう。最悪、飛行中にトラブルを起こし、墜落してしまうかもしれない。たった一つのネジのために運命が変わる――。
サービスは喉で低く笑う。
数年前、自分が抜いた一本のネジがどのような結果をもたらすのか。あとはただ座して待てばいい。どんな終末であったとしても、きっと冷たく笑っていられる。
たとえそれが、全ての崩壊であったとしても――。
いつも勝気でまっすぐな瞳をした彼が、そのときはまるで何かを堪えるような顔で俯いていた。
ちょっといいかな、と幼い顔に不似合いな暗い声で断って入室してから、勧めた椅子にも座らず入り口でただ立ち尽くしている。せっかく入れた紅茶も大分温んでいた。
私はなにも言わず、なにも探らず、また促すこともしなかった。わかっているのだ。彼がなにをしに来たのか。なにを聞きに来たのか。この瞬間をもうずっと以前から覚悟していたから。
どれくらいたった頃だろう。彼が引き結んだ唇から震える声を絞り出す。
「ねぇ、ドクター…」
「はい?」
カルテを書き付けながら私は顔も上げずに返事を返す。このままなにも言わずに、なにも聞かずに帰ってくれればいいのに、なんて虫のいいことを考えながら。
けれども無情にも彼はその重い口を開く。
「僕は…本当に父さんの子なの?」
「どうしてそんなことを聞くんです?」
「みんなが、いうんだ。一族に黒髪の子が生まれるわけがない。父さんの子じゃないって…」
私は手を止めペンを置いてゆっくりと彼の方を向いた。静かな部屋に椅子の軋む音がずいぶん重く響いた。
「ソレ、母君にも聞かれましたか?」
「そんなこと……!」
彼は俯いていた顔を勢いよく上げて、そう怒鳴った。だがその声とは裏腹に瞳は今にも泣き出しそうだ。
そう、聞けるわけがない。わかっている。真実を知るのはたった一人だと理解していても、聞けるわけがないのだ。だから私の許にきた。全ては彼の予想通り。
「ひとつだけ聞きたいんですがね」
「…なに?」
「どうして私のところにきたんです」
訊ねると彼は初めて戸惑いの色を見せた。言われてみれば確かにどうして、なのだ。ほかに聞く相手がいないわけではない。二人の叔父たちに聞いてたってよかったはずだ。だが彼は私のところにきた。一族に近しくあっても、赤の他人の私のところに。
「わからない…」
彼はまるで迷子のように不安げな顔で、けれどまっすぐに私を見た。
「けど、ドクターはつまらない嘘をつかないと思うから」