何とも不可解な光景を目にした。
ティラミスがマジックに何かを渡している。
それが書類の類なら、特に何も思わない。
けれど、それは小さな紙袋。
それも見るからに、プレゼントだと解るそれ。
相変わらず、渡すティラミスは表情が読めない顔をしていたが、
マジックは嬉しそうに笑っていた。
中身は何なのか。
それが何を意味するのか知ったのは、休憩時に訊ねてきたグンマだった。
You are my Valentine.
「はい、シンちゃん」
笑顔で、グンマが小さな箱を渡してくる。
受け取ったそれは、甘い匂いを放っている。
「…チョコ?」
「今日は、バレンタインでしょ?」
言われて、初めて気が付いた。
そんな日だった。
でも、チョコ?
「…チョコってお前、そんなん日本だけだろうが」
呆れて言えば、グンマはぷーっと頬を膨らました。
「そんなの解ってるよ。
ちゃんとお父様やキンちゃんには、他のモノをあげるよ。
でもシンちゃんには、懐かしいかなって思って特別にチョコにしてあげたのに」
「…まさか手作りとか言わねぇよな」
何となく恐ろしく、貰ったチョコを凝視する。
「…違うよ。
いくら僕でも、自分の料理の腕くらい知ってるよ」
俯きながらも、睨んでくるグンマ。
何となく、気まずい雰囲気が流れてしまう。
視線を泳がせると、グンマが持つ小さな紙袋が目に付いた。
それは、マジックがティラミスから渡されていたモノのように綺麗な紙袋。
「それ、何入ってるんだ?」
「これ?プレゼントだよ。
お父様とかキンちゃんとかの」
気まずい雰囲気が流れていたことなど一瞬で忘れ、笑ってグンマが答える。
けれど、俺は笑えない。
思い出されるのは、ティラミスとマジックと渡された紙袋。
そして、嬉しそうに笑うマジック。
ここは、日本ではない。
だからバレンタインの意味合いが、日本と違うことも知っている。
愛の告白をする日、というだけではない。
親愛の気持ちや、感謝の気持ちを伝える日でもある。
それは、解っている。
だから、何も不自然なことじゃない。
プレゼントを渡すティラミスも、それを笑って受け取るマジックも。
でも、それを素直に納得できない自分がいた。
「…シンちゃん?どうかした?」
彷徨いかけた意識を戻せば、心配そうにグンマが見上げてきた。
「…あ、いや。何でもない」
「…そう?」
まだ心配そうなグンマに、笑って見せた。
下らないことを考えても、時間の無駄。
そんなことを考えている暇はない。
「あぁ。
お前も、もう行けよ。
それ、マジックやキンタローにやるんだろ?」
「…う、うん」
まだ納得いかないグンマに、時計を見せて急かした。
休憩時間は残り少ない。
「ねぇ、シンちゃん。
今日もお仕事遅いの?」
「急ぎの仕事は終わったから、定時は無理でも多少は早くなると思うけどな」
どんな意図で訊かれたか解らなかったけれど、
それでも安心させるように笑えば、グンマもほっとしたように笑った。
「シンちゃん、お疲れさま」
グンマに言ったとおり、定時とはいかないまでも仕事は早くに片付いた。
コキコキと肩をまわして寛いでいると、タイミングを見計らったようにマジックが入ってきた。
あまりのタイミングのよさに、思わず眉間に皺が寄る。
いくらセキュリティーのためとはいえ、監視カメラを外してやろうか。
と思ってみたが、きっとこの男にはそんなことは何の意味もないのだろう。
答えない俺に、珍しく焦れることも抱きついてくることもなく、
満面の笑みで静かに近づいてくる。
その行動だけでも怪しいのに、後ろに隠した両手が更に怪しい。
そこに何があるのか、注意深く見るがよく解らない。
「そんなに、警戒しなくていいよ。
これは、シンちゃんにあげるんだから」
苦笑しながら、隠していたモノを渡される。
反射的に受け取りそうになったのは、マジックがティラミスから受け取っていた小さな紙袋。
それを寸でで拒みながらも、呆然とする。
「な…んで?」
だって、これはアンタが貰ったモノだろ?
嬉しそうに、貰ってたじゃねぇか。
訊きたいのに言葉にはなってはくれず、座ったままにマジックを見上げる。
「今日は、バレンタインだから」
「…違っ」
そうじゃなくて、これはアンタが貰ったモノだ、と言いたいのに、
やっぱり声はでてくれないまま。
「違うって、シンちゃん違ってないよ。
今日は14日だよ」
困ったように笑うマジック。
声は出てはくれないから、首を振った。
それすらも、マジックは誤解する。
「…受け取ってくれないの?」
「…だって、それは俺が貰っていいモノじゃない」
漸く声が出たけれど、出なければよかった。
自分の情けない声なんて、聴きたくなかった。
それが悔しくて俯けば、マジックが小さな溜息を吐き出す。
顔を上げることもできず、片付いて何も見るものなどない机を睨んでいると、
俯いた頭上に、静かな声が降り注いだ。
「これは、お前にだよ。
全部受け取ってくれとは、言わない。
パパのことが少しでも好きなら、受け取ってくれないかな」
何を言われているのか、よく解らない。
思わず見上げれば、声と同じような笑みを向けられた。
そして、再び差し出される紙袋。
今度はどうしてか拒めなくて、受け取った。
小さな袋の割りに、少しだけ重さが伝わる。
それでも中身を見ることなんてできなくて、
マジックを見上げたままでいれば、もう一度同じ言葉を言われた。
「…少しでも好きなら、受け取ってよ」
そのワケの解らない真剣さに押されるままに、小さな紙袋を開けた。
紙袋の中には綺麗にラッピングがされた箱が、何故かいくつも入っていた。
その箱にはそれぞれカードが付いている。
カードを見て、笑った。
どれもマジックの字で書かれたカードを見て、
正真正銘これはこれはティラミスからマジックへ渡されたモノではなく、
マジックから自分へと渡されるべきモノだと解ったから。
下らない勘違いをしそうになった自分に、少し呆れる。
それにメッセージには、『You are my Valentine.』と書かれてあって、
『From your Valentine.』と書いていないだけ珍しく謙虚だ、と思ったから。
けれど、笑みは一瞬で消え去ってしまった。
どのカードにも記された年に気づいたから。
今年のモノだけではない。
去年のモノもあり、その前の年のモノもあり、それ以上前の年のモノもある。
そして一番古い年のは、あの年のモノ。
コタローと離されたあの年。
――だからその意味が、解ってしまった。
顔を上げたら、マジックが少し笑った。
「ずっと、渡したかったんだよ。
お前が、私を避けるようになっても。
それでも、すっとお前のために選んで喜んで欲しいと思ってた。
今なら、貰ってもらえるかな?」
馬鹿だと思った。
普段の下らなさ以上に、時折見せるこういう下らなさが、
何故か腹立たしいほどの苛立ちと寂しさを伝える。
「…なんで…アンタは…」
その先の言葉は、何も浮かばなかった。
ただ、どうしようもないほどに、胸が痛みを伝える。
「…ごめんね」
そこで、どうして謝るのか。
謝らなければならないのは、マジックではない。
勿論、俺でもない。
謝る理由なんて、何ひとつないのだから。
けれど、それをどう伝えればいいのか解らない。
普段は傲慢とも尊大とも言える態度を取るくせに、
時折見せるこの弱さに、どう対応していいか解らなくなる。
ただ、今解ることはひとつ。
受け取らなければいけないということ。
受け止めねばならないということ。
マジックの気持ちも、それに対する自分の気持ちも。
「…全部、受け取ってやる」
その言葉しか、今は何も知らない。
この言葉しか、きっと何も先へ繋げない。
真っ直ぐに言い放てば、マジックは漸くほっとしたような笑みを見せた。
「ありがとう」
心から嬉しそうに告げられた言葉。
でも、それ以上に聞きたい言葉がある。
聞くことが怖いけれど、聞かなければいけないことが。
「…なぁ、コタローには……」
用意してないのか、と続く言葉は、どうしてか出てはくれなかった。
けれどそれでも、理解してくれたマジックは笑った。
「用意してるよ。
…でも、今年からだよ。
ちゃんと向き合おうと思えたのが、今年なんだ」
情けないよね、と苦笑するマジック。
「…そんなの、俺も同じだ」
本当に、同じだ。
あれから何年も経つのに、漸くマジックと向き合うことができた。
あの島で、やっと家族になれた気がした。
マジックと俺とコタローと。
「…そっか。なら、よかった」
呟きながらも、何処か幸福に満たされる。
「…いや、受け取ってくれてありがとう」
マジックも、幸せそうに笑った。
「でも、俺何も用意してねぇよ?」
何年もの間ずっと用意してくれていたマジック。
なのに、俺は何もない。
そんな気持ちにすらならなかった。
「…悪ぃ」
「謝らなくていいよ。
原因は、私にあるんだから。
それに私は、お前が生きているだけで幸せなんだ。
でもだからからこそ、
次々とお前にいろいろと望んでしまうけど、生きてさえいてくれれば本当はいいんだよ。
コタローも今は眠っていても、生きてさえいてくれればいい。
希望は、そこから生まれるから」
静かに静かに告げられる言葉は、何処か懺悔に似ていた。
聞いているだけで、哀しかった。
悩んでいたのは、俺やコタローだけじゃない。
マジックも、悩み悔いていた。
「…もういいって。
それより、コタローの分はどうしたんだ?
今年はあるんだろ?」
「あぁ、ポケットの中にあるよ。
お前と一緒に渡したかったんだ」
そう言って、ポケットから小さな箱が出された。
「んじゃ、一緒に行くか」
笑って言えば、マジックも笑った。
眠ったままのコタローのもとに二人並んで歩きながら、
先のことだけを見ていたい、と思った。
だって悔いることは、もう十分に互いにしたのだから。
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05.02.13~14
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くのいちDebut 田舎暮らし ブライダル 一戸建て
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俺、天使。
背中に白い羽が生えたあの天使。
カミサマの命令で、間違った人間を正しい方向に導くことが俺の仕事。
そして目の前で好奇心丸出しで俺を見ている男が、俺の今回のターゲット。
Angel.
「それ、本物?」
目の前の男はいい歳をして好奇心を隠そうともせず、背中の羽を触ろうと手を伸ばす。
何だ、コイツは。
普通は違うだろ?
もっとこう驚くなり、有り難がるなりするだろ?
それなのに、何だこの反応は。
これではまるで、子どもの反応じゃないか。
いつもと勝手が違って黙り込んでしまう。
そんな俺を見て、男はニッコリと笑った。
「君は、キレイだね。
真っ白の羽と、黒い髪と目が対照的でキレイだね」
…初めて、キレイだと言われた。
天使の中で黒い色彩を持つのは俺だけで、仲間にも異質な目で見られていた。
それに人間たちも驚きや感嘆の目で見ながらも、
何故こんな色彩なのか、と不思議そうに視線を寄越してきたから。
それなのに、この男はキレイだと言った。
一瞬の疑問を抱くことなく、キレイだと言った。
俺が憧れてやまない金の髪と色素の薄い目を持っているというのに。
呆然と男を見れば、またキレイだと言われた。
「…アンタのほうが、キレイだ」
気がつけば、そんなことを口走っていた。
男は目を丸くして、嬉しそうに笑った。
「ありがとう。
…ところで、天使の君が何をしに来たの?」
その言葉に、自分の仕事を思い出す。
けれど思い出した瞬間、この男のもとに遣わされたのは上のミスではないのかと疑問が生じる。
今回のターゲットは、大量殺戮者。
殺人集団のトップに立つ男。
それなのに、目の前の男は子どもみたいに笑っている。
コイツじゃない…よな?
何かの…間違い?
そう思った矢先に、男が纏う雰囲気が変わる。
温度が一瞬にして下がった気がした。
「天使なんて、滅多に下界に下りては来ないよね。
それなのに君が来たってことは、私に制裁でも加えに来たのかな?」
先ほどと同じように笑っているのに、目が笑っていない。
底冷えするその目に、のまれそうになる。
「…制裁を加えられる覚えでもあるのかよ」
「ないよ」
男はそう言って笑った。
冷酷さが見えるあの笑みではなく、最初に見た子どもみたいな笑みで。
「君は何をしに来たの?
どんな命令が下ったの?」
好奇心丸出しの顔で俺を見つめてくる。
けれど、その目は再び冷酷な色を帯びている。
「…間違った人間を正しい方向に導くために」
そう呟けば、男は困ったように笑った。
「私は間違ったことをしている気はないよ?」
「…じゃあ、何をしているんだ?」
「世界の一掃」
何てことのないように、無邪気な笑みで男は答える。
「それで、多くの罪のない人間が死んでいる。
それは間違ったことじゃないのか?」
「さぁ、どうだろう。
私は身内以外に興味がないからね」
苦笑しながら男が傍にあったスイッチを押すと、
壁の一面がスクリーンへと変わり、映像を映し出す。
瓦礫とそこから生え出す人間のモノと思われる身体の一部。
血を苦手とする天使にとって、吐き気を通り越し倒れそうになる最悪の映像。
ガクガクと震え出す身体を抱きしめ、映し出された映像から目を逸らす。
その様子を見た男がスイッチを切り、スクリーンは再びただの壁へと戻る。
「今のは、数時間前に降伏した国の映像だよ。
私が命令して起こった戦争でたくさんの人が死んだけどね、
それでも私は、悪いことをしたとは思っていないよ。
…いいことをしているとも、思ったことはないけれどね。
気がつけば私は総帥を継いでいて、
周りは敵だらけで殺らなきゃ殺られる、という立場にあったから仕方ないと思わないかな?」
そう訊いてくる男の声は、どこか寂しそうだった。
殺られる前に殺る、それは当然のことだと思う。
けれど、人を殺していい理由などない。
「…でも、アンタは殺しすぎた」
「…かもしれないね。
それで、君は私をどうするんだい?
私は、君に殺されてしまうのかな?」
苦笑としかとれぬ笑みを浮かべ、男が笑う。
怯えは勿論のこと、無邪気さも威圧的なものも一切感じられない笑みで。
どうして、こんな笑みで笑うのだろう。
今まで会ったどの人間とも違う。
今まで会ったどの人間よりも、最低な人間でしかない筈なのに、
今まで会ったどの人間よりも、寂しい人間。
そんなことすら、思ってしまう。
自分と、似ているのかもしれない。
周りに信じるものなど、いないのかもしれない。
「…天使にそんな権限はない」
「じゃあ、何をしに来たの?」
クスリと男が笑う。
それすらも寂しさが見えてしまうのは、一体何という錯覚なのか。
「何をしに来たの?」
再び男が尋ねる。
「…正しい道に導くため」
「正しい道って何?」
「…………」
「ねぇ、正しい道って何かな?」
正しい道?
そんなの、知らない。
正しいとか間違っているとか、解らない。
神の遣いと言われる天使の中でさえ、争いがある。
そんな天使が教える、正しい道。
それは、本当に正しいのか?
考えてはならない考えが、静かに湧き出す。
今まで、俺はどうやって人間たちを正しい道へと導いてきた?
振り返ったところで、碌な記憶など思い出さなかった。
人間どもは俺の容姿に騙され、他を考えなくなっただけだ。
興味を自身に持って行く。
そうすれば、争いは起こらない。
俺以外のモノへの興味は失せるのだから。
けれど、それは本当に正しいと言えるのか?
「…知らない」
男から目を逸らし、掠れた声で呟いた。
情けないことに、泣きたい。
俺がしてきたことは、何なのだろう。
何が正しい?
治まっていた震えが、再び起こる。
俺は、一体何をしてきた?
「じゃあ、君は今まで人間のもとに降り立って何をしてきたの?」
「…何も」
「何も?」
男が不思議そうに首を傾げるのが、視界の端に映る。
「…何も、していない。
ただ死ぬまで傍にいるだけで…勝手にアイツらは俺だけにしか興味を失って…」
言ってて、また泣きそうになった。
天使って何だ?
俺のしてきたことは、何なんだ…。
悔しさと情けなさで、ワケが解らなくなる。
ただ治まらぬ震えを抑えるように、唇を噛み締めた。
男は何も言わず、俺を見ている。
視線が痛い。
その視線の意味を考えるのが怖い。
蔑まれているのだろうか。
数百年も生きてきたけれど、
俺のこの色彩に疑問を抱くことなく、初めてキレイだと言ってくれた人なのに。
顔を上げられず俯いたままでいれば、男の手が頭に触れた。
「それなら、私が死ぬまで傍にいてくれるのかな?」
優しい声がかけられる。
顔を上げれば、男が笑っていた。
少しだけ寂しそうに。
「今まで君が人間にしてきたように、私の傍にいてくれるのかな?」
再び重ねられる問いかけに戸惑い、男を見つめる。
男はまた少しだけ笑った。
「君が望むなら、もう何もしないよ」
その言葉に、胸が締め付けられる。
この男も、結局同じだったのだろうか。
違うと思ったのに。
天使が持つ不可思議な力。
人間を魅了する力。
始めはその容姿で惹きつけ、
徐々に考えることすら放棄させるほどに溺れさせる。
そうなった人間は、見ていて醜く辛い。
どんなに欲せられたところで、彼らが求めるモノは俺自身ではない。
ただ、不思議な力に魅せら、惑わされているだけだ。
そんな相手に欲せられたところで、嬉しくないどころか苦しい。
傍にいることが苦痛でしかなくなる。
俺自身を望んでくれないくせに、それでも彼らは俺という存在を望むから。
この男も、そうなのだろうか。
他の人間と同じように、天使が備え持つ力に早くも惑わされたのだろうか。
そう思うと、僅かに胸が痛んだ。
初めて自分をキレイだと…受入れてくれたこの男が、
俺自身ではなくそんな力に惑わされて望む。
そんなのは嫌だと思った。
何百年と生きてきた中で、
初めて認めてくれたこの男には、最初から最後まで俺自身を見ていて欲しいと思った。
俯いていた顔を上げれば、男は変わらず寂しい笑みを浮かべていた。
見返りを、要求してくれないだろうか。
そうしてくれれば、彼は天使の力に魅了されたのではなく、
自分の意思で俺を望んでくれていると解るのに。
「…俺は、何もできない」
目を見て、言い放つ。
男は、それを苦笑で受け止める。
そして、口を開く。
さぁ、その口から漏れる言葉は?
承諾の言葉か、見返りを望む言葉か。
「…そうだね」
クスリと男が笑った。
それは、了承の意味なのだろうか。
「君は、別に何もしなくてもいいよ」
その言葉に落胆と絶望がチラリと脳裏を走った束の間、男が笑みを濃くする。
「でも――君が帰ってしまうと言うのなら、
先ほど君が見た映像がこれからも増え続けるだろうね」
何?
男は、何と言った?
うまく働かぬ頭で男を見つめれば、困ったように笑われた。
「君が傍にいてくれて望むというのなら、私はもう世界に何もしないよ。
でも君が傍にいてくれないと言うのなら、私は世界を破壊し尽くすよ。
…卑怯かな?」
卑怯だろ、と思うのに、
それ以上に俺自身を望んでくれたことが嬉しいと思うことは、なんて愚かなことなのだろう。
けれどそう思っても嬉しいと思う気持ちは止められず、ただ頷けば男に抱きしめられた。
思えば、初めて誰かに抱きしめられた。
魅了された人間は、馬鹿みたいに俺を崇め奉るだけで触れてなどこなかったから。
初めて知った温もりは、ただ本当に温かく――不覚にも涙が出てしまった。
それに気づいた男が、その涙にも手を伸ばす。
「ごめんね。
卑怯だと解っていても、君が傍にいてくれること望むよ」
触れる手は何処までも暖かく、拭われても拭われても止まることはない。
男は、ごめん、と繰り返す。
それが、哀しみのための涙だと信じ。
けれど、本当は哀しいから泣いているのではない。
嬉しいからだ。
だけど、そんなことは言えない。
言える言葉は、ただひとつ。
「…俺が帰ったら、世界を壊すんだろ?」
止まらぬ涙を気にせずに言い放っても、男は苦笑で返す。
「君さえいてくれたら、理由などどうでもいいよ。
私は卑怯な手を使ってでも、君を手放す気などないから」
自分は卑怯だと、男は言う。
けれど、本当に卑怯なのは涙の理由を言わない俺。
自分こそが欲していると、言えない俺。
キレイだと言ってくれたことが、嬉しかった。
天使の力に惑わされたからではなく、俺自身を望んでくれたことが嬉しかった。
けれど俺も傍にいたいと望んでいる、と言えない弱さ情けなかった。
何も言えないままに男を見上げれば、
それでも笑ってくれるから、おずおずと腕を男にまわした。
傍にいたいと思った。
この男が死ぬまで、ずっと傍にいたいと。
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04.09.19~05.01.01
BGM:『オレ、天使』
『I am an angel.』→『Angel.』
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PHPプログラマ求人情報 引越し 中古車情報! 産業医
The only promise.
「シンちゃん、入るよ」
その言葉とともに、日付が変わっても残業で残っている総帥室にマジックが現れた。
眼魔砲で消し去りたいが、疲れきってそんな気力もない。
「消えろ」
顔も見ずに言い放ったところでそれを聞き入れてくれる相手ではなく、
勝手に部屋の中に入り目の前に立たれた。
「シンちゃん、今日はもうその辺にしたら?
もうパパと一緒に寝ようよ」
「……」
「シンちゃん、聴こえてるでしょ?
返事してくれなきゃ、パパ哀しいよ」
「……」
それでも無視していると、ペンを走らす手を掴んで止められた。
睨み上げれば、ニッコリと笑うマジック。
「離せ」
「イヤ」
笑いながらも、掴む力を強められる。
不覚にも、力負けし振りほどけない。
苛々する。
休められるものなら、とうに休んでいる。
それができないからこそ、今必死になって残業をしているのだ。
終わり次第手に入れることができる休息のために、
今こんな馬鹿らしいことに費やす時間などない。
「離せ」
「もう休むって約束してくれたら、離すよ。
約束してくれる?」
ギリギリと強く掴まれる手とは裏腹に、浮かぶ笑みは柔らかなもの。
「アンタが手を離して出て行ってさえしてくれたら、仕事はさっさと片付いて休めるんだよ。
早く出て行きやがれ」
付き合っていられないと書類が散らばるのも覚悟で振りほどこうとしたのにそれは叶わず、
逆にマジックに腕を持ち上げられる。
袖から覗いた掴まれた手は、血の流れが止まり白い。
指先も冷たい。
「離せ」
怒気を孕む声で告げたところで、マジックは笑うだけ。
「休むって言ってくれたらね」
「…なぁ、何でアンタはそうなんだ。
俺のことに構うなよ」
「シンちゃん、本気?」
見つめてくる目が、一瞬細められる。
「…あぁ」
仕事の邪魔をされた怒りは、とうに消えていた。
ただ、いつも脱力感が襲ってくる。
「そんなの簡単だよ」
マジックが、また笑う。
「シンタロー、お前が一言言えばすべてが終わるよ」
「何?」
そして、笑顔のまま告げてくる。
「お前が『死ね』と言えば、私はそうするよ」
当然とでも言いたげに告げてくる。
浮かべる笑みとは、裏腹に目だけが真剣。
「…馬鹿じゃねぇの」
声が、掠れる。
マジックは、目を和らげ笑った。
「…そういう愛し方しか、知らないんだよ」
掴み上げたままの腕を口元に引き寄せ口付け、視線だけを寄越し言い放つ。
「シンタロー、たった一言だよ」
「…解った」
マジックは目を逸らすことなく、見つめてくる。
真剣な目ではなく、少しだけ寂しそうに笑って。
「…休む」
「え?」
マジックが、目を見開く。
『死ね』と俺が言うとでも思ったのだろうか。
そんなこと、言えるはずなどないのに。
目を逸らし、掴む力の弱まった腕を振り払う。
…が、それでも一瞬にして力を入れられ、振り払うことが叶わない。
「休むって言ってんだよ、クソ親父!
お前の相手してたら疲れたから、寝る。
ほら、手離せよ。約束なんだろ?」
「あ…ごめん」
言いながらマジックは、ゆっくりと持ち上げていた腕を下ろす。
けれど、離してはくれない。
「…おい。離せよ」
「うん、そう思ってたんだけどね、無理みたい」
ごめんね、とマジックが笑う。
「約束って言ったのお前だろ?」
「うん、そうだけどね。
よく考えたら、パパ約束守ったためしがないと思わないかい?」
「…アンタ、最低だな」
「知ってる」
そう言って、マジックがまた笑う。
それはどこか寂しそうな笑顔で、見ていて哀しくなってしまう。
「……あー、もういい。
早く帰って寝るぞ」
椅子から立ち上がり、机を回って扉へと歩き出す。
後ろから、マジックが訊いてくる。
「シンちゃん。
手、このままでいいの?」
離す気などないくせに意外そうに言われると、呆れてしまう。
「離す気なんてないんだろ?」
その言葉にマジックが急に立ち止まる。
自然俺も立ち止まり振り返れば、マジックはあの寂しそうな笑みを浮かべていた。
「うん。でも、さっきの言葉は本気だから。
お前が本気で『死ね』と言ったら、私はそうするよ。
約束破ってばかりだけど、それだけは守るよ」
その言葉に、何も言わなかった。
何も、言えなかった。
逃げるように視線を逸らし、背を向け歩き出した。
マジックも、何も言わずついてくる。
ただ、きつく掴まれたままの腕だけが熱かった。
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04.11.06~07
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ポイント 昭島市、あきる野市の不動産 アルバイト インプラント
夢を見た。
愛する誰かとその子どもと幸せに笑う夢を。
Happiness in pain.
静かに覚醒していく。
夢が、遠のく。
現実には戻りたくないと思うのに、
目元に触れる自分のものではない手に、更なる覚醒を促される。
永遠に閉じていたかった瞼を開ければ、マジックが心配そうに俺を見ていた。
これが、現実だ。
アレは、夢でしかない。
「シンちゃん?怖い夢でも見たの?」
恐々と訊ねる声が聴こえる。
あぁ、アンタそんな声をしていたんだよな。
やっぱり、これが現実なんだ。
重い瞼をもう一度閉じゆっくりと開ければ、変わらずマジックが覗き込んでいる。
心配そうにまだ何かを言っているけれど、よく聴こえない。
聴くつもりもない。
だって俺は今、幸せな夢を見ていたんだ。
「…幸せな…夢を……見た……」
完全には覚醒していなくて、ぼんやりとマジックの顔を見ながら告げた。
マジックは何かを悟ったのか、顔を歪めて笑いながら応えた。
「…でも、シンちゃん。泣いてたよ?」
言いながら、また涙を拭おうと手を伸ばしてくる。
それを払いのけ、自分の腕で目を覆った。
「…俺がいて、誰か知らない…でも俺が愛する女がいて、その子どもと三人で暮らしてた。
俺は、穏やかに楽しそうに…笑ってた」
マジックは、何も言わない。
ただ俺の頭を子どもの時みたいに、落ち着かせるように撫でる。
触れるその手の暖かさに胸が、小さく悲鳴を上げた。
けれどそれでも、言葉はとどまることなくと零れ出る。
「俺は…笑っていた。
楽しそうに………でも、そこにアンタはいなかった」
髪を撫でる手が、一瞬だけ止まった。
けれどそれはほんの一瞬で、再び髪を撫でられる。
マジックは、何も言わない。
俺は馬鹿みたいに胸の痛みに耐えているというのに、マジックは何も言わない。
この差は何だ?
アンタが、俺を好きなだけなんだろう?
それなのに、どうして俺だけが胸を痛める?
アンタの動揺は、一瞬だけなのかよ。
悔しくて目を覆っていた腕で、マジックの手を振り払う。
閉じていた目を睨むように強く開ければ、マジックは静かな笑みを浮かべていた。
それは怒りの言葉が消え失せるほどの、静かな静かな笑み。
「…っ……」
何か言わなければと思うのに、言葉は出てきてはくれない。
凝視し続ける俺を見て、マジックは溜息のような笑みを零した。
「……いつか、シンちゃんも誰かを見つけるんだね。
愛する人を見つけるんだね」
苦笑に近い笑みで、マジックは寂しそうに告げた。
そして、さらに言葉を続けている。
けれど、それはもう頭に入ってきてはくれない。
先ほどのように、聴くつもりなどないからではない。
何も、聴こえないのだ。
ただずっと、マジックの言葉が頭の中で繰り返される。
『いつか、シンちゃんも誰かを見つけるんだね』
『も』って何だよ。
明らかにその言葉は、相手が俺ではないと言っている。
普段は散々『愛してる』と言っているくせに、結局は嘘だったってことか。
その相手が俺の母親(だと思っていた人)だとは解っているし、それが当然だとも解っている。
それなのに、許せないと思うこの感情は何だ?
――それは何処かで解っていたけれど、解りたくなかった感情。
まだ何かを言っているマジックの名を、遮るように呼んだ。
マジックは話すのを止め、俺を見た。
変わらず苦笑を浮かべていたが、
どこか怯えているように見えるのは、俺の下らない希望なのだろうか。
「…夢を、見た。
俺は、穏やかに笑っていた。
…そこに、アンタはいなかった」
何かと決別するつもりで、言葉に力を込めて告げた。
マジックは俺を見つめた後ゆっくりと目を伏せ、黙り込んだ。
今、マジックは何を思っているのだろう。
俺が子どもだったの時を思い出しているのだろうか。
俺が見た夢と同じような過去を、思い出しているのだろうか。
今みたいに泥沼と言える関係になっていなかった過去。
マジックの愛する女がいて、本当は違ったけれどその子どもいて…。
幸せであったろう過去。
そして、それは俺の幸せでもあった過去。
「そこに、アンタはいなかった。
俺は、笑ってた。
アンタの前じゃ見せたことのない笑みで、笑っていた。
幸せって言うのは、あんなのを言うんだろうな」
声が、自嘲に揺れた。
「…シンちゃん」
マジックはゆっくりと顔を上げ、俺を見た。
戸惑ったような情けない顔。
その顔から目から視線を逸らさずに、言葉を続ける。
「…でも、何でだろうな?
俺、幸せだとは思わなかった」
「………」
「何でだろうな?
アンタと一緒にいても苦痛しか感じないのに、
それでも、夢の中の俺は幸せだとは思わなかった。
ただ、笑っていただけだ。
幸せを絵に描いたような光景だったのに…。
…夢から覚めてアンタを見て現実を思い出した瞬間、苦痛を思い出したって言うのに、
俺にとってはこの現実のほうが幸せなんだ。
あんなふうに笑えてないのに。
苦痛しか感じてないのに。
…おかしいよな?」
マジックの顔が歪んだ。
何も言わずに手が伸ばされ、目元を拭われる。
情けなくも涙のせいでマジックの顔が歪んで見えていたのかとも思ったけれど、
手が離れてからもマジックの顔は苦痛に歪んでいた。
そんな顔を見つめながら、もう一度訊いた。
「…おかしいよな?」
マジックはゆるゆると首を振った後、静かに腕を伸ばし抱きしめてくる。
安心を覚えるほどに慣れてしまった体温を感じ、目を閉じた。
自分から訊いたくせに、答えを出されるのが怖いのかもしれない。
けれど、マジックは静かに口を開く。
「…パパは、シンちゃんが幸せになってほしいって思う」
「…幸せだけど、笑えなくてもか?」
訊いてはいけない言葉を口にした。
マジックの抱きこむ手に、力が入った。
「…ごめんね。
パパは我侭だから、自分が一番なんだ」
それはまるで懺悔にも似た告白。
「シンちゃんに幸せになってほしいって、本当に思っているけど…。
それ以上に、パパは自分の幸せが一番なんだ。
だから、シンちゃんを手放す気はないよ。
シンちゃんがパパではない誰かとじゃないと幸せになれないとしても、
パパはシンちゃんから絶対に離れないよ。
理想は互いに幸せだと思えたらいいんだけどね…」
ごめんね、とマジックが呟く。
なんて、自分勝手な発想。
散々、好きだの愛しているだの言いながら、結局アンタは自分が一番なんだ。
俺のことは二の次だ。
そう思うのに、安心する自分がいるのは何故だろう。
マジックの幸せには、自分が必要不可欠だと聞いたからだろうか。
なんて、単純。
なんて、不幸。
マジックなんて知らなければ、俺は夢のような幸せを得ていたはず。
でも、知ってしまった。
苦痛しか生み出さないと言っていい関係なのに、
それでも俺は、笑いあえる誰かを選ぶのではなくマジックを選んでいる。
しがみつくように、マジックを抱きしめた。
マジックは少しだけ力を込めて、抱きしめ返す。
「言っただろ?
苦痛しか感じないけれど、俺はアンタを選んでいる。
アンタといるほうが、幸せだと思ってるんだよ。
だから、互いに幸せだと感じてる」
そう言いながらも、告げる声は酷く掠れていた。
一体どんな顔で言っているのかすら、自分でもよく解らない。
マジックは何も言わなかった。
ただ労わるように、けれど強く強く俺を抱きしめた。
手放せばいい。
互いに、手放せばいい。
けれど、それすらできないところまで来ている。
こんなに歪んだモノは、ただの執着でしかないのかもしれない。
けれど、それでも互いを必要としている。
苦痛にまみれた中で、幸せを感じているのは事実。
そんな歪んだ幸せを選んでいる。
それでも幸せだと感じている。
どこまでも、歪みが伴う幸せ。
夢を、見た。
愛する誰かとその子どもと幸せに笑う夢を。
それは絵に描いたような幸せな夢。
けれど、そこにはマジックはいなかった。
だからどんなに夢の中で俺は幸せそうに笑っていても、幸せじゃない。
俺にとっての幸せは、
歪んだ関係の中で苦痛を伴いながらも、アンタの傍にいることらしい。
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09.18~09.19
『Happiness in pain.』=苦痛の中の幸せ。
1万Hitお礼SS。
お礼などと言いつつ、薄暗くて申し訳ないのですが、
訪問してくださったすべての方に感謝を込めて捧げさせてください。
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怖くて聞けない言葉がある。
否定されることが怖くて、聞けない言葉が――
Sorry,I love you.
「どうして放っておいてくれないんだ?」
いつもみたく喧嘩の中に混じる怒鳴り声ではなく、悲痛な声でシンタローが言った。
両手を強く握り締め俯いている姿に、胸が痛む。
愛しているのに…いや、きっと愛しているから、シンタローを苦しめる。
愛し方が間違っている、と言ったのはハーレムだった。
私の愛し方は、相手を苦しめる、と言った。
馬鹿だね、ハーレム。
そんなことは言われるまでもなく、知っていたよ。
でもそれ以外の愛し方を知らないんだから、仕方ないじゃないか。
「…頼むから…放っておいてくれよ…」
答えない私に、なおもシンタローは悲痛な声で言いつのる。
「シンちゃんは、私が嫌いかい?」
その言葉に、シンタローの肩がビクリと震えた。
卑怯な問い方をした。
そう問えば、シンタローは否定できないと解っているから。
シンタローは、私のことを嫌いではない。
それは解っている。
けれど、愛しているかと言えば、それは解らない。
聞きたくてやまないけれど、答えを聞くことが怖くて聞けないでいる。
否定されれば、どうしたらいいのか解らない。
…いや、自分のすることなど、ひとつしかない。
確実に私はシンタローを閉じ込め、私しか見えないようにするだろう。
そんな愛し方しか、知らないのだから。
けれど、そんなことはしたくはないのも事実。
だから聞けないでいる。
「シンちゃんは、私のことが嫌い?」
「…そんなことは…ない……けど」
シンタローの手を握り締める力が加わった。
小刻みに震えるその両拳を見て、苦しめていると否応なく知らしめられる。
こういう時にだけ、ないに等しい良心というモノが痛む。
けれどシンタローを苦しめていようが、良心が痛もうが、もう引き返せない。
「シンちゃん…愛しているよ」
「俺はっ…」
シンタローが俯いていた顔を上げた。
苦しそうな顔を歪めている。
「…シンちゃん、愛してる」
続くシンタローの言葉を塞ぐように、キスをした。
シンタローは足掻くことはなく、両手を握り締めたまま耐えていた。
シンちゃん、愛してしまってごめんね。
パパは、こんな愛し方しか知らないんだ。
苦しめてばかりでごめんね。
…それでも、パパはシンちゃんを手放せないんだ。
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